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白黒神の勇者召喚陣  作者: 三価種
4章 獣人領域
160/306

閑話 ある主従の会話4

いつも通りの3人称視点です。

 定期報告の時期。いつもの時間帯にいつもの場所。そこに男は普段よりも心なしか上機嫌な様子で水鏡を置く。



 常ならば、少々陰鬱な表情を見せる男であるが、今日ばかりはワクワクと言った擬音を合わせても不自然ではない。……似合わないが。



 ぼそぼそと唱えられる詠唱。フッっと水面が揺らぎ、水鏡の水に彼の主人の顔が一面に浮かぶ。



「ッ!?」


 そんな声をあげながら、彼らしくもなく激しく動揺し、水鏡を弾きあげる。零れた水が舞い、水美しい放物線を描きながら水鏡は壁まで吹き飛ばされてカランカランと甲高い音を立てる。



 もしも女が見ていれば、「ナイスボレー!」とでも言っただろう。生憎女は見れていない。



「……ふぅ。誰も来ないか。遮音結界をいつもより念入りに張っておいてよかった」


 男は額に掻いていた汗を拭いひとりごちた。先ほどまで慌てていたとは思えないほどの落ち着きである。



 そして、非常に不可解そうに、嫌そうにしながら、何回か深呼吸。そして水差しに手を伸ばそうとして…、止める。それを幾度も繰り返す。



 「いい加減覚悟を決めろ!」と100人中90人が言うであろうタイミングでようやく決意を固め、水差しを取り実に嫌そうに。本当に嫌そうに注ごうとして…、盛大に手を滑らせた。



