216話 続ジンデ
今までジンデが戦争で積み上げた死体の数。それが所謂命のストック数だとすれば…、正攻法で倒せるかどうかかなり怪しくなってくるぞ?
もしその推測が正しいなら…、仮にストックがたった百万しかないとしても…、一秒に一回減らせてもだいたい278時間かかる。日数に直せば約11日。…一秒に10回殺せてやっと約1日。
…怪しくなってくるどころか無理ゲーに近くないか? しかもこれは計算を百万でしてる。百万はあくまで最低でしかない。ジンデの言い方的に百万は軽く超えている。となると、少なく見積もっても五百万は命のストックがあるはず。一秒一回で約55日
しかも戦争はまだ続いている。犠牲者の数はまだまだ増える。犠牲者を減らすには戦争を止めるしかない。…が、ジンデの軍はジンデが生きている限り止まらないだろう。人間は人間で勝ち戦だ。ここで止まる理由がない。戦争を止めるにはジンデを倒すしかないが…、倒すには止めたほうが楽。前提が崩壊してる。
考えれば考えるほどキツイな。どこの英国の吸血鬼だ。
ほんと、命のストックが大量にあるタイプの奴は敵に回られると尋常じゃなく手間だな。一回で大量に削ることが出来るなら別だが…、さっきのルナの家落としの対応を見る限り、そう言うのは無さそうだ。
尤も、ストックがありすぎて百や千削られてもたいした痛手ではないとか、皇帝だからストックが大量に削られても表面に出してないとか、そんな可能性もあるが…。ジンデは戦いでは素直に態度を外に出してる。だからおそらく、前者が正しい。
唯一の救いは人数差で圧倒できているから、ほぼ被弾する恐れがないということくらいか。だがそれも、戦闘が続けばどう転ぶかわからない。
やはり正攻法以外を探す必要があるか。
「おら!でかい糞共!何ぼさっと突っ立ってやがる!」
えぇ…。突っ立っていたつもりは微塵もなかったのだけど。確かに考え事はしている。それでも、体はいつもよりちょい劣るという程度に動いてるはず…。
「おら、かかってこいや!」
戦狂いだからか、その僅かな差でも気になるらしいな。お望みとあらば、やってやろう。罠と言う事もなさそうだ。
四季と一緒に距離を詰め、それを見とがめたジンデがこぶしを振りかぶる。それを四季がファイルで難なく流し、大きく空いた胸の部分に俺の体を流し込み、左の剣で心臓を突く。右手のペンから鋭利な刃を魔法で形成、首を薙ぎ払いつつ、貫いた剣を強引に動かし、体外まで切り裂く。
俺がジンデを切り裂く間に四季が一切の躊躇なく額に剣を突き刺し、そのまま骨を断ち切り外へ。普通なら3回は即死しているはずなのに早くも体勢を立て直してくるジンデを、剣を振った勢いそのままに二人そろって蹴り飛ばす。
「「『『火球』』」」
どうせ効かないだろうがおまけだ。
「くははは!やればできるじゃねぇか!」
だよな。…魔法より物理の方がいいか? 魔法だと感触がないからな…。
「おらぁ!悩んでんじゃねぇ!もっとだ!もっとこい!強すぎる俺様を倒して見せろ!」
「よっしゃ!望み通り行ってやるぜ!」
「お前じゃねえよ!いや、お前もだが…、あぁ!もう!大剣糞野郎ならわかるだろう!?」
「わかるねぇ!」
「どっちだよ!?」
「わかるねぇ」はどう翻訳されてるんだ…? …まぁ、「わかるねぇ」は謙三らしい…。「わかる」と「わからねぇ」の複合。わかっていても無視するときのあいつの常套句。尤も、その言葉を吐くのはスポーツとか、その辺りの勝負事で命に関わらない時ぐらいだが。
「…なら、わたし?」
「ボクー!?」
「俺か!?」
「私ですか?」
「ルナ?」
「アタシ?」
「お前らでもねぇよ!」
律儀にツッコむなよ。
「…ん。知ってる」
アイリがコクっと頷くと子供たちは皆頷く。そして、ジンデが何か言う間もなくまた攻撃を加え始める。
…完全におちょくりに行ってるね。勿論、倒したい気持ちがあるのは間違いないけどさ。
「僕も!」
「わたくしも参りますわ!」
「おめぇらでもねぇよ!?クソったれ!全員、本気で来やがれや!?」
本気で行って倒せたら考えたりなんかしない。ほんと面倒くさいシャイツァーだ。
「おら!お前らもこいよぉ!」
「行くぜおらぁ!」
「…ん」
ジンデの言葉に律儀に全員が反応…ん? 天上院さんだけ四季に向かってウインクした? しかも口が動いてる…?
