179話 クアン連峰
動く家の中で寝て、キッチンでご飯を作って食べて、洗面所で歯を磨いて…、
「さ、行こうか」
「ですね。ガロウ君、お願いしますね」
「あいよー」
ガロウの『輸爪』によって馬車とセンが浮き上がる。
「カレン姉ちゃん。高さはどれくらい欲しいんだ?最初にそこまで上げちまおう」
ガロウの問いにカレンが考えるように頭を捻り、
「わっかんなーい」
かわいらしくこてっと首を傾げながら言った。えぇ…。
「うわぁん!ルナ以外、ボクをジト目で見て来るよー!」
ルナに飛びついてギューッと抱きしめるカレン。…ルナがジト目で見てないのは分かってないからだと思うけど、言わぬが花。
にしても、立ってるルナにカレンが抱き付くと身長差のせいで、子供がお母さんに抱き付いているように見える。突然のことだからルナは思いっきり困惑してるけど。
「…とりあえず撫でよう」みたいな感じでおずおずルナがカレンを優しく撫でだした。姉と妹のはずなんだけど、本格的に子供をあやすお母さんだな。
「…お父さんとお母さんがよく撫でているからでしょ」
そっか…。「何でルナは頭を撫でることにしたんだろ?」って疑問に答えてくれてありがとね。アイリ。
「…どういたしまして、お父さん。お母さん」
…俺と四季、アイリに心読まれすぎじゃないかなぁ?
「…お父さんとお母さんの心情も被りまくってるよ?」
「アイリに匹敵するかそれ以上に俺と四季は互いの心を読んでる」って言いたいのかな? …そこは触れないで置いてもらえると良かったなー。
「仕方ないでしょー!ボク、クアン連峰に来たことないんだからー!」
ふざけているのか、やけくそなのか…、どっちなのか定かではないけれど、カレンがルナの胸に頭を押し付けながら叫ぶ。
一理ある。
「あっ、あっー!」
カレンがギュッとルナに抱きしめられて悲鳴をあげる。ルナはよく状況が理解できていないけれど、わかってないなりに俺や四季の行動から、行動を判断したのかな?
それはそれとして、ルナに考えなしにギュッとされると相手は息できないと思うけど…、大丈夫かな?
「えーっと、姉ちゃん。カレン姉ちゃん。方角は?」
カレンが答えなきゃダメなことを察したのか、ルナがカレンを開放。解放されたカレンは大きく息を吸い込む。…うん、確実に呼吸出来ていなかったね。
「ふぅー。えー?何―?」
「方角は?」
「あー。あっちー」
やたらと高い山ばかりが並ぶ方角を指さすカレン。それを見るガロウの顔は非常に嫌そう。一番高い山、万は超えてそうだもんね…。
「とりあえず、見える範囲で一番高い山以上に高くしとくか…。父ちゃん。母ちゃん。環境対応は任せたぜ」
「「任された」」
家の中…、より正確に言うならば家を包む結界内にいる間は無問題とはいえ、外に出た時用に、低酸素と低温に対する術を用意しておかないと。
「そういえば、センはどうしよう?」
家の結界内に入っている気がするけど…。
「あの子は家の外にいますものね…」
「ブルルッ!ブルルゥ!ブルルルン!」
「大丈夫!自分でやるから、へーきだよー!」かな?
