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白黒神の勇者召喚陣  作者: 三価種
5章 魔人領域
188/306

168話 夢

長いです。

 あぁ。よかった。とりあえず意識は戻った。だけど目を開けるのが怖い。顔から下が妙にフカフカした心地よいものに包まれているし…。これの正体が食虫植物とかだったら笑えない。



 その場合、シャイツァーで焼くけど。



 とりあえず、目を開けよう。



 …見知った天井だ。この上から降り注ぐ暖色系の光に、光源の丸い蛍光灯。そして小さいころ怖かった、人の顔に見える木の節。間違いなく俺の部屋。



 となると…、よいしょっと。



 ああ。やっぱり。体を包んでるのはいつものちょっとくたびれたあったかい羽毛布団。となると壁の棚には漫画とかがおいて…あれ? ないな。召喚される前は本棚に置いていたはずなんだけど。図鑑と参考書しかないぞ?



 一体どこに置いた? ゲーム機はここから見る限りそのままだ。棚の一番下。そこに据え置き機が一つとコントローラー4つ。そして携帯機が6機ある。子供達の分を含めれば丁度。最下段は他にモノが入るスペースなどないほどぎっちり詰まっている。



 あの子達なら自分で保管できるはずだけど…、預かっててって言われたんだっけ? ん? おかしいぞ? 俺はアークラインにいたはず…。



 ああ、頭がぐちゃぐちゃになってきた。とりあえずどっかにいった漫画を捜そう。多分ベッドの下でしょ。他に収納なんてないし。



 ベッドの上から手を伸ばして開ける。…うん。あったな。何も入ってなかったし。入るとしたらここだ。



 本棚に漫画が一冊もないのは違和感しかないし…。棚に戻しておこう。据え置き機の横が開いてるしね。空いたスペースには父さん、母さんの部屋か物置にでも避難しているんだろう。後で取りに行こう。



 さ、布団を押しのけて…ん? 俺の布団に誰か入ってる…?



 待って。意味が分からないんだけど。俺はいつも一人で寝てたはず。地球にいるときは一緒に寝るような人なんていなかった。



 今は大抵四季と一緒に2人で寝てるけど…、四季ではないね。



 でも、この後姿はどこかで見たことがある気がする。一体どこで? いや、そんなことはいいか。誰だこの人。



「あの。寒いんですけど」


 四季の声だ。部屋の中からするはずはないから…外かな?



