20話 アイリVSノサインカッシェラ
アイリ視点です
二人がでかいやつに吹っ飛ばされた。思わず「噓でしょ…!?」と叫びそうになったけどなんとかこらえた。その方が二人も心配しないと思うから。
これであいつと戦えるのは、今のところわたしだけだ。わたししかいない。
護衛だなんだと言っていたのに…。結局はこんなざま。あの二人ならきっとなんだかんだで無事に帰ってくるだろうけど…。
どうも嫌な予感がする。あの二人は無事なら確実に叫んでくれるはずだ。わたしを心配させないように、習なら「無事だぞ」四季なら「無事ですよ」と。でも、それがない。
何か不測の事態があった気しかしない。確認したいけど…。
「ウガァァァ!」とか言って腕や木を振り回しているこいつに殴られるよね…。すごくうっとおしい。木を斬り飛ばしてやろう。
でい!
鎌を下から上に。うん。思った通りに行けた。真っ二つ。一連の攻防でだいぶ短くなった。最初は本当に頭がおかしいとしか思えなかった。それに突っ込んでいく二人も。
………今はそんな場合じゃないよね。どうしよう。あ、そうか、自然な感じで見ればいいんだ。4人でいたときと同じ。隙を作って、そのうちに。
わたし一人でできるかな…?やるしかないか。どうしよう。足を切ればいいかな?……手が多すぎてすぐに復帰される未来しか見えない…。
クルクルクルリ、飛んで、しゃがんで前に詰め…。よけ方も考えないといけないからちゃんと考えられない…。邪魔な腕だね。てりゃ!
うん、切り落とせた。忌々しいけどシャイツァーだよ?壊せると思わないでね。
時間がない…。むぅ、仕方ない。悪手だけど…。チラ見でなんとかしよう…。
プライドの高いネコ型の魔獣『ライヴェン』なら激高して、手が付けられなくなるけど、こいつなら大丈夫。たぶん。
チラッ。
うわぁ…。よっ、ていてい。とう!
まあ、チラ見したら畳みかけてくるよね。わかってたら対処できないこともないけど。
それにしても…結構吹き飛ばされてたね。かなり先まで木々が倒されてる。でも、逆に言えば、わたしが頑張れば二人は無事ってことだよね。
でも…。なんだろう、この胸の不安感は…。もう一回見よう。今度はもっと長く。どうしよ。
こういうとき二人ならどうするかな…。いちゃいちゃして吹っ飛ばす…のは無理。
とりあえず殴る…出来たらやってる。
シャイツァー投げる…。これかな?無防備になるけど…、仕方ないよね。
足に魔力を集めて、『身体強化』!一気に距離をとって鎌を投げる。
ノ サインカッシェラは胸に当たらないようにバックステップ。うん、十分。
チラッ。
何もないよね…。気のせいだったのかな?でも…。あ、あの白いの…。四季の紙…だね。
あの字は見覚えがある。前に渡された紙の中にあったね。確か…『回復』だったっけ…。
えっと、「回復」ってどう意味だっけ…?
思い出している最中なのに攻撃をされた。ああ、もう!邪魔だね。鎌戻ってきて!鎌は避けられたから、地面に突き刺さっていた。
でも、ノサインカッシェラはわたしと鎌の間にいるから…。戻ってくる鎌で攻撃できる。速度は魔力を込めれば上げられる。
でも、習と四季は瞬間移動できる。ちょっと羨ましいよね。
今は関係ないけど。魔力を込めて鎌を高速で戻す。この位置ならちょうどかな?ジャンプしているから当たらなかったらまずいけど、大丈夫。
あいつの後ろから、ドン!と鎌が胸に当たる。
よし、うまくいったね。自分のシャイツァーで取り損ねて怪我。なんてしないよ。この鎌はわたしを傷つけることはないから。
で、何だったっけ…?あ、字だ。えーと、あれは、確か…。攻撃用じゃないでしょ。で、基本的に一回消費の奴はまだそんなに作ってないって言ってたから、もうないはず…。ということは…。
うーん、回復…?そうだ。回復だ。じゃあ、マズいね。
二人とも回復できない可能性がある。って、ことは…。わたしが預かっている、日本語の『回復』これを自力で使ってもらう。
それか、このわたしの今話している言葉で書かれてある、『回復』これをわたしが使うしかない。でも、こっち魔力消費がバカにならないんだよね…。
