141話 6 VS 8
「重力って…あれか?何故か引き寄せられるあれ?」
「ああ。基本はそれでいい」
「そうですね。力の公式が何故か磁場、電場と似ているアレです」
「…お母さん。今ボケなくていいから」
「それ今ひつよー!?」
「わけのわかんねぇ補足情報は要らねぇよ!」
「お母様…」
4人からの言葉を変えての同時ツッコミ。
「ありゃ、そうですか。ですが習君。あれは重力ではないですよ。引力です」
一切動じずに訂正された。
「…ああ、うん。そうだった。重力は地球上の物質にはたらく地球中心向きの引力と、外向きにはたらく遠心力の合力だったか」
「そうですよ。あ。そうでした、遠心力は慣性系でm「今、物理の講義はいいから!」ですよね」
どう考えても今、物理の問題を解くときの注意事項なんて求められてない! 遠心力は慣性系で見ないと存在しない。…よく口うるさく物理の先生が言っていた。
「帰りたいな…」
「ですね。二人と一緒に」
…心の声が漏れていたか。少々恥ずかしいがそんな場面ではない。
「全員で帰るために頑張ろうか!」
「ええ!ガロウ君!」
「了解!『輸爪』!とりあえず人数分!」
「やらせないよ!」
「…ん」
首を伸ばし突っ込んできたズィラさんの首にアイリの鎌が振り下ろされる。が、ズィラさんは首をカクンと曲げると鎌の軌道外へ出た。今のうちに『輸爪』に乗ってしまえ。
「…骨無し?」
「あるよ!シャイツァーだから柔らかいだけさ!」
「「シャイツァーだから」その言葉は免罪符じゃねぇよ!わけわからねぇよ!」
魂の叫びという感じの叫び声が響く。
「…乗る前にお礼言いましたが…、聞こえてますかね?」
「ダメだろうな…。とりあえずやろうか」
「ですね」
いつでも紙を受け取れるよう、フォローが出来るよう、つかず離れずそんな距離で飛ぶ!
「いいね!実にいいね!まるで長年連れそった夫婦のよう…!」
「私さ、いちいち古語を使う必要はないと思うんだよね。シール」
「キャンギュレイに同意。それよりミーは飛ばれると面倒だと思うの!」
「カプラ!もう既にハーティが対処しておる!」
「そうなの、イラス。じゃあ、ミーも動くの」
「『吸引』」
カプラさんの言葉が終わった瞬間、ハーティさんがこちらに向きなおって呪文を唱える。ガクッと体が傾く。
「習君!?」
「大丈夫!」
少し傾きはしたが…、まだ耐えられる! 彼の鼻の先から逃げ出してしまえばいいだけの事!
「引力は引力でも吸引力でしたか…!」
ぼそりと四季が呟きファイルを投げつける。が、ハーティさんと四季の間にズィラさんの伸びる首がサッと割り込んできてはたき落とした。
ってそれはいい。よくないが。だがこっちのほうがマズイ。…吸引力、強くなってないか…!?
「…お父さん!」
「吸引力が増えたみたいだ!」
「吸引力って変わるのか!?」
「魔法だしねー」
そりゃ変わるよな。掃除機じゃあるまいし。掃除機は吸引力が変わらないか落ちるか。そのどちらかだ。
彼の顔色は変わってすらない。ならば。
「援護を!攻撃を落としてくれればそれでいい!」
下手にハーティさんを狙うよりはそっちの方がおそらく確実。変に彼に吸引をやめられる方がマズイ。それに、このままいけば逆撃できるかもしれない。
俺の言葉に答え、カレンの撃ってくれた矢が周囲を滞空する。だが、いつもよりも不安定だ。
「嘘だろ!?ハーティでさえ吸い込めねぇとか…一体どんなずるをしやがった!?」
「リラ。貴方ってもしかしなくてもお馬鹿なのかな?あの二人がそんなことするとでもいいたいの?」
「よく考えなくてもしねぇな!」
「…はぁ」
キャンギュレイさんがため息をついた。戦闘中だけどつきたくもなるよな。一瞬で断言されたら。
「あ!そうか!あれ全部シャイツァー由来の攻撃か!」
「じゃろうな。じゃがな、リラ。お主の今の言葉でシャイツァーの特性がある程度バレたんじゃが…」
「ミー。目を逸らすのはダメだと思うの」
