143話 2 VS 1
レイコ視点です。
時系列は習達とレイコたちが分かれたころからになります。
無事にハーティ様の前に降り立つことに成功いたしました。尤も、私の放った『ガルミーア=アディシュ』は容易く回避されてしまいましたが。
彼の赤い目が私を試すかの如くぎょろりと動いて私を捉えます。
「ガロウ!レイコを手伝ってやれ!そっちは任せた!」
「ガロウ君!悪いですがこっちにちょっかいをかけられないように、牽制もお願いいたします!!」
恐怖で私が一歩下がりそうになった時、お父様とお母様の声が響きました。
そうです。そうでした。私が一緒に行きたいと望んだのです。ここで私が怖気づくわけには参りません。
「はぁ!?」
「ガロウ!やりますよ!」
うだうだ文句は言わせません。私の決意が鈍ってしまいそうですから。理不尽に思える言葉、ですが、ガロウは叱責することもなく、ただ私の目を見て苦笑いをすると、やけくそ気味に
「ああ!もう!わかった!」
叫び、私の横に走りよってきます。
「その代わり…!」
「そっちはしっかり頼むぜ!」そのような意味合いの言葉を繋げようとしていたのでしょうが、
「こっちは任せろ。7人如き俺らで抑え込んでみせる」
「別に倒しきってしまっても構わないでしょう?」
お父様とお母様による完全に任せきっても大丈夫。不思議とそう思えてしまう声が飛んできました。
であるならば、ハーティ様だけでも私とガロウだけで倒しきってしまわねば、お二人に申し訳が立ちませんね!
「気合。入った?」
「『ガルミーア=アディシュ』」
ハーティ様の言葉への返答に、鼻先に向けて一発。首を捻って回避されてしました。
「ガロウ。行きますよ」
「ああ!お前は俺が守る!『輸護爪』!」
ガロウの出してくれた輸護爪に乗って空へ。ハーティ様の攻撃が吸引だけだとは決して思いませんが、かなり彼の行動を制限できるはずです。
それに、私は遠距離攻撃が可能なので上から一方的に攻撃できますね。
「ぎにゃっ!?」
「フッ」
ガロウがシャイツァーである『ガディル』でハーティ様の鼻を受け止めていますが…、どう見ても余裕がありません。
「『ガルミーア=アディシュ』!」
呪文を叫んで注意をこちらへ向けさせます。飛んで行く光の弾はガロウを直撃する進路。ハーティ様はそれを見るなり無理押しを避け、ガロウを開いている右手で殴り飛ばしました。
「ガロウ!?」
「油断した!大したこたぁねぇ!って、レイコ!」
思わずガロウが指さす、ハーティ様の方を見ると彼の口がゆっくりと動いていました。
「『射出』」
ハーティ様の鼻がこちらに向けられ、岩弾が飛び出してきました。避けなければ…!
「『吸引』」
やめてください! 『輸爪』が! 私の行きたい方に! 動きません!
なるほど、私が逃げようとするために出している推進力より、あちらの方が強いのですね…!
「やらせるかよ!『護爪』!」
ガロウが『護爪』を私の前に飛ばしてくれました。そういえば、私は『輸護爪』に乗せてもらっていたのでした。であれば、私も『輸護爪』の『護爪』を移動させて…、
よし。これで…一安心…ではないですね。何故だか嫌な予感が拭えません。
「『ガルミーア=アディシュ』!」
詠唱もしていないので大した威力は出ませんが、ないよりはマシでしょう。
「ガロウ!」
「了解!」
これだけで察して動いてくれました。お父様やお母様の連携には遠く及びませんが、これでもガロウとは長い付き合いなのです。
ぴょんと『輸爪』から飛び降りた瞬間、私の足元を岩の弾が過ぎ去りました。私の右足から靴を掻っ攫いながら。
「レイコ!大丈夫か!?汗すごいぞ?」
…汗? 拭ってみると腕に冷たい汗がびっしょりと付着しました。……ここまで冷や汗をかいていたのですね。というより、今も止まりません。
あの威力は間違いなく異常です。運よく私の靴が脱げていなければ、私の右足は足首から引きちぎられていた…、そんな光景が実に容易く想像できてしまいます。
「おい。レイコ!」
「え!?あ。はい!参りましょう!」
「ああ!絶対にあたるなよ!俺の『護爪』が1秒で粉砕された!」
その情報は要らなかったです…。必要な情報であることはわかっていますが…! 恐怖を煽ってきます!
