159話 ニーフィカ
…朝か。時間はたぶんまだ午前5時。寝ていてもいいけれど目が冴えてしまって寝れそうにない。ベッドから出ようにも誰も起こさずに出る自信はないし…、ボケっとしておこう。
…それにしても、毎度毎度のことではあるがどうして寝る前と寝た後で全員の位置が違うんだ? 昨日は俺と四季を両端に、ガロウ、レイコ、カレン、アイリの順だったはずなんだけど。
アイリだけがそこまで変わらず横軸は同じ。そのアイリさえ微妙にベッド下方に移動してる。ガロウとレイコは何があったのか揃って俺らの足元まで移動して布団にくるまっている。カレンは俺らの頭の上で布団はおろか服まではだけている。そして四季は俺の真横。
わけがわからない。特に四季が俺の真横な辺りが。…アイリの横の位置関係は変わっていないという事を踏まえると、俺も四季も両方が中央へ動いたのが原因なんだろう。
ん? 四季がもぞもぞ動いてる? ごろっと転がり体勢を変える四季。それに伴い、唇同士がぶつかりそうなぐらい顔が近くなった。思わず叫びたくなったけど自重。起こしてどうする。
…あ。アイリが四季に抱き付いた。顔を胸にうずめているけど…大丈夫だよね? 窒息死したりしないよな? …気持ちよさそうにスリスリ顔を押し付けているし平気か。
珍しい甘え全開のアイリ。かわいいけれどアイリの顔周辺が目に毒でしかない。顔を上げ…ると四季の顔が目の前にあるんだよなぁ。
普段は凛としていて、それでいて優しそうという共存しなさそうな要素を持ち合わせている四季だけど、今は安心しきっているからかすやすやと眠る顔は無防備で美しくて、そして何より可愛らしい。
ジッと見ていたいけど…平常心を保てる自信がない。ヘタレな自覚はあるけどキスならしてしまいかねない。そうなったら起こしてしまう。それに最悪嫌われる。
じゃあ視線を逸らせばいいけど…、上向いていたら首を痛めるから無理。体勢や位置を変えるのは…よさそうか。なら動こう。って背中に何か当たってる。カレンだな。なんで俺の後ろに来た!? 体勢変えるだけでも起こしそう。首を痛めろということか…?
今度は何!? 足に何かが触れる感覚がって、アイリと四季が足を絡ませてきてる!? 何で!? よくわからないけど二人の足は柔らかくて心地いい。…うん。色々まずい。アイリは別に何ともないけど四季がヤバい。
昨日集めた情報を頭に展開して意識を逸らそう。そうしよう。こんな状況で寝れるわけもない!
俺の情報と四季の情報。それに子供たちが見つけてくれた情報を纏めると…、魔人領域での目的地『シャルシャ大渓谷』と『不帰の滝』は近い。というより、不帰の滝はシャルシャ大渓谷内にある。大渓谷南東出口付近、そこにある『ヒュシャハ滝』が不帰の滝。
だからシャルシャ大渓谷の底を走って行けば魔人領域でのもう一個の目的地である不帰の滝に到着できる。かなり楽だ。渓谷とヒュシャハ滝を調べて何もなければ、そのままエルフ領域との境界である『クアン連峰』を越えようか。
…あ。でも、折角シールさんがいるんだからナヒュグ様に会っておいた方が良いかもしれない。この辺りは後で相談。
そろそろ四季起きないかな? 四季の心地よさそうな寝息が微かに当たって、ものすごく落ち着かない。音はうるさくないけれど、寝息がくすぐったい。
意識逸らし失敗してるじゃん。しかも起きて欲しがってしまった。寝てて欲しいからこうして必死に誤魔化しているのに、これでは本末転倒。よし、さらに頑張って没頭しよう。
シャルシャ大渓谷はシュファラト神の剣の一撃で出来た大渓谷。この一撃はおそらく突き刺し、斬りつけといった剣先をめり込ませるような一撃ではなく、薙ぐような一撃だろう。前者だったら出来るのは渓谷よりも深い峡谷になるはずだし。
谷底には『チャルチャ川』が流れていて、ヒュシャハ滝の水はここから渓谷外へ流出する。川幅、深さはそれほどあるわけではないから、段丘になっているところを歩けると。…通ってるときに増水されると死ぬけど。
大渓谷はアリア様が呪いを捨てた場所でもあると。そういえば、「魔人がこの渓谷に入ると内部から爆発して死ぬ」とは聞いた。けど、具体的にはどんな呪いなんだ? 俺らには効くのか、否か。効くなら効果はどんなものなのか。この辺りは本にも載っていなかったし…。調べる必要があるか。
後、アリア様登場以前は魔物が少なからずいたらしいけれど、今は死滅していない。ということぐらい?
