213話 ジョルシェン
「降伏するのはシャンドゥだけか?」
「あ…。いえ、違います。攻撃されれば困ると思ったので先にそれを言ったまで。です。それ以外に何もございません。えぇ。嘘をついた後にぐさーなんて考えてまs「で?」…はい」
この人、損な性分してる。言う事言う事全てが言い訳に聞こえる。本人にそのつもりがなさそうなのが何とも言えない。
「将軍の…『ジョルシェン』将軍の指揮下にある全軍。それら全てがお二人に降伏いたします」
「具体的には?」
「主な街名を挙げますと皇帝陛下の本拠『シャンドゥ』。そして、不ちゅ…ゲフンゲフン。不法せ…ごほっごほっ」
「不忠」だとか「不法占拠」とか言いかけてやめてるけど…「皇帝陛下の本拠」の時点でアウト。何故ナヒュグ様とジャンリャ様の前で他の人を皇帝と言ってしまうのか…。しかもそれが駄目って気づいていないっぽいし。本気で大丈夫なのかこの人。
でも、もとからナヒュグ様達夫妻の支配下にある二人の首都とか、チャンサを「降伏するからお前らにやるわ」みたいな感じで言うのは不味いって気づいているだけまだマシ…か?
「えっと、分断された国の最前線ジャウチに…、その北にある「長い。簡潔に」あ。はい」
ナヒュグ様が止めた。…放っておいたらこの人、全部の街名言っていきそうですしね。止めて正解でしょう。
「『スーチュン』より東です!」
「それは『ジュンシャ』川以東か?」
「いえ。違います。尤も「正確には」違うというだけですけれど。北の位t「地図寄越せ」あ。はい。お待ちください。取ってまいります!」
ビュバっと飛んで街に戻っていく名代さん。尻尾がナヒュグ様の顔を軽く掠めて行ったのは見なかったことにしておこう。
「すごいねぇ…。ねぇ、二人。あの人さ、名代って言葉の意味知ってると思う?」
「知ってるんじゃないですか?」
「私も習君に同意します」
「だよねぇ…」
シールさんの目が死んでる…。シールさんの立場(獣人領域の代表)からすれば考えられませんもんね…。この人もいわばリンヴィ様の名代なわけだし。
「なぁ、名代って何だっけ?」
「…名代は名代」
「姉ちゃん!?」
ガロウがびっくりしてパッとアイリを見ると、途端、アイリがこてっと首を傾げる。
「姉ちゃん天然だったぁぁぁ!」
「…ごめん。冗談。…ちゃんとわかってる」
だろうね。アイリは元近衛だったんだから。アイリ自体が名代になることはエルモンツィのせいで確実になかっただろうけれど、親衛隊の誰かがなったことはあるだろうし。
「ほんとに?ほんとにわかってんの?」
「…ん。大丈夫。名代は「その人の代わり」ってこと。…「名代の言う事はその人の言う事」ってとられるくらいには大事なもの」
「うわぁ…。じゃあ、あれ大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないよ、兄さん」
「そうよ。大問題よ」
ほんとにね。あれが名代とか酷い。いや、酷いってレベルじゃないか。最悪だ。見なかったことにしたけど、名代がナヒュグ様を傷つけかけちゃダメでしょ…。戦闘の意思がまだあるみたいに見える。
「父さんや母さんの名代があんなのやりやがったら、僕ならとりあえず牢屋にぶち込むね」
「優しいのね。兄さん。アタシなら即左遷させるわ」
左遷(行先はあの世)だよね、それ。左遷って言わずに処刑でいいと思うな。殺気が強すぎて裏の意味を隠しきれてないし。
「…ぬるい。死なないように拷問して長く苦しめるべき」
アイリは平常運転。表情はあんまり変わっていないけれど、目がガチだ。
「と、とりあえず。あの人がヤバいってことは分かったぜ」
「で、ですね。ガロウ。色々かかっているので処刑すらあり得るのですね…」
そうだよ。さっき見なかったことにしたやつとか、ナヒュグ様が寛大じゃなければ「シャンドゥは絶対に降伏しないという不屈の意思がある」なんて取られてもおかしくない。