そんな私を尻目にガロウは再度ハーティ様の前に移動し、爪を構え飛びかかります。
援護いたしませんと…、少々怖いですが、ガロウの方がもっと怖いはずですから!
「『ガルミーア=アディシュ』」
すぐに援護できるように詠唱を省略。ガロウに当たっても大丈夫なある意味で本物の『ガルミーア=アディシュ』と、当たるとガロウにもダメージが入ってしまう偽物の『ガルミーア=アディシュ』を適度に織り交ぜて攻撃をします。
ガロウの動きになら私はある程度合わせる自信はあります。当たった時が怖いですが、少しでも魔力消費を軽減させてください…。
それに、こうすることで本物を間違って『吸引』してはくれまいか。という淡い期待も込めています。
ガロウが両腕でハーティ様の一撃を受け止め……ああ、あれではいなすことも跳ね返すこともできそうにありませんね。となると…、
「『射出』」
やはり来ました。
「私の敵を薙ぎ払いなさい。『ガルミーア=アディシュ』」
本来の詠唱ではないですが、簡潔に唱え、大量の光球を岩へぶつけます。時折、ハーティ様を狙って岩弾を透過するものもありますが…、効果はなさそうです。動じる事さえなく、極めて容易に回避されてしまっています。そして再度『吸引』
であれば、この岩弾を砕かなければ…。あれ? おかしくないですか? 何でただの岩がここまで硬いのですか? 全く壊れないのですけど…。
「レイコ!飛べ!」
「は、はい!」
反射的に飛び上がります。私が飛び上がる直前、足場である『輸爪』が勝手に下から上へ動き、私を押し出してくれました。さらに、飛び上がったところで新たな『輸爪』が私を回収。その真下を岩が通り抜け、壁に激突すると「ドルガァァン!」と爆音を立てて岩が崩れ落ちました。
…おかしいです。どうして私の攻撃が一切通用していないのですか!? 自分が嫌になってしまいそうです…。
「レイコ!あれ…、たぶん父ちゃんと母ちゃんの岩だ!」
…? お父様とお母様の岩…? まさか。
「『重岩弾』ですか!?」
「たぶんな!」
私の叫びに呼応するようにハーティ様の笑みが深まっていました。…正解。ということでしょうか。
「ということは、ハーティ様のシャイツァーの神髄は吸引による貯蔵ですか!?」
「正解」
!? 全く答えを期待していなかった方から答えをいただいてしまいました。そちらを向くと、彼は鼻から岩を4つほど取り出してお手玉のように回していました。
嘘ですよね…。お父様とお母様の、あの威力がおかしい岩が4つ? …そんなのどうすれば…。
…増えましたね。5つになりました。丸太のような鼻や腕に岩が当たるごとに「ズシンズシン」とお腹から響く音が断続的に響きます。
こんなのどうすれば…。
「俺様が、俺様こそが、申群長だ!」
!? ああ。リラ様ですか。軽くおじけづいていた私にはその声はやけに大きく聞こえました。一体何をなさるおつもりなのでしょう?
「俺様の魔力よ。力よ、俺様の存在意義をかけ…、証明せよ!」
詠唱!? お父様とお母様がお許しになるはずが…、何故でしょう、止めようとなさっておられないような…。というより、諦めておられる?
「レイコ!ぼさっとするな!耳抑えろ!」
「え?きゃっ!」
確認する間もなく、私はガロウと一緒に、『輸護爪』で上空に攫われます。胃とはわかりませんが耳を抑えませんと。
ハーティ様が憎々し気にリラ様を眺め…、
「『猿帝槌』!」
言葉と一緒に爆音が辺りに響きました。お祭りの日を彩っていた大太鼓の音。それを何倍にも大きくしたような音。だというのに、
「「『『壁』』」」
というお父様とお母様の声は不思議なことにはっきりと私の耳に届きました。
「ふむ…」
ハーティ様の感心する声。それにつられて伏せていた顔をあげると、
お二人は私達に背を向けていて、お二人の前にはそれは大きな土壁が展開されているそんな光景が目に飛び込んできました。
お二人と、アイリお姉さま、カレンお姉さまを守る。その目的の達成にはあまりに大きすぎる盾。
…お父様とお母様は戦いの最中でも私達を気遣って…、いえ違いますね。あれは有言実行。私達に手は出させない。それを実行してくださっているのですね…。
私がガロウを見ると、コクリとガロウが頷きました。
ええ、そうですね。ガロウ。止まるわけには参りませんね。私はお二人の娘なのですから!