…これくらい? 内容が薄いことはもとより、新情報が少ない。もっと調べなければいけないか。
次纏めるのはヒュシャハ滝だけど、こっちはもっとない。そりゃそうだ。不帰の滝なのだから。帰って来てたら不帰ではない。
ここでラーヴェ神が神話決戦後に水浴びをしたとか言う伝説もあるけれど…、眉唾物かな。
不帰の滝にラーヴェ神が関与しているなら、愛の女神なのだから物凄く居心地のいい場所であるはず。そして見つけた人は、恋人や家族等の親しい人を呼びに戻ってくるはず。愛の女神なのだからそう背中を押すはず。むしろ愛する者がいるなら連れて来いというかもしれない。
この辺りはいいか。兎も角、この辺りは厳重警戒。何によってヒュシャハ滝を不帰の滝たらしめているのかそれがわからないから。精神攻撃、肉体攻撃をはじめありとあらゆる攻撃を想定しておかなければ。
「…ん」
あ。四季起きちゃったか? 今微妙に動いてしまったし。
「ごめん。起こした?」
声をかけてみたけど四季は目をぱちくりさせるだけ。どうしたんだ? いつもなら何らかの言葉は返してくれるのに。しかも、いつの間にやら顔が真っ赤。
「どうしたの?しんどい?熱でもある?」
「い、いえ、熱はないです。起きたのは単純に、目が覚めただけです」
起こしてはないのか。それはよかったけど、体調は本当に大丈夫なのか?
「お、おはようございます」
「おはよう。四季」
小声で挨拶してくれた。「皆を起こさないように」という配慮は出来てるから大丈夫そうだけど…。
「あ、あの。習君は気にならないのですか?」
「何が?」
「え、ええと…、か、顔の近さ。とか?」
と四季は真っ赤な顔で恥ずかしそうに小首をこてっと倒した。
あら可愛い。……何で思い出させたのさ、四季。気になるに決まっているじゃん。というか気にならないわけがない。めっちゃ気にしてた。相手がだれであれ顔が近くにあれば気になるのに、それが好きな相手。言うまでもないじゃん!
「しゅ、習君も私と同じように気にしてるんですね」
言葉にしないで。記憶整理中にひいた顔の赤みがぶり返してきてるから。
「あれ?でもその割に習君、私に言われるまで落ち着いていましたね…」
ボソッと小声で呟かれた言葉。
「ああ、それは四季の綺麗な顔が目の前にあってドキドキしたせいで二度寝できる気がしなくて、かといってベッドから抜け出そうにも皆を起こすのも忍びないから動けない。だから、目の前にいる四季に見惚れて変なことしないように全力で無関係なことを考えてたからだよ」
「えっ?あっ…」
四季が熟れたトマトに匹敵する程赤い顔をなお赤くする。あの呟きは無意識だったのね。俺が言った言葉が恥ずかしかったのね。…ん? 言葉? ちょっと待て。俺はサラッと何言った!?
