157話 クワァルツ
「…着いたよ」
いつの間に…。って、「俺らが恥ずかしくて悶えている間」に決まってる。まだ馬車の中。降りよう。
「馬車止めて、センを預けて来るね」
「はい。お願いします」
「センもお疲れ様」
二人でセンの頭を一撫で。
「「うわっ」」
目にもとまらぬ速さで手をセンに食まれ、魔力を食べられた。別に構わないけど、お腹空いていたのだろうか。既にシールさんに引かれて後ろを向いているから判断できないけれど。兎に角、セン、ありがとうね。
「ところで、これが今日泊まるところ?」
「…ん。最高級」
だよね。シールさんがいる以上最高級以外ありえない。
…まぁ、いなくても今回は変わらなかっただろうけれど。出来るだけ皆にはゆっくりしてもらいたいから高いところを選んでいるつもりだし…。今回はリャアン様とかいう不確定要素もあるから。
宿の名前は『皇帝の茶屋』か。街を囲む黒々とした城壁のすぐそばにあって、周囲の建物が限りなく黒に近い色の建材で作られているのに対し、この建物だけわずかに黒が薄い。
リャアン様の覗き防止に役立つ……のかな? 役に立つにしても気休め程度な気がする。
「やあ、待たせたね。入ろう」
シールさんがドアを優しく開けて中へ。そのまま人っ子一人いないフロントを抜けて受付に突撃。
「朝早いですけどチェックインできるんですかね?」
「無理だと思う。まず準備できてないでしょ」
「ですよね」
日本にいたとき顔なじみの宿屋に行った時でさえ「まだ準備できてないから部屋は待って! チェックインの手続きはするけど、部屋は待って!」って言われたし。こっちだったらもっとアウトだと思う。
「行こう」
「え。部屋の鍵貰えたんですか?」
「うん。地下だって。地下。鍵は自分で管理しろってさ」
あ。はい。鍵の件は了解です。
「チェックインだけじゃなくて、部屋にまで入れるんですね」
「私達が言うのもなんですけどかなり非常識な時間ですよね?」
「最高級だからいつも使う人がいるわけじゃないらしいよ。地下にあるのはリャアン様の覗き防止のためらしい。行くよ」
ここにいても邪魔か。それに別の人が来てしまいかねない。
「種族関係で何か聞かれませんでした?」
「随分戻ってくるのはお早かったですが」
「ん?聞かれなかったよ。「お上のことはお上が」ってことだろうね。一目で僕等のことは放置することにしたみたい。でも、心配しなくても情報は守ってくれるらしい。…二人が勇者ってことを除いて」
そこまで守ってくれればよかったのに。広まってしまうのはやはり…、
「「勇者補正ですか?」」
「そうなるね。見てみなよあの人の目」
かなり離れてしまったけれど辛うじて見える。外見と雰囲気は昔図鑑で見たモルフォ蝶のよう。ただ、目は普通の赤目。その目が俺と四季と目が合った瞬間に嬉しそうに輝いた。
手を振ってみよう。手を振り返してくれた。そして目はさっきよりもキラキラと輝く。やはり勇者補正ってすごい。先人たちが偉大過ぎる。
「勇者のファンですかね?」
「おそらく。色々諦めて開き直ったほうが良いかもしれない」
「かもしれない。着いたよ。開くドア~」
何故妙に某ロボットを想起させる言い方なんだ…。知らないはずなのに。
気にしないでおこう。ドアはどこにでも繋がっているわけではなくて、ドアを抜けるとそこはこの宿最高級の部屋。
「眩しいな!」
ガロウが大きな声で叫んだ。確かに眩しいね。今までずっと壁や天井。床は黒かったのに、ここはそれとは正反対でかなり白い。リャアン様への当てつけかってレベルで白い。だから眩しいとすら感じる。
これは「安心してください。リャアン様は覗けません。」と言いたいのか? だったら残念、信用しない。
