19話 ノサインカッシェラ
「うぉっと!」
思わず声をあげてしまったが横に転がり、「ゴォォォ!」と叫びながらとびかかってきたノサインカッシェラをよける。
「ドスン!」と大きな音を立ててノサインカッシェラは地面に着地する。
が、衝撃で地面が陥没。その上、先ほどまでのあれこれで地盤が弱っていたのか、こちらが何もしていないのに地面にはまり込んでいる。
「完全に敵対されていますね…」
「されていなくてもあんな危険な奴放っておけないだろ。なんかアホっぽいが」
「…二人とも容赦ないね…当然だけど…」
「そりゃそうだろ」
アイリの言っているのは、会話をしながらも『ロックバレット』『ウインドカッター』『ウォーターレーザー』を叩き込んでいることだろう。まぁ、敵だし。
奴の体が露出している部分は穴だらけ。首は吹っ飛び、手はちぎれる。そして、ノサインカッシュにわずかながらに傷が入った。
しかし、そんな状況でも、理不尽なことに数秒で再び何事もなかったかのように再生してしまう。埋まっている状態から手を地面にたたきつけ、その反動で勢いよくジャンプして、周辺の木につかまった。
早い。狙いがつけにくい…!
そしてそのままの勢いで木を渡りながらこっちに迫ってくる!
「「『『ファイヤーボール』』!」」
これで『ファイヤーボール』は弾切れだ。
大きな火球が直撃。ノサインカッシュ以外の体すべてを消し飛ばしたが、再び何事もなかったかのように体が生えてきて、こちらにつかまった木をとびかかる勢いで倒しながらこちらにやってくる。
「マジで理不尽」
「…遠距離から殴る?」
「そうですね。セン!」
四季が声をかけると、意図を察して、すぐに俺たち3人を乗せてくれる。
…そういえば馬車どうしたんだろう。
って、木を投げてくんな!飛んでくる最中に折れた!?力加減下手すぎだろ!
木につかまって飛んでくるか、その場でとどまって木を投げてくるかのどっちかにしろよ!
センの脚力をもってしても、距離はつかず離れず。どんな生物だよ…。
相変わらず飛んでくる折れた木の破片をセンが避け、回避できそうになく、かつ怪我をしそうなやつはアイリがはたき落とす。
「…あれどうすんの?」
「そうですね…。あの胸の部分を見てください」
指さした先には、ノサインカッシュがある。
「あれについた傷は回復できていません。なので、あそこを破壊すればいいでしょう」
「定番だな」
核破壊タイプのボスだ。今までの3種と核の位置が違うだけ。ともいえるな!
俺たちはまるで示し合わせたように、
「「『『ロックランス』』!」」
魔法を発動させる。しかし、奴も狙いに気づいたのか、引っこ抜いた木を投げてガード。
破壊されていなかったが、勢いの落ちてしまった破壊しきれなかった槍を難なく手で握りつぶす。そのせいで手に大きな穴が開くが、そんなものすぐになかったようになった。
ノサインカッシュ以外へのダメージは無頓着か!?
突然、胸のノサインカッシュの扉が開き、大量の蜂、バッタ、イノシシ、スズメが出てきた。こいつらは全部、キラービー、アベスホッパー、プロスボア、アロスだ。
近づかれる前に片付けたいが…。そんな魔法は今、手元にない。さぁ、どうするか。
「ヒヒーン!」
センが一際大きな声で鳴き、上を見る。
何だ!?ッ!
突然上からノサインカッシェラが降ってきて、俺たちは弾き飛ばされた。これだけの魔物がただの目隠しか!
直撃は免れたが…。痛い。『回復』
俺たちを吹き飛ばしたノサインカッシェラは俺のほうに走ってくる。
上等だ。受けて立とう。でかい相手のほうが接近戦はやりやすい。そうそうそんな奴いないけど。まぁ、いい。挑んだことを後悔させてやろう。
久しく正しい使い方しかされていなかった包丁と、こっちの世界に来てから日中は基本的に間違った使い方しかされないペンを取り出し、構える。
「四季!余裕があったら、俺の周りの魔物を頼む!」
「わかりました!習君はノサインカッシェラの相手に集中してください!」
頼もしい返事だ。
ま、受けて立つといったが、当然ながら俺の力じゃペンで受け止めようものなら弾き飛ばされる。また、包丁なら力に耐えられず折れることが目に見えている。ということは、基本的に攻撃は回避するしかない。
センで逃げたおかげか、場所はさっきまでの場所とは違う。ボロスに撃たれていなかったから、自然なデコボコがあるぐらい。さっきよりかはやりやすい。
ただ、ここも水と肉の雨が降った後なので相変わらずぐちゃぐちゃだ。
大ぶりの右の一撃を、左にかがんでやりすごし…、今のうちに胸を突く!
