169話 家
「…家があるね」
「ねー」
「姉ちゃんの言う通り家だな。ちっこいけど!」
「ですが、どこか気品がありますよ」
「ある場所は複雑怪奇だけどね!」
全くシールさんの言う通りだ。家のある場所がおかしい。
家があるのはここ、シャルシャ大渓谷で、しかも不帰の滝と名高いヒュシャハ滝のほとり。ここから見る限り風化してボロボロ…というわけではないだろうから、少なくともあの家は内戦勃発後に出来たはず。
だから既に魔人は他種族との交流が断たれているわけで…、家を建てたのは多分魔人。なのだけど、魔人だとシャルシャ大渓谷の呪い…というか瘴気のせいで内側からはじけ飛ぶはず。だから変だ。
つい最近、呪いで死ぬとか言いつつ死ななかった例もあるわけだけど…あれはレアケースのはず。となると、チヌカ関連? いや、でも、魔人の可能性を完全除外も出来ないしな…。
「…どうするの?」
アイリの声に考えを打ち切る。さて、どうしよう。今日行くにせよ、明日行くにせよ、どちらにせよ誰が建てたか。は答えが出るはず。人の手は入ってるみたいだから。
「明日にしようか」
本当に今日行こうと、明日行こうとどちらでも構わない。だけど、一応安全マージンを確保しておこう。魔力は気絶していたから無駄に余っているとはいえ、気絶していたし。
後遺症があったら怖い。
「皆もそれでいい?」
「うん、構わないよ!」
シールさんがグッと親指を立てると子供達も追従してくれた。ありがとう。
「ガロウ君、お頼みします」
「任せろ!」
四季の声に、尻尾をフリフリ揺らして答えた。尻尾は揺れているのに、馬車は揺れず安全に渓谷の外へ。そこからセンに駆けて貰って比較的安全そうなところへ。
野営準備、ご飯、風呂等もろもろを済ませ、紙を補給して、おやすみなさい。
_____
「じゃあ、そろそろ出よう」
「昼を過ぎてしまいましたけどね」
朝のやることを済ませて紙を補充したからね…。だいたい「聖魔法」が悪い。『回復』や『浄化』を念のため多く持っておこうと思うと、どうしてもほぼ忘れていた「既に作ってある同じような魔法の紙の枚数に応じて必要魔力は増える」という壁に激突してしまう。
そのせいで割とゴリっと削られた魔力を回復していたら太陽が南中してしまったから簡単な昼ご飯を食べた。そりゃ、昼も過ぎる。
「父ちゃん!母ちゃん、降りるぜ!」
ガロウの嬉しそうな声に頷けば、ゆっくりと馬車が浮かび上がる。昨日に引き続いて尻尾が嬉しそうに右左に揺れる。
「ガロウ。馬車を落としたり、馬車ごと滝の中に突っ込んだりしたら承知いたしませんよ」
「わっ、わかってるぜ!だからこそある程度滝から離れてんの!」
レイコに忠告されてちょっとガロウの尻尾がしなっとする。だけど、気持ちが萎えるようなことはなかったみたい。尻尾はまだ揺れている。
滝から離れて…とガロウは言っていたけれど、レイコの一言でもっと慎重になったみたいで、滝つぼスレスレではなく、そこから10 mほど陸地側に入り込んだところを飛んでいる。
「…なあ、父ちゃん、母ちゃん。何で俺をそんな温かい目で見てんの?」
「「さぁ?」」
言わないよ。怒られ…はしないだろうけど、さっきの威勢と違って完全に安全パイを選んでいるガロウが何か可愛いなぁ。なんて言わない。ジト目で見られるのは間違いないし。見られたら見られたで、また可愛いなぁ。になって無限ループ。
「…ガロウ。水しぶき」
「ここまで離れてんのにな!でも、既に対策はしてるぜ!」
いつの間にか馬車と滝の間にガロウが『護爪』が浮かべてくれていて、完全に水しぶきを遮っている。これなら濡れなくて済む。
「これはダメだね!風情がない!」
なんかシールさんが言いだした。風情がないのは同意しますが…、本当にそれだけ?