「早速細工しようか」
「ですね」
四季に紙を出してもらって天井に貼りつければいい…わけないよな。相手はシャイツァーだし。重ねたらいいのかもしれないけれど時間がかかりすぎる。
「そこまでして見られたくないの?」
「そりゃ私的空間ですし」
「細工する前にもっと部屋の内装に触れないの?」
「最高権力者に関係ある建物を既に何個か見ているんですよね…」
バシェルに始まり、アークライン神聖国とイベアにぺリアマレン連邦。あと少し格が落ちるけどチャユカ。どうコメントしろと。そりゃ、この部屋はかなり豪華につくられているけれど、それらに比べれば格がどうしたって落ちる。
「察した」
「あ。敢えてコメントするならば、ソファとベッドがフカフカでいいですね」
「後、お風呂も十分に広いのが2つで、部屋が3つで都合がいいです。私達は寝室一つ占有すれば足りるので、このリビングじゃない一室を一人で寝室にしてしまってください。あれ?習君、皆。外の景色が見えますよ?」
外? 四季の視線を追っていくと地下なのになぜか窓が。その向こうには、人の気配が皆無で違和感があることを除けば、まるで外の風景のよう。
黒々とした建物が立ち並び、壁がありその向こうは広々とした平野で、その中にひときわ目をひく黒線が弧を描いている。同じ位置の最上階から見た景色がこんなかんじなのだろうか。
「父ちゃん、これ時計だぜ」
「何で分かるの?」
「書いてある」
「何処に?」
「机の上。ここに説明書が」
ほんとだね。風情もへったくれもない。
「無駄に分厚いですね。これ」
「それに表紙デザインが壊滅してる」
「ですねー」
無駄なフォント変えにドギツイ色合い等々…、まるで小学生にパソコンでポスターつくってと頼んで、その子が思いっきり遊んで飽きて放置したみたいだ。
「あ、一応言っておくけど、俺ら絵は壊滅してるけど、こういうセンスは普通だからね」
「知ってるぞ?父ちゃん。だけど、センスが普通なのに絵が壊滅するほうが問題じゃね?」
「「やめて」」
一番心に刺さる言葉やめて。遠近法がどうとかそういうレベル以下なのは自覚してるから。
「この無駄に分厚い説明書によると、風景は同じ位置にある高所の窓から見える風景らしくて、明るさでだいたいの時間をみるみたいだよ」
地球では見たことのないタイプの時計だな。感覚的には日時計が一番近いのか? あれもだいたいの時間を示してくれるから。
「どうやら、天気も再現するみたいだね」
「雨や曇りの日はどうするんですか?」
天気が再現されるなら肝心の明るさがさっぱりわからなくなる。昼か夜かの判別にしか使えなくなる。
「さぁ?」
日時計と同じデメリットを抱えてるんですか。…まぁ、インテリアだと思えばいいか。
「というか、シールさんそれで全部ですか?」
「全部だよ?見てみて?」
説明書を雑に持ち上げて背表紙を上にして振る。ん? ちょっと待って。これって…。
「分厚いねー。ページが」
「そうだね。カレン」
カレンの言う通り、無駄にページが分厚い。分厚い説明書だと思ったけど実態はただ一枚が分厚いだけ。…石板で作った本か何かかな?
「丁寧に横にさもページがあるかの如く線が引かれていますね…」
「…ん。表紙は雑なくせに丁寧な仕事」
一体この宿は何がしたい。…とりあえず机の上に放置しよう。
「ところでさ、僕が一人だと部屋の広さが人数に見合ってないよね」
「それは知っていますけれど…、」
「一人でちょうどいい場所とか、後はトイレかクローゼットしかないみたいですけど、嫌ですよね?私だって嫌ですから話題にすら出しませんでしたが」
「そうなるよねー。仕方ない。僕は一人寂しく寝るとしよう。別に子供達をこっちで預かっても構わないけど?」
