205話 続ルナと皇帝陛下夫妻
「父ちゃん。母ちゃん。ナヒュグ陛下は一体全体、何のことを言ってんだ?」
「俺らが疑問に思っていたこと…」
「それ即ち、ルナちゃんの体格ですよ」
ガロウがハッと目を見開いた。ガロウも気づいたね。
「一人ぼっちで谷底。栄養なんてあるはずもないのにルナの体格がいい」それが俺らの抱いた疑問。そして、それは嬉しそうに笑っている皇帝陛下夫妻の顔からして、彼らの言った「俺らが疑問に感じていたこと」の答えでもあるのは明白。
「ならば、皇帝陛下のシャイツァーは命の保護まで出来たりするのではありませんか?」
「さすがは余らが見込んだ者達だな。なかなか正鵠を射た答えであるな」
「じゃのう。じゃが、レイコ。それは不可能じゃよ」
出来ればよかったのに。と言わんばかりに悔しそうにスッと顔を伏せる二人。
命の保護には及ばないけれど、それに近く、かつルナの体格にまつわること…となれば、
「餓死の防止」
「それと、栄養不足によるあらゆる病気の防止…ですか?」
「あぁ。さすがは二人。正解だ」
…残念そうにする理由が全く見当たらないのですが。確かに「無条件で民の命を守る」事に比べれば劣るかもしれませんが。
「余のシャイツァー『ポイツェ=ローウェン』は民の餓死を防ぎ、栄養不足により生じるあらゆる病気の罹患を阻むモノだ。そして、このことは余らの臣民であれば感覚として理解している」
具体的な内容がわからない現時点でも、凄そう。この皇帝陛下夫妻ならば「餓死しなければいいよね!」とか訳の分からんことをほざいて、空腹で動けない人を量産する…とかはないだろうから。
皇帝のための能力と言えそう…かな?
「陛下。少々深い説明をした方が良いと私は思うのじゃが?」
「案ずるな。余も同じ気持ちだ。さて「餓死を防ぐ」ことをもう少し掘り下げよう。それは臣下に栄養を与え、それと同時に、彼らの空腹をたとえ何日絶食であっても「腹が少し空いたから、何か食べたい」となる程度を下回らないようにすることでなされている」
なるほど。
この二人のことだ。きっと、ラインを越えた以上の満腹感があると、食べる気が起きない。それ以下だと食べたいけど何も買えないから奪う。そんな思考に走ってしまう人が出ることがあるから、そんな弊害が発生しないギリギリを見極めているんだろう。
そりゃシールさんも「リャアンとは別ベクトルでえぐい」って言うよね…。えげつない。
「父ちゃん。母ちゃん。一体、何が凄いの?」
「あらゆる要素をそぎ取って、暴論をかませばリャアンのやってた「洗脳」と変わらないってこと。こういえばわかる?」
「…お父さん。それじゃ、もはや原形留めてないよ?」
わかってるよ、アイリ。極論なんだから。
「余計にわかる気がしなくなったぞ?」
「では、ガロウ君。考えてみてください。どのような状況であっても飢え死ぬことはない…そんな状況を」
フォローありがと。四季。
「?よくわかんねぇけど…、嬉しいんじゃねえの?」
「おそらくそうだろうね。なら、それが一個人からもたらされていれば?」
「そりゃその人を崇め…。あ」
無事気付いてくれたかな?
