180話 高高度の龍
そんな予感はしていたが、やっぱりか!
眼前に現れた龍は、東洋風の龍。蛇のような細長く、それでいて逞しい白銀の体躯をしならせ、下にいる万の軍勢を吹き飛ばすような圧倒的存在感を纏って中空に佇んでいる。
即触媒魔法で叩き落すべきだろうが…、これを落としてしまえば下の対応は間違いなくできなくなる! くそっ、どうする?
いや、行動を決めるその前に。
「あの…、お話ししていただけますでしょうか?」
「不遜ですが、私達にお声をお聞かせいただきたいのですが…」
「初手でぶん殴ったらすごい偉い人だった」っていう、リンヴィ様みたいな例もある。出来るだけ遜って尋ねる。返事がこなければ、もしくは言葉になっていなければすぐさま全力で叩き落す。魔物は子供達に任せる。
さて…、どうだ?
「そのように遜る必要はありませぬ。寧ろ此方が遜ってしかるべき」
返事が来た…のはいいけれど、想定と全く違う…。あれ? どういうことなんだろう?
「ようこそ。上位者方と同胞よ。」
混乱する俺らに歓迎の言葉が降り注ぐ。よくわからないけれど、攻撃しなくてよかった。
「あ、ありがとうございます。とりあえず、下を片付けてしまいます」
「む?下…?ああ。あやつらですか。此方にお任せくだされ」
それだけ言うと猛烈な勢いで山の頂点まで、俺らを会話的な意味でも、物理的な意味でも置いて行った。
「詳しく聞く間すらありませんでしたね…」
「だねぇ…。とりあえず、任せてくれって言ってくださっているし、任せよう」
あの人…、というか龍ならばなんとかしてくれるだろう。
「なぁ、上位者方って誰なんだ?」
「ん?普通にカレンとレイコじゃないの?」
ガロウは手をポンと叩いた。…忘れてたね。カレンはハイエルフで、レイコは神獣だからね。…二人とものほほんとしていてその気配はまるでないけれど。
「散るがいい。下賎の者どもよ」
彼は言葉を切って息を軽く吸い込み、
「『神龍の息吹』」
言葉と共に口を開いた。だが、彼の口からは何も出てこない。派手な光線はもちろんのこと、流路がほぼ詰まってしまった水道管から漏れだす水のようなものさえ。だからか、彼の行動はいささか間抜けに見える。
しかし、彼の口の先では彼の宣言通りの光景が引き起こされる。向けられた口の先にいた魔物はコンマ秒後に悲鳴すら残さず塵と化す。壁の頂点の端で揺蕩う彼は、もう一方の端まで移動しながら山の壁面にあますところなく口を向ける。
「口を向ける」ただそれだけ。たったそれだけの動作で、山頂たる高度12,000 mから高度8,000 mまで。長さ4 kmにも及ぶ空間に存在した魔物は文字通り全滅した。
「此方は其方らがどこに行こうと関知せぬ。…こちらに来ぬ限りは。何処へなりと自由に失せよ」
嘲笑うかの如く龍が鼻を鳴らすと、万を超えた魔物達は逃げるように我先に崖から降りていく。軽くパニックを起こしているからか、少なくない犠牲を払って。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
少しも疲れた様子も見せずに言う彼。
「どうする?」
「敵意もないですし…、ついて行きましょう」
「だね」
目で四季と会話して、
「ついて行くけど、いい?」
言葉で子供達の意思を問えば、カレンだけ少し逡巡したが、最終的には全員頷いてくれた。
龍は俺らの速度と完全に同等の速度で飛び、先の虐殺があった山のほど近く、少しだけエルフ領域に近づいた高さ1.6万 mほどの山の山頂に降り立つと、
「どうぞ。上位者の皆さまと雖も、この環境は骨身に応えるでしょう。此方が環境は整えております。どうぞ、おくつろぎください」
とんでもない程自然体で言い放った。
…さて、どうするか。あの態度は強者故の余裕か、それとも本当に歓迎してくれているのか。どっちだ? たぶん後者だろう。だろうが…。
彼の言うようにするのは、完全に環境維持を任せきること。それは生殺与奪権を相手に任せることに他ならない。のだが、敵意はないし、敵も倒してくれた。しかし、マッチポンプである可能性を否定できない。
四季も同じ考えみたい。完全に堂々巡り。
「?…ああ。失礼。上位者方が此方を信用出来ないのは道理でした。なさりたいようになさってください。此方は貴方方に従います」
目は嘘をついていない。だが、念には念を。だ。無茶な要求を叩きつける。これで猫を被っているならば剥がれるはず。
「では、お話しをする場所は、」
「私達の娘のシャイツァーの中。それでよろしいですか?」
「ええ。此方に異存などありは致しませぬ」