シールさんはパチッと片目を閉じた。
「愛し合ってくれてもいいんだよ?」
よし、ノーコメントでいこう。
「どうやって覗き防止する?」
「あ。無視された」
すると決めたので。誰がわざわざ「普通ですら出来ないのに、覗き魔が湧く可能性のあるところでするか」なんて言ってあげるか。
「第一案としては、私が紙を出して天井に貼ることですが」
「弱そうだよね」
「そうなんですよねー。いい機会ですから結界張れるか試してみますか?」
「やってみようか」
ファンタジー定番だし、何とかなるはず。紙を貰って書く。字はこれでいいだろう。
「あ。別に僕の部屋はいらないからね」
「あれ、いいんですか?」
「いーよ。一人だし。二人も無駄に疲れなくていいでしょ?」
「なら、お言葉に甘えさせていただきます」
四季が受け答えしてくれている間に出来た。書いた紙を四季に渡し試しに使ってみる。
サイズは小さく。安全を考えて空中に展開させる。ガロウに四方を『護爪』で展開地点を囲んでもらって…、よし。
「「『『不透過結界』』」」
呪文と同時に紙がサラサラと崩れ落ちた。手応え的には出来たはず。『護爪』で見えないけど。
「結界から干渉受けてる?」
「全くないぞ。宙に浮いてると思うぞ?」
イメージ通り。『護爪』を動かして確認。
黒い立方体が浮いていて、真っ黒で立方体の中は見えない。一応|物理的不透過《結界の黒色で中が見えない》と、|魔法的不透過《魔法を使っても見えない》の 機能を持たせてみたけど…、この感じはたぶん機能している。シャイツァーであるペンをぶっ刺しても普通に結界を貫通するけれど、結界内部のペンは見えない。…成功だね。魔法の方はよくわからないけれど。俺らは透視を使えないからどうしようもない。
悔しいけど仕方ない。その代わり書き直すときに思いっきり魔力と念を込める。規模を大きくすること、結界を壁の中に隠して、真っ黒が出来るだけ露出しないようにして…よし、出来た。
「「『『不透過結界』』」」
結界が張れた。代償に、部屋と廊下。シールさんの部屋とリビングを繋ぐドアを開けたら真っ黒だけど仕方ないか。
「真剣に書いてたね」
「絶対に四季を、家族を覗き見られないように魔力を込めました」
「私も家族や習君を覗き見られたくないので込めました」
「…本気出したらしい」
「なるほど」
シールさんの顔が「そこまでやるの」みたいな感じになっているけれど、そこまでやります。
「この『結界』、扱い的には『壁』とかと一緒ですかね?」
「みたいだね」
紙を代償にモノそのものを召還するタイプ。召還した者の残存時間は込めた魔力に依存する。この結界だと12時間は持ちそう。夜中に起きる必要がなくて好都合だけど…、そんなに込めた記憶がない。
俺らの魔力が増えたのか、この魔法が低燃費なのか…、たぶん前者だと思うけど。
「今更だけどさ、俺の『護爪』天井に敷き詰めてもよかったんじゃね?」
「召喚中は魔力が必要でしたよね?流石に一枚ならともかく数枚もというのは…」
「疲れて俺が可哀そうって?…まぁ、確かに馬車で飛んだ時ちょっとへばってたけどさ」
「それもある」
「も?」
ガロウが怪訝そうな顔をしている。うん。言い間違えてないよ。それ「も」ある。でいいよ。
「割と子供じみてるけれど、「ガロウが疲れて守れてない最中に覗かれたらイラつく」という理由もあるんだよね」
「ガロウ君には悪いですが…、こういう理由もあるのです」
「はは。実に父ちゃん達らしいな。いいよ、謝らなくて」
ガロウがニカッと笑う。そっか、俺ららしいか。ちょっと背筋がくすぐったい。頭を滅茶苦茶に撫でてやろう。
「ちょ…、まぁ、別にいいけどさ…あ」
ん? 急に真面目な顔になってどうしたの?
