182話 世界樹
前回に引き続きグロめかつ、前回より描写が鮮烈です。ご注意ください。
世界樹の根元に広がる空間。その全体があますところなく鮮血に染まっている。だが、その赤は同じ色ではない。出血後すぐの赤を保っている箇所もあれば、かなり酸化が進行し、ほぼ黒に近くなっているところもある。
そんな場所の上に、鮮やかな紅色の肉塊や、腐敗して腐り落ちて悪臭を放つ肉。そして、肉が完全に自然に還ってしまったため、残された骨──長時間血に晒されたからか白色ではない──が散乱し、場所によっては堆く積もっている。
極めつけに、血の池がある。それも囲いが肉で出来た。
そんな地獄のような風景の中で、目の前で繰り広げられる光景はまさに地獄そのもの。
天まで届かんばかりの大樹。その大樹が忙しなく身をよじるたび、樹に生ったおそらくエルフになるであろう肉塊が吹き飛ばされてぐしゃっとつぶれ、エルフになった肉塊も吹き飛ばされて地面に叩きつけられて命が消える。
それでもなんとか立ち上がったエルフさん達も少数ながら居て、彼らは大樹の根元目がけ一心不乱に走り、押しつぶされて血の花を咲かせる。
「皆、大丈夫?」
「最悪、魔法を使いますが…」
普通の魔法なら精神の傷は癒せない。だけど、俺らのシャイツァーであれば、今の精神状況であれば出来るはず。普段なら絶対にやりたくない手段であるがゆえに使えないだろう。だが、この光景はそれを覆すぐらいに酷い。
「…わたしはまだ平気。皆が少し心配」
アイリはまだマシか…。ん? 服を引っ張ってるのは?
「ん」
ルナか。家を大きくしてくれたのね。ルナも辛そうなのに…、ありがとう。
「一旦、中に入って!」
「テェルプさんも申し訳ないですがお願いします!」
「貴方がたの望みであれば」
家の中に避難。するその前に!
ペンを右から左へ振りぬき、飛んできた肉塊の射線を曲げる。薄々そんな気はしていたけれど、この飛んでくる肉塊やエルフは、近づくものを傷つける意図で飛ばされてる。胸糞悪いが実に効率のいい潰し方だ。
「習君!中に!」
「ああ!」
少しの間バリアに頼らせてもらおう。さっき一度やったとはいえ、進んで肉塊を潰したいわけではない。
家に駆けこみ、後ろも見ずにドアを閉めれば、外から「ベシャシャッ!」と嫌な音が聞こえてくる。外の光景は…想像したくないな。
次は吐ける準備。まず、汚れてもいい場所を作っ
「ガコン!」
……作る前にルナのシャイツァーが何とかしてくれた。前まで家の内装が変わった時、こんな音は鳴っていなかったはずなんだけど。ありがたく使わせてもらおう。
俺らのよく知る水洗トイレが都合よく2つ追加されている。暗黙のうちに俺がガロウに、四季がレイコについて二人を介抱する。他の子も見ておく必要があるけれど、この二人の対応が喫緊の課題だ。
「私のことはお気になさらず。大人しく待っていますから」
「「ありがとうございます」」
今にも飛び出したいだろうに、テェルプさんはそう言ってくれた。
とりあえず、ガロウの背中をさすってあげよう。…介抱の仕方はこれ以外に知らないのだが。
「ガロウ。我慢しなくていい。した方がたぶん悪化する」
「た…ぶ、…ん?」
「うん。医学知識は知ってるけど物凄く詳しいわけじゃないから…」
「ないんかい!おげげぇぇ」
ツッコめる元気があるなら、まだマシなほうか。この年で、意識もある。だから、大丈夫だろうけれど、喉を詰まらせないでね…。
さて、アイリ達の様子も見ておかないと。…でも、見る限り平気そう? 顔色は大なり小なり悪いけれど。あぁ。そうだ。これは言っておかないと駄目かな。
「アイリ。無理して飴を食べなくてもいいよ」
「気分が悪い時の甘いものは、経験上最悪ですから。捨てたくないならお皿を出しなさい。その上に置いておけばいいです」
「…わかった」
「何で、わかったの!?」みたいにアイリは驚いた顔してるけど…。俺らだってアイリの心を推し量ることは出来るからね? 顔とか、動作から。ちゃんと見てるからね?