 窓から道を見てみても…いない。死角に入ってる? ちょっと体を乗り出して…やっぱりいない。見渡してみてもいない。



 いつものように川が静かに流れていて、鯉が泳いでいる。人の手でかなり盛り上げられたであろう土手を車が一台走り抜け…誰もいなくなった。



「どっち見ているんですか。習君」


 家の中?パッと振り向くと布団の上で眠そうに目をこすりながら非難するようにこちらを見つめている女性(・・)がいた。



「あの、習君?」


 四季に似た…だけど、四季ではない女性が俺に向かって四季の声で言った。



「君は誰?」


 何故か悲しそうな顔をされた。何でさ。俺の部屋に、初対面の人がいるのに家から放り出してないだけ良心的だと思う。



「習君。私ですよ。四季です」

「違う。君は四季じゃない」


 この人が四季であるはずがあるものか。



「習君、私ですよ、私がわからなくなったんですか?」

「いいや、わかるよ」


 わからないなんてことがあるものか。



「ひとまず、こっちに寄ってこないで欲しい。現時点において君は四季に似た何かでしかない」


 俺の言葉に項垂れる四季っぽい人。これが本当に四季なら速攻で駆け寄りたい気持ちになるんだろうが…、そんな気持ちが微塵もわかない。本当に誰だこの人。



「習君!何をもってして私を四季じゃないと判断しているのですか!?」

「全部」


 唖然とこちらを見てくる彼女。補足をいれるべきか。



「上辺は似ているけれど中身が全く違う。いつもの気品もない。可愛さもない。どこか歪。無理やり四季って要素だけ抽出して組み上げたみたい」


 それに目も四季の芯の強さを映す澄んだ黒でもなければ、艶やかな漆黒の髪でもない。表情もどこか硬く、笑った時に出来る皺の位置も太さも違う。



「それに何より、こう…、うん。あれだよ。あれ」


 こんな得体のしれない相手でも、言うのは少し恥ずかしい。



「何なんです?」

「体が君を四季だと認識することを拒絶してる。君は俺の好きな人で、恋人で、お嫁さんで、妻の四季じゃない。そう切実に体も頭も心も魂も訴えてるんだ」


 俺は一体何言ってるんだろう? だけど、全部本心。



「ちょ…、そんなの感覚的なモノじゃないですか!?そんなもので判断するんですか!?」

「そうだよ?」

「なっ…」


 口をパクパクさせる女性。やはり四季ではない。俺のこの感覚は正しい。



「しょ、証拠は!?そんないい加減なものではない確たる証拠はないんですか!?」


 その台詞自体が語るに落ちているんだけど…。まぁ、いいか。



「それはさっきから君に提示しているよ?正確には君が(・・)。かな?」

「えっ?」


 だよね。そんな反応するよね。だからこそ…、



「君は四季じゃない」

「何故です?」

「さっきから俺は君のことを俺は何て呼んでる?」


 本気で困惑している…か。やはり四季ではない。



「ねぇ。俺は君の事、さっきから何て呼んでる?」

「え?『君』ですが…。それが何か?」

「それが証拠だよ」


 ああ。やっぱりキョトンとするよね。



「リャアン様を倒した後、四季自身から「君」ではない呼び方をして欲しいって言ってきたんだよ?だったら何で平然と「それが何か?」なんて言えるの?ああ、口は開かなくて結構」


 反論されたところで時間の無駄だ。



 この事実を知らない彼女ならば絶対に答えられない、彼女が四季でないと示す決定的な質問を叩きつける。



「俺は四季のことを何て呼ぶって言った?」

「えっ、それは…」

「ね?だから君は四季じゃない。四季であるはずがないんだよ」


 四季であるならばこの問いには即答する。それどころか最初に俺が「君」と呼んだ時点で、 そこに気づいて指摘してくる。四季はそう言う人だ。たまたま気づかなくても何回も繰り返していれば途中で必ず気づく。ここまでされて言えないなどあり得ない。



「で、もう一回聞くよ。君は一体どこの誰?」


 顔色を変えて…、ベッドの上で立った?



 逃げる気か。いいだろう。逃がしはしない。ここをどこだと思ってる。ここは俺の部屋だぞ。しかも布団の上。布団をグイっと引っ張って、バランスを崩させて、そのまま布団を撒きつけて拘束。



 ベッドから引きずり降ろして足で踏みつける。あまり痛くないように加減しないとね。逃げようとしたら体重駆けるけど。



「で、君は一体どこの誰だ?」


 答えないか…。脅すか。



「答えろ。さもなければ…、魔法でちょいちょいと頭弄りまわすぞ?」


 出来るだけ威圧感を込めて、本当にやると思わせる。ここで相手が男性ならくすぐり地獄に落としてやるところではあるが、一応見てくれは女性…というか四季だし。流石に出来ない。



 だから魔法。一人でどこまでできるかは未知数だが…、吐かせることは出来るはず。



「おい。いつまで黙ってる。さっさと吐け」


 足にかける体重を大きくする。女性がプルプル震えだした。やめないよ?



「か…、」


 か?



「帰って!」


 涙目で女性が叫ぶと目の前が真っ白に。ちょっと待って、意味が分からない。



 ッ! また意識が…。







_____


 無事意識が戻ってきた。今度は床が硬く、体が包まれている感覚もない。となると…、ああ。やっぱり。目を開けると飛び込んできたのは馬車の中の光景。さっきの夢? みたいなのが終わって目が覚めた。そんなところか?



