208話 進軍開始
アイリ視点です。
お父さんとお母さんの声で出てきた火龍の大群は、流れるように森へ襲い掛かって、通った道全部をあっという間に焼いちゃった。
「…大丈夫?」
「まだ大丈夫」
「一気に魔力を使ったせいで少ししんどいだけです」
…顔を見る限り、嘘をついてる…ってわけでは無さそうだね。…でも、油断は禁物、二人は基本、あんまりわたし達に心配させないように嘘をつくから。
「ちょっと休んでくー?」
「てか、休め」
「ですね。その方が良いと思います」
カレン、ガロウ、レイコの言葉に、お父さんたちはコクっと頷いて賛意を示してくれた。
…こういう反応をしてくれるってことは、二人の疲労はわたしの見立てとあんまり変わらなさそう。ちょっと休んでいてもらえば治るね。
「じゃあ、全体の指揮はちょっとの間、アイリがとっててくれる?」
「任せて」
やった。頼られた。見てて。お父さん。お母さん。完璧にやって見せるから。
「姉さんが意気込んでるけど…、森を抜けるまで仕事は無さそうなんだよね…」
……それは言わないで。…純然たる事実だけどさ。
森に生えていた木や雑草、潜んでいたであろう魔族や動物たちは、火龍と交錯した時に完全に燃やされちゃって残ってない。…というか、ぷすぷすと燻ぶっちゃってる火種すらないし、残ってるのは液体になった金属だけ。…火力のおかしさは言わずもがなだね。
…普通なら熱が残っちゃってて、今、足を踏み入れちゃえば何の処置もしてないから熱いはずなんだけど…、火龍たちが熱を全部連れて行っちゃったのか、まるで熱くない。
…さすがお父さんとお母さん。
「見て!きれ!」
…ありゃ、折角、家に入ったのに見やすいところまで出て来ちゃったのね。気持ちは分かるけど。
…でも、これはどっちかというと「綺麗」よりは「荘厳」とかの重厚感のある言葉が似合うと思うな。
お父さん達の作った火龍は二人が焼失させると決めた範囲の森を悉く焼き、進路のある一点に集まってくる。そして、龍たちはクルクル回って円を描きながら、合体。その度にどんどん龍が巨大化する。
時々、敵が水魔法を筆頭に魔法で何とかしようとしているのか、「ジュッ」って音が鳴っているけれど、まるで効いてないね。…むしろ、怒らせてるだけって感じ。時たま、狙ったように魔法を使った人を食べてる。
…時間が経つごとに戦場に散った龍が集まってきて、くっつく。やがて全部引っ付いて一つの巨大な龍に。
「ゴアアアアアアア!」
一際大きな咆哮を上げて、その場を薙ぎ払うように回転しながら龍が空に飛んで消えていく。飛んで行った航跡から、キラキラ輝く美しい火の粉が落ちてきてる。触っても全く熱くなくて、ほのかに暖かくて、優しい気持ちになる。
…森の向こうで穴を掘って待ち構えていたらしい魔族たちも、少しでも近くで見ようと思ったのか、身を隠すのを止めて、あんぐり口を開けて見入ってる。
…あの光景の規模の大きさに、豪華さに、威圧感に、神聖さに。全部の要素に圧倒されちゃっているみたい。
…さすがお父さんとお母さん。…これ言うの今日二回目だけど。…ほんとにすごい。一撃で森を排除して、森の外にいるだろう兵隊たちを露見させて、使い物にならなくするなんて。
…ダメなところを上げるとすれば、折角、せっかく、わたしを頼ってくれたのに、頼まれた仕事へのお膳立てがいきすぎな事だね。仕事が簡単すぎるよ……。
…油断せずに最後までちゃんとやるけどさ。
「…攻撃準備」
…何時までも感傷に浸っている時間はないよ、弟妹達。…もう、正気に戻ってくれてるね。
「…攻撃開始!」
「ヒヒーン!」
「お前ら、反撃ッ…!」
復帰しかかった指揮官の頭を、カレンが射抜く。
…叫んだところでもう遅いんだけどね。…そもそも、叫んだところで一体何人が使い物になるのかっていうね。
そのまま流れるように、他の偉そうな人達をカレンが射貫き、わたしが首を斬り飛ばし、ガロウが心臓を抉り、レイコが焼き殺す。
目の前で瞬く間に森が焼失し、それを為した龍に心を打たれている間に、司令官が死ぬ。目まぐるしい戦況の変化に完全に一兵卒たちはついていけてない。
「…陛下。兵士たちはどうする?」
…完全に後顧の憂いを断つことも、優しさを見せてあげることもできるよ?
