151話 森を抜け
「四季。切れた?」
「とりあえずニンジンは切れましたよ」
「了解」
「習君は…ってもう終わってますね」
「ああ。必要な肉は切ったよ」
「ならこれを」
「あいよ」
紙貰ったし…、書くか。
「仲いいのはいいけど…、何で見てもないのに会話と行動噛みあってるの?」
「…何が不思議なの?」
「シキがシュウの手元一切見ずに「終わってる」って言ったこと」
「母ちゃんが父ちゃんの力量把握してるからだな」
「いつお父様が作業開始なさったかを把握していれば、予想できますからね」
字はどうしようか…。アレを作るには時間がかかるし…。
「じゃあ、あれは?シキの手元を全く見ずにシュウが紙を貰ったけど」
「父ちゃんが母ちゃんの癖を把握してるからな」
「お母様ならお父様の取りやすいようにこの辺りに出す。そんな癖をお父様は把握しておられますからね」
「…お母さんがお父さんの癖を把握しているのもあるけどね」
「色々と可笑しくない?…いや、あの二人ならいけるのか…?」
「…いける」「いけるよー!」「いける」「いけますね」
「子供全員の同意だと…!?」
子供たちには「待ってて」って言ったけど、シールさんは何で頭を抱えているんだろうか。
「よし。話題を変えてやろう」
「…自殺志願?」
「物騒だね!?…ねぇ。いい、二人とも?」
こちらに飛んでくるのか。
「「俺(私)は構いませんが…」」
「両方いいのね。じゃあ聞くよ。二人ともさ、皆と別れてまだそんなに時間たってないけど、感傷に浸ったりしないのかい?」
何だそのことか。
「それはこの旅で既に何度も経験していますからね。だよね、四季」
「はい。少し寂しい気持ちにはなりますが、いつまでも沈んでいるわけにはいきませんし、これからもきっと繰り返すことになるでしょうし…」
「何より別れても「永遠に会えない」そう決まったわけではないですから」
次に同じ場所を訪れても偶々その場所にいなくて会えないかもしれない。もしくは、既に死出の旅に出てしまった…、そんな可能性もあるけれど、それをいちいち口に出すのは無粋だ。何より、「旅は一期一会」そんな言葉もある。だから、出発はあれでよかった。
後片付けの多さに絶望するサンコプさんと、はしゃぐスーラさんと、戦いが終わって元に戻っちゃったハーティさんと、その他の群長、合計10人が混沌と戯れている中、「さよなら」と俺らが言葉を落として、彼らが手を振り返してくれた。あの感傷の「か」の字もない、あの別れで。
「…意外とまとも…、だが、僕は諦めない!」
一体何と闘ってるんだろう、この人…。
「今、何してんの?」
「「料理ですよ。シールさん」」
「くっ!即答された!?って、そりゃあ、見りゃわかるよ」
テンションおかしいなこの人…。とはいえ、確かに見ればわかる。野菜を切って、肉を切って…、これで料理でなければ何だと言うのか。
「ここどこかわかってる?」
「馬車の中ですね」
「それ以外に何かありますか?」
「あ。うん。えぇ…」
今は馬車で移動中。料理をするのはおかしい気しかしない。だけれど、時間もあるし、出来るからいいじゃない。
「今、どこにいるんだっけ?」
「ヒラ大森林ですよ。嫌ですね、シールさん。ボケたんですか?」
「ボケてないよ!?」
じゃあ何で聞いたんですかね…。別に構わないが、ラスト一画…!
