211話 シャンドゥ
「出発する!」
ナヒュグ様の凛々しい声で、ジャウチ周辺にやって来ていたナヒュグ様の軍のほぼ全てが一斉に動き出す。
動いていない部隊はジャウチ守備隊。尤も、戦闘はないだろうから、窃盗や強盗は勿論、万一、武装抵抗集団が沸いたときの駆除…が主なお仕事になるだろう。だけど、気を抜いていい仕事では全くないから兵数はそこそこ多め。
これから占領する街が増えれば、こっちの軍も治安維持のために兵は削られていくだろう。
…俺らの軍には削られる兵がいないけれど。だが、それで問題ない。俺らの今の所属は第一軍の第一集団。仕事はジャウチとシャンドゥの最短距離を突っ切り、街道沿いの3拠点──宿場町──を落とすこと。
制圧後のことは第二集団とかがやってくれる。…ただ、どう見ても他の方向に進む軍よりも総数が少ない。俺らの火力を当てにしてくれているのだろうけれど…。治安維持の人達しか残らなくないか?
「ヒヒ―ン!」
走れてうれしいのか、センが鳴く。…気にしても仕方ないか。ジャウチとシャンドゥは二日でいける。だから、二つ目の街が一番大きく、1つ目と3つ目は雨が降った時の避難用だろう。おそらく、2つ目の街が山場。そこにジョルシェン将軍がいるはずだ。
______
「二つ目ー!」
あれぇ? 予想ではこの街が山場だったんだけど。一切戦闘もなく占領できてしまった。周辺にも軍はいなかったし…どうなってんだ?
「ミズキちゃん。他の軍は敵対勢力に会ったりしていませんか?」
「してないわね。一番脅威だったので、熊よ。ただの魔獣だったから「ガオー!」とか言ってる間にバラされたわ。熊鍋が出来る!って喜んでたわ」
逞しいな…。ただ、全員に回るだけの分量があるのか?
ま、他の軍の食糧事情はどうでもいい。いや、どうでもよくはなくないけれど…、今、考えるべきことじゃない。「他の街でも抵抗がない」事を考えるべきだ。
他の軍はいくら早い軍でも前の街を出たくらい。いくらなんでも全軍の行動が早すぎて、対応できてない…ってのは希望的観測過ぎるだろう。ジャウチに大結界を張る人がいたんだから。
だからこそ、反攻戦力がどこかにいるはずなんだけど…。軍を置く場所の大本命だったここにいない。
だが、軍がいないというのはありえない。大結界を張っていたとはいえ、包囲されていたのはジンデの領域でもかなり重要度の高い街。策の一環とはいえ、それの放置は戦意に差し障る。特に民への影響が甚大。
だから、少なくとも策と言い張るならば、素早く包囲を解けるほどの大軍を近くに置いておく必要がある。そして、その規模の大軍の兵站を十分に支えられるのはこの周辺にはここ『ズーヨ』しかない。…本気でどこに行った?
俺らにこの辺の土地勘がなさすぎるのは勿論だが…、さすがに名将と言われるだけはあるか。
「あっ。『スイン』と『ネイジュ』で奇襲を受けてるわ!ちょっ、待って。何でアタシらのいるとこまで混乱してるのよ!?」
「ミズキ。『スイン』と『ネイジュ』ってどこだよ」
え。ガロウ。それを今の状況でミズキに聞いちゃうの!? 確かにパッと出ないけど!