「無理だけはしないでくださいね」
「ブルルッ!」
「わかってるよー!」だな。それでも、用意はしておこう。
四季から紙を大量に貰って書く。用意すべきものは…「低温と低酸素とかを問題ない環境に出来る結界」と「低体温に陥った時の対処法」さらに「低酸素症への対処法」。それに加えて、高山病…。
「あれ、習君。高山病って低酸素濃度が原因ではありませんでしたか?」
「あれ?そうだった?」
「私の記憶ではそうですけど…」
四季が言うならたぶんそう。…くそぅ。そっちは覚えてなかった。高度8000 m以上は低酸素状況に順応できないってのは覚えてるのに。何故こっちの方を覚えてないんだ。
「とりあえず、勿体ないから書ききるね」
「そうしてください。無駄にはならないでしょう」
だといい……わけではないか。無駄になってくれる(使わない)方がいい。
「二人ともー。そろそろ結構高くなったし、連峰に突撃するぜ?」
「お願いする」
「りょーかい!」
馬車が連峰向けて移動し始める。高度はまだ一番高い山の2/3──8000 mくらいだけれども、既に大半の山が俺らよりも下にある。
「一応、俺は御者台に行っとくね」
魔物の領域だから、下からの攻撃があり得るかもしれない。家とセンのバリアがあるけど、それに頼りっきりは申し訳ないから。
「では、私は荷台の後ろから見ていましょうかね」
「ん。お願い。あ。そうだ。皆は家の中にいてね」
「それが一番安全ですから」
返答を貰う前に家から出てドアを閉めてしまう。もう、この子ら──さすがにルナは除くけど──を仲間扱いすると決めたとはいえ、こういう場面では俺らに矢面に立たせてほしい。
御者台に移動して座る。まだ俺らの真下では、山の高度が低いからかそこそこ高木があって、森を形成している。その中で生き物…、というか、魔物がちょこまかせわしなく動き回っている。
少し視線を前に移すと、木々が完全になくなって草だけになる。よく目を凝らせば岩肌やら、草に溶け込むように、魔物がいてジッとしている。
もっと先に視線をやると白銀に上半身を染められた山々があって、草木が死滅して、一面の銀世界。…コケぐらいの植物はいるかもしれないけど、見当たらない。その代わり? 白い山肌にペタっと貼り付くように生き物がいる。
…森の中にいるやつらは兎も角、はりつくようにして住んでるやつらはどうやって住んでるんだろう? 餌もろくになさそうだし、さりとて積極的に取りに行くようには見えない。
あいつら、何かしてきそうだな…。
「…お父さん」
「どうしたの。アイリ?」
家にいてね。って言ったはずなんだけど…。
「…流石にお父さんとお母さん、ガロウにだけ負担を押し付けるわけにもいかないから。」
だから出てきたって?
「…うんん。違うよ」
あれ?
「…わたしがお父さんと。カレンがお母さんと交代するよ。…下と上で分担するならそうでもないけど、そうしないなら二人いてもそんなに意味はないでしょ?」
ん? あれ? じゃあ、何で? 何で「代わろう」とも言わずにじりじり距離を詰めてくるの?
「…書こう?」
かなり近くで呟くように言うアイリ。一体何を書いて欲しいの?
「…指輪」
あぁ…。なるほどね。確かにあれは加工しないと指輪じゃない。だけど…。
「今?」
「…ん。今。丁度、お母さんが後ろにいてくれてるからね。滅多に離れることのないお父さんとお母さんが離れてるんだよ?」
うん、確かにそれは間違いない。だけど、今は未知の場所を通ってるんだよ? 次でよくない?
「…次がいつになると思ってるのさ」
うぐっ…、おっしゃる通り。いつもの俺らを見てたら、次がいつかなんてわからない。でも危ないよ?
「…そのためのわたし。センもいるし。問題ない。…それに今なら、後ろにカレンがついてくれてる。お父さん一人分の欠員なら埋められる」
外堀埋められてる!? でもなぁ…。指輪のデザインが…。
「…決まってないなんて言わせないよ?お父さんならずっと考えてたでしょ?」
……何でバレてる。
って、今更か。今だって、俺は一言も発してないのに、なぜか会話成立してるんだもの。でも、案は複数あるし、決めてからいいものが浮かぶかもしれないし…。そう思うとなぁ…。
「…お父さんなら、その辺りの融通は利かせられるでしょ?…だから言ってる。…ごめんね。お父さんがわたし達を心配して、反論してくれてるってのはわかってるんだけど」
アイリは申し訳なさそうな顔をしながら言葉を切って、目を伏せた。
「…だけどさ、お父さんは、…たぶんお母さんもだけど、…こういう所謂『一生モノ』って、言われないとかなり行動が遅いでしょ?」
…そうかな? トリラットヤと、この前採取した黒っぽい銀は俺がいいと思ったから決めたけど…。
「…それは確かにそうだね。…でも、それ、取っただけだよ?いつでも変えられる」
魔法も変えようと思えば変えられるけど?
