15話 町に帰る
さて、どう登ろう?全員で安全に登れればベストなんだけど…。
「梯子とか作れたっけ?」
「無理ですね。何かの縛りでもあるのかできませんよ?」
「…そもそも梯子作れてもセン登れないよ?」
さすがに覚えてる。センがいるから俺たちはたぶん問題ない。騎士団の皆さんはどうなんだろう?
「皆さん岩の壁登ったことあります?」
「そんなの訓練のうちですよ」
過酷ですね…。
「…フーライナ第一騎士団だよ?忘れてない?」
「それもそうか」
リベールさんに聞いたが、第一騎士団は精鋭も精鋭だそう。だからといって、他が著しく劣るというわけでもないらしいが。
じゃあ、問題ないかな?つまり俺らが一番足手まといに見えるわけだ。
「アイリ。俺たちはすぐに登れるぞ」
「…え?どうやって?」
至極驚いた顔をするアイリ。でも、簡単なんだよね。
「「『『ロックランス』』」」
何百本もの岩の槍がサクサクっと壁に突き刺さる。今回は数を増やした。強度はお察し。
「よし、これでいけるな」
「アイリちゃんおいで」
「…え?何するの?…離して」
四季がアイリを抱きかかえる。
「センに登ってもらう」
「センの力であれば、私たちを乗せても槍を足場に登れるはずです」
「…違う。そうじゃない。…もしかしてここだけ言葉一緒なの!?」
何が不満なんだか。
「…全部!」
「まあまあいいから。落ちないように捕まってろよ。じゃあ、いくぞ!」
「ちょ…。せめて真ん中は…。ぎゃ」
センが動き出したため、舌をかんだようだ。後で杖使ってやろう。
センは意図したとおりのコースを走ってくれる。本当に賢い子だ。
一番低い位置に刺さった槍に近づき、勢いよく飛び上がって、その上に飛び乗る。そしてその勢いのままに次へ…。
アドベンチャーゲームでもやらないようなことを、むちゃくちゃな速度で、むちゃくちゃな回数をセンは見事にこなしきった。着地&離脱の衝撃で槍が砕け散ったが問題ない。
「皆さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
残った騎士さん方に声をかけるが、驚きのあまり声もでないらしい。
忘れないうちに『回復』っと。舌をかむのは痛いけど、杖使ったから大丈夫でしょ。
下を覗くと、
「みんな普通にロッククライミングしてるな」
「ですね」
「…それが普通だからね」
「お、無事に回復したか。よかった」
「…ねぇ、もしかしなくてもわたしのこと嫌いなの?」
「「そんなわけないじゃないか(ですか)!」」
「…そっか。でも、せめて話は聞こう?ね?」
やる前に何か言いかけてたもんな…。悪かった。
「…何かおかしい気がするけど…