215話 ジンデ
「やったか!?」
「ふはは、ぬるいぬるい!その程度でこの俺様を倒せるものかよ!」
…だよな。フラグがどうとかそんな次元じゃない。全く効いてるように見えない。今なお、俺が見る限り…3人は確かに胸を穿ち、首を断ち、胴を分断するような攻撃を叩き込んでいる。にもかかわらず、ぴんぴんしてるな。
「やはりぬるいぞ!ぬるま湯のようにぬるい!」
「お前、さっきからそればっかりじゃないか!」
「そうですわ!語彙が貧弱すぎますわよ、貴方!」
「ふははは!強すぎてすまん!」
さっきからそればかり…? ということはあいつ、さっきからあれを何度も受けてるのか!?
「ぬるい!いや、俺様が強すぎるのだな!」
…いや、避けろよ。「強すぎてすまん」とか言うなら避けろよ。何で全部受けるんだよ…。
「まったく、タフなやつだねぇ!嫌になっちゃうよ!」
「だよなぁ!珍しく俺の攻撃、当たりまくってんのにな!」
「自覚ありましたのね…。でしたらわたくし達は何も申し上げない方が良さそうですわね…」
謙三、攻撃をちゃんと当てられて嬉しいのはわかるけど…、避ける気のない相手に当てて喜んでも意味ない…。うわ、そんなに大振りに構えてどうすんのさ。絶対外…お。当てた。いつもなら静止目標相手でも絶対外すような超大振りの一撃がいいとこに当たった。
が、相変わらず応えている様子が無いな…。
「父ちゃん。母ちゃん。見るとこはそこじゃねぇだろ」
「ですね。久しぶりに知人と再会して…、しかも戦闘中となれば、体調や怪我を心配なさるべきでは?」
「そうだよね。何であの人の命中率を気にしてんの?」
あぁ、確かにそうだね。でも、3人に怪我は無さそうだし、何より謙三が懐かしすぎたからさ。
「その気持ちはわかる。朕も兄を見て懐かしい気持ちになったからな」
「だな。相変わらず鬱陶しいくらいに元気なようだ」
「あぁ。だが、今日は少しばかり機嫌が良さそうだぞ?」
「出れているからじゃないか?兄が最前線に立つ…というのは少なくとも妃の記憶にはないぞ」
「おうともさ!」
…は? 何でこっちの会話に入って来るの?
そう思ったのは俺だけじゃないようで、子供たちも謙三達もピタリ動きを止め、そして、センまでもが一瞬足並みを乱す。その隙を突いて、ジンデは謙三達のいるところからこちらへ飛びかかってくる。
「ブルルッ!」
「頼む!」
「急停止しますよ!」
ちょっと馬車の中がぐるぐる回されるが…、それでもジンデと正面衝突するよりはマシだ。
「はっはぁ!無駄だぞ!」
空中で軌道を変える…なんて変態軌道を取らずに着地。からの再ジャンプ。勢いは強烈だが、それだけ。こっちきて変態軌道を多々見てるから、めっちゃ普通に見える。
が、それはそれ。回避不能。障壁が抜かれることはないだろうが…、どうだ?
「久しぶりだなぁ!ナヒュグとジャンリャの糞弟妹共!」
「「ああ。久しぶりだな」」
「俺様にごめんなさいしに来た…ってわけはねえよなぁ!」
飛びかかって来たジンデが障壁と激突。即弾かれる。
「ちぃっ!猪口才な!」
もう一回来る気は…なさそうか? となると、障壁を越えられるようなシャイツァーではなさそうか。
「たくっ、だから俺様は糞弟妹どもが嫌いなんだ!いちいちねちっこいことしやがって!」
「それが朕だからな」
「だが、それでも長兄よりはマシだろう?」
「ちげぇねぇ!糞兄と比肩させるのは糞弟妹共であってもかわいそうだ!」
兄への評価が弟妹3人そろって最低だ。気持ちはわかりますが。多少、リャアンが哀れではある。だからといって、俺の中の彼への評価は「最低」から揺らぐことはありえないのだが。
「…それはお母さんを取ろうとしたから?」
「それもある。でも、洗脳は駄目だろ」
何でダメって言われても説明できないけど。正直、国の民全てを洗脳してしまえば統治者からすれば非常に楽なのだから。…尤も、その場合支配下にある民は人間と言えるかどうか怪しいけど。
「ね。あれ、誰?」
「ん?ジンデだよ」
「一応、ルナちゃん。あなたのお兄さんになります」
「兄?ガロー?」
コテっと首を傾げるルナ。本気で分かってないね、これ。
「違う、違う」
「ルナちゃんの本当のお兄さんです。」
「?ルナの、兄は、ガロウ兄。だけ!」
即答か。…まぁ、そうなだよね。俺らとまだ友好的だった…ん? あの時のナヒュグ様とジャンリャ様って、友好的だった? …友好的は友好的だったけど…、ルナを泣かせたよな?