「参ります!」
岩のお手玉が何だというのです。例えあの岩が元々お父様とお母様の魔法だとしても、あの『重岩弾』を数十個も持てているはずがありません! というよりも、お父様とお母様の岩なのですから、いくら持てるとは言っても、精々6つ、先のアレで限界でしょう。
「『護爪』」
籠手のようなシャイツァーから爪を飛ばして、お手玉中の岩を一つ弾き飛ばします。そこに、私がしっかり詠唱した『ガルミーア=アディシュ』を打ち込んで跡形もなくドロドロに。
ガロウが爪で斬りかかり、私がその合間を縫って魔法を前から、後ろから、横から、自在に放ちます。
ですが、まるで通りません…! 腹立たしいです!
もっとも、私の魔法を『吸引』で吸引することは出来ない、とうより、『吸引』してしまうと傷を負ってしまうようで、頑なに『ガルミーア=アディシュ』を『吸引』しようとはなさいませんが。
どういたしましょうか。私、一切貢献できている気がいたしません。…一応、先のようにガロウが受け止めた際に、鼻で一撃。そのようなことはないのですが。
あまりにも消極的すぎますね。ならば、量を増やすことにいたしましょう!
「『ガルミーア=アディシュ』」
「『射出』」
ッ! またですか! ですが、同じ手は…喰いません! 慌てずに『|吸引《アブシューレ』が発動する前に、『輸爪』ごと右にそれれば…、
「『射出』」
「『射出』」
なっ。上下左右に微妙にずらして…!? これでは逃げ場が!
「やらせるか!『護爪』全弾発射ァ!砕け散れ!」
逃げ場がないならば作ればいい。そうでした。お父様とお母様なら間違いなくそうなさいます。
「『ガルミーア=アディシュ』」
祈るように唱えて、光球を目の前に飛んできている岩目がけて発射します。お願いします! 砕けてください!
「よっしゃぁ!レイコ!」
「はい!」
幸いにも砕けてくれました。そこを通って包囲を抜けます。岩の破片が突き刺さりますが、これくらいどうってことありません!
「『吸引』」
何故今更になって…?
「あっ。間に合え!『護爪』!」
ヴッグ!?
背後から強烈な一撃。肺腑から空気が無理やり押し出され、『輸爪』から吹き飛ばされて、地面に叩きつけられてしまいました。…悲鳴を上げるための空気さえ全て体の中から押し出されてしまったのか衝撃で何も言えません。
あぁ…。痛い…です。そうでした。破壊できたのは一つだけでした。であれば、無事な『重岩弾』を『吸引』で引き寄せることは可能でした。何と迂闊な…。
「無事か!」
「生きてはいます」
無事などという言葉は絶対に言えませんが。背中が焼けるように痛いです。…これが「骨が折れる」という事なのでしょうか。
ですが、これしきのことで諦めるわけには参りません。私は…、お父様とお母様と一緒に行きたいのです。
震える足に力を込めて立ち上がります。痛くとも、私が、私だけが寝ているわけにはいかないのです。
「立つ…か」
「もちろんです。私のこの想いは、本物です」
「辛いな」
悲しそうな目で私を見て…いらっしゃらないですね。見ていらっしゃるのは私の後ろでしょうか?
なっ。お父様!? お母様!? それにお姉さまも! 何故倒れているのですか!? 振り返った時に広がる光景は私にとっては強烈で。
「レイコ!気持ちはわかるが、前見やがれ!」
ガロウの声で振り返ると、ハーティ様の口がゆっくりとですが確実に動いていて。
避けませんと…そう頭では理解していますが体が動きません。そうこうしているうちに、
「『射出』」
岩弾が私目がけて発射されました。避けませんと…、ですが、回避してしまうと、私の後にいらっしゃるお二人に命中してしまう…?