「『スイン』はここ『ズーヨ』より少々後方、ここから最も近い北方の宿場町」
「『ネイジュ』も同じだ。だが方向が違う。こちらは『ズーヨ』より南方。最も近い宿場町だ」
ありがとうございます。となると…、ジンデの拠点、シャンドゥを最西に。そこから少し東にズーヨ。ズーヨから少し北東に進んでスイン。そして、南東に進んでネイジュ…。ふむ。シャンドゥ、スイン、ネイジュ…これら三点を頂点にズーヨを中に含む三角形が描けるな。
「ミズキ。持ちそうか?」
「無理ね。ちょっと数が多すぎるし、混乱が酷すぎるわ!こいつらがどこから来たのかもわかんないから、連絡要員も減らせないし…。あぁ、もう!スインとネイジュ。片方5人ずつじゃ足りないのよ!」
なるほどね。そう来たか。
「シュウ殿。シキ殿。少々ミズキを借りるぞ」
「了解。ミズキ。ちょっとの間、二人に全面協力してあげて」
「あんまりやりたくないけど…、父さま達の護衛から一人回すわ」
ありがとミズキ。…それにしても便利だね。ミズキのシャイツァー。普通なら話してる間、こっちに混ざれないのに。
「お父様。お母様。お二人は妹を使って情報収集をなさるおつもりですか?」
「だろうね。情報が無ければ動くのは危ないから」
「ですから、待ちましょう。心配せずとも、お二人ならそう時間はかかりませんよ」
優秀だからね。あの二人は。
「ん?父ちゃん。母ちゃん。このままなら俺ら囲まれるんじゃねぇの?」
「ん?そうだよ」
「ですね。頂点は抑えているのですから、今、全力で底辺を殴って三角形を作っているところですね」
その先にあるのは全方位からの全力殴り。こっちが数の上では圧倒的に少なくて、かつ重要度の高い人物も多い。実にうってつけの戦法だろう。
「じゃあさ、このまま座して待ってていいのか!?動いたほうがいいんじゃねぇの!?」
「それはそうだよ。でも、どう動くか。それを決めなきゃならない」
「そして、それをすべきは夫妻です。私達ではありません」
あくまでこの軍の最高司令官は夫妻。味方の軍のこともよくわかってないのに首を突っ込んでひっかきまわすべきじゃない。
「そうだよ。ガロウ君。お茶でも飲んでのんびり待ってなって。短い時間の間、ひと時の休息を楽しもうじゃないか」
「シール様、マジで茶を飲んでんじゃねぇか…」
俺らがつくって渡したからね。
「父ちゃんらもかよ…。なら俺も…。「決まったぞ」おうふ」
思ったよりも早い。状況は悪そうだ。
「さて、事実を述べよう。スインもネイジュも5倍の数に奇襲を許し、ほぼ壊滅。朕らは間もなく包囲される」
「包囲されたところで、ミズキ殿のおかげで連絡網は断たれることはないが…、万一を想定せねばならない」
万が一、それはミズキがやられること。ミズキがやられる=無線機を兼ねた高位戦力がやられる。ということ。おそらくそうなってしまえば分散して進撃している一個一個の軍では到底耐え切れない。
「故に、我らはこのまま進む。ジョルシェンを取りに行く」
「それと並行して両翼の軍は合流させる。合流させ、せめて包囲だけでもされぬようにする」
味方の軍をある程度纏め、遅滞戦術を取らせて壊滅しないように。その間に将を押さえ、街を押さえ、人質に。それで決着を図る…と。
折角、軍で来たのに結局、俺ら家族だけで突っ込むのとあんまり変わんないことになっちゃってる。味方が敵を引き付けてくれてるからその分、敵は減ってはいるのだろうけれど…。…いや、ひょっとすると夫妻がいる分、狙われやすくなってるはずだから、酷くなってる可能性が…?
「これでよいか?」
勿論。構いませんとも。夫妻以外の全員の頭が上下に動く。
「行くぞ」
再度馬車に乗り、シャンドゥ目がけて走り出す。後続の無事な軍は全てズーヨに置いていく。連れて行っても、逃がしても、どうせ彼らの機動力では南北から来る軍団から逃げられない。平原ですりつぶされるくらいなら、まだ街で籠城したほうがマシだ。…街をどこまで掌握できるかって問題が出て来るが。
…何とかするだろう。出来なきゃ死ぬまでだ。
ズーヨからシャンドゥまではなだらかな下り坂になっていて、次の宿場町『ジェーヤ』が良く見える…ん?
