173話 VSマカドギョニロ
また? またと言われても俺らにこいつ…マカドギョニロとの面識はないのだが。
「四季、こいつ知ってる?」
「習君が知らないのであれば私も知りません。他人の空似ではありませんか?」
「チガウ!」
あ、会話してくれるんだ。四季もマカドギョニロに答えを求めたわけじゃないはずなんだけど。
「間違いなく貴様ラダ!間違えなどするモノか、その忌々しい魔力ヲ!砂漠でも森デモ邪魔してくれヤガッテ!」
砂漠? 森? 俺らが通った道筋で言うと…、
「イベアと…、」
「ペリアマレン連邦ですか?」
「貴様らの固有名詞など知るカ!」
食い気味にはねのけられた。確かにそうだ。一理ある。そもそも、ぺリアマレン連邦とか俺らが名付けてから2カ月経ってないはず。
「そこの獣人共と!」
ガロウとレイコをぎょろぎょろした目で見て、
「そこの群長に関係がアル!」
視線をシールさんに動かした。獣人組だな。ガロウ&レイコと、シールさんが別枠で扱われてるから、砂漠と森での出来事を指しているか?
「あぁ!?お前か!僕らのところに変なやつ送り込んできたやつは!?」
「変なやつとは何ダ!?我らが母より頂いた白授の道具……、それで作った作品であるゾ!?遜って然るベキであるのに下賎な貴様らハ!見るも無残に焼き払いヤガッテ!」
…確かその最高傑作とやらは人間と戦争しようぜ! って言ってリャアン様を筆頭とする群長全員からぼろ雑巾にされて聖地に捨てられたんだったか? あぁ!
「お前、あれか。『ファヴ』か!」
「あぁ!父ちゃん!あの龍か!」
「『ファヴ』ではなイ!『クドリュロッサ』ダ!」
うん、お前らのつけた名前に興味なんてないから。俺だけじゃなくて皆似たような顔。
「あれは最高傑作だっタ!」
続けるのね。鋼の精神でも持ってるのか?
「だからこそ、人間と獣人の戦争を勃発させるのにうってつけだダッタのだ!」
人間と獣人の戦争ね。イベアを出発したのは獣人の先見部隊が奪還に来て、かつ、ガロウとレイコの故郷で内戦があってハールラインが勝つと戦争不可避だったからだった。
ま、そこは一旦脇によけよう。
…イベアで盗賊を潰しているとき、いつもの汚い色を見たな。しかも茶色──こいつの体の色──が混じった色を。
「なるほど、お前か。ガロウとレイコを誘拐したのは」
「マッチポンプ仕掛けて私達に防がれたとでも?」
「アア!貴様らは直接、わしの作品には手を下さなかっタガナ!その後ダ!捨て駒はロクに動かず潰れ、最高傑作も完膚なきまでに叩き潰さレタ!これが許せるとでも思うテカ!?」
なるほど。ハールラインをけしかけたのもこいつか。それはどうでもいい。いや、どうでもよくはない。が、ガロウとレイコをこいつが誘拐したって事実の前には些末。潰す。
元からチヌカを放置する道理なんてない。だが、手を抜くという選択肢が完全に消えた。塵すら残さず消し飛ばす。
「わしの言う事理解したカ!?」
「「『『ウォーターレーザー』』」」
「チッ!?貴様ラァ!?」
避けられた。だが、構わない。奴が追い詰められた位置にいるのは確か。さっさと消えろ。
「わしの作品よ。起きよ」
洞窟壁面や地面の泥がもこもこと起き上がってあっという間に10体ほどの人形に。
「『サイカクイセネラデ』ヨ、我に与えられし、我らガ神の力、真なる力を見せつけヨ!」
詠唱!? こんな人形をすぐに破壊して…、って何だこれ。手ごたえないくせに、攻撃が通らない!?
「習君、コアです!コアを破壊すれば一撃です!」
ありがとう四季! 子供達もシールさんも俺も、各々の人形がランダムに持つ赤いコアを破砕。これで人形は消えた!