「レイコ!何やってやがる!」
横に突き飛ばされ、視線をあげれば、ガロウがお父様とお母様へ続く線上に立ちふさがっていました。
「砕け散れェ!『護爪』!全弾発射!」
言葉通りに『護爪』が10個一斉同時展開。『重岩弾』に命中し、砕け散っていきます。それでも足りず、復活したばかりの金線を消費しながら再度全弾発射しています。
私も呆けている場合では…!
「『ガルミーア=アディシュ』」
これで…どうですか!? 止まって下さい! やりました、ヒビが…! では、あともう少し!
バガッ!
「やったやりまし「やってない!」あ」
岩の後ろからハーティ様。ガロウ目がけて鼻を振るうと、クルリと鼻を巻きつけ捉え、私が反応する暇さえなく、地面に叩きつけて放り投げました。
「『ガルミーア=アディシュ』」
もはや手遅れですが、追撃は許しません!
「一対一」
そうですね。場内にお父様もお母様もお姉さまたちもガロウも、倒れ伏していますが、満足に動けるのは私だけです。ですが、
「私の望みのため、私は貴方を超えます!」
そのために負けるわけにはいかないのです! 決意を新たに言い放てば、やってみせろと笑みをハーティ様が浮かべます。わかっておりますとも。やってみせます!
「『ガルミーア=アディシュ』」
光の弾を召還、発射。対象選択能力も、私一人という今の状況では不要。ですから数は稼げますね。バレたら『吸引』されそうですが、その際は今の私の全力を叩き込みましょう。
気休めにしかなりませんが、彼をガロウとお父様たちから遠ざけませんと…。もちろん、私に近づかれすぎることも問題なので牽制もせねばなりません。
両立は思ったよりも厳しいです…。あ、当たりました。
…効いてなさそうです。…体内から焼くなり凍らせなければならなそうです。…それに今の命中弾で私が消耗していることが明るみに出てしまいました。
一か八か全力で…! …ッ! 背中が…痛いです。きついですね…本当に!
ですが、私は勝ちたいのです! 家族はみな、倒れ伏したまま。私がやらねばどうするのですか!
気合を入れなおし…、息を整えて持てる全てを引き出します。するすると毛の色が金色からガロウとおそろいの銀色へと移り変わってゆきます。
「神獣…か」
ぼそっと呟いたハーティ様。ええ、そうです。この銀色は私の神獣としての力が解放されたときの毛の色です。
私自身、この力を開放する方法はよくわかっておりませんでしたが…、今なら何となくわかったような気がいたします。
私が力を解放できなかったのは、私の気の持ちようのせいだったのでしょう。私自身がこの身を好きであることが必要だったのでしょう。
閉じ込められる原因を好きになれというのは土台無理な話でしたが……。お父様、お母様のおかげで外に出る事への現実味が出て、お役に立てる。そう思えたことが好きになれるきっかけであることは間違いないでしょう。
…ますます負けるわけには参りませんね。いえ、絶対に勝ちます。
「参ります。『ガルミーア=アディシュ』」
骨が折れているため動きたくありません。ですから、口では「参ります」と言いつつもただの固定砲台です。一般的な光球に、あらゆる干渉を無条件にはねのける光球、それらに一切攻撃判定のない幻覚を加えて、舞うように踊らせます。
「『射出』」
『重岩弾』ですか。ですがもはや私には効きません! 距離も魔力も十分。
「『ガルミーア=アディシュ』」
光球を連続で命中させて軌道を逸らします。『吸引』は…なさいませんか。残念です。なさって下されば『ガルミーア=アディシュ』を叩き込んだところなのですが。
…残念? どうしてそのような気持ちが…? あぁ。ここまでしてもハーティ様に一発たりとも致命傷を与えられておりませんことを私は残念に思っているのですね…。
ハーティ様は時折、幻覚や一般的な光球を『吸引』なさっていますが、本命を一向に『吸引』する気配もありませんしね…。
ですが、私のそのような気持ちはどうでもいいのです。私はとうにハーティ様を倒す手掛かりをいただいているのですから。
「私の魔力よ、私、レイコの呼びかけに応えなさい」
手掛かりはリラ様の詠唱。思いのたけをひたすらにぶつけた言葉、型通りの詠唱でなくとも、気持ちが乗れば十全に威力を発揮してくれるはずです!