「結界張っていいのか?」
「そーだよねー。リャアンからすればー」
「…ん。急に見えない空白地帯が出来たことになる」
確かに。リャアン様からすれば急に不可視の領域が出来たことになるのかもしれない。
だけど、ここの部屋は白いからもとから見えなかったかもしれない。だけどどっちも可能性の話。彼に聞かねばわからない。
「アイリの指摘は妥当だし、もしそうならよくはない」
「ですが、どうせバレます。開き直ってやりましょう。見られる方が癪です」
この見えなくなった件で誰かが来るならまともに対応する。口説きならガン無視。
どっちの案件でも城に行くのは却下するけど。誰がリャアン様の領域、その本拠地に行くんだ。
「図書館行って情報を集めますかね」
「図書館なら都合のいいことにこの宿付近にあるよ」
何で。何で戦火に巻き込まれる可能性の高い壁付近に作ってるんだ…。
「城以外の重要だけど、直接的に損害のない施設は壁付近らしいよ」
えぇ…。もしかしなくてもそれって…。
「残念だったね。顔で言いたいことがわかるけどその通り『肉壁』さ。…物質だから「肉」ではないかもしれないね?雑に攻めてきたら貴重な資料と、高位貴族がいるかもしれない高級宿とか、住民以外が泊ってる宿が焼けるぞー!ということらしい」
思考様式としては理解できなくもない。だけど、汚い。「お前人間じゃねぇ!」って糾弾されそう。その場合、きっと「魔人は人じゃない!」と返してきそうだ。
「テクゥさんって以外とまともだったんだな」
「…まともというより「誠実」だよ。まともな人は謝罪で死ぬ死ぬ言わない」
「冗談の類ではなく、本気でしたからねあれ…」
俺らが勇者だからだからだろう。そして勇者を盲信しすぎ。こうしてみるとあってもないリャアン様の評価が下がる下がる。覗き魔の時点で底辺だけど。焼き討ちされないのが不思議。
「街に出るよ」
いざ、図書館。9時頃だからか人の多い道を進む。すれ違う人の目の9.5割ぐらいの人は赤目で…、人々の目は全て俺らに集中する。…声をかけて来ないだけまだいいけれど、やはりこうなるか。開き直るのが正解そうで何より。
「…ねぇ」
「「何?」」
わざわざ俺と四季の服を引っ張って、足を止めてどうしたの?
「…視線を遮ってくれなくてもいいよ」
バレたか。さすがアイリ。こっそり速度を上げ下げして出来るだけ遮ってたんだけど…。よくわかったね。
「…二人を見てるからね。会話の自然な流れで調節できる辺りすごいと思うけど、わたしの方が上手だったね。…わかった理由は教えないよ」
教えてくれないのね。次似たようなことをやるならもっとうまくやろう。
「…こっちはあっちと違ってただ見られているだけだから不要。…というか人間領域でも気にしないでって言わなかったっけ?」
言われた気がする。「有象無象の視線は気にしないことにした」そう確かに言っていた。
人間領域でのエルモンツィに似ているというだけで向けられる様々な悪感情。それらを無視することで心の平静を保っているなら、やはり俺らも気にしない方が…、でも「表面上」の平静だと思うんだよね…。
「…前に言ったけど、わたしは二人と皆がわたしを見てくれていればいいから」
悪戯っぽく笑って、小走りで俺らの前を先行するカレン達の輪の中に入っていった。
そうだね。前も似たようなこと言ってた。だけど、嬉しい。
アイリがそう言ってくれたことも嬉しいけれど、それ以上に、良い方に変わってることが何よりも。
アイリが前に俺らに言った時、「二人」としか言わなかった。だけど今は「二人と皆」。まだまだアイリの中での俺と四季の絶対性は高いみたいだけど、アイリが大切に思う相手が増えてくれたことが嬉しい。これなら、万一俺らがいなくなっても、アイリは歩いていける。
「ねぇ、皆」
くるりと振り返ると建物の前で頬を掻きながらシールさんが立っている。
「どうしました?」
「いう時期を逃した僕が悪いんだけど…、行き過ぎ。図書館はここ」
おぉう…。戻って門をくぐる。図書館もしくはそれに類する施設に入ることはこっちに来てから既にちょくちょくあった。だけどどこも似て…ないな。アークラインは貴族と平民を仕切る壁があったし、ぺリアマレン連邦は司書が欲望に忠実でもう片方の図書館にしかいなかった。
となると、「雰囲気に共通点がある」と言うべきか。少なくともどこも静かで本を読む環境だ。
「入館料は僕が払っておくよ」
シールさんに小さめの、だけど聞こえやすい声で礼を言うと、彼は手を振りつつ、受付に座る魚の尾びれのような頭を持つ赤目の魔人さんのところまで歩いて行った。
「私と習君で適当に本を読んで情報を集めます」