「ああ、もう手遅れだよ!」
「忠実なる僕はここニ!『テンカグダロイツン』!」
シールさんの悲鳴とともに〆の呪文名が高々と響き渡り、それに反応して洞窟中…、洞窟の床でも、壁でも、地面でも、へばりついている泥からポコポコと兵士を模した泥の人形が産まれ落ちる。
アイリが鎌をマカドギョニロに投げつけ、致命の一撃を狙う。が、泥の兵…泥兵でいいか。に当たり、柄での一撃だったにもかかわらず泥兵が崩れ軌道が逸れる。
さっきと比べて脆い?
カレンの一射。ガロウの一薙ぎ、レイコの火球一発。センの蹴り。俺らの剣の一振り。シールさんの一撃。どれもがどれもどこに命中しようが泥兵が崩壊する。たとえ当たった箇所が泥兵のつま先であっても、手の先であっても。それが致命傷であるかのように崩壊する。
「父ちゃん、こいつら弱いぜ!」
確かに。…一回検証しておこうか。
都合よく上から降ってきた産まれたての泥兵の剣の一撃を回避。身体強化もせずに優しくそっと触る。触れられた先からぽろぽろと崩れ落ちた。防御力は紙だな。…いや、それ未満か。防御の比喩で紙って使えないとか相当脆い。
だが、それだけ。
「ガロウ、残念ながら弱いのは防御だけだ」
「攻撃力はかなりのモノですよ。洞窟の岩盤をさっくり貫き通すレベルの攻撃力はあります」
「ハァ!?ッ!?」
絶叫するガロウを狙った一撃。アイリが鎌で割り込み剣を受け止めれば、「ガッ!」と金属同士がぶつかったような音が響いた。
「ありがと!姉ちゃん!」
「…ん。構わない。t「おとーさん!おかーさん!ボクの勘違いじゃなければー、これボクが倒しても再生してなーい?」…」
カレンの目はいいから、カレンが言ってるならば、そうなのだろう。一応確認。
「『ウインドカッター』」
「『ホーリービーム』」
俺が風の刃を放つと、横でルナをいつのまにか抱き上げている四季が光球を放った。風に砂が運ばれるように、熱に晒されて風化していくように泥兵が消える。
かなり見にくいが…、確かに風で消える前の泥は色に変化はなかったが、光で消えた泥は憑き物が落ちたように、白と黒の汚い混ざった色が消えた。
そして、風で流された泥は壁にたどり着くと別の泥と混ざり合って泥兵として再生した。人海戦術ならぬ…、泥兵戦術か。実に白授の道具らしい。
「…コホン。ところでお父さん。お母さん。どうするの?」
何で咳払い? …さっき割り込まれたからかな? いや、質問に答えねば。いいタイミングで聞いてくれた。皆の耳が俺と四季に集中してる。最高のアシストだ。
「突っ込む!」
意味が分からないよね。ガロウもレイコもシールさんも驚いた顔。センでさえ「ブルワッ!?」と鳴いた。
驚いてないのはアイリとカレンぐらい。後、わかってないルナと。
「『後ろにですが』!」
四季が皆の疑問の答え…とはいかないでも、ヒントにはなる指示を日本語で叫んでくれる。これでシールさん以外には完全に伝わった。
「5秒前、」
わざとらしく宣言。当然のようにあいつは突破されないようにと警戒を強めてくれる。それでいい。お前はお前自身の後ろにある、俺らがさっき採掘した穴に入ってほしくないもんな。そこには泥がないから。そしてこの位置からならそっちのが近い。
だが、そっちにはいかない。宣言と同時にガロウはシールさんの手を握ってくれていた。彼だけ置き去りにされることもない。
「3、2、1.はい!」
入り口目がけて駆け出す。ちゃんと引っかかった。
道中でわいてくる泥兵は全て焼き払う。焼き払ってしまえば泥が残らないから再生も何もない。
さっきまでは奴の逃げ場のない洞窟で戦おうとしていたから、二酸化炭素とか熱とか、その辺りが怖かったから使う気がなかった。だが、洞窟を脱する選択を取るなら、この泥に対して効果的な魔法を使わない手はない!
