209話 ジャウチ
アイリ視点です。
…皆、唖然としてるね。…それも当然だけどさ。「これから外部との接触を断たれた街で籠城だ!」って意気込んでいたら、わたしに頼みの綱だった大結界を粉砕されちゃったんだもんね。
「さて、諸君」
ナヒュグ陛下の凛とした声がジャウチに響く。街の人の視線が二人を探し、いつの間にか当然のように御者台に座っているナヒュグ陛下とジャンリャ皇后陛下に吸い寄せられる。
「朕らに降るのか」
「それとも妃達に最期まで歯向かうのか」
「どちらでも朕らは構わぬ。今すぐ決めよ」
いきなりのことで全員、ポカーンとした顔。だが、少し時間がたつと二人の王者の気品に気づいたのか再起動。気づいたそばから跪き、やがて全員が首を垂れた。…降伏するのかな?
「それは朕らに降る…ということでよいのか?」
「あ…、いえ、そう言うわけでは…。あの。話し合いの時間をいただくことは可能ですか?」
…何言ってんだろうこの人。そんな権利があるとでも思ってるのかな?
…むぅ。皇帝陛下夫妻がのこのこ出ちゃったから勘違いさせちゃったのかな? …ロクな抵抗も出来ずに街に侵入された。この事実を重く見るべきだと思う。
「構わぬぞ。だが、期日は本日、最後の鐘が鳴るまでだ。それまでに答えがない場合、いかなる返答であろうと街を燃やす」
「は?」
…また全員が唖然としてる。
「言葉通りだ。返事がない、もしくは降伏を拒絶した場合、街を焼く。その程度容易にできる…なんてことは妃達が既にここにいる。その事実だけで十分理解できるだろう?」
「勇者である俺も、」
「私も、」
「「お二人についていることをお忘れなく」」
…二人も脅しに混じったね。街の人がかわいそうなくらい顔が青くなってる。…これは脅しに怖がってるのか、二人が勇者って事実に恐れおののいているのか…、どっちだろう?
「だが、朕らに降るのであれば粗略には扱わぬ。どうする?」
「街ごと灰燼に帰すか、生きのびるか。だ。どちらでも構わぬ。たいした手間ではない」
…ジャンリャ皇后陛下が恐怖担当で、ナヒュグ陛下が慈悲担当かな? …飴と鞭の使い分けをしてるのかな。
…脅しで過大に言うのは常套手段だけどさ…、お父さんとお母さんにとっても「街を焼くのはたいした手間」なはずなんだけど。…現実感が無ければ怪しまれちゃうよ?
「…わかりました。降伏いたします」
…怪しまれなかったね。…お父さんとお母さんの顔をジッと見つめていたから「勇者だし、本当に出来そう」だとでも思われたかな?
「つきましては無用な戦闘を回避するため、街の外にいる生き残りに声をかけたいのですがよろしいですか?」
「構わぬ。むしろ急げ。一人でも多く助けたいならな」
…ミズキとコウキが現在進行形で処理をしてるからね。
「…お父さん。お母さん。二人を止めたほうが良い?」
…どう考えても魔族が動くのを待つより、わたし達が動く方が早いからね。
「だね。心象的にそっちのがいいと思うよ」
「ですね」
「…じゃ、二人とも、戦闘を止めるように書いた紙をカレンに渡して。カレンはそれをコウキとミズキに贈って」
二人からの紙ならコウキもミズキも止まってくれるでしょ。
「あ。アタシは了解したから要らないわ。コウキだけに送ってあげればいいわ。アタシらの方は問題ないわ」
…本気でミズキのシャイツァー便利すぎない? 何で逐一、増えたミズキと連絡が取れるんだろう…。
「あー。姉さま。一部がアタシの言葉を信じてくんない。何か証拠頂戴!」
ん。わかった。
「アイリ殿。降伏文書の写しだ。活用してくれ」
…聞こえてたのね。
「…あ、ありがとうございます」
「構わぬ」
「足りなければ妃達に言え」
…お礼の声が引きつっちゃった。でも、許して欲しい。…だって、絶対こんなに要らないもん…。
…何で今日、皆、大量に紙を山積みにするのかな? …実は今日って、そう言う日だったりするの?
