192話 続々VSエルモンツィ
アイリ視点です。
また駆け出す。
《ワタシはどうすればいい?わたしはワタシにどうして欲しい?》
…安全地帯にいて欲しい。…それ以外に何もない。
エルモンツィを吹き飛ばしても浮遊鎌は変わらずそこにあって邪魔。…合流したくてこう動いてるのがバレてる気がするんだよね…。
《安全地帯…。わたしのそばしかないかな。わたしの中に入り込んで何かあれば困るし》
…ん。…ならそうしておいて。
《あぁ!後、ワタシが邪魔ならぶった切ってくれて構わないよ。わたしの鎌はワタシには効かないよ》
…どっちもわたしだから。…だね。
《ザッツライト!その通り!私…、エルモンツィはチヌカだから別だけどね!》
…だろうね。そうじゃなかったら今までの全部、茶番になっちゃうからね。
!
ガッ!
猛スピードで飛んできた白黒鎌をシャイツァーで受け止め…、きっちゃいたい。…でも、無理。上へ弾き飛ばす。…受け止められれば甚振る絶好の機会だったんだけど。
…今、ワタシ思いっきり狙われていたね。
《だね。心苦しいけど、任せた。ついでに黙っとく》
…黙っててくれるのは嬉しい。…気が散らなくて済む。
《おうふ…。辛辣!ま、当然か。あ、棒立ちはしないよ》
…当然だよ。…動けるのに棒立ちとか、わたしが率先して狩ってあげるよ。…でも、避けてくれるんでしょ? …なら、わたしが守るよ。
シャイツァーをわたしの右へ投げ、『死神の鎌』で浮遊鎌を落とす。
さらに強奪した鎌で…、
ギャリィィィン!
上から降ってくるエルモンツィ。それが掲げる白黒鎌を真っ向から受け止める。
…結構、上に飛んで行ったはずなんだけど、空中で捕まえたのかな? …よくやるよ。
「跳んだ勢いもある私を、受け止められるとでモ?私も舐められたものですネ!」
…まさか。
…でも、ちょっと予想外。…何で上から来たのを受け止めたはずなのに、徐々に上に鎌が持ち上げられてるのさ。
…っ、押し負けちゃう。
押しつぶされるように体の下の方から地面と接触していく。
…既にお尻をつかされちゃったけど、背中がつかなきゃまだ耐えられる。
「貴方のせいで浮遊鎌は今、ないですガ…。そんなものなくとも、これでしまいでス」
エルモンツィが左の鎌を構えて……、間に合った。
浮遊鎌を砕きながら戻ってきたシャイツァーが、スパッとエルモンツィの白黒鎌を持つ右手を切り飛ばす。足で思いっきり蹴り飛ばしッー!
また右肩だね…。刃に貫通されたけど斬り飛ばされてない。…まだ余裕で戦えるね。
『ロックランス』
もう一回吹っ飛んどいて欲しい。さらに『回復』…。ん。紙は消えたけど、傷は大丈夫。
忘れないうちに『火球』…。灼熱で健気にももぞもぞと動く斬り飛ばされた右手を塵に。
…さて、センと合流しよう。残された白黒鎌をシャイツァーと強奪した鎌で殴りながら…ね。
…誤差程度かもしれないけれど、浮遊鎌が多いような。白黒鎌を無理やりあいつから斬り飛ばしたから、浮遊鎌に集中力を割けるようになったのかな?
…そんなのだったら、最初から吹き飛ばされないようにすればいいのに。
…でも、あいつ、体の一部を切り飛ばされた方がいいからか、部位欠損への警戒が人に比べて雑。…兵力増強って考えている節がある。
近づいてきた浮遊鎌を避けて、払って、はたき落とす。さらに、白黒鎌をシャイツァーでかちあげ、強奪した鎌で落とす。白黒鎌が地面につくまでに、シャイツァーで時には浮遊鎌とエルモンツィ繋がりを断ち、時には刃を打ち砕く。周囲から鎌がほどほどに消え失せたらまた白黒鎌の刃を殴って打ち上げる。
…白黒鎌の同じところばかり殴るのもなかなか大変だね。
また来る!
ギャッリッ!