…考えるのは止しておこう。まだ俺らに対して親しい態度を取っていたナヒュグ様達に対してさえ興味を持ってなかったんだから、そうでないジンデは言わずもがな。か。
「うん?俺様がそいつの兄…?あ。まさかそいつ…、末の妹か!?」
会話、届いていたか。…この弛緩した空気の漂うこの場では、当然と言えば当然なのだが。
「違うよ?」
「何だ違うのか」
素直だな!? 何ですぐに納得しちゃうの!?
「…む?この「何言ってんだこいつ!?」みたいな空気…、やっぱりそいつ、俺様の妹なんじゃねぇか!?」
「仕方あるまい。朕らの妹にとって大切なのはこのお二人の娘であることだ」
「妃達のことなど二の次、三の次だ」
「そうか、そうか!よかったなぁ!妹よ!」
本当に嬉しそうに笑うジンデ。
…この人がわからない。さっき全力で弟と妹を殺しに来た姿と、今の妹の境遇を喜んでいる姿。その二つが全く重ならない。
「となると…、この場には糞兄以外の兄弟が揃ってるわけか!はっ、糞兄がここに来ていないのは実にらしいな!」
「兄。長兄はもう来たくても来れないぞ」
「は?」
顎が外れそうなほど口をあんぐり開けるジンデ。
「どういう意味だ、糞弟妹?」
「そのままの意味だ。兄。長兄は永遠に帰ってこないところへ」
「この地の続かぬところへと逝った」
「…まさか、糞兄を落としてから来やがったのか!?」
ナヒュグ様とジャンリャ様の視線がスッとこちらに向く。
「糞弟妹共の反応を見る限り…、落としたのは妹の親。そして、糞弟妹共は関与していない。と」
「あぁ。そうとも。朕らは一切関与していない。このお二人が長兄を落としたのは偶然だ」
「はっ。偶然だと?偶然であの糞兄を落とせるものかよ。糞弟妹共が指示を出して…」
フッと皇帝陛下夫妻が鼻で笑う。
「何だ?」
「いや、なに朕らがこのお二人を顎で使えるわけが無かろう」
「このお二人は勇者だぞ?その子息、令嬢に至るまで妃達の権力の通じる相手ではないわ」
「はっは!勇者!勇者か!」
何故か妙に嬉しそうに、楽しそうに笑うジンデ。
「なれば、今、この場には、糞弟妹共と妹!妹の親の勇者!そしてその家族!それに…、先まで相対していた勇者三人!それと、遠距離からチマチマ邪魔して来やがる勇者三人!二桁を越える権力持ち、実力持ちが揃ってやがる!そして、俺様に講和を提案する勇者が同郷の勇者と敵対するはずもなし!こいつらが全部敵!そして既に本拠も落ちた!実に面白い!」
何が面白いんだ…?
「世界が俺様を拒絶するか!ならば俺様は世界に抗って見せよう!」
孤立無援で、四面楚歌。そのうえで少なくとも俺らがこれっぽっちも逃がす気がないことをわかっている。そんな絶望的な状況で、何故そこまで笑える?
「敵味方合わせて8桁。それが目標だったんだが…。んなこたぁどうだっていいな!今、こいつらと戦える方がぜってぇに楽しい!ラーヴェ神!ありがとな!人間という敵と、勇者という強敵をくれて!」
ん? こいつまさか…。
「いくぜぇ!」
いきなりか!? 後ろに跳び下がって…、
「おら、てめぇら!仲間なら散ってんじゃねぇ!とっとと集結しやがれや!俺様は逃げも隠れもしねぇよ!」
謙三達三人をこちらに蹴り飛ばした。
自分から敵の戦力を集めて、しかも逃げない。マゾか?いや、それはそれとして…。
「「ルナ(ちゃん)!」」
「みゅ!」
よし! 俺と四季の意図はちゃんと伝わった!飛んできた三人は障壁に弾かれることなく通過した。安全地帯にいるうちに回復を…。
「治療は不要だよ!」
「この程度、わたくしの『継続回復』で勝手に回復いたしますわ!」
「了解!」
ならば二人には構わずに突っ込むか!