ペンを突き刺そうとしたら、変な姿勢なのにもかかわらず、左手でさらにもう一撃降ってくる。顔にかすりながらもなんとかこれも回避する。
意味が分からない。ああ、こいつまともな生き物じゃなかったな。だからって無茶苦茶すぎるぞ!?
そして、さらに殴ってくる。馬鹿の一つ覚えのように殴ってくる。
お前はあれか、ゲームとかで見る殴りながら近づいてくるゴリラか。迫力は段違いだが。
にしても隙がない。腕がとことん邪魔だ。いちいち紙を取り出している時間もないし…。お、今なら…!
一歩踏み込み奴の腕を潜り抜ける。追撃が来る前に包丁をノサインカッシュのところに刺す!
「ギンッ!」
硬い!包丁じゃだめだ。これ以上やれば間違いなく折れる。
ならば。こっちだ!ペンを思いっきり突き刺す!
「ガギィン!」「グゲェラア!」
2つの音が聞こえる。効果あり!このまま追げk、
「ゲフッ…」
しくじった。思いっきり殴りつけられた。さっきのは…、木にたたきつけられて、肺から空気が一気に押し出された音か。悲鳴すら出す間もなかったな。あー。骨も確実に何本かは逝ったな。意識が飛びそうだ。
「習君!?大丈夫ですか!?」
四季の声に一気に意識が覚醒する。『回復』して…。
「油断した!まだいける!さっきのは何だ!?」
問いかけながら、ノサインカッシェラと再び相対する。そして、攻撃をいなし続ける。…どうしてもさっきふっとばされたせいで少し怖い。
「…わたしがやろうか?」
「大丈夫だ!任せろ。それよりもさっきのは何かわかるか!?」
アイリのほうが経験はあるが、ダメだ。アイリの力じゃ押し負ける。
それに鎌が大きすぎる。あれじゃ満足にノサインカッシュも狙えないだろうし、避けるときも非常に邪魔だ。
「たぶんですがアロスですね」
「まだ打ち止めじゃなかったのか!」
「うーん、おそらくですが、回復のリソースを置いておきたかったから使わなかっただけです!」
「根拠は!?」
「ノサインカッシュの中の核。その色が始めよりも薄くなってます。体全体に大ダメージを受けたときにピカッと発光してましたよ!」
なるほど。根拠としては十分かな。
「それじゃ、さっきみたいなこと絶対にできないな!あいつもペンの攻撃を受けようとは思わないだろうからな!」
「そうですね、必然的に出てくる魔物もろとも突破する必要がありますね」
ん?声が近い…、横を見ると、四季がいた。
「全部殲滅し終わりましたよ。」
彼女はそのまま俺しか見ていなかったノサインカッシェラの胸に『ロックランス』を叩き込んで吹っ飛ばした。
「早いな」
「…センのおかげ」
アイリはそれだけ言って、飛び上がり、胸元を切り裂こうとした。しかし、出てきたアベスホッパーが邪魔で、殺して終わり。
アベスホッパーの体液がノサインカッシュにかかるが、全く効果がない。
「なんでセン?」
「ああ、それはですね。ああ、ちょうどいいところに」
四季が指さす先にはセン。
センはどこかで見たようなバリアを作り自分を守りながら、まるで一角獣のように尖ったバリアで胸を一突きにしようと突撃する。
だが、それに気づいたノサインカッシェラの手にバリアを掴まれ、速度がグンと落ちた。センは追撃を受ける前に、諦めてバリアを消してこちらに来た。
なるほど。あれか。
「あのバリアってさ、騎士団の人の奴だよな?」
「そうですね。破片食べて私たちの魔力食べてしばらく暴れていたらできるようになったみたいですよ?」
「なんでだ?」
「さぁ?悔しかったんじゃないですか?私たちだけじゃアベスをほぼ確実に突破できなかったという事実が」
実際、俺たちだけじゃきつかったと思う。全部凍らせるだけでは破壊できない気がする。また、環境破壊もすごい。騎士団がいなくとも、穴にはやたどり着けるが…、底までいけない。アベスの酸の海の前に沈んだだろう。
「向上心の塊だなぁ…」
「…なんかそれっぽいことおっちゃん言ってなかった?」
「忘れた」
会話をしつつも4人、いや、3人と一頭?どっちでもいいか。ともかく、全員で攻撃をかける。
俺も四季も攻撃アイテムが耐久無限のペンとファイル。当たればダメージになることはなるが、攻撃力がない。何回必要かわからん。魔法は全員の距離がちょっと近い。外れた時が怖い。
つまり、まともな攻撃力あるのはアイリとセンだけ。でも、二人とも、攻撃は比較的大ぶりになる。だから簡単によけられる。
こちらも一対一ならともかく、ここまで人数がいれば、ノサインカッシェラの大ぶりな攻撃なんか当たらない。
お互い打つ手なし…いや、いきなりノサインカッシェラが跳ねたぞ。距離をとることが目的だったのか、飛ぶ方向にはだれもいない。
今だ。
「「『『ウォーターレーザー』』!」」
空中なら避けられない。と思って発射した水のレーザーは、木を掴んでするりと回避される。そんなのありか。ありだよなぁ!