でも、二人ともまだ戻ってきてないから、最悪、わたしがやらないといけないよね。魔力もつかな?いや、持たせる。あの二人は死なせたくないから。最悪を想定しよう。
わたしに今できることを考えよう。まず、こいつをダッシュで巻くことは無理。
じゃあ、どうする…。逃げられないなら答えは出るね。戦いながら下がる。これしかない。二人を戦闘音とかでちょっと焦らせるかもしれないけれど、仕方ない。
わたしがバックステップすれば、距離が開く。それが嫌なのか、木を投げてくる。でも、木なんてわたしには意味ないよ。普通に切れるし、何だったら回避もできるからね。
急所の頭や胸を狙ってくるけれども、わたしが小さいから、ちょっと動きに緩急をつければ避けられる。ダメな奴は切ればいい。鎌に勢いをつけてやれば。それだけで間を通れる。
木が「ドシーン!」と音を立て、地面に落ちる。ああ、でも切りすぎると魔力がなくなるのか。切るときに弾かれないように『身体強化』使わないといけないから。
困った。でもついにアロスの木がなくなった。アロスの木はちょっと硬い。そのぶん面倒だった。これで木はそんなに怖くない。あいつアホだから。
力加減知らないから、投げてもだいたい粉々になってる。センに乗ってた時と同じだね。
これなら、鎌を「ビュン!」とふれば風圧で押し切れる。
ん、このままいけそう。…ちょっと待って。いけそうだとわたしが思った時にノサインカッシュの扉を開いてくるのは何なの?人の心を読んでるの?
まぁ、弱いからいいけど。それに前みたいに一気にブワッ!と大量に出すことはできないみたい。今までの攻防で、ノサインカッシュの扉がだいぶ歪んでいて、きちんと開くけなくなっているからかな?
というか、開くだけでダメージ入ってるんじゃない?魔物が出るたび、「ミシッ」っていう鈍い音が響いてる。これで自爆なんてしてくれるはずがないけれども…。
そろそろ結構近づいたよね。ちょっとだけ後ろを振り返る。やっと二人が見える。二人とも一緒だけど、ぼろぼろだし。真っ赤。アロスの血じゃないのは明らかだね。急がないと…。
ん?影…?
ノサインカッシェラがいつの間にか真上に…!その影!油断した…。鎌を放り投げる!そして、後方にジャンプ!これで大丈夫。
「ガギィン!」と音を立てて鎌が防がれた。一瞬だけ浮き上がったその間に回避できた。危なかった…。
投げちゃったから丸腰だ。早く鎌に戻ってきて欲しいけれども、魔力温存したいから遅い。自分で取りに行く?無理。行かせてくれない。歩くよりは早いけれど…。
って、このタイミングでアロス出しちゃう?
狙いは後ろの二人…。的確に嫌がることしてくるよね…。人間よりはましだけど。やりたくなかったけれど、仕方ない…。
「『死神の鎌』!」
あまり使いたくなかった魔法のおかげで鎌の軌道が曲がり、速度が上がる。これで誘導すれば十分に落とせる!
やった、倒せた。でも、これ以上はダメだ。これ以上魔力を使えば、二人を治療できなくなる…。今の魔法使っちゃったから、今までの戦闘時間を考えると、飴を食べないと本格的にまずい。まだあるよね。あった。
飴を食べる時間なら!よけながらでも!作れる!
鎌で腕を薙ぎ払い、ジャンプ!そして、鎌を投げつけて時間を稼ぐ。
甘い。おいしい。
空中にある間に、地面に刺さった鎌を引き抜く。シャイツァーだからできることだね。普通の剣とかなら無理だね。踏ん張り効かないから。
魔力を温存してさがる…。ちょっときついかな…。わたしもこいつに殴られれば後ろに行けるけれど…。わたしは耐えられる自信がない。あの二人よく気絶していないよね。
ほら、今も…。って、二人とも倒れてる…。
血の気が一気に引いた。まずいまずい!早くしないと死んじゃう。
その焦りを突かれ、突然飛び出してきた、アロスの突撃を許してしまう。思いっきりお腹に直撃してしまった。
痛い…。けれど、あの二人のほうがもっと痛いはず…!
気力を振り絞り、鎌を振るう。何とか、貼り付けにされる前に倒せた。でも、これじゃ歩けない…。仕方ない。
「『回復』」
まだ痛むけど…。大丈夫。吹っ飛ばされたおかげで距離がある。二人のところに行くには十分!『身体強化』!