「ねぇ、父さん。母さん。ちょっと前まであんな状況だったっけ?」
「「絶対違う」」
ズーヨに入城してからジェーヤの方をあまり見てはいなかったが…。それでも、入城してから包囲されるのを嫌って、街の周りを軽く一周してから入ってる。その時に見たのとまるで状況が違う。
いなかったはずの軍が増えている。その上、まだ小さいけれど、此処からはっきり見える程度の堀も出来てる。
「ならこのまま突っ込むのは不味いんじゃね?どう考えても罠だぞ」
「だが、それでも皆には突撃してもらいたい」
ナヒュグ様が誰よりも早くしゃべった?
「それが妃達の軍の損害を最も軽くできる唯一の方法なのだ」
「かつて兄は言っていた。「俺様の部下のジョルシェンは、敵を手の上で転がすのがうめぇんだ。そして、あいつはミスをしねぇ。というか、あいつのシャイツァーの恩恵のおかげでミスなんて起きるはずがねぇ」…と」
「兄は嘘をつかない。いや、この言葉は正確ではないな。妃達の兄は嘘をつけない」
…服芸が出来ないのか。その時点で皇帝に向いてない。陛下達は出来るが、今、それをしないのはその程度の小細工、俺らに見抜かれるから心証を悪くするだけならやめておく。という感じか。
「故に彼は失敗をしないといえる。そして、人魔大戦の時はいつでも彼は本拠にいた。それは朕らへの備えという面もあっただろうが…、」
「間諜を送り込みにくく、何をしてくるかわからない人間相手に失敗することを恐れたという面もあったのではないかと思う」
つまりジョルシェン将軍に失敗させないようにしてた…って言いたいのか。なるほど。何が言いたいかだいたいわかった。
「…だから、策にはまったと思わせてそれを食い破れば一気に自体は好転する…そう言いたいのね?」
「「ああ」」
「でもー。それってー、かなり博打じゃないのー?」
だね。だってそれは…、
「ジョルシェンは失敗すればどこかで致命的な損害を出す」
「という仮定の上に成り立っているのだからな」
それ、自分で言っちゃうんですね。
…だが、突撃も悪くはない。確かに避けていくこともできる。だが、避けていく方が自然な行動なのだから、何か致命的な罠が仕掛けてある可能性がある。それならば、正面の見える分だけを粉砕していくのも悪くはない…か?
何より、中央を粉砕すればその混乱は三角形全体へ波及するはず。そうなれば他の軍の安全性も高まるし、二人に恩を売ることも出来る。
「ブルッ!?」
セン!? うげっ、馬車が…跳ねた!? チッ。
「ブルルッ!」
「「ガロウ(君)!」」
センと俺と四季の声が重なる。ガロウは素早く空気を読んで『輸爪』を展開。センと馬車の下に差し込む。
「えっ。何があったの!?」
「「穴!」」
「嘘ッ!?さっきアタシを歩かせたときは何もなかったわよ!?」
「今出来たからねー」
カレンが死角になっていた木の陰に矢を突き刺せば、そこから魔族さんが3人ほど転がり出て来る。
「今のはあいつらが作ったんだな。…既に物言わぬ屍と化してるけど」
だね。でも、油断はだめだ。今のだけで済むなんて到底思えn!?
「やれ!」
「「「「応!」」」」
さっきまでこの近辺に生者はいなかったのに!
「「応戦!」」
俺と四季が声を上げると同時、子供たちが各々出てきたやつらに攻撃をかける。集団転移か…! だが、この程度の量なら十分捌ける!
誰よりも早く、アイリの鎌が魔族目がけ振るわれ、そして、狙い違わず敵を真っ二つに…、
「…ツ!硬い!」
出来てない!? 放っておけば死ぬ傷なのは間違いないが、威力落とされてる!?