「お二人の方が戦闘回数も多く、シャイツァーに親しんでおられるでしょうから、打開策の捜索はお任せいたしますわ!」
…かな? いや待って。こっちに全部ぶん投げないで。…あ。まだ動いてるわ。
「わたくし達のほうがこいつの動きもわかっているので被弾も減らせますわ!それに加えて、清水さんの方がわたくし達よりも、こういうの得意そうではありませんか!」
内容的に変わってない! しかも得意そうって…、根拠がない!
「おら、そこの糞女!俺様と相対してるってのに、随分と余裕じゃねぇか!」
「雫を悪く言うな!」
「!?」
光太がジンデの腹を勢いよく殴打。上空へ吹き飛ばす。
「光よ、星々よ、我が大敵を滅せ!『惑星直列』!」
光太は見てるこっちが軽く引く程度に素早く、殺気の籠った詠唱を実行。剣を頭上に高々と掲げる。瞬間、剣からまばゆい光が溢れる。
溢れた光はぷつんぷつんと切れて小球を形成、ジンデの周りを浮遊し始める。最終的に大小さまざまな球が八つ出来ると、残った光が収束。他の球をはるかに凌駕する大きな光球となって、ジンデに命中。
だが、その光球は光太の怒りを表しているのか消えることなく煌々と輝き続ける。そしてくるくる回る8つの光球と巨大な一つ。合わせて9つの光球全てが一直線に並ぶとまばゆい光を放ち、大光球が消滅。さらに残った8つはジンデに引きつけられるかのようにジンデへ向かい、ジンデの元で炸裂。煙に包まれたままジンデは大地に堕ちた。
…かなり直接的に天上院さんを馬鹿にされたからか、今の魔法は結構威力がありそうだったな。…『惑星直列』をモチーフにしたであろう演出はかなり巻きで、ゆっくり見てる暇もなかったが。
「くははは!いいぞ!実にいい!俺様の肌を撫でるこの感触…、たまらねぇ!」
が、効いている様子が無いな。…ルナに光太、ミリ秒で1回死ぬはずの攻撃を受けても意に介していない。…本格的に一回の攻撃で減らせるストックは一回なのか?
「光太に先を越されてしまいましたが…、わたくしも本気で参りますわ!」
とりあえず、天上院さんの攻撃の結末を見届けよう。
「ふはは!全く効いてねぇから、遠慮せずにかかってこいやぁ!」
「かしこまりましたわ!」
何回も似た言葉を聞いているのか天上院さんはさらりと流す。
「打ち上げてくださいまし!」
「了解!」
「「「了解!」」」
「はあっ!?お前が初手じゃねっ!?」
天上院さんの言葉すぐさま光太が反応。謙三にうちの子らが少し遅れて反応して、ジンデを再度上空高く打ち上げる。そして、天上院さんはジンデの非難を一顧だにせず、詠唱を始める。
「我らが故郷、日本の神々よ。力添えを賜らん。暗き闇を切り裂き、世界を遍く照らす光を此処に。『天照らす神鏡』!」
宣言と共に、杖から天に向けて聖なる光が放たれる。打ち上げられた光はあたかも太陽に吸い込まれるように引き寄せられ、天空で太陽にぴったり重なる。
まるで己が太陽であると主張するかのようなその光は、その場でクルリ回ると光を大地に向かって放つ。その光はジンデだけでなく、見える限り全ての範囲に降り注ぐ。ジンデを貫いた光はジンデを眩い灼熱で焼き、大地を照らす光はその地で失われた命を遍く天へ導いていく。
やがて光は数多の魂と共に静かに消え去り、ジンデはどさっと音を立てて地に落ちた。
「くはっ。くははは!いいぞ!もっとだ!もっと来やがれ!」
…相変わらずジンデは全く意に介していないな。聖魔法でなんとかなる類のシャイツァーでもなさそうだ。シャイツァーの中に聖魔法を叩き込めれば効果があるかもしれないが…、おそらく、今の威力でもダメだろう。
だが、今のでいくつか確定したか。まず、ジンデのシャイツァーは俺の想像でほぼ間違いない。そして、その効果が及ぶのは「人」だけだ。先ほど天へ消えていった魂は生前の姿形を模していたようだが…、虫や鳥、熊はいても人間はいなかった。
死んだ瞬間にジンデの糧になる…ってことも確定。光が降り注いでいる間にも増えたミズキ達や、芯達、それに人間の攻撃で魔族が死んだり、魔族の攻撃で人間がやられたりしているのも関わらず、あの中は一切人の形はなかったのだから。
そしておそらく、心臓を貫いたり、全身を焼いたりしても、減らせるストックの数は一つだけ。言葉の奥の奥の奥…といったところでまで、ストックが減ることへの不安が一切感じられないから。
…本気でどうしよう。ジンデを倒さなきゃいけないのは確定なのだが…、早く終わらせる手がない。…さっきの天上院さんの『天照らす神鏡』は、どうも『天照大神』と『八咫鏡』を念頭に置いて、詠唱をしたようだし…、真似してみれば何とかなるか?
