207話 開戦の狼煙
「ルナ。お願い」
「ん!」
センから飛び降り、ルナに頼んで家の大きさを元に戻すと、中から皆がぞろぞろ出てくる。
「行くぞ。この『チャンサ』は余と兄の国境に一番近い町ゆえに防御力は高い。…が、門が開いていれば意味をなさない」
ナヒュグ様は言うだけ言うと威風堂々歩き出す。
…どうやら伝令はセンよりも早いみたい。ナヒュグ様が言ったように、門が開いているだけでなく、脇にたくさんの人が控えている。
ナヒュグ様とジャンリャ様はその門の脇に控える人々の中央に作られた道を当然のように歩いて行く。街の人たちはキラキラとした目でじっと見つめている。人の列は街の中央まで続いていて…、誰も彼もが似たような反応。少なくとも否定的な反応は一切無い。
平民の人々にも慕われているのは間違いなさそうだ。
街の中央には大きな円形の広場があって、そこに入る直前、人の列はピタッと途絶えた。だけど、その広場には何もない。ちょっと前までは何かあった雰囲気が漂っているが…、少なくとも今は何もない。
その脇のいかにも軍事関係という様相の石造りの丈夫そうな建物。そこへ皇帝陛下夫妻は迷うことなく入り、そのまま外からも見える建物中央、広い部屋に入っていった。
部屋の中からどたどたと音が響いてきているのですが…、入っちゃうんですね。
「よい。慌てるな。疲れているのだろう?」
「無理はする必要はないぞ。私らが通れれば問題ない」
言うと二人は部屋の真ん中にあった円卓を左右に割開き、出来た道を進む。俺の目には疲れたのか臥せっていた人が、思いっきり机と椅子に挟まれていたように見えたのだが…。
「お金が足りない…。六文銭が…はっ!?」
…あの人、三途の川から帰って来てない? 誰も気にする様子もなし。いいか。
二人にならって進み、部屋の奥。皇帝陛下夫妻は当たり前のように豪華なソファに並んで座る。
「客人はそこへ」
指さす先には一人用の椅子と、明らかに無駄なまでに大きなソファが一つ。
シールさんはチラッとこっちを見ると、小さい椅子にちょこっと座る。そして目を閉じて、開けた。
……今のはウインクのつもりなんでしょうか。両眼を閉じてしまえばもはやそれ、ただの瞬きなのですが…。
「五月蠅い。僕だってここじゃボケないよ。さっさと座る!」…目でそこまで訴えて来なくとも、そうしますよ。座り方は…。チラッと子供達の方を見る。「俺と四季が並んで座れば、適当に座る」…ね。そういうことなら、さっさと並んで座らせてもらおう。
椅子に腰を掛けるその刹那、両脇にアイリとミズキがやってきて、俺らをギュっと密着させ、俺らの手をぐいぐい引いて座る。
わかったわかった。座るから。そんなに引っ張らないで…。座った瞬間、アイリとミズキは手招きで呼んでいたらしいルナを俺らの膝の上に寝かせる。かなりぎゅうぎゅうの状態を作ると、皆は満足そうにうなずき、思い思いに座る。
…ナニコレ。いや、別に俺らは構わないし、皇帝陛下夫妻も何も言わないから問題なんだろうけれど…。密着度が凄まじいんだけど。立ち上がるのは勿論、密着状態を解消することさえ厳しい。というか無駄に広いソファの空間がかなり余ってるんだけど? 特にカレン、ソファの上の背もたれの部分は座るところじゃないよ…?
だが、ここまでぎゅうぎゅうにしたってことは、アイリ達はここでルナと俺らの中の良さを知らしめておくべきだと思ったんだろう。実際、この場にいる人たちは試練場にいた人は誰一人としていないから、ルナが俺らの家族になったことは知らない可能性はある。
…だけど、皇帝陛下夫妻が言えば普通に不満もなく受け入れてくれる人たちばかりに見えるんだよね。
考えている間に、円卓は元の形に戻され、部屋が静まり返る。そして、
「さて、第一軍の諸君。急な命令にも関わらず、全員が集まってくれたことに感謝する。これより述べるのは決定事項。撤回はありえない。そのことを承知しておくように」
ナヒュグ様が切り出す。
「諸君らも承知しておるじゃろうが、改めて確認しておくぞ。公称皇帝は私らをいて5人じゃ。長男のリャアン。次男のジンデ。三男の陛下と長女にして陛下の妃の私。そして、最後の公称皇帝と称される、誕生後すぐに攫われた次女…これで全員じゃ」
「リャアン兄はここにおられる勇者…、シュウ殿とシキ殿に不義を働いたため処分された」
今まで目立った反応を示さなかった魔族さん達の「え。マジで」みたいな目が俺らに突き刺さる。リャアンがやらかしたことに驚いているのか、俺らが勇者なことに驚いているのか…、どれだろう?