「卑怯ナ!?」
「嘘は言ってない」
ちゃんと突撃している。突撃方向は後ろだし、別言語も混じってるけど。ま、「コントラクトのアグリーメントを得た」をはじめ日本語にはありがち。
「遊んでないの」
わかってます。シールさん。まず、ルナを離脱させる。他の子らは自分である程度自分を守れるけれど、ルナだけは無理。よって最優先。
こっちの世界の人は強制的にシャイツァー持ち運びだったはずだけど、こんなところで家に押し込むとか遠回しな自殺でしかない。
「四季!センに乗って!センは二人を連れて脱出!」
「ブルルッ!」
「後ろは任せますッ!」
センがその場で乗りやすいように嘶きながら一回転。四季がルナを抱え、地面を蹴って飛ぶ。飛び上がった勢いそのままにセンに乗った。
「普通の馬ではできない芸当ですね…。お願いしますよ!」
「ヒヒ―ン!」
嬉しそうに鳴いたセンはそのまま出口目がけてバリアを張りながら一直線に駆け抜ける。
「いいのかい!?シュウ!?」
いいのかって…、分断されることを心配してくれているのか。この泥兵の量だしな。
「これが最善ですから。それに、センなら二人を十全に守れますし、四季もいます」
センの脚力で駆け抜けるだけなら戦力は十分だ。それに、
「遠距離攻撃もあります。嫁と子供くらいは守って見せますよ」
「言うねぇ…」
む、やっぱり遠距離攻撃で守るのは言うほど簡単ではないとバレた? シールさん自身遠距離攻撃手段が貧弱だからわからないと思ったけど、無理か。
だが、やり切って見せる。四季を…前方を見つつ、上も下も右も左も後ろも見ながら全員で脱出する。…下だけは俺らの体重で出てくる前に崩れている感があるからそこまで気にしなくていいのは助かる。
もし、下から出てくる奴が十分な強度があれば突然味方の中に敵。そんな最悪の状況に陥ったが…、それはなさそうだ。
「父ちゃん!後ろは俺と、」
「…わたしに任せて。お父さんはお母さんを優先して」
「まさか残るなんて言わないよな?」
答えが”Yes”なら引きずってでも連れ帰るぞ。絶対死ぬようなとこに置いていけるか!
「当然言わないぜ。後ろの対処は任せろって言いたいだけだぜ?」
「…ん。死ぬつもりなんてない。…二人が死なない限りは」
…なんでその情報付け足しちゃうかな、アイリ。
」「と、とりあえず、父ちゃんは母ちゃんとルナを見てろ」
「…ん。わたし達はわたし達で何とかする」
なら任せた。
「カレンとレイコも頼りにしてるから」
「任せてー!」
「お任せください!」
不公平感が出ると嫌だし、言っておこう。こんなことで嫉妬したりしないだろうけれど、実際頼りにしている。
そろそろ四季の援護を始めようか。
「『ホーリービーム』」
聖なる光を帯びた光線を出口に向かって一射。掠っただけでも泥兵は崩れ落ちて、道が開く。これであの泥は再生不能。このままそれを増やしていけば楽になるはず。
相性のいい魔法を選んでいこう。こいつに対して相性のいい攻撃は…、汚い色を消滅させる今撃ったばかりの聖魔法か、泥もろとも消し飛ばす火のどっちか。泥が残ると足元が不安定になってしまうから出来るだけ火がいいか。
…となるとこいつにぶっ刺さるのは俺と四季とレイコ。次点でセンになるかな。ルナにセンと四季が付いてくれているから余裕で対処してくれそうだ。四季たちが通った後は、泥兵に出来ない泥を量産してくれているはずだから、俺らも楽になる。
「『ホーリービーム』」
天井を薙ぎ払う。…角度が悪い。天井全部舐めるように放てれば一番いいのだが。もう一発…、ああ、消えてたか。仕方ない、次の紙…は、『ファイヤーボール』ね。
洞窟の中だし、前に投げたくはない。燃え盛っているところに突っ込まないといけなくなったりしたら嫌だ。子供達の援護にもなるし、後ろに放り投げよう。
「『ファイヤーボール』」
ついでにマカドギョニロを狙っておく。…当然のように防がれたか。泥兵のせいで見えないし、そもそも泥兵が雨のように産まれ落ちているし、通るわけがないが。
「…む。任せるって言ったのに」
「後ろに投げるくらい片手間で出来る。それに、前に進むとその分二人が大変でしょ?」
進んだ分だけアイリとガロウから洞窟奥までは長くなる。ある程度処理しながら進んでいるとはいえ、完全に除去できるわけもない。だから、泥兵の圧力が高まる…。
「そうでもないぜ?」
「…そうでもない」
「あれ?」
訳が分からない。何でだ? アイリもガロウも聖や火の類の魔法はなかったはずだが…。レイコかシールさんのおかげ?