「…カレン。これを届けてあげて。後、余裕があれば街の出口を見張ってて。わたしも見張るけど、敵対しようとする個人がいないとも限らないから」
…勇者であるお父さんとお母さんがいるからそうそう出ないとは思うけど。降伏するって言ったのに納得できずに行動に移す人なんて。
「りょーかい。とりあえずー、街から出ようとするやつー、皆殺しで良ーい?」
「構わぬ。寧ろそうしてほしい。大結界で籠城しようとしていたのだ」
「故に食料が足りぬなどあり得ぬよ」
…食糧不足で籠城とか遠回りな自殺でしかないもんね。
カレンは二人の返事にコクっと頷いて、いつものように矢で飛んでいく。…たぶん、この光景に見慣れることはないと思うな。…その弓の使い方はおかしい。
「ところで、勇者様以外の人間や獣人が混じっているのは何故ですか?」
「勇者様のご家族様だ」
「僕だけは違うけどねー。あ、でも、獣人領域の名代だよ。独身だけど、変なことしないでね!」
…心配しなくてもしないと思う。
「他にはいらっしゃらないので?」
「いないな」
「だが、妃達数10名しかいないからといって、前言撤回するのはよしておけよ?こちらとて好き好んで街を焼却したくはないからな」
「わ、わかっております。誰一人として街の外には出しませんとも!あ。何だったら大結界を張った将軍の元に案内しましょうか!?」
…すがすがしいまでに身内を売り飛ばして保身に走ったね。…降伏するって雰囲気を街全体で作ってるね。…まぁ、わたしはそんなので懐柔されてあげないけど。いい加減、見張りに行こう。
「あ。姉さま。姉さまが行くならアタシが行くわよ?姉さまもいてくれる方が安心だもの」
「…え?でも…、さっきからミズキにわたし達頼り過ぎだよ?負担大きすぎない?」
「へーきよ。それくらい。ちょっと待ってね…」
…まただ。また、ミズキが痛そうな顔をしてる。…隠したいのか顔を伏せているけど、わたしには隠せてないよ?
「あ。陛下。ここって門はいくつあるの?」
「いくつだ?」
「隠し通路を入れて3つです」
「あいあい。なら6人で良いわね。二人で一つね」
…簡単に増やすね。…一体、どうなってるんだろう? …見た目だけ本物で、触ると違うとかあるのかな? …ちょっと手を触らせてもらおう。
むにむに、ぺたぺた…うん。完全に人と同じ感触だね。目も…、至近距離で見て見ても違和感ないね。
「ほら、貴方。隠し通路にアタシらを案内なさい」
「!?え、えっと、私ですか?」
「んなわけないでしょうに。あんたに頼んだらこの街の案件誰が片付けんのよ。別に誰でもいいわよ。あ、アタシが増えてるからって、変なことしたら普通にぶっ殺すわよ」
…目が絶対零度。…そこまでしなくても、この場にいる人みんな「恐れ多くてそんなの出来るわけがない!」って目で訴えてるから平気だと思うけど…。
…なんて思ってる間に、既に出発しちゃったね。…案内役が震えているように見えるのは目の錯覚じゃないと思う。
「あ。姉さま。行っちゃう前に聞いときゃよかったんだけど、隠し通路に来た奴は皆殺しでいい?」
「…いいと思うよ」
「あいあい」
…街の外には誰も出さない。そう言ってるのに街の外に通じる隠し道に来てる時点で裏切り者って言っちゃってもいいでしょ。
…そう言う面ではミズキがやってくれてよかったね。…ミズキが3つ見ててくれるから、相対的にカレンが楽になる。万一、教えられてない抜け道があったとしても、ちょっとは見つけやすくなる。
「アタシー!帰ってきたよ!」
嬉しそうに言いながら魔族と相乗りしてきたミズキがぴょんと馬から飛び降りる。…こっち、シャイツァーで増えたミズキだよね? …本物のミズキと同じくらい感情表現が豊かだね?