なるほど。シャイツァーの攻撃であれば、彼のシャイツァーに抵抗出来ると。なら好都合。
「『ロックバレット』」
ただただデカいだけの岩。すぐに壊れてしまうだろうがそれを5つ並べる。そしてその間に、今書いたばかりの『爆』をこっそりと投げ捨てる。
「カレン!」
「んー!」
「…もう!」
「ちょ、習君!?」
呼びかけたら察してくれた。…察してくれなくてもいい四季とアイリも察したみたいだが。だが、止めない。『爆』からある程度距離を取りながら、『輸爪』に乗って突撃する。
「ミーもやる時はやるという事を見せてあげようと思うの!ちょうど岩やミーの血で汚れた毛もなくなったの!ふわふわなミーの毛よ、敵を穿て。『柔温毛《ヤラマカシュ》』」
詠唱しながら、カプラさんが自分のふわふわな毛をもいで投げつけてくる。
投げられた当初、毛は風に煽られてふわふわと漂っていたが、名前を言った瞬間、一直線に俺目がけて光を反射しながら飛んでくるようになった。
絶対ふわふわじゃない。むしろあれ、金属と言われた方が納得できる。
「やらせないよー!」
カレンの矢が毛を絡めとって、地面に落ちながら燃えてゆく。それはまるで散りゆく紅葉のよう。…確かにとても温かそうだ。
なんてことしているうちにもうハーティさんの前だ。彼はそのまま岩の弾を吸い込み続け、鼻で吸い込み消滅させた。
…被害を受けている様子はなし。やはり干渉されないとは言っても、0距離だと無理か。そのまま1、2と吸い込み続け…、よし、紙を呑み込んだ!
くらえ。『爆』! ………。ダメか!
「カレンちゃん!」
俺が言うよりも、カレンが行動をするよりも早く四季の声が響く。声と同時に俺は『輸爪』を思いっきり蹴って飛び上がる。
「キャン!」
「わかってるよ。ズィラ。任せて!『|竜巻拳《ヴェヴァンダ=ムッティー》』」
「『護爪』!詠唱しててよかった!」
巻き起こされた竜巻をガロウが防ぐ。そして俺は飛んできたカレンの矢を掴みそのまま戻ってくる。
「ありがとうガロ。」
「んにゃ。ところであの人、詠唱は?」
「…ガロウ。違うよ。あれはただの力技」
「一番真面目そうな顔してあの人ただの脳筋かよ!?」
「技はね!それ以外は自分で言うのもなんだけどまともだよ!」
「「「まとも」」」
ハーティさんと本人以外の声が揃った。うわぁ…。
「ねぇ、皆酷くない?」
「習君」
キャンギュレイさんの様子を見ていたらポンと冷たい声で肩を叩かれる。戦闘中だからゆっくり振り返るわけにもいかない。覚悟を決めて目をむける。
一瞬で目を逸らした。何あの目。やばい。わざとやっているんだろうけれど…、目からハイライトが消え、虹彩がキュッと収縮していた。あたかも感情が廃されたとでも言うべき目だった。
「無茶しないでくださいよ」
呆れたような声。…あぁ、よかった。わざとだったらしい。
「許しはしますけど、無茶はやめて欲しいんですけどね。ああ、反論は結構です。私が一番わかっていますし」
「かなり似通った思考回路してるからね」
多少無茶でも死なないならば最大限を。それはきっと変わらない。
「一応聞きますけど、起爆を忘れたわけではありませんよね?」
「当然。無効化されたんだろう」
「流石はシャイツァー本体と言うべきですかね」
『重岩弾』もおそらく何個か吸い込んでる。軌道を逸らすレベルだと思っていたのだが。はぁ…。飽和攻撃でなければ無効化されていたかもしれないな。
「となると…、」
「ええ。おそらくレイコちゃんの領分でしょう。ですが、あと一つだけ試してみましょう。サッと書いちゃってください」
「…持つ?」
俺らも彼らも普通に会話や漫才をしているが今は交戦中である。だから聞く。
「ええ。妻として夫の期待には応えましょう」
最上級の断言。
「ならば、俺は夫として妻の期待に応えよう」
四季の援護に『ファイヤーボール』を放つ。危なげなく打ち消されるがそれでいい。背中を完全に任せても彼女が耐え忍ぶ時間をわずかにでも稼げるのだから。