「…いいから前向いて」
「姉ちゃんの言う通りだな。父ちゃんは母ちゃんを主に見てろ。後ろは俺らに任せきってくれて構わねぇ」
「ボクもー、」
「私も援護に入れますから」
そこまで言われるならば、後ろは任せきってしまおう。この火球は天井に投げつける。ここであれば、前ではないし後ろでもない。…言葉遊びのようなもんだが。
「潰セ!押しツブセ!」
マカドギョニロは叫んでるな。…聞き取りにくいけれど呪文ではなさそう。こんな状況になればやることなんてないはずだ。そもそも、泥兵の密度が高すぎてマカドギョニロが何かしようにも、攻撃に参加できるスペースなんてないし…、
ん? 今何か踏んだ?ッ!?
「『アイスランス』」
足元に発射。周囲を凍らせる。野郎、やってくれやがった!?
「父ちゃん!凍らせるなら先に言って!」
「…滑るかもしれない」
後ろを受け持ってくれる二人からの苦言。
「ごめん!爆弾あった!」
「なら仕方ないな!」
「…仕方ない」
納得が早い。ありがとう。
「ほんとにあの子らもだけど、君らの子供だよねぇ…」
なんでそんなにしみじみと言ってるんです? そんなことより四季は!?
「習君!まだ爆弾残ってるようですので注意してくださいよ!」
「ああ!こっちもあった!」
四季の方が言ってくれるの早かった。このタイミングで二か所同時。…あいつめ決めにきやがった。さっきの『ロックランス』で爆弾は全て消しとばせたものだと思っていたんだが…。
幸い対処できた。し、同じ手は食わない。奴はどう出る? センはもう少しで出口だが…。
「お父様、魔力は大丈夫ですか?」
「ああ。まだ大丈夫」
どっちかと言うと紙の方が心配。このままのペースで『ホーリービーム』やら、『ファイヤーボール』やら投げていたら紙が持たない。現に今も『ファイヤーボール』が消えた。最悪ペン先から魔法使えばいいが、アレを使いだすと本格的に魔力がヤバい。
「こーげきは受けなくて済んでるんだけどねー」
「…でも、それだけだよ。ね?」
「ああ。違いない」
カレンの言うように攻撃は受けずに済んでいる。これは良いことだ。だが、それは全部薙ぎ払っているからに他ならない。ただひたすら俺らの前方1 mぐらいを中心にする半径3 mの円を問答無用で叩き潰し、進むだけ。
攻撃地点に敵がいようといまいと、魔法を叩き込む。一応、誰もいないところに攻撃はしないように、出来るだけ多くを潰せるように微調整はするが、消耗が加速する。アイリが言いたいのはこのことだ。
魔法を使わずに剣やペンで泥兵を潰せば多少は楽にはなるが…、泥兵の元を断てない。断ったところで微々たるものだろうがそれを怠ったがために詰んだりしたら笑えない。厄介この上ない。
「逃さヌ!」
「父ちゃん、何かしようとしているようだぜ!」
「だな。でも、見えない!」
何かしようとしているのはわかっているのに、対応不能。泥兵が物理的に壁になって、マカドギョニロの一部さえ見えない。
「…視界通す?」
「要らないかな。脱出優先しよう」
まず、視界を通すのに何回攻撃すればいいかわからない。数うちゃ当たるだろうけれど、あんまり有意とは言えない損耗は避けたい。それに視界が通ったとして、どうやって止める? ペンか鎌で殴る? 距離がありすぎて避けられる。当たって止まってくれるかどうかも怪しい。
ただ、耳はすませておく。詠唱しているなら聞き逃さないように。相変わらず、泥兵が産まれ落ちる「ベタッ、ベチョッ」という音や、泥兵の歩く「べちょべちょ」という音が五月蠅くてかなり聞き取りにくい。
ドガッ
なっ、まだ爆弾がッー!?