「習の兄貴!清水の姉御!誰が味方だ!?」
「「ジンデ以外の全員だ!」」
…四季から聞いてはいたけど、謙三が四季のことを「姉御」と呼ぶと違和感が凄まじいな。四季の見た目はお淑やかという言葉が似合うんだから。
「了解だぜ!兄貴!姉御!じゃ、突っ込むぜぃ!ひゃっはー!」
ためらいなく突撃しやがった…。行動としてはうちの子らとさほど変わらないんだけど…、謙三の場合、この子らと違って「嘘かも?」とか「見当違いかも?」なんて発想をゴミ箱にまとめてぶち込んでやがる。
「…わたしも続く。二人は情報交換してていいよ」
「ボクもー!」
「俺も行く!」
「私も!」
「アタシも行くわ!」
子供達も続いていく。俺らはアイリの言うように、情報交換しておくか。だが、その前に…。
「コウキ。大丈夫か?」
「元気がないように見えますが」
コウキのフォローをしておくべきだろう。皆が突っ込んで行ったのに、突っ込んで行ってないんだから。
「うぅ…」
ちっ。やらかした。かなり辛そうに頭を抱えてうずくまり始めた。さっきまでそんな兆候は…、微妙だがあったか。くそっ、完全に流してしまってた。だが、あれが兆候だとすると、ここまで酷くなかったはずなのだが…。
「「『『回復』』」」
…は効果なさそう。…となると外傷ではない?
「うあぅ…。あ、ありがと、父さん。母さん…。でも、ごめん。頭が割れるように痛いや…」
「謝らなくていいよ。コウキ」
「ですです。とりあえず安静に…、それこそルナちゃんの家で横になっていましょう」
「そう…、する。たぶん、薬も、効かない…や」
その見立ては俺も正しいと思う。薬はおそらく効かない。専門家でもないのに適当に薬を出すのは危ないが…。専門家とかそんなの関係なしに、薬は効かない。そんな確信がある。
ここまで悪化したのはどのタイミングだ? 子供達がコウキの変化に一切気づかないなんてことはないだろうから…、可能性があるとすれば、3人が飛んできてからとかか? 考察は後だ。
「「ルナ(ちゃん)!」」
「ん!」
ありゃ。突っ込んで行ったと思っていたけど、近くにいてくれたのね。ありがとう。
家がポスンと現れる。早く寝かせて…、
「そこまで…は、いい。父さん。母さん。あの、ナヒュグ様、申し訳ありませんが、お願いしてもいいですか…?」
「構わぬ。父母の代わりにはなるまいが、見守ってやろう」
「じゃあ、僕も付き添います」
「シール殿も加わるか。ふふっ。妃達、皇帝夫妻と獣人の代表の見守りだ。光栄に思えよ?」
「うぅ…。お手数をおかけいたします…」
…かなりきつそうだな。少しでも気を楽にしようとしてくださったのか、ジャンリャ様は明らかに冗談ってわかるような言い方をした上、ウインクまでしてくださっていたのに、その冗談を真に受けてしまってるのだから。
「そら。行け。心配なのはわかるが、朕らを信じ、コウキ殿は任せよ」
「コウキ殿のことだ、二人がいる方が余計に申し訳なさを感じるぞ」
「そら、行っといで」
ひらひらとシールさんが俺らを追いやるように手を振る。…ですね。こういう時なら付き合ってあげるほうが絶対にいいんだろうけど…、状況が状況ですものね。
「わかりました。コウキ。行ってくる」
「行ってきますね。ゆっくり寝なさい」
「うん。行って…らっ、しゃい」
辛いだろうに笑顔を浮かべるコウキ。…さっさと片付ける方がいいか。
とりあえず情報交換を…。
「なら、森野君!清水さん!僕等と一緒に行くよ!」
「あの女の子は情報交換の時間をくださったようですが…、そんなもの後でやればいいのです!」
二人も情報交換しないの!? 子供達のことは確かに後でいいと思うけど、ジンデの情報ぐらいは…、って、「しない」ってことは「伝えられるような情報がない」ってことか。
なら、攻撃だ。子供達、そして謙三の攻撃の間隙を縫い、四季とタイミングを合わせてジンデの横を駆け抜け、ジンデの胴を2箇所両断する。
「ははっ!ようやく来たか、でっかい糞共!ちっこい糞共もいっぱしの戦士だが、やはりデカいほうがいい!」
…全く効いていないな。確かに切断した手ごたえはあったのだが…。
「おい!魔王!俺はデカいぜ!」
「だな!だが、細かいことは気にすんじゃねぇよ!比率的にちっさい糞ばっかなんだからよ!」
謙三は本当に謙三だな…。そこを気にしちゃうんだ。ジンデもそれに律儀に答えるし…。なんか二人は気が合いそうだ。
「清水さん!切ってみた感じはどうですの!?」
「切った感触はありますが…、それだけですね!習君は!?」
「それは俺も!」
切った感触があるだけ。それ以外に何もない。チヌカではないのだから「核」みたいなのはないだろうし…。本気でシャイツァーの性質を考えて、攻略しないとどうやっても倒せなくなる。
とりあえず、足と手を叩き斬る! …切断した感触はある。が、出来てないな。というか、魔力があるとはいえ、こんな筋肉だるまの肉体の一部を容易く切断できる感触があるのは…なんか変だな?