…自分で何とかしろって言われそう。いや、天上院さんはわずかながらに助力してくださっていたようだし…、
「糞デカども!お前らに声かけてんだから、ちったぁ、どうにかしようとしやがれや!」
はいはい。なら、その言葉に応えよう。
全員の攻撃が少し緩んだと同時、空白に身を投じる。目の前スレスレを謙三の剣が過ぎ去っていくが…、いつものこと。絶対に当たらないから無視でいい。後は適当に連撃を…、…これだと芸がないって言われそうだ。
なら嗜好を変えよう。ぽぽいっと紙を投げ捨て、ジンデの周りに『壁』で壁を展開、ドームを作る。投げ捨てた『爆発』の紙に魔力を流し、多重爆破。
「くははは!効かねぇな!強すぎてすまんな!」
ちっ。たぶんこれ、多少間隔開けたぐらいじゃあ、別攻撃認定されないな。心臓貫き、家で圧殺とかと同じく、一回の攻撃判定をされていそうだ。
地球の神々が駄目そうならこっち…といいたいが、もっと無理だろうなぁ…。ラーヴェ神は優しすぎるから。
俺らは勇者だから、多少の融通は効かせてくれそうな気がしなくもないが…。それに期待するのは馬鹿だな。
となると、この場にいる全員で何とかするほかない。アイリも、カレンも、ガロウもレイコもルナも、コウキもミズキも、普通に削っていく以外のことはたぶんできない。光太も、天上院さんも同じ。
謙三は論外。三人の中で唯一、シャイツァーの効果的なモノを見せてもらっていないが…、それでも断言できる。効く攻撃があったとしても絶対外すし。誰かが死にかけでもしない限り当てられない。あいつはそういうやつだ。
そんな状況には俺らがさせるつもりはない。だから論外。疲労困憊だけはありえるが…、今、そうならない方法を探している。
…とはいえ、俺らのシャイツァーもなぁ…。触媒魔法を使ったところで消し飛ばせない気がする。例え宇宙に吹き飛ばしても、普通に帰ってきそう。それどころか「楽しかったぜ!」とかほざきやがりそう。
尤も、宇宙に吹き飛ばしてしまえば生死がわからなくなってしまう。それではリャアン様やジャンリャ様の迷惑にしかならないから、試すことすら出来ないが。
あぁ、もう! 少しイライラする。いや、ダメだ。落ち着け。ナヒュグ様とジャンリャ様がコウキにはついてくれてる。だから、落ち着こう。今は意識的にコウキのことを意識外におこう。とはいえ…、コウキたちはルナがぶんぶん振り回してる家の中にいるんだよなぁ…。
…焦っても駄目だ。他の子らもだけど、コウキも自分が心配かけたせいで俺らに迷惑をかけた…とかそういうのは望まないだろう。可能性を一つずつ潰そう。
まだ考慮してないのは俺らのシャイツァー。俺らのシャイツァーで出来て、まだジンデで試していないことといえばなんだ? まだやってないことといえば…、触媒魔法くらいか? あ、あぁ、後、変身があった。変身してどうす…ん?
変身は紙を体に貼りつけて、魔力を流して発動させる。紙を張り付けて魔力を流して紙の効力を発揮させることで変身が出来るならば、敵であるジンデに紙をペタって貼りつけて、触媒魔法にすれば…、効果出るんじゃないか?
四季も…目を見る限り、同じ考えのよう。なら、試す価値はある。だが、一体何を書く? 何を書けばやつを落とせる?