「皆は自由に。適当に本を読んでて」
ここで「出来たら手伝って」とか言っちゃうと絶対にこの子たちは手伝ってくれてしまうから、自由にしてもらおう。手持無沙汰で困ってるなら、適当に本を割り当てて読んでいてもらおう。
「私は不帰の滝の情報を集めます」
「了解。なら俺はシャルシャ大渓谷」
めぼしい本を適当にピックアップ、一部四季と重複するから後で読ませてもらおう。四季の方が読む速度は速い。さて、読みますか。今日中に終わらせたい。
______
「あの…」
この本は外れ。次。
「あの」
…これもダメ。『死ぬほどよくわかるシャルシャ大渓谷』とか言う本に書いてあること全部被ってる。しかもこっちの方が雑。
「あの!」
「…お父さん」
「どうしたの?アイリ」
ちょっと服を引く力が強かったからこけそうになったよ。それは隠すけど。
「…強かったね。ごめん」
隠せてなかった。
「…呼ばれてるよ?」
え? 指さす先には人がいる。彼は禍々しい羽と角を持っている。だが、高価そうな装飾のあしらわれた執事服を身に纏っており、立ち姿だけで所作が丁寧で洗練されていることがわかる。
…もうバレたか。間違いなくリャアン様の執事だ。
「こんにちは」
「こんにちは。単刀直入にお聞きします。皆さまは勇者ですか?」
本当に単刀直入ですね。挨拶しなければ挨拶すらなかったと思う。そちらが単刀直入に聞くならば、こちらは要点を掻い摘んで伝えよう。
「厳密に言うならば勇者は俺、森野習と俺の妻である清水四季だけですが。勇者です」
「奥様の背丈は如何ほどで?」
「約175 cm、俺より5 cm低いぐらいですね」
「なるほど。今すぐ聞かねばならない情報は揃いました。…すみませんがこの情報を伝えるために一度戻ります。後ほど再訪させていただきます」
図書館にも関わらず椅子を盛大に「ガッターン!」と倒しながら立ち上がって、扉を勢いよく「パァン!」と跳ね開けて去っていった。
「もうバレたのか?」
「みたいだね。ガロウ」
早かった。噂が伝わるのが早いのか、結界作ったせいか、あるいは…、黒線を越えていた時点で露見していたか。どーれだ。
「…どうするの?あの人わたし達が何しに来たかすら聞かなかったよ?」
「どうするって、四季が目を付けられたけどどうするのって事?」
コクリと深刻そうに頷いた。だったら…、
「見る目あるよね、リャアン様。四季を、俺の好きな人を見染めるなんて」
………。
「アイリ。そのジト目をやめて。わかってる、半分くらい冗談だから」
「…深刻に取る必要はないって言いたいんだよね?」
わかってるならやめてくれればよかったのに。
「今のところ打つ手はない。打つ必要もないかな。今は情報を集める。強硬手段に出て来るなら返す。あんまりしつこいなら、申し訳ないけど少し荒い手段を取る」
「シキに確認取らなくてもいいのかい?」
「母ちゃんに?必要ねぇだろ。俺らが会話してんのに読書してるし」
「没頭されておられますね…」
「そもそも答えが決まりきってるしー」
よし、読了した本を片付けてしまおう。恥ずかしくて居心地が悪い。ついでに四季に確認取ろう。四季の居場所は分かりやすい。机の上に存在する本の山の裏。
「四季、今良い?」
「ちょうど読了したところなのでこの上なくタイミングとしてはばっちりです」
パタッと2冊の本を閉じて重ねて山の頂点に置いて、軽くストレッチしながら俺に顔を向けた。
「リャアン様に四季が目を付けられたみたい」
「ありゃ、私なんかですか」
「四季。自分のことを「なんか」って言うのはやめて」
かなり食い気味になってしまった。その上、俺の我儘でしかない。だけど、自分のことを卑下するのはやめて欲しい。
「俺は四季の全部が好きなんだから」
四季の外見も、内面も俺は好き。だから「なんか」という言葉はそれを否定されたみたいで悲しい。我ながらクサい台詞ではあるけれど。
「…わ、わかりました。なら、習君もやめてくださいね。私も大好きな男性が否定されているのは、たとえ本人であっても見たくも聞きたくもないので」
四季が俺の目を見つめ、頬を真っ赤に染めながら小声で言い放った。
…さっきの言葉を口にしたときから色づいていた頬が、ますます赤くなっていく自覚がある。えーと、
「と、とりあえず、本を戻してくるね」
「あ、お、お願いします…」
本を戻して席に…、
「習君」
「何、四季?」
「今の気分じゃ読める気がしないので昼食にしましょう」
四季は胸の少し左側を押さえながら言葉を吐き出した。
「だね。俺も読める気がしない」
俺も四季と同じように胸のやや左、そこにある心臓の拍動が五月蠅くて集中できる気がしなかったからちょうどいい。