「そして、最後の公称皇帝、つまり余らの妹はこのお二人の娘、ルナとして今、この場にある」
ルナの方へ座る人の視線が滑る。全員がそばにいて俺らの顔を見れるのが嬉しいのか、体をよじっていたルナはそれに気づいて体を硬直させる。
が、それも一瞬。「よくわかんないけど、見られてるし、手を振っておこう」と考えたのか、手を嬉しそうに激しく振る。だけど、すぐに飽きたのかアイリの手をくいっと引く。アイリが要求にこたえてあげると、またルナは俺ら上で身をよじる。…暴れないでね。暴れられるとさすがに落としちゃうから。
「既に公称皇帝で私らに従わぬものはジンデ兄しかおらぬ」
「そして、兄は忌々しくも、チヌカの被害が多々確認されているこの情勢下で、人と余らとの間で戦争を始めた。これ以上、兄の横暴を許しておくわけには参らぬ。また、チヌカに備えるためにも、フープモーツァはこのままではならぬ。故に、ここに朕はフープモーツァ統一のため、兄の討伐と兄の本拠地たる『シャンドゥ』の攻略を此処に宣言する!」
ナヒュグ様の言葉の盛り上がりに呑まれたのか誰も何も言わない。だけど、その聞いた魔族さん達の顔はやる気に満ち溢れていて、「お前だけでやってろ」という人は誰一人としていない。
「さて、今次作戦の計画を説明する。まず、第一軍全軍で越境。国境付近一帯の防衛の要である『ジャウチ』を陥落させる」
「駐留する将軍は『ジョルシェン』だと予想される。彼が率いる妃達へ相対する軍を撃滅する。将軍の生死は問わぬ。粉砕せよ」
後々、背後を取られると面倒だから全部潰せと。
「なぁ、レイコ。この国、「ジ」やら「シ」で始まる名前が多すぎねぇ?」
「そう思わないこともないですが…、今はあまり関係ないでしょう?」
レイコのジト目にガロウが黙らされてる…。確かにそうだけどね。『ジンデ』に『ジャウチ』、『ジョルシェン』そして『ジャンリャ皇后陛下』…、全部「ジ」で始まってる。
「その後、首都『シャントゥ』を占領する」
「また増えた…」
「ですね…」
レイコまで窘めるのを諦めちゃった。よく間違わないな…。
「その後、兄を追って西へ。兄と合流次第…、討つ」
俺ら家族の間に流れる少しぽわぽわした空気を弾け飛ばすナヒュグ様の冷たい声。それに圧倒されたのか、誰一人として声もあげない。
「今次作戦において留意すべきことを述べておく。1、人間を発見した場合、戦闘は禁ずる。直ちに撤退せよ。なお、攻撃された場合、撤退するための戦闘は許可する」
「戦闘行動は妃達が許す範囲で許可する。諸君であれば妃達が許す範囲は見極めてくれると信じている」
死ぬほど面倒くさい指示が出た!? 日本で上司がこんなこと言ったらSNSで文句を言われることは間違いない。というか、文句を言うほうが正当だ。ちゃんとした指示を寄越せ。
…でも、相変わらず魔人さん達は何も言わない。強力な信頼関係があるのだろう。
人間との戦闘禁止の指示自体は俺らの配慮…というよりは、対チヌカ連合への布石って面が強そうだ。
「妃から補足。人間を見つけた場合、妃達に報告すること」
じゃないと対策取れませんしね。
「2、シュウ殿、シキ殿の友人が戦地にいる可能性がある。万一、捕虜になっていれば解放せよ。そうでなければ兄に与する者か朕に与する者かの区別なく、殺す気でこちらへ進軍してくるだろう。故に、見つかる前に逃げ、知らせよ」
…見つかってなくても粉砕される可能性はあるが。何しろ、ジンデの北軍、南軍が壊滅してるのだから。俺らのクラスメートは大砲とか、銃…、下手したら爆撃機のシャイツァーを持ってるかもしれない。
シャイツァーは「願いの具現」のはずだから、どんな夢だよって突っ込みたくなるけど…。護るための過剰火力要求する奴はいそう。てか、いる。芯の彼女…、蔵和さんなら確実にやる。
とはいえ、「死ぬかも」は今更か。殺し合いだもの。死ぬときは死ぬ。
「3、シュウ殿、シキ殿たち家族は攻撃しないように。目印にはこの帝国紋を使う」
いつの間にかやってきていた秘書さんのような人が紋を掲げる。紋は、二人のシャイツァーである王冠とマントを模した模様の上に、夫妻の名前が書いてある。
明らかに、二人にしか許されないような紋。それこそ許可なく持っているだけでも殺すとかいうレベルのもの。きっと、人間族に絶対複製されていない紋という絶対条件を満たそうと思うと、これくらいしかなかったんだろう。