まず、強奪した鎌でワタシを狙う鎌を止めて…! って、エルモンツィ本人じゃない!? …切断された手だ。
…ってことは、逆だね。シャイツァーを回転しながら反対側に投げつける。開いた手で『火球』の紙を握りしめ、発動。鎌を動かす切断された腕を消し飛ばす。
スパッ
…投げたシャイツァーも止めれてないね。音が軽い。…どっかを切断しちゃってる。
鎌に視界が追い付くと、あいつの右足が宙を舞っている。
…あぁ、やられちゃった。回収されちゃった。足切断できても…、すぐに治っちゃうから、まるで割に合わないや。
『火球』
…もらえるものは貰っておくけどさ。紙が使用回数を越え、消滅。ついでに回転する足も消えた。…案の定。エルモンツィはもう既に新しい足を生やしてるけど。
《わたし。私、自傷しやがったみたいだよ!?…ぁ。ごめんわたし。黙ってるって言ったのに》
…無問題。…心配しくれてるんでしょ? …だから平気だよ。寧ろありがとね。…何回もやられるとウザいかもしれないけど。
《はっぐ》
…ごめん。でも釘は刺しとかないと。
「今のも対応して来ますカ…」
「…危なかったけどね」
…ついでに、センがいるであろう方向を毎度毎度丁寧に防ぐのを止めてくれると嬉しい。
…すっごく邪魔だから。…言っても無駄だから言わないけどね。
地面を踏みしめこちらへ突っ込んでくるエルモンツィの攻撃を避ける。避けるついでにその場で横に回転。浮遊鎌を叩き落し、エルモンツィを殴る…、
…のは無理だね。受け止められちゃった。…見切りをつけて後ろに飛んで下がろう。
エルモンツィの方に鎌を投げつけ、『ロックバレット』を展開。前ではなく後ろに飛ばす。…これでセンにもっと近づけるね。おまけだよ。
『ロックランス』
先に投げた鎌の後を追うように、巨大な槍を飛ばす。…あっ。…また紙が消えちゃった。使い方が荒いのかなぁ?
『死神の鎌』でシャイツァーをこっちにもどす。よってくる浮遊鎌は強奪鎌で砕いて…。
右手でシャイツァーを回収。回収ついでに手元でクルリ回転させ、軽く勢いをつけ、追いすがってくるエルモンツィが放った白黒鎌の打撃に叩きつける!
ガギャッ!
…相変わらず音が大きいね。エルモンツィは鎌を引きもせず、左の鎌が振るう。それをしゃがんで避けて、反撃に左の鎌を振るうと、浮遊鎌が割り込んで来る。
…右手が軽くなった…? …なるほど、次は白黒鎌で来るのね。
…真っ向から受ける!
ギャシャッ!
…やっぱり重い! 何とか流…ッ!? この状況で浮遊鎌!? …待って、左も!?
…仕方ない。雑にいく。左の鎌であいつの白黒鎌を強引に押し流す。軽くなったシャイツァーを放り投げ、エルモンツィの鎌を一瞬止める。地面を転がり左の鎌を回避。
…背中を斬られちゃったけど、死ぬよりはマシだね。…例え放置できない程度に重傷であっても。『回復』…。ん。癒えた。…けど、待ってくれるわけもないよね。
滑るように飛び込んでくるエルモンツィの一撃を伏せて回避。左の鎌の追撃を強奪した鎌で軌道を捻じ曲げる。さらに、巨大化させたシャイツァーを振るい、浮遊鎌を一網打尽に破壊する。
…ねぇ。ワタシ。センを探すことはできない?
《ふぇっ!?ごめん。無理》
「貰ったァ!」
…何を動揺してるのさ!?
…でも、ワタシはやらせない。白黒鎌をシャイツァーで受ける。…衝撃がっ、逆らわずに手を離す。
…あいつから距離を取ろう。ワタシを取られなかっただけよしでしょ。
《ごめん。黙ってるのに、話かけられるとは思ってなかった!》
うわぁ…。しっかりしてよ!
…ただ距離を取るだけじゃダメだね、『死神の鎌』で、あいつと鎌の繋がりを断ち切り、無力化しながら下がろう。
《うん、ごめん!しっかりするよ!で、話を戻すよ。センを捜しに行けないのはね、ワタシがわたしか、私から離れられないから!なのさ!今はわたしにひっついてるけど、わたしから離れられないの!》
…なるほどね。…把握した。…自力でやるよ。
《ほんとごめん!》
…気にしないで。…ちゃんと理由と一緒に言ってくれただけ有難いよ。
エルモンツィに強奪した左の鎌で斬りかか…るふりをして、滞空するシャイツァーを回収。
振るわれていた一撃をよけ、その瞬間に左の鎌を振りぬく。…む。受け流された。なら、次はシャイツァー。
…止められたね。手を離して蹴る…のは止めよう。…鎌で受けられると絶対斬れちゃう。
鎌が振るわれる。その下を潜り抜け、シャイツァーを置き去りに。
『死神の鎌』を使って滞空させておいて、上からくる白黒鎌を強奪鎌で流し、その場で横に回転。立つついでに浮遊鎌を薙ぎ払う。
…これでシャイツァーとわたしで、エルモンツィを挟む形を作れたね。シャイツァーを『死神の鎌』で、強奪鎌を左手で動かし、心臓付近を前後から同時に突き刺す!