…まぁ、流石にアイリが俺らに対してやってるレベルは無理だけど。…というかアイリのレベルがおかしい。
心の中でツッコんでいるうちに、アイリは手ごろなサイズのお皿を机の上に置いていた。その上に見えないように隠しながら飴を置いた。後は包むだけ…、あれ? まだあるの?
置くような動作をして、さらにもう一つ。…一体どれだけの数を口の中に放り込んでいるんだろう?
「4つだよ」
心を読む元気はあるのね。…でも、おかしいな。普段のアイリなら一粒ずつ、それも噛まずに完全に溶かしきってから、もう一つ食べるのに…。
アイリは俺の心の中を読んでいて無視しているのか、飴に集中しているのかはわからないけれど、何も言わずに慎重にそっとキャップを被せた。そのまま時間の止まるカバンに放り込んで…。ん?
「何やってるの?」
「…え?もう一枚被せようと思ってる」
こっちがおかしいみたいな顔をされても困るんだけど…。どう見ても全部キャップで覆えているんだけど…。しかもかなり余裕ある。
「一枚で十分では…?」
「むぅ。お父さんとお母さんが作ってくれた飴だよ?これくらい普通だと思うけど…。この一枚の追加でやめとくね」
追加で一枚。合計二枚のキャップに守られた飴をアイリは殊更丁寧に鞄の中に戻した。…何も言わなければ、さらに何枚追加する気だったんだろうか。この娘は。
「おねーちゃんが顔色悪いのはー、いがーい」
「わたしだってそう思ってる。だけど、視覚、聴覚、嗅覚の3つ全部をこの規模で、しかも激しく揺さぶられることなんてなかったから…」
アイリは自己分析する余裕もあると。大丈夫そうだな。だって、アイリの推測も合ってるだろうし。一つ一つの感覚ならこれに匹敵するほど揺さぶられるような修羅場はくぐっているはずで、3つ全部揺さぶられることもあっただろう。けれど、この規模だから。
後、アイリは言ってない……というか、気づいていないだろうけれど、無意識の恐怖もあると思う。俺らに会う前の感情の薄いアイリなら「死」を恐れなかっただろうから。
「でも、そう言うカレンはどうなのさ?わたし、カレンならいけそうだと思ってたんだけど?」
「ボク?ボクはー。わかんないなー。へーきだと思ってたんだけど―」
戌群で戦争は見てるものね。そう判断しても不思議じゃない。
「りゆー。わかるー?」
こっちに飛んできた。それくらいならわかるかな?
「経験値が足りてないんじゃない?」
「けーけんちー?」
「はい。経験値不足です。もしくは許容量超過」
経験値不足も、許容量超過もほぼ同じだけど。早い話が「慣れろ」。
「そっかー」
「まぁ、「慣れ」がいいことか悪いことかは分かりませんが。今回のような状況でなくともです」
「一般的な状況だと、慣れは油断を招くからね」
油断大敵。つまりはそう言う事。
「今回のばーいはー?」
「人間性の喪失…かな?」
「ですかね?」
戦争映画とかでたまに言われているモノそのもの。ああいう場面は好きではない。よく見る状況であるはずなのに「慣れたからな」と寂しそうに言う役者さんの顔は色んな映画で見るたびに心を抉られる。
「後は…、中途半端に経験があるからか?」
「それ…、さっきといっじょじゃ、ねぇの?」
無理しないでね。ガロウ…。
「そう聞こえるでしょうが、その中身が違うのです。ルナちゃんは全く知らないがゆえに皆よりマシ…、いえ、アイリちゃんと同じくらいの辛そうさで済んでいますから」
これが「酷い」景色だ。そう知っているならば、頭も酷い景色だと判断するだろうし、その基本となる光景と比較も出来る。比較した結果、異常に酷ければショックも大きい。
…そう考えると、ルナは平気かな? 「酷い」「エグイ」の基準がこれになると、大抵のことはそうじゃないぞ?
