171話 月
ひとまず走って戻ろう。歩行速度は家を出てからは普段と比べれば天と地ほどの差があるから、すぐに戻れる…んだけど、家主さんは戻ってくる俺らを見てますます危なっかしい足運びで加速。一刻も早くこちらへ来ようとする。
あの歩き方はマズイ。早々に転倒するぞ!? 『身体強化』! 地面を踏み抜き一瞬で距離を詰めて…、
「間に合いましたっあ!」
「ナイス四季!」
タイミングが良いのか悪いのか、俺らが到着したと同時くらいに足をもつれさせた彼女を四季が掻っ攫うようにして抱き上げてくれた。本当に「ナイス」としか言いようがない。間一髪。
彼女は美人さんの顔を台無しにする程、鼻水と涙をまき散らし、喉を壊すんじゃないかと心配になるほど泣きじゃくり。必死に俺と四季に顔を押し付け「どこかに行かないで」と態度で訴えてくる。
…ごめんね。ハンカチで涙と鼻水を拭っても、拭っても、そのたびに拭う前以上に涙も鼻水も沸きだしてくる。
胸が痛い。こんなことするんじゃなかったって思うほど。
「一旦、戻りますか」
「そうしよう。家に帰ったら落ち着くかもしれない」
サッと目線を交わして、目で会話。四季とならこの程度の意思疎通は余裕だ。口と耳は鳴き声がノイズになるから少し厳しい。出来なくもないけど。…まぁ、そもそも、泣かせたのは俺らだけど。
家の中に入ると涙の量がさらに増えた。どうしたらいいんだこれ…。四季も必死に抱き上げたまま赤子をあやすように揺らしてくれているし、二人で抱きしめたりしてるのに…。
「ベッドに降ろしましょう」
「さっき即寝したもんね」
視線を交わして即実行。涙や鼻水、唾でベッドがぐちゃぐちゃになりそうだけど、シャイツァーで作ったモノだろうし…問題ないはず。ダメなら後で洗濯すればいいだけのこと。
四季がベッドの上に家主さんを降ろ…、降ろ…せない。だよねー。引き離されること自体が嫌になってるよね。…ごめんね。
彼女は前みたいに安心して、しがみつくのをやめる…なんてことは一切なかった。むしろ、余計にしっかりと四季の腕に巻き付いている。
「こうなれば、私達諸共ベッドに倒れこみましょう」
「それしかないね」
「降ろす」という引き離し行為を含む行動を諦める。諸共ベッドに倒れこんでしまう。これで引き離すことなくベッドに寝かせてあげられる。丁度上から見たら川の字になった。
ベッドで横になると家主さんはさらに強く四季に抱き付く。腕に腕を絡ませ、足に足を絡ませて完全確保。絶対逃がさない。そんな固い意志を持って甘えるように四季に泣きつく。
抱き付かれた四季は逃げようとはせず、慈母のように微笑み、俺と一緒に頭を撫でてあやす。
心なしかマシになったような気がしなくもない。…ついでにメキメキって音が微かに四季の方から聞こえてきた気もする。
「大丈夫?」
「平気ですよ。『身体強化』してますし」
それ逆に言えば『身体強化』なかったらヤバいってことじゃない? …そんなにこの子力強いの? あ。ぐるっと回転してこっち向いた。…四季が「ホッ」って小さく息吐いたよ!?