…見惚れるだのなんだの言ったな。そりゃ四季も真っ赤になる。
無意識のうちに自分から「私を見て何も思わなかったんですか?」的なこと言って、相手からストレートに「見惚れてました。」って言われたんだし。
余計に脈拍が上がった。どうしよう。意識を逸らそうとしてももう無理だ。寝ている四季よりも起きて動いている四季の方が魅力的で、そんな彼女が俺を見て頬を染めてくれている。
嬉しいし、恥ずかしい。そして何より愛おしい。
「…ん」
あ。アイリが起きたか? 頑張って赤いのを誤魔化さないと…。
「…甘い」
四季の胸から頭をあげたアイリが眠そうに目をこすっていたのをやめて呟いた。
朝起きた第一声がそれなのね。今の雰囲気が甘い自覚はあるし、原因である俺と四季に挟まれていたら言いたくもなるよね。うん。
時間は…7時を過ぎたぐらいか。そろそろ皆を起こしたほうが良い時間。なら挨拶を。
「おはよう」
「おはようございます」
「…ん。おはよう」
眠そうに欠伸をしていたアイリだけど、声をかけられると嬉しそうに俺と四季に挨拶を返し、じっと眺めてくる。…恥ずかしいからやめて。ああ、そうだ。起こさないと。俺がカレンの服を整えながら起こし、四季がガロウとレイコを纏めて起こす。
「おはよー」
「おはよう。父ちゃん達」
「おはようございます。お父様、お母様、お姉さま方」
おはよう。皆。さて、ツッコまれないうちに、
「おはよう!甘いね!」
バァン! とドアを開けて入ってきたシールさん。誤魔化せなくなった。
「「おはようございます」」
「顔を引きつらせながらも挨拶を返すその精神!感嘆に値するね!甘い空気が旨い!」
あ。はい。入ってきたのは甘い空気を感じ取ったからですか。もうこの人の「いちゃラブセンサー」とでも言うべきものはツッコまない方が幸せになれそう。
「なあ、父ちゃん」
「どうしたの?」
「ドア、ノックされてるぞ。」
「え。マジで。『少々お待ちください!』」
聞こえるかどうかは分からないけどとりあえず叫んで、
「皆、着替えますよ。誰であれ寝巻で出るのは不味いです」
「中に案内するとき困るからね。急いで!ガロウ。出るよ!」
答えを聞く前にガロウを抱き上げ着替えを適当に見繕い、シールさんを張り倒してドアを閉めて着替え。鏡を見ながらおかしくない程度に身嗜みを整えて…、
「お待たせいたしました」
「いえ、わたくしが早朝に訪問させていただいたのが悪いのですわ。心配なさらないでくださいませ」
優雅に一礼する女性。お嬢様然とした彼女の髪は艶と透明感のある紫で、顔の雰囲気は儚げな少女。そして、薄く透けそうで幻想的な羽を背中から3対生やしており、ここだけ見れば美しく神秘的な女性。
だが、彼女はそんな神秘的な印象とは真逆のイメージを与える、禍々しく螺旋をえがく太くどす黒い赤い角、血を湛えているような赤目、強靭でゴツゴツした凶悪な鮮紅色の尾を持っていて、こちらだけ見れば凶悪でゲームのラスボスそのもの。
しかし、彼女の職業を表している落ち着いたメイド服が、口調から受ける「活発なお嬢様」、羽などから受ける「神秘的な令嬢」、鮮やかな赤のパーツから受ける「凶悪な魔王」といった三種三様で混沌とした要素を見事に纏め上げ、美しくテキパキとあらゆる仕事をこなすメイドさん。そんな雰囲気に落ち着かせることに成功している。
……ま、彼女の評価はいいか。カオスでジロジロ見てしまったけれど…、メイド服という事はまたリャアン様絡み。
「用件は中でお聞きいたします。妻の準備は早い方なのですぐに声をかけてくれるかと」
女性の身嗜みにかける時間の長さなんて四季を除けば母さんぐらいしか知らないけど。顔を軽く一回パフパフして、たまに口紅。これだけだし間違いなく早い。
「あの、後ろにある黒いのは一体?」
「ああ、結界です。お気になさらず」
消す気もまともに説明する気もない。対策されたら面倒だし。
「習君とガロウ君の寝巻は寝室へ!…ありがとうございます。習君、入ってもらってください!」
「了解!さ、入ってください」
「失礼します」
一礼してからワァンクさん同様ためらうことなく結界を越える。さて、座ってもらって…、
「ご用件は?」
「ワァンクの行方をご存じなさらないですか?」
ん? ワァンクさん? 何故に?