「「殺せ」」
「…了解」
…あ、捕虜を取ると進軍が遅れるってのもあったね。だから殺すと。
「それもあるだろうけど、支配の面倒くささもあると思うよ?」
「500年もの間、別の主導者の元にあった土地なのですから、少ないほうが反乱とかも起こせにくくなって、やりやすいでしょうからね」
…そんな見方も出来たね。
「「「姉さま。皆殺しでいいのね?」」」
!? ミズキの声が重なってる? 何で増え…、ありゃ? 振り向いた先にミズキが4人いる? これは目の錯覚…?
「「「「姉さま?」」」」
「…あ。うん。やっちゃって」
「「「「「了解!」」」」」
馬車からぞろぞろとミズキが飛び降りてく。そして増えたミズキたちはちょっと小さめののぺっとした顔の木でできた兵隊を召還、さらに数を増やしながら走って行く。
…えっと、見間違えではないのは確かだね。…でも、何なんだろうあれ? あんなの初めて見たんだけど?
…馬車の上に残ってるミズキが説明してくれないかな。
「皆、首をかしげてるけど、増えたアタシは全部アタシよ。あれはアタシのシャイツァーで作ったやつよ。兵隊はアタシが使えるようになった自前の魔法で作ったわ。見逃しはないだろうけれど、一応、念のためよ。通り道を見回って制圧しておくわ」
「…制圧が終わったら、友軍の援護もしてあげて」
「わかってるわ。識別アイテムを紋にしてくれたおかげで、複製が楽だもの」
…絶対、ミズキのシャイツァーの効果はそれだけじゃない。他に何かあるはずだけど…、後でいいよね。致命的な何かがあるなら、ミズキがお父さんやお母さんに伏せるわけがないはずだしね。
「…カレンはちょっと遠い奴を、わたしやレイコ、ガロウは中距離をやる。センは近いとこから片付けて!コウキは…。コウキは…」
…どこまで攻撃できるんだろう? わたし、知らないよ?
「姉さん。僕もセンと同じで近場をやるよ。父さん達の魔法を使わなきゃ届かないから…」
「…わかった」
「ヒヒーン!」
センが嘶き、遂にぼさっと立っていた兵士達に突っ込む。間髪入れず、センが魔法で作った角に突き刺され即死する人、バリアに思いっきり衝突してショック死する人等、色んな死体が量産される。
「「「逃げろ!」」」
…あ。正気に戻ったね。でも、既に掃討戦に移行しちゃってるんだよね。…誰一人として逃がさないよ。
カレンがちょっと遠いところにいる人の頭を、彼の進行方向から射貫く。来ないと思ってた方向から来た攻撃に混乱に拍車がかかる。そんなところにわたしがちょっと小さくした鎌を『死神の鎌』を紛れ込ませ、そこらにいる人を適当に選んで一撃で斬り殺す。
「…レイコ。魔法!一人か二人通過できるように!」
「えあっ…、了解です!」
わたしの指示を受けて、レイコが『|蒼凍紅焼拓《ガルミーア=アディシュ》』を叩き込む。それは狙い通り、一人か二人を傷つけることなく通過した後で、そいつら以外に炸裂。さらに死体を積み上げた。
…退路を断たれて、逃げる最中に隣の人が突然死ぬ。そして、敵の攻撃は数名には効いてないけど、確実に人を殺す。混乱がますますひどくなって、誰かが恐怖で隣の人を斬り殺し…、同士討ちが始まる。
…狙い通りだね。逃げたい方角から来る矢。突然死ぬ味方。何故か攻撃されているのに無傷の味方…。突然死んだ味方は、無傷の内通者に殺されたんじゃ? そう思わせることが出来たみたい。…そんなのなんていないけどね。
…後は外縁部から全部摘み取っちゃえば終わりだね。
…むぅ。本当にすぐに終わっちゃった。折角、頼ってくれたのに…。でも、まだ第二陣がいる。…そっちで頑張ろう。
「…ほら。ガロウ、レイコ。しゃんとして。次が来るよ」
「んあっ!?あ、あぁ。わかったよ。姉ちゃん」
「ごめんなさい。お姉さま。御心配をおかけしました」
…心配はしてるけれど、さっき進んで手を下そうとしなかったことを非難する気はないよ?
