175話 続々VSマカドギョニロ
アイリ視点です。
滝つぼがぼこぼこ泡立ち、何かが滝つぼから這い出てくる。落ちてくる水を背中に受けながら、なのにそんなの存在しないかのように、意に介すことなく立ちあがった茶色のソレ。あの形は…。
「…人?」
「ふっ、違うよアイリちゃん。アレはゴーレムって言うんだ!勇者様曰くね」
…へぇ、ということは…、あれはマカドギョニロが泥で作ったゴーレムかな? …予想はしてたけど、どうしてチヌカはこうも面倒くさいんだろう。一回で死んでくれればいいのに。そう思っちゃうと、顔が歪んじゃう。
…リブヒッチシカはもろにそうだった。ウカギョシュは…、わたしが潰したけど呪いのせいでお父さんとお母さんがわたしを止めるために戦った。ファヴはわたし達の前にリンヴィ様に潰されてるし…、だいたい二回戦がある。…もっと正確に言うならファヴの大本はマカドギョニロだから、こいつだけで既に5回戦ぐらいはしてるね。
…鬱陶しい。
「なぁ、姉ちゃんどうする?」
「…倒すよ」
「うん。知ってる」
真顔で頷かないで。…そんな反応返って来ると思ってたけどさ…。
それはそれとしてどうしようかな。…わたしにも確固としたアレを倒す「何か」があるわけじゃないんだけど。…むぅ。こんな時にお父さんとお母さんに割と頼ってることを自覚させられるなんて。
あいつはマカドギョニロが作ったやつだよね。…ファヴみたいにコアがあるかな?
「…あいつ『ミュゴ』のコアを捜して壊そう」
たぶんあるはず。…コアは白授の道具だろうから究極に大変だけど、リブヒッチシカの時…、ノサインカッシェラの時は少なくともそれでいけたからね。
「『ミュゴ』って何だい?」
「…適当にマカドギョニロと、ミュムと、ゴーレム混ぜたあいつの暫定の名前」
「あぁ。了解」
…いつまでもアレじゃ困るしね。
「…とりあえず、あいつの頭殴ってみる」
「『輸爪』もってけ!」
ありがたくガロウから『輸爪』貰って飛ぶ。…やっぱり気のせいじゃなかったね。滝が直撃してるのにものともしてない。…これじゃ後ろに回り込めないかな。回り込んだら最期、滝にまかれて一巻の終わり。
…素直に正面から殴りつけよう。刃渡り10 mほどにまで鎌を拡大、大上段に構えて爪を蹴って飛ぶ。
わたしの全体重と、落下する勢いを乗せ、ミュゴの脳天向かって鎌を振り下ろす。
ガギャッ!
…さっきまでよりも音が高い! たぶんさっきよりも頑丈になってるね…。このまま押し切れるかな?
「カレン姉ちゃん、レイコ!アイリ姉ちゃんの援護!」
「やってるよー!」
「私もです!ですが…、まるで堪えていませんよ!?」
…妹達の援護も効いてない。押し切るどころか自力の差で押し切られる気しかしない。距離を取ろう。浮いてるからまずは足場の確保。『輸爪』を手繰り寄せて…、
「姉ちゃん!」
ガロウの悲鳴。ガロウの方を見ようと横を見ると、視界いっぱいのミュゴの拳。
…こいつ、動きまで早い!? だけど、まだ間に合うね、『死神の鎌』!
鎌ごとその場でクルリ一回転。さっきまで鍔迫り合いしてたミュゴの腕に乗って、確たる足場の上で鎌を振りぬく。
ガギッ!
…あ、かなりキツイ。拳の位置がわたしに近すぎる。うわっ、動かないで。…動かれると鎌に力かけにくくなっちゃうから!
…あっ、足が滑った。…諦めよう。『身体強化』
一拍遅れて拳がわたしに直撃。吹き飛ばされて崖に激突。胸が押しつぶされて「カヒュッ」って音が口から漏れた。…痛い。
「ちょっ。姉ちゃん!?」
「お姉さま!?」
「おねーちゃん!?」
「ブルルッ!?」
「アイリちゃん!?」
心配してくれてる。何とかして無事なのを知らせないと…。
「bzだy…」
…あぅ。伝えたいのに声にならない。…喉に違和感があるから…、血を吐いたかな?