向きを変えて四季にやっていたように俺に抱き付く…というか、しがみついてくる家主さん。ぐりぐり頭を押し付けてきて、その副産物として、四季に勝るとも劣らない胸がギュッと押し付けられ、やわやわした感触が手に伝わって来る。
だけど、四季と違って劣情方面の気持ちは一切湧いてこない。湧いてくるのは、同情や憐憫、そして愛しさといったこの人の境遇や、今の態度への気持ちだけ。
その理由は…考えるまでもない。ここまで大きくなったのに、ずっと一人だった。そんな境遇が彼女と触れ合っている部分から、鳴き声よりも明白に伝わってきて、同様に俺らへの「甘え」と取れる気持ちも伝わってくるからだろう。
抱き付かれていない方の手を伸ばし、どの子よりも大きな頭を撫でる。…よく頑張ったね。
「すげえな…。父ちゃんも母ちゃんも、顔びしょびしょにされてるのに平然としてるぜ」
「慣れておられる…わけではありませんよね?」
「…ん。そのはず。…たぶん、単に気にしてないか、そこまで気が回ってない」
子供達が何か言っているみたいだけど、聞き取れない。『身体強化』でもしてたら聞こえたんだろうけど。
…で、そろそろ微妙に痛いんだけど。どんどん抱き付いてくる力が強まってる。比例して泣きじゃくり方が非常に僅かではあるけれどビミョーに弱まってる気がするし、俺らが泣かしたんだから甘んじて受けるけどさ。
でも、力が強いよ…。俺の骨が軽く悲鳴を上げてる。痛い。うん、これは『身体強化』が必要。四季の骨が音を立ててたのは気のせいじゃなかった。
「ボクも混じるー」
「ん?今更行くのかい?」
「見てたら混じりたくなったのー!遅すぎるってこともないしねー!」
なんて言いながらカレンが俺らの頭の方からぴょんとベッドに飛び乗り、俺と四季を交互に見てくる。…頭に抱き付きたいのかな?
「いいよ。でも、苦しくはないようにね」と思いながら頷けば、カレンも嬉しそうにわかってるとばかりに3度頷きそっと優しく家主さんの頭を抱きしめた。
家主さんは一瞬びっくりして目を丸くしたけれど、カレンに抱きしめられることを許容したのか、嬉しそうに目を細めて頭を抱きしめられ撫でられてる。カレンの方が随分小さいから割とぴったり。
あ。しまった。頭が撫でられなくなった。まだ空いているところはあるし、手を握ろう。大丈夫。俺はここにいるよ。
四季は背中を撫で、存在を示している。他の子供たちは既にスペースがないから、微笑ましいものを見るようにじーっと温かくこっちを見つめている。
「家主さんちょっとは落ち着いてきたかな?」
「泣き声はましになりましたね」
涙とかはまだまだですけど。「ヒックヒック、エッグ」そんな鳴き声はかなり小さくなった。
「…そういえば、お父さん、お母さん、いつまで妹は家主さんなの?」
「だよな姉ちゃん。妹を話題にしにくくて仕方ねぇよな!」
「家主さん…では阻害感しかありませんからね。お父様、お母様。お願いいたします」
既に子供達はこの人…、いや、この娘を妹として受け入れる気が満々か。先にその辺り了承とっとくべきだった。
「…不要だよ。お父さんとお母さんがやりたいようにすればいい。元からわたし達はそんな感じ」
アイリの言葉に子供達皆が同意を示す。…そっか。ありがとう。
「ああ、その人に名前を聞くだけ無駄だからね」
言外に「君ら忘れてないよねぇ?」って気持ちがひしひし伝わってくるシールさんの言い方。確かに興味の程度で覚えてるかどうか割と決まりますけど…、さすがに覚えてます。
「公称皇帝は名前を付ける前に早々に攫われた」ってこと。だから名前がないってことは。
「あ。なぁ。父ちゃん、母ちゃん。万一公称皇帝じゃなけりゃどうするんだ?名前付いてる可能性あるぜ?」
「忘れておりましたけれど、仮に公称皇帝であるという推測が正解だった場合、お父様とお母様が付けていいものなのか?という問題もありませんか?」
確かに。その問題はなくもないか…?