…頑張るしかないか。さっきそう決めたんだから。
「おとーさん?おかーさん?」
「ん?ああ。ごめん。ただ、あくまで俺らが外見から判断する限り。だからね」
少し思考を飛ばしていたら心配されてしまった。
急いで答えたけど、間違いではないはずだ。
アイリは取り繕うのが上手いが、ルナは幼いからか下手…、というかフルオープン。だから実態は分からない。アイリの方がマシかもしれないし、ルナの方がマシかもしれない。感情なんて当人同士ですら比べようがないから大小の判断なんて出来ないけれど。
「ルナがつらそーなのはー?」
「生理的嫌悪感」
「でしょうね。おそらく」
知らないはずなのに気分が悪そう。ならこれしかないだろう。
「それって勘だよな?」
「うん」「はい」
専門家じゃないから…。
「って、無理にしゃべらないで良いからね?」
「わかってる…。うげぇ…」
天性のツッコミ気質なのかな…。この子。思い返してみると、レイコに多々止められている時があるし、自分でも「ハッ!」とした顔をしているときがあるから、そんな気がする。
「生理的嫌悪感ってー?」
「無意識に感じる嫌な気持ち…ですかね。」
「今回の場合、外の光景が「死」に強烈につながる。だから恐怖を掻き立てられたんじゃない?」
死は生き物が本能的に避けようとするもの。死は恐怖を招き、恐怖はストレスを呼び込むと聞く。強いストレスが胃を破壊するのは間違いなく知識としてある。吐き気に繋がっても不思議じゃない。
「お母様方はどうなのです…?ううぅ…」
「無理に口を開かない方が良いですよ。よしよし」
「質問には答えてやってよ。うげぇ…」
「さっきも言ったけど、無理に喋らなくていいからね?」
わかってるだろうけどさ。まずは答えてあげよう。
「私は少しくるものがありましたね」
「俺も」
四季が先に言ってくれたから便乗しよう。
「ちょっと食道付近がもやもやした…ぐらい?」
もう少し酷ければ酸っぱいものがこみあげてきたかもしれないけど。それくらい…?
「何でそんな…、平気なんだよぅぅ…」
「「さぁ…?」」
元からこうだしねぇ…。あ。ガロウは喋らない方が良いよ。もうかなり落ち着いてきたみたいだけど、ぶり返してきたら笑えないからね?
「「お前、人よりこういうやつに耐性はあるな」ってタクには言われた」
後、何かぶつくさ言ってたような気がしなくもない。聞き取れてないけど…。
「タク?人?」
「うん。俺の、親友」
ルナは知らなかったか。親友…親友でいいよね? 割とずっと一緒にいるし…。これでただの友達って言われたら逆に笑う。
「「うぅぅ…」」
そろそろかな?
「「治まった!」」
「それは良いけど…」
「無理して声をあげないように」
ぶり返してきたらどうするのって言っ…てないわ。
「また悪化したらどうするのさ?」
「そうだったな…。ごめん。アイリ姉ちゃん」
「申し訳ありません。お待たせするのが嫌だったので…」
そう言われてしまうと、怒りにくい。
「ボクの心配してくれるのはいーけど、世界樹よりもー、おとーと、いもーとの体調のほーが、大事だよー?」
「…やっぱ、カレン姉ちゃんも父ちゃんらの娘か」
「そーだよー。だからはんせー」
言いながらカレンが緩く二人の頭をはたいた。ありがと。カレン。代わりにやってくれて。
「とりあえず、俺はもう大丈夫。」
「私もです」
「ボクもー」
「…わたしも」
あれ? いつの間にかアイリが飴食べてる…。しかも机の上見る限り途中で食べるのやめたやつ。…あそこまでガードする意味あった?
「…お父さん。お母さん。次の行動を」
「ん?あ、ああ。そうだね」
固まってしまったのは半ばアイリのせいだけどね!
「テェルプさん。現状の説明をお願いいたします」
「了解です。ですが、先に言わせてください」
? 何だろう?