「神格化される…?」
「かもしれないね」
というかその可能性は高いだろう。だが、そうなったら他国…、他の内乱各国を刺激しすぎる。この二人なら阻止に動くだろう。
「ナヒュグ陛下が君臨している限り、飢え死ぬことはない」この事実の持つ破壊力は絶大。これだけでも「食べ物がなくて死ぬことはないなら…」と反乱する気は失せる。
だというのに、ナヒュグ陛下は間違いなく名君。衣食住の「食」をシャイツァーが何とかするなら、後の「衣」と「住」を何とかしようと動くに決まってる。余計に反乱する気なんてなくなる。
その上で、ナヒュグ陛下は「戦時の」名君でもある。火急の事態への対応力も、リーダーシップも優れている。民からしてみればまさに「理想」だろう。
自分が権力を握りたいって連中以外からすれば反乱する理由がない。従っていた方が良い。そうなったら火種なんかないから国は安定する。安定すれば、陛下たちは別のことに取り組めるからさらに安定する。正のスパイラルが生まれる。
「しかし、このシャイツァーの齎す恩恵を最大限に活用なさっているお二人の才覚が優れているだけなのでは?」
「だよな。シャイツァーはそこまですごくないんじゃないのか?」
この二人なら「食」を保証しながらでも、同じこと出来そうだものね…。
「そう思えちゃうのも仕方ないけど、シャイツァーもすごいよ」
「そうですよ。栄養不足の病気が起きない。この凄さは栄養不足の病気が起きないとわからないので仕方ないとも言えますが」
栄養不足といえば…この二つかな。
「俺らの世界では船乗りたちがビタミンC不足による壊血病で軽く百万単位で死んでたはず」
「後、私達の国、日本では第二次世界大戦という大戦争の前…100年くらいでしょうか?では、毎年万くらいの人がビタミンB1不足による脚気で亡くなっていたそうですよ」
「父さまたちから貰った記憶には、日露戦争?で日本がそれに悩まされた…ってのがあったわ!」
あって困るモノじゃないけれど、なんでそんな記憶を渡してるんだ世界樹…。変な記憶渡してないよな? 四季とのあれこれを渡されてたら死ぬほど恥ずかしいんだけど。
「ちなみに、日露戦争?って戦争の死者は両軍合わせて10万ぐらいらしいよ?調べ方とか資料にもよるみたいだけど…」
「…多い?」
「ってわけでもないね」
「ですね。そこそこ最近の戦争ですが、あの2回の大戦争に比べれば少ないでしょう」
一次大戦では1千万。二次大戦では世界合計6千万だったかな?
「何を思い起こしてるのかだいたい想像がつくけど…」
「父さま。母さま。それは比較対象が悪すぎるわ…」
だね…。
「一応補足しておくと、壊血病の話は200年スパンとかの話だからね?」
「ですね。たぶん見た資料も大航海時代のモノでしょうから…」
「いやいや、300年あっても百万単位だったら少なくとも、年3000はそれで死んでるからな!?」
だね。
「ひとつのびょーきの死者すーって考えたらー、じゅーぶんおーい!」
間違いないね。数字だけ見てると感覚がおかしくなってくる…。
「とりあえず、二人のおかげで凄さが分かった」
「ですが、今のお話を出されたということは、お二人の世界では根絶されているので?」
「出るときは出るよ」
「ですね。油断するとかかります」
栄養不足の病気は豊かになると逆に発生したりするし…。脚気とかもろにそれが理由だったはず。別名が「江戸わずらい」だったのは、江戸の民が玄米じゃなくて白米を常食するようになった。その結果、ビタミンB1が足りなくなってかかりまくったせいとかいう説があったはず。
「何でよ?何で父さま達の時代でも起きるの?」
「端的に言えばジャンクフードの食べすぎだと思う。栄養を考えて食べられればその心配はないはずだけど」
蕎麦ばかり、うどんばかり…だとヤバいだろう。
「なお、カロリー」
四季の目が軽く死んでる。栄養を考えても…、カロリーはあるよね。ジャンクフードだし。…何があったかは触れないでおいてあげよう。
「じゃあ、野菜ばっか食ってればいいのか?」
「飽きるよ?」
火の通ってないキャベツ一球を一食で…とか、お腹は膨れるだろうけど、飽きる。
「そもそも栄養バランスが崩壊しますよ。タンパク質がおそらく足りません」
「じゃあ、薬とかで補う?栄養も補えるんじゃねぇの?」
補う…ってことはサプリかな。
「悪くはないですけど、それに頼りすぎるのもいかがなものかと」
「今度は逆に栄養を取りすぎる可能性が出てくるし…」
「取り過ぎたらダメなの?」
「駄目なやつもあったはずですよ。ねぇ?」
「うん。それが何か…までは覚えてないけど」
脂肪が駄目なのはわかる。けど、ビタミンはな…。水溶性のはまだセーフだけど脂溶性が駄目なんだったっけ? 何が脂溶性かわかんないけど。
「意外と大変なのね…。あ。陛下なら何とかならないかしら?」
!? ミズキ、陛下に雑に話を振っちゃダメでしょ!?
「ん?出来るか出来ないかで言われると可能だ。だが「恒常的に」栄養の要求を満たし続けるとなると数人が限度だ」
「魔力が全く足りぬからのぅ…」
「だな。臣下全員となると一瞬で破綻する」
そりゃそうでしょうね…。もし民全員に出来るならどんだけ魔力があるんだって話になる。
「残念と言えば残念じゃが、仮に魔力消費量が心配なかったとしても、私らは今の状況を選んだじゃろうよ」
「何で…あ。そっか」
ガロウは悟ったみたいだな。幸せそうに寝ているルナ以外の子らも同じく、悟ったかな?