「ご存知ないようですわね…」
顔色から判断したのかそんなことを言った。
「ええ、確かに俺達は知りません」
「最後に彼と会ったのは彼がこの部屋から出て行った時ですから」
「そのことはこちらも承知しておりますわ。わたくし共が知りたいのはその後でございますわ。ですが、反応を見る限りご存じないようですので…」
困りましたわ。と言って首を振る女性。
ワァンクさんが失踪。何故? あの人は忠誠心があった…かは微妙だけれど、ここを治めていることに誇りを持っているように見えた。だから彼が自分から姿を消すとは考えにくい…ああ、だからわざわざ来たのか。
…ん? というかこの部屋から出た後って、リャアン様見ていたよな?
「リャアン様はd「色ボケがあてになるとでも?」…」
最後まで言わせてくれない。
「この部屋を出てから追せk「するわけがないですわ。」…」
また割り込まれた。なるほど、能力を使って追跡することはないと。
「昨日あたりから「黒い花を愛でている」とほざいておりますわ。ずっと見ているようですわ」
「黒い花」は四季のことで間違いないはず。ストーカ―まがいのことは嫌いだし、四季も露骨に嫌な顔しているから、今度外出るときはガロウに頼んで上を遮ってもらおう。
というか、ずっとリャアン様黒い結界見てるのか。暇かな? …暇だったわ。
「加えて言っておきますが、自慢ではないですけれどあの人の力は、お気に入りを探す時しか使えませんわ。しかもお気に入りの女性はコロコロ変わりますわ」
四季以外にいってくれないかな。あ。俺らに向いても困るから俺ら以外でお気に入りを見つけて欲しい。
「お気に入りの方しか見ないのでは宝の持ち腐れでしかありませんわ。折角、上空から俯瞰するように見渡すことができますのに」
想像通り上空から見れるのか。それだけではないだろうけれど…嫌だな。俺より四季の方が不快だろうけれど。そっと四季へ視線をやると、
「アイリちゃん、落ち着きましょう。ね?」
なんて言いながらアイリを膝に乗せて宥めていた。…うん、俺も加わったほうが良さそう。このままじゃ城に鎌を送り込みかねない。さすがにそれは不味い。
声をかけつつ撫で撫で。機嫌の取り方がワンパターンだけどこの子には一番これが効く。自分より怒っている人がいると冷静になるって本当だったんだな。
「…気持ち悪くないの?」
顔と声の乖離が激しい。顔は嬉しそうだけど、声が不機嫌。それでもさっきよりはマシ。
「…どうなのさ?」
「「うざい(です)よ」」
そりゃあ、言うまでもなくうざい。
「ですが、無関係の人を巻き込むのは良くないでしょう」
「…巻き添えになる可能性のある人は皆、リャアン様に従ってるよ?」
一部の例外を除いてこのクワァルツに住む人はリャアン様の領民。そう言う意味では従っていると言えるけど…。
「それでも、まだそこまでじゃない」
イライラするけれど、まだそれだけ。領民を巻き込むのはちょっと行き過ぎ。
リャアン様が城から出てこないなら放置でいい。こちらに手を出せる程勇気がないと言えるだろうから。
…ちょっかいが酷くなってきたら考えるけど。いくらシャルシャ大渓谷に行くまでの滞在とは言え、予防戦争を考えない程温厚じゃない。あまりにも酷い場合、リャアン様の居城ごと責任を取ってもらおう。領地が荒れるからあまりやりたい手ではないけど。
「あ゛」
「「何です?」」
そんな野太い声を出して、顎が外れそうなぐらい開いて。
「名乗っておりませんでしたわ…」
崩れ落ちる彼女。そう言えば聞いてなかった。
「気にしないので…、お座りください」
「ありがとうございます…。改めて名乗らせていただきます、わたくしは『ニーフィカ』。リャアン様の正妻ですわ」
はい? 耳がおかしくなったのか? とりあえず、こちらも自己紹介をして…、
「「「すみません。もう一度自己紹介をお願いします」」」
俺と四季、それにシールさんの声が重なった。
「ニーフィカと申しますわ」
「「「そっちじゃないです」」」
「となると…、リャアン様の正妻。という部分ですか?」
聞き間違いじゃなかった。正妻だった。
「何故正妻であるあなたがメイドさんのような服を着て、伝令をしてるんですか…?」
「シュウ様。メイドのような服ではありませんわ。正真正銘のメイド服ですわ。伝令をしているのはわたくしがメイドだからですわ」
ますます意味が分かりません。リャアン様の正妻…ということは公称皇帝のお嫁さん。つまり、皇后のはず。メイドは皇后がする仕事じゃない。
「何故わたくしがメイドをしているのか疑問に思っていらっしゃるようですが、理由は簡単ですわ。政略結婚。これで説明できますわ」
政略結婚。ニーフィカさんとリャアン様の関係を見る限り愛はないという事か?