「私の記号を呼ぶ際に「さん」などの敬称は不要です」
「そうですか…。ですが、貴方には「さん」を付けさせてください」
「私もです」
敬称の付け方なんてかなり適当な自覚はある。だけど、付けさせて欲しい。…今のテェルプさんの「記号」という言い方は悲しすぎる。…完全に俺らの我儘だけど。
「左様ですか。では、呼び方は皆様の御随意に。少々気になっただけですので」
キリッとした表情を一切崩さず、そう言うと、さらに言葉を続ける。
「では、話を戻させていただきます。とはいえ、我々としても完全に把握できているわけではないのですが…、我々が把握している限り、現在、世界樹は何者かに乗っ取られようとしております」
「いつからー?」
ハイエルフであるカレンは、そこが気になるか。
「詳しくは分かりかねます。ですが…、我々としては不覚としか言いようがありませんが…、おそらく100年以上は前かと…」
「そっかー。何でボクが気づけなかったんだろー」
「カレン様。それは致し方ありません。貴方が誕生されたのは少なくともここ50年でしょうから…。既におかしくなっているモノしか見ていない貴方なら気づけなくとも仕方ありません」
テェルプさんがカレンを慰めてくれた。彼から言い出してくれたのはありがたい。俺らが言っても所詮部外者だからな。
でも、何で50年? 俺らそんな年取ってるように見えるかな? 最悪でも、精々20代後半だと思うんだけど。
「…50年前に何かあったの?」
「エルフ領域に結界が張られてしまいまして…。その際にようやく異変に気付いたのですが、その結界を超えてしまうと、我々エルフはどうやら全ての記憶が欠落し、エルフ領域から離れようとするようです。そのため、結界を超えて戻ってきたものはおりません」
それでか。それでアークライン神聖国にいたドーラさんとその妹は二人とも記憶喪失だったんだ。
「ボクが産まれたのはつい最近だけどー?6カ月くらい前―」
「比較的最近ですね…。世界樹が暴れて揺り籠がファヴェラ大河川に落ちたのでしょうか?」
「揺り籠ですか?」
確かにカレンが入っていたのは蕾だけど…。
「ええ。揺り籠です。ハイエルフはその揺り籠に十分な愛を注がれるか、揺り籠周辺の十分な愛を感じ取ると誕生します」
「ボクはずっと温かいのを感じてたけどー、産まれる直前が一番温かったー!」
いちいち言わなくてよろしい。蕾が寂しくないようにやってたあれこれも間違いなく意味はあったのね。…やっぱりトドメは最後のお風呂らしいけど。
「あ、あの、では、エルフはどのように?生まれるのですか?」
赤面する四季が尋ねる。
「あのように木に直接生ります」
そんな四季の様子を一切意に介さず、テェルプさんが指さす。…世界樹があるな。しかもさっきと変わらず全力でグルグル上部を振り回している。
「…あれで産まれますか?」
「根性が足りない、もしくは運が悪いと肉塊のまま吹き飛ばされて、転生します。耐え切れば産まれます。…産まれる際も経験不足だと、吹き飛ばされる勢いが強いため瀕死になりやすいですが」
それは…。
「おかしくねぇ?」
「おかしいからこそ皆様が来てくださったのでは?」
返す言葉もない程の正論。
「エルフを産むという機能が生きているのは幸いですが「乗っ取られようとしている」のです。生ったエルフを吹き飛ばすのは首謀者の意図でしょう。現に世界樹内部に入ることすらかないませんから」
それで|乗っ取られようとしている《現在進行形》だったのか。カレンが感じたのが断末魔ではなかったのは間違いなく、幸運。でも、
「私や習君が見たところ、呪い…、言いかえると瘴気ですが…、その浄化も出来ていなさそうですが?」
「我々の死体が大量にありますからね…。確実に許容量を超えているのでしょう」
瘴気の浄化装置。それが世界樹。だから近づけば濃度が上がるのはおかしいことではないと思っていたけど…。やはり機能不全を起こしていたか。あまりにも濃度が高すぎる。これではまるでチヌカがいるかのよう。
…ん? あれ…? まさかとは思うけど、ひょっとするとひょっとする? 根元の血しぶきがえぐいのは入り口があるからだとは思っていたけれど、まさかチヌカも?