「てかさ、アレ以外にいない…あ。そっか」
いないの? って言いかけてやめた。てことは気づいたね。ガロウ。
「そうだよ。他に適当な人がいないからアレが来てるんだ」
「他にマシな人がいればおそらく誰も好き好んでアレを名代にしないでしょう」
「マシであっても、地位が足りん可能性もあるがな」
ですね。要するにシャンドゥに残った一番まともで権力のある人がアレってことだ。
「イベアとかー、ぺリアマレンれんぽーとは違ったパターンだねー」
「ねぇ。暗にうちの主君の嫁の悪口言うの止めてくんない?いや、気持ちは理解するけどさ」
「お姉さま。クリアナ様も許して差し上げてくださいませ。あのお方、仕事はなさりますから」
シールさんもレイコもフォローがちゃんとしたフォローになってない…。気持ちは分かるけど。リンパスさんもクリアナさんも、リンヴィ様とディナン様が好きすぎて変に暴走しちゃうからな…。それに加えて、クリアナさんは方向音痴以上の何かを背負ってる。
だが、それでもアレよりはるかにマシ。というか、比較するほうがあの二人に悪い。なんだかんだ言ってもあの二人はちゃんと自分の立場をわかってて動いてる。…許されるライン、許されないラインを踏まえたうえで、そのラインのスレスレを反復横跳びするのはいかがなものかと思うけど。それでも。だ。
何しろアレはわかってないんだから。
「取ってきました世界地図!」
「「帰れ」」
「うひー!取ってきまーす!」
「待て。朕らも行く」
「そちらの方が早そうだな」
首根っこをがっしり掴むお二人。これであの人は逃げられない。一般人はいるけれど、軍人さんが全くいない街を通って城へ。一般人たちがお二人を見ても「何だ何時ものか」みたいな顔で流してるのが色々ヤバい。俺らを見た時は目を丸くしてるのにな…。
ジンデのつくったであろうシャンドゥ城は力を象徴しているのか、これ単体でも要塞として活躍できそうな様相。それこそ、門が閉じられていれば落とすのに5倍以上の戦力を用いて一か月くらいかける必要がありそうなくらいに。だが、相変わらず門は開かれっぱなし。さすがに不審者が入ってこないように警備の兵はいるが…、守る気があるときに比べれば防御力はないに等しい。
「入れてー」
「「!?」」
警備の人が目を丸くしてる…。
「あの、えっと、ナータ様。その方々は?」
「ナヒュグ様とジャンリャ様」
「他の皆さまは…?」
「え?他…。他?ごめん。知らない」
警備の人が口をあんぐり開けて、その後、天を仰ぎ見る。…お疲れ様です。
きっとまともだから戦場に連れていかれずに残ったんだろうな…。
「あの。身分的には我々よりもナータ様の方がジョルシェン将軍の名代ですし、相応しいのですが、我々が交代いたしましょうか?」
「駄目だよ。それをするとナヒュグ様達が侮られちゃうでしょ。ほら、仕事して。仕事」
死んだ魚のような目をしてる。「わかってんならちゃんとやれ」といいたいけれど、ナータさんの身分が身分だから言えない…そんな顔。
「あ。あの。皆さま。申し訳ありませんが、馬は流石に置いてってくださいね」
「了解です。セン」
「家に入ってくださいな」
「ブルルッ!」
丁度そこそこ広いスペースもあったし、家にすぐに入ってもらう事が出来た。これで良し。誰がこんなところでセンを置いていくか。
「さ。行きましょう」
「行くぞ。ナータ」
「ではあちらです。あちらに行っていただければ将軍がいます」
うわぁ…。ナヒュグ様がナータさんの名前を聞いてないことを暗に指摘したのに、完全に流しやがった…。気づいても対応が難しいから流すのも正解の一種ではあるけど…、それに気づいてない。
「みなさーん。行きますよー」
能天気か。マイペースと言った方が良いのかもしれない。鋭い尾がビュンビュン床を撫でていて俺らにとってちょっと危ないのだけど。
「なぁ、父ちゃん。母ちゃん。ジョルシェン将軍いるのな」