…「ルナが皇族だから、いいよね!」というのも理由にありそうだが。
「万一、紋がない見覚えのある人間がいた場合は合言葉で確認せよ。合言葉は…、」
「『余』には『シュウ』、『私』には『シキ』。これが合言葉だ」
丁度、お二人も夫婦で、俺らも夫婦だから、夫同士、妻同士で対応させましたね…。
「答えられねば殺せ。殺される方には悪いが、紛らわしい」
「ただ、殺す場合は『シキ』か『シュウ』のどちらかでもう一回問え。お二人のご家族なら確実に反応を示すはずだ」
俺らを間違えて攻撃しないように。そういう配慮ですか。…ありがとうございます。
「4、首都『シャントゥ』で抵抗があった場合は排除。街の被害は問わぬ」
「5、略奪・婦女暴行は厳禁だ。速度を優先せよ。違反者は殺せ」
古来から戦争に略奪、婦女暴行はつきもの。二次大戦・ベトナム・ユーゴ内戦…割と現代の戦争でさえ起きている。…だけど、この人たちの軍なら違反者は出ないだろう。皇帝の名を汚すような愚か者はいまい。
「「今、この瞬間、皇国は興亡の岐路にある。諸君らの奮闘如何により皇国はより栄えることが出来る!それを忘れるな!」」
「「「ハッ!」」」
皇帝陛下夫妻が腕を振るのを合図に、彼らは立ち上がり整然と退出してゆく。
「賽は投げられた。行くぞ」
「「了解です」」
だからルナ。降りて。立ちたいから。
「にゅ?」
かわいい。でも、そうじゃない。…仕方ない。
「行きますよ」
あっ。また四季が抱っこした…。俺に任せてくれてもいいのに。
「さ、行きましょう」
「だね。皆、行くよ」
抱っこされては仕方ない。諦める。皇帝陛下夫妻に付き添い、街の外へ。
今更だが、軍隊の国境への大進軍とかいう宣戦布告に等しい行為をしているにも関わらず、通り抜けた際に見た街の様子は普段と何ら変わった様子はなかった。二人を一目見ようと集まってはいたけれど、それを除けば通常通りだった。
そして、それは街の外も変わらない。…って、何で人っ子一人いないんだ?
「ナヒュグ陛下。あの、何で誰もいないんです?」
「私もガロウと同じ疑問を抱いています。進軍なさるのであれば、軍隊がいなければおかしいのではありませんか?」
「軍は不要だろう。勇者たるシュウ殿にシキ殿を筆頭に、力の底は不明だが強力な力を持っているお二人の子供達。これだけで既に過剰戦力だ」
「妃達だけで電撃的に付近の戦線諸共、戦線を突破。これを周囲の支援とする…というのは可能だろう?」
軍は他に回しましたか…。でも、やれるかどうかは未知数。相手がリャアンばりに強ければかなり面倒くさい。実質的に不可能になる。
「『ジョルシェン』自身はそこまで強くない。だが、兵の運用が巧みだ。故に、個々人があまり強力ではない朕らへの備えに置かれている」
「故に、今の状況はあやつにとって最悪といえる。過剰火力の前に屈するだろう」
…であれば、こっちは問題ないかな。相手からしたら悪夢でしかないけど。
「では、進軍方法は?」
「馬車」
ですよね。戦線に穴を穿ち、それを押し広げる…という電撃戦の端緒を俺らだけで為そうというのであれば、さっきの方法では少し早すぎる。多分殲滅しきれない。でもそれ以前に、
「穴を防がれる前にナヒュグ様の配下たちが俺達の抜けた穴を広げられますか?」
「出来るようにして欲しい」
間髪入れずに返された!? 実質的に「広域にわたって殲滅して欲しい」ってことなのですが…。
…でも、俺らにとってもスピードが上がるのは好都合。級友に合流するのが早くなる。なら、頑張ってやりますか。
「ルナ。家出して」
「んにゃ」
ありがとう。馬車を取り出して…、センに繋ぎながら、家を馬車に載せて…。全員に乗り込んでもらって…、
「…わたし達の配置は?」
「アイリ、ガロウ、レイコは外。カレンとルナは中」
これは言わなくてもわかってもらえるはず。で、だ。
「コウキ君、ミズキちゃん。貴方たちの本分は何ですか?それがわからないと決められません」
攻撃、防御、回復…、所謂、役割は勿論のこと、遠中近の範囲、それらが分からないとどうしようもない。
「僕は攻撃かな?一応、自前の魔法が使えないこともないけど、自分では本分は近距離アタッカーだと思ってるよ」
言いながらコウキは剣と盾を掲げる。…なんか二つとも既視感あるのだが。目録に「使わないだろうけれど、一応あげる。剣が壊れた時の代替として、投擲物としてどうぞ(意訳)」って書いてたやつのような…。
