142話 4VS7
「『柔温毛』」
「『鋼弾首』」
「…させない」
「甘いよー!」
初手からガロウとレイコを狙ったカプラさんとズィラさんの攻撃。カレンが矢で飛んでいく毛を貫き燃やし、ズィラさんの硬い首をアイリが力任せに地面に叩きつけて防いだ。
全く…、初手からあっち狙いか!
「当然だ!いちいちお前らに付き合う道理はねぇ!」
「だねぇ。でもそれを言う必要もないんだよねぇ…」
「だよねー。私もそう思う。急所握りつぶしたほうがいい?」
「やめてやれ」
馬鹿のような会話しているくせに攻撃はしっかりしてくる。…さっさと一人減らしたい。
今の位置取りは、群長7人がほぼ団子状で、若干後衛気味のズィラさんとカプラさんは5人の少々後ろに陣取っている。
おそらく7人でこちら4人を突破、そのままガロウとレイコを潰す。そう言う魂胆だろうか。
こっちは今、突破されたくないわけだから…、それを逆手に取れば後ろの二人を取れる…か?
…うまくやれば挟み撃ち出来るし、抜けられる恐れはそこまでない…か。よし、やる。
四季の手を掴む。たったそれだけの動作でも群長達は魔法が飛んでくると思うのか、一瞬体を強張らせる。
その隙をついて二人そろって群長達の間に体を滑りこませ、押し込む。右手に持った剣で近場のレディックさんを斬りつけ、受け止められる。お返しとばかりにシールさんの鋭い爪が迫ってくるが、ペンを投げて逸らす。
反対では四季も同様に攻撃を防がれ、右手のファイルで攻撃を受け止めていた。が、突破完了だ。
近づけまいと振るわれる首は同じくシャイツァーを叩きつけて逸らし、受け止め、ノーダメージでしのぎ切る。
「全く!一切の会話なく…、それどころか視線合わせさえなく息を合わせられるなんて…。どうなってんだい!?」
「簡単な事さ!あの二人だからね!」
「あんたにゃ聞いてないよ!シール!」
「悪態を吐いている暇があるなら、ちゃんとやるべきだとミーは思うの!」
「わかってるよ!だけど、この二人アタイしか狙ってないよ!?」
狙いがバレるの早すぎないか…? まぁいい。今、あちらに走られると困るが…、あちらにちょっかいをかけられる前に、倒して反転すりゃそれでいい!
「カプラ!あれやれあれ!」
「ミーは既に準備してるの!」
「よくやった!って、もう!なんでアタイ渾身の蹴りさえ避けるかなぁ!?」
貴方しか見ていないから足の動きを見る余裕もあるから。……なんか動きが変だな。「あれ」が何かわからないが…、そっちに誘導されている? ならば、無理やりでも誘導されきる前に決める。
四季と二人、左右に分かれる。さも魔法を使いますよという雰囲気を醸し出しつつシャイツァーを投げつける。体を捻ってズィラさんが避けるそぶりを見せた瞬間、回収。さらにもう一回投げる。
「ちょ!?そんなのありかい!?」
「純正勇者のシャイツァーは一瞬で回収できる。常識じゃろうが!?」
「んなこと忘れてたよ!ばーかぁ!」
「ちゃんとさっきの試合見てた?」
「どっかの馬鹿がうるさかったからの!」
「ぐっ!?」
ズィラさん体に二つのシャイツァーが突き刺さる。距離を詰めるため、足に力を入れ踏み込み、右下、左下の二方向から同時に斬りつける。が、
「甘いね!」
首を下に伸ばして受け止められた。だが、それでいい。
「…その考えの方が甘い」
文字通りカレンの矢で飛んできたアイリが鎌を振り下ろし、胴体を貫く。傷から血があふれ出すことも気にせず、確実に息の根を止めるため、心臓のある左側へ鎌を傾け…、一息にスライドさせた。
切断面から鮮やかな紅が舞う。が、それも一瞬。彼女の絶命に伴い消えた。
次。カプラさん。……はダメだな。ヒシヒシと彼女の方向へ続く床から嫌な予感を感じる。彼女もどことなく来てほしそうな雰囲気。罠だな。後衛である彼女が近づいてきて欲しがる意味などそれしかない。
ならば、前衛組か。ただ、何もしないのは癪だ。シャイツァーぐらいは投げておくか。
「そんな攻撃がミーにあたるわけがないと思うの!」
でしょうね。あの何の捻りもない一撃が当たっていたら逆にツッコミに困ります。
「でっぇい!」
などと思っていれば、目の前を巨大な矢が通過した。ふむ。群長達を挟んでほぼ反対側にいるカレンが、巨大な矢を次々に投射し始めたか。
「親がいるのに撃つのかよ!?」
「避けてくれるしー」
相変わらずの謎信頼。まぁ避けるけど…。でも、最初の一撃だけは危なかったよ? 見てなかったから。
まぁいい。カレンの方へ突進。これでカレンを抜いてレイコとガロウの邪魔を…、なんて考えはなくなるだろう。
四季と揃って突撃。耳目を俺らに集め…、その隙にアイリが吶喊する!