そして、地面にしゃがみこんだかと思うと…、倒れたアロスの木を持ち出してきやがった。
確かにそれはたぶん普通の木よりも丈夫だろう。長いし。でも、それはないんじゃないか。ねぇ。そんな思いが通じるはずも当然なく、奴はそれを思いっきり「ブン!ブン!」と振り回す。
危ないって!
俺たちは後ろに飛び跳ねることで避ける。アレ、長すぎ…。それを武器にするとか発想が凄い。
さらに数回振り回し…、何かに満足したような顔をすると、本格的に武器として使い始めた。
普通の木じゃ投げるだけでへし折れてたもんな…。すごくうれしそう。これが子供ならほほえましいだけで済むんだが…。相手は化け物である。はた迷惑なだけ。
奴が木を振り回し、俺たちがしゃがみ、跳ね、転がってよける。俺たちの中であれを真っ向から受け止めれる奴はいない。アイリが辛うじて木を切断できるぐらい。センは状況による。
振られてわずかに勢いを失った木を、センが後ろ足で木を蹴り上げる。敵がバランスを崩す。今度こそ!
「「『『ロックランス』』!」」
紙に残る全魔力を一本に叩き込み、そして紙の限界まで魔力を注いだ、今までで一番威力の高い槍だ。今ので『ロックランス』もなくなった。作り直さないと…。当たれ!
だが、願いむなしく、ノサインカッシェラはそのまま後ろに倒れこんで胸に当たることを回避。そのかわり足が消し飛んだが…。そのままバク転を決め、空中で足を再生させて、見事な着地を決めた。
奴が体操選手ならよかったのに。
「マジか…」
「避け方は自由ですからね…」
「…追撃」
「ああ、そうだな」
今のでわかった。どうせ遠距離から魔法を打ち込んでも回避される。じゃあ、近づくしかない。が、残念なことに木を持ち出したせいで余計に近づきにくくなった。でも、俺たちにとっての災難は終わってなかったらしい。
瞬きをしていたら、『ノサインカッシェラ』の手が2本増えて4本になったように見える。
「は?」
ゴシゴシと目をこする。うん、増えてる。
「見間違いでなければ手が増えてますね」
「…増えてるね」
「見間違いであって欲しかったな」
何回見ても変わらない。
「…時間経過による学習…?」
「ん?それって俺たちを倒せるように?」
「…ん」
「ってことは、できるだけ早く倒さないとどんどんこちらが不利になるっていうことですか?」
「…そうだね」
「そんなこと言われても。っと!」
ノサインカッシェラの胸のノサインカッシュの扉がパカッと開くと、中からアロスを撃ってきた!手は4本。2本は木を。もう2本は何もない。
「…どんどんアロスも使ってきそうだね」
「一番対処面倒だからな」
蜂?遅い。アベス?酸が面倒だがこいつも遅い。そもそもこいつらだと巻き添えくらう。イノシシ?知らん。つまり、アロスしかいないわけだが。他に作らないのかどうかは知らない。
ただ、おそらく新種創造は知能と魔力がいる。あいつにはリブヒッチシカと比べて知能がないから駄目なのだろう。その分、体を魔改造してくるけど。
「近づきにくくなって、さらに近づいても殴空いている手で殴られるとかひどくないですか?」
「でも、やるしかないだろ…」
5人、正確には2頭…、ん?あいつ「頭」でいいのか?数え方わからん。とりあえず、人じゃないのが混じってるけど、入り乱れての乱戦の開始。
さっきまでのは戦力分析期間だったらしい。攻撃が激しくなった。幸いなことに魔力は、紙に字を書く時、一番消費が多いので、ないわけじゃない。問題はそれを生かせないことだ。
『爆発』や『ファイヤーボール』のように一瞬で体を消し飛ばせれば、その隙をついて、一瞬で終わるのに…!一応、魔力は『身体強化』に回せるから無駄ではないけど。
クルクル回り、ふわりと飛び、ざっと薙ぎ払われて、サッと突く!隙を見てドン!と一撃体当たり。殺意しかないダンスを全員で舞う。
少しずつノサインカッシュにダメージを与えられるのはいいが…。非常に残念なことに、時間をかけすぎた。手が合計で16本。