「皆はどう!?」
「アイリ姉さま以外、同じ感じよ」
「…わたしだけ、確かに何かを斬ってるのを感じてる」
アイリだけ…? となると、呪いとかそんな系統か?
「鎌さん。それって何?」
「…鎌?…あぁ、わたしね。…わからない」
情報交換してない弊害が出てるな…。この子らの名前を教えてないから、適当に呼ぶしかないって言う…。よりにもよってそれを最初にしたのがアイリってのが、少しアレだな。…本人はもう、昔のことなんて気にしてないみたいだけどさ。
「あ。そうだ!森野君!下の名前で呼び捨てしていいよね?僕のことも呼び捨てでいいからさ!」
今!? …確かに、名前は知ってる俺を子供達みたいに呼ぶのは変だろうけど…。
「どっち?」
「あぁ、構わない」
「ありがと。あ。雫のことは天上院さんで良いから!」
いや、「いいからね!」って、その呼び方はデフォルト設定じゃん…。許可を出すような言い方してるけど、他にどう呼べと。まさか、初対面で呼び捨てとか、下の名前で呼ぶとかするの? …あぁ、まさかのフルネーム要求?
…こんな風にちょくちょく自然に天上院さんへの執着心を見せ、彼女もそれを嫌がるそぶりも見せないから「早く末永く幸せに爆発してろ」って言われんだよ。
よし、射線が通った!
「「『『火球』』」」
四季と一緒に発動。胸の辺りを焼き尽くし、ぽっかり穴が…開いてないな。一瞬だけ、痛そうな顔をするけれども、それだけだ。あの一撃をうけて火傷すらしていない。
物理防御だけがエグイとかいうわけでもなさそうか…。
「何人もアタシがいたって邪魔そうだし、父さまと母さまの友達の援護に何人か回すわ!」
「「了解!」」
ぽぽっとミズキが増えて走って行く。
「お!?あっちにまで手を出してくれるのか、嬉しいねぇ!ま、あいつらはこっちには来ねぇがな!」
「な、ぜ、だぁ!?」
相変わらずの超大振りの謙三の一撃。これも普段なら確実に命中しないのに吸い込まれるように脳天に命中。そのまま真っ二つに…はなるはずなのにやっぱりならない。
「何故って、こんな楽しいもの、他に譲れるわけがねぇだろう!?」
「だな!」
…謙三とジンデはやっぱり息が合いそうだ。ただ…、どこかで二人は決定的に違う。そんな気がする。
「ついでに戦う気のないやつ…、も狙わねぇぞ!お前らのへばっちまった息子とか、妹とかな!あ。糞弟妹共は別な。あいつらは普通に戦闘できるしな!」
「ん?ルナは戦う気はあるぞ?」
「ですね。普通にありますよ?」
「は?」
ぽかんとするジンデ。その背を鋭利な煙突が貫き通す。家の重量に耐え切れずに倒れるジンデごと、ルナは煙突を地面に突き刺す。瞬間、煙突を消滅させれば、間髪入れずに自重で落ちてきた家の屋根が突き刺さる。
ルナはそこを支点に家全体を回転。まるでドリルのように家を地面にめり込ませていく。
「ハハハハ!マジで妹じゃねぇか!」
ここまでされてなお笑えるか…。…あぁ、ダメだな。痛そうにはしているけれど、それだけ。何ら痛撃を与えられていない。今のうちにルナを回収…、
「ドウラッ!」
!? 馬鹿みたいに重い家を投げ飛ばした!? まずい、ルナを…、
「ボクがやるー!」
あ。カレンが行ってくれるのね。…なら、カレンに任せていいか。
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
カレンの矢がルナをひっかけ、回収。いきなり吹っ飛ばされて、矢に回収されて…と滅茶苦茶なはずなんだけど、ルナは楽しそうね。
「ははっ!俺様の兄弟の中でまともな戦士は妹だけか!俺様と妹以外は戦えても小賢しい何かがついてやがるからな!尤も、その武器には糞弟妹共や弟が入ってるんだろうから…、超色物ではあるがな!」
あぁ、さすがリャアン様とジャンリャ様の兄だ。ロクに説明もしてないのに状況だけで真実を言い当てた。
「よかろう!妹よ!貴様には俺様と戦う資格がある!ぶちのめしたら、戦場で倒れた数に数え上げてやる!戦場で積みあがる勇士の死体、そこに加えられる…かもしれないことを楽しみにしやがれ!」
「かもしれない」のな…。微妙に後ろ向きな発言だな。…ん? 数を数える…?