即断された!? 外見からだけでは効果の予測しにくいシャイツァーもあるのに…、完全にこちらに生殺与奪権をくれるって言っても過言じゃない。
…うん。この人(龍?)は信用できる。というより、信用しないわけにはいかない。となれば、先の申し出は撤回。この人に任せきってしまえ。
「あの…」
「はい、何でしょう?」
あ。駄目だやつだこれ。何故か未知に突撃しないといけない立場の彼自身が、何故か、目を輝かせている。
今更、「やっぱりいいです」なんて言えない。というか、言えるわけがない。
「ルナ。お願い」
ルナはコクリ頷くと、シャイツァーである家を大きくし、山頂の安定した場所にそっと置いた。
「私達も入るので、貴方もどうぞお入りください」
「それでは、遠慮なく」
心なしか龍の目の輝きが増した気がする。馬車ごと家に俺らが入り、その後に龍が続…
「ゴツッ!」
けてないな。明らかに体をどこかにぶつけた音が…。何で? 馬車を通れる分のスペースはあるはずなのだが。
「入れぬ」
ショボーン。そんな効果音が聞こえてきた気がする。明らかに幻聴だけど。
……様子を見る限り、とぐろを巻いた状態で入ろうとした? …何故に? そんなことしたら無駄に横に広がって入れるものも入れないだろうに。
「あの。体を伸ばして入るのでは駄目なのですか?」
「む?それは許されるのか?」
? むしろ何でそれが許され…ああ。龍の世界では「とぐろを巻いたような状態でいる」ことが、上位者への敬意を示す態度とかそんな感じなんだろう。違うかもしれないけど、そう解釈しておこう。
「構いませんよ。寧ろ、そうして入ってきてくださいな」
いつまでもショボーンとされていても困る。こっちとしては力を貸してもらっておいてなんだけど、早くエルフ領域に行かなければならないのだから。
「有難い。では、失礼する」
にゅるりと部屋に入ってきた。
「これはこれで「はい。ガロウ。黙りましょうね」…」
またレイコにガロウが沈黙させられてる…。まぁ、ガロウが言おうとしていたであろう言葉は「キモイ」とか、その系列だったろうから…、レイコ。ナイス。
「とりあえず、その辺りに適当に座…る?でいいんでしょうか?」
え。四季、俺に聞くの? その辺りは俺もわからないよ?
「あの、とにかく楽になさってください」
これでお茶を濁そう。
「かたじけない」
台詞の割に、外にいた時と体勢が同じ。とぐろを巻いてふよふよと浮いている。地面に降りたほうが楽だと思うけど…、それはこっちの感性か。相手の感性などわかるはずもなし。彼にとっては今の姿勢が一番なんだろう。
とりあえず、自己紹介をしようか。
「助力いただきありがとうございました。俺は習です、こちらは俺の嫁の四季」
子供たちは…、都合よく上から順番に座ってくれてる。手で示しながら名前を言えばいい。
「俺らに近い側から、アイリ。カレン。ガロウ。レイコ。ルナです」
「これはどうもご丁寧に」
言いながら龍は頭を下げて…顔を上げた。………あれ? 怒らせるようなことした? 名乗ったら返してくれると思ってたんだけど。
「あの、お名前は?」
「えっ!?…あぁ!此方の名前ですね!此方はありませんよ」
『ありません』? 変わった名前だ。
「顔を見る限り皆さま方は勘違いされておられる様子。此方に名はありません。文字通り名など存在しないのです」
「ズィーゼ、違うの?」
え? 何でルナ、そんな名前を…。ズィーゼなんて一言も言って…あ。あぁ! こっちの世界の言葉の発音そのままか! 彼が自分を指して言ってる代名詞である「此方」を名前と取ったのか! 此方なんて言う人いなかったものね…。説明もしていなかったし。
「…あぁ。なら、それで構いませぬ」
「「え゛。それでいいんですか!?」」
悟ってくれたことはありがたいですが、あまりに適当すぎでは?
「もちろん構いませんよ。此方を呼ぶ際に名がないのは上位者方にとって不自由でしょうし、時を徒に費やすのももったいないでしょう。故にそれで構いません」
貴方が…、ズィーゼさんがそう言うなら、こちらもそれで構いませんが。
「ほんとにいいのか?」
「ええ。ガロウ様。構いませぬ。此方には名より大切なものがあります故」
「大切なもの…ですか。差し支えなければ私達にお聞かせいただけますか?」
「差支えなどありはしませんとも。寧ろ聞いてくだされ。ふふん。それはですね…」
得意げな顔を見せてそこで言葉を切ってためる。
「チヌリトリカの封印の一翼を担うことなのです」
ためた割に随分あっさり。だけど、ためた意味はあったかな? 何と言ってもチヌリトリカの封印だしね。…ん? チヌリトリカの封印?