「…無事とは限らないけどね」
「だね、アイリ姉さん」
「あぁ、そっか」
無事なら本人が出てこればいいって言いたかったのだろうけれど…、アイリとコウキの言葉でガロウも察したね。
ジョルシェン将軍がいるなら名代なんて要らない。ただ出ればいいだけ。でも、出てきていないのだから、将軍は歩けないか、意識がないか、もしくは…死んでしまったか。そのどれかだろう。
「将軍!客人を連れて来ました…、って、声をかけても反応があるわけないんですけどね」
「あるぞ」
「ふぇっ!?」
ベッドの上にいてこっちに手を振っている人がジョルシェン将軍なのだろうけど…、普通に起きてるね。ナータさんの反応的に今、起きたところだろうけど。
彼はナータさんを見て、視線を滑らせ、皇帝陛下夫妻を視界に収めるや否や、被されていた布団を跳ね除け、ベッドを滑るように降り、二人の目の前で跪く。
「お初にお目にかかります。我が名は『ジョルシェン=マンズェ=チュルグス=チャンパシェ=ジュンシャチュ=スーチュン』。ジンデ陛下不在の今、本職がこの辺り一帯の最高司令官を務めさせていただいております」
と結構な早口で述べた。…この人はやっぱり出来る人だな。夫妻を見てすぐに状況を把握した。尤も、倒れる前からこの事態になることを予期していた可能性も否定できないが。すぐに行動に移せるのは強みだろう。
「なぁ、父ちゃん。母ちゃん。将軍、名前なげぇな」
「ガロウ君。僕も、獣人領域の皆もやろうと思えばもっと長くできるよ。言ったところでほぼ皆に関係ないから誰もここまでやらないだけで」
「うへぇ…」
関係ないから名乗らない。逆に言えば関係あれば名乗る。このような状況で正式な名乗りを上げる。ということは…。この場はある意味で正式な場ということで…、となれば彼が為すことは限られている。それは、
「ジョルシェン。降伏でよいのか?」
「構いません。もはや本職らの軍は戦えません。お二人に降伏いたします」
降伏勧告を受け入れる。ということと、
「条件は?」
「ありません…というべきなのでしょうが一つだけ。図々しい願いだとは百も承知ですが、本職らの軍の…、ひいては民の助命を懇願いたしたく」
条件のすり合わせくらいだ。彼の言う軍は…、おそらくナヒュグ様達の軍を包囲していた軍のことのはず。その軍はミズキの援護のあったナヒュグ様の軍に結構な損害を出させていたはずなのだが…。
「構わぬぞ。だが、助けたところで幾人が朕に従う?」
「本職の指揮下にあるものは全て首を垂れるでしょう。というより、垂れざるを得ません。ナータ。地図」
「どうぞ!」
ドン! とジョルシェン将軍の前に出される世界地図。将軍の顔が引きつっている。その気持ちは分かりますが。何しろ、縮尺デカくてたぶん必要になるであろう部分がまったくわからん。
…今更だが、この地図に載ってるのはこの大陸だけなんだな。世界というよりは大陸地図って言うべきか。
てか、この地図、魔人領域以外も書き込まれているのはいいけれど、人間領域、獣人領域、エルフ領域は俺らが見たのと食い違ってる部分が結構ある。魔人領域以外は昔の…それこそ各種族の仲が良かったころの情報そのままなのかもしれない。
「すみません。陛下…」
「構わぬ。この地図でも説明できるか?」
「勿論です。地図に線を引かせていただきます」
「あ。将軍。私が引きますよ」
将軍から地図をひったくるように奪って、線を引き始めるナータさん。線は一切迷いなく引かれていて、しかもぐにゃぐにゃぐねってる。…うわぁ。飛び地作りやがった。不安しかない。
「出来ました!」
「お、おう…。こいつ、ちゃんと書きやがった…。コホン。これを使って説明しますね」
えぇ…。正解なのか。