「シール様、本音を言いましょう?」
「シュウかシキの両方…もしくは片方だけでも濡れないかな?」
「よくぼーしかないねー」
全くだ。風情なんて建前。欲望しかなかった。
大方、四季が濡れたら俺が赤面するとか思っているんだろう。…うん、たぶんそんな気がする。濡れた四季を直視できる気がしない。まぁ、もしそうなった場合、シールさんの目は潰す。あの人は反応を見たいとかで凝視する気しかしないから。ついでに殴って記憶を飛ばそう。
地球では色々と取り返しがつかないけど、『回復』で治るし。
「ものすごく物騒な気が二人から漂ってきたんだけど?」
「「気のせいです」」
勘が鋭い。否定したのにまだ怪訝な目をしてる。
「風邪をひく可能性を忘れていたのですかねこのポンコツ。ぐらいにしか思ってませんよ」
「いつになくシキが辛辣!?でも、絶対それ以上のこと考えているよね!?」
「しつこいとモテませんよ」
「はうわっ!?」
クリティカル入った! 経験則としか言えないけど、群長であるシールさんならわかってると思ったけど、その通りだったみたい。
それにしてもあの家、立地が滝つぼのほとりとかい場所なくせして一切濡れていないように見えるんだけど。どうなってるんだ?
まぁ、近づいてみればわかるだろう。
「あ、今更だけど警戒はしておいてよ」
「攻撃が来ないとは言い切れませんから」
「…ん。わかってる」
代表してアイリが答えてくれた。なら、何も言う事はない。
「あ。僕も警戒はしてるからね!?」
立ち直ったんですね。…あれ?
「シールさんって遠距離攻撃出来ましたっけ?」
「ないも同然だよ!」
やけっぱちに親指を立てるシールさん。
「それでは臨戦態勢に入っていても、矢とか魔法などの遠距離攻撃には無力ですね…」
「うぐぅ」
あ。シールさんが凹んだ。
「…何でシール虐めてるの?」
「えっ?虐める気はなかったのですが…。思ったことを言っただけです」
なんだ天然か。
「漫才はそこまで。着いたぜ」
「扉開いてるー?」
え? …確かに。家のある方を見ると確かに家のドアが開いている。
…何で? ひょっとして呼んでる? 怪しい…。
「ガロウ。滝の水があの家にあたるように『護爪』移動させてくれる?」
「え?いいけど、家が濡れるぜ」
「いいよ。確認しておきたいことがあるから」
家主さんからすればよくないかもしれないけど、ならこんなところに家を建てるなって話。
ガロウがすっと『護爪』をどけると、滝つぼから舞い上がる多量の水が家を襲う。だが、そのしぶきは全て家に弾かれてこっちに飛んできた。
ちょっ…、それは考えてなかった!?
「『護爪』!」
「「ありがとう」」
ガロウが飛んできた水を弾いてくれた。…うん、家が濡れてないのは気のせいではなかった。
「外部からの有害な干渉を弾く力でもあるのでしょうか?」
「かもね」
「あやしーね!」
そうだね。益々怪しい。水が弾かれたんだから、俺らも弾かれるか…?