…攻撃出来なかったのは、この二人が優しいからだろうから。…敵とはいえ、お父さん達の魔法に見惚れていて、殺気もないような人を殺すのは気が引けちゃうのは確かだからね。
…殺気があれば、別だったかもしれないけれど、割とそっちの方が普通の反応だと思うな。…ちょっと羨ましく思わなくもない。わたしはそんな気持ちは既に壊れちゃってるからね。
…これから二人はそれを捨てようとするのだろうけれど、たぶん、この二人は完全に捨てるのは無理だろうね。第二陣はさっきと違って殺す気で来るからね。
…そう思えるからこそ、わたしは二人にほんの少し、憐憫の気持ちを抱いちゃう。でも、ずっと苦しむことになっちゃうとしても、それでいいと思う。その方がこの二人らしいよ。
「…こじ開ける」
馬車の上から飛び上がって、カクだけを巨大化。50 mくらいにまで大きくなった鎌を両手で持って、左から右へ薙いで命を刈り取る。
…よっと。ちゃんと走ってきた馬車の上に着地出来たね。
「…押し広げて!」
センが、カレンが、ガロウが、弟妹達が頷く。今作った亀裂を広げて、致命傷にするよ!
「アイリ姉さま!森付近の軍も、第一陣も撤退し始めたわ!ちなみに、まだ森を突破できてない場所もあるわ!」
…森の壊滅速度から、一陣もまずいと察したのかな? 思ってたよりも行動が早いね。さっき食い破った一陣までも下げるなんて。
「…ミズキ。森の第一陣、対応は出来そう?」
「余裕よ。アタシ達が通ったところはほぼ完全に無力化されてるもの。アタシのそばにいる軍団にちょっかいかけて撤退妨害しておくわ」
…ん。お願い。
わたし達は第二陣に集中しよう。
…むぅ。亀裂を広げながら、さっきみたいに司令官格ばかり狙って落としているけれど、あんまり混乱しないね。…ほんと、お父さんとお母さんのお膳立ての高度さを思い知らされちゃうよ…。
「セン、コウキ。近場をお願い。余裕があれば魔法も使って殲滅して」
「ブルッ!」
「あいあい。じゃあ、姉さんはどうするの?」
「…伝令も潰す」
混乱しないように走り回っている人を集中的に落とす。これで少しは混乱してくれる…と思いたいな。
「大丈夫?アタシ、手伝った方が良い?」
…何でまだ余力があるのさ、ミズキ…。あれだけ魔法を使ってたのに、おかしいでしょ…。
「ダメだ、ミズキ。お前が出るくらいなら、俺らが出る」
「まだしんどいですけど、魔法を撃つくらいなら出来ますもんね!」
…一瞬、指揮を譲ろうかと思ったけど、「魔法撃つくらいなら」って、暗にわたしに頼んでるね…。
「アイリ。俺らも伝令、指揮官つぶしでいい?」
「…出来るなら、士気を上げられる人を潰して。そろそろ無理やりにでも崩壊させにいくよ」
「了解です。なら、習君、悪いですけど外縁部のほうをカレンちゃんと潰しておいてくださいな」
「了解。なら、四季は近場ね」
…二人とも声に出す前から、言ってる内容を実行してるんだよね…。以心伝心とはこのことだね。
「…ガロウ。壁出して。…カレンはその穴を塞いで!」
「壁…?あぁ、わかった!だが、強度に期待すんなよ!」
「りょーかい!異界とのきょーかいにー、矢をぶっさしてー、動けなくするねー!」
…ありがと。ちゃんと私の意図を汲んでくれた。
「お姉さまはどうなさるのですか?」
「…わたしは軍を崩壊させる」