……やっぱり硬いね。…貫通すらしないってどうなってるのさ。
鎌を左右別々に滑らせて縦に切る。エルモンツィの腕が切り飛ばされ、間髪入れず『火球』を放って腕を塵に。…今ので『火球』も消滅しちゃった。…そろそろマズイかな。
余勢をかって蹴りを入れて吹き飛ばす。あいつと強引に距離を取って…、
『ロックバレット』
センのいる方向の浮遊鎌を破壊して道を拓く。…拓いたのは良いけど、蹴りだと復帰が早いね。こっそり素早く移動してきたエルモンツィの白黒鎌の一撃をシャイツァーで真っ向から受ける。
…ん。止めるのはやっぱり無理だね。早々に『死神の鎌』に切り替えて、強奪鎌と『死神の鎌』で浮くシャイツァーと挟む。
…こっちもこっちで硬いね。…胸がおかしいのか、刃がおかしいのかどっちなのかな?
…そんなのはさておいて、いい加減ヒビが僅かにでも入ってくれればいいのに。
『壁』
強引に白黒鎌を挟むことで出来た隙はお父さんたちの力を借りてつぶす。エルモンツィの左の鎌の動きを遅らせ回避。
バギャッ!
…また一瞬しかもたなかったのね。紙一枚消費してつくれるものなのに…。…気を取り直そう。
『ロックバレット』
使用限界を超えた紙が消え、代わりに岩の礫がわたしの上に展開、それを発射。
礫がエルモンツィの周囲の浮遊鎌を粉砕し、落とす。それにわたしも追従して、シャイツァーを口で回収。そのまま脇を抜ける。シャイツァーを巨大化させながら…、『水球』と左の奪った鎌で浮遊鎌の刃を破壊。道をこじ開ける。
…あぅ。『水球』も切れちゃったか。…これでもう、まともに紙はないね。『ホーリーボール』1発ぐらいと、『壁』それに『回復』3枚。…これで全部。
…いい加減、合流しないとまずい。不味いけど…、口から右手にシャイツァーを移動させ、後ろに振りぬく。
ガギャッッ!
この一戦で何度聞いたかわからない聞きなれた音がまた高らかに響く。…やっぱりあの程度じゃすぐに喰らいついてくるよね。
流して、流して避けて避けて、逆撃。それが流され、流されながらもシャイツァーで突く。それが回避されたのを見届けて、強奪した鎌を上へ放り投げて…、
シャイツァーをさらに巨大化。両手を使って勢いよく真上から真下へ振るう!
バギャギャギャギャッ!
始動直後から鎌が圧殺される音が鳴る。…重力に任せて大丈夫だね。
『壁』
『回復』以外の最後の一枚。足元につくって飛び上がり、強奪した鎌を回収。
…少し高いから周りが見やすい。…気がする。…鎌の密度が高くて変わらないかな? …いい加減、センが見えてもいいはずなんだけど。見えないね。…鎌が邪魔。
…でも、わたしを囲む浮遊鎌が構成する半球がセンたちのモノと混じり始めているように見える。…近いね。
着地。足元の壁を破壊しようとするエルモンツィを無視してシャイツァーを回収、大きいままのシャイツァーをエルモンツィに力の限りぶん投げる。
多少強引にでも浮遊鎌を抜けて、強奪鎌で浮遊鎌を叩き落す。…シャイツァーであいつと浮遊鎌の繋がりをある程度断ってやれば見えるはず…。
《わたし!浮遊鎌が力を急速に失ってる!》
わかってる! でも、ありがとね。
…わたし、ここまでやる気はなかったんだけど…。となるとやったのはエルモンツィ。
…あいつ、わたしのシャイツァーで自分から接続を切りやがったね。…ここは半球と半球の混合地域。だから、浮遊鎌の密度も高い。…それを使ってくるとは。
上の鎌が一斉に地面に、ひいてはわたしに落ちてくる。そして、後ろからはエルモンツィが突っ込んできてる。
…この状況で上も後ろもなんて欲張ってらんないね。…仕方ない。エルモンツィのだけ受ける。
エルモンツィの渾身の一撃をわざと空中で受け、凄まじい衝撃でわざと後ろへ吹き飛ばされる。
…距離は取れる。でも、吹き飛ばされつつ浮遊鎌と衝突するから、体中に傷が出来ちゃう。
『回復』
…一回、『回復』してもまだ止まらない。
落ちてきた鎌の根元が頭に当たる。刃が胸に刺さり、すぐさま別の鎌に衝突してポロリ抜け落ちる。
『回復』
…今のは駄目だね。たぶん心臓に刺さってた。げぐっ…。地面に叩きつけられてコロコロ転がる。振ってきた鎌の上を転がるせいで細々刺さる。
なんとか立って鎌で上を薙ぐ。『死神の鎌』でシャイツァーにこっちに来てもらって…、
「これで終わらせまス!」
…自分の鎌は刺さらないなんて反則だと思うな。…真っすぐわたしに突っ込んできてるね。ワタシは眼中にないと。
回避しようにも足場が悪い。やりたくないけど鎌で…、って、下が動いてる!