「習!まさかこいつの八桁発言は…、人数のこと!?」
「おそらくそうだよ。光太。となれば、さっきの八桁発言は…!」
「戦場で斃れた両軍の兵士の数。それを八桁。すなわち一千万を目指すってことでしょうね!」
だからこいつ、さっきミズキがこいつの兵士を殴りに行っても止めるそぶりすら見せなかったんだ!
「おうともさ!今はまだ七桁あるが…、八桁ともなりゃ、さぞ壮観だとは思わねぇかい!?」
否定はしない。死体であろうが何であろうが、人間大のサイズの物を一千万分積み上げれば威圧感はすさまじいものになるでしょうよ。
「お前、まさかそのために戦争してたのか!?」
「んなわけあるか!積み上げるのはあくまでついでだ。ついで。どうせ戦争するなら勝った方が得だろう?」
「確かに!」
謙三ェ…。それで納得しちゃダメでしょ。
「戦争を起こす目的は何なのさ?」
「そこに答えていませんわよ!」
「あぁ、やっぱ大剣の糞以外は今ので理解してくれねぇか!俺様にとっちゃそれが全てなんだがな!」
うわぁ…。
「まぁ、まともに答えといてやるよ!ぶっちゃけ、最初の戦争も含めて、全部糞みたいなもんだぞ?仲が冷え込んだ時の破裂音一発。それだけよ!ちょっと交渉してもどっちも折れねぇんだから大戦争さ!その後はぶっちゃけ恨みだよ。やれ、こっちの領域で人間がみつかっただの、あっちで魔族が見つかっただの、なんか飛んできただの、割とくっだらねぇ理由で人が増えてりゃ大戦争さ。最初以外は交渉なんざねぇよ。「ムカつく事されたので殴る」とでも宣言すりゃ、楽しい愉しい大戦争さ!」
典型的な超仲の悪い隣国関係だな…。互いに関係改善する気も無いし、むしろ殺したいと思ってる。そんなんだったら理由なんてないも同然でも、戦争は始まるよな。
「まぁ、俺様はその方が楽でいいんだが!積み上げやすくていい!何より、常に戦が傍らにあるから、準備が楽でいい!内乱中であっても、いつでも戦争戦争…ってのは俺様でもなきゃ、兵士でも気が滅入るからな!」
自分が異端って自覚はあるのな…。
だが、今この場においてそれはどうでもいい。それよりも…、何でさっきこいつは「まだ7桁」とか言ったんだ? まるで本当に7桁の死体を積み上げているかのようだが…。いくら人口規模が地球に及ばないとはいえ、10年スパンで何百年も大戦争しているんだ。死者が7桁にいっていてもおかしくはない。
だが、それだけの数が一堂に会することなんて物理的にも時間的にもあり得ない。川に落ちて流れていった人もいるだろうし、行方不明になった人もいるはず。それらを全てかき集めるなんて不可能だ。それに10年もあれば死体は腐る。わざわざ凍らせていれば別だが…。それが出来るとは到底思えない。
数字が積みあがることに興奮を覚える人種だというなら別だが…。明らかにジンデはそうではない。本当に実物を見ないと駄目なタイプだ。それに「まだ」とか数字が減るような言い方をするのもおかしい。
…であれば、導き出される結論は一つか。
ジンデはおそらく、積み上げた死体を確認できるシャイツァーを持ってる。そして、それを確認できることが無意味であるとは思えないし、「まだ」という言葉。それを踏まえると…、ジンデのシャイツァーは積み上げた数の分だけ、命のストックがある…そんなものなんじゃないか?