「ああ、そこは問題ないよ。僕的にはこのまま「家主さん」とかが名前として定着するほうがヤバいと思うよ?それに、この子がどうあれ勇者が名前をつけたんなら文句はないはずさ。金払ってでも勇者につけて欲しい!って人はいるからね」
シールさんが思ってること|プラスα《勇者の名付けに価値がある》を語ってくれた。
「でもさ、勇者云々って根本的解決にはなってないぜ?」
「その場合は変えればいい…。と僕は思うけれど、勇者だしなぁ。非難轟々になりそう」
「その時は全部俺と四季が責任持ちますよ」
やっと口を開けた。
それが本人の望みならば、非難する奴は全員黙らせる。勇者信仰を利用させてもらってるけれど、それとこれとは話が別だ。たとえ説得(物理)になっても納得させる。
「そもそも、この子を娘にするのも名前同様に重大ですよ?」
だね。思い出したかのように唖然としているガロウとレイコを見ると、ささやかな笑みが漏れる。
「え?ほんとに大丈夫か?」
「ガロウ。俺らを誰だと思ってる」
「私と習君ですよ。大丈夫に決まってます」
寧ろ大丈夫にする。そんな意思とともに二人で言いながら挑戦的に笑ってやる。
「説得力しかねぇな」
「ですね。お父様とお母様ですものね」
うん。不安は払しょくできた。これでいい。
「ねー。なんか明るくなーい?」
え? あれ? 本当だ。だんだん暗くなってきていたはずなのに…、明るい。…しかもいつの間にか泣き止んでる。
家主さんの方へ視線を向けると嘘のように泣き止んでじーっと上を見つめている。その先にはもとから開いていたのか、それとも暗くなってきたのに呼応して開いたのか、どちらか定かではないけれど、家の天井部分に窓が出来ていて、そこから月明りが差し込んできている。
「「月が好きなの?」」
答えなんて返って来るはずがない。なんて俺も四季もわかっているのに口にせずにはいられなかった。それほどまでに彼女は月を引き込まれるように見ている。
家主さんは俺と四季を交互に一瞥、そして、案の定何も言わず、再び月に見惚れ始めた。…言葉なんてなくともわかる。今の動きが何よりも雄弁に「月が好き」だと語ってる。
きっと、この大渓谷の中で唯一彼女の孤独を慰め、その貌を変えながら見てくれていたのが「月」だったんだろう。だったら…、
「この子の名前は月から取ろう」
「ええ。是非ともそうしましょう」
それが良い。彼女を唯一見守ってくれていた月に感謝と敬意を払うつもりで。
そして何より、例え俺らがいなくとも、これから訪れうる夜に少なくとも誰か一人が必ず、今天中に輝いている月のようにこの子を見てくれていますように。そんな願いを込めて。
「…漢字まで決めてあげてね」
「そのつもり」
今は理解できなくても、後で理解できるようになった時、話のタネになる。
「私はお父様とお母様が与えてくださった名前の意味まで含め、お父様とお母様の子供の名前だと思っておりますからね」
「俺も。だからちゃんと決めてやってよ?」
「おとーさんとおかーさんの子供って感じがするもんねー」
この子らの言い方的に漢字で名前が付いていることではなくて、俺と四季が考え、悩んで漢字とその意味をつけたことに誇りを感じてくれていることは間違いないだろう。
依存がなんだっていつも言ってるけどやっぱりこんなこと言ってもらえると嬉しい。
それは兎も角として…、この子がどうなるかわからないけれど責任重大。「その時が来たら寂しくなるのは間違いないだろうけど、嫌なら捨ててくれればいい」なんて考えは許されない。というか俺自身が許せない。
さあ、考えよう。出来るだけこっちの名前っぽくて、かつ日本でも違和感のないものを。
…………思い浮かばない。あるかな? 月の入る名前…。とりあえず思いついたやつ適当に挙げていけばいいかな?
「望月」
「それは苗字ですよ。睦月、如月…、」
「それは大抵創作だと苗字だよ」
…あれ? もうネタ切れ?
「満月、三日月は…挙げた本人が言うのもなんですけど、イメージと合いませんね」
「だね。今は受動的だけど…、たぶんこの子は能動的に、自分から動く子だよね?」
「習君もそう思いますよね?」
四季もそう思うよね。いつも誰かがそばに。その願いのイメージとしては借り受けるけれど…、月そのものはダメだ。この子は自分から輝ける子。輝かせてもらえるのも才能だし大切なのは間違いないけど、太陽の光をそのまま反射して輝く月ではない。
…あれ? 本格的にないぞ? そもそも苗字っぽいものも詰んでる感があるのに…、名前なんて出る? 無理じゃない?