「ハイエルフであるカレン様と皆さまであればおそらく世界樹の中に入れます。申し訳ないですがお手を貸していただきたい」
「そのつもりで来たので構いません。それはそれとして、入り口付近に「チヌカ」いませんか?」
とりあえず聞いてみる。いつもの白と黒の汚い色は見れていないけど…。
「ああ。いますよ」
やっぱりか。色を確認できなかったのは血が多いし、瘴気も濃いからか。
「彼女が誰かはわかりませんが。どうも目的は同じようなので放置しています。我々も彼女も入り口で止められていますので」
目的が一緒? それは変だ。チヌリトリカのこの世界への侵攻が住みやすい土地の獲得なら、寧ろ世界樹を進んでへし折ってもいいはずなのに。
「それでもー、チヌカを中に入れるわけにはいかないよねー?」
「だろうね」
「ですね。何をされるか分かったモノではありません」
「ならー、行こー!」
だね。そろそろ行こうか。立ち止まっていても解決するわけでもない。手遅れになる前に動こう。
「皆もいい?」
カレンを除く皆に聞いてみると、全員すぐさま首肯してくれる。よし、行こう。
「あ。この家のまま突撃するのはおやめください。カレン様や皆さまが判別されないので、おそらく入り口が開かないかと」
一番楽な手段が封じられた! …まぁ。それもそうか。カレンはハイエルフ。俺と四季は勇者でラーヴェ神の縁者。レイコは繋がりがよくわからないけど神獣。だから、この4人なら開いてくれそう。
でも、家の持ち主であるルナは公称皇帝(しかも確証なし)ってだけ。向こうで開かなくて、てんやわんやする必要もない。
「大人しく空を飛ぼうか」
地面はガタガタってレベルじゃないからな。
「ですね。ガロウ君。『輸爪』をお願いします。習君、ルナちゃんは私と相乗りさせます。ね」
「わかった。俺はそのフォローをする」
ルナだけを『輸爪』やセンに乗せるとか不安しかないものね。
「皆はどうする?」
「俺は『輸爪』で」
「私はガロウに相乗りさせていただきます」
「ボクは飛ぶー!」
「…わたしはセンに乗る」
カレンはいつもの。アイリはセンね。二人ともガロウの負担を減らす方向に動いてくれてるね。ありがとう。
「テェルプさんは?」
「放っておいていただければ勝手に玉砕しますが…」
「俺と相乗りしてください」
「お願いいたします。」
抵抗せずに従ってくれた。「勝手に玉砕します」って言われて放置できない。貴重な話をしてくれたエルフ領域に詳しい人でもあるのに。
「さ、この中でやれるだけ準備しますよ!」
四季の号令でそそくさ準備。家に入った当初、バリアを叩いていた音は既に止んでいる。おそらく出た瞬間に攻撃してくるつもりだろう。
テェルプさんを『輸爪』の後ろに乗せる。『輸爪』の制御は俺がする。
「先頭行きますけど、いいですか?」
「ええ。御随意に」
許可は貰った。貰わなくても一切文句を言わないだろうけど、俺の気持ちの問題だ。
「行くよ!ついて来て!」
先頭は俺と四季。一番危ない先頭を走るくらいはやらせてほしい。ドアを開け放ち、勢いよく飛び出すと、視界が一瞬にして鮮やかな紅に染まる。
随分なお迎えで。エルフと認識できる肉塊の比率が高い辺りいやらしい。精神攻撃は基本ってことか。
「貴方様が出来ないのならば、私がやりますが?」
「俺がやりますよ」
正確には俺と四季だけど。少し勢いを落とせば、四季と並ぶ。紙を取り出しその手で四季と手を繋ぐ。
「「『『火球』』」」
触媒魔法ではないが、触媒魔法でない魔法の中ではおそらく過去最大。それを放つ。
放たれた火球は赤い壁と激突し、すぐさま大穴を穿つ。
「続いて!」
全員で穴を抜ける。追撃とばかりに飛んでくるものも撃墜する。あの子らには出来るだけこういうことをやらせたくないからな。
「お二方。大丈夫ですか?」
「「大丈夫ですよ」」
「そうですか…。飛ばされてくるエルフは落伍した者。そうでなくとも一日ともたず朽ちる命。ゆめゆめ気になさらぬよう」
気を病まないように言ってくれているのは分かっている。だけど、気にしないなんて不可能。飛んでくる奴らが山賊とかの人間の屑や敵なら兎も角、ただの人だ。出来るわけがない。
それにしても…、
「よくわかりましたね…」
盛大に文章を省略する。俺らの状況を察してくれた彼ならば「『俺が、俺らが子供達に心配させまいと取り繕っているのに』よくわかりましたね」と修復してくれるはず。
「あぁ。それならラーヴェ様。上昇してください!」
えっ!? よくわからないが、従うのみ。子供たちも従ってくれる。でも、アイリとセンは爪に乗っていないけど、大丈夫だろうか…。
「…わたしは大丈夫!センが防いでくれる!」
「よかった。で、今のは!?」
「…根っこ!」
根か! 植物なら割と定番だが…。根の制御まで奪われているのか!?
「少し悪化していますね。こっちに回せる根まで増えています」
…少しってどれくらいなのだろう。取り返しのつかないレベルではないはずだが。
「テェルプ!その方々は…!?」
「ドリーゼクフィ!ハイエルフ様の…」
「聞いたが見たらわかった!それ以上は要らぬ!お前ら!高貴なる方々を護衛しろ!」
エルフさんが守ってくれるなら…、根に注意すればいいか?