 視線をそこから横に動かすと四季がいて、目が合った。



 俺の知ってる四季だ。さっきの偽物ではなくて正真正銘、俺の四季。細かい理屈なんて一切抜きにしてそう感じる。



「えっと…、四季。君を抱きしめてもいい?」

「え?ええと…、はい。こちらこそよろしくお願いします?」


 四季の顔が真っ赤。間違いなく俺の顔も真っ赤。だけど、無性に四季の温かさを感じたかった。仕方ない。



 四季の吐息が俺の首筋にかかり、俺と四季の間で彼女の柔らかい胸が押しつぶされるほど、しっかりと四季を抱きしめて、四季と互いの顔を見る。



 顔の距離がかなり近い。だけどそれが嬉しい。



「あ、習君。私を人称代名詞で呼ぶときは「君」は止めてと言ったではないですか」


 四季が望んだ反応を返してくれた。そうだよね。四季ならこう返してくれるよね。



「何一人で納得してるんです?」

「ああ。ごめんね。ちょっとうれしくなって」


 説明してください。そう彼女の目は力強く訴えている。



「夢で四季に似た人に会ってね。証拠出せって言われたから、この「君」と「御前」に対する反応が違うって言ったんだ。そのときに本当の四季ならどうするか。そんな風に考えた時の反応を四季がまさに返してくれたから」


 四季は目をぱちくりさせると既に紅潮している頬を益々種に染めた。



「夢に私が出てきたんですか?」

「うん。似た人だけど。それほどまでに俺は四季が好きなんだと思う」


 四季に言われると恥ずかしいから先に自分から白状しておく。



「私も、私も夢に習君に似た人が出てきましたよ!」


 妙に食い気味に言ってくる四季。「私も貴方を夢に見るくらい好きです」と暗に伝えようとしてくれているんだろうか。



 可愛いなぁ…。さらにギュッと四季を抱きしめる。さらに顔と顔が近づき、胸がつぶれる。



「ところで何でこうしてるんです?」

「嫌だった?」


 ふるふると首を振る四季。本当に可愛らしい。



「何となく。ただ四季が猛烈に恋しくなった…。それだけ。ところで、何で四季は「こちらこそ」って言ったの?」


 恥ずかしいこと聞かれたから、俺も聞いてやる。



「え?それはですね…。私も習君と同じですよ」


 詳しく言うのが恥ずかしいのか、それだけ言ってごまかすように熟したトマトよりも顔を赤くして、俺の首筋に顔を押し付けてくる。今四季のやってる誤魔化し方の方が恥ずかしいと思うんだけど、いいのかな?



 絶対シールさんに見られたら揶揄われるよ?



「…大丈夫。まだ寝てるよ」


 !? 何で声が? この馬車には俺と四季とシールさんしかいないはず…!



 いつでも反撃できるようにしながら声のした方に向き直ると、赤い目で黒い髪を持った可愛らしい女の子がそこにいて、幸せそうに俺らを見ている。



「…おはよう。お父さん。お母さん」

「「え゛?」」

「え?」


 びっくりしたけど、言い間違いではなさそうだ。



「ええと…、お嬢ちゃん。俺と四季が君の親なの?」


 なんかめっちゃショック受けてる!?まるでこの世の終わりみたいな…。



「大丈夫ですか、お嬢ちゃん。私がいますよ」


 四季がそっと肩を抱き寄せる。だけど、女の子はそれに構うことなく顔を伏せたままよろよろ立ち上がり、どこからともなく鎌を取り出した。



 そんな物騒なもの取り出してどうするの?



「…こうする」


 え。ちょっ…!? 少女が毅然とした顔で鎌を振り上げ、刃のついてない方で四季を殴りつけ、そのまま流れるように俺を殴り飛ばした。



 この感じは…また気絶だな。







_____


 今日何回気絶してるんだろう…。意識は戻った。何で気絶したんだっけ? ………あ。



 ガバリ起き上がり周囲を見渡せば、四季もアイリもカレンもガロウもレイコも、シールさんも全員いる。シールさんだけまだ寝てるけど。



 それはいい。



「「ごめん(なさい)!」」


  今はアイリに土下座するのが先だ。何でアイリのことを…いや、違う。子供達のことを忘れてたんだ!一時とはいえ忘れていた俺自身は勿論、言ったところでどうにもならないけど、俺と一緒に忘れていた四季にも少々腹が立つ。