「本当ですか!?」
「私達、一切、チヌリトリカの気配を感じられていないのですけど!?」
あっさり流しそうになったけれど、チヌリトリカ!? いつものあの白と黒が混じった汚い色を見てもいなければ、気配を感じていないのだが…。
「おそらく封印の質が良いでしょう。そうでないならば此方の勘違いでしょう。いずれであるかは此方の関知するところではありませんが」
えっ。
「知らない。のですか?」
「ええ。此方には知る由がない故。誕生の刻より、刷り込まれていますが…、此方は実際に封印されているモノを見てはおりませぬ。実際に見たことのないものは「おそらくそうだ」としか言えないでしょう?」
確かにそうですね…。
「やはり十分には納得できぬようですね…。ですが、そういうモノです。そこな同胞とて同じでしょう」
「ブルルッ!?」
「ふぁっ!?」かな? センがかつてないほどに驚いている。
「…センも貴方の同類なの?」
「左様。此方と同様、神の気配を感じる」
「ブルルン!?」
「知らないよ!?」と全力で主張するように首を振るセン。
そっか…。センが知らないなら、俺らにもどうしようもない。そもそも、センと出会ってから直接、ラーヴェ神やシュファラト神にあったこともないし……。
会う前かな? それなら可能性は否定できない。センの経歴なんて知ら…なくはないか。一部だけ知ってる。瀕死のセンを助けた人はありえる? いや、でも…ないな。やんごとなきお方なら普通、残念な理由で素寒貧になんてなったりしないだろう。
「兎も角、此方にもわからぬのです。一応、同胞’(はらから)の反応は感じられるのですが」
「ブルッ、ブルルン!」
「僕は!出来ないよー!」だね。たぶん。
「人間領域で同胞の反応が一つ潰えたことも此方は知っているが…、其方は?」
「ブルルッ、ブルルルン!」
「知らないって、言ってるよね!?」だな。ズィーゼさんはセンの言ってることがわかってないのかさっきからちょくちょく噛みあってないな。…俺らの推測が合っているとも限らないわけだけど。
「左様か…。兎も角です。此方は先ほど、自慢げに語りはしましたが、関知できぬことはあるのです」
結局〆はそれですか…。頼りになるんだか、ならないんだか。
「一応、一区切りつきましたし、私達にこの質問をさせてください」
「どうして俺達を助けてくださったのです?」
これは聞いておかなければ。
「上位者方を助けるのは下位である此方の役目。差し出がましいのでは?とも思いましたが、あの程度の腹を空かせて飢餓に陥った間抜けや、縄張りを荒らされて激怒する愚か者に上位者方のお手を煩わせるなど、言語道断でしょう?」
魔物の評価が滅茶苦茶低い。ついでに理由がどっかで聞いたことがある気がする。
…あ、でも今ので、魔物が沸いてきた理由が縄張り侵犯か、空腹のどっち? って問いに決着は付いた。両方だ。
「どのようにして蹴散らしたのですか?」
「『神龍の息吹』です。原理は此方もよく把握しておりません。聞かないでいただけると幸いです。もしお尋ねになられましても此方としては「出来るから出来ます」としか答えられませぬ」
うわぁ…。
「そのような顔をされましても、仕方ないではありませぬか!?上位者方とて、生命維持に必要な活動。その悉くを詳しく説明しろと言われても、対応に苦慮されるでしょう!?それと同様なのです!」
…おぉう。一理あるはずなのに誤魔化したいって思いだけが先行してる。そのせいでそこはかとなくポンコツ臭が…。
「ねー。ズィーゼ。ボクらを呼んだりゆーは何―?」
「それは…。ハイエルフたる貴方をはじめとする上位者方に此方が一目お会いしたかった…、ゲフンゲフン。というわけではなくですね」
これは嘘をついてるね。シャイツァー云々の時と雰囲気が違いすぎる。
「コホン。ハイエルフ様」
「カレンだよー」
カレンの答え方が怖い。声だけを文字に起こすと可愛らしいけど、副音声を付けるなら「名前で呼べや、ゴラァ」そんな感じ。