「ふむ。理由を述べてみよ」
「いかなる言葉であっても、私らは腹を立てぬことを約束しよう」
「じゃあ遠慮なく。皇帝陛下夫妻が死んじゃったら、後が困るから。よね?」
…さっきのノリで分かってたけど、本気で遠慮の欠片もないね、ミズキ…。やるときはちゃんとやってくれるだろうから構わないけど…。
「それが最大の理由だな。ミズキ。満腹であれば、農業、畜産、漁業…それらの食糧生産業は立ちゆかなくなり、壊滅する。その後、余が死ねば…、」
「…地獄だね」
一連の流れが実に容易く想像できる。
「国策でそれらを保護することも出来ないこともないのじゃが…、そうすると臣民たちが自ら動く力を失ってしまいそうじゃろう?」
「へーかが死んだ後の地獄がー、よけーに酷くなりそー!」
カレンも容赦なく行くなぁ…。
「だろう?余らの在位中であれば、うまく調整する自信はある。が、余が死んだ瞬間、破綻するのが目に見えておれば出来ぬよ」
「遠回しな自殺と何も変わらないからのぅ…」
「永遠に」続かなければ意味がないですからね…。たとえ次代が死ぬ気で頑張って、国民全員に食料を有り余るほど配給したとしても、「配給の待ち時間もなく、常に満腹」といった状況には劣る。
人は元から劣った状況にいる時よりも、良い状況から劣化した時に目ざとく気づいて拒否反応を示すとはよく言われているし、実際その通りだと思う。だから次に来るのは革命かな。
そのせいでもっと酷くなって、「昔はよかった」って言うオチまでつけば完璧だ。夫妻のやるせなさが跳ね上がる。だからやれてもやらないんだろうけれど。
「そもそも、もし永久に満腹でいられるなら、それはいい社会なのかしら?」
「どうだろう?社会の安定という面で見れば、何か足りてなければ駄目とは言えるだろうけど…」
根源的に幸せかどうかを問われると答えに窮するな。
「じゃあ、父さん。母さん。社会の安定という面で見た時、全員の欲しいものが空から降ってくるならどう?」
「そこまでいけばさすがにいい社会なんじゃない?」
「ですね」
こっちも根源を問われると首を傾げざるを得ないけれど。もし、何かを得るために動くことに幸せを見出す人がいたとすれば…、その人はおそらく幸せにはなれないだろう。
「降ってくる…とまではいかなくとも、家に届くとかなら?」
「人力がいるってこと?」
コクっと頷くコウキ。
その場合どうなるだろう?
大部分は現状に満足しそうだ。でも、意欲のある人はいるから、技術は進むかな? 超ゆっくりだけど。…進歩したい人からすると地獄か? …でも、研究資金や機材はその社会の技術水準に合わせたレベルだけれども、無限にあるよな? 研究大好きな人なら嬉しさで死ぬかも。
でも、物を作る、モノを届ける。そこに嬉しさを見いだせないけど、やらなきゃいけない人は絶対出て来るな。欲しいものは頼めば手に入るのに、働かないといけない…。貧乏くじだな。
「この仮定だと地位が上の人が損しそうだな?」
「だね。ガロウ兄さん。それが苦にならない人ならいいけど…」
「そんな人いるわけないじゃ…」
言いかけたミズキの視線がスッと皇帝陛下夫妻の方へ滑る。…残念ながら? いるんだよね。
それも、権力が欲しいわけでも、金が欲しいわけでもなく、ただ国の安寧が欲しい。そんな人達。しかも、その人たちは自分より優れていてやる気がある人がいるならば、即国を譲ってその人の補佐をし、必要なら自ら首を吊る。
常人の感性では狂気でしかない。それがここの皇帝陛下夫妻。
「…仮定の話はいいでしょ。戻そう?」
「そうですね。アイリお姉さま。では、お父様。お母様、お二人が抱いていた疑問は「ルナが何故ここまで成長したか?」であっていますか?」
四季と一緒に頷く。
「それも皇帝陛下夫妻の言葉のおかげでたぶん解けたよ」
「ナヒュグ陛下に死なない程度の栄養を保証された上、ルナちゃん自身のシャイツァーも死なないように働いた。それが答えでしょう」
ルナ自身は、彼女のシャイツァーについて語る術を今のところ持っていないから推測でしかないけれど…。きっとあっているはず。一人ぼっちであっても、というか寧ろ、幼いのに一人ぼっちだからこそ「ヤバい。死ぬ」って本能的に悟れたはずだし。
「あれ?今、思ったのですけれど…。ルナの生命保護にナヒュグ陛下が一枚かんでいらっしゃったのであれば…、何故ルナに拒絶されたのでしょう?」
「演技とはいえ、鬱陶しかったんじゃね?」
両陛下が死ぬほど微妙な顔してる。「さもありなん」とも「マジで?」ともつかないそんな顔。
「兄さまの言う通りかもしれないわね?だって、ルナもナヒュグ陛下に助けられていた…ということは理解できているはずだもの」