いや、迷っていても始まらないか。もともと確認するつもりで来た。罠があるなら全部踏み潰せばいい。紙ならば十分ある。
皆は…、見渡してみればシールさんも含めて何があっても付いてきて来る。そんな顔をしてくれてる。ありがとう。ならば。
家の扉のそばまでよる。そして、武器をすぐに取り出せるようにしつつ、武器をしまって出来るだけ威圧感を無くす。
…意味があるかどうかはわからないけど。
さて入ろう…、あ。ドアが開いてるせいでノック出来ない。日本でもあったなぁ。こんなの。先生が「理科準備室にモノ取りに来て」とか言ってたくせにドアは開きっぱなしだし、しかも理科準備室にいないってことが。あの時は物凄く入りにくかった。
「…何で現実逃避してるの?」
「ん?入りにくいなぁ。って思って」
「…結局どうしたの?」
もはや当たり前って顔してるけど、ものすごく自然に心読んでくるね、アイリ…。
「アイリ姉ちゃんはちょっと異常」
「…これまでの積み重ね」
えへんと胸を張るアイリ。そこは自慢するとこ…、なんだろうね。アイリからすれば。聞いたところで絶対に笑顔で頷かれる気しかしない。
「お父様、それでどうされたのですか?」
「ん?声かけながら入ってブツだけ持って帰った。後で文句言ったら「薬品は全部薬品庫に入れてるからへーきへーき。防犯カメラもあるし。無問題!そもそも僕、となりの暗室にいたからね?」だって」
文句を言う気もなくなった。人体模型、顕微鏡に分子模型等々…、色々高価なものはあったんだけど。
「習君もあったんですね…。私もまったく同じこと考えていましたよ」
あぁ、同じ学校だったね…。向こうでは四季と会ったことがなかったから忘れてた。
「あの先生ならするよね」
「しますね。実験しない時も常時白衣という横着さですから…」
「通勤時も白衣だったね…」
通勤用と学内用と予備で常時3着は持ってた。
「ねぇ。向こうの話もいいけどさ。そろそろ入ろ?中の人も待ってるよ。たぶん」
「ですね」
「「お邪魔します」」
挨拶しながら扉をくぐって靴を脱ぐ。…何で躊躇してたのかわからないぐらいスルッと入れた。
「家主様はいらっしゃらないようですね?」
だね。言っちゃああれだけど家の中は狭い。見渡せばそれだけで部屋中を見渡せるぐらいしかない。なのに誰もいない。
「父ちゃん。かくれんぼでもしてんの?」
かもしれない。クローゼットの扉が開いている辺りなんかアレだけど。
「入っていいよ感があったとはいえ、勝手に入っているのですから。クローゼットやタンスを勝手に漁るのはご法度ですよ」
「承知しておりますよ、お母様」
「…ん」
「わかってるよー!」
「俺も!」
「僕も!」
何でシールさんも混じってるだろう? 別に混じっててもいいんですけど…。子供達の中で返事をされると違和感が。
さ、気を取り直して待っている間、部屋の中を見ておこう。罠とかあったら困る…とはいってみたものの無さそう。当たり前か。
それにしてもこの家は狭い。すぐに壁がある。たぶん一辺5 m程度しかない。そんな家の中にやけに豪華なクローゼットみたいなもの、タンスみたいなもの、ベッドみたいなものがある。そして、大きさの割に内装も家具とマッチする豪華さ。外観と合ってない。
誰もいないはずのところから物音が。家主さんかな? 一応警戒はする。
ひょこっとクローゼットの戸の陰から顔を出す家主さん。こちらを一瞥してすぐに引っ込んだ。…雰囲気から判断する限り、危害を加える気は無さそう?
だけどチラリと見えた家主さんの頭に生えていたのは、間違いなく角だった。家主さんは魔人か?
「お父様、お母様、考察はいいですから挨拶いたしませんと」
ああ、だね。レイコの言う通り失礼だった。ありがとう。
「初めまして」
「とうたま?」
ん? こてっと首を傾げながら懐かしい言葉を言われたような…。
「ええと…、初め「かあたま?」…」
四季が笑顔のまま硬直した。
「聞き間違いではなかった」
「ですね」
二人で遠い目になる。ええと確か…、前はガロウとレイコだったから、2カ月経ってるか経ってないかくらい? 懐かしいって程ではないかなぁ…?
「あの時の私を客観的に見るとこうなのですね…」
「…ん。かなり滅茶苦茶」
ガロウとレイコも「うぼわぁ」って魂が抜けそうな顔をしている。割と滅茶苦茶だからね。
…ところで「わたし関係ないです」みたいな顔をしているけど、アイリも二人のこと言えないからね。ガロウとレイコ加入時に今のガロウたちと同じ顔はしていたはずだけどさ。
「カレンちゃん。敢えて言っておきますが、貴方だけは微妙に違いますけど、私達からすれば大概でしたからね?」
「えー?割り込んだからー?」
ん? 四季は人の孵る蕾とか言う童話的なところにツッコミを入れたんだろうけど…、割り込んだ? そんなことあったかな?