「本職の本拠にしている都市がここ、シャンドゥの西にある『スーチュン』です。ここの西を通る川がジュンシャ川で、こいつが今書いた境界の大部分を形成しています。北方の一部は川と関係ないのですが、その辺りは先祖が他の貴族と殴り合って境界を確定させてます。西南の川を越えたところにある飛び地は、ジンデ様が崩御なさった時のための陵墓がある『チャンパ』山があります。お二人の支配下に入るのは本職の本拠『マンズェ』地方から東、そのすべてです」
地図に描かれた領域は正確な大きさは不明だが、広いことは確か。それだけ広大な領地と、王の墓の予定地を任されていることからもこの人がジンデに信頼されていることがわかる。
「今更だがよかったのか?お前ほどの人材が朕らに降伏してしまって」
「正直、良くはないです。良くはないのですが…。前述させていただいた通り、本職のシャイツァーが破られた時点で、本職の下についている者達は皆様に勝つことは叶わなくなっています。どれほど勝つことを望もうと…、いえ、寧ろ勝とうとすればするほど負けてしまうのですよ」
あぁ…。それでか。それでびっくりするほどあの人たちは弱くなっていたのか…。
「ミズキ殿。頼めるか?」
「わかってるわ。「敵軍降伏」を伝えればいいんでしょ?で、反抗者はどうするのよ?」
「出来れば助けてあげていただきたいですが…。贅沢は申しません。あまりに喧しいなら天に召しちゃってください。放っておいても勝手に衰弱死するだけですから」
なんとなくあると思っていたけれど、やっぱりあったかデメリット。
「え。待って。死ぬの?」
「えぇ。死にますよ。獣人の男の子さん。陛下。本職のシャイツァーの説明が必要なら全て明かしますが、どうなさいます?」
「シュウ殿。シキ殿。二人が決めてくれ」
「妃達は二人に従おう」
なら…、
「説明を聞かせてもらいましょうか」
「ですね」
皆、平気そうな顔をしているけれど…、大なり小なり魔力をジョルシェン将軍のせいで使わされている。無理してジンデを倒しに行く必要はないだろう。一日休めばかなり回復するはず。
そして、ジンデもシャンドゥが陥落したからといって一両日中に帰ってくるのは不可能だろう。本人だけ戻って来るなら別だが…。それをするなら完全に崩壊させられた南北の戦線を立て直し、前線をファヴェラ大河川手前ぐらいまで押し戻さねばならないだろう。同じ魔族にやられるより、人間にやられるほうが癪だと考えるだろうから。
「承りました。では、お話をさせていただきます。ナータ。お茶とお菓子を。あぁ。ジンデ様の物に手を付けてはなりませんよ。あれは…少なくとも本職の舌にあわないのだから」
「じゃあ、何出せばいいです?」
「何でも…だとお前は駄目って言ったのにジンデ様の持ってきそうだから、普段、本職や本職の部下が食べているものでいい」
「了解です。では、取ってきますね」
勢いよく出ていくナータさん。ナータさんがあれだからか、単純に辛いのかはわからないが…、将軍は少ししんどそう。
「あの、ベッドの上に戻られてはいかがです?」
「そうさせていただきます」
逡巡もせずに戻ってくれた。それだけしんどいのか、皇帝陛下夫妻が俺らを立ててくれたから、俺らの方が上だとみたのか…、まぁ、戻ってくれたならなんだっていいか。
「お待たせしました!悩んだので全部持ってきましたよ!」
「ナータ。缶詰とティーバックをそのまま。しかもそんなに持ってきてどうするんです?」
「あ」
ボロボロとナータさんの手から山積みの缶詰とティーバックが零れ落ちる。
「俺らも適当に手伝いますか…」
「ですね。準備は私達がするので、話し始めてくださって構いませんよ」
「準備しながらでも、俺らは聞けますから」
「お手数をおかけして申し訳ない…。おい。ナータ。お前は手伝わなくていい。座ってろ」
「えー。わかりましたー」
ナータさんがいれば息が合う気がしませんからね…。ナイス判断です。将軍。
「では皆様、お話させていただきますね」
さて、大方予想はつくが…。どのようなモノだろう?