 だが、水差しの水は男にとって幸か不幸か、水鏡に注がれ満水。そして規定量を超えて溢れる。



「ありゃりゅ。ふぁる!?ちゃうへあ!」


 規定量を超えてしまった水鏡から不満そうな声が聞こえる。が、声色とは裏腹に音がはっきりとは伝わらず非常に馬鹿っぽい。



 女は音割れを悟ると黙り、無言で威圧感を流し込む。無駄な水が全て落ち、水面が凪ぐ。



「あんたまで何やってんのよ」


 先ほどの残念さを吹き飛ばす圧倒的な威圧感を纏う声。男は呼吸を整えると一息に、



「申し訳ありません。失礼ですが貴方様がそこまで怒っていらっしゃるのを私はこれまで見た記憶がありませんので」


 言い切り、達成感を醸し出した。いつもの女であれば、



「何を「やり切ったぜ…!」と言わんばかりの顔してんのよ!」と嬉々としてツッコミを入れたであろう。それこそ、水が坂を流れるが如く。



 だが、女は頬を少し。いや、極わずかに緩めたのみ。「鬼のような形相」というほかない顔をしながら、指で腕をトントンと叩き、男を見ている。



 盛大にやらかした。悟った男は頭をハイスピードで回転させ、話題を変えるために…、



「ところで一体何があったので?」


 何とか一言絞り出した。しかし、悲しいことに、これでは話題が元に戻るだけ。埋めた地雷を掘り起こすも同然である。




「あ゛?」


 背筋を這いずり回るような恐怖を喚起する地獄の底から響くような音。



「既に把握してんでしょ?」


 ぶっきらぼうに女が言い、男は震え、がちがちいう歯を無理やり押さえつけて言葉を紡ぐ。



「生憎、貴方様がそこまでお怒りになられるようなことは…。せ、せいぜい雑魚に等しいチヌカはそこそこ勇者に狩らr「割とどうでもいいわね」承知しております」


 じゃあ何で言ったの? そんな目で男を睨みつけると、あたしも狩ったわ。と繋げた。



「私自身、彼らを雑魚と言いましたが…、貴方様が封印される前の遺物なのですが…」

「ハッ。だから何なのよ?生き残ったとはいえ使い物にならなきゃどうでもいい。使えない遺物を後生大事する趣味は生憎あたしにはないの」


 女はすぱりと言い放つ。男は彼女が本気で言っていることを悟ると、少々彼らが不憫に思えたのかわざと地雷原に突入する。



「貴方様は何にお怒りなのです?私が存じ上げているのは、後は、『マカドギョニロ』が暴れようとして、盛大に割を喰ったぐらいですよ?」

「ああ。あいつ?企み潰されたんだって?ハハッ。ワロスワロス。最終的に死ぬんじゃない?あいつに何のシャイツァーをやったかなんて覚えてないわ」

「それはいくら何でも…」


 あんまりです。言おうしたが、女が再度何の感慨もない声で割り込んだ。



「あいつも旧世代の遺物だしね。ただひたすらにあたしの言う事を守るだけ。なーんにも!楽しくない。リーちゃん(リブヒッチシカ)とか、ウーちゃん(ウカギョシュ)と何も変わらない」


 ま、潰されてないのに同列に並べるのは間違っているかな? と女は笑った。…撤回する気はまるでないらしい。



「では、一体何に怒っていらっしゃるので?」

「わかんないの?」


 凄まじいまでの重圧。水鏡を通して相対しているだけ。それだけであるのにもかかわらず、人間ではない男の体から汗が噴き出て、体がガクガクと震えだす。



「す、すみません…。わからないのです。で…、ですが、いいお知らせはありますよ」

「あ。そう。とりあえず、今はあたしの愚痴を聞きなさい」


 いい加減言わせろ。とボソッと呟く。男は震えながら頭を下げる。



「フーちゃん瀕死になってんだけど誰がやってくれたんじゃコラァァァ!」

「ギャッ!?」


 頭を下げた瞬間、叫び声が水鏡から響き、男がその声で吹き飛ばされる。よろよろと立ち上がって男が周囲を見渡せば、彼が念のために張っていた遮音結界が明らかに軋んでおり、顔を歪める。