「推察通り愛なんてありませんわ。内縁関係ばかり作るリャアン様にやきもきしたわたくし達家臣一同が無理やり押し付けたのです。わたくしも貴族の端くれ。容姿は上の中はあると自負しておりますが、それでも関係も一度くらいしかありませんでしたわ。おそらくあの方の好みの容姿ではなかったのでしょう」
容姿はどうしようもないとはいえ、さらりと言えるんだな、この人。…いや、たぶん自分で言っているように「自分磨きはしているから恥じることはない」そう考えているのか。
確かに割とはっきり好き嫌いが分かれそうな容姿をこの人はしている。角とか羽とか尻尾とか。どうやっても弄れない部分の我が強すぎる。メイド服が上手くまとめているけれど…、ない場合はカオスか、神秘的か、凶悪か。この3つのどれかだろう。…どれに転んでも触れがたい。
「そうそう、勘違いなさらないでいただきたいのは、政略結婚したのはわたくしが国のために立候補したからということですわ。夫は兎も角、わたくしの親や元同僚を悪く言わないでくださいまし」
ポンコツって…、主君の評価がボロボロすぎる。
「なあ、それなら国のためならリャアン様潰したほうが良くない?」
「ガロウ様、公称皇帝ですわよ?そんなことをしたら…」
「…家臣の仲はどうなの?」
「良好ですわ」
アイリの質問に誇らしそうに即答するニーフィカさん。
「だって、一番上が終わっておりますもの。わたくしが頂点に立ち、ワァンクをはじめとする実働部を纏める。こういう構図ですわ」
「なら、頭を挿げ替えてしまっても問題ないのではありませんか?」
レイコの言葉にニーフィカさんは目を丸くする。そしてしばらく考え…、
「言われてみれば確かにそうですわね」
と漏らした。えぇ…。
「ですが、やめておきますわ。何となく嫌なのです」
「リャアン様の妻や子が面倒くさいのですか?」
「政治能力皆無なので口を挟もうものならわたくしたちが容赦しませんから関係ないですわ。脳みそピンクは色以外に興味をお持ちになりませんわ」
リャアン様とは分かり合えない予感しかない。ざっくり言えばエロ方面しか興味ないってこと。…チャユカを狙っていた理由ももはやそっち方面だとしか思えない。家臣が進言したとも考えにくいし。
「…なら引きずり降ろしてもいいよね?…ひょっとして殺しが嫌なの?」
「アイリ様。わたくしもメイドの端くれです。賊を冥土へ送ったこともありますわ」
ニッコリほほ笑んで言い放った。色々ツッコミどころがあるけど翻訳が偶然会っただけだろうから投げ捨てよう。メイドと冥土をかけるという親父ギャグで誇らしげな顔をされるわけがないはず。
それはそれとして、言葉通り「何となく嫌」なんだな。だけど、慕われている…わけではないよなこれ。ワァンクさんと同じで、本当にリャアン様が目障りだと思っているタイプ。
「ねー。シャルシャ大渓谷に詳しー?」
「シャルシャ大渓谷ですか?それならば図書館にいる『リュレイ』が第一人者ですわ。頭が魚の尾びれのようになっている人ですわ」
頭が尾びれ…。ああ、
「受付にいる人ですか?」
「ええ。そうですわ。歴史が好きだからと司書になって、歴史の本を読み漁るためだけに図書館に住む変人ですわ。きっと勇者様方に獲物が来たとばかりに嬉々として知識を語ってくれますわ」
皇后さまに変人扱いされる司書さん。絶対変人だな。疲れそう。
「最後にお聞きしたいのですけれど」
げんなりしているうちに移動したのか、ニーフィカさんは結界すれすれに移動済み。
「聞きたくないのですけれど、聞かせてくださいまし。最後まで質問を言わせてくださいませ」