「書けたよ」
「ありがとうございます。ちょっとお待ちあれ」
「了解」
四季の作業を手伝えるような空間もないし…、というか、手伝う前に終わりそう。
次の準備するか。肉を鍋に入れて…。横から四季がすりおろしたタマネギとリンゴを入れてくれた。ここに塩と胡椒と砂糖を入れ間違えないように注意しつつ入れて…。よし。四季と手を繋いで、
「「『『熟成』』」」
紙から出た光が鍋を包み込む。…よし、うまくいった。ちょっと放置。
「うわぁ…。僕の渾身の返しが完全にスルーされた…」
「シールさん、父ちゃん達はそんな人だぜ」
「だよねー。外を見たら違和感しかないんだけど…」
「ですよね…。私もそう思います。空飛んでますよね…」
「そこまで違和感ある?」
3人が一斉に頷いた。そうか…。
「飛行はそこまで難しくなかったんだけどな…」
「いやいや嘘でしょ!?僕は君らが「案外できるもんだな」「ですね」なんて会話をしていたのを忘れてないからね!?」
「ですが、結果的には難しくなかったので…」
『羽』と書いた紙をセンと馬車に貼りつければ、羽が生えた。だから飛んでもらった。それだけ。
「保険にガロウ君の『輸爪』も展開してもらっていますし…。下を走ってがたがた揺れて、木々をへし折り環境破壊するよりはいいでしょう?」
「それはそうなんだけどね…」
「夜になったら移動は諦めて降りますから…、着地地点はカレンのおかげで困りませんよ」
あの子は目が良いから安全地帯探しには困らない。
「呼んだー?」
ひょこっと馬車の上から覗き込んでくるカレン。
「ううん、呼んでないよ。呼んだらお願いするね」
「わかったー」
するすると馬車の上へ戻っていった。
「だからと言って馬車で料理する?」
「そこは父ちゃん達だから」
「そうとしか言えませんよね…」
「うへぇ…。性格似すぎでしょ…。そりゃあ、お似合いだわ…」
「飛んでいますが、下走るより安定していますからね」
「水平飛行で、風もないですし。…あってもセンがバリアで防いでくれるので」
馬車はかなり安定している。煮込み料理も大丈夫なほどに。
「お肉そろそろよさそうですよ」
「だね。焼くよ」
まず、ニンニクとタマネギのすりおろしと油を魔法で作った特製の鍋に投入。香りを鍋につける。このくらいで……。俺が動く前に横からスッと四季が肉を入れ、小麦粉を振りかけてくれた。
「ありがとう」
親指をグッと立ててほほ笑んでくれた。素敵だ。さて、いい感じに焼かないと。
「愛の狩人たる僕としてはこの光景は嬉しいんだけど…、なんだかなぁ…」
「…どうしたの?」
「何か違うんだよね。何か。一体それは何だろう?」
「照れてないからじゃないの?料理中は危ないからか割と真剣だぞ」
「それだ!」
「「叩き落しますよ?」」
だからシールさんがついてくるのは嫌だったんだ…。おちょくってこないで欲しい。…俺らが耐性を付ければいいだけなんだけどさ!
「それはやめて。目的が達成できなくなっちゃうから」
ここで、シールさんが「死んじゃうから」とか言ったんだったら「死にませんよ。ハッハ」とか言って落とせたんだけど…ねぇ。四季。
視線を向けると、「自薦、他薦されただけはあります。それにリンヴィ様の忠実な部下でもありますね…」と目で返してきた。
「うわ。二人だけで目で会話してる…!」
はぁ…。気にしたら負けだな。お肉をひっくり返そう。ジューッ!といい音と、いい匂いが漂う。…アイリ。美味しそうなのはわかるけれど、目が輝きすぎだよ。よだれ垂らしてるガロウでさえちょっと引いてるから。
「…僕が落とされないってことは僕の目的ちゃんと覚えてくれてるんだよね?」
「そりゃあ、覚えてますよ」
「はい。もちろんです」
この人の目的、それは…。
「「俺(私)達をおちょくることですよね」」
「違うよ!?」
ですよねー。知ってました。冗談です。…半分くらい。
……シールさん貴方、自分で「君らを見ていたい」って結構マジな目で言ってたことを俺は忘れてませんから。
「心外なこと考えられている気がするけど…」
「気のせいですよ」
「心外」なことではなくて、「妥当」なことを考えてましたから。
「貴方の…、というか獣人族の今回、俺達に同行する目的は「魔人領域との交流復活」でしたよね」