 やらかした。これしか言いようがない。さっきのは…、俺らがアイリに「貴方誰?」って聞いたのは…。アイリにとって、親しい人の拒絶に次ぐ最大級の地雷だ。



この子は小さいころに拒絶されて、ルキィ様や俺らと関わってだいぶマシになったのに…。マシにした俺らが忘れるなんて致命的すぎるだろう!?自分で自分が嫌になる。



「…二人とも。責めないで。わたしは分かってるから。ね?」


 凹む俺と四季の顔を交互に覗き込み、アイリは背中を小さな手でさすってくれる。この子はこんなにもいい子なのに…。



「…むぅ。いつまでたってもいじいじしちゃダメ、わたしは気にしてないから。…本当だよ?だから…ね?」


 「気にしないで」ってことね…。ああ。そうだね。本人が気にしていないならば、気にしないべきだろう。その方がアイリも意識しなくて済む。



「…もしどうしても気になるなら、また飴をわたしに作ってくれればいい」

「「それくらい何時でもする(します)けど?」」

「…ん。…あ。さっきやったことを気にしないで作ってね。…謝罪のつもりで作られても美味しくないよ。…いつも通り二人が作ってくれる方が絶対美味しい」


 了解。なら本当に気にしないことにする。



「あ。そうだ。アイリ。アイリは全く躊躇しなかったね」

「…殴ること?」


 二人揃って頷く。



 気絶前の記憶を掘り起こす限り実に鮮やかだった。「誰?」って言われて一瞬ショックを受けたら迷うことなく動いた。それこそ俺も四季も回避行動をとろうとしても一切間に合わないくらいに。



「…お父さんもお母さんも、言っていい冗談と言ったらシャレにならない冗談は分かってくれてる。だからだよ?」


 つまり…、



「俺も四季も、素面だったらあんなこと(誰?)は言わないってこと?」

「…ん」


 嬉しそうに微笑みながら頷くアイリ。なるほど。物凄く納得した。アイリの言うように、言わないようにしてるし…。



 うちの子たちに直球で「お前なんか家族じゃない!」って言えば関係が破綻するのは目に見えてる。それ以前に、これに類することは本当の家族であれ義理の家族であれ簡単に口にするべきではないし。



 言った側は冗談のつもりでも最悪の場合、受け手の心が死ぬ。特に幼子はその傾向が強いと思う。



 …うちの子は繊細な子が多い上に、本当の家族だとは思っているけど血のつながりがないのは事実。禁句でしかないな。



「ブルルルゥ」


 「起きた?」的な鳴き声を上げて馬車に顔を突っ込んできたセン。



「シールさん以外は起きたよ。セン」

「とりあえず、シールさんを起こしますね」


 シールさんを軽く揺さぶる四季。起きないね。俺も加わろう。二人で前後にゆさゆさ。強情な…! くすぐってみよう。四季にはそのまま揺すっててもらう。



 こしょこしょゆさゆさ…、起きない。ならば子供達にも加わってもらおう。ガロウだけだけど。三人がかりならば、どうだ!?



「大きなカブか何かでしょうか?」

「それでもシールさんは起きませんって?本当に起きないね。適当に魔法使ってみる」


 何となく聖魔法では効果がない気がする。適当に他の物を書いてみようか…。



「シール様!起きないと鬣むしるぜ!起きて!」


 鬣を引っ張りながら耳元で叫ぶガロウ。絶対五月蠅いね。これで起きなかったら世界滅亡の時も寝ていられる人か、死体だ。



「本気でむしるぜ?貧相になるぜ!?」

「やめてぇ!?」


 あ。起きた。彼の中では五月蠅い声よりも鬣の方が大事みたいだ。



「「おはようございます?シールさん」」

「…ん」

「おはよー!」

「おはよう?」

「おはようございます。シール様」

「ブルルッ!」


 センも入れて7人で挨拶。昼過ぎているけれど細かいことは気にしない。



「ええと…、君ら誰?」

「「は?」」

「え?」


 あれ? 首傾げてる。まさかの本気の反応!?



「ん?あー。ア゛ッ!」


 俺らをのしたときのように流れるような動作でシールさんに一撃を入れるアイリ。たぶんあれは…夢と現実がごっちゃになってただけだと思うよ…。



「…記憶喪失を重ねるのはやめて欲しい」

「だな!」

「そーだねー」

「ですね」


 ちょっと目を離した隙に子供達がこんなにも過激になって…。って違うな。俺らが記憶を失っていたから、ちょっと気が立っているだけだ。



 あの記憶喪失は天地天命に誓ってわざとではない。だけど、本当に悪いことをしてしまった。



「起きてー」


 起こしたいからだろうけど、足で起こそうとしているカレンを見て本当にそう思う。普段ならそんな起こし方はしないだろうに…。と思ったけどというわけでもないような。割とその場のノリであの子生きてる節がある。