まだ二陣は崩壊していないけれど、森と一陣がすぐに壊滅した心理的重圧はあるはず。そこを拡大させてやればいいはず…。…仕込みは既に済んでる。わたし達の馬車を囲もうとしてる一団、そのすぐそばに鎌を二つ伏せた。
鎌を急激に大きく、間髪入れずに雑兵諸共指揮官を即死させる! 情勢を急に変化させて、鎌に耳目を集めておいて…。
「二人!」
「もうやってる!」
「よー!」
…早い。二陣の外縁部の方でガロウの『護爪』が壁になって退路を断つ。所々に出来ちゃう隙間は、カレンが人を異界の狭間に縫い付け、壁にしてくれてる。わたし達の方面に大きな隙間があるけれど、そこから攻撃を叩き込めば殲滅でき「とー!」……。
…殲滅、終わっちゃったね。ルナの可愛らしい声に似つかわしくない極悪の一撃で。
…攻撃は頼んでなかったんだけどな? …というかそもそも、反撃できるほど攻撃を受けていないはずなんだけど…、どこで溜めた…あ。そっか。障壁に激突していた魔人がいたね。あれで溜めたのかな?
…それならいいけど、何か変なことはしてないよね? …一応、わたしも確認しとこう。
「むふー」
…目が合ったと思ったら、渾身のドヤ顔。…大丈夫そうね。ミズキがじゃれてくれてるから、わたし達の方に来る心配も無さそうだし。
「──ッ!姉さま!アタシも手伝えるようになったから、手伝うわ!」
…? 今、ミズキ、明らかに痛そうな顔をしたよね? …お父さんとお母さんは気づいていないみたいだけど…。黙っておいていいのかな?
「姉さま?出すわよ?」
「…あ。うん。お願い」
…ミズキの意図がどうであれ、頼んでおいた方が良いね。手数が増えるのはいいことだからね。…この妹がお父さんとお母さんにとって不利になることをするわけがないし。
さ、既に第二陣も抜けたね。残されてる第三陣を破砕すれば、多分「じゃ内」に着けるはず。
「…あ。アタシが見る限り、森付近、全軍突破したみたいよ」
「…そうなの?」
わたしの目には…というか、この馬車に乗ってるミズキ以外の誰もが、森付近の様子なんてわかんないはずなんだけど。
「ボクも確認しよーか?」
「…いいよ。ありがと。カレン」
…確認できてなくても、ミズキが嘘をつくわけないからね。…ミズキが見間違えたって可能性は残るけど、それでも森付近の戦線は崩壊させれたって状況に限りなく近いのは間違いないはずだし。
「陛下。全軍が森を突破したから、詳しい報告する人を出そうか?ってアタシに聞いてきてるけどどうする?あ、万一出させるなら、片道の護衛はアタシが請け負うわ」
「頼む。追いつけるかどうか怪しいが…。ないよりましだろう」
「了解!」
…ミズキ、伝令も出来るんだね。…しかも、お父さん達がいう「無線」みたいなこと。
「アイリ。第三陣が見えてきたよ」
「おそらくジャウチの外での最終防衛線ですよ。これより後ろはもう街壁です」
…予想が当たったね。…でも、あれ? おかしいね? …さっきまでより分厚い?
「陛下。ジャウチを落としたらどうなさるつもりですか?そのまま首都まで突っ切ります?それとも、待ちます?」
「場合によるとしか言えぬが…、」
「これまでの移動速度を鑑みるに、明らかに妃達が少し早すぎる。おそらく待つことになるだろう」
「了解です。じゃ、姉さん。ちょっくら行ってくるよ」
えっ!? まってコウキ…。あ。止められないや。既に飛んじゃった。…明らかに着地狩りをしようとしている奴がいるけど、自力で何とか出来るよね?
