閑話 出立 (西光寺)
西光寺姉弟の弟、賢人視点です。
俺の名前は西光寺賢人。流れで魔王と闘わない組──いわゆる捜索組──のリーダーだ。
今日、城を出る。
とりあえず準備もできたし、後は、全員いるかの確認だな…。
えーと、あいつらはいる。で、あいつもいる。で、あの一人の子は…、有宮文香か。今、絵を描いているのが狩野絵里だな。
ん?二人足りないぞ…。
俺は小声で、横にいる人物――俺の双子の姉、西光寺薫――に声をかける。
「姉。森野がいない。後、もう一人も」
「清水嬢だな。だが…」
クイッと姉が顎で示した先には、ルキィ王女。そろそろ時間か。仕方あるまい。二人は来ないと思うほうが良さげだ。
「森野がいないのか…」
「森野氏がいないのはな…」
姉も同じことを考えていたか。二人そろって頭を抱える。俺も姉もクラス委員をやっている。森野は痒い所に手が届く。そういう働きをよくしてくれた。だから、相当頼りにしてたんだが…。はぁ。
「弟よ。清水嬢も痛いぞ」
「なぜ?」
「彼女もまた森野氏の同類だからだ」
姉はひどく残念そうな顔をした。
「…同類?」
「そうだ、偶然にもな、実験室で実験をしていたら手伝ってもらえた。その時の感触だ」
と姉は白くなってしまった髪を煩わしそうに手で払いのける。
姉の髪が白いのは昔の事故のせいだ。天才だった姉は――今もそこは変わらないのだが――いかんせん、化学にのめりこみすぎて失敗した。
その時の影響で髪の色素が全部死んだらしく、それからずっと白髪のままだ。さらに脳の記憶領域に欠損が出て、興味のあること、もしくはそれに準ずることしか覚えなくなった。というよりも、文字通りそのことしか覚えられない。だから、姉が覚えている情報はかなり信頼できるものだ。ただし、姉フィルターがかかっていることは忘れてはならないが。
「どうした弟よ?姉が信じられないか?」
「いや、昔を思い出していただけだ」
「ああ、あのときか、生きてるだけで儲けものだ。まだ、化学ができるしな」
「そうか」
弟としては、姉にシャイツァーとして試験管立てを渡す神経がわからない。本人が好きだから仕方ないと向こうではやめさせるのは諦めたが…。
この世界の神とやらは狂ってる。
「ところで、言いたいことがあったのではないか?」
「ああ、森野と清水は同類なんだよな?」
「間違いないぞ」
「じゃあ、二人とも、同じ場所で同じ理由で遅れているということはありえるか?」
「ありえる。というよりも、弟よ、今、お前の言葉を聞いてその図しか浮かばなくなったぞ、どうしてくれる」
「知らない。俺にはどうしようもない。それなら二人は大丈夫だろうな」
「そうだな」
「一応」見送りに来たという体をまるで隠さない王様の号令で、捜索組が乗った馬車は進みだす。なんとか無事に全員で帰れるといいのだが…。
朝早すぎて誰もいない道を通り、門を抜け馬車は進み続ける。目的地は『エルツェル』。エルフ領域のほど近くにある、比較的大きな国だ。未発掘の遺跡が多く、帰還魔法があるかもしれないとみんなも俺も姉も望月達、討伐組も期待を寄せている。
「弟よ」
「どうした姉」
「ルキィ王女に聞かされた言葉を覚えているか?」
「ああ、もちろんだ。俺らだけが聞いたやつだろう?」
「国のために働かない勇者は殺してしまおうと暗殺者を送るかもしれないから気を付けてください」というもの。混乱を避けるため、俺らにだけ教えてくれた。ついでにうごかないのに、残ってしまったら確実に殺されるとも言っていた。
「で、それがどうした?」
「どうも、それが事実のようなんだ」
「は?」
「鷹尾が不審な集団を見つけた」
鷹尾は、鷹尾を「たかお」と読まない。始めて聞いたときは少しだけ驚いたものだ。彼のシャイツァーは双眼鏡。観察が好きだからだろうか?