「…誰?」
「任せる」
目線だけで会話を交わすと、
「!?皆気を付けると良いとミー、思うの!」
バレた。よく見ている。だが、少し注意は遅かった。
「わかってらぁ!グェッ!?」
ペンをリラさんに突き立てる。
「ツッ…!俺様が、俺様こそが、申群長だ!」
リラさんが何か言っているが…、聞く必要もなし。ペンを無理やり動かして切り裂く。
「カッ…」
これで終わ…、
「俺様の魔力よ」
らない。このタイミングで詠唱か! …もしかしてさっきのも詠唱か…!? いや、そんなのはいい。止める!
剣を持ち直して胸に突き立て…、
「させないよ」
られない。シールさんめ…! 徐々にリラさんから遠ざけられてる! 四季も遠ざけられてるか!
「力よ、俺様の存在意義をかけ…、証明せよ!」
無理やりでも止める! そう思って投げる。だが、ペンもファイルもカレンの矢も、全てキャンギュレイさん、カプラさんに撃墜される。
チッ…! ならアイリ……は位置的に間に合わない! どう考えてもマズイ。だが、止められない! ならば、やることはひとつ。
リラさんを狙うと見せかけた一撃。それでもってシールさんを突き飛ばし、リラさんとは少し違う方向へ。レイコとガロウのいる方へ走りだす。
「『猿帝槌!』」
一拍置いてリラさんの拳が、魔力が、床に叩きつけられる。その一撃はまるで巨大な爆弾が爆発したかのような音を立て衝撃波を全方位に広げる。
「「『『壁』』」」
いつものように手を繋いで目の前に巨大な壁を出現させて、その4人まとめて後ろに隠れる。
はぁ。やっと一息つける。それにしても耳が…キンキンする! わかっていたから抑えていたのに!
などと悪態を吐いていると視界の隅にポロポロと土塊が落ちていく。…頑張れ耐えろ。
…終わった? …よし、耐えた!
レイコたちは…、よかった。無事だ。ハーティさんまで無事である必要はないが、3人とも無事である。
壁を消した先、爆心地とでも言うべきところには、傷一つついていない床にリラさんが倒れ伏している。本当に詠唱通り全魔力を叩き込んだのだろう。
ここが『神前決議場』で助かった。ここでなければ、壁には空気だけでなく砕かれた床の破片も混じり、おそらく一枚で耐えきることは出来なかった。
ただでさえない魔力が削られてしまった。この事実をもって彼が申群長であることは証明されただろう。…彼が一体何と張り合っているのかは知らないが。気合を入れる枕詞だとしたら少々笑え…ないな。たかが枕詞であんなのをバカスカ打たれたら面倒極まりない。
さて……と。ペンを取り出して、リラさんの胸を一突き。全魔力を使うと動けないのは身をもって知っているが、万が一がある。それだけは避けたい。だから確実に。
周りを見渡せば群長達も各々の方法で防いだらしく健在だ。傷は増えているが…。
「試合を中止する。だなんて言わないよね?」
「「ハッ。俺(私)達を誰だと思っているのですか?」」
「馬鹿親。馬鹿夫婦」
違いない。…そんな軽口が叩けるという事はまだまだ余裕と。敢えて余裕と教えてくれたのか? だが、その余裕も…、
「『死神の鎌』」
アイリの簡潔な一言と同時に、ツッとキャンギュレイさんのお腹の袋から鎌の先端が顔を出したことで消える。
唖然とする彼らを尻目に、そのまま横に一文字。袋から脱出すると巨大化しながらさらにもう一撃。キャンギュレイさんを仕留め切った。
「…キャンギュレイは殺ったけど…、リラを止められなかったのは痛いね」
魔力的にきつくなったからね。でも…、
「今でさえ二人任せの傾向が強いんだぞ?」
「その傾向が一層強まっただけ。そう考えればいいのですよ。それに一概にさっきのが悪いとは言えませんよ。あちらも弱っていますし」
「そーかー」
カレンの言葉に同意するようにアイリは頷き、
「…でも鎌が吹き飛ばされることを気にせずにキャンギュレイ落としておいた方がよかった?…そうすればリラ狙えたかも」
と続けた。…この子、キャンギュレイさんが衝撃波を打ち消すと確信して、鎌をカンガルーである彼女の袋。その中に入れて鎌が衝撃波を受ける事を避けてたのか…。