「…だね。でも、魔法は作っちゃえば後はかけるだけ。…紙に書いた時点で完成って言う事も可能だよね?だから、お父さんは踏み出すのが遅そう」
…告白は自力で出来たけど。
「…お父さん。言い訳」
ジト目が突き刺さる。センにもジトッと見られている気がする。
…うん。ごめん。言い訳だったね。…両想いってわかってからも告白するまでかなり時間かかってたね。「好きです、付き合ってください」も、大概関係性が変わるけれど、それでさえ、あれだったもんね。
「…ん。結婚は「籍を入れる」っていう、対外的にも大きな変化を及ぼす行為。…だから、時間かかるよね?」
確かに。
アイリはそこで言葉を切って、口をもごもご動かす。…小さくガリって音がした気がするから、飴を噛み砕いたんだろうか。そして、より真剣な顔でジッとこちらの目を見つめてくる。
「「結婚してって言うのに相応しいような情景を待ちたい」って気持ちは、わたしにもわかるよ。でもさ、お父さんが「あ。これいいな」って思った光景があったとして……、「よし、指輪作ろう!」ってなって間に合う?絶対に間に合わないよね?」
…確かに。一瞬で終わる光景なら論外だ。完全に間に合わない。長く続く場面であったとしても、指輪を作りたいがためだけに離れるのは不自然。「トイレ行ってくる」だけではきっと誤魔化せない。
「お父さんが考えてるその場面だと…、最悪、お父さんが「指輪作ってくるね!」ってお母さんに言えばいいけど、嫌でしょ?」
「嫌だね…」
「待った結果がこのシチュエーションですか?」って思われたら死ねる。
「お母さんなら、思わないと思うけど…。それでも、お父さんが嫌でしょ?」
ああ。嫌だね。そんな状況は絶対に嫌だ。
「だからね、わたしは…、ううん、わたし達は、今、ここでそうならないように手を打っておいて欲しいの。勿論、お父さんの決断を尊重する」
アイリはちょっと泣きそうな顔で言い切った。そっか、わたし達…か。
「こんなこと言うのは卑怯かもしれない。だけど、わたし達、本当は口だって出したくなかったんだよ?だけど、お父さんには後で後悔して欲しくないから。出来るうちにやっておいて欲しいの」
黙っていたからか、本格的に辛そうな顔で、アイリが言葉を絞り出してきた。
「ごめんよ。泣かないで。書くから。安心して」
言いながら抱き寄せると、アイリの小柄な体がストっと俺の足の上に乗った。そのままあやすように娘の頭を撫でる。
「…ごめんね。お父さん」
何で謝罪? …あぁ。無理やり書かせたって思っちゃったのか。
「アイリ。皆にも伝えて欲しいけど…。謝らなくていいよ。むしろ感謝しかないから」
だって、俺も四季も、この子たち──特にアイリ──は「俺らの関係を強引に進めることをよしとしない」ことを知っている。だから、アイリがさっき漏らしていたように、本当に「言いたくなかった」ことであるのは分かってる。
「わたしがしたの、泣き落としだよ…」
俺と顔を合わせようとせず、うつむいたままのアイリから、『身体強化』してやっとというレベルの音量でアイリの声が漏れだしてきた。
読心されるのは楽な時は楽だけど、こういう場面は不便だ。伝わらなくていいことまで伝わってしまう。きっと、さっきの考えが伝わってしまった。
…俺がぐずぐずするせいだ。今、この思考は不要。余計にアイリを追い詰める。
「アイリ。もう一回言うけれど、感謝してるんだよ?それに、俺はアイリが言ってくれたことが嬉しいんだ。だから気にしちゃだめだ」
顔を上げるこちらを見てくるアイリの口の中に、アイリの好きな「最初に作った飴(と同じ製法で作られた飴)」を押し込む。
抵抗されるかと思ったけど、飴は思ったよりもスルッと口の中に入った。
「…何で嬉しいの?」
「ん?アイリが言ってくれたから。俺らは「俺の子供達が、俺らの関係を無理やり進歩させようとすることを心底嫌っている」ことを知ってる。だけど、アイリは…、皆はそれを押して来てくれたでしょ?だからだよ」
俺らに頼まれたわけでもなく、俺が乗り気じゃないことも知っていて、その上、自分の想いと相反すること。なのに、自分から、俺らに言いに来てくれた。だから嬉しい。
「…何で?」
飴を口に入れてからのアイリの察しが悪い。…はっきり言葉にするしかないか。少し恥ずかしいし、何様だって気がしないでもないけれど。
「だって、それって、俺らのことを想ってくれてるからでしょ?そうじゃなければ言う必要はないもの」
一番楽なのは諂うこと。それさえしていれば集団内部で波風は立たない。…外部から致命的な一撃が来る可能性はあるけれども。