マズイ。アイリでそうなら他の子らも…、あぁ、やっぱり。露骨に威力落ちてる。普段なら、カレンの矢は一撃で心臓を抉りぬく。ガロウの爪は一発で首を切り裂く。レイコの魔法は心臓を凍てつかせる。コウキの剣は胴体を一刀のもとで切断し、ミズキの兵は敵を押しつぶす。のだが、それが出来てない。地球なら確実に放っておけば死に至るが、こっちであれば魔法でまだ助かる可能性のある傷だ。
数人が抜けてきて馬車に接敵。だが、家とセンが張った障壁に阻まれ、速度の乗った一撃を喰らって落ちる。…のはいいが、魔力消費がいつもより多そうだ。シールさんが超近接型だから諦めて魔力タンクしてくれているが…、負担がでかそうだ。
「ね。うちゅ?」
「まだ」
まだ対応できる。これで終わりならいいが、終わりが見えていない今、光線は撃つべきではない。
「りょー。………ありゃ?攻撃できにゃい…」
「いつでも、撃てるように、待機。お願いします」
「にゅ!」
武器がなくとも、紙があれば戦える。だが、ルナには家にいてもらった方が良いだろう。
「父さま!母さま!英語とドイツ語の紙を優先的に頂戴!」
「ほら。どうぞ」
「ありがとう!こっちのが心なしか威力が高い気がするのよ!ドイツ語が多分一番よ!」
…そういえば、だいぶ昔、そんな気がしてたような。でも、漢字の方がイメージ固めやすいんだよね…。
『風刃』
『Wind blade』
『Windmesser』
3人のミズキが同時に同じ魔法を放つ。…が、見てるだけじゃよくわかんないな。だが、心なしか敵についた傷が日本語 < 英語 < ドイツ語な気がする。…あまり意識せずともよさそうだが。
「あ。陛下。軍の合流がすんだから、一人残してこちらに合流させてもいい?」
「構わぬ」
「ミズキ殿のやりたいようになされよ」
「ありがと。じゃあ、行ってきなさい!アタシ達!」
ミズキが8人増え、同時に馬車から飛び降りる。
「同じ人間が8人…!?」
「汚い。さすが人間。汚い!」
「言ってる間があったら馬車を止めろ!」
「というか、さっきからアタシ何人もいたわよ」
8人のミズキが着地までの間に、通り道にいた魔族の首、心臓、脳…およそ考えられる全ての即死する急所を抉っていく。
…だが、やはり硬い。最初の一撃では急所にまで到達できてなかった。弱点が露出した程度。その後ダメ押しで叩き斬っただけ。だが、前々よりも到達点が深くなった気がしなくもない。
…魔法だけじゃわからないか。一回、斬ってみるか。
「やるよ」
「ええ。いつでもどうぞ」
四季と一緒に剣で近場にいた魔族の腕を二人で上下から挟み込む。…っ、硬い。柔らかくなったってのは見てたからそう思っただけか?
いつもなら、一瞬の抵抗もなく腕を斬り飛ばせるはずなのだが…、今のは少し時間がかかった。
「止めろ止めろ!さもなくば…!」
「「「ぎゃうっ!?」
「あー」
「新手の自殺かな?」
かもね。ガロウ。何故障壁間近に転移してきてしまうのか…。そんなの避ける間もなく馬車(正確には障壁)にひき殺されるに決まってる。だが…、指揮官の「さもなくば」や「あー」がどうも引っかかる。
! また転移か!
「ジョルシェン将軍の策はもう既にほぼ完成してんだ!お前ら!俺らがここで完成させっぞ!」
「「「応!上から抑える!」」」
あれ? 今、一瞬、魔族達が輝いたような…。
「上から行くってー!言ってたら世話ないよねー!」
「…愚か。落ちろ」
上から来る魔族をカレンとアイリが協力して叩き落す。だが、いつもに比べて手際が悪い。相手が硬い…だけが原因ではない。さっきに比べて相手の速度が少し早くなってる。追えなくなるほどではない。だが、早くなっているおかげで少し回避挙動をとってる。
アイリもカレンもそれを読みつつ叩き込んでいるけれど、それが積み重なって大きな手間になってるんだ。
「手伝うぜ、姉ちゃん!」
「私も!」
「僕もやる!」
対空攻撃が増えた。羽があるから飛べる人も多い。間違いではないが…、
「落とせ!」
叫び声と共に地面がガッと抉りぬかれる。
「嘘ッ!?ごめん!間に合わねぇ!」
チッ! 嫌な予感はこれか! 上に目線を集めさせて下を抉りぬく。転移だけで十分なはずなのに、目線誘導まで重ねてきやがるか!