「カレンちゃん。追い打ちはやめましょうねー」

「あーい」


 四季に抱っこされて強制的に引っぺがされた。だけど、カレンは抱っこされたからかご機嫌だ。



 それを見たアイリの視線がせわしなくシールさんとカレンの間を行ったり来たりしている。「わたしも」って言いたいけど迷惑かもしれないから言えないんだろう。



 そんな葛藤を抱えるアイリがいじらしく、そっと近寄って抱き上げる。『身体強化』は一切していないのに楽々持ち上げられる。…軽いなぁ。この子。



「…わたしが蹴りそうだったから?」

「何でそんなにマイナス思考なのさ」


 ツッコミを入れつつも四季の負けず劣らず滑らかで綺麗な黒髪を撫でる。



「まぁ、確かにシールさんがかわいそうってのもあるけど、こうしたくなっただけ。嫌だった?」


 嫌って言うわけがないのに聞いてみると、俺の腕の中でふるふる首を振るアイリ。この必死さが愛らしい。



「俺も混ぜて!」


 ガロウがちょっと恥ずかしそうに言う。ガロウがこんなこと言うなんて珍しい。



「わ、(わたくし)も混ぜてくださいませ!」


 ああ。なるほど。レイコが言いやすくするためか。レイコも混ざりたそうにしてたからね…。



「…ガロウも混ざりたがってたよ」


 アイリが耳打ちしてくれた。うん。知ってるよ。レイコのため…って言い訳しながら俺らに寄ってくるガロウもまた可愛い。…ガロウは男の子だけど。



 ま、俺らも久しぶりに全力でモフらせてもらおう。



 二人とも頭も背中も足も…、毛のあるところは艶があって滑らか。そして程よく温かくて柔らかい。ガロウは白金。レイコは小金どちらも無機質な色ではあるけれど、二人の色はどこか暖かい。



 端的に言って二人とも実に最高の触り心地。



「ブルルン」


 「僕もー」そんな感じで頭を寄せてきたセン。そういえば構造的に不可能なはずなんだけど…。



「センと馬車を繋ぐやつ、誰か外した?」

「…ん。外したよ。…センは何ともなかったみたいで一人でそわそわしてたから」


 おおぅ…。てことは俺らがアイリに叩かれたときも一人で心配してくれてたのか。全然気づかなかった。ごめんね。



 アイリを片手に抱きあげ、胡坐をかいて座ってセンを呼ぶ。ちゃんと意図したように胡坐の中に頭を突っ込んできてくれた。よしよし。いつもありがとうね。



「ブルゥゥ…」


 喜んでくれてる。この子の毛並みもいい。鬣はふわふわで指を通すと一切ひっかかることなくするする指が抜ける。体に生える毛は不思議なくらい汚れがなく、真っ白で光沢がある。



「ねぇ。僕を完全にスルーするのはどうなの?」

「あ。おはようございます」


 ジト目を向けてくるシールさんにそう返すと、四季も子供達も、そしてセンまでも揃って各々の言葉で「おはよう」と伝える。



「あ、うん。おはよう」


 よし。気を逸らせた。



「記憶は大丈夫ですか?」

「記憶…?ああ。あれね。夢で君らを筆頭に色々な幸せな家族見たからごっちゃになって繋がらなかっただけさ。だから大丈夫。殴られたけど怪我もないしね」

「…殴ったのは反省してない」


 ああ。シールさんが「何でさ」って顔してる。説明足りてないよ。アイリ。



「恥ずかしながら俺と四季が記憶喪失になったからですよ」

「へ?君らが?何を忘れたの?」

「子供達のことです」


 シールさんがあんぐり口を開けている。



「マジで?」

「嘘はつきませんよ」

「だよね。ごめん衝撃過ぎて理解を頭が拒絶した。君らがそんな冗談言わないのは分かってるさ。え。本当に?忘れたの?子供達の事?」


 …不本意かつ残念なことに。何も言わずにそんな風に思って下を向いて手を握っていたら察してくれたみたい。



「うわぁ…。どこまで忘れたの?」


 どこまでって…、考えたことなかったな。あの時、四季のことは覚えてた。地球の家族は…確か問題なし。友達も大丈夫だった、ついでにシールさんやこっちであった人は大抵忘れていなかったような…。