「相手が嫌なことをわかっている。だけど、言わないといけない。そんな状況で言ってくれたからだよ。しかも自分の心と反するのに」
これはおそらく最も難しいことだ。独裁制の国なら、首が物理的に飛ぶこともありうる。
…この子たちにとって「俺らに嫌われる≒死」レベルで捉えていてもおかしくはない。だから、この子らの心の中では「独裁者に諫言する家臣」並みの心情だったのかもしれない。
だからこそ、こういう行動をしてくれたことが何よりも嬉しくて、この子たちを誇りに思う。
「アイリ。俺の代わりに見ててくれる?」
「…ん。任された」
アイリは涙を手で拭いながらポンと胸を叩いた。泣き腫らして目が赤くなっているのは…こっそり治しておいてあげるか。妹に泣いたことはバレたくないだろうから。
アイリが後ろを向いた瞬間に、こっそり『回復』を飛ばして…っと。
書こう。さっきまでの環境に比べて書く状況としては良くないけれど、モチベーションは段違い。ちゃんと納得のいくものに仕上げてみせる。
ある程度イメージを固められるように、採取した材料を取り出し、落ちないように置いておく。トリラットヤが指輪の宝石。この前取った黒い銀のような『シャデニー』が指輪の本体。
「…あ。お父さん。指輪の大きさは?お母さんの指の大きさは?」
「知ってる」
「…あ。やっぱり?」
それだけ言うとアイリはまた周囲の警戒に戻った。…何で知ってるのとか、思わないのね。
「…しょちゅう手を握ってるじゃん」
一切こっちを見ないで言うアイリ。…どう返すのが正解なんだろう。
と、とりあえず。書くことに戻ろう。
四季と俺の左手薬指の大きさ…より少しゆったり目にイメージしておいて『シャデニー』で輪を二つ作る。その輪の上に『トリラットヤ』を引っ付ける。そんな感じ。
勿論、シャデニーも、トリラットヤも採取したままではセンスの欠片もない。だから、加工する必要があるけど…、加工結果はある程度決めておきつつ、だけど後で弄れるように…、
うん。これならばよさそう。目の前で魔法を使うレベルなら…、まぁ、俺は許容範囲内。書きあげよう。
ペンを紙に押し付けて手を動かす。…気のせいだろうけれど、普段よりもペンが動きやすい気がする。だけど、油断せず一画一画丁寧に…。
『婚約指輪作成』
よし、出来た。
「…見せて」
アイリ、俺が何か言う前に腕を引っ張って紙を見るのはどうかと思うよ? 別に構わないけどさ…。
「…ちゃんと入れたんだね」
「いれないと駄目だと思ったから」
何を? なんて聞き返さない。アイリが言いたいのは『婚約』だってのはわかる。
「後は、四季にバレないように隠しておくだけ」
「…それは鞄に入れておけばいいでしょ?」
「だね」
緊急時でもない限り互いのカバンなんて見る気ないし。…一応、細工はしておくけど。ちょっと見えにくい位置にトリラットヤ、シャデニーともども傷がつかないように押し込んで、雑多なものを押し込む。これで俺が変なことしない限り四季には気づかれない、はず。
「…ん。お疲れ様」
「で、アイリはどうする?戻る?」
俺としては疲れないうちに戻ってほしいけど…。ん? あれは…。あぁ、来たか。
「ごめん。ちょっと手伝って」
「…了解」
下からの攻撃だ。「来るかな?」とは思っていたが…、やはり来るか。岸壁に這いつくばっているような奴らが、下で戯れあってるだけで生きていけるとは思えなかった。
だから、警戒してはいた。が、実際に来られると面倒だ。
馬車の前と後ろから放たれる魔法と矢と鎌が飛んでくる種々の物を叩き落し、下にいる魔物を薙ぎ払う。これくらいなら全て捌け…、あ。増えた。
「私も加わります!」
「俺も!」
いいタイミングだ、二人とも。これで増えた分にも対応できる! なら、返す言葉は一つ。
「「任せた!」」
これで二人は十全に仕事をしてくれる。
「…声、被ったね」
「被ったね。大きい声で会話していなくてよかった」
大きい声だとひょっとしたら四季に聞こえてたかもしれないから。
「父ちゃん、母ちゃん!俺らは馬車の上から見てるぜ!」
「あぁ、お願い!」
「お願いします!あ、でも無茶はしないでくださいね!落ちたくないので!」
「わーってるよ!」
本当にわかってるのかなぁ…。ガンガン行こうぜと言わんばかりに飛んでくる攻撃の悉くを『護爪』で防いでいるけど…。キャパオーバーが心配。
「最悪、ルナとセンのバリアに頼るさ!」
なら言う事はない。だが、このくらいの数なら今俺が持ってる魔法を全部使ってしまって全滅させた方が良いか?