「お風呂だよー!」
不満そうに頬を膨らませるカレン。これは…、
「違うのわかってて言ってるよね?」
目が勝手にジト目になる。
「なんのことかわかんなーい」
これはわかってる。あれは思い出させなくていいからね!? 確かに雰囲気的には割り込まれたっていうのは間違ってないけど。
「お父様、お母様!?私、ご迷惑をおかけしていませんか!?」
唐突だね!? 迷惑をかけてるかかけてないかで言えば…、
「かけてるね」
「ですね。前に二人は子供ですしある程度は仕方ない的なこと言いませんでした?」
「たぶん言った。さすがに家族だからってニートになります!とか言われるともにゃるけど。する気ないでしょ?」
力強く全員頷いた。やっぱりね。ちょくちょく感謝の気持ちは伝えてもらってるし、何よりこの子らは俺らの役に立ちたいって思いが強い子達だ。
「ねえ。家主様置いてけぼりだよ」
「それはそうですけど、あれ以来顔を出してくださいませんよ?」
置いてけぼりにしたのは悪いが…、顔を出してくれないし。聞いたのも「とうたま」と「かあたま」ぐらい。
クローゼットの陰から出てきた頭の位置的に身長はそこそこあるはずだから、年もある程度とっているはずなんだけど。
「近づいてもいいですか?」
…無反応。絶対に聞こえるようにちょっと大きな声で言ってみたんだけどな。いったいどうしたいんですか? ああ、でも、言葉の舌足らずさ? とでもいうものから考えると変ではないのか?
全くわからない。一回出てみるべき?
「逆に来てもらいましょうか」
思いついたように言うと、しゃがんで手を広げ…、
「こっちにおいでー」
「犬か何かでも呼んでるみたい」
「言わないでください」
あ。声が漏れた。
「私だって小さい子なら兎も角、チラッと見た限りの外見年齢的におかしいって思ってますよ。そもそも暫定家主さんですし」
だよね。でも、来てもらうってのはありかもしれない。
「あ。顔出してくれましたよ。こっちにおいで」
手を広げ笑顔をみせて歓迎を示す四季。俺も真似しようか。四季の横に俺が立ったままいたら怖いだろうし。
「「おいでー」」
「…誘拐犯?」
「「やめて(ください)」」
確かにそう見えるけどさ! …というか異世界でも誘拐犯はこんなことするのか。即拉致! ってイメージがあるんだけど。
「飴出します?」
「余計に誘拐犯に寄って行ってどうするのさ」
「ですよねー。あ。顔は出してくれましたよ」
家主さんが顔だけ出して、ジーっとこちらを文字通りの意味で真っ赤な、ルビーのような瞳でこちらを見ている。髪は深海を彷彿とさせるような瑠璃色。じっと見つめられると引き込まれてしまいそう。
顔全体の雰囲気はどこか気が弱そうだけど…、文句なく美人さん。顔と相まって俺らがやってるこれが凄まじく場違いな気がしてきた…。
そんな俺らを尻目に顔を出したり、引っ込めたりを繰り返す家主さん。顔を出すたびに前よりも深く「大丈夫です、こちらへ出てきてください」そんな思いを込めてほほ笑んで耐久。
5回ほど出して引っ込めてを繰り返し、やっと出て来てくれた。とてとてとおぼつかない足取りで影から出てきて、四季に向かって一直線に危なっかしい足取りで駆け寄ってそのままポフッと胸に飛び込んだ。
「よしよし、よく来てくれましたね」
子供達に接するように笑顔で家主さんを撫でる四季。家主さんは一瞬ビクリと体を硬直させたが、顔を上げて四季が笑顔であることを確認すると安心したように四季の胸に顔をぐりぐり押し付けだした。
「お父様も、お母様もこの方をお呼びしていましたが…」
「ほんとーに飛び込んできたねー!」
「だなぁ…。平然と受け止めて撫でてるあたり母ちゃんらしいけど」
だね。
飛び込んできた家主さんの身長はだいたい160 cmぐらい。アイリやカレンに比べて随分高い…というか、娘の中で一番背の高いレイコはもとより、男の子で背が高めのガロウと比較しても同じくらい。かなり高身長だ。
その上、走ってくる最中に見た体つきは実に女性らしかった。胸の大きさは四季より少し下くらいで、腰はキュッと括れていて、お尻はほどよく肉が付いている。体型に立派なメリハリがあるモデルさん体形と称するべきか。