「お帰り。アタシ。父さまと母さまに貰った紙は?」
「いちいち聞かなくてもわかってるでしょうに。まぁ、その気持ちは分かるけどさ。当然、ちゃんと使ってない分は回収してきたわ。はい。どうぞ」
…ミズキがミズキに紙を20枚くらいドンと渡す。…今日、こんなやり取りを見るのは難度目だろう。
「あれ?ミズキ、コウキは?」
「ん?あぁ。心配しないでガロウ兄さま。コウキ兄さまなら外にいるわよ。さっきすれ違ったもの」
…了解。じゃあ、もうすぐ戻って来るかな?
「いやぁ、ごめんなさい。兄さまの情報も伝えるべきだったわね。さすがにきつくて抜け落ちちゃったわ」
…ミズキが減った。喋りながら実に自然な感じで二人いたミズキが一人になった。…本当にどうなってるんだろ、ミズキのシャイツァー。
「元に戻っただけよ。姉さま。そんなことより、父さま、母さま、ここで一泊していいの?」
「ん?いいよ。ねぇ、四季?」
「えぇ。もうすぐ夜ですし…、お味方がいっぱい来てくれますから野宿よりは圧倒的にマシですよ」
…ルナのおかげで家があるから野宿にならないけれどね。
「でも、電撃戦とか言ってなかったっけ?」
「だよね、ミズキ。確か父さん達、そんなこと言ってた」
「おかえり。コウキ」
「おかえりなさい。コウキ君。怪我は…なさそうですね。服はボロボロですけど何よりです」
「ん。ただいま」
お帰り。…お母さんの言うように服はボロボロだけれど、シャイツァーのおかげか傷はついてないね。
「で、話戻すけど、父さん。母さん。いいの?」
「アタシらが貰った記憶では『電撃戦』とは「敵の撤退速度よりも素早く移動して後背地を粉砕。武器弾薬、食料を破却することで敵対勢力の継戦能力を根絶する」とかだったはずなんだけど…?」
「うん。そこは一応、あってるよ。でも、似てたから言っただけだよ」
…一応? …何で一応なんだろう?
「あ、「一応」って言ったのは、電撃戦って考えを出したグデーリアンって人が戦車とか飛行機とか使ってやりたかったのが今、ミズキが言ったやつで…、唯一出来たのが対仏戦って言われてる。だけど、世間一般的には「機動力の高い軍団でバンバン包囲して殲滅する」ってのが『電撃戦』みたいになってる。だから、ポーランド戦もそう言われてる…っていうのをどっかで見た。そんな事情からだよ」
…ごめん。お父さん。そんなこと言われても全く分かんないよ。話の流れ的にはフランス? 戦もポーランド戦も、グデーリアン? って人と同じ時代ってのはわかるけど…、それ以外が微妙過ぎる。
…そもそもお父さんの言うような戦争の想像が出来ないんだけど。…どうやって鉄の塊が走ったり、飛んだり、浮いたりするのさ。原理はわかるけど…、たぶんそんなのがいっぱい必要なんだよね? それが集まったのが想像できないよ…。
「あ。そうなのね。でも、今、戦史は悪いけどどうでもいいわ」
「知ってた。その上、言葉若干崩壊してたしね」
…自覚あったのね。
「泊まる理由は簡単。突出しすぎたくないってのと、」
「後々、この街に反旗を翻されると面倒ですから、お味方が来るまで抑えておこう。その程度ですよ」
二人がかりで空気変えたね…
「なんでそんなに雑な理由?」
「雑って言われても…、そんなもんでしょ?」
「ですね。私達は級友の皆も大事ですけど、皆の方が大事です」
「だから、皆を危険に晒すにもかかわらず、その結果、事態は微妙に好転した…けど、他に何もなかった。なんて選択肢は考慮に値しない」
…知ってるよ。エルフ領域でも似たようなこと言ってたんだから。…というより、そうじゃないとお父さんとお母さんじゃない。