「ハァハァ…。ふぅ。…あれ?どったの?」


 馬鹿正直に貴方に吹き飛ばされました。などと言えるはずもない男は沈黙を保つ。



「まぁいいわ。貴方。フーちゃんをボコったやつを探しなさい」

「!?すみません。もう一度」

「聞いてなかったの?」


 「ぶち殺すわよ?」と訴えかけるような不満を露骨に露わにする女。



「すみません。唐突だったもので…」

「ふぅん。従者なんだからしっかりなさいよ」

「いつで完璧な従者などいませんよ…」

「人間ならね。あなたは…、って、それはどうでもいいわ。もう一回言ってあげるわ。感謝なさい」


 男は恭しく跪き聞く体制を整える。



「フーちゃんをボコったやつを探しなさい」

「?すみません。私の耳が悪くなったようです。もう一度お願いいたします」

「はぁ?あんたね…一回殴ろうかしら。はぁ、まぁいいわ。じゃあ、もう一回だけ言うわ。これが最後よ。絶対聞きなさいよ?フリじゃないわよ?絶対よ?」


 しつこい念押し。そしてトーンが本気だ。



「フーちゃんを。ボコったやつを。探しなさい。あ。最優先でね」


 シレッと一文が追加されているが男はそんなこと気にかけず、小さく「フーちゃん?…あのフーちゃんか?」と確認するように呟いている。



「…おお。ちゃんと聞いたか。それにしても、真っ暗な部屋で「・・・ちゃん」とか言われるとものすごくシュールねぇ…」

「そうですか?」

「そうよ。ええと…、暗い部屋でprprとか言ってそうよ」


 ポン! と手を叩く女。



「ネタのつもりなのでしょうが、生憎理解不能です」

「でしょうね。まぁ、今のあたしのやつはステレオタイプに捕らわれ過ぎね」


 一人納得したようにしきりにうなずく。



「あの。質問よろしいでしょうか?」

「いいわよ?ただ…、質問が「もう一度言って下さい。(土下座)」だったらは次にあった時に殺すわ」

「言いません。なんでわざわざ括弧土下座括弧閉じとか言ってるんですか。何の呪文ですか…」

「かっこ、土下座、括弧閉じ。の連結よ。で何さ?」


 溜息を軽く吐き、気持ちを切り替える男。そして口を開いた。



「フーちゃんとは、まさかとは思いますが…、『フロヴァディガ』ですか?」

「『フロヴァディガ』…?ああ。確かそんな名前だったね。フーちゃん。うん。その子でいいよ?」

「は、はぁ…、了解しました」


 言いながらも男は頭に手を当てて天を仰ぎ見る。



「天井なんて見てどうしたのよ?お星さまなんて見えないわよ?」

「あの…言い間違いではないのですか?」

「んなわけないじゃん」


 ボケをスルーされた女の目がギロリと光る。



「フーちゃんだよ?フーちゃん。あたしが間違えるわけないわ!」


 自信満々の一言。男は逆にこめかみをグリグリと痛めつける。



「痛くないの?」

「別のところが別の意味で痛いので何も問題ありません」

「…お、おう。それで今回の報告は?あたしが盛大に話の腰をへし折っちゃったけど」

「腰が折れるどころか、粉砕骨折して骨の破片があちこちに突き刺さって体の内側を痛めつけられたために再起不能ですね」

「あはっ。何その例え。いいわ!すっごく面白い!」


 ジト目で主である女を見ても、女は爆笑するだけ。



「で、報告は?」


 男はわざとらしくかぶりを振る。が、こんなことをしたところで主は聞かない。よって、気を持ち直して淡々と報告するだけだ。



「魔王討伐班はそろそろ帰還を始めたようです」

「うん。知ってる。あたしたちも帰還中よ。どこが一番早そう?」

「…全て同じくらいではないでしょうか?あ。ですが貴方様の班が少しだけ遅い…かも」

「何ですって!?急ぐわ。このあたしがドベたんは許されないわ!」

「そうですか。では、急ぎ過ぎて無駄な事をするという事のないようにお気をつけあれ」

「…そうね。急がば回れという言葉もあったわね。じゃあ、ほどほどにするわ」

「そうしてください」


 ホッと男は息を吐く。暴走すれば女は無意味に早く戻ってきかねないからだ。そして無意味に男の作った場を荒らす。少なくとも玉座の間は生贄になる。



「ねぇ。あたし達が揃えにいくから全班同じ時間くらいに着きそうなの?」

「はい」

臥門(がもん)班、百引(ひゃくび)班、望月(もちづき)班、青釧(おうせん)班全て?」

「そうです。特に何もなければですが」

「うっわ。何かおきそう」


 げんなりした顔をする女。だが、すぐに気を取り直す。



「そういえばさ、あたしの仕込んだネタに気づいた?」

「はて?」

「うわぁ。ひっど。折角今言った名前、頭文字のアルファベット順にしたのに!G, H, M, Oがこの順だったのに!」


 すごくどうでもいい。その言葉をグッと呑み込み男が口を…、



「あ。ついでにこれ丁度良く東西南北にn「なってません。東西北南です」……ほんとだわ。」


 男はツッコんだ。手と膝をつきわざとらしく落ち込む女。だが、数秒で復活。復帰力だけは無駄に高い。