「貰ったァ!」
…え。待って。何でコウキは着地狩りを無視して指揮官を取ろうとしてるの!? 鎌を…、
「わかってるから、大丈夫」…?一瞬、向けられた目はそんなこと言ってたね。…そんな余裕があるならいいのかな? でも…、
逡巡している間に、魔族の剣とコウキの剣が交差。コウキの剣は過たず指揮官の心臓を貫き、魔族の剣がコウキの胸に突き刺さ…らない。寧ろ剣がぽきっと折れた。
「君も死ぬと良い」
無傷で着地したコウキはその場で回転。周囲にいた魔族たちが血の花を咲かせる。
ひゅっと飛んできた敵の矢を避けることなく受けるコウキ。刺さると同時、矢がぽきっと折れて地面に落ちる。
…コウキに物理は効かないのかな?
「魔法だ!魔法でやれ!」
「「「了解!」」」
「やれやれ。まだ味方がすぐそばにいるんだけどな」
…何か言ってるし、大丈夫そうだね。わたしもわたしの仕事をしよう。
「…ガロウ。カレン。たぶんコウキのおかげですぐ崩壊すると思う。急いで準備して。カレン、レイコ、お父さん、お母さんは出来るだけ指揮官を減らしておいて」
…でも、今回は数が多すぎる…。隙間が広くなり過ぎちゃう。お父さんとお母さんの紙を使えればいけるかな?
「…お父さん。お母さん。『壁』は遠距離から起動できたりする?」
「アイリの求めてる距離からは無理」
「ですね。若干伸びていますが、まだ20 mくらいしか射程はありませんから。ですが、カレンちゃんの矢、アイリちゃんの鎌のそば…でも発動できると思います」
「なら、頂戴」
「「どうぞ」」
どんとわたしの前に置かれる紙。……お父さん。お母さん。ミズキの時もやったけど、こんなに要らないから。30枚も使えないから。
「「「『『『ブリッチュニング』』』」」」
…敵はそこそこ出が早くて万能性の高い魔法を選んだのね。火、水、風…いろんな属性を持たせられるから、変な耐性を持ってる相手に撃つのに便利。
コウキはそれに真正面から突っ込んで行く。回避するそぶりも見せずに、吶喊。
「やったか!?」
「んなわけないでしょ!」
命中した煙から飛びだしてきたコウキはそのまま魔法を放った奴らを一息で薙ぎ払う。
「俺の弟は一体何のために盾を持ってんだ?」
「…さぁ?私にもわかりませんね。…案外、「見栄え」とかそんな理由だったりするかもしれませんよ?」
…なくもないよね。さっきから全く盾を使ってないもんね。…一応、使っているときもあるけれど、それは鈍器として。…盾は泣いていいと思う。
「セン。少し速度下げて」
「ブルルッ!」
思ってたよりコウキに敵が寄っちゃってる。このままだと撃滅できない。
「これで…どうだぁ!?」
「無駄だよ!」
コウキの首を狙った一撃も、避けることなく首で受け、傷一つなく攻撃してきたやつを斬り飛ばす。そのまま魔人の群れに突っ込み、切り裂いていく。
コウキは殺戮を優先しているのか、どんな攻撃もコウキはほぼ避けない。狙われたのが後頭部であれ、首であれ、股間であれ、アキレス腱であれ受ける。そして、無傷で突破していく。例外は顔だけだね。顔を狙ったものだけは避けてる。
…コウキのシャイツァーは「皮膚」かな?
…どんな攻撃でも傷一つつくことのない鎧。それがあれの本質なのかな? 顔だけは例外なんだろうけれど。…と言う事は、弟の願いは…「最後まで戦い抜くこと」かな? 転生前に多方面から殴られて、終わっちゃった…とかいう経験があるのかな?
…顔だけは駄目なのは、生前、顔は守れたという自負からかな? それとも、単に顔までそうしちゃうと魔力消費が酷いことになっちゃうから控えてるのか…、どっちかな?