「だよね。ミズキ。ナヒュグ陛下の説明を聞く限りでは「それとなく」そのことを理解できてるはずだもんね?」
だから、普通は「あ。何かよくわかんないけど、助けてくれた人だー」って感じになって、自分から進んで近づいていくはず。精神的に幼いんだからなおさらに。
となると…。
「やっぱり、ナヒュグ様とジャンリャ様のアレが鬱陶しかったかな?」
「ですかね?」
「「!?」」
…冗談です。「お前まで!?」ってこっちをガン見して来ないでください。
「…単純に、ルナのシャイツァーじゃないの?」
「だね。アイリ」
「それが一番可能性高そうですね」
ルナの家の障壁はルナに害をなすものを弾く。だから「それとなく皇帝陛下のおかげという事実を伝える」というところがバリア的に気に入らなかったんだろう。
「こいつ、直接脳内に!?」みたいな感じで伝える…んだと思うけれど、このタイプのものは使い方によっては強力な「洗脳」ツールになる。何しろ、姿を見せずとも声をかけられるのだから、声を受けた人にその声を「自分の心の声ではないか?」と錯覚させるのは簡単になる。
少しかわいそうだけど、ある意味当然。
「敢えて聞くけどー。シャイツァーでルナの位置わかったりしなかったのー?ルナをシャイツァーで保護出来てるなら出来たんじゃー?」
「無理だ。もし、出来ていたならば、ルナを保護するためにどこへなりとも行ったぞ」
「じゃな。実際、ルナを探すために陛下も私も、こっそり獣人領域、人間領域に行ったことがあるしの」
部下に任せ…るのは無理か。潜入中に魔人ってバレたら獣人はまだいいけど、人間の場合、開戦に繋がりかねない。というか、速攻で戦端が開かれる。
嫌でも変身できるシャイツァーを持つジャンリャ様に任せるしかない。
「『シャルシャ大渓谷』には突撃なさらなかったのですか?」
「レイコ。そもそもそこは考慮していなかったのだ」
アイリとカレンそれに寝てるルナ以外の子らが首をかしげる。
「簡単な話よ。余の『ポイツェ=ローウェン』によってルナが生きていることは把握できていた。なら、そのような呪いの地にいるとは到底考えまい?」
「あそこは魔族が生きれぬ呪いの土地じゃからの…。そこを探すならば、他の探せていない場所、それこそ人間領域や獣人領域の端や、エルフ領域でも探しに行く方が建設的じゃろう?」
傾げていた子供たちの首が戻った。やっぱりこの子ら、結構理解力あるよな…。
「加えて、そのような場所、仮に「探しに行こう」となっても、私や陛下が行くのは論外なのは理解できるじゃろう?」
ですね。二人が死ねば残る公称皇帝はジンデとリャアンだけになる。そうなれば内乱は悪化する。この二人に到底許容できるわけがない。
「一応、臣民たちも提案してくれたことはあったぞ」
「却下したがの…。死ぬ未来しか予見できぬかったからのぅ…」
結果としてルナはいたけれど、普通に考えれば、シャルシャ大渓谷はルナのいる可能性が限りなく0に近い場所。そんなところで無駄に国民を殺してはいられない。
「あれ?では、ルナ姉さんがそこにいると分かっていた場合は?」
「それでも却下だ。助けて戻ってこられる見込みがなさすぎる」
「じゃな。それに、ルナがそこにいると分からせてしまうほうが面倒じゃろうし」
万が一、誰かがルナを助け出してしまって、利用しようとしたら最悪ですものね…。
「ジャンリャ。終わったか?」
「む?こっちはこれでしまいじゃ」
「なら、この書類はこれで終わりか」
もう終わったんですか…。早い。あんなに山積みになっていて終わりそうもない気配が漂っていたのに。
「慣れているからな。それに、検算はシュウ殿とシキ殿のおかげでかなり楽だった」
「じゃの。これでしばらくはゆっくりできる…」
「皆さま失礼!」
書類も持っていない魔族さんが息を切らして入って来た。「ゆっくり」出来なさそうだ。
それでも、皇帝陛下夫妻は嫌そうな顔を一切しなかった、本当に慣れているんだろう。
「構わぬ。まずは落ち着いて水を飲め」
「あ。ありがたく」
ちびちび水を飲む魔族さん。
「マジで落ち着いてんな」
「ガロウ。それは余計ですよ。…思わないこともないですけれど」
「姉さまも兄さまのこと言えないんだけど」
だね。でも、本当に魔族さんはゆっくり水を飲んでる。喉が渇いているのならガバッと一気に呷るように飲んで、もう一杯! とかなりそうなものだけど。
飲み方はとてもゆっくり。…でもこれ。落ち着いているというよりは、皇帝陛下に「ゆっくり」って言われたから必要以上に遅く飲んでいるだけなんじゃ…。
「水はそこに置け」
「ありがとうございます」
若干、手が震えているように見えるし、想像はあってるかな?