「根は攻撃しない方が?」
「「可能なら」で構いませんよ」
…攻撃しない方が良いってことね。テェルプさんの言葉と、回避に失敗したエルフさんが甘んじて突き刺されているのを見る限り。
何処にいたのかわからないが、千はくだらないエルフさん達が、飛んでくる赤色を時には何かを投げ、時には体で防ぎ、道を作ってくれる。
だが、見ていて楽しいものではない。飛んでくるものも、迎撃するために投げられるモノも、体で迎撃する人も、皆エルフさんだ。一刻も早く抜けたい。
アイリとセンが少し地上を走っている分遅れているけど…。
「…わたし達ならすぐに追いつける!先に行って!」
心配しなくてもいいと。ならそのままだ。
雨あられと赤が降り注ぎ、しぶきが舞う世界樹の根元に到着。エルフさん達のおかげでかなり楽に来れた。この分なら多少激しくなっても余裕だろう。
「入り口はどこです!?」
「あの鎌を振るう女性の右、巨大な根が二股に分かれている場所です!」
鎌!? いや、それは後か。先に世界樹だ。
…うわぁ。聞いたはいいけど、あそこが入り口だってバレバレだ。普段なら入り口は完全に木と同化してしまってわからないんだろうけれど、今は逆。血が一滴も付着していないのが違和感全開。
「…お父さん達!上!」
急に暗くなったと思ったら! ここに来てこれかっ! 上から大量に肉が降ってきた。
「総員退避してください!」
「私達の近くに寄るか、離れるかです!」
「あぁ。巻き込んでしまっても構いませんからね」
…もはや何も言うまい。だが、この量はさっきのレベルじゃ対処できないことだけは確か。
「習君、『暴風』です!」
「ありがと!行くよ!」
さすがは四季。俺が欲しいと思った紙をくれるし、俺と同じ判断をして安心させてくれる。書き直す時間などない。故に威力は多少下がるが、前に書いたやつを使う!
「「『『暴風』』」」
四季の方によって、手を取り触媒魔法で発動。強烈な風で木を傷つけないよう配慮しつつ、それでも上の雨は吹き飛ばせるように注意しながら、俺らを中心に球形に爆風を巻き起こす。
結果、一瞬にして上空に広がる鮮烈な光景は吹き飛ばされた。よし。
子供たちは…、全員追従してくれている。
そして、世界樹の弾も今のでかなり消費しきった。まだ残っていたとしてもこちらに来るまでに余裕がある。
「入り口が開きましたよ」
都合よく入り口も開いてくれた、なら、好機だ。
「突入する!」
少しだけあった高さを利用して、加速しながら穴に突入。俺の後ろに四季とルナ、カレン、ガロウとレイコが続き、その後ろに少し離れてアイリとセン。
何事もなく入り口を通過、その瞬間にテェルプさんを掴んで飛び降りる。奥に何があるかわからないからな…。
そのまま俺と同様にルナと一緒に飛び降りた四季と一緒に、カレン、ガロウとレイコを受け止める。後はアイリとセンだが…。チヌカの方が早そうか? …チッ、さっきの触媒魔法を一撃も入れれていないのが痛い。だが、諸共吹き飛ばすわけにもいかなかった。
「おとーさん!おかーさん!扉が降りてきてるよー!?」
「「え゛!?」」
チヌカに入られないようにか!? ならチヌカを魔法で吹き飛ばす!
「「『『水球』』」」
四季と手を繋いで発動。これで威力を水増しする。紙から勢いよく水球が飛び出し、その勢いのまま木の外へ飛んで行…かない。水球が世界樹に防がれた?
ならば、俺らが出て迎撃するまで…ッ!? 障壁が邪魔で出れない!?
「皆は!?」
あんまりやらせたくはないけれど、皆ならば外に出られればやってくれるはず!
「無理―」
「駄目だな」
「私も同じです」
「?」
「私も無理です」
駄目か! あぁ。ルナは試さなくていいからね。死にに行かせてどうする。
「セン、来れそう!?」
「ブルル」
「無理」ね…。チヌカが既に目の前に来ている。わかってはいたけれど、悔しい。
「…お父さん、お母さん!そっちは任せる!…わたしはこいつを仕留める!」
「大丈夫か!?アイリ!」
「…うん。大丈夫!わたしはお父さんとお母さんの娘だから!」
チヌカが振り下ろした鎌が、アイリの鎌に阻まれて甲高い音を立てる。そして入り口は何物にも阻まれることなく閉じた。