148話 続スタンピード
…何かが変だ。だが、何が変なのかはっきりと言葉に出来ない。
四季の方へ視線をやれば、彼女も俺と同じく何かを感じ取っているらしい。俺と同じく、何が変なのかを説明することは出来ないだろうが。
目の前に泥の魔物がひー、ふー、みー。総計三匹。丁度いい。サッと四季と手を繋ぎ…、コアごと消え去れ。
「「『『ロックランス』』」」
「にゃわっ!?」
岩の槍がターゲット三匹とおまけ数匹をまとめて串刺し。その直後にズィラさんの首が伸びてきて、残りの魔物の大部分を蹴散らし、この一団が壊滅した。
それにしても…、危なかった。もう少しでズィラさんに直撃だった。
「謝らなくていいさ。アタイがちゃんと見てなかったのが悪い」
そう言われてしまうと、こちらとしてはどうしようもな…、いわけではないか。二人で頷きあい、『回復』の魔法を使用。傷を癒しておく。これを謝罪に代えよう。直接謝ったわけじゃないしいいだろう。
「ん?回復かい?…これならちったぁ無茶してもよさそうだね!」
「「何でそうなるんですか」」
「ん?そりゃあ…、そうしたほうが良さげだからさ!」
ジト目のツッコミすらものともしないし、答えになってない! だが、彼女は俺らの言葉など聞いちゃいない。既に詠唱を始めている。
「ああ。もう!」
「習君!私も同じ気持ちですが、援護はしましょう!」
「わかってる!ついでにことが終わった後の回復準備も!」
いつでも使える位置に『回復』の紙をスタンバイ。そして、ズィラさんの周りの敵を排除。
「『鮫瞬打』」
その言葉がズィラさんから放たれると、言葉を置き去りに彼女の首が桁違いの速度で木を回避しながら伸び、一瞬で視界外へ消えた。
「何が起きているんでしょうね?」
「…さぁ?」
二人揃って首を傾げる。当然魔物は切って、魔法を撃って減らす。そうこうしているうちに「ビッタンバッタン」と派手な音がこちらへ近づいてくる。
「まさかとは思いますが…」
「そのまさかかも」
俺と四季の顔が軽く引きつる。さすがにこの想像は阿保過ぎる。違うことを祈りたい。
「「あー」」
ダメだった。木の隙間から見えたズィラさんの頭。その先には肉片が付着しており、それを勢いよく地面に叩きつけ、地面も泥の魔物も陥没させている。というかあれ、ぶっ刺さってないか? 魔物を貫通して、魔物の体が雄ライオンの鬣みたいになってないか?
しかし、彼女は俺達の困惑などお構いなし。少し他の泥の獣よりも頑丈そうな象っぽい魔物を無理やり倒す。そして、その上で静止。
一拍の後、電動のこぎりの如く首が高速回転。鬣のようになっている魔物の死体をそぎ落としながらその下の魔物をも切断した。
何やってんだこの人…。
「これでこの一帯は片付いたね」
「「『『回復』』」」
怪我はしていないようにみえるが、念のため。俺と四季、揃って冷たい視線を向けているからか、こちらを見ようとしない。
「うん。この辺りは平和になったね。」
こっち見て言いましょう?
「首を伸ばして、強そうだった5 mぐらいの奴に吶喊!戻ってきながらそいつを地面に叩きつけて相手を削ってきた。たぶん10は削ったぞ。だからここはもう大丈夫だね。ああ、大丈夫さ!」
「この辺りは大丈夫」このニュアンスの言葉をこの短期間で5回程。…文句は受け付けないからさっさと次行けと。そう言う事ですか。はぁ。
「「行ってきます」」
「気を付けてな」
声だけかけて走り出す。弱い魔物は適当に捌いて、泥の獣は確実に仕留める。…何が変なんだろうか。この汚い白黒──瘴気──の嫌な感じはいつもと変わらないから、流していたが。でも…、全く違うというわけでもないし…、というか瘴気のせいじゃないような気も…、
「量が!多すぎる!レイコ!」
「わかっています!ですが、処理が間に合いません!」
二人の声? 存外ズィラさんは後ろにいたようだ。彼女にとって、後ろに下がりやすくて良い位置だ。脆くなった首を守りやすいからな。ま、それはともかく。
「急ごう」
「はい。逼迫していそうですからね」
四季の言葉通り、ダンっ! という強烈な音がさっきから鳴りやまず、二人の悲鳴もやまない。急ぐために、泥の獣を魔法で消し飛ばせば、蹴りや踏みつけで周りを見させる。弱い魔物ならこれで十分。
よし、見えた! 割と近くて助かった。
「敵が多すぎて捌ききれていないようです!」
「ああ。援護を…、」
「あ!父ちゃん!母ちゃん!助けて!」
「お願いいたします!」
二人も気づいたか。こっちを見ていなかったのに…、臭いか?