習か四季を回復させれば、治療してくれるはず…。
二人の元へ駆け寄り、回復させようとする。が、わたしはそこで絶望した。
微妙に。微妙にだけど魔力が足りない…。二人は無理だ…!今の魔力だと、ギリギリ死なないレベルまでしか回復できない…!これじゃとてもあいつが来るまでに両方を回復させられない!
どうする。このままじゃどっちも死ぬ。でも、片方だけ助けてもダメだ。この二人は一緒にいないとだめだ。戦力的な意味でも、精神的な意味でも。一人だけ助かりましたとか、間違いなく廃人化する。
それに一人しかいない二人なんてわたしが見たくない。
じゃあ、やるしかない。日本語で書かれたこの『回復』。今までつかえたことはない。
けど、やるしかない。そうじゃないと二人は助からない…!
本に「シャイツァーは使用者の思いを汲む。」とあった。これは正しい。センの時も、蜂の時も習と四季はやってのけた。間違いない。
けれども、それなのに、わたしの思い—鎌のシャイツァーは要らない—はこれまでずっと無視され続けてきた。
でも、お願い。お願いだからせめてこの思いだけは聞き届けて欲しい。「わたしはまだ、この二人――お父さんとお母さん――を失いたくない!」という願いは!
この思いが通じないなら、神様なんていない。そのときは、この鎌でわたしも死んでやる。死のうと思えば死ねるはずだ。直接斬るだけじゃなくて、無駄に大きいから首吊りもできる。
ルキィ様には悪いけど、この二人がいないこの世界で生きるのはもう嫌だ。今も食べているこの飴、他にいろいろなものをくれた。目が赤いこと、まだ隠し事をしていることを受け入れてくれていることも含めて、全部。
この感謝の気持ちはまだわたしは二人にいろいろな感情があって、伝えてられていない。し、顔を見ては言えない。怖いから。
けれど、二人が反応できない今、伝えておこうと思う。じゃないと後悔する。
「お父さん。お母さん。ありがとう…。願わくは、この先も…」
「お願いします」と、わたしはそう言いたかったけど、できなかった。わたしの思いを聞き届けてくれたのだろう。わたしが手にもっていた紙が輝き出した。
この紙を使える。二人を助けられる。そう確信するには十分だった。
「『かいふく』」
少しつたない日本語だけど、わたしの口はしっかり二人の故郷の言葉を紡いだ。
わたしのその言葉に、紙から光が誘われ出て、温かい柔らかな光が二人とわたしを包み込む。みるみるうちに二人の血色がよくなり、傷も癒えていく。わたしの体の痛みも消えた。
よし、もう大丈夫。
そう思ったら、紙が消えた。わたしの言葉の紙と違って、魔力消費がほとんどなかった。やっぱりこの二人の魔法はすごい。
でも、一回で消えちゃったな。たぶん。魔力消費は紙が肩代わりしてくれたからだろうけど。あれだけの重症を一回で完治できるとは思わないしね。二人が使えばわからないけど。
でも、この考えは間違ってないはず。わたしに渡す紙がたった2回でなくなるはずないからね。習と四季…。お父さんとお母さんはわたしに対してわりと過保護だ。
じゃあ、決着をつけよう。あいつは絶対に許さない。絶対に殺す。
頭に血が上って、ただでさえ赤い目がさらに赤くなっているような気がする。
「ドスドスドス」と、足音が近づいてくる。奴だね。…ん?「パカラッパカラッ!」っていう軽い音も混じってる…。
ようやく復帰したセンがノサインカッシェラを思いっきり横から突き飛ばす。
「…遅い」
センがもっと早く復帰してくれていれば楽だったのに…。でも、日本語の紙を使えるようになったからいいかな?いや、ダメだね。
「ごめんね」
そんな風にわたしの頬にスリスリしてくる。わたしはそれを手でなだめる。
「…許さないよ。手伝って。あいつを殺そう。それで許す」
センは少し威圧されたように引いたけど、
「ブルルッ!」
元気よく答えた。いい子だね。行くよ!
二人でノサインカッシェラにとびかかる。
二人の使うあの頭のおかしい、『しょく…しょ』、あれ?なんだっけ?ま、いっか。威力のおかしいアレなら、きっと奴は防げないと思う。でも、念には念を入れたい。
胸のすぐそば……ほぼ0距離でぶっ放す。これなら絶対によけられない。肉体は消し飛ぶだろう。そうなれば倒せる!