「あ。今更だけど、コウキ。風呂入っておいで。既に沸かしてあるから」
「えー。ご飯食べた後じゃダメ?」
「私達がコウキ君を虐めているように見られちゃうかもしれ「あーい!入ってきまーす!」何だったら、ご飯食べてからもう一回入ってもいいですよー」
…お母さん。その悲しそうな顔は卑怯だよ。あんなのわたし達なら誰だって前言撤回するに決まってるよ…。
「ちなみにお風呂はアイリとかが互いに喋ってる間に頼んで沸かしてもらったよ」
「抱っこはその後すぐにせがまれましたね。抱っこすると即行で夢の中に行っちゃいましたが」
…あぁ、それでルナが静かだったんだね。
「ミズキ。他の軍はいつぐらい来る?」
「味方の話よね?」
「勿論」
「味方ならこの距離なら遅くても後、30分くらいで来るんじゃない?敵は多分来ないわ」
「了解です。となると…、私と習君は夜ごはんを作りますか。あ。当然、ルナちゃんはちょっと拭いてからベッドに寝かせますよ。抱っこしたままではしませんよ」
…お母さん。それは心配してないから。
「アイリ。ジト目は止めて上げて」
「あのアイリちゃん。アイリちゃんには軍が来て、監視を引き継ぐまでの指揮を頼みたいのですけど、構いませんか?」
「…ん。任せて」
…完璧は無理でも、きっちりやるよ。
「なら、アタシも姉さまと居るわ」
「俺とレイコは父ちゃんら手伝うぜ」
「私達しか手伝い要員がいないので、手伝いになれるかどうかは怪しいですが…」
…二人とも一応、やんごとなき身分だったからね…。あんまり出来なさそうだね。
…とはいえ、息の合いすぎた二人に割り込むと邪魔になりそうで、二人からの指示なしに手伝えることの方が少なかったりする。だから、わたし達であってもそんなに変わんないと思うな。
「でしたら、いい機会です。一緒にやってみましょう」
「なあに、包丁で指を切るとか、熱された鍋に手を突っ込むとかしなきゃそうそう酷い怪我はしないさ」
「揚げ物中に油をこぼすも追加で。ま、怖いことばっかり言っても仕方ありませんね。やりましょ」
二人でちょっとしり込みするガロウとレイコの手をとって歩いてく。
…わたしが昔、料理中にやったこと全部言っちゃうと、そうなるよね。…割と痛いからね。今はしないけどさ。…たとえ揚げ物中に油が跳ねても、ちょっと頑張れば避けられる。
「なんか姉さまが見当違いの努力をしてる気がするわ…」
「…?料理は普通に出来るよ?」
「知ってるわ。でも、その…、こう、なんていうか、努力の方向性がおかしい。とか?兎も角、原因を封じればいいのに、対症療法してる感じがするのよッ!?」
!? …何で今、ものすごく痛そうな顔を…? まさか。
「…抜け道に誰かいた?」
「抜け道の中に元から誰かいたみたいよ。降伏したってこと知らなかったんじゃないかしら?こいつの身柄はどうでもいいわね。…咄嗟だったから始末しちゃったし。後のことは皇帝陛下夫妻たちが考えることだわ。あ。姉さま。心配しないでね。見張りは減っちゃったけれど、それはまた送ればいいもの」
なんでもないようにミズキはまたミズキを作る。作られたミズキは兵を2体生み出して、また走って行く。…推測は当たってそうだね。
「…ミズキ。何か隠してない?」
「えっ、まっ、ままままさか、そんなわけないじゃない!アタシが姉さまたちに隠し事なんかするわけがないじゃない!」
…隠し事下手だね。ミズキ。…語るに落ちてる。
「ま、まさかアタシが父さまたちとそうt「…シャイツァーの話」a…ん?あれ?そっち?」
…そっちってどっち? …今の流れだとそれしかないよね?