ドゴーン!
泥の音をものともしない圧倒的な爆音が耳をつんざく。耳がキンキンして、音が拾えない!
「『回復』」
「お父様!入り口がッ!」
ああ、よかった。試したことなかったが鼓膜も再生できたな…。ん? 入り口?
ちっ、やりやがった!
洞窟入り口付近で砂煙がもうもうと立ち込め、ただでさえ暗いのにより暗くなった。だが、暗くなったのは砂煙だけが原因じゃない。砂煙だけなら真っ暗にはならないはず。つまり…洞窟入り口が崩落した。
なんてことしやがる…! いや、今はそれより…、
「四季!無事!?」
「はい!ルナちゃんもセン無事です!」
「一人でいけそう!?」
「習君との全力出さないと無理そうです!戻ります!」
ああ、よかった無事だ。でも、「俺と全力」ってことは…触媒魔法必須だ。
ああ、もう! 失敗した。入り口の上に爆弾置いてあったのか? …いや、それはないなもしあそこにあったなら、泥を除去するときに巻き添えくらってるはず。こっそり移動させたんだろう。一体、どこに爆弾隠してやがったんだ。
…こんなことなら穴を外から焼けばよかったか? 選択ミスったか?
「…そうでもない。外から焼くと何があるかわからなかったよね?」
「そーだよ。帰還まほーがないってー、かくてー出来なかったよねー?」
それはそうだね。見に来た結果、当たり前のように帰還魔法なんてなかったと分かった。だけど、入らなければ「帰還魔法があったかも?」って悶々とするわけだ。生き残れなければ全く割に合わないが、生き残れれば十分ペイ出来る。
「ヒヒーン!ブルルッ!」
センが無事戻ってきた。四季が差し出してくれている手を取り、ひっぱりあげられるようにセンに乗る。
「習君、お願いします」
魔力がたっぷり籠った紙を受け取る。
「ああ、任せろ」
「防御はお任せください。習君とルナちゃんには触れさせません」
「ブルルッ!」
僕もいるよ! とセンが鳴けば、子供達まで追従してくれた。ありがとうね。
ならばさっさと書く。左手を下敷き代わりにペンを紙ごと押し付ける。やはり尋常じゃないほど書きにくい。
ただでさえ、滑ったり、滑らなかったりと色々な顔を見せる紙。それを子供達の速度に合わせているとはいえなお揺れるセンの上で、ロクな下敷きもない状況で書こうとしてるのだから当然。
だが、書ききる。こんな状況、絶望するには程遠い。皆諦めてないし、四季も皆、期待してくれているのだから。
使ってしまった触媒魔法は、『ロックランス』の土と『爆発』の火か。聖は置いておきたいから…、水か風か? 風のがよさげ。
「カレンちゃん、少し後ろの援護。ガロウ君その間に、私達の上に『護爪』をお願いします。センもいますが二重でバリア張って警戒を…、」
「母ちゃん、二人が意味もなく無駄なことはしないと思ってるから、理由は要らねぇぜ。やってほしいことを言ってくれ。無理なら無理って言うから」
…ヤバい。ガロウの信頼が重い。
「…では、『護爪』をお願いします」
ちょっと引きつった顔で指示を出した四季。それに従ってカレンとガロウが動く。頭上で頻繁になっていた泥が撥ねる音が一段遠ざかった。
「それに何よりだな」
「お父様とお母様に倒れられた場合、私達だけでは手詰まりです」
「台詞取られたー!レイコに言われちまったけど、その通りだぜ?」
「…そもそも、わたし達もお母さんの言った「触れさせない」に同意したからね?」
だったね。なおさら張り切…ろうとしても、今回はイメージしやすいから既にほぼ完成なんだけど。ここをとめて、曲げ…、撥ねる。出来た。