「人間と魔人は不倶戴天。ですが、そこは「チヌカが人間領域で出た、チヌカ絡みと思われる|騒動《内乱/ファヴ/スタンピード》が起きた。そう言ったことを明かしてあるかもしれない何かへ備えよう」という感じで超種族的協力関係を提案するんでしたよね」
「そこまでは無理でも、仲良くしましょう。ほら、勇者達もいますよ。そんな感じでしたよね?」
「ちゃんと、覚えてんじゃん!」
そりゃそうです。覚えてないと既に蹴りだしています。
「…結局、ダメそうならお父さんとお母さん頼みだけどね。」
「まぁ、そうなんだけどさ…。うん。そこはごめん」
「構いませんよ。今回のスタンピードをきっかけに戦争とか笑えませんから。ねぇ、四季」
「そうですよ。二人の故郷を焼く可能性のある戦争をこの程度で防げるのであれば、やりますよ。たいした手間ではありませんし、命にもかかわりませんし」
「ねぇ。たいした手間じゃないとか言うけどさ、ギルド間交渉とか、国家間交渉があるんだけど?」
顔を引きつらせながら言われましても…、
「「交渉は俺ら(私達)がするのではないので!」」
「めっちゃいい顔!?」
「貴方が来たのはそのためですよね?」
「働いてください。役目です」
「うへぇ…」
「あ、お肉の表面焼けてますよ」
「赤ワインいれるよ」
全く甘くない調理用赤ワインを投入。甘くはないけど絶対高い。そこにいつ作ったか覚えてないけどこういう時のために作っておいた、トマトを湯むきして塩を入れたもの──ホールトマト(擬き)──を投入。
さらに横から四季が水とはちみつを投下。コンソメ入れて…。念には念を入れて鍋をガロウに『輸爪』で浮かせてもらって…。
「「『『加圧』』」」
「「『『熱浸透』』」」
「「これでよし」」
「えぇ…」
「いつものことだぜ。シールさん」
「ええ。いつものことですよ。シール様」
真面目に話を聞いてもシールさんにしかできないしね。それに、愚痴として聞いて欲しいわけではない…だろうし。
…火を通りやすくするのって『熱浸透』でいいはず。…だよな。いいのか? …あれ、『熟成』…。よし、考えないでおこう。原理を考え出すとドツボにはまって『熱浸透』も『熟成』も使えなくなりそう。
「だいたいですね」
「うわ。突然戻った」
五月蠅いです。
「南6群の群長はスタンピードの後片付けで同行不可…、」
「西北西、亥のスーラさんは俺らから見ても論外」
あの人なら絶対交渉中に「どんぐり食べる?」とか言う。…わけがわからないよ。
「西北、子のハーティさんは戦闘は兎も角、それ以外はおどおどしてしまうので交渉不可能」
「北北西、丑のズィラさんは貴方に劣るうえ、首が長くて移動しにくいから嫌と言っておられて…、」
「北東、卯のキャンギュレイさんは私達も既に悲しいことに、理解していますが、一番こういうことに向いていなくて…、」
脳筋だからね…。「交渉…?とりあえず殴り合いで勝った方の言う事に従おうね。不服なことがあればその都度殴り合って決めようね」って言いそう。あのふわふわした包容力のある顔で。
「東北東、辰はリンヴィ様とリンパス様で、そもそもこっちにいません。その上、初手からこの二人のどちらかというのは良くないため除外」
「何でだっけ?父ちゃん」
「人間領域との交渉相手の差が生じてしまうからですよ。ガロウ君。面子的な意味で不味いです」
面倒くさいって顔しない。俺もそう思うけど。
「人間領域から来たのはディナン様だった。彼は王族だが国政に関わってない。ここまではいい?」
ガロウとレイコが頷く。…アイリはやっぱりわかってるのか。
「よし、でだ、リンヴィ様かリンパス様は国のトップ、もしくはそのお嫁さん」
「直接政治を行う人と、行わない人、はっきり言って格が違うんです」
「…だから二人が出向くわけにはいかない。…しかも獣人側からなんてもってのほか」
「何故に?」
「…人間は人間側から獣人側に来た。…なのに魔人側へは、獣人側から行く」
「ああ。察した。人間からすると、「自分はこっちから行ってしかも国政していないとはいえ王族なのに、何で魔人には国政してるトップ、しかも神獣が行くんだ!」ってなるのか」
「「「正解」」」
偉い偉い。
「だから、まぁ、言ってしまうと何だけど、|あの二人《リンヴィ様・リンパスさん》は勿論、ディナン様からも微妙に格の落ちる群長はいい落としどころってわけ」
「…本当に言っちゃあ何だね」
…言わないと伝わらないので。それにシールさん達はこれで激怒するような人ではないし…。