「非礼をお詫びいたします。カレン様、エルフ領域で何があったかご存知ですか?」
「世界樹で何かあったみたいー。だからここを通ってたんだけどー?」
カレンが「急いでるんだけどー?」という不満を隠しすらせずに言う。立ち止まったのに、それに見合うような何かが今まであったわけじゃないしね…。援助のお礼を言って立ち去る。これが一番早かった。
…まぁ、それだけでカレンも不機嫌にはならないけど。俺らに「失礼だ」って怒られるのもわかっているだろうから。それでもこの態度を取っている理由はズィーゼさんが述べた理由が不味かったからだな。「会いたかった」って…。
「そうですか…。それは失礼いたしました」
カレンの非礼を咎めることなく、謝罪するズィーゼさん。あの、ズィーゼさん。さすがにそれは…。
「あの、ズィーゼさん。謝罪する必要はないですよ?」
「さすがにこちらが礼を欠いていますから…。カレンちゃん。ダメでしょう」
呆れる理由であっても助けてもらったのは変わらないのだから…。
「あ。いえ。此方が無礼だったのです。上位者方、カレン様をお叱りにならないでくださいませ」
あう…。これではカレンを叱ってもほぼ形式的なモノになってしまった…。少しカレンの自由にさせて、止めようと思ってたのに。謝られてしまった。
明らかにこっちが悪いけど、謝られた以上、蒸し返すのはもっと悪い。…失敗した。ひょっとして、ハイエルフって俺らの思うよりもこの世界にとって大事なのか?
「詫びになるかは不明ですが、此方が行ける場所までお送りいたしましょう」
「何処でもいけるわけじゃないのー?」
「封印を担っている関係上、余り離れることは出来ません。それに、現在エルフ領域全域において、謎の障壁が発生しており、此方では越えることは叶わぬのです」
「あのさー。ズィーゼ」
カレンが目を丸くすると、ぽつり言葉をこぼす。そんなカレンをズィーゼさんはきょとんと見つめる。
「先にー、それ言おー?」
「すみませぬ」
しょんぼりする龍の姿は、カレンの方が圧倒的に小さいのにも関わらず、飼いならされたペットの蛇のようにしか見えなかった。
だが、ズィーゼさんは一瞬で気を取り直すと、シュッと家の外へ滑り出るようにして移動した。
「お乗りください。件の場所まで此方がお送りいたします」
「わかったー!おとーさん!おかーさん!いーよね?」
「早く行こ!」そんな思いをカレンの目の輝きは隠せていない。
「ああ」
「構いませんよ」
「やったー!じゃー。二人はこっちにいてー!」
え? 何で…? あ。俺らが何か言うより早く、カレンが外へ出て、ドアを閉めてしまった。
「行ってー!」
「承知」
そんな声が外から聞こえると、一切音がしなくなった。
「まさかとは思うけど…」
「どうもそのまさかのようですよ…。習君」
四季の目線の先には家の窓。そして、その窓の下の方に広がる山々が猛烈な勢いで後ろに流れている。無音になったのは全部遮っているからなんだろうなぁ…。
それはさておき、あの子何やってるのさ…。何でズィーゼさんがついているとはいえ、カレンだけで外に出てるんだ…。
「…お父さんとお母さんも大概だけどね」
「だな。知らないところで割と滅茶苦茶する」
「『ニッズュン』の時のことは記憶に新しいですね…」
「お前が言うな」ってことね。わかります。
「レイコ。何?」
「え?それはですね…」
「ルナ。聞かなくていい。レイコも説明しなくていい」
親が無茶した話とかする必要はない。
「…ある。ルナにはしないようにしてもらわないと」
ド正論。…これは止められないか? 四季…も無理かぁ。首を軽く振られてしまった。
甘んじて受けよう。謝って許してもらってはいるけれど、やっぱり感情的に「それとこれとは別」なんだろう。
「着きましたよ」
「おとーさん!おかーさん!ついたよー!」
「「はーい!」」
よっし、助かった!
「…早いね。ルナ。後でね」
「わかった」
助かってなかったー!