ん…?あれ?なんで二人ともこの紙回収しなかったんだろう?これ──『明かり』──って前、岩山破壊してたよね?
ま、いっか。二人のことだから忘れていた。とか平気で言いそうだ。そのことを考えると自然と笑みがこぼれる。
よくあいつの胸を観察してみれば、さっきの衝撃でノサインカッシュの扉が逝ったのか、完全に開かなくなっている。よし、そのまま本体にも早急に逝ってもらおう。
「…セン。やるよ。タイミングを合わせて」
「ブルルルッ!」
二人で敵の腕をさばきながら必殺のタイミングを狙う。
アロスの木がないからやぶれかぶれで普通の木を振り回している。けれども、木がへし折れないように加減された一撃なんて、魔力を気にせず消費する今のわたし達には当たったところで意味がない。
「メシッ!」という鈍い音を立てて木が折れるだけ。
腕を回避。追撃しようとしてくる腕2本とそれとにそばにあった腕2本。おまけに今避けた2本。全部もらうよ。
合計6本の腕を一気に切断する。悲鳴を上げる間もなく、センがノサインカッシェラを蹴り上げた。今だ。
わたしは手に持っている紙にありったけの魔力を注ぐ。とどめはセンに任せる。いくよ!
「『明かり』!」
わたしが前にもらった、わたしが今、使っている言葉で書いた紙。
それとは比べ物にならないくらいの…、それこそ岩山を破壊した『明かり』。それがかすんでしまうほどの、圧倒的な明るさと熱量を誇る光の玉。
それがわたしの思った通りに、紙が消える代わりにでてきて、瞬きするもなくノサインカッシェラを包み込んで、一瞬でノサインカッシュ以外の肉体を燃やし尽くした。
…ノサインカッシュもあまりの熱量に少し変色してるね。
ノサインカッシュが体を再生して、ノサインカッシェラに戻ろうと、もがきながら地上に落ちてくる。
それをまるでユニコーンがいるのかと思ってしまうほど、透明で、強靭な角をバリアで作り上げたセンが見上げる。
地上から馬としての驚異的な脚力で、真上に飛び上がり、完全にノサインカッシュがノサインカッシェラを再生する前に、ノサインカッシュを貫通。そのままバラバラに破壊しつくす。
「ガランガランガラン」
金属が落ちてきたかのような音が鳴る。やっと、終わったね…。安心したからか、座りこんじゃった…。魔力切れだね…。
ふと空を見上げると、ノサインカッシュが壊された位置に、力を使い果たしたはずなのに、まだ不快な白い光を放つ球体があった。
どうしようかな。あれ…?絶対あれ、壊したほうがいいよね…。でも…。壊すと何かありそうだよね…。
わたしが思っている間に、センが吸い込んで食べちゃった。
「…大丈夫なの?」
聞いてみると、頭をスリスリと押し付けてくる。ん?わたしの目をそんなに見つめてどうしたの?あ、もしかして…。
手を差し出してみると手をはむはむされた。そして、ほんのちょっとだけ魔力を吸われた。もしかしてと思ったのはわたしだけれど、全部使い切った人から吸うのね…。
でも…。あそこで気絶している二人から取るよりはマシか。とりあえず回復を待とう。馬車の中で寝たいし、二人も馬車で寝かせてあげたい。
………ん?…馬車?センはここにいるよね…。
「…セン。馬車はどうしたの?」
声をかけると、「あ!」みたいな顔をして一目散にかけて行った。
……ん?今二人の手はむはむしてたよね…。ま、いっか。大丈夫だと判断したからやったんだろうし。取ってきてくれるまで待っておこう。
というより動きたくないし…。眠い……。でも、見張りしなきゃ…。せめてセンが帰って来るまで…。それか、二人のどっちかが起きだすまで…。耐えるんだわたし。
二人は心地よさそうな寝息を立てている。あんなに重症だったのに傷一つない。叩き起こしても文句は言わなさそうだけど、申し訳ないしね…。
でも、二人ともわたしが戦っている間寝てるんだよね…。ダメだダメだ。耐えろ、耐えるんだ。わたし。寝たらだめだ。
とりあえず飴食べよう。これのおかげで戦った後でも、おいしく自分を見失わずに済む。
ご飯食べてもいいけど、ない。待たなきゃ。
わたしは飴を一粒袋から取り出して口に運ぶ。…ん。やっぱり甘くて美味しいね。これ。