喉を意識して動かして無理やりせき込めば、口から鮮血が散った。…鉄の味がするね。割と久しぶりな気がする。
「カレン姉ちゃん!?」
ガロウの悲鳴に少し遅れて「ドガッ」と何かにめり込むような音。…カレンも殴られたね。
…とりあえず、わたしの無事を知らせないと。よく考えると声出さなくても知らせれたね。鎌を大きくすればよかった。
…鎌を大きくして振る。これで伝わるはず。…同時にミュゴにもわたしが無事なことがわかっちゃうけれど。それはどうしようもない。
合流しないと。…勢いが強すぎてめり込んじゃったし、まずは穴の外に…? あの泥の色って…、ダメなやつだよね? 爆発するよね? …生き埋めにされたくない。鎌を放り投げて爆発させる。
…あいつ、殺意しかないね。『死神の鎌』で落下速度を落としながら地面に降りる。のんびりしてると殴られるし、急ぐと足の負担が大きい。…調節が面倒。
…妹達の状況はどうだろう? 上からの方が見やすいけど…。
見る限りカレンが殴られちゃった以外は大丈夫…、だと思ったけど、今、シールが飛んだ。…地に足を付けてたシールでさえ正面から打ち勝てないなら、張り合うのは不可能だって考えた方が良さそうだね。
家は…、うん。まだ大丈夫。…窓からルナがジッとこっち見てるね。…手を振っておこう。大丈夫。わたしは、わたし達は負けないから。
…今、ちょっと一撃貰っちゃってボロボロだけどね。足を庇うのに鎌を杖にしようと思ったけどやめる。余計な心配などかけさせられない。
「セン!」
鎌を放り投げて、センに向かって行われる殴打を少し遅らせる。案の定、一発で撃ち負けて、鎌は飛んでいっちゃったけれど、その時間があれば…、
「ブルルッ!」
センが回復させてくれる。…センが察してくれてよかった。鎌も『死神の鎌』で軌道を捻じ曲げて捕まえる。
「…ガロウ、魔力は!?」
「ちょいきっつい!」
「…なら、これ飲んで」
薬の入った瓶を押し付ける。ついさっきわたしが作ったやつ。一番負担が大きくなるはずのガロウ用に調整したから効果は折り紙付き。
「え、これ飲むの?塗り薬じゃねぇの?」
「…飲み薬」
そんな露骨に嫌そうな顔しない。…確かに色とか臭いとか放つ雰囲気とか色々変だけど、効果はあるからね?
「ガロウ、飲むなら家に入ったほうが良さそうですよ」
「…そうしとく」
…二人とも顔が引きつってる。…ちょっと複雑な気持ちになるけど、そうして。
「…レイコは大丈夫?」
「私は大丈夫です。神獣だからかわかりませんが、魔力にはまだ余裕があります」
…よかった。わたしの推測は合ってたね。…レイコのまでは作ってないし。
会話しながらも飛んでくるミュゴの殴打を、受け止めずに受け流す。受け止めるのと受け流すのでは、勝手が違う。けれどやっぱり地面の上の方が安定するね。…『輸爪』もわたしが自力で飛ぶよりは安定するから必要だけど。一長一短だね。
…こいつを攻撃するなら、今みたいにレイコにちょこちょこ表面を焼いてもらうんじゃなくて、わたしが受け止めてその隙に…ってのが一番なんだろうけれど…、試す気にもならない。無理。
…受け流してバランスを崩してくれればいいんだけど…、そんな気配は微塵もない。…滝を背中に受けていてなおこの動きなんだから当然と言えば当然だけどさ。
ミュゴの頭にバリスタの弾のような矢が突き刺さった。…カレンも無事だね。…攻撃、まるで効いてないけど。…わたしの時みたいに追撃しようとしてる?
…やらせない。鎌を放り投げて飛び出す前に爆発させる。
「ブルルルッ!」
え? 声の方を見ると、ミュゴの拳と、それを受け止めるセン。…嘘でしょ、カレンを狙ったのは囮だったの!?