「で、その他は?」

「現状確認しかありませんね。どうします?」

「要らないわ!と言いたいけど聞いておくわ!だってあたしだからね!」


 訳が分からない。が、男はそんなツッコミは脇に置いておく。



「サイコウジ班…、すなわち帰還方法捜索班は、相変わらず定住準備を整えていますね」

「前も言った気がするけどさ、帰る気あんの?」

「いつでも逃げられる場所を用意しているようですよ?何回かカスボカラス断崖にアタックしているようですし」

「カスボカラス断崖…。ああ。人間領域とエルフ領域の絶壁ね」

「そうですね」


 「あ」とだけ言って悪い笑みを浮かべる女。



「言っておきますけど、適当にやってもサイコウジ班の拠点は壊せませんからね」

「わかってる!貴方あたしを何だと思っているのよ?」

「主ですが?」

「あ。そう。まぁいいわ。敬意が薄いのは今更ね。うん。あたしだって、さすがに西光寺姉弟は楽観視しないわ」

「ならいいです」


 「で、次は?」と女は視線で続きを促す。



「ヤノは打つ手なしです。お恥ずかしいことに近衛も…」

「何で?」

「アクが強すぎるんです」


 「うげぇ」という女。自分にもブーメランがぶっ刺さっていることは気にならないらしい。



「近衛もだめ。ルキィもだめ。そして矢野…。矢野ねぇ…。まぁ、仕方ないわね。諦めてちょうだい。チヌカが近づこうものならたぶん、即デストロイ!されるわね」

「やはりバレますか?」

「でしょうね。人を見る目がありすぎるのよ。あたし、あいつの前に姿を出さないように苦労したわー」

「…最初に見られてません?」


 虚空を彷徨わせて記憶を必死に探る女。その光景が男の不安を猛烈に煽ることに女は気づいていないし、気づきもしない。



「………寝てたからへーきね。仲のいい子以外会ってないし」


 小さい声で「たぶん」と付け足した。男は頭を抱えつつ言葉を紡ぐ。



「モリノとシミズは完全に不明です。人間領域にいないんじゃないですかね?」

「かもねー。その二人は別にどうでもいいかなー」

「何故です?」

「名前が普通だもん」

「ハァァァァァァァ」


 それはもう大きなため息を吐いた。



「ハッハ。冗談だよ。冗談。でもさ、たった二人のために総力を挙げるのも無駄よ。もともと人間領域には勇者がえーと、総計30人いたのよ?」

「?そうでしたか?」

「そうよ?それに、城には東 3人。西4人。南 3人。北 3 人。合計13人集結するわ。こっちの対処に集中しましょう」

「…あなたがそうおっしゃるなら」

「ん。じゃ、今日はこの辺りで。あたしは眠い。あーそうだ。眠いといえば…。召喚されたときに寝てたのって誰だっけ?」

「大なり小なり、全員寝ていたようですよ?」


 突然の話題変換にも動じずそう返す。



「何かされたりしたのかな?」

「どうでしょう?こちらの神々が何か出来るとは…」

「やろうと思えばやれるわよね?」

「やろうと思えばできますね。準備が要りますし最悪死にますが。そのような時間が彼らにあるかどうか…。それに、「長い」の基準が定まらないことには…。どうしようもないです」

「ああ。確かにね。あたしらにとっては長くとも…、ね」

「ええ。認識の相違は如何ともしがたく」


 男はそう〆た。



「そうねぇ…。面倒な。あ。でも、そもそも眠たいだけってのもいるか」

「いるんですか?」

「いるわ。えっと確か名前は…、朝昼夜(あさひよ)翠明(すいめい)。基本寝てるわ」

「…何で召喚されたのですか?」

「学校に来ていたからよ。寝ているくせに学校には来るわ。試験も受けるしいい点叩きだしていたみたいね」


 訳が分からない。と男は顔を顰めると珍しく彼の主からも同調する返事が返ってきた。



「あぁ。シャイツァーは確か寝袋だったような…、あら?枕だったかしら?まぁいいわ。どれにせよ寝具だったわ」

「いつでも寝られますね」

「そうね。…どうしたの、そんな死んだ目をして?」

「いえ。何もありません」


 女は怪訝そうな目をしたが、大きな欠伸をしてその表情は一瞬で吹き飛んだ。



「あー。あたしもそろそろ本格的に眠いわ。寝る!おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 男は「あ。ちょっと!」などと言わない。眠いと女が言えば、それを邪魔することは男にはできないのだから。



「……止めたほうが良かったのだろうか。どうもあのお方は…、私の思考といくつかの点でズレている」


 後片づけをしながらぼそりぼそりと言葉をこぼす男。だが、それに答える者は誰もいない。言葉だけが人の姿のなくただ広く豪奢なだけの寂しい部屋に消えていく。



 ガチャガチャと弄り結界を解除。男が部屋を出て鍵を閉める。こうしていつものように部屋には豪勢な椅子だけがポツンと残された。

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