ていうか、そもそもコウキもミズキも、シャイツァーを持ってた気配がないんだけど…。
「アタシもたぶんアタッカーよ。攻撃範囲は問わないわ。遠中近何でもござれよ!それに家の中からでも攻撃出来るわ」
二人ともちゃんと「家の中か外、どっちに置くかの情報」が必要だと判断して情報くれた。ありがたい。
「あ。父さまと母さまが字を書いてくれた紙をいっぱいくれればもっと活躍できるわ!」
そうなの? なら…。
「じゃあ、とりあえず50枚追加で渡しとくね」
「ふぇっ?」
どんって渡したら唖然とされた…。足りない?
「なら、さらにもう50枚追加で渡しまs「いやいや、いらない。これだけあれば十分よ!」…そうですか」
「足りなければ言ってね?」
頑張って足すから。
「いつのまにそんなに紙を作ったのー?」
「紙を湖に取られてから今までの合間にだよ」
「たぶん皆の「何でそこまで早いの」って疑問は紙を見ればわかると思いますよ」
四季が言ったしりから子供たちは紙の束に集まって、ぺらぺらめくる。そしてそれを皇帝陛下夫妻とシールさんは興味があるのかジッと見てる。
「読めない字が混じってるー?」
「だな。少なくとも俺は読めねぇ」
「私も無理です」
「…わたしは読める。…けど、これって全部同じ魔法じゃないの?」
加護のおかげで読めるアイリ、俺らの記憶のおかげで読めるコウキとミズキ、3人がそれぞれ、『火球』と『Fireball』や『Feuerball』を手に持って示してくる。
「そうだね。効果は同じだよ」
「でも、違う魔法みたいなんですよね」
「何しろ、最初に『火球』を書いた後、英語で『Fireball』と書いても、ドイツ語で『Feuerball』と書いても、魔力消費は増えなかったからな…」
理由は分かんないけど。
「何で試そうと思ったんだ?」
「魔力増えたし、いけるかな?と思ったらいけた。別魔法とはいえ、魔力量は変わらないから威力は変わらないはず」
「残念ながら『The fireball』や『Der Feuerball』等、冠詞を変える、もしくは加えるだけでは許してくれませんでしたが」
「それでもはんてーゆるいねー!」
ほんとにね。がっばがばだ。でも、その方がありがたいし、助かる。
「ひとまず、紙はこれで十分よ。で、アタシは中にいればいいのよね?」
「僕は外だよね?」
そうだね。
「…じゃあ、皆、配置について」
アイリの指示でルナも含めた皆が動く。
「ねぇ。僕等は?」
「そこまで俺らが指示を出すわけにはいかないと思いますが?」
なにより、皇帝陛下夫妻のことをあまり知らないので…。どうすればいいかなんてわからないです。
「どうしても、と言うならばシールさんだけは出せますけどね…」
シールさんが得意なのは超短距離戦闘なのだから。
「…ん。間違いなく魔力要員。ほら、家に入って家の障壁に魔力を注いで」
「わぁ。僕、アイリちゃんのその遠慮のなさ、割と好きだよ」
ドMかな? …違うか。単にフランクなのが好ましいってことなんだろう。恋愛感情もなさそうだ。
「朕らは…、外にいるだけ邪魔か」
「妃もそう思う。二人の子供たちだけで外はいっぱいいっぱいだ」
「朕らは中にいる。朕らの助けが必要であるならば、いつでも呼べ」
了解しました。となると…、中にいるのは皇帝陛下夫妻、シールさん。それにルナとミズキ、カレンの6人。家の障壁に魔力を吸われすぎるのは問題だが、中の人の質は最高。あまり問題にはならないだろう。
「さ、セン。準備はいいかい?」
「ブルッ!ブルルルルルッ!」
「勿論!いつでもどーぞ!」ね。
「「「出発!」」」
「ブルルッ!」
馬車に乗る全員の声が重なり、センがそれに応えて車輪が回り始め、ぐにゃりぐねった平原の道を進みだす。
「ね、いつ、着く?」
「ん?ルナ。馬車の進行速度を先の半分とみなせば、半鐘だ」
ルナが聞いてなかったこと聞いてくれた。ありがとう。助かった。…案外近い。が、まだ時間はある。
「今のうちに、ご飯を食べておこう」
「次、いつ食べられるかわかりませんからね…」
見える範囲の子らはコクっと頷く…というか、全員食べるのを選んだか。シールさんとかツッコミを入れそうだと思ったんだけど…。
「僕だって群長だからね?」
「「知ってます」」
わかってるので、心を読むのは止めてください。群長だからこそ火急の事態には対応しないといけない。食べられる時に食べるのは大事だと分かってる。そう言う事でしょう?