《鎌で触れたんだよ!》
ちょっ…。受けるのも流すのも不可能。…なら! 強奪鎌を叩きつけ、軌道を曲げる。叩きつけた勢いで回転して白黒鎌も…、あ。失敗した。下に逸らしてやってどうするの!?
跳ね…、ぐらっと足場がふらついて、跳躍が遅れる。
――――――!
『回復』
声にならない痛みを抑えて、すぐに新しい紙を使う。完全に今、一瞬ではあるけれど切断されちゃってたね…。
「ちょっ…、そんなのありですカ!?」
「…わたしのお父さんとお母さんだからね。」
…だから部位欠損でも治せるよ。…回復というより、時が戻った気がしないでもないけど。
…とはいえさすがに荷が重かったのか、新しい紙なのに一回で消えちゃったけど。…一から再生したわけではないんだけど。
追撃を受けないうちに、治療した足でしっかり大地を蹴って下がる。後ろに強奪鎌を放り投げ復活した浮遊鎌を破砕。距離を詰めてきたエルモンツィの攻撃を避けてれば…、
…よし。来てくれた。…わたしが思ってたより早かった。不安定な足場に負けないように、全力で足に魔力を回して…、いつもより1 mほど高く飛ぶ。
跳んだわたしの下を白い球が通過。空中でクルリ一回転して、ポスっとセンの上に乗る。
「…ありがと」
迎えに来てくれて。
その声に、センは口に加えていた強奪した鎌をポイっと放り投げ、わたしに返すことで答えてくれた。
「ブルルッ!」
『回復』
互いに回復させ合う。…今ので紙がまた消えちゃったけど、仕方ないね。…センもかなり無茶をやらかしたみたいで、体に傷がいっぱい出来てた。
「…魔力は?」
「ブルッ!」
「ある!」……でいいよね。…きっと障壁分ケチったね。…鎌の雨を防ぐには馬鹿にならない量を要求されるだろうけど、よくやるよ…。
…それもこれも「勝つため」なんだろうけどさ。
「…やるよ」
「ブルルッ!」
…これ以上の言葉は不要。早急に終わらせる。これ以上はキツイ。
センに乗ったまま右手のシャイツァーをクルクル回転させる。センがバリアを軽く展開しつつ、鎌を踏み砕きながら二人でエルモンツィの右側を駆け抜ける。
すれ違いざまに振るわれた鎌は強奪鎌で流し、追撃が来る前にあいつの周りをくるっと一周。『死神の鎌』でシャイツァーをエルモンツィ周辺に滞空させ、巨大化させる。…これであいつの浮遊鎌は悉く落とせた。
元居た付近に戻ってきて、キュッとセンは向きを変える。そして、浄化魔法をほどほどに、だけどわたしとエルモンツィを結ぶ線は遮らないように、うまく調整しながら放ちながら突進する。
…聖魔法の回避を強いる状況。ここでこれみよがしに『ホーリーボール』を出せば…。
狙い通りだね。回避行動取ってくれた。…そう出るのがわかってれば、
「またですカ!」
左手で持ってた鎌を投げて、白黒鎌を持つ腕を切断するのはわけない。
大きいままのシャイツァーをこっちによせて回収。センは進路を微調整し、変わらずエルモンツィ目がけ突進。…エルモンツィにとって回避不能、鎌の回収も不能。そんな状況。
そこにセンが突進し、あわせてわたしも巨大化したシャイツァーの背で渾身の一撃を入れて、エルモンツィを吹き飛ばす!