読み方から当たってみよう。知ってるのは「げつ・がつ・つき・づき」ぐらい。熟語の読み方もあるだろうけど…覚えてない。というか、あっても特殊過ぎるわ! 一目で読めない。
ああ、「月」があった。…ノートで人を大量虐殺しそう。好き好んで人を殺す人になって欲しくないからやめとこう。
…というか「げつ・がつ・つき・づき」でこっちの世界っぽくて日本っぽいものを作ること自体が無理ゲーじゃないか? 他の言語の音を借りてしまえ。
英語は”Moon”日本要素が行方不明。独語”Mond”英語と同じく日本感が息してない。ええと、他の言語は…、ああ。ちゃんと出てくるんだ。言語の加護のおかげか? ありがとうございます。仏語は”Lune”英独と同じ理由で不採用。
「”luna”」
ボソッと四季の口から零れ落ちた。”luna”? 確かラテン語だったかな? 発音だけならスペインやロシアも同じだからそっちかもしれないけど…、今はいい。
『ルナ』…ね。漢字を当てるなら瑠奈か? しっくり来るね。それに何よりこの子の名前として最高じゃないか?
「ねぇ」「あの」
あ。被った。…きっと話したい内容は同じはず。スッと差し出された紙に今思いついた字を書く。魔法じゃないからすごく書きやすい。上質な紙に良いペンを使って書いてる…ぐらいに滑らかに書ける。
「見事に同じですね」
まだ、書いてる途中なんだけど。まぁ、瑠と奈の上部分書いたらほぼ分かるよね。ここまで書けばこれしかない。でも、書ききっちゃおう。
「完成。やっぱり一緒?」
「はい。一緒ですね。思考回路も…同じですかね?」
俺と四季だし…、たぶん同じだろう。
「…どういう意味?」
皆聞きたそうな顔だ。なら、話そうか。今までも話してきたしね。とりあえず起き上がろう。ルナも泣き止んでくれているし、そのほうが皆も聞きやすいはず。
「では、説明しましょう。『瑠』の字は人の名前を除いてしまえば、まず「瑠璃」以外では見ない字で…、「瑠璃」とは丁度この子の髪の色をした宝石です」
「ルナの目もルビーっていう宝石のようだ…っていうのもあるよ。それに何より宝石ってところがいい」
「輝いていますから主体的というイメージに適合します。また、それ自身一つ一つに価値があって、磨かないと光らない。そんなところもまた、良いですよね」
ほぼ確信していたけれど、やっぱり四季も同じ思考回路。
宝石も月のように他に光がなければ、ほとんどのものは輝かないのはわかってる。だけど「一つ一つに価値があって、磨かないと光らない」こっちを重視した。
「『奈』は…これも大抵は人の名前ですね。後は地名ですかね。例は省略しましょう。この字の上部…、大に似たところが広がっていて縁起がよさそう。というのがまず一点」
「それに、この字は「からなし」っていう「実を付ける樹」を意味する言葉でもあるのが二点目かな」
からなしは確か紅リンゴを意味する古語だったはず。カリンも同じくからなしだったような気もするけど…、両方とも果実がなるから名づけ的には問題ない…はず。花言葉から取るのならば関係大ありだろうけど、知らない。
「すくすく真っすぐ育って素敵な実をならせる人になってほしい。そんな気持ちを込めてます。それら二つの組み合わせです」
「既にかなり大きいけれど…。魔人だからまだまだ大丈夫でしょ。それに何よりまだ原石だ」
ルナは観察する限り、内面は成熟には程遠い。そう言う意味で可能性は無限大。俺らよりもルナの方が圧倒的に年上だけど。気にしないでおこう。
「だからこの二字…『瑠奈』を選んだ」
ちゃんと筋は通せているはず。…勿論、幸せになってほしいって願いはこれらの根底にある。
「だってー。瑠奈」
え? 後ろを振り返ると、月はまだ彼女の真上で煌々と輝いているのに、視線をこちらにやってじーっと見つめてきていた。
聞いていたのだろうか?