「お父様とお母様とともにあるための力を、万難を排す力を、自分の力で道を切り開く力をここに!」
言葉を紡ぎながらもハーティ様の妨害は潰します。私であれば、お二人の子である私ならば、魔力消耗は多少増大いたしますが、詠唱などなくとも魔法は撃てます!
「縁を紡ぎ、編み、麗しき模様をなせ」
お父様とお母様と一緒に行こうとも、私が、お二人と共に戻ってこられるように、今までの関係が失われることのないように祈りを込めます。
「故郷を激流から守り、惨禍を防ぐための力を」
そして、祈るだけではなく、私の願いが動乱の原因となるのならば、私のこの思いが本物であることを証明いたしましょうという決意を込めて、
「勇者シュウ、シキが娘、私、『霊孤』が命ずる。溢れんばかりのこの想い、私の全身全霊をもって形を成して全てを喰らいなさい」
私が神獣『霊孤』であることは否定しようのない事実です。が、私はそれよりも先にお二人の娘『礼子』なのです。ですから、今ここで、お二人から学んだことを…。
あぅ。痛みがひどくなってまいりました…。ですが、今更この程度で止まるものですか。
「『|蒼凍紅焼拓《ガルミーア=アディシュ》』!」
呪文名に漢字を。お父様やお母様から見ればあまりにも酷い選択という可能性もありますが、自然に思い浮かんだ字を並べました。
蒼や紅。様々な色を見せる空、天が選ぶように、神獣である私が狙う対象を選び、蒼氷が凍てつかせ紅蓮が焼き尽くし、道を拓く。
『ガルミーア=アディシュ』の特性、私が何を凍てつかせ焼き、何を残すかを選択し、破壊する。それを表現できた…と私は思います。
「私は選んだ道を勝ち取ります!」
「よかろう。来い!」
「行きなさい!」
幻覚と、冷球と、暖球と、体の芯から凍てつかせる氷弾と、骨の髄から焼き尽くす炎球とを、まとめて一斉に叩きつけます。
「『射出』」
『重岩弾』ですか。ですが、無駄です。『重岩弾』は私の魔法と断続的な衝突音が鳴り響かせましたが、少々間を置くと静寂に包まれました。
…ですが、まだ勝ちは決まっていませんか。ハーティ様は床に倒れ伏し、明らかに私の攻撃による被害ではないとわかる怪我を体の随所に刻んでいます。『射出』で射出できるのは何も魔法だけではなく、鼻息や血もあったのでしょうね…。
このまま待っていても勝てます。が、それでは私の本懐を果たすことにはなりません。魔力もなく、折れた骨の痛みで朦朧としながらも、警戒しつつも着実にハーティ様の元へ。
「お、めでとっう」
血を吐きながらハーティ様が口にしたのは祝辞。警戒していたのが馬鹿みたいではありませんか…。
「ありがとうございます。私の、私達の勝ちです」
勝ちを宣言しわずかに回復した魔力を練り上げます。
『|蒼凍紅焼拓《ガルミーア=アディシュ》』!」
表れたのは極小の光球。ハーティ様の胸へ押し込むと、光球は一瞬で心臓を焼き尽くし、ハーティ様を消滅させました。
…ふぅ。終わりました。…めまいが…、意識が…。もう私は限界です…。
「間に合ってくださっい!」
突然言葉が耳に飛び込んできたかと思えば、柔らかく温かい何かに包まれました。…これはお母様でしょうか?
「お疲れ。……大遅刻だな」
「ですね。『回復』が使えるようになったころにはもう終わっていましたものね」
「いえ、ちゃんと…、間に合ってくださいましたよ」
意識を失わないように耐えながら言えば、頭に柔らかい手が二つ。…ああ。気持ちいいです…。今すぐにでも眠りたくなりますが…、これだけはお伝えいたしませんと…。
「お父様。お母様。不束者ですがどうかこれからも末永く宜しくお願いいたします」
「ああ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。レイコちゃん」
「無理せずお休み」
包み込むような安心できる声とほのかな温もり。それを感じながら私は睡魔に抗うことをやめ、深い眠りに落ちました。