「浄化して!全力!」
言い放ってセンから飛び降り、体重を乗せて鎌へ一撃。
…やった。やっとだ。今まで集中的に同じ位置を狙ったかいがあった。…何回も何回も、わたしの鎌とぶつかり合った白黒鎌の中央。そこが僅かに。だけど、確かに欠けた。
「ブルルッ!」
白黒鎌、それと切断された腕目がけてセンが白い光を放つ。一呼吸する間もなく腕は消えた。…けど、鎌は駄目そう。
《そうだね。ぜんっぜんダメ!全然だめだよ!》
…その勢いは何なのさ。やることやらなきゃ。魔力を紙に回して…。
回して…、あれ? ……あぁ。紙の方が限界なのね。魔力はまだ余ってるんだけど。…どうしようもないよね。
『ホーリーボール』
諦めて発射。…紙が優しい光に包まれて消え、その光がそっと鎌を包み込む。…どうだろう?
《たぶん無理~~》
…ねぇ、ワタシ。何でさっきからそんな確信がもて……あ。あぁ。
《察した?そーいうこと。悪いけど、魔力おかしい一人と一頭で片付くなら、ワタシはこうはなってないんだよね》
…だよね。エルモンツィは呪いで堕ちるところまで堕ちた勇者だったんだしね。…となるとさ。
《そうだね。感じてる通りだと思うよ。残念ながらお馬さんが全力でやっても足りないよ?》
…だよね。わたしが出来る事は何かないかな? …わたしはそこまで諦め良くない。…でも、紙はもう『回復』この一枚だけ…。
……使えるかな? …『回復』だから、お父さんお母さんがくれた紙の中でも特に質がいいのは間違いない。
…明らかに本来の使い方から逸脱しているような気がしないでもないけれど、さっきの足切断を考えればいけそう。
…「時間を戻す」とか「正常にする」とかだと逆効果になりそうだけど。…さすがにこの鎌が「正常状態は呪われてる状態です!」なんてわけないだろうし。
…『解呪』じゃなくて『回復』。だけど「呪われたものを清浄に『回復』させる」こう考えればきっと行けるはず。
…紙に魔力を流して……これも限界早いね。
『回復』
センの光に加えて、紙から出た光が白黒鎌を包む。…どうなるかな?
《お馬さんの分を除くと少し進んだ。そんな感じ》
…だね。…『回復』の光が晴れたら白黒が少し減った。気がする。その程度。…割に合わない。けど、やれることなんだからやる。
『回復』『回復』
…これも3回でダメになっちゃうのね。魔力はまだ2割ぐらい残ってるんだけど…。
《呪いはまだまだ消えません》
…お父さんとお母さんに聞かせてもらった童話的な言い方止めて。
「…いけそう?」
「ブギャッ。ブルル…」
…何を言ってるのかよくわからない。…よくわからないけど…。
《あかんやつだ》「…ダメみたいだね」
それだけは確か。…マズイ。本格的にどうしよう。センは間違いなく全力でやってくれてる。…それこそ魔力を使い切るほどに。
…でも、確実に足りない。全く足りない。…ついでにエルモンツィが戻って来るまでが期限だから、時間も足りない。
《だー!もー!仕方ない。下手したら自爆るけど、構わないよね?ワタシだってなんとかしたいんだい!》
…ん? 自爆? ……あぁ。
《…ごめん。ワタシ。お願いする。…ここでわたしは止まるわけにはいかない》
《いーよ。気にしないで。わたし。既にワタシは終わった人間。此処にいるのも性格すら変わった残痕さ。…わたしと話をする時間が無くなるのは悲しいけど》
そこで言葉を切ると、キッとワタシはわたしを見つめてくる。息を呑むほどに澄んだ顔。…死ぬ覚悟は、消える覚悟は出来てるんだね。
…わたしも最悪は覚悟できてる。
《ふふっ。大丈夫。わたしならいけるよ。だから、最期に一つだけ。もう一回言わせておくれ。ワタシはわたしに干渉する気はない。「ワタシはワタシ。わたしはわたし」だ。だからさ、思いっきり、わたしが、貴方が、幸せだと思うように生きて!》
パッと顔に大輪の花を咲かせると、わたしの返事を待つことなく、アリアは、ワタシは、すっとわたしの中に入って来て、わたしの欠けていた魂の一部を埋めた。
…わたし自身でも驚くほど滑らかに。
…ワタシが明確にわたしとワタシを分けようと、わたしに影響が出ないようにしよう。…そうしてくれていたおかげ…だね。
えっと、鎌の名前は…『呪断■幸■鎌 カクトぺ・■ピイズ』…ね。…完全に伏せ字を剥がしきるにはやっぱり足りてない。
…でも、これで十分。
「…ありがと。休んでていいよ。わたしに任せて」
「ブルっ?…ブルルッ」
わたしが声をかけて軽く撫でると、センは弱弱しく鳴き、安心したのか崩れ落ちるようにその場に座り込む。
「わたしはわたしの思うが儘に呪いを断つ。そのための力をここに」
簡潔に詠唱。…長々とする時間なんてない。これでいく。魔力は0.8割くらい持って行かれたかな?