「「子供達のこと以外は大丈夫だったような…?」」

「ピンポイントで欠落してた?」

「そんな気がします。でも、何で私達だけなんでしょう?」


 考えてみようか…。皆も考えてくれているし。



「父ちゃん達が勇者だから?」

「…成り立ち的におかしいと思う。神が作った場で、神が呼んだ勇者にだけ(・・)そういう事をする理由がない」

「瘴気は溜まっていますが…。お姉さまの言う通りでしょうか?」

「その瘴気で変質したのかもしれないよ?」


 他に勇者がいれば勇者説が正しいか否か確かめられるけど、いない。いてもやらないけど。人体実験でしかない。



「考えてもわかんなーい!」


 カレンが叫ぶ。それ一番言っちゃダメな事…。実際わかんないけどさ。



「確かにわかんないけどさ。気絶してる最中に何があったか共有しよ?僕はさっきも言ったけど二人を筆頭に、幸せそうな家族がいっぱいいたよ。楽しかった!」

「…シールは一人だった?」

「ふっふっふ。理想の花嫁がいたよ!」


 いくらこの人が幸せそうな光景愛好家であっても、その中で一人は辛いか。



「なんか二人に不本意なこと思われてそうだけど…、その人はめっちゃ可愛かった!あ、でも語るのは虚しくなるから止めとく。皆は?」

「俺は日本で四季と居ましたね」

「私も習君と同じです」

「…わたしはお父さん、お母さんと遊んでたよ」

「ボクもー!」

「俺はレイコと父ちゃん達といたよ」

(わたくし)はガロウと同じ感じです」


 次々いつもの順で内容を出していく子供達。



「ちょ!?中身フワッとしてるね!?もっとしっかりしたの頂戴!」


 シールさんの魂の叫びは即全員に斬り捨てられた。恥ずかしいから、仕方ない。



 聞かせるとしても…四季が限界かな? 出て来てるし。子供たちはちょっとキツイ。出て来てないから…。



「じゃあ、これだけ聞かせて。夢は楽しかった?」


 俺と四季以外は頷いた。



「となると…、この滝は来訪者に幸せなものを見せて帰る気を無くさせる。そんな場所?」

「いやいや、何で君ら楽しくないのにそうなるのさ!?」

「一瞬で見破りましたけど、見破っていなければたぶん楽しかったですよ?ねぇ。習君」


 だね。顔を直視した瞬間に四季じゃないって気づいたけど。



「…お父さんたちの説が有力?」

「ですかね?私達…もっというなら習君しか説を提示していませんけどね」

「考えてもわかんねぇもん。共通点もなさすぎるし」


 種族も違うし、シャイツァーの有無でもない。強いて言うなら家族ではあるけどシールさんもモロに影響受けてるし…。



「ま、ここでこれ以上いるのも嫌だし。上がろうか」

「え!?まさかの僕だけ話し損!?」

「気のせいだ。シール様!」

「ええ。そうです。気のせいです」

「絶対違うよ!?」


 シールさんの言う通り。だけど、掘り返されてもいいことなんてない。だからこそ。流す!



「ガロウ!セン!よろしく」

「了解!」


 センと馬車を繋いで、ガロウが馬車ごと『輸爪』で持ち上げる。ひどく揺れないようにゆっくり上がっていく『輸爪』。



 眼下では東向きに折れる渓谷に、西に沈みつつある日がオレンジの光を落としている。西日はチャルチャ川をほのかに橙に染めており、その先にある不帰の滝として名高いヒュシャハ滝は、その陽光を受けてキラキラと輝く。



 そしてそのほとりには人一人が住んでいそうな家…というか小屋? がある。その建物は物寂しいけどどこか気品があり、黄昏を映す滝と相まってまるで絵画のようだ。



 …絵なんて描けないけど。家なんて描こうものなら豆腐の完成。屋根つけると今度は化け物になるしなぁ…。



 あれ? 今、俺なんて言った? …家? ちょっと待って意味が分からない。…このシャルシャ大渓谷に家?



 俺が駆け出すと同時に四季も馬車の淵に駆け出す。見間違いなんかじゃない。どっからどう見ても家だ。

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