「この化け物め!」
「はっ。僕は僕だよ。僕は父さんと母さんの息子であって、それ以外の何物でもない」
…なんだ、やっぱりコウキもわたしの同類だったんだね。自分というものの存在意義を完全に二人の上に置いちゃってるや。
…普段、そう見えないコウキでこれなら、ミズキはもっと酷そう…。
「とりあえず、父さんと母さんの邪魔だ。死ね」
言葉と一緒に殺気を振りまくコウキ。…そろそろ恐慌状態になるね。
「皆!」
わたしの声で皆が動く。そして、コウキが一歩足を踏み出し、偉そうな人を斬り裂くと、兵士達は算を乱して走り出す。
それをガロウの『護爪』、わたしの鎌とカレンの矢が運んだ『壁』、カレンに空間の狭間に縫い付けられた魔族の体が遮る。
…あ。障害物にさせられた人を斬った人がいるね。まだ生きてるのに。
「姉さん達!僕ごとやってくれていいよ!こいつらをやるぐらいの攻撃なら僕は何とかなる!」
…ん。わかった。
わたしとカレンで巨大な鎌と矢を叩き込む。さ、…後は潰走する兵だけだね。…一番狩るのが面倒なんだけどね。
「姉さま。壊乱してるやつらはアタシに任せてくれれば処理しとくわよ?」
「…無理は?」
「してないわよ。出来ないなら言わないわ」
…なら、お願い。
「僕もちょっとの間、走り回っとく!だから先にジャウチに行ってて!」
「…わかった。セン。加速」
丁度、援軍を出そうとしているのか、撤収させようとしているのか、門が開いているしね。この隙になだれ込んじゃおう。
「城壁からバリスタとか、魔法が来るよ!」
「…大丈夫。それくらいならみんなで撃ち落とせるよ。…もし、失敗しても、」
「ブルルルウ!」
「ルナ!いる!」
…二人がいるからね。大丈夫。
「バリスタ撃て!」
「魔法!」
「門、閉め!」
…怒号が聞こえる距離まで来たね。
「可能な限り撤収させろ!既に大結界の用意は出来てる!」
…大結界?
「大結界は、ひとたび展開されれば、維持のための魔力も要らず、指定された期日までありとあらゆる攻撃から街を守る鉄壁の結界だ」
「代償として結界が張られた街からの、外部へのありとあらゆる行動が出来なくなる」
「…が、今回は最良の一手だろう。何しろ、時間を稼げればいいからな…」
「だな。陛下。…まさかこっちに持ってきているとは」
…ジャンリャ様の言い方から考えると、普段は人間領域の方で活躍しているのかな?
「起動!」
…あ。結界が張られちゃったね。
「やられた」
「面倒な…。これが消えるのはいつだ?」
皇帝夫妻たちはすごく悔しそう。…じゃあ、お父さんたちは?二人にとってはどうなんだろう?
「…ねぇ。これ、邪魔?」
「邪魔だな」
「カレンちゃんとレイコちゃんがいるのでどうとでもなりますけど…、邪魔ですね」
…だよね。二人がやるなら徹底的に中を破壊しないといけないもんね。…魔力的にきついよね。
「…なら、わたしが破れるかな。セン。突っ込んで」
「ブルルッ!」
…了解してくれるのね。ありがと。セン。…お父さん達も何も言わない。…わたしを信じてくれてる。
カクとリピ。二つの鎌をそっと合わせて、一つの鎌に。…うん。いける。鎌を大きくしつつ…、詠唱。魔力を鎌へ流し込んでいく。
「わたしはわたしの信ずるままに、わたしと家族の幸せを阻む障害を斬り破り、未来へ繋ぐ。あらゆる戒めを断ち切り、幸福な未来の糸と幸せな今、二つを結ぶ力をここに」
…これだけあればいける。
「『呪断結幸鎌』」
飛び上がって、魔法のきっかけとなる言葉をつぶやきながら、鎌を門、ひいては大結界に叩きつける。微かな抵抗を感じた瞬間、パキッという音が響き、大結界が砕け散る。
…まだ終わらせないよ。そのまま門を縦に切り裂く!
そして、センが突撃、縦に切り裂かれた門に抵抗できるわけもなく、開け放たれる。
「ヒヒーン!」
勝ちを宣言するかのようなセンの嘶きがジャウチに響きわたる最中、馬車はゆっくりと門をくぐったすぐそばで止まった。
…ん。これでこの街は落ちたね。