「ひゅっー!見せつけてくれるね!実に甘い!そして僕好み!」
「口だけ動かしてんじゃねえぞこの馬鹿野郎!お前つられてんじゃねぇのか!?」
「申!この二人が僕を釣ろうだなんて、そんな卑小な考えで動くわけないじゃん!」
「…何で釣られた人が自慢げに語ってるんだろう?」
アイリがボソッと呟きつつも、鎌をハーティさんの周りを旋回させて彼の動作を妨害する。
「それにしてもさ!あれだね!」
「このシールと同意見なのは癪じゃが、突破できぬ!」
「ミー、ちょっと異常だと思うの」
「つまり愛!偉大なるラーヴェ神の力!」
「ちょっとうるさいです」
「ぐえっ!?」
四季がそっと紙を取り出してシールさんの顔に『ウィンドカッタ―』を叩き込んだ。
「だろうな」「至極当然」「普通の制裁だと思うの」
「ちょっと酷くないかい?僕のかっこいい顔が…。」
「んなこと言ってるから「彼女作りたい」っつってんのに、出来ねぇんだよ!」
「気にしてることを言わないでくれる!?」
漫才まで始めてしまった。…視界の端からうかがう限り動きまで鈍っているのはどうかと思うが…。
「…微妙な変化だけどね。それを生かせる二人がおかしいわけで…。カレン」
「あいさー!えーい!」
アイリの指示で流れるようにカレンが死角からリラさんの首を狙う。が、
「儂に手間をかけさせるな!」
「おっ。ありがとう!子供好きなのに怖がられるおじさん!」
「お前、本気で殺すぞ?」
「ごめんなさい」
コントついでに防がれた。
「…コントもあまりに突破できないからやけくそでやってるわけだし…」
「マジで愛?」
「愛の女神ラーヴェ神の感情ですから、可能性はなくもないかもしれませんね。ガロウ」
みんなまでボケに走ってどうする。だが、書けた!
「リラ!シール!イラス!」
ハーティさんの注意が飛ぶ。だが、遅い。
「『指定座標爆破』」
四季の周囲をまとめて爆破。たいした威力はないが、爆風でもって四季の周りにいた群長達を吹き飛ばす。
「四季!」
「はい!」
手と手を合わせて紙をぐしゃっと握りつぶす。これが通れば楽なのだが!
「「『『指定座標爆破』』」」
ハーティさんの目の前を爆破。吸い込まれる。
ハーティさんの右を爆破。やはり吸い込まれる。
ならば上。ダメ。下も……ダメ。後ろもダメ。
ならば全部使い切る勢いで。
「「『『指定座標爆破』』」」
全方位を狙って唱える。が、「ドッ」という爆発音は「ひゅごっ!」という音にかき消された。…ダメか。
「これは…」
「鼻が向いていればもちろん無効化、鼻が向いていなくても威力が弱ければ呼吸に合わせて無効化されてしまう…のかな」
「私もそう推察します。となると、ゴリ押しも出来なくはなさそうですが」
「今の俺達ではきついな」
「となると、レイコちゃん案件ですか」
「「『『回復』』」」
俺と四季と、そして子供たちの傷を癒す。
「レイコ!やれるか?」
「それが何であれ、必要であれば。私は成し遂げて見せます」
よく言った。ならば…。
「ガロウ!カレン!頼む!」
「レディックさんは私達が引き受けます!」
四季がレディックさんのお腹目がけ、全体重をかけて殴りつけて吹き飛ばす。
「何を!?」
「みりゃわかるー。いくよー!」
「ぬぁっ!?ちょ。ああ、もう!」
カレンの放った矢がレイコをかっさらう、そして矢は一直線にハーティさんの元へ飛翔する。
レイコは遠距離タイプだが…、それでも近づいてもらう方が良い。『ガルミーア=アディシュ』の効果を遠慮なく使ってもらわねばならない以上、流れ弾などで魔力を無駄にすり減らしてもらうわけにはいかない。
「アイリちゃん!」
「…ん。ズィラとカプラは任せて」
アイリが二人を引き受けてくれる。であれば、俺らの仕事は残りの群長に出来るだけ仕事をさせないこと。…自分から選んだことだが、割とめちゃくちゃだな!