ミュゴの拳はセンの聖魔法で端からポロポロ崩れ落ち、レイコの魔法で焼かれている。だけどそれは慰めにならない。殴りつけたまま、ミュゴは空いてるもう片方の手を構えてる。
…センはもう片方にかかりっきりで、鎌は未だにはるか遠くに。…鎌もなしに受け流せと?
無理。レイコを抱きあげて後ろに飛び跳ねる。レイコはわたしより鈍いし…、なにより妹だから。
「パリン」という硬質な音とともに、センがわたし達のほうへ飛んでくる。…あぁ、やっぱり巻き込まれちゃうね。盾になろう。
「『身体強化』!」
「え?『身体強化』!」
わたしを見てちゃんと身体強化してくれた。よかっ、ぐえっ!? センがわたし達に命中、ともども壁に叩きつけられる。
「ギャッ!?」
「ブリュルッ!?」
センとレイコの悲鳴が上がる。わたしも出しそうになったけれど、口から出そうになったソレを無理やり押さえつける。…こんな至近距離の悲鳴なんて絶対に聞こえちゃう。…レイコを心配させるわけにはいかない。わたしはお姉ちゃんだから。
「ブルルッ!」
センが回復してくれた。…ありがと。…傷は癒えた。だけど、この状況は変わらない。…弱気になるつもりなんてないけれど、どうしようかな。
家のそばだから動かなければ安全だけど…、論外だね。カレンとシールが戻ってこれるようにあいつの気を逸らそうか。…あれ? シール大丈夫かな? シール、獣人だから、今の状況って不味くない? シャルシャ大渓谷の呪いで死んだりしないよね?
…誰かに行ってもらおう。センは貴重な自前回復持ちで、レイコはミュゴに効果のある攻撃が出来て、それはわたしも同じ。ガロウは…、ガロウは…家のドアを開けてみる。
…まだ、悶絶してるね。…渡さない方がマシだったかな? あれ、わたしが飲んでもそんなひどくなかったんだけどな…。
…ガロウを心配そうに見てたルナが顔を上げた。…心配そうな顔は変わらないけど、少し悲しい気持ちが混じってる?
心配ないよって、手を振ってドアを閉める。…シールを見に行くのはカレンしかいない。
「…カレン!いける!?」
「いけるよー!」
めり込んだ穴から勢いよく飛び出してくるカレン。…|飛び出しかたは相変わらず《射出された矢に乗る》だけれども、さすがの機動力。探すのにも都合がいい。
「ひとまずこっちに」
「わかってるよー!」
ミュゴの腕が届きにくい距離を保ちながら家の周辺の安全地帯に降りてくる。
「手間取っちゃったー!」
元気よく、なんでもないように言うカレン。…そりゃ時間かかるよね。右手の骨が折れてるもん。
「…何で貰った『回復』使わなかったの?」
「殴られる気はなかったけどー。もし殴られたら二度手間だしー。それになによりー、たぶん一回でなくなっちゃうもん。あー、ありがとー!」
わたしに伝えながらセンに回復させてもらうカレン。…なるほど。そんな理由があったのね。…え、今から行くの?
「…せめてこれ持って行って」
ポケットの中からわたしが預かってる『回復』の紙をとりだして押し付ける。…そういえばわたしも『回復』使えばよかったね。…むぅ、そこまで気が回ってなかった。
「ありがとー!じゃー、行ってきまーす!」
嬉しそうに言うと素早く自分と矢を繋いで、その矢を引き絞る。
そして発射。勢いよく遠くまで流星のように飛んでいく。それと同時にわたしの鎌とミュゴの腕がぶつかり合い、金属音を奏でた。…邪魔はさせないよ。この家のバリアから出るタイミングを見計らってたんだろうけれど、それを邪魔するぐらいならわたしにも出来る。
このまま受け流し続けて…、
「ただいまー!」
早い。早いよ。…言いたいけどこれは相応しくないね。
「…ん。お帰り」
心の中に浮かんだ諸々のツッコミを口から出ないように押し沈めて、歓待する。
「…で、どうしたの?」
「すぐそばにー、いたー!」
そっか。
「…なら、すぐ帰ってくる?」
「たぶんー!」
なら、シールの邪魔にならないようにミュゴを徹底的に邪魔しないと…。家の敷地? からセンと一緒に出て迎え撃とう。
「あの、お姉さま。『回復』の魔法は使用されましたか?」
わたしの後ろで「バピュッ」と言う矢の発射音と風切り音が響いて、近くでもう一度なった。そして何事もなかったかのようにわたしとセンを援護してくれる。
人の事言えないけど、何やってるのさ…。
「レイコー!」
「あ。はい!」
レイコも動き出した。…すがすがしい顔してるけどさ、カレン。レイコが硬直してたのはカレンのせいだからね? 内心で「うわぁ…」って思ってたからそうなってるんだよ?