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思っていた通り…かな? 少なくともジョルシェン将軍のシャイツァーは初見殺しでもされなきゃ、かなり強力だけれど、初見殺しを重ねられまくるとどうしようもなくなるってのはあってるかな。
一応、纏めとこう。彼のシャイツァーは『ワリータルッペ』で、見た目はただの紙と物体。だけど、戦場を指定してやれば、たちまち紙は縮尺自在の地図になり、物体は分裂して敵、味方の状況をある程度表す駒になる。そんな駒が地図の上に散らばれば、一目で敵味方の大まかな位置と情報を示す地図になる。
地味ではあるけれど、これだけでもそこそこ強い。なにせ、始めていった場所でもそこそこ精度のいい地図を持てるんだから。奇襲できそうな場所を考えて奇襲しようと思えば奇襲できる。それに、逆に敵が変なところにいるとなれば奇襲を警戒して、逆撃をかますことだってできるんだから。
ただ、この能力は常時展開ではない。展開してるとそこそこの魔力を取られる。このシャンドゥ全体を見ているだけでも、一日やってれば魔力はなくなる。広くなると減る度合いは増す。だから、今回は他の能力も使っていたから、極最初期の作戦立案ぐらいにしか使えなかったようだ。
また、このシャイツァーに攻撃性能はない。強いて言えば紙と物体は馬鹿みたいに硬いから、鈍器に出来なくもないってことくらい。
そして、さっき敵が突然湧いて出たのも、敵がキラキラ輝いていて、かつ、妙に硬かったのもこの人のせい。だが、それはシャイツァーの本懐のおまけでしかない。
このシャイツァーの本懐は『完璧に作戦立案をし、それを完全に実施する』こと。神話決戦時のラーヴェ夫妻の作戦だとか、地球のかなりうまいこといった戦いの話を聞いてそうなったらしいが…。
例え完璧な作戦を立てられても、その通りに実施できることなんて不可能だ。戦場はいつだって流動的でコントロールなど出来ないのだから。もし、そんな不確実性まで巻き込んだ作戦を立てられるのであれば、それこそ文字通りの「完璧な作戦」だろう。そんなもの、神でもない限り立てられないが。
だが、それをこのシャイツァーは地図と駒、それに転移と味方の能力向上で何とか叶えようとしたようだ。
転移は事前に盤面を読み切っていることが前提としているのか、転移12時間以上前に転移先やいつ転移するか、どれくらい転移させるのかといった諸条件を確定させておかねばならない。
19時に100人をAからBに送る。というのなら7時には送る100人をAに集めておかなければならない。転移させることを確定させれば変更は出来ない。例え雨が降ろうが槍が降ろうが、将軍が死のうが、転移先に突然大穴が開こうが、100人はきっかり19時に指定された座標に跳ぶ。…唯一、他の生き物と重なる場合だけ、座標が少しずれる。だが、転移させることを中止することはできない。
だから、俺らが馬車に乗っているときに磨り潰されるためだけに出てきた人いたわけだが。…だけどこのことは俺らのすぐそばに転移させたという点で、将軍の読みがかなり高性能であることの証左。
能力向上はあらゆる能力を向上させる。向上させるのは素早さ、防御、攻撃力等々で…、色んな能力が上がる。この恩恵を受けているか否かは金のキラキラを纏っているかどうかで判断できる。纏っていれば能力は向上している。
そしてそのキラキラと強化度合いは、彼が思い描いた通りに局面が進めば進むほど、強くなる。読みがガンガン的中すればするほど、味方は加速度的に強くなる。
そのくせ、強化されまくったとしても「あ。手加減ミスった」とかは起きない。シャイツァーがその辺りの能力の認識を弄るから、5倍に筋力が上がっても何も考えなくても皿やコップを持てる。
…こうしてみると、彼のシャイツァーは「完全な計画に無理やり現実を落とし込もうとする」というほうが適切かもしれない。実際、彼の計画の一端にはまってしまえばどんどん抜け出しにくくなるのだから。