って、それはいい。…全くこの子は。何で全部の壁を進行阻害に回してるんだろう。まぁ、あの子たちの考えることはわかるけどさ。
ガロウの後方、全長100 mの空間は魔物一匹すら通れないキルゾーンと化している。がその代償として、前方30 mの森が全部破壊されており、魔力消費もきつそう。ここは一発やるか。
「紙を」
「はいどうぞ」
走りながら書く。座ったほうが書きやすいが、かなり慣れた。威力もそこまで必要ないから魔力が籠っていないというのもあるだろうが。
寄ってくる敵は四季が何とかしてくれる。筆記に集中すれば…、はい、完成。30 秒はかかったか?
闘っているガロウとレイコを二人で担ぎあげ、『壁』を使ってガロウの『護爪』の上へ強制的に避難させる。そっと二人を降ろして手をつなぐ。
「吹き飛ばすよ!」
「やってやりましょう!」
「「『『双頭竜巻』』」」
紙が消え、代わりに竜巻が産まれる。竜巻は大きくなりながら二つに割かれ、さらに成長しながら俺らのいる位置からガロウの張った『護爪』の両端へ飛んでいく。
竜巻は猛スピードで地上の敵を巻き上げながら、瞬く間に両端へ到達。そして、破壊された30 mの空間を撫でるように敵を掻っ攫い、横向きの気流となって壁の前を一掃。両端から徐々に迫ってきた竜巻は中央で激突。容赦なく風で攫った魔物同士を圧縮、互いの気流の力で持ち上がりながら上へ上へと上昇。
森全体から見えるほどの高さにまで上昇すると、竜巻はそこで身をねじるようにして中にあった肉をぶちまけて消えた。解放された血肉が雨のように降ってくる。
「何でぇ!?」
「何でって…、壊乱させるためだよ?」
「そうですよ。ガロウ君。タイミングさえ合えば。という枕詞はつきますが、この一手は有効ですよ?」
「だね。肉が降ってくるその少し前に、泥の魔物を倒してしまえば、ベチャっと貼り付く肉の触感、音。嫌でも正気に戻るはずだ。あの子らも惨たらしく死にたくないだろう」
「餌だぁ!」ってなる奴はいないはず。俺達の見立てでは、泥の魔物が強制的にスタンピードを起こすように仕組んでいる。だから、洗脳が解ければ、いきなり降ってきた肉に怯えるはず。…事実、ここには魔物たちをひき肉にするには十分な実力者が集まっているから。
「誰がわかるか!」
「ハーティさんをはじめ群長はわかったみたいだよ」
「…となると、当然アイリお姉さまとカレンお姉さまも…?」
「だと思いますよ」
「ああ」
二人にはわざと触れなかったのに…、ガロウ達が二人より劣っていると、不要な劣等感を持たれてしまうとよくないだろうから。
だけど、察されてしまえば言うしかない。ここで濁す方がためにならない。
「俺っち参上!」
「わしも…ですが、遅かった?」
「そうでもないです」
このまま続けようと、俺らが改善点を出した後であろうと、確実にフォローが必要。絶対に二人では足りない。
フォローを任せていいか聞いてみよう。
「あたぼうよ!」
「もちろんじゃ」
即答で頼もしい返事が返ってきた。これなら大丈夫。とりあえず、まずはフォローから。
「あの、お手伝いなさってくださるのはありがたいのですが、私達にだけ4人が構っていてもよろしいのですか?」
「よくはないが…、大丈夫ですな。なぁ、サンコプ」
「ああ。二人ともよくやってくれてるからな。俺っちは後で回復に動き回る必要があるし…」
「俺らは遊撃」
「アドバイスが終われば、また走り回りますよ」
納得してくれた…、かな?