シールさんにキャンギュレイさん。イラスさんにリラさんそしてレディックさん。さすがにこの面子で2 VS 5では長くはもたないが十分だ。
アイリは鎌を下から上へ振るい、血を巻き上げて鎌に付着させる。そして鎌でカプラさんを狙って横一線。
「そんなもの…!」
当たり前と言わんばかりに涼しい顔で回避していたが、
「なっ…!?ミーの毛が…!」
自分の体を見て表情を一変させた。飛び散った血がカプラさんの美しい真綿のような白く柔らかな毛を朱に染めた。
そして、ズィラさんの首元を執拗に狙い、首を伸ばす隙を与えない。
「この子…。アタイ達の特徴を…!?」
「…ん。…遠距離は面倒くさい。…それに、カプラはさっき毛を気にしていたから…、毛を汚してあげた」
「ミーの自慢の毛並みなのに!?鬼だと思うの!」
何言ってんだこの人。アイリは一瞬呆れたような目をしたが、彼女に一瞥すら与えずにサクッと無視してさらにズィラさんを狙い続ける。
「ミーは無視されるの?」
「…ちょっとは動けないでしょ?」
そう一言だけアイリは返すとすぐさまズィラさんへ向き直る。
「…貴方は一番わたしが狙いやすい人。…首が長いから刈りやすい。なのに斬れない。…面倒だよね。だからわかった。…ズィラ。貴方のシャイツァー、というよりは首かな?…まぁいいや。長くするとそのぶん脆くなるよね?…もちろん、普通の首に比べたら圧倒的に強度があるけど。…わたしの鎌でも問題なく切断できるくらいには」
ズィラさんは黙り込んだ。
「…やっぱり。それに、根元の方はシャイツァーじゃない。だからこそ斬られるわけにはいかない。…よね?もらうよ」
引きつった笑みを浮かべるズィラさん。アイリはそんなものお構いなしに執拗に首を狙う。時々ズィラさんが防御した時の血液や、床の紅を巻き上げ、カプラさんを汚す。
完璧に抑え込んでいる。レイコは…、まだ少しダメそうか。吸引だけでなく吐出も出来る。吸引と吐出、矛盾する力を両立しているのはシャイツァーだからとしか言えないな。
だが、それでもガロウもカレンもレイコも隙を見て魔法を放ち攻撃している。俺らも見習いたい。見習いたいのだが…、
「『連続拳』」
キャンギュレイさんの芸のない、だがそれ故に隙の少ない連撃を避ける。
「『獅子の咆哮』」
呪文詠唱が終わったのか身体能力が向上したシールさんの攻撃が加わる。二人で協力していなして…、
「『狼王牙!』」
レディックさんが唐突に撃ってきた牙から射出されたエネルギー体を受け流してキャンギュレイさんへ誘導、「えい!」そんな声でエネルギー体を殴ってこちらへ跳ね返してきた。
そんなことできるなら、何で『重岩弾』でダメージを受けているのか…!いや、あれは触媒魔法だし、出来ないか。
それを何とか右によけて回避すれば、両手を組んで頭上で構えたリラさん。ああ、もう! 破壊力を増大させた殴打を、四季と足裏を合わせて踏み抜き、互いに吹き飛ばしあって回避。
反撃は出来なくもないが、機会が圧倒的にない!
「レイコー!」
「レイコ!ちゃんとやれよ!」
「わかってます!『ガルミーア=アディシュ』!」
レイコは魔法を発動させ、カレンの矢を折る。そこそこの高さがあったが、そこから『輸爪』へ乗り移り、体制を整えると金色の毛を風でなびかせながらハーティさんの前に降り立った。
よし!
「ガロウ!レイコを手伝ってやれ!そっちは任せた!」
「ガロウ君!悪いですがこっちにちょっかいをかけられないように、牽制もお願いいたします!!」
「はぁ!?「ガロウ!やりますよ!」ああ!もう!わかった!その代わり…!」
言われなくてもわかってるよガロウ。二人にハーティさんを押し付けるんだ。だから…、
「こっちは任せろ。7人如き俺らで抑え込んでみせる」
「別に倒しきってしまっても構わないでしょう?」
「なんか母ちゃんが不吉な事言ってるー!」
大丈夫だガロウ。多少しんどくとも…、言ったことぐらい成し遂げる。
「ハッ。俺様達を相手に…よくそんなことが言えるな?」
「私はわかるよ。だって、私も子供の前では見栄を張りたいよ」
「「それは誤解ですね」」
キャンギュレイさん。それは俺らの今の気持ちの一面しか説明できていない。確かに見栄は張りたいが…、
「何が違うというんだい?」
「張り続けられない見栄に意味などありませんよ」
「それは絶望させるだけですから」
「ですから、勝算は十分に持ったうえでの発言なのです」
俺と四季が剣とシャイツァーを構えなおし、アイリが鎌を構える。そしてカレンがテッテと走り寄ってきて弓に矢を番える。
「…一理ある。とミーは思うの」
「違いない。ならば儂らを倒しきってみるがいい!」
傷だらけの7人が構える。
相対する4人と7人、計11人。こちらは俺と四季が魔力的に残息奄々であるが、あちらは初手の『重岩弾』で大小の傷が出来ており満身創痍。
マシなのはアイリとカレンだけ。さて、ここからどう凌ぐか…。