「ルナ」
呟くように彼女の口から今決めたばかりの彼女の名前が紡がれた。
「ルナ、それが貴方の名前です」
「気に入らなければやめるけど…どう?」
通じないとわかっていても聞かずにはいられなかった。彼女はぱちくり目を瞬かせ、
「かあたま」
視線を四季に。
「とうたま」
続いて俺に。そして…、
「ルナ」
自分自身に。自分が「ルナ」だと確認するかのように言った。
「うん。そうだよ」
「ルナ。それが貴方の名前です」
俺らの返答を聞くや否や、彼女は「ルナ」と大切なものを。忘れたくないものを貰ったように繰り返す。…質問に答えてくれたのか。それとも偶然なのか、定かではないけれど…、彼女は「ルナ」という名前を気にいってくれたのは確かだ。
「これで家主さんはルナになった…ってことかい?」
「そう認識していいと思います」
より正確に言うなら俺と四季の娘のルナ…だろうか? ルナ本人の認識ではどうかはわからないけれど。アイリもレイコもガロウも、いつからこの子らが俺らへの確たる帰属意識を持ってくれたか? なんてわからないし。
「おとーさん。おかーさん。ルナを寝かしてあげてもいーい?」
ん? ありゃ、既にお眠か。瞼が閉じかかっている。
「完全に寝きっちゃう前に、鼻水とか処理をしてあげないと」
「その前に寝落ちしそーだよ?」
うん。わかってる。俺と四季の服を弱弱しく握ってるし。離れて欲しくないけど眠い…。という雰囲気。ぐらぐらカレンに揺すられて辛うじて耐えてる。
「魔法を使いましょう。そのための魔法です」
「「『『洗浄』』」」
光がベッド全体を包み込む。はい、終わり。ルナの顔が綺麗になった。ルナの魔力で出来た服についたままの諸々の液体も、俺らの服に染み込んだルナの体液もきれいさっぱり落ちた。
「ん。これで大丈夫」
「ルナー。寝て良いってー」
カレンが寝かせないためではなく、寝かしてあげるための揺らし方に変えた瞬間、ルナが寝た。
「ついさっきも寝てなかったかい?」
「寝てましたねぇ…」
「体は大人でも脳や精神がついていっていない…。そういうことだと俺は思いますよ?」
たぶん。
「ねぇ。ルナ、大丈夫なのかな?」
「大丈夫とは?」
抽象的すぎる。もう少し具体的に。顔から心配してくれているのはわかりますけれど…。
「だってさ。長い間、完全に誰とも触れ合ってなかったわけだよね?でも、普通、幼児は親を筆頭とする他人から愛情を受けて育つじゃん?何か悪影響がありそうじゃない?」
そういうことですか。
「こっちの世界でそう言う事例はないんで…、って、ないですよね。ないから聞いてるんですよね」
あったらシールさんなら先にその例を挙げてくれる。辛うじてエルモンツィに似てるからって捨てられたアイリが近しい気がしなくもないけれど…、あの子はなんだかんだで幼少期に愛情はある程度受けているしな…。
「一応、地球ではネットですが例はありましたよ」
「ネットか」
「ええ。インターネットです。本であっても真偽が怪しいレベルの話なのにネットです」
「ネットが何かわからないけど…、その言い方的に与太話か、伝説レベルで聞いておくべき?」
「そのほうが良いでしょう」
産まれたばかりのころから愛情を与えないとどうなるか? なんて話がゴロゴロあるほうが怖い。そもそもわざと試したら人体実験という誹りは免れない。
「真偽が怪しいということを理解してもらったうえで…、確か1200年代の神聖ローマ皇帝のフリードリヒ2世の話と、1900年代のルネ・スピッツの話がありましたよ。両方とも、世話だけして会話しない、目も合わせない…と、愛情完全無し。の育て方を実験的にしてみたそうです」
言い逃れのしようもなく人体実験じゃん…。
「フリードリヒ2世の方は50人全員が一歳にならずにあの世行。スピッツのほうは55人確か半分くらいが2歳までもたず、約三分の一が成人前に死亡。残りが障害残ったそうですよ?」
「壊滅じゃん」
取り繕いようもない。文字通り壊滅。
「とはいえ、本当かどうかわかりませんけどね」
「人体実験だからその両名を叩きたい人がでっちあげたのかもしれないしね…」
「はい。習君の言う通りです。なので、せいぜい「幼子に愛情は与えよう!」という教訓程度に受け取るのが良いかと」
「となるとさぁ、結局最初に戻らない?」
…戻りますね。でも、信憑性のある例を挙げたところでどっちみち戻ってくる。論点はルナなんだから。
「まぁ、ルナは大丈夫でしょう。なんだかんだで今までこのシャルシャ大渓谷で無事に成長できているわけですし…」
「ですね。シャルシャ大渓谷の呪いへの防御機構をこの家が備えているのであれば、精神成長の方も何とかしてくれている…。と私は思いますよ」
「えぇ…」
結論それ? って顔されましても。
「ラーヴェ神ですよ?」
「あぁ…」
シールさんにもこれで伝わってしまうのね…。あぁ、シャイツァー持ちでやらかしたハールラインがいるからかな?