「ねぇー!後ろのほーから、砂煙がー!」
ん? …ああ。確かに砂煙が舞い上がってるね。それも大量に。
一人じゃ殲滅は無理だ。何があいつらの琴線に触れたのかはわからないが、何で通った山々の山体を覆いつくす勢いで魔物がいるんだ!?
「ガロウ!防ぐのもいいが、速度と高度上げろ!」
「あの尖った山を越えれば何とかなる気がします!」
「気がするだけかよ!?まぁ、やるけどさ!?」
微妙に早くなった。ついでに高度も上がる。
目指す先は山頂が切り立った山。標高は確実に12000 mを超えているが、6000 mぐらいからほぼ垂直であたかも壁がそびえたっているよう。
あの山の向こうはおそらく別世界、だのに、あいつら、普通に絶壁登ってるなぁ…。前ほどの勢いはないけれど、貼り付くように、確実に。
…超えても何とかならない気がする。高度をもっともっとあげる方がいいか?
「…お父さん。わたし達の高さが上がったからか、ちょっとあいつらの密度下がった。少しすると元に戻るだろうから。その前にお母さんと合流して」
「ああ。お願い。任せた」
元よりそのつもりだったけど、言いだしてくれたからスムーズだ。馬車の上に飛び乗れば、四季も飛び乗ってきた。
「どうする、四季?」
「どうしましょう?今の高さは…、約1.6万ですか」
「ぐらいだと思うよ?まだ高くできるだろうけど…」
「彼らを振り切れるかどうかは未知数ですか…」
問題はそこだ。万一、今も壁を登るこいつらがエルフ領域まで追いすがってきた場合、悪夢でしかない。大きさや種類は様々だが、軽く万はいる。
この前のスタンピードよりは規模は落ちるが…、それでも驚異的。流石に俺らで支え切れる…とは思えない。そうなればエルフ領域は容易く蹂躙されてしまう可能性がある。
「仕方ありませんね。触媒魔法をお願いします」
「それしかないか」
紙を貰って書く。きっとそれが一番マシ。山一つ吹き飛ぶだろうがそれは仕方あるまい。…それにしても、一体どこからあいつら湧いてきたんだろう。
使う魔法は…、聖魔法がいいか。火や水だと溶けた氷で魔人領域が大変なことになりそうだ。
となると、単純に『ホーリービーム』あたりで。…うん。よさそうだ。
魔力をペンに込めて書く。先ほどとは比にならない抵抗をうけつつも、それをねじ伏せてペンを動かす。
うん? 暗くなった? 書きにくいなぁ…。雲かな? さっさとどこかに行って欲しい…ん? 雲? 高度1.6万m付近で俺らの上に雲?
普通の雲の高度限界は確か1.4万mだったはず。なのに、暗くなる程度に分厚い雲なんて存在するわけがない!
「習君!」
そのことに思い至った瞬間、四季にグッと手を引かれ、視線が紙から外れて上に逸れる。
その結果、視界に影を作った原因──龍──が入ってきた。
※雲についての補足
高度限界は緯度と雲の種類によります。が、中緯度付近では所謂普通の雲であれば、だいたい本編に出ていた辺りです。
また、例外として成層圏より遥か高くにできる、「夜光雲」等があります。