うーん、この身長や体型から判断するにこの家主さんは大人…少なくとも成長期を迎えているはず。あっちでの子供の成長と照らし合わせると…成長期はだいたい小5か6? 11歳以上は絶対越えているはず。勿論、赤目だし、角もある。だからこの人は魔人なのは確定。だから実際は11歳以上であるのは間違いない。…んだけど、四季ならそんなこと全部呑み込んで撫でるよね。
俺も撫でようかな。折角呼んだら来てくれたわけだし。お前じゃないって言われたら泣くけど。
髪に触れ、角に触れると俺に気づいたのか猛烈な勢いで首をこちらへ向けてきた。俺がニコリ微笑むと、四季をチラッと見て、彼女が頷いたのを見ると、
「とうたま」
とおずおず頭を差し出してきた。顔が引きつりそうになるのを無理やり抑える。折角撫でて良いよって言ってくれているわけだし。
…だけど心の中でくらい言わせてほしい。わかってたけどやっぱり俺らが「とうたま」と「かあたま」なのね。
「シュウよりもシキを優先したね。この人」
「俺より四季の方が優しそうに見えるからでしょう。実際、普段の四季は落ち着いた綺麗なお姉さん的な感じがありますから」
逆に四季と違って俺は男で、背が高い。俺だって四季の方に行く。怖いし。
「習君も普段なら優しいし、かっこいいんですけどね…」
四季に褒められた。背中が少しむず痒い。
「普段って…、普段じゃなかったらどうなのさ」
「…お父さんもお母さんも表情が引き締まる」
「かっこいいよー!」
「だよな姉ちゃん!いつもとの差がすごいからな!」
「お父様も、お母様も、お二人とも物語に登場する騎士のようで、気を抜くと見惚れてしまいそうになります。それに…」
「「待って(ください)」」
何で子供達皆、首傾げるのさ。褒め殺しはやめて。
「それより、家主さんの方が大事です」
「四季の言う通り。また置いてけぼりになる」
「話を逸らそうとしているね!」
そうですけど、うるさいです。
とりあえず椅子…は、ないか。座れそうなのはこの部屋に不釣り合いなほど豪華な天蓋付きベッドしかない。
「さすがにベッドには座れないから、立ち聞きだね」
「ですね。馬車がこの中に入れればセンも外にいなくて済みますし、馬車に座れて楽なのですが。家が大きくなるわけ…が?」
四季が途中で言葉を切って首を傾げる。…気持ちは分かる。
「あの、習君。部屋が大きくなっている気がするのですけれど?」
「気のせいじゃないよ。家が大きくなってる」
四季の声に応えたのか、家が本当に大きくなった。扉は馬車が余裕でくぐれる大きさに巨大化、そして部屋も巨大化した。それこそ馬車を真ん中に止めてもまだまだかなり余裕があるほどまで。
「この子がやったんです…かね?」
「かな?わからない。兎に角、センを呼んで入ってもらおう」
外に出てセンを呼んで中に入ってもらう。馬車の位置を調整して。ベッドに向かいあえるようにする。
ついでに家の外観チェック。…家が大きくなったのに外観は最初と変わってない。家の中だけ空間が広がった。そんな感じだろうか?
聞き取りをしよう。まず家主さんにベッドに座ってもらって…、は無理か? ガッシリ四季の腕を掴んでいるから引き離すのは難しそう。
「布団に寝かせてみれば?」
「すっぽんかザリガニではないんですから…。あ。離れましたね」
言ってみただけなんだけど案外うまく…、
「あ。駄目ですね」
いかなかったか。ほっとしたのか四季の拘束は弱まったけれど、寂しいのかグイグイ四季の腕を引いてベッドに引きずり込もうとしている。
「…諦めて引っ張り込まれてあげて」
「そのほうが良さそうですか」
危害を加える気はないだろうし、それ以上に目が悲しそう。放っておいたら泣きそうだ。
四季がベッドにそっと上がると家主さんの横で四季が横になり、頭を撫でる。撫でられて家主さんは嬉しそうに目を細めるとそのまま目を閉じて…、
「ちょっと待って!寝られたら困る!」
シールさんが声を張り上げたが、家主さんは目を開けることなくスヤスヤと寝息を立て始めた。
習と四季が初対面で父母呼びされるのは73話ぶりです。