「いいえ。それでよかったと思います」
「ああ。デメリットが大きい」
鎌は吹き飛ばされれば戻って来るのに多少時間がかかる。…飛んでくるから確実に返って来るが、魔力も無駄。それにアイリが遊兵と化すのはよくない。
なにより…、残った4人はシールさん、イラス爺、カプラさんとレディックさんで少々前衛偏重。
「ここに素手のアイリを突撃させたくはなかったし…」
「ですよね…」
「…さっきしてたけどね。二人が注意を引いて、さらに鎌を持っていると思わせるために素手のわたしが突っ込む。…注目されてないわたしの鎌を小さくしてキャンギュレイの袋に入れる。…そういう作戦だったでしょ?」
おっしゃる通り。そして、思いっきり心の声漏れていたか。
「だが、それは策だろ?」
「無策とは違いますよ」
「話に華を咲かせている場合ではないと思うよ!」
「それは貴方が言うべきではないでしょう。シールさん」
斬りかかってきたシールさんを軽くいなしながら答える。というか、ちょくちょく漫才を挟む人に言われたくはない。
「…二人も人のこと言えないような…」
聞こえない聞こえない。真面目な時は真面目にやっている…はず。きっと。って、それは今はいい。
「カレンはカプラさんを抑えろ!」
「アイリちゃんは私達の前でお願いします!」
「…ん」
「りょーかーい!」
アイリを俺らよりも半歩前に出して戦闘続行。アイリの切り上げの隙を俺が潰し、切り下げと同時に四季がファイルを投げて群長達の行動を阻害する。カレンは適宜射撃。あらゆる方向から自由自在に矢を飛ばす。
「ド面倒じゃな!」
「だな。この子は完全にお二人を信頼しきっておるからの…」
「麗しき夫婦愛に、穢れ無き親子の信頼が加わり最強に見えるね!いやぁ全く!尊敬するね!そうは思わないかい?」
「「喧しい」」
「…ショボーン」
…だから何で漫才をするんですかね!? だが、隙だ。アイリの腕の合間からペンを投げ……たが通らない!何で落とせるんだよ!
魔法使えればシールさんを落とせたかもしれないが…、シールさんだけを落とすために使うのは割に合わん。
「だがしかし!僕はめげない!しょげない!なんてったって、愛の狩人だからね!」
「他人の愛を見るだけじゃがの」
「いいじゃん!得難いモノなんだよ!?家族だから。恋人だから。その言葉だけで無条件に親を、子を、恋人を。自分以外の他者をちゃんと愛せる人がどれだけ少ないことか!」
「そうじゃの」
「そう言う観点から見れば勇者様方はある意味家族らしくて、もっとも家族らしくない。そう言える」
「ミーもそう思うの!だけど、いい加減、ミーは真面目にやるべきだと思うの!」
「喋ってるだけじゃねぇよ!真面目にやってるけど、突破できん!」
突破できないようにしていますからね。ハーティさんとレイコ、ガロウの戦いに手を出させてなるものか。
「ミー、ちょっと手詰まり気味なの!カレンの弓、腕前が高すぎると思うの!あ。やめて。ミーのふわふわで柔らかくて柔軟性に富んだ温かい毛を汚さないで欲しいの!」
カプラさんが自分の毛を称える冠詞が増えてる…。
「戦いではー、相手の嫌がることをするといー、らしいよー?」
「なかなかいい根性した教育方針だと思うの!」
恨みがましい目で見られても困る。実際、そうした方が良いことの方が多いのだから。……やる場面は考えなければならないが。
特にスポーツの場ではやりすぎると嫌われる。それが反則まがいのことであればなおさら。
…というか、皆さんも今も俺らがやられて嫌なことをやってますよね? しかも全力で。
レディックさん、イラス爺、シールさんが互いに目を合わせて頷いた。来るか。
「『獅子撃』!」
シールさんの魔力の籠った拳。危なげなくアイリが受け止め、後ろへ押し戻す。その間隙に俺達がシャイツァーを投げつけ、妨害。カレンは変わらずカプラさんの毛をボロボロにする。
全く…、いい加減、レイコとガロウの方へ抜けようとするのは諦めろ。というかやられて嫌な事に思考を回した途端にこれとか狙っているのか?