「皆、脱出準備!」
サッと俺らの声を聞く体勢に移行してくれた。ありがとう。
「ガロウ!『輸爪』全員分!」
「任せろ!」
「皆はガロウと私達…、特にセンの防衛をお願いします!」
ガロウの出した『輸爪』に各自飛び乗り、指示に即した陣形を組む。
「…今度こそ、わたし達に後ろは任せてね」
…結果的に不要だったけど、手出ししちゃったもんね。大丈夫。大丈夫と言っていいかわからないけど、今回は任せざるを得なくなる。だから、
「「後は任せた(ます)」」
同じ言葉を、今度は二人で、そして前よりも強い意志を込めて贈る。アイリはコクリ頷き、周りの子達もそれを見て、ますます顔を引き締める。…本当に頼りになる子供達だ。
「四季!」
「はい!やりましょう!」
センに乗ったまま四季と手を繋ぐ。ルナがいるのは四季の前。手を繋ぐのに障害にならない。
「「『『竜巻』』」」
息を揃えて言葉を発して魔力を紙に込める。大量の魔力が体から抜け、紙が魔力とともに消える。それと引き換えに暴風が現出した。
龍と見紛うほどの迫力と破壊力を纏った風は、荒れ狂う龍が吼えるように唸りながら、泥の兵を鎧袖一触、そのまま入り口の瓦礫に喰らいつき、たちまちのうちに呑みほした。
そのまま流れ落ちる水に命中。ゴクリゴクリ飲みこむように、滝の中に大きな風穴を開け、そのまま滝つぼのほとりへ。そこで滝つぼから首だけ出して休む龍のように停止。
竜巻が通り抜けたところ全てに、四方八方を囲みこむ風の通路を生成した。
その風の通路を『輸爪』に乗って全員で突破する。この魔法は敵味方の識別などしない。だからこの回廊は誰であろうとも素足で踏み込むことは出来ない。
「まだ奥の手を持ってたカ!?」
それはお互い様だ。…尤もこっちはこれで俺らの分は打ち止めだが。
っ…、意識が…。ちょっと視界が暗転した。魔力をほぼすっからかんまで使うとキツイ。使い切れば即気絶だから、加減した。だけど気持ち程度だし、揺れる…。
握ったままの四季の手をぎゅっと握りしめて自分を鼓舞する。せめてこの回廊を抜けるまで、滝つぼのほとりに出るまでは耐えなければ。最悪の状況でお荷物になりたくはない。
「そんなしょぼい攻撃はー、ボクだけで防ぎ切れるよー!」
「…煽らない。まだ抜けきってないから」
何されたのかわからないが、余裕そうなのが幸いか…。
「…役割分担するよ」
「「え゛?」」
ガロウとレイコの声が少し遠くに聞こえる。…本格的に不味い。力が…、
「あぁ、父ちゃん達、限界っぽいもんな」
「必須ですね。お父様、お母様、後少しです。もう少しご辛抱を!」
「ぼーえーは!」
「僕らに任せろ!」
この温かさはガロウかな? …抜けきるまでは耐えたかったけど、やっぱり力を借りることになっちゃったか。でも、これで落ちる心配はなくなった。
…攻撃を防いでくれているのはカレンとシールさん? アイリは一体何をやっているんだろうか?
「ヒヒ―ン!ブルルッ!」
乗せてもらっているはずのセンの嘶きが地平線の果てから聞こえてくるように、はるか遠くにいるように聞こえる。
「…大丈夫。お父さん。お母さん。後はわたし達に任せて」
「ああ。無事についたぜ」
「おやすみー!」
「ゆっくりお休みくださいませ」
ああ、そっか。ついたから鳴いてくれたのか…、最悪は免れたか。不味いのには変わりはないけれど、ごめん。任せる。
思った瞬間、視界がブラックアウトした。