「父ちゃんらは!?」
「「家に!」」
それでわかってくれ。俺らも間に合わない。
穴に落としたと言う事は…。次に来るのは蛸殴り。なら、家に入って障壁に任せる方がいいだろう。センも馬具を外して家に。外にいるよりはマシだ。どうせ上に戻るときに繋ぎなおす時間はある。
…あれ? 魔族達、輝いていないか?
「父さま!母さま!外に出してるアタシはどうしたらいい!?」
外!? 馬車の、ひいては穴の外にいるミズキなら攪乱は出来そうだが…。おそらく、今の情勢から考えると攪乱は大した影響力を発揮できない気がする。むしろ、攪乱しようとして狩られて、士気を上げられてしまうほうがマズイ…か? だが、それを言うのは…。
「もう消したわ!」
…ごめん。逡巡してる間に自分でケリをつけたのね。まだミズキに対しては覚悟が足りてなかったか。軍人でもなければ「死ななければいけない時に死ね」という覚悟に似た覚悟なぞ要らないはずなのだが…。ほんとにこの娘のシャイツァーは俺らに色々要求してくるな…!
センも馬車の土台も回収。まとめて家にぶち込んで戸を閉める。
「ルナ!攻撃がくる!」
「耐えますyッ!?」
来たか。今の今まで攻撃が来なかったのは、穴作成部隊の避難がすんでなかったからか?魔力消費がキツイ! 容赦なく家が魔力を持っていってる。頭がガンガンする…。
それでも容赦なく持っていくのな。皆から平等に魔力を持っていくとかだったはずだけど…。こんな苦しい思いを子供たちにさせるくらいなら、俺らが出来るだけ負担してあげよう。
自分から魔力を流し込んでいく。…あ。頭痛がマシになった。魔力減少量は増えたけれど。魔力を無理やり大量に抜かれるせいで頭を痛めたのか?
「…大丈夫?」
え? …うわ。子供達に心配そうな顔で見られてる。
「「大丈夫」」
「…そ。ならいいけど」
やらかした。不調が顔に出てたか。こんな場面なら出来るだけ心配しなくていいように、元気でいるように見せておかなきゃならないのに。
「見て、外。綺れぃ!」
「だね。ルナ」
でもね、ルナ。わかってると思うけれど、それ全部攻撃なんだよね…。家の中にいるから五月蠅い音は聞こえず、静かだけど…。外だとそばにいるだけで鼓膜は一秒ともたずにやぶれるんじゃないかな?
それでも、綺麗な事には変わりない。炎の赤、土の茶、剣や矢の鋼。そういった種々の色が透明な水や氷に反射し、幻想的な光景を作り上げている。そこに金の障壁が彩を添える。攻撃が障壁に激突すれば、わずかに削り取られた障壁の飛沫が舞い、彩の終わりに花を添える。
「ねぇ。君らさ。わかってるだろうけど、これ全部攻撃だよ?」
知ってますよ。シールさん。
にしても、いやに火力が高くないか? 全方位から殴られているからそう感じるのかもしれないが…。それにしたって一撃が重い。今まで見てきたこっちの世界の人らの軽く倍くらいの火力はある。
今、彼らが全力を懸けていて、かつ魔族は数が少ないからか魔法に明るいというのもあるかもしれないが…。
「…とりあえず、飲む?」
ん? …アイリ。その手に持ってるすり鉢の中の液は何? 泡がコポコポ出ていて、何かわかんないけれどヤバいのだけは確かなオーラが出ているんだけど?
「…二人専用に作った薬。…勿論、起きてても効果はあるようにしてあるよ。…その代わり、二人にとって「ないよりマシ」ってぐらいの効果しかないと思うけど…」
あ、そうなの。薬かぁ…。液が瓶の中でグルグル勝手に回転してるけど薬なんだね…。
「…材料は貢物。全領域を回ったからか、材料はあった。…下処理されてたから調合自体は楽だったよ」
今度は見間違えでなければ、体積が急減したね…。生き物かな?