「ほんとに壁あるよー!」
とりあえず出よう。俺らがやらかしたやつは…、諦めよう。後で4人が忘れてくれることを祈るとかいう超ド級に分の悪い賭けをする趣味もない。
「本当にありますね」
「だねぇ…」
目の前には立派な壁。高さは今の俺らの高度が約1.6 万mだというのに、倍以上はありそう。横幅もずっと広く、エルフ領域全体を囲んでいると言われても不思議はない。
「あのズィーゼさん。これに触ったことありますか?」
「ありませぬ」
………。
「あの。言い訳するようですが、此方の進出限界なのです。この障壁はわずかに範囲外で、触れることがかなわないのです。…お役に立てず申し訳ない」
「いーよ!送ってくれたしー!ボクらだけよりー、早かったー!」
「そう言っていただけると有難い」
カレンの満面の笑みを受けて、ズィーゼさんも嬉しそう。
「ガロウー。『輸爪』出してー。ズィーゼ帰るでしょー?」
「お気遣い感謝いたします。此方はこの壁に何ら行動を起こすことが出来ませぬ故…、それでは、上位者方、ご武運をお祈り申し上げます」
言い切ると、ズィーゼさんは一直線に元居た山へ帰って行った。後に残されたのは俺らだけ。
「…カレン。どうするの?」
「とりあえず矢を撃ってみるー」
「じゃあ、俺は防御か」
「ルナも。だよね?」
ガロウの言葉を聞いてルナが俺らに聞いてくる。
うん。それで合ってる。偉いね。ルナの頭を撫でると嬉しそうに顔を緩め…、すぐに顔を引きしめた。
「あ。でも、先に高度下げよう。地面についたほうが安定する」
「ああ。だな。じゃあ、ちょっと待ってくれ。特にカレン姉ちゃん」
「うんー。わかってるよー」
不満そうな顔をしつつも、カレンは何もせずじっと待機。待ってくれるのはありがたい。エベレストより高い高度から自由落下とか勘弁だ。馬車も壊れるし。
高速エレベーターより少し早い程度の時間で地面に到着。
「30分ー!」
「計ってたのかよ!?」
「うんー!」
ガロウが何とも言えない顔してる。大丈夫。たぶんネタ以上の意味はない。
「撃つよー!」
「え!?あ。良いぜ!」
「いつでも、いいよ」
二人の答えを聞いた瞬間に矢が放たれ、壁を通過、そのままただひたすら直進すると、見えなくなった。
「何もないかなー?」
「かな?」
「ですかね?」
パッと見た感じ、矢に干渉を受けていたようには見えないけれど…。
「一応、あの魔法使っておこうか」
「ですね。本来は許可が要りますけど、バレないでしょうし」
紙を取り出してっと…、
「「『『魔法痕探査』』」」
反応なし。か…。
「なぁ、よかったのか?父ちゃん、母ちゃん」
「ん?別にいいよ」
「ですね。だって、バレなければ私達を捌くことは出来ませんから!」
「罪は罪でも、見られていなければ存在していないのと同値だからね!」
…うん。ドン引きするのは止めて。
「勇者ですし、後ろ暗いことに使っているわけでもなし、許されるでしょう」
「勇者だからといって無秩序に使ってしまえば「法」が息をしなくなるけど…。今回は情状酌量ってことで」
許して欲しい。
「入っていいー?」
カレンは待ちきれないか。
見る限りは安全だけど…。微妙。全員で突撃は誰も突発的事態に対応できないから論外。というか子供たちは出来るだけ安全であってほしい。
よし、親である俺らが先に行くか。
「駄目ー。二人が行くならー、ボクから行くー。これはボクの我儘だからねー」
普段のカレンからは想像できないくらい、真剣な顔でじっと俺らを見つめてくる。…この顔には勝てない。はぁ、
「手は握る」
「これが私達の譲歩できるギリギリのラインです」
「それでいーよ!」
パッと花が咲いたように微笑み、カレンはさっと俺と四季の腕を取る。そして、俺と四季の顔を交互に一瞥。
クルリ振り返り、ぴょんとバリアのあったところを超えた。何もなさそう?
「ちょっ。父ちゃん、母ちゃん!?」
「引きずり込まれていますよ!?」
え? …チッ、これ、触れた相手を内部に引きずり込むタイプか!
「…皆、行くよ!」
アイリの号令で皆飛び込み、壁を越えた。
壁を越えた先に広がるのは、壁を超える前と変わらず青々と茂る森。特に変わったところはない。そして、体、および周囲に異常もなし。一体何だったんだ。あれ。
「父ちゃん。母ちゃん」
「どうした。ガロウ」
「物凄く辛そうな顔をしていますが…」
横にいるレイコもだけど…。
「鼻が曲がりそうなほど臭い…」
「私もガロウと同じです。この嫌な臭いは…ハールラインの時に嗅いだものと同じです」
「それもあるが、もう二度と嗅ぎたくないとさえ思ってた、俺らが捕まってた時の臭いも混じってる!」
え? 全力で『身体強化』する。特に鼻を。
ッ!? 一瞬で鼻に嫌なにおいが広がる。この濃厚な臭いは…、
「「死臭 (です)か」」
…既にロクでもないことになっていそうだ。