彼の名誉のためにいうが、彼の趣味は覗きなどの低俗なものではない。彼が好きなのは自然観察だ。夢はアフリカで、生のキリンや象を見ることらしい。今は、こっちで向こうにいない動物を見ることになるのだろう。
閑話休題。
「それは本当か?」
「彼が見間違えるとでも?」
「確かに。了解だ。姉。戦闘準備しておく」
「頼んだ。殺すなよ。姉はその後の準備をしておく」
姉はニヤッと笑った。ああ、あいつら捕まえても死ぬな。襲ってくるような奴らならば、構わないが。
ただ、姉のこの顔よりも激高した森野のほうが怖いのはどうしてなのだろう…。
まぁ、いいだろう。やることをやるだけだ。重力魔法は…、このページか。まったく、何故俺が全能の魔導書なるものを使わねばならんのだ…。
「弟よ。来たぞ」
「はいはい。会話は姉。任せたぞ。本当に襲ってくるかどうかわからないからな」
「了解だ。姉に任せろ」
自信満々だ。
「フフッ、それでこそ俺の姉だ。皆!俺に任せておけ」
俺が声をかけると、皆、不安そうにだが、頷いた。責任重大だ。
さて、陣を組むか。範囲はこの馬車を中心に、皆を除外して、50 mこれくらいなら全部守れる。余計な被害もでないだろう。周りの被害は別に出てもいい気がするが…、何も関係ない人たちに被害を出すのはまずい。
「おい、そこの」
姉がいつの間にか近くに来ていた頭目らしき人物に声をかける。雑すぎるぞ!?
発動にはパズルを解く必要がある。そのため、集中して解いているが…、姉の声はよく通る。
彼らは立ち止まった。あの程度なら全部入るな。鷹尾も全員だと手を一回だけさわって教えてくれた。ならば、範囲拡張の必要もなし。と。
できたぞ。後は、このパーツをはめ込むだけ。それで全部終わる。
姉を見て合図を送る。
「お前は我らの敵か、否か!」
直球だな!?もう準備できたが…、できたが…。それでも、それでもだ。他に手があるだろう!?
「敵だよ!死ね!」
お前もか!まぁ、いい。
「『重力波』」
波動が指定した範囲内に広がる。もう彼らは立てない。死なない程度とはいえ、普通ではない重力がかかっているから。ついでに、自殺も防ぐ魔法を展開するか。
「『自殺防止結界』」
「縛れ」
了解。
全部縛り終えるのに時間はかからなかった。俺だけでも1人一分。5分あれば十分すぎる。相手は5人。なめすぎだ。純粋な攻撃魔法持ちがいないとでも思ったのか?馬鹿。何のために俺がこっちにいると思っている。
「いまから尋問する。見たくないやつは全員馬車に入ってろ。弟がバリアか何か張ってくれる」
「姉…」
やるが…。姉よ。もう少し頼み方を考えろ。
音と臭いを遮断する結界。外を見ても見えないようにする幻覚。これで十分だな。パズルはすぐに解けた。
「できたぞ。これで俺が解除するか、魔力が尽きるまで大丈夫」
「さすがだ。弟。さて、やるか」
姉は縛られた彼らの前に立つ。
「さて、どうしてもしゃべりたい!という暗殺者にどう考えても向いていない奴はいるか?」
無言。これは尋問なのだろうか?
「よろしい。皆、暗殺者としての適正はあるようだな。ああ、君。とりあえず、これを飲んでくれたまえ」
姉は試験管立てで作った、試験管を取り出した。中には薬品が入っている。
「遠慮は結構。飲め」
口に押し込んだ。無理やりに。全部飲ませきると、突然震えだして、泣き叫び、わけのわからないことを言いだす。そして、この世のものとは思えない声を出して死んだ。
「おおう、怖い怖い…。さすがは異世界。あっちのを適当にいじっただけだがこうなるとは…」
姉。お前が言うな。俺はそう思うが…、縛られた奴らは、顔を真っ青にしている。当然だろう。次は我が身。
「さて、今のを見て、しゃべりたくなった臆病者はいるか?」
喋らせる気あるのか姉。
「いない。よろしい。諸君は勇敢だな。君。これを飲め。後悔したくなるぞ」
グイッと飲ませる。
が、何も起きない。奴らも、飲まされた本人も不思議そうな顔をする。俺もおそらく同じような顔をしているはずだ。
「心配するな。君。君は勇敢だ。何もしなければ死なない」
殊更黒い笑顔を浮かべる。彼は恐怖で顔が白くなって…、先ほどよりもひどい死に方をした。
姉の判断…「見せないように魔法を使っておく」は正解だったな…。
「ああ、勇敢ではなくなってしまった。かわいそうに…」