「…ねぇ、ミズキ。貴方のシャイツァーで作られたたくさんのミズキと、元からいるミズキ。一体どれが本物?…ううん、この質問は正確じゃないね。…ミズキ。今、わたしの目の前にいるミズキも、さっき隠し通路に走って行ったミズキも、正門、裏門を監視する4人のミズキも、馬車から飛び降りて走って行ったミズキも。全部、本物のミズキ…だよね?」
「あー。やっぱりわかっちゃうわよねー」
…違和感をあれだけ重ねられればね。で、どうなの?それだけでは納得しないよ?
「納得してくんないのはわかってるわよ。逆の立場ならそうするもの。説明するわ。まず、アタシのシャイツァーは見ての通り『鏡』よ」
ポフッと小さな鏡がミズキの手の中に。…どうやったんだろう? さっきまでなかったはずなんだけど。
「あぁ。アタシは二人の子供だからか、シャイツァーは消せるのよ。突然出てきた種はそれよ。大抵ポケットに入れてるけど、消そうと思えば消せるわ」
「…なるほど。…ミズキ自身を増やすのはその鏡?」
「えぇ、そうよ。あ。見る?」
なら、見せて。
……何か変? …むぅ。何だろう。この鏡、何かが変…あ。あぁ。左右が逆転してないね。首を傾げたら、像も同じ向きに首を傾げてる。
…違和感はそのせいだね。鏡を見慣れているからこそ、左右が逆転していないのが不自然だったんだ。
「姉さまは気づいたみたいね。そうよ。これは左右を正しく映す鏡よ。だからこそ、これから生産されるアタシはアタシなのよ。父さまたちの世界にある物語によくある『鏡に映った虚像から作られた左右逆転した偽物』…ではないのよ」
…だから、作られたミズキは全部本物。そして…、
「…生み出されたミズキと貴方は全て、相互に繋がってる。そうだよね?目に入った像も、耳に入った音も、口に入った味も、鼻で嗅いだ臭いも、そして、刃で突き刺された痛みさえ、全てのミズキが味わってる」
「えぇ、そうよ」
…やっぱりね。だから痛そうだったんだね。ついさっき痛そうな顔をしていたのは、隠し通路を抑えていたミズキが消されたから。…ナイフを突き刺された痛みが来たんだね。
…あれ? じゃあ、何でさっき街の外にいるときにミズキは痛そうな顔を? あの時は戦闘が終わっていたはず…。
「でも、感覚は共通していても、感情は違うわよ。それぞれが一個の個体として感情を持ってるわ。ただ、情報を処理する脳は一個しかないから、導かれる結論は変わんないけどね」
…え? …脳が一個? 情報を処理するところが一個しかない?
「…ねぇ、ミズキ。それだと、増えたミズキの情報を全部、一個の脳が処理してることになるんだけど?」
「そうなるわね。だからあんまり増やせないわ。多くて精々30とかじゃないかしら?今日、初めて使ったけど、大方間違いないはずよ」
多くて30…ね。十分多いね…。でも、ミズキは馬車の中で見ていた限り、そこまで増やしてなかった。…増えたミズキがまた増やしたんだね。…全部本物。だから、そこに制限なんてあるわけがない。
「一個の脳で30もの個体の情報をちゃんと処理できるのかどうか」…大事な問題だけど、今は些事。…出来てるし、大丈夫って言ってるから問題ないでしょ。それより、もっと大事なことがある。
「…ミズキ。貴方、自殺したでしょ。増やしすぎたミズキが邪魔で増やすと処理できなくなっちゃうからって」
「えぇ。したわよ。遠かったもの。邪魔よ。あ、でも使ってない紙があってもったいなかったから、ちゃんと回収したわ」
…やっぱり。あの時、痛そうな顔をしていたのは…、増やしたミズキを減らすために自殺したから。…処理できないってわかってるなら、処理しきれない分を削り落とすのが手っ取り早い。
「…ねぇ。ミズキが合流した時、一人に戻ったけど、あれは使えなかったの?」
「無理よ。出来るならやってるわ。あれは互いが触れ合ってないと無理よ。あれすると、二人が持ってる残魔力が統合されるから便利だったりするんだけどね。何より、痛くないもの」
…だよね。わかってた。出来るなら既にやってるはずだから。
「あの、姉さま…、言いにくいんだけど、内緒にして欲しいの。こんなの言っちゃったら、絶対止められちゃうもの」
「…だろうね。…安心して、わたしはミズキの気持ちを尊重する」
…その方が、お父さんとお母さんも安全だからね。でも、ただ一つだけ確認させて欲しい。
「…ミズキ。それで貴方は壊れたりしない?」
…同時に自分がいくつも存在しているのに、五感から来る情報も、思考も、感情も、全てを共有して一個の脳が処理をする。…そして、不要になれば痛みを感じながら処分する。…それでミズキは変わらないの?