「で、用件はなんじゃ?」
「人間と魔人の戦いが再度勃発しました!」
あぁ…。ついに来たか。来てしまったか…。
「チッ。想定より少し早いか」
「周期である10年は過ぎておるの。今回は早めじゃったということじゃの」
「勇者様がいるからか…」
こっちを見てそう言うと、少し悲しそうな顔でナヒュグ様は天を仰ぐ。
「ジャンリャ。今は第三次警戒態勢だったか?」
「じゃの。いつでも出撃できるの」
「では…、」
バァン!
今度来た魔族さんは荒い!
「ご報告!ジンデ様の南軍、北軍が壊滅!それに伴いジンデ様が出陣したようです!」
!? さっき開戦の伝令が来たのにもう壊滅!? いや、一応、伝令のラグが発生しているだけだろうけれど…。それを踏まえても、すぐ壊滅するほど南軍。北軍の規模が小さいというわけではないよね。どう考えても「大戦」になる規模。それが壊滅。
ここから想起されるのは…、勇者が、級友の皆が参加しているだろうということ。……間に合わなかったか!
「国境最寄りの『チャンサ』に責任者を集めよ」
「軍はバレぬよう国境付近まで…いや、シュウ殿、シキ殿」
今すぐでも…って、呼ばれてるな。
「「はい。何でしょう?」」
「二人の最高速度は如何ほどだ?また、その移動法に余らを連れて行くことは可能か?」
俺らの最高速? それなら、センが一番早い。だけどあれは馬車を引いてもらわないといけない。そうなると馬車の耐久度が…。
…ん? と思ったけど、馬車は要らなくない?
ガロウの『輸爪』に紐でも括りつけて、その上に家を置く。こうすればほぼセンの最高速度と変わらないスピードで走れそうだぞ?
後で聞こうか。今は出来るかわからない。
「もっと早い移動法も思いつきましたが、現時点では馬車が一番早いです」
「半鐘程で、リャアンの国だった場所の首都、クワァルツから『シャルシャ大渓谷』まで到達できますよ」
「ふむ。それだけあれば十分だが…。もっと早い移動速度に興味がある。それなら?」
「同じ距離をさらに半分で走れると思いますよ」
たぶんですけど。でも半鐘は堅いですよ。あの子も賢いですからね。
「なら、それに同乗させてもらうことは可能かの?」
「可能です。ただ、そちらの移動方法が出来るかどうか、センに聞いてみねばなりません」
「わかった。なら、今すぐ行こう」
お早い決断で。いいことですけど。
「『シーツィ』、来てもらってそうそう悪いが、第一軍へ伝達を頼むのじゃ」
「畏まりました。して、内容は?」
『シーツィ』と呼ばれた人は水も飲んでいないはずだけど…。息が切れるどころかはきはきと応答してる。というか、さっきまで疲れていたはずなのに目が爛々と輝いている。皇后陛下に名ざしで頼まれたからか?
「全軍へ伝達。「国境へ進軍せよ」とな。余らの移動速度であれば戦闘開始前に十分に到達できる」
「ただし、人間とは戦火を交えることは禁ずるのじゃ。あくまで目標はジンデ、ひいては魔国の統一じゃ」
「はっ!」
水を飲んでいた方の伝令兵さんの首をひっつかんで、跳ねるように出ていくシーツィさん。
「ゆくぞ。ゆっくりしている時間はない」
「「了解です」」
「ルナ。悪いけど起きて。」
「ルナちゃん出番ですよ。」
「…にゅ?」
うるさかったはずなのに熟睡していたから不安だったけど、ちゃんと起きてくれたね。ただ、寝ぼけなまこ。
仕方ない。俺が抱くか。
「あ。習君。私がやりますのに…」
「ルナの抱っこは今まで四季がやってくれてたからね。たまにはやらせて」
少し不満そうな顔をしていた四季は、やれやれというかのように息を吐き、
「なら、お任せいたします」
笑顔でそう言ってくれた。じゃあ、行こうか。センのところへ。そして、皆のところへ。