「それに俺っちは…、手っ取り早く聞くか。なあ。ガロウ。レイコ。お前ら魔力は?」
「え?俺は…、そんなにないぜ」
「私も、お恥ずかしながら…」
そりゃそうだろう。10枚の『護爪』を総動員。その結果完成した壁で一心に突撃を止めてりゃこうなる。レイコもレイコで、『護爪』の後ろから『|蒼凍紅焼拓《ガルミ―ア=アディシュ》』を撃っていたようだし…、『護爪』貫通能力をいちいちつけないといけないから。
最初は『護爪』の上から撃っていたみたいだが、数が多すぎて、上から撃とうにも敵が多すぎて足場が不安定になったために諦めたようだ。
「お二人はサンコプが魔法を使ってからしばらくの間、ここにいて欲しいのですじゃ」
「「何故です?」」
「あやつが使えばわかりますぞ」
レディックさんの目が死んだ。…不安を煽るのはやめていただきたい。
「魔の力よ、魔の力の回復を促せ!『魔血清』!ほい。飲め」
詠唱完了とともに現れた、緑とも紫とも黒とも言い難い、それら3色がまじりあったようで、分離している。そんな得体のしれない液を二人に手渡す。
こら。二人とも。露骨に「これ大丈夫なの?」って顔をしない。サンコプさんなんだから信用しなさい。
そんな目で二人して子供達を見ていると、嫌だという気持ちを呑み込めていない顔で、口に勢いよく放り込み、そのままの勢いでリバース。
「うげっ、まっず!まっず!死ぬ。めっちゃマズイ!ぎゃー、口がッ!味覚がッ!」
ゴロゴロ転げまわるガロウ。…こんな状態でも、『護爪』をキープしているのは褒めてあげたい。根性の賜物か…、それとも、レイコを守りたい一心か。
レイコは転げまわってはいない。だが、口を押えて顔が青ざめている。
「やっぱりなぁ…。言ったほうが良かったか…」
「当り前じゃろ」
「魔力回復を促す薬なんだがねぇ…。びっくりするぐらいまずい。だが!飲み切ってもらわないと意味がない!」
…ああ。レディックさんが「ここにいて」と言った理由は…、不味すぎて使い物にしばらくならないからか。レディックさんも味わったことあるんだろうな…。
「お前らも使うか?吐かなきゃちょっとは効果あるぜ?」
「魔力はまだありますが…、俺が試してみます」
何となく俺らには効かない気がする。そんなものを四季に味あわせるのはな…。
右手の指を突っ込んで、うげっ。ドロドロねばねば。不快な感触のごった煮みたいな触感だ…。臭いは…、ない。逆に怖い。…よし。とりあえず口に入れるか、吐き出さないように左手で口を押えられるようにしながら。
「ぶっ」
「ダメですよ!」
ギャー! この味は一言で説明できる。『不味い』この言葉以外不要。それくらい不味い!
口に入れた瞬間、本能的に吐き出そうとして押さえつけていた手を離しかけた…、というより離した。そうせざるを得ないくらいにマズイ。
…四季に手を押さえられたから呑み込めたが。…親切でやってくれているから言えないし、言う気もないけど、やめて欲しかった。効果を発揮させるためには呑み込む必要があるとはいえ、不味すぎる。口に入れていい味ではない。
不味さを無理やり言語化すれば、口の中で青臭さというか土臭さというか、何とも言えない草系統の臭いが広がる。その上で、苦み、えぐみ、渋み等々の要素が滅茶苦茶に混ぜ合わされ、絶妙に味を落とす方向に昇華された味。
…そして案の定、効いている気がしない。だが、とりあえず戦えるまでには復活した。泣きそうだけど。
「効いた?」
「まるでダメです」
「うわっ。やっぱりか。あんたらには多分効果低すぎて効かねぇな。効果上げねぇと」
「要らないです」
全力でお断りさせてほしい。食い気味に拒絶することになったが、許してほしい。
「わかってる。というか、これ以上は俺っちの魔力の兼ね合いもあるし割に合わねぇよ」
あんたら二人より、群長5人の方が広範囲をカバーできる。と笑った。よし。セーフ。
「なら、わしを手伝ってくれ!」
「その前に私も」
「「「「「え」」」」」
その場の全員の声が揃った。ちょっと待って。効かないって言ったよね!? 俺も四季も魔力量は似たようなものだから効かないはず…。そんな5人の内心もなんのその。四季は指を突っ込んで薬を掬い取ると顔を顰めつつもためらわずに舐めた。
案の定、顔を歪め、足やら手をプルプルと震えさせた。…とりあえず背中をさすってあげよう。俺と違って何の手助けもなしに吐き出すのを耐えているだけ上々だ。
…すみません。サンコプさん。レディックさん。しばらく二人でお願いします。
俺らが先ほど一掃したせいでしばらくは魔物達も怯えていたのか近寄ってこなかった。だが、量が多すぎたからか押し出され、集まってきているので。
なんてことは言わなくても、二人は既に動いてくれている。サンコプさんは集まった魔物を毒で溶かす。レディックさんは…、魔法と得物である爪を振り回している。