だが…、あちらに決定打がないように、こちらも同様に決定打がない。…仕方ない。書くか。今ならば十分にペイできる。
まず四季から紙をこっそりもらって…、
「あ」
「「あ」」
シールさんに思いっきり見られた。
「やらせないでよ!」
「おう!」「おうともさ!」「言われなくともわかってるの!」
シールさんの声に呼応する3人。
「守ります!」
「…ん!」「にゃー!」
それに対応するように俺を守ってくれる3人。カレンの猫みたいな声は気になるがスルーだ。スルーして書く!
今、この場で必要なものは…、魔力消費の少ない強力な魔法! 触媒魔法をまだ使っていないモノは…、ない……か?
…いや、光、聖魔法があった。だが、一撃で4人を仕留める光景が思い浮かばない。
なら光っぽいモノはどうだ? 光で自然現象と言えば…、雷か。よさそうだ。
今まで使ってなかったが、想像も容易。娯楽でもよく登場する。それに側撃雷とかいう、落ちた雷が近くに流れていく現象もある。
問題は思いっきり接地していてアースが完璧であることだが…、何とかしてやる。字数も増やしてイメージを固めやすくすればいけるはず。
早々に思考をまとめ、3人を信じてペンを動かす。いつもならば剣を下敷きにしているが、今回は下敷きなど不要。最初から床に紙を押し付けて書く! 幸いなことに床は滑々。下敷きとしては最高だ。
書いている間完全に無防備になるが、剣下敷きでも似たようなもの。それに3人が守ってくれる。ならば、書ききることが先決だ。
ここをこうして、曲げて止める。左から右へ一閃。最後に上から下へ貫
「あーっ!」
「習君!」
ッ!? 脇腹を何か鋭いものが貫き通り過ぎていった…?
……!脇腹が焼けるように、というか実際服が燃えてる! 熱い!
「やったか!?」
「失礼します!」
グエッ。シールさんのフラグを回収するため、四季に体当たりされる、火は俺と彼女に挟まれ、酸素が断たれ、消えた。
「回復「いらない。先にトドメを」…わかりました」
心配そうにしながらも俺の手を取ってくれる。これで決める。こちらが心配すぎるからか、少々彼女の握る力が強くて痛いが…、ある意味で四季らしい。いじらしくて可愛らしい。だから俺は四季が好きだ。
「全く!麗しいねぇ!」
「さっさと止めろ!」
「わかっておる!」
「あれで終わらなかったのは痛いの」
動き出す4人。こちらは敢えて接近。距離を詰める。種々の攻撃がやってくる…が、これで終わらせる。
「「『『紫電轟雷』』」」
紙が消え、代わりに現れ出た一条の紫の閃光と耳をつんざくような爆音。雷の触媒魔法。
この試合の開始時に比べると込められた魔力量は少ない。というか少なすぎるというレベル。だが、一拍もしないうちに紫電は龍が舞うが如く空気中を駆け抜け、手近にいたシールさんを焼き尽くし、滑るようにレディックさん、イラス爺カプラさんと焼いて壁に激突して消える。
後に残るは白煙を上げる4人のみ。
…およそ10億ボルトの電圧、それがこの至近距離で発生したというのにこちらに一切被害がなし。今更だが、ファンタジーだな…。
「…カフッ」
なっ!? 何で生きて…、ああ! カプラさんに命中したのは最後だったから弱まっていたのか!