いつもの流れ。これだけで察せてしまう。が、聞こう。
「シキ様はリャアン様の妻になる気はありますか?」
一語彼女が口を出すたび、俺も四季も子供達も機嫌が加速的に悪くなっていく。そして言い終わると四季がプルプル震えている。だから俺らも四季が噴火する前に爆発させないよう、怒りを抑えないと…。
「私は習君の妻ですよ?」
黒い笑顔でニッコリほほ笑む。四季。そして、
「そんな気あるわけないでしょう!二度と同様のことを尋ねてこないように言って下さい!」
四季の爆発と同時に全員で不満を叩きつける。
「か、畏まりました!」
ドアを閉めて駆け出して…、
「ゲブッ」
今のニーフィカさんの声はマズイ。ドアを慎重に開け廊下へ。ニーフィカさん自身の尻尾が彼女の腹を貫通している。
普通ならこんなミスはしない。つまり俺らのせいか。八つ当たりの犠牲者だ。助ける!
「動かないでください!」
「で、ですが、わたくしの尾には毒が…」
毒!?尾の先からチロチロと流れている赤い液体。血と混同しそうだけど、臭いが全く違う。
「毒は触っても?」
「体表に…、傷がないならば…、もんだいあ、りませんわ」
ならば。
「四季」
「はい。今持っているものの中で一番いいものを出しましょう」
書き直している時間はない。傷もそうだが毒もヤバそうだから。
「やるよ」
「はい」
まずは彼女に突き刺さる尾を引き抜く。血が飛び散るが構うものか。すぐさま四季と手を繋ぎ二人で『回復』と『浄化』二枚の紙を握りつぶす。
「「『『浄化』』」」
まずは毒を取り除く。どんな毒かわからないから、彼女に害をなすもの全てを消し去る。定義づけが甘すぎるからか紙が一回で消え、魔力もガッツリ減らされた。
「「『『回復』』」」
穴が塞がっていく。こっちはそんなに魔力は要らなかった。魔力が足りて良かった。
「助かりました。ありがとうございました」
「いえ、元は俺らが原因でしょうから…」
どう考えてもマッチポンプ。
「ですが、質問も含めわたくしの為したこと。わたくしの不手際には変わりませんわ。正式に別れの挨拶をさせていただきますわ。ごきげんよう皆様。わたくしは為すべきことを為しに戻りますわ」
優雅に一礼すると階段を上っていく。
「この性格治したほうが良いですかね?」
「必要ないよ」
四季の質問にアイリが誰よりも早く答えた。
「八つ当たりした結果あれだからね…、敗北感が凄い」
「…でも、根元を変える気がないよね?」
…うん、ないな。根元である「身内への想い」は俺の人格の根。変わるはずがない。
「メッセンジャー相手は耐えます?」
「伝令ばっかり送られてこないか?」
そんな斜め上の発想する人は…いるよなぁ。
「変えなくていいんじゃない?そのほうが君ららしい。それより言い切ったニーフィカ様の心意気を讃えようよ。あの威圧感の前で言い切ったんだよ?」
「そこまででしたか?」
「カップル100組中100組が恐怖でもっと仲良くなるレベル」
「ごめんなさい。例えが意味不明です」
そして「何で分からないの?」って顔をされる意味も分かりません。
「じゃあ、心臓の弱い人が直接叩きつけられると死ぬレベルで」
わかりやすくはなったけど、まだわからん。
「このシール偽物―?」
「どうしてそんなこと言うの?カレンちゃん」
「いっぱいあった餌を食べてないよー?」
「こっちの方が驚きだったんだよ。餌よりもね」
シールさんが顔を引きつらせながら言う。
「そーなの。「カレン。行くよ」あーい」
後ろからカレンを抱き上げる。これ以上言わせない。あの時何を言ったかを考えてしまうと絶対四季も俺も赤面するから。