反面、想定から大きく逸脱されてしまって復帰できなくなれば、一瞬で崩壊する危険性もあるのだが。想定から外れられてもジャウチの大結界のように復帰できればまだセーフ。だが、ルナの逆撃のようにどうしようもなくなった場合…、彼のシャイツァーの能力向上は能力減衰に反転する。
しかも極悪なことに、この能力減衰に味方は気づくことが出来ない。おそらく、さっきまで味方の能力上昇と感覚をうまく結びつける機能が悪さしているのだろうが…。相手が妙に強くなった。そう感じるだけ。
一度、逸脱しかかって再起できなければ味方は弱化する。弱化すれば味方はさっきまでと違って押されてくる。押されてきたら士気が下がり、さらに想定から逸脱する。想定からの逸脱は更なる能力減衰を招く。そしてさらに…と完全な負のスパイラルに突入する。こうなれば逃げて再編成するしかないが、逃げることすら速度が下がっているから厳しい。もはや詰み。
そして負のスパイラルはそれを引き起こした軍だけにとどまらない。将軍の下にある全ての軍に波及する。だから彼のシャイツァーは、全てが上手く行っている間はすべてうまく回るが、一箇所でも回復できなくなると、途端、大崩壊を起こす。そんなもの。
最初、ナヒュグ様の軍が散々に破れたのに、俺らが相手を崩壊させた後、ちょっと一当てしたら相手が崩壊したのは弱化が全軍に及んだからだろう。
衰弱死はこの能力減衰のせい。能力減衰が消えるのは完全に敵に屈した時。それ以外では消えない。だが、だからといって衰弱死はしない。大崩壊させた敵と戦う意思がないのなら、それ以上に弱体化がひどくなることはない。
可能性があるのは唯一、戦意を保って敵と相対している人だけ。能力減衰がますます悪化し、生命維持すら出来なくなった時にこてっと死ぬ。
ジンデが彼をナヒュグ陛下達の抑えに配置したのは正解だったのだろう。人間領域との境界に置いてしまうと、勇者に殴られて初見殺しされる可能性があるのだから。
惜 しむらくはその危惧は俺らがこっちにいたから、東と西、どっちにおいていようと崩壊は免れなかったということだろうか? …いや、違うか。俺らがいないならいないで、ナヒュグ様とジャンリャ様なら時間はかかるだろうが、確実に大崩壊を起こさせるだろう。
こんなものか? 大結界の説明もあったけど…、それはナヒュグ様達が言ってた通りだったな。
「…ところで、ジョルシェンは何で倒れてたの?」
「人間のお嬢さん。それは本職の魔力不足です。単純にこれほど広範囲はキツかったのです」
「でもー、貴方が倒れてもー、ふつーに強かったけどー?」
「それは本職のシャイツァーがあくまで「きっかけ」に過ぎないからです。そうでなければ弱化が発生する前にシャイツァーへの魔力供給を打ち切りますよ」
…この人、倒れること前提で計画立ててたのか。通りで面倒くさかったわけだ。
「なら、何であんたは今、回復できたのよ?魔力切れなら一日はかかるでしょう?」
「お嬢。それは本職にもわかりかねます。が、おそらく負けが確定したからでしょう。負けが確定すれば本職がいようがいまいが、あまり変わりませんから」
少し残念そうに将軍が言う。が、すぐにその色は消えた。
「あ。皆さま。今夜はどうなさいますか?」
「シュウ殿。シキ殿?」
「適当な敷地を貸していただければ、それでいいです」
「大きさはどのくらいですか?」
「ドアと同じサイズの立方体があればそれで。」
家を置くだけだから、十分だ。
「なら、本職の部屋の隅をお使いください。皆様は安全を第一にされているようですから。ここであれば、誰にも手出しは出来ませんよ」
皇帝陛下夫妻は…、俺らに任せる体勢か。ならば、
「それでお願いします」
「ご飯は結構です。私達で作るので」
「畏まりました。ナータ。知らせてこい」
「了解です!」
また飛び出していくナータさん。さて、俺らは俺らで用意するか。夕食つくって、寝て、朝食を食べれば…、ジンデのところに出発かな?
このペースでいけば級友たちはジンデのところについているかいないか…それくらいだろうか?