いかれてる。俺も姉のこと言えないがな。きっと、殺したことも忘れるんだろう。興味がないから。
姉は今、必要だからやっているだけ。苦しめるのは、報復だ。とやかく言う気はないが。俺も報復には賛成だ。
「後、3人。さて、しゃべりたくなった無能はいるか?」
無言。当然だ。あれを見たとしても、プライドがあるからな。
「いない。よろしい。諸君は有能だな。では、君。そこの君だ。これを飲め」
また顎を掴んで飲ませた。というよりも、口に試験管をねじ込んだ。
「帰ってよろしい。では、達者でな」
姉は彼を解放した。あーあ、あくどいな。
「どうした?帰りたまえ。死にたいなら座れ。これを飲ませてやろう」
彼は走って帰った。襲ってきたら確実に死んだだろうが、生き延びたな。…どうせ数日で死ぬだろうが。
「さて、聞くのも飽きた。諸君。これはまあ、言わなくてもいいよな。見た目は同じだが…。こちらがすぐに死ぬモノ。こっちは長生きできるモノ。そして、これは…」
楽しそうな笑みを浮かべて試験管をそれぞれゆらす。
「隊長っぽい君には、こっち、長生きできるものだ。ほら、飲め。で…、君。君は死ぬといい。飲んだな。では、さよならだ」
詳細は省略する。あまりに彼はひどい死に方をした。精神的にも肉体的にも何もかも失って死んだ。とだけ。
「さて、君。しゃべるかい?」
残された隊長格らしき彼に選択肢などあるはずがなかった。
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「ふむ…。やはり王の命令か。ありがとう。飲め」
姉は殊更に優しく飲ませた。死んだな。
「では、グッナイ」
案の定、彼も先ほどの彼と同じように死んだ。
「姉。さっきのはなんだ?」
「よかろう。説明してやろう。最初のは塩素をちゃちゃっといじったやつだ。向こうのものよりもひどい。2番目のものは青酸カリをいじったやつだ。3番目のはヤドクガエルのものをいじった。しばらくすれば阿鼻叫喚だろうな。フフッ。で、最後のは、フグとサソリのをいじったやつだ」
「フグとサソリ…。ああ、イオンチャネルか…」
「正解だ」
フグとサソリは、ある特定のイオンチャネルを開く、もしくは閉じる毒をもっている。どっちがどっちかまでは知らないが。
で、イオンチャネルは生体のナトリウムや、カリウム等のイオンの流れを管理するものらしい。それはイオンごとにあるようだ。詳しくは知らないが。ともかく、それが開きっぱなし、もしくは閉じっぱなしになると死ぬ。
ここで重要なのはうまいことやれば、死ぬ時間を遅らせることできるということだ。ああ、やるなよ。日本じゃ完全にアウトだからな。それにすぐに足がつくし。何せわりと有名だからな。日本の警察はなんだかんだ言われていても間違いなく有能だ。
「つまり、姉。あれは、片方はほぼどっちかだけのもの。もう片方は効き目がないようにしたものだったんだな」
「うむ。正解だ」
「で、最後に飲ませた、解毒薬だと思い込ませたのは、どっちかだけのものだな」
「そうだ。嘘はついてないだろう?」
「そうだな。解毒薬とは一言も言ってないしな」
実際、解毒薬です。みたいなオーラを出しただけ。
「ところで、それは?」
俺は姉の胸ポケットに入っている試験管を指さす。
「ん?これか?自白強要剤だ。作り慣れてなくて、操り人形になってしまって報復にならなん。それじゃ意味がない」
「そうか。なら仕方ない。じゃあ、進むか」
「ああ、そうしてくれ。姉はシャイツァーをいじる。まだよくわらないしな」
「ん?試験管に何か薬品を入れて出すんじゃないのか?しかも、薬品は元の世界のものをいじれる」
「ほぼそれでいい。だが、どこまでできるか知りたい。そういう意味では、意味があったな。あいつらも」
「そうか。それは何より」
「お前も調べておけ。聞くだけじゃわからないこともある。魔法発動にはパズルを解かないといけないなど、姉には耐えられん」
「そうか?結構楽しいぞ。姉」
「弟よ。姉はそんなものより、こっちのほうがいい」
「そうかい。じゃ、行くぞ」
再び馬車は動き出す。
惨劇の痕跡はない。あの惨劇を見ていたのは俺と姉。姉は結果以外忘れるだろうから、覚えているのは俺だけだ。
せめて俺だけでも覚えておこうか。こんな時、森野がいれば…。この気苦労を分かち合えるのにな。