「今、帰った!」
「うぐっぇっ、…俺もやっと立ち直ったぜ」
…ん。お帰り。センも含めた全員がお帰りの声をあげる。
…ガロウはまだちょっと寝てた方がよさげな顔色してるけど…。…本人が出てきたがってるし、あれは毒薬じゃない。…尊重してあげよう。
…む、ルナが開いたままのドアからこっち見てる。さっきから何度も言ってる…というか伝えているけれど、大丈夫。問題ないよ。わたし達に任せて。そんな気持ちを込めて、鎌でそっとドアを閉める。
「…頭。破壊しよう。レイコ、やれる?」
たぶんこれが唯一の解。最初に畳みかけてたら楽だったかもしれないけど…、あの巨体に反する速度に対応出来なくて壊滅してた気がするから結果的にはあれでよかった。
「『|蒼凍紅焼拓《ガルミーア=アディシュ》』を頭に当てられれば壊せるでしょうが、私だけでは無理です」
…なら問題ない。やるのはレイコだけじゃない。わたし達もいる。後は…、
「俺も行けるぜ」
…そう言ってくれるガロウの顔色はさっきと違って青くない。…足場周りの不安もないね。いける。
「行くよ!」
ガロウが出してくれた『輸爪』に乗って飛ぶ。無駄に動きの早いミュゴの頭、その近くにレイコが行けるように援護する。
…ミュゴはノサインカッシェラと違って腕が二本しかない。そのくせはやくて、重い。攻撃を一回受け流すだけで、あっという間に高度が下がちゃう。
「泥ー!」
…あの色なら、わたしが行くべきだね。その場で飛び上がって横に回転。泥を散らせ、ガロウが出してくれた別の『輸爪』に着地する。
「無茶苦茶するなぁ!?」
「…ガロウならやってくれると思ってた」
じゃないとしない。…保険に『死神の鎌』もあるし。
…今までで一番近づけたかな? 普通、これくらい近づけたら死角増えそうだけど、そんなそぶりはまるでないね。
「レイコちゃん!この距離じゃダメかい!?」
「まだもっと近づきたいです!この距離では…」
「たぶん確実にー、避けられるー!」
「くそっ!」
…気持ちは分かるけど、レイコに当たったら殴るからね。
「後ろに回り込むのは…」
「無理だよー!」
「だよねぇ!」
…ミュゴは滝を背負ってるからね。そのせいで背中側全体に滝の水が拡散してる。…水しぶきだけとはいえ、この不安定な足場で受けようものなら落ちちゃう可能性がある。…博打要素が大きすぎる。
…だからただひたすらに正面から突破する。レイコを庇ってレイコを出来るだけ前に。かつ、レイコが突出しないように全員で追いかける。
「レイコ、まだダメか!?砕かれて出して、吹き飛ばされたから消してで、きついんだが!?」
「この距離ならおそらくいけます!お姉さま、やりますか?」
まだちょっと遠い気がするけど…、いい加減捌くのも限界。…仕方ない。やってもらおう。
「いって!」
「全力で行きます!」
レイコから魔力が吹きあがってレイコの髪の色がガロウとおそろいの銀になる。厳かな雰囲気を纏い、一語一句レイコの口が呪文を紡ぐ。
…これで決めようとしてるのがバレちゃいそうなんだけど…。レイコ自身も何で変わるかよくわかってないみたいだし、どうしようもないよね…。
……変だね? これが致命傷になることは分かってるはずなのに、妨害しようって言う気持ちが薄い。…抵抗0とはいかないけれども、さっきまでの苦戦が嘘みたいに進めてる。殴られて受け流してもたいして高度が下がらないし…。
これではまるでわざと近づかせようとしてるような…。
「私の敵を焼き尽くしなさい」
…まさか!?