「そうだよ。あ。君らのことだからやるだろうけど、周りは見といてね」
綺麗に読まれるなぁ…。諦めよう。いただきます。
「…土煙が見えるね。結構遠いけど」
「だな、姉ちゃん。あれがナヒュグ陛下達の軍…か?」
「ああ。そうだぞ」
アイリの言うように結構遠いな。…土煙しか見えないから、目算で7 kmほど先か? 逆側の軍も同じくらい…。となると、俺らだけで10 kmはカバーしなきゃならななそうだ。
「狼煙は派手に頼む」
「旧時代の終わりがわかるようにな」
紙を書こうかと考えた瞬間に要望をぶち込んできますね!…まだ書いてないので取り入れられますけど。
オーダーを満たそうと思えば「火」が一番。他は見栄えしない。となると…、どうしよう。派手にすればするほど、熱風の影響とか考えるのが面倒くさい。…いつものように魔法に形を持たせてあげればいいか。
でも、そうすると攻撃範囲が狭くなるよな? 龍の形にして走り回らせるにしても、何人かに逃げられる…。あ、いや、何も一頭じゃなくていいか。大量に出そう。それなら埋めつくせる。
四季から紙を貰って、食べ終わって出たゴミをゴミ箱代わりのカバンに突っ込む。ごちそうさまでした。
さて、ペンに魔力を込めて…。一画一角丁寧に動かす。
やはり戦闘中じゃないのはいい。書きやすい。籠っている魔力量がいつにもまして多い分、少し動かすだけでも一苦労だが。反発してくる力をなだめ、進行方向に急激に押してくる力は必要分だけ受け入れ、横殴りに力のかかる場所は、力に流されないように抵抗しつつ真っすぐ。臨機応変に対応を変え、ペンを動かし…。
よし。書けた。『火龍流』。語感は最悪だが、破壊力と見た目は壮大。そんな物になったはず。
「道の先にー、森が見えてきたよー」
え? 森? 何でこんなところに…。
「あれは兄が作った人工林だ。その目的は大方、視界を遮り、こちらの進軍を阻み、あちらの進軍を助ける…と言ったものだろう」
やっぱり、見た感じ通り元は何もない平原だったと。あぁ、それでか。それで縦に長いわりに厚みがないように感じられたんだ。
「全部焼いてしまっても?」
「構わん。焼かなかったのも、こちらからことを荒立てたくなかったがゆえ」
「今となってはその配慮も要らぬ。存分にやってほしい。だが、妃達に被害が出ぬようにはしてくれよ?」
わかってますよ。あまり引火しないようにしておきます。
言ってる間に結構近づいた。この森を突っ切っていくことを考えれば、今、撃つのがいいか。
横に手を伸ばすと、何も特別なことをしなくとも、四季と手を繋がる。二人で紙を握りつぶして…、
「「『『火龍流』』」」
短い宣言文の後、紙は一瞬にして大量の火で出来た龍の軍団に呑み込まれ、見えなくなる。飛び出た龍たちは空を駆け、馬車を中心に扇状に広がり森に突撃。触れる木々を悉く燃やし、移動した先から森を火の海に変える。
瞬く間に森は黒煙を上げ、森の中から悲痛な声が響いてくる。だが、火龍たちは荒々しく咆哮しそれをかき消し、黒煙と共にその体の一部を上空に晒す。この音と光景は間違いなく、遠くからも見え、聞こえる。
この光景を作り出した触媒魔法は確かに、旧時代の終わりを高らかに告げた。