「うがぁぁぁ!デカい糞共!かかってこいや!」
「「「了解!」」」
「何回同じネタをかますんだよ!お前らじゃねぇよ!」
相変わらずジンデが五月蠅い。少し試したいこともあるし、ちょうどいい。乗ってやろう。
「お!来るか!」
生き生きとこっちを狙ってくるジンデ。アイリを筆頭とする子供たちの視線も突き刺さる。…ごめんね。信用してないわけじゃない…、って、それは理解してくれてるのね。ありがとう。なら、思いっきり試してみる。
フェイントすらない正直すぎる四季への攻撃を俺が受け、四季が剣を腹に突き刺す。わずかに怯んだその一瞬に、ペンを目に突き刺し、聖なる光を帯びたインクを流し込む。
…駄目だなこれ。確かな手ごたえはあるが…、相変わらず効いている気がしない。
心臓に首、額…この辺りの普通の人間であれば即死する部位は既に何度も狙って意味がないのはわかってる。であるなら、他の部位を狙うまで。アキレウスのアキレス腱のように唯一の弱点があるかもしれない、なくても最悪、未だにその姿がはっきりわからないシャイツァーの姿を見つけられればそれでよし。
四季と二人、手当たり次第に斬り刻んでやる。
「ふはは!やはり俺様の思った通りだ!一番デカい糞共、お前らが一番やる!」
そりゃどうも。蹴りを真っ向から剣で受け、足の裏から甲まで貫く。ぐるり回転させて穴を拡大させ、刃を滑らせて外へ出す。もう片足…も四季がやってくれてる。けど、無さそうだな。
胴の大部分は既にルナが抉ってくれた後。シャイツァーが胴付近にあるのであれば、家がめり込んでもそこで止まるはず。となれば、シャイツァーは胴にないのだろう。後、残りは…、腰付近と肩か?
四季に向かって振るわれる拳、それをアイリが妨害する。
「ちぃ!邪魔すんじゃねぇ!」
「…無理」
「むしろー、こーいうほーが、たぎるんじゃないのー?」
「ははっ!そうだなぁ!」
吼えるジンデの左肩に四季が剣を一刺し。右肩にファイルをねじ込み、腕を切断するように強引に切り裂く。俺は腰の両側からペンと剣を入れ、股間部分で十字になるように引き抜く。
若干、視界の隅で謙三達三人とガロウとレイコが引いている気がする…。が、
「くははは!躊躇なくやってくれるじゃねぇか!」
肝心のジンデには通用していない。ならば、二人で体当たり。
「おっ…」
姿勢を崩させ、押し倒す。そして、
「「『『杭』』」」
手足に打ち込み、拘束。どうせ大した時間は拘束できないが、腕や足を端から中央に向かって斬りつける時間はある。
丁寧に…は無理だから、ちょっと雑に、でも丁寧に切って………、あぁ、杭がもう限界か。見切りをつけて離れ、
「兄貴!姉御!」
謙三達と入れ替わる。誰が吹き飛ばされたりしてやるものか。
「さて習君、シャイツァーらしきものはありましたか?」
「なかった」
「私もです」
シャイツァーの場所すらつかめないとは。
何かを斬った手ごたえはあっても、シャイツァーらしきものの反応は皆無。今の今までシャイツァーらしきものをあいつの体外で見たことはない。だからディナン様の心臓のように、体内にシャイツァーがあると踏んだのだが…、ない。
だが、この推測は間違ってはいないはず。シャイツァーはこの世界で最も硬い物質。攻撃が命中しているならば、手ごたえがないなど万に一つもありえるわけが…、というわけでもないか。
「ものすごく小さければ、手ごたえがなくともおかしくはない…ですよね?」
「だね。後は、シャイツァーが移動式で、当たる位置になかったのかもしれない」
物凄く小さいなら、もしシャイツァーに命中していたとしても、弾き飛ばされてそれで終わり。移動式なら、当たらないように移動させればいい。
だが、おそらく…、
「両方な気がしますねぇ…」
「だねぇ…」
証拠なんて何もない。が、何となくそんな気がする。となると、ジンデのシャイツァーは赤血球か、白血球か? 両方とも心臓とかと違って、骨髄なんかで作られてるものだが…。もしくはリンパ液とか? …まぁ、考えるだけ無駄か。
ジンデのシャイツァーが何であれ、ジンデのシャイツァーが小さくて、かつ移動するものであれば、シャイツァーを探すのは無駄なだけ。
「仕方ない。ゴリ押すか」
魔力量で押し通る。紙を貼り付けて、触媒魔法。これで効かなければ最悪だが…、この世界の魔法は想像にかなり依存する。想像力を固めて、今ある魔力を全て叩きつければ…、ジンデの鉄壁を崩せるはずだ。というか、俺らは一応、魔王を倒すために呼ばれた勇者だ。崩せなければおかしい。
論理破綻している気がしなくもないが…、この際無視だ。効くと思い込めば効く。…プラシーボ効果だったかな? あれは証明されているようだし…、
「あ。少し試したいことがあるので、それをしてもいいですか?効果があれば利用しましょう」
「了解」
四季が何かしてくれるようだ。となれば、魔法は通るだろう。