「…王族の方が格が上なのは血統によるもの。選挙で選ばれる群長にはないからね」
「アイリちゃんの方がエグかった」
「…ガロウが不思議そうな顔してたから。ごめんね」
「ああ。うん…」
微妙な顔。…事実だし怒るわけにもいかない。そんな感じか。
「後、スタンピード終わったばかりなのに出て行くというのも問題…というのもありますよ。民の反感を買いかねませんし。あ。灰汁取りませんと」
「蓋は持ってて、俺がとるから」
「では、お任せしますね」
「ねぇ、やっぱりさ、この二人落差が酷くない?」
「…お父さんとお母さんだし」
「全部それで片付けるのかい?」
「片付くから仕方ないぜ、シール様」
「理解のある子どもたちだなぁ…」
何で顔が死んでるんだ。シールさん。
…灰汁取りはこのくらいでいいかな。微妙に残ってるけど、具材に絡んでいるものだし…、取ろうとするとうま味を取ってしまいそうで取りにくい。
どう思う? そんな風に四季を見れば、力強い頷きが。じゃあ、次の工程。ローリエと、バターと…、ウスターソースを投入。そして野菜を…、ってかなり量あるな。これは一人じゃ無理だ。二人でまな板を持ち上げ、まとめて投入。
再度同じ魔法を重ねがけ。よし。
「あ。「交渉は僕に任せて」って言ったのはシールさんなので頑張ってください」
「私達は応援します」
「いきなり戻ったね!?」
「何か嫌な予感がしたので、」
「先手を打って潰しておきます」
待機中に弄られると恥ずかしいから。料理中だと気にならないんだけどなぁ…。
「な、なるほど…、まぁ、わかってるさ。交渉を君たちに丸投げするほど僕は馬鹿じゃない」
「…丸投げしたら同行している意味が分からなくなるしね」
「アイリちゃんの言う通りさ。何度も言うようだが、任せておきたまえ。ギルドから国まで、この愛の狩人たる僕の力を見せてあげよう」
…愛の狩人と交渉。一体どんな関係があるのだろう…。
まぁいいか。四季が蓋を開けてくれているのでそこにデミグラスソースを投入。蓋をもどして再度魔法を重ねがけ。あ。紙消えた。使いすぎたか。別に構わないけど…。
それにしても、魔法は便利だ。たぶん魔法を使っていなかったら、まだ加熱だけで2時間はかかったかもしれない。肉の下味付けはもっと、たぶん半日はかかった。…絶対間に合わないな。今晩に。
「ところで、今更だけどさっきから何を煮ているんだい?」
「ビーフシチューです。」
「流石にお肉は「牛」ではないですが、似た生き物なので良いでしょう」
名前は地球と同じだったけど、全く同じではないはず。というか、獣人領域にあるモノは大抵日本語と同じだった。確実に勇者のせい。
「ああ。あれかい。あれって一から作れるんだね」
「一からではないですよ。コンソメとデミグラスソースは貰いものですから」
「ルーもありますが、何故かデミグラスソースを入れてくれていたので、使ってみました」
「あんまり言いたくはないですが、デミグラスソースはスペースを取るので…。ルーは小さいので、時間停止機能付き鞄の占有空間が小さくてすむんですよね」
時間停止機能無しで容量の大きい鞄はある。だけど、時間停止機能付きのカバンはそこまで総容量はないから…。
「…それでも、一部屋分の容量ぐらい合計したらあるよね?」
「あるけど、生鮮食品とか、それほどではなくても足の早い食べ物でいっぱいだぞ」
「…そうだった」
捨てるのは出来ない。折角もらったんだし、貰った以上は食べねば。それが最低限の礼儀だと思う。…最悪誰かにあげるという手もあるが。
「その作り方でも面倒くさくないかい?」
「面倒ですけど、量作れますからね。その点は楽ですよ」
揚げ物みたいにひたすら衣をつけてあげて…、みたいなことはしなくていいから。
「同じ鍋料理なら、楽さで言えばハヤシライスの方が少しマシですけど」
あれは野菜ジュースとコンソメとケチャップを適当に放り込んで煮込めばできる。…ハヤシライスモドキでしかないけど。
「おとーさん、おかーさん。そろそろ日が暮れるよー?」
「どこかにいい場所ある?」
「もうすぐで森抜けられそうだけどー?」
「早いな!?」
シールさんの声が大きい。俺らの思ったことを代弁してくれたのはいいけれど。真横で叫ばれると耳が痛い…。
「空を飛んでいるからでしょうか?」
「違うよー。森が変に切れてるのー」
「「「切れてる?」」」
車内全員の声が揃った。わけがわからない。