「撤退!」
「『|蒼凍紅焼拓《ガルミ―ア=アディシュ》』」
わたしの声と、レイコの魔法名の宣言が重なる。…遅かった!
巨大な魔力球が発射され、レイコが魔力を一気に失ったために『輸爪』の上で崩れ落ちる。
…なら、次善策! 『輸爪』を蹴って勢いよくレイコの『輸爪』を掴み、さらに『死神の鎌』で無理やりわたしが空中で一回転。その回転を推進力に変えて、家の方に放り投げる。ついでに『回復』の光を飛ばしておく。
「ちょっ、嘘だろ!?」
視界の先でミュゴが自分から崩れ落ちた。…足を自切して、無理やり背丈を下げて避けたね。
…それよりも、視界を圧迫する爆弾の処理が先!
「セン!回復準備!ガロウはお父さんお母さん式準備!シールはガロウの補助!カレン!行くよ!」
シールだけ「お父さんお母さん式」がわかってないみたい。…ごめん、今、二人がシュガーの時にやらかした脱出方法──爆風利用して飛ぶ──を懇切丁寧に説明してる時間はない。
…だけど、全員動いてくれた。
「何時でもいいぜ!」
「おねーちゃん!」
「…ん!」
カレンと二人で目の前の爆発する泥を最大限狙い、わざと誘爆させる。爆風が届く前にガロウがさっと『護爪』を何枚も割り込ませてくれる。
爆音が鳴り、一拍置いてわたしの体に衝撃が走る。体が爪に押し付けられる…! この感覚はカレンの弓での遊びで受けたことがあるやつをひどくしたやつだけど…、キツイ!
ぐぇっ…。家に叩きつけられて臓腑が押しつぶされた。…ガロウがタイミングよく『護爪』を消してくれたから『護爪』とサンドイッチされずに済んだ。…けど、痛い。骨が何本も折れてる。
「ブッ、ブルッルッ!」
…ありがと。怪我したせいか発音が変だったけれど、回復はしてもらえた。レイコは…、よかった。無事だね。魔力ほぼ無しの状態で叩きつけられたけど、回復を飛ばして置いてよかった。
「滅茶苦茶するねぇ…」
「…こうしないと駄目だった。…あれだけやってもまだ残ってるみたいだけどね」
「は?」
シールの目が点になった。…うん、あの爆発だったけど、まだ残ってるんだよね。爆発する泥。
「…撤退!」
完全に家のバリアに任せちゃう。今のボロボロの状態で外にいたところでしのげる気がまるでしない。…ごめん。お父さん。お母さん。
家に駆けこんでドアを閉める。耳をつんざく爆音が外で鳴り響く。家は一切問題ない。…シャイツァーだからかな? 壊れる事より魔力消費を心配するべきだろうね…。
…お父さんとお母さんは、ちゃんと脈もある。魔力も通ってる。大丈夫。問題ない。寝てるだけ。
ルナがわたしの目の前に来た。…ルナのわたしを見る目が、戦いの最中で何回か見た目よりさらに心配そうで、泣きそうな目になってる。…ありがとね。でも、大丈夫だよ。わたしは、わたし達は負けないから。
そんな気持ちを込めて頭を撫でると、ルナは嬉しそうに身をよじる。…爆音は止んだ。これで打ち止めかな?
外を確認しよう。…うわぁ。
「どうしたんだ?」
ガロウの声に応えずに無言で外を指さす。そうするとガロウまで絶句した。…見間違いだと思いたかった。だけど、違った。落ちてくる水の裏から次から次へと爆弾が産まれて来てる。
ドーン!
泥が家に当たって…、当たり続けて、家は絶え間なく揺れる。…こいつ、爆弾を隠し持ってたんじゃないね。…もし隠してたんなら、洞窟に行くまでのあれこれでここら一帯は吹き飛んでる。
…あいつ、ミュゴになってから泥を爆弾にしたんだ。…マカドギョニロが溜めてた泥だけど、奴は既に死んだ。…奴はもう泥人形は作れない。だからそれを使ってるんだ…。
…たぶんこの考えで合ってる。だから何だって話なんだけど。状況は変わってない。
…このまま中に籠っていたって魔力が削り切られて死んじゃうよね? 余裕があるのは…わたしとカレンだけ。有効な攻撃を持つのはわたしだけ。なら、わたしが終わらせる。
…あいつの頭付近に飛び込んでメタメタにする。これしかない。
ギュッと強く鎌を握りしめる。…ちょっと怖い。昔のわたしならこの状況でもたぶん怖くはなかった。…だけど、弱くなったなんて思わない。
わたしなら…やれる。折角二人から貰えたかけがえのないものを、このままみすみす失うなんて許容できるはずがない!