そして、もう攻撃用の魔法はない。だが、ノサインカッシュはすでにボロボロ。後数回も殴れば終わるだろう。
さすがに戦いながらは書けん。せめて、バインダーと落ち着いた環境が欲しい。
増えまくった手を避ける、避ける。ひたすらに避ける。数が増えて、非常にだるい。が、制御が少々甘いことがせめてもの救いだ。直撃すれば最悪死ぬ。もしくは気絶。当たるわけにはいかない。
ここだ。手が多すぎて俺たちが見えていない。
ノサインカッシュに攻撃を加えるべく、アイリが腕をまとめて2本切断。そして、センがバリアを展開して突っ込み、大きくバランスを崩させた。
不自然な体勢だが、やみくもに振るった腕が、センを殴りつけて吹っ飛ばした。ちょっと痛そうで復帰に時間がかかりそうだが、『回復』があるから、四季に任せる。
「『回復』!」
ナイス。ただ、傷は治っても衝撃のせいか少しだけ立ち上がるのが遅れそうだ。でも、せっかくセン作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない。
手の下へ潜り込む。相変わらず変な姿勢で繰り出されるパンチを全て避ける。ちょっとかすってひりひりするが問題ない!
ペンを突き刺す!ッ、アベス!?問題ない。やっちまえ!
「ガギィィン!」金属同士がぶつかるような音が響いた。よし、傷は大きくなった。想像以上にダメージが入っているか。酸がかかったが、問題ない。回復すればいい。
って、早い!もう体制立て直しやがった!?
そう思った瞬間、体が思いっきり吹っ飛ばされる。
「ウゲッ」
バシバシバシ!体が木にたたきつけられ、それでも止まらない。かなりすっ飛ばされて、ようやく地面にたたきつけられるようにして止まる。痛いとかそういうレベルじゃない。口の中から血があふれてくる。
「習k、グッxt」
動揺した四季も隙をつかれて思いっきり吹っ飛ばされた。
回復したいが…。『回復』の紙が見当たらない。落としたか…!幸い吹っ飛ばされた四季もすぐそばにいる。気合で行ける。
アイリは…、ひとりで足止めしてくれている。その証拠に音が今も響いている。長くは持たないだろうから早くしないと…。
ずりずりと、這うようにして四季のもとへ。俺の進んだ後は、ナメクジが這ったように血の跡がついていることだろう。
「四季…。大丈夫か…?」
「生きてはいますよ…。『回復』の紙は…?」
「無くした」
「私もです…。じゃあ、作りましょうか…。ゲホッ、ここで…」
血を吐きながらも四季は紙を取り出した。魔力がこもっているのがよくわかる。
「じゃあ、やるぞ…」
木にもたれかかりながら、字を書く。四季は隣で見てくれている。それが俺に気力を与えてくれる。
そのおかげで辛うじてペンが動く。早さはまるで亀の歩みのよう。紙に血がしたたり落ちるが、それは弾いてくれる。
この『回復』を入れたら、消費しきっていないのは何枚だ?……俺、四季、アイリで3枚か。道理でしんどいわけだ。元気な時ならわけないのにな…。
徐々に戦闘音が近づいてきている。
だが、情けないことにまだ『回』しか書けていない。使いきっていない同系統の魔法を紙に書こうとすると、紙の枚数に応じて使用魔力が増え、書きにくくなる。だから、なかなか書けない…。急ごうとするが、気持ちとは裏腹に速度がどんどん落ちる。
『復』の「ぎょうにんべん」が書き終わったあたりで、ついに視界の端にアイリとノサインカッシェラを捉えた。まだ距離はある…。めまいがする…。
もう少し。もう少しで終わる…。これを終わらせてアイリに加勢しないと…。
視線をちらりと動かせば、アイリもかなり近づいている。急ごう。
視線を戻すと、四季が倒れていた。まずい。急がないと…。後一画…。よし、書ききったぞ…。これを使って…。あ。
大量に血を吐く。これは…ダメだ…。くそっ…。
俺はそのまま意識を失った。