トドメを刺したい。だが、足が重い。だというのに足元には何もない。…いや、この感じ…、毛だ!
「正解なの。『迷子未』なの。『猿帝槌』後にこっそりと置きなおした…の。ゴフッ。ミーが狙った人しか捕まえてくれない。そんな脅威の融通の効かなさを誇るの!ウェッフッ…、そのぶん効果は折り紙付きなの!うぇっ!」
血をトクトクと吐き続けるカプラさん。だが、何故か彼女を攻撃できない。今、彼女を攻撃すればとんでもないことになる。そんな気がしてならない。
だから、抜け出すことを優先する。だが、足元の毛は生きているようにもぞもぞとはい回り俺達の全身を覆いつつある。アイリとカレンも手伝ってくれているが…。抜けられない。
「無駄だと思うの。ミーの毛は離れないの。…そして『迷子未』は絡まったモノを特に好む偏食家『狂食羊』でもあるの。けふっ。…可愛いとミーは思うの」
全く持ってそうは思いません。這いずり回る毛など恐怖でしかない。
「…はぁ。期待はしてなかったけど、来てくれないの。『黄昏羊』で確実に仕留めたかったのにゃっ…。ま、二人とも遠距離攻撃できるの。はふっ。『迷子未』のままでいさせるための魔力も限界な…の。げぱっ。…ミーはハーティに託す…の」
カプラさんが絶命。そしてその瞬間、タガが外れたように、いや、実際に外れたのだろう。『狂食羊』が俺達に牙をむいた。
体を覆う毛から牙が生えてきてそれが全身に噛みついてきたような鋭い痛みが走る。
「…やらせない」
「んー!」
「何をするつもりだ?」そんな声すら痛みで出せない。不安を感じたからか二人はニッコリとほほ笑むと俺達にシャイツァーを押し付け抱き着いてくる。
その結果、俺達と子供二人が接触する地点から新たな鮮血が舞う。…ちょっと待て。本気で二人とも何やってる!?
「…ッ!?…うん。痛いけど、思った通り。…『狂食羊』は、接触していればこっちにも攻撃を回してくる」
「こうしていればー!二人も耐えられるはずー!」
…あぁ。そう言う事か。この『狂食羊』は『迷子未』に絡まったモノを特に好む偏食家。だけど絡まってなくても接触していれば攻撃対象をある程度はそらせる。…そう言う事か。ほんの少しだけ圧が減った。
「…で、ここからだね」
「ねー」
もぞもぞと動いて自分にもわざと絡ませ始める。止めたいが声が出ない。
そして絡まった毛は俺らの方からするすると二人の方へと流れていき、さらに圧力が減った。だが、それだけでは足りないと言わんばかりに積極的に毛を纏っていく。
ここまでされれば誰だってわかる。この子らは負担を軽減するだけじゃなくて、身代わりになろうとしている。
「やめろ」叫ぶ声すら痛みで掠れる。だが、察しているんだろう? そう言う目で彼女らを見ても、返してくるのは「任せて」という目のみ。…わかってるはずなのに…!
そうこうしているうちに『狂食羊』は消える。後に残ったのは傷だらけの4人。
怪我の度合いは二人の方が酷い…か。俺達と子供達との間にある体格差と積極性が原因か。
「「『『回復』』」」
これで傷は癒え…!? 視界が…ぐらつく…。耐え切れずに地面に倒れる。
畜生。魔力不足か!となると回復も…、完全ではない…か。魔力が残っているはずのアイリとカレンは傷が酷くてもう一回、『回復』しないと動けなさそう。
だが…、
「これ以上はダメですよ。習君」
「わかってる。わかってるさ…!」
悔しいがこれ以上はダメだ。『回復』の紙は今ので消え去り、手の上には何もなく。そして拳さえも動かせない。
拳が動かないのであれば紙を書くことさえ出来ない。…魔力不足以前の問題だ。二人は俺らのことを当てにしてここまでやってくれただろうに…。悔しい。やりきれない。そんな思いを呑み込めば後に残るは溜息ばかり。
「…座して待つ。これしかないか」
「ですね。大声で喚いたところで…、ハーティさんの気は引けないでしょうし」
信じるしかない……な。首さえ動かない今、耳で判断するしかないが…、今も頑張っているレイコとガロウの二人を。