足を踏みしめ、ボロボロになった服を正して、いざ、扉の外へ!
…意気込んだのはいいけど、頭を抱きしめられてるね。…この柔らかいのは…、ルナ?
「…どうしたの?」
…ルナの方を向いたらさらにギュってされた。ちょっと息がしにくい。
…言葉はないけど、言いたいことは分かる。…行って欲しくないのね。…でも、行かないと詰んじゃうんだよね。
「駄目だよ」と言い聞かせるように首を振る。…死ぬつもりなんて微塵もn…、あ。ちょっと待って。腕ひかないで。
「何してんの?」
「…引っ張られてる」
意外に力が強くて抵抗できない。あ、やっと、止まってくれた。…ナニコレ? こんなものあったかな?
…わたしの目の前にあるモノは独特の形をしてる。…少なくともわたしはこんな形のものは今まで見たことがない。皆も…なさそうだね。お父さんかお母さんの意識から引っ張り出してきた?
…たぶんそうだね。この家の中にあるものはルナ、もしくはわたし達の意識が反映されるみたいだし。
…となると、ここについてるのはボタンかな? …お父さんとお母さんが『操縦桿』とか言ってた奴に近い…気がするからたぶんそう。…二人の書いてくれた絵では余計に混乱するだけだから言葉から判断するしかないけど…。
押してみよう。ボタンをポチっと。
ドギャーン!
ッ…! 耳がッ、おかしくなる…! …さっきからずっと爆撃されてるとはいえ、今のは異常だよ!?
「姉ちゃん!光線出てたぜ!」
…よく耳無事だったね。ガロウ。でも、ごめんもう一回言って。聞き間違い?
「光線が出ていましたよ」
…ありがと。レイコ。…訳が分からない。
「よくわかんないけどー、使えるなら使おー!」
「あ。カレン!よくわからないのにやっちゃ…「おとーさん達もやってるよー!」…おぉぅ」
…そうだったね。キラービーの時とか実験 (本番)でああなったんだった。でも、止めない理由には…。
「えーと、こー!かな!?」
止める前にカレンがボタンを押しながら棒を左から右へ回す。それにつられて発射される光線も左から右へ。全ての泥を誘爆させた。
………。
「ざんりょー、あるっぽいー?さっさと仕留めるよー!」
…瓶みたいなのが何本もあって、それが露骨に減ってるね。…わたし達の魔力総量ではなさそう。だって×100,000とか意味が分からないし。
「ルナー!力貸してー!」
嬉しそうにルナがカレンの横に。…カレンがガチャガチャ棒を動かしてミュゴの頭に狙いを定めた。
「いーよ!」
カレンの叫び声に応えてルナがボタンを押し込む。瞬間、家の中を遍く照らす、眩い光が奔って一切の音を残さずに消えた。
…あぅ。一気に眠気が…!? …魔力が一気に減らされたね。…今の魔法? に持って行かれた。
だけど、確認しておかなきゃ…。ミュゴはどうなったの?
窓の外には…いないね。さっきみたいに滝つぼに落ちたわけではなさそう…? 泡が出てないから。…塵すら残さずに消えちゃったのかな?
あ、崖の色が変わってる。不帰の滝の崖。そのどこを見渡しても黒色だ。…となると、討伐出来たってみなしてもよさそうだね。
…あ、妹達は!? …全員駄目。カレンもガロウも、レイコもルナもセンもシールさえも寝てる。
たぶんお父さんとお母さんの子供の中でわたしが一番魔力多いけど…、わたしでもこうなんだし…当然かな? …少し幕切れがあっけないけど、それはどうでもいいや。…全員で生きて勝ててよかった。
…おやすみ。お父さん。お母さん。