…明らかに少ない。少ないけど…、ここまでやってくれているなら、わたしなら、大丈夫。
『呪断』
お父さんとお母さんから教わった言語。ワタシのかつて使っていた言語。それを鍵に魔法を発動させる。
? …鎌の刃が光ってる? あぁ、陽日の光を反射してるのね。
陽の光でキラキラ輝く鎌で、白黒鎌の刃の部分をツーっと一周するように撫でる。そして、わたしが作った欠損部に刃を差し込み、全力で振り上げる。
白黒鎌は引きずられるように持ち上がり、クルリクルリと回転しながらあの汚い白黒をまき散らす。…まき散らされてる白黒は溶けるように消えていく。…浄化完了だね。
となると……見つけた。白黒の中からシャイツァーで拾い上げる。…拾い上げたその、綺麗な黒色をした小球をわたしの胸に勢いよく押し当てる。
………。…? あれ? おかしいな。予想してたような衝撃がない。…消えちゃったワタシが何とかしてくれたのかな?
…何はともあれ、わたしの魂の破片は回収できたね。シャイツァーも…、
『呪断結幸双鎌 カクトぺ・リピイズ』
…ちゃんと伏せ字が消えた。…字が変化した気もしないから、増えた伏せ字は「双」だったのね。
…強奪してあれこれした時点でわたしの鎌認定されてたのね。…なら、左の子は『カク』、右の元からいたのは『リピ』とでも呼ぼうかな?
…遊んでる場合じゃないね。終わらせよう。
「わたしはあらゆる不条理を断ち、望む未来を繋ぎ、結ぶ。わたしと、わたしの父と母の名のもとに、双鎌よ、力を貸して。わたしが捧ぐは、わたしの魔力。今、ここに全ての障害を断つ力を」
…魔力が両方の鎌にグングン引き出されて、残り0.2割ぐらいで止まる。
「ヤラセルカー!」
…声が変わったね。全部、わたしに戻ったからか?
…でも、もう遅いよ。…これで全部終わりだよ。私
左のカクで白黒鎌を強烈に殴りつける。カクがふわりわたしの手から離れ、わたしが位置を調整する。
飛ばされて回る白黒鎌を跳んだわたしが上からリピで、下からは『死神の鎌』を使ったカクで挟み込む。二つの鎌は過たず破損部に命中し、ぴったり噛み合わさると、一切の抵抗を許さず、白黒鎌の刃を両断。そこを起点に巨大生物の顎に噛み砕かれたようにボロボロに朽ちていく。
「グゥゥウゥゥゥウ!」
…鎌が無くなっても、まだ飛びかかってこれるのね。…動きが鈍くて脅威にならないけど。
「…おやすみ。ゆっくり休むといいよ」
…放っておいても死ぬけれど、私の首を刎ね、胸を穿つ。
瞬間、私の全部が、わたしを残して消え去った。
「ブルルッ!」
「お疲れ!」……かな?
「…大丈夫?」
「ブルッ!ブルルルッ!」
「走れるくらい元気だよ!」…でいいのかな? 頷いてるし、たぶんそうだね。
「ブルルッ!」
「おねーちゃんは!?」……かな? …返事を聞く前に乗れと言わんばかりにしゃがんでるから、合ってそうだね。
…わたし? わたしは大丈夫に決まってる。
颯爽と、でも優しく乗ると「そう来なくっちゃ!」と言わんばかりに軽く鳴くと、湖を迂回して世界樹の元へ走り出す。
…早く二人と合流しないと。