それは兎も角、無駄にお優しいラーヴェ神だ。その辺りのところはしっかりしているはず。
「…ここラーヴェゆかりの地だよね?」
「だね。滝行したところ…らしいね」
たぶんそれは本当だろう。滝の崖部分や、滝つぼ付近がすがすがしいまでにラーヴェ神の色である黒に染まっている。
「ラーヴェ神で気づいたのですけれど習君、ここもニッズュンみたいに念が籠っていませんか?」
「うん。意識してみれば籠ってるのがわかるね。これは…なんだろう」
日本での「滝行=煩悩払う」のイメージに似合うような…、そんな感情。でも、それだけじゃないような。
これはなんだ? …このモヤモヤした、あの時ああしていれば…って感情は…。
「「後悔…?」」
口に出してみたら案外しっくりきた。たぶんこれか。
「チヌリトリカが襲来してきたことでも気に病んでんのか?」
「かもしれないね」
「侵略戦争なんてチヌリトリカの一存で決まりますが…、そこはラーヴェ神といったところですか」
四季の言う通り、ラーヴェ神だし。大いにありえる。…優しいのはいいけれど、優しすぎる。
「ふわぁー。」
「眠い?カレン?」
「うにゃー」
かなり眠そう。返事まで崩れてる。
「じゃあ、寝ようか」
「そうしますか。服着替えて寝ましょう」
『浄化』で綺麗になったとはいえ、色々濡れたし…着替えたい。風呂はないから男女でしっかり覗けないように分け、体を洗ってごまかそう。
「体洗うのはいいですけれど、覗いちゃダメですよ」
「わかってるよ。僕は既婚者に欲情しないし、そもそも裸を見る気もないよ?恋人との絡みを見せてもらえる方が良いもん。綺麗で恋人がいない人でも…見たくないなぁ。というか、あっちにいるの全員シュウの関係者じゃん。死にたくないから死んでもお断り」
矛盾してる。
「気のせいだよ」
「そうですか、では、好きじゃない人を見たくない理由は何故です?」
「世の中には見られただけで妊娠する人がいるんだ」
シールさんの目が死んでいる。お疲れ様です。
ガロウはわかってないみたいだ…。教えたほうがいいのか? でもまだ若いような…でも、遠ざけすぎるのもな…。困った。旅してる最中に突然レイコが妊娠しました! って言ってきたらガロウを殴らないといけなくなる。それはガロウがかわいそうだし…。
「なんか寒気が…」
「風邪かい?冷めないようにさっさと寝な。…でさ、習はどうなんだい?まさか僕にだけ聞いて…、「ルナ放置は熟睡しているとはいえ可哀そうなのでさっさと戻りますね。何やってんだろう俺達」あ。ちょっ…、逃げた」
五月蠅いです。答えられるわけないでしょうが! 答えはほぼ決まってる。だけど四季に聞かれたら恥ずかしくて死ねる。というか、四季に申し訳ないような…。ああ、もう!
寝よう。四季の顔を見て赤面せずに過ごせる自信がまるでない。四季には悪いけど先に寝る。
「おやすみ!」
返事が遠くから返ってきたように聞こえるとすぐに意識が落ちた。
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ドーン!
一体なんだ!?