「…見た目はあれだけど。…二人が心配だから、飲んでくれると嬉しい」
本音で言えば飲みたくない。だけど、アイリが作ってくれて、しかもそんなことを言われてしまえば拒否できるわけがない。
すり鉢そのものをアイリから貰う。…あれ? 温度は普通だな。人肌くらい。臭いは…、ん? いい匂いがする? 何で?
何故こんなカオスな様相を呈しているくせにこんないい香りなの? つい最近、どこかで嗅いだような優しくて甘い香り。それが薬から漂ってきている。ひょっとして、見た目が終わってるだけで、味はまとも?
一気に飲むか。グイっと喉に流し込む。あ。これダメな味だ。
不味い。臭いはいいのに、味が死ぬほど悪い。いや、これもう悪いとかそう言うレベルじゃない。俺が嫌いな要素を臭い以外、全部まとめて突っ込んだようなモノ。やたらと苦いとか、滅茶苦茶酸っぱいとか、死ぬほど辛いとか、砂糖をねじ込まれたくらいに甘いとかそんなんじゃない。
嫌な方向に的確に苦くて、酸っぱくて、辛くて、えぐみがあって、甘くて…。かつ、ドロドロしていて、チクチクする。総合的にヤバい。筆舌に尽くし難いとはまさにこのこと。
…早く解放されたい。のに飲み込めない。こいつ、口の中で体積増やしてやがる…。
「…水とか入れちゃダメだよ。効果下がる。二人だと、その時点で無意味になる」
酷い。分泌量が減ったような気がする唾を口に溜め、唾で無理やり押し流…せない。強情な奴め。
だが、効果はあるような気がする。毎秒100 L水が減る水槽に毎分1 L水を足してるような感じだけど、減った分がわずかに補われてはいる。
………飲みきるまで無心になるか。魔力を障壁に流すのだけは忘れずにしておきながら。
______
「「ご馳走様」」
「…お疲れ様」
「お粗末様」じゃなくて「お疲れ様」。言葉がおかしい気がするけど、合ってる。…あれ? まだ攻撃は終わってない? …味が地獄過ぎて時の流れが遅く感じられてただけか。
「皆は?」
「…飲ませた。二人と同じものだと、強すぎて色々問題があるから、かなり劣化したものだけど。…8割まで回復すると思うよ。…障壁に取られるからどこまで残るかは分かんないけど」
…マジで俺らの魔力は多いのな。まぁ、皆があんな不味いの皆飲まなくていいならいいか。
「…香りは飲む人が一番好きな匂い。見た目は混沌。…味は全生命体が拒絶する。…そんな薬らしいけれど、どんな匂いだった?」
味の評価がおかしい。…妥当だと思うけどさ。そんなの渡してきたのね…。効くのがこれしかないのだろうけれど!
「…ねぇ、匂いは?」
「そんなに気になるの?俺はどこかで嗅いだような優しくて甘い良い香りだけど?」
「私も似たようなものですね。どこかで嗅いだような優しくて、力強そうで…、でもちょっと清潔感のある、そんな懐かしい感じのするものでしたね。」
「前、嗅いだのはいつ?」
「「最近」」
…で、それがどうしたの? …シールさんが気持ち悪いくらい笑顔をうかべているな。アイリも心なしか嬉しそう。
…ん? 一秒ごとに減らされる魔力量が減った?
「ルナ!そろそろいくよ!」
「ん!」
他の子らも似たような顔をしている。反撃に出るチャンスだ。
「ガロウ君!浮上準備!」
「あいあい!念を入れて『護爪』を何枚か重ねとく!」
お願いね。反撃は…完全に攻撃が止んでからより、止む直前。それが一番いい。
「ルナちゃん。攻撃を、光線ではなく、周囲…、そんな感じに出来ます?」
四季のジェスチャー交じりの問いにルナははっきり頷く。なら、それでお願い。
「出来たぜ!」
「了解!皆、行くよ!」
「報復の時間です!」
家は攻撃を障壁で防ぎながらゆっくり上昇。家の頂点が地面の高さに来たのと同時、家を中心に全方位目がけてエネルギーが発射された。