「しないわよ」
「…誰が本当の自分か、分からなくなったりしない?」
…全部ミズキなんだから、おかしな言い方だけど。
「大丈夫よ。今、父さまと母さまに一番近いところにいるアタシが元のアタシ。オリジナルよ」
「…そっか。ならいい」
…やっぱり、ミズキもわたしの同類だね。…「お父さんとお母さんの役に立ちたい、常にそばにいたい」その一心で、自分を増やして、邪魔になれば死ぬ…、どう考えても、普通の人から見れば完膚なきまでに壊れてる。
…今、わたしが話しているミズキも、別の機会には鏡から生まれたミズキになってるかもしれない。…それがあり得る。
…わたしはそれでも、横にいるのがミズキであるなら問題ない…、というか、寧ろ頼もしいと思える。
…今いるミズキが、さっきまでのミズキじゃないかもしれない。なんてことは、お父さんとお母さんも受け入れてくれるはず。「ミズキがミズキであるならば、目の前にいるミズキが複数いようが、前に触れあっていた個体でなかろうが関係ない」…そう言うと思うな。
…まぁ、ミズキが内緒にして欲しいって言ってるのは『自殺』のところだけなんだろうけれどね。
「で、言わないよね?」
「…ん。なら言わない」
…わたしからはね。言わなくてもあの二人なら、ミズキが『鏡』…というか『魔鏡』の話をしちゃえば、自殺のことは察っするでしょ。あの二人はわたし達が傷つくことには敏感に反応するからね。
だから言った方が楽だと思うんだけど…。どうせ、ご飯の後にコウキもミズキも、シャイツァーについて聞かれるだろうし。一回見てるから「『電撃戦』みたいに説明されても想像しにくい」なんてことはないからね。
…わたしはお父さんとお母さんの「子供を大事にしたい」って気持ちも、ミズキの「二人の役に立ちたい」って気持ちもわかるから、どっちの肩を持つ気もない。…やって、話し合いの邪魔をさせないくらい? …だから、成り行きに任せるつもりではあるけれど…。
「出来たよ!食べよう!」
「その後、シャイツァーの話をしましょう!」
…思った通りの流れになったね。…思いっきり話し合えばいいよ。…わたしが話し合いの邪魔はさせないから。…弟妹達も空気を読んで邪魔はしないだろうけどね。
以下、おまけのまともな油跳ね防止法です。
1. 揚げる物の余分な水分を取っておく。
2. 揚げ始めの油の温度は上げ過ぎない。
3. タネは油にそっと入れる。
4. 揚げて出てきたカスは除く。
5. 油跳ね防止用の蓋や網を使ってみる。(普通の蓋は駄目です。蓋についた水分が鍋に落ちると元気よく跳ねます)
6. 飛んでもいいように長袖やエプロン、眼鏡で防ぐ。
等があります。…避けるのは無理です。「耐える」はギャグとしては良いでしょうが、対策ではないため外しています。