爪の一撃で、魔物を跳ね上げ、切り裂く。スキを見ては短い詠唱の後に『狼王牙』と叫んで、エネルギーでできた牙を飛ばしてコアごと噛み砕く。
「ーッ!」
「四季.復活できそう?」
「……はい。御迷惑をおかけしました」
「早かったなシキ。シュウも早かったが。それにしても…、なして食ったし。別に喰う必要はなかったろ?」
「え?何でって…。習君だけに味あわせるのはダメでしょう?」
四季はキョトンとした顔でそう言ってのけた。
「あーね。…そういうのはシールの前で言ってくれ」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが…、機会があればそうします。行きましょう。習君」
「ああ」
回復した四季を連れ、レディックさんから少し離れたところの壁の上。そこから敵を狙撃。数を減らす。
「へいへい。お二人さん。復活しろい。父ちゃんも母ちゃんも頑張って飲んだぞ」
「…量は二人よりも圧倒的に少ないですけどねぇ…」
「量に関わらず効く気がしないけど…、そのことは二人には言っちゃダメだよ。四季」
励ましをぶち壊しにしてしまう。
「わかっていますよ。…ほんと、大人って汚いですねぇ」
「…二人ってまだ、未成年じゃなかったっけ?」
アイリ? いつの間に…。
「…二人の気配がしたので」
あ。そうなのね。…この子結構遠くに突っ込んでいっていたはずなのにな…。深く考えないでおこう。
「…カレンはいつものように上で頑張ってる」
いつものように。体に矢を括り付けて滞空させて狙撃か…。よくやるよ。
「で、センは…、あ。来たね」
ガランガランと車輪を回転させて、馬車を引っ張ってくるセン。相変わらず体毛は白くて美しく、馬車の車体は綺麗なままだ。
車輪だけが鮮血に染まっているが。敵を馬車で踏みつぶし、俺らの前で止まったセンは「まだいけるけど、どうする?」そんな感じで鳴いた。
違和感はあるが…、減らしたほうがわかりやすいか? 四季は…、同じ考えか。なら行ってもらおう。
二人で首肯を返せば「わぁい!」とでも言ったのだろうか?とにかく、そんな弾むような声で鳴き走り去っていく。
「…わたしも」
ぴょんと跳ねてアイリが馬車の上へ。そのまま鎌で薙ぎ払いながら突き進んでいった。
「お二人のところは良いですなぁ…」
レディックさんがしみじみと言った。…俺らはどう返答したらいいんだろうか。
「これなら安心できるというものですな」
「「そうですか?」」
「ええ」
レディックさんがガロウとレイコの方を見る。
「頑張って飲め。頑張れ頑張れ飲める飲める。吐いちゃダメだ。耐えろ耐えろ。出来る出来る!頑張れ頑張れ」
サンコプさんが何か滅茶苦茶なこと言ってる。
「…アルコールの一気飲みを煽っているんですかね?」
「俺も思った。ただの根性論のはずだけど、そこはかとなく、あの忌まわしき人殺しコール感がある」
今回はアルコールではなくて、人を助ける薬で、しかも処方医? であるサンコプさんがそばで言っているから、あっちのような危険性はない…、というか皆無に近いが。
それでも喉に詰まる可能性が…、
「あ。一気飲みしましたよ」
「おおぅ…」
思ったしりからそれか…。というか、さっき一気飲みに失敗して吐いているのだが。チラッと二人を見てみる。…不味すぎて転げまわってはいるけど耐えているようだ。
「よくやった!俺っちは復活するまでいるから、復活したら言えよ!」
サンコプさんが「よくやった」と言っているから、ちゃんと飲めたのだろう。
サンコプさんは復活まで酸を撒くことで敵を減らすことに徹するようだ。レディックさん、サンコプさんと俺ら。合わせて4人で耐久。
魔法を撃って、紙を書いて、また書いて、次は撃って…、等などの行動をして、およそ5分。
「ふっ…かつ。した」
「私…も、でしゅ」
「お前らもはええな。なら俺っちは行くぜ!」
尻尾をくねらせ魔物を弾き飛ばしながら走り…、あれは走りで良いのだろうか。…気にしたら負けだな。兎も角、去っていった。
「全くもって平気じゃなさそうなのはスルーするんだな。あの人」
「サンコプさんですからねぇ…。とりあえず私達もアドバイスをしますか」
「だね」
などと言いながら二人の背中をさすっていたら、恨みがましい目とともに「人の事言えない」という旨の言葉を頂戴した。何でさ。
「……ええと、とりあえずですね。ガロウ君。頑張りすぎです」
「え。無視?」
「ガロウ。諦めましょう。お二人とも気づいておられませんから」
「うぼわぁ」
膝から崩れ落ちるガロウ。ああ。もう…。
「やっぱり無茶しすぎだ。ガロウ。『護爪』を全部壁にする必要はない。というか、万一に備えて、自分とレイコのフォローできる分は確保すること。というか、レディックさんいれてようやく8枚をギリギリ魔力的、体力的に息切れせずに担当できる計算だぞ?」
「無茶してる自覚はあったけど、俺が膝をついた原因の着眼点が微妙にちげぇ」
あれ? そうなの?
「ま、そこはいいでしょう。後、無理に全部倒そうとする必要はないです。壊乱させた後は放っておきなさい。無理に壊乱した奴らまで止めているから処理が追い付かないんですよ」
「でも…、」
俺と四季は言葉を続けようとするガロウを押しとどめる。「後ろには守るべき人がいる」そんなことは言われなくてもわかってる。だけど…、
「わしらを信じるのじゃ。二人とも。後ろにはわしら群長はおらんが、兵士はいる。そ奴らに任せればよい」
言うべき言葉を取られた。
「レディックさんに言われちゃいましたが、そう言う事です。兵士がいます。任せてしまいなさい」
「加減は必要だけど…、基本は泥の獣さえ倒してくれれば大丈夫。後は、壁の角度か」
垂直よりも斜面をつける。これで衝撃は弱められる。登ってこられれば突破されるから避けていたんだろうけれど、突破される前に潰せばいい。最悪、泥の獣を潰せれば後は放っておいても勝手にバラバラになる。
「後、壁は8枚より減らしてもいい」
「そもそも、圧力を減らしてくれる人がいるとはいえ、たった一人で全部防ごうというのが無茶苦茶なんですよ。森をある程度守りつつ戦う。この時点で大変なのですからね」
本当にそれだ。森がどうでもいいなら広域破壊で一掃でき…る……か? うーん、何故か一撃ではダメな気がする。何故…?
「あの。お父様。お母様。私は…?」
「ん?レイコも似たような感じだね。出来るだけ詠唱をして魔力消費を抑えて、泥だけ狙うように」
「出来るだけ、『護爪』の上から撃ちなさい。それなら無駄な消費を減らせるでしょう。自分に迫る魔物だけは確実に潰しなさい。レイコちゃんも全部通さないようにしよう。そんな気持ちが強すぎです」
「魔法の照準の付け方とかは…、慣れだと思う。カレンに聞いてもいいかも」
あの子はなんだかんだで、矢の軌道を曲げられるけど出来るだけ曲げなくて済むようにしている。
「俺なら?」
「ガロウ君の場合も慣れですね。もしくは、レディックさんをまねるのがよいかと」
「だね。あの人の武器もちょうど爪だ」
「『狼光爪』」
俺らの視線が集中した瞬間、詠唱が終わったのかレディックさんが叫び、彼の前に爪を模した光が出現。その爪の先端から五条の光弾が射出され、泥の獣を破砕し、泥の獣が統率していた一塊を壊乱させ、別の泥の一群を破壊した。
「…あれを?」
「「あれはいい(です)」」
というか真似出来ない。ガロウの戦い方じゃない。攻撃魔法はこの子は使えない…、あれ? 出来る?
「『護爪』を攻撃に回せるように、という意味なら参考になるかも」
「確かに。『護爪』に攻撃力が全くないというわけではないですしね」
「お二方!ここはわしらに任せてくだされ!」
いきなりだな。レディックさん。だけど、確かに長居しすぎだ。ガロウとレイコに目線をやれば、力強い首肯が返ってきた。
「任せる」
「では、私達は行きます!」
壁から飛び降りて走る。これはおまけ。砕け散れ。
「「『『ロックバレット』』」」
岩の弾丸が3つの泥の獣に率いられた塊を捉え、泥の獣を含め完全に撃滅した。
「言ってることとやってることがちげぇよ!」
うん。ごめん。壊乱させろって言ったのにね。完全に潰してどうするんだろうね。…ま、まぁ、お茶目という事で。
ガロウとレイコは俺らを呆れたような目で見ると、仕方ないとばかりに手を振ってくれた。
「どうやら許してくれたみたいですね」
「ああ。行こう」
まだ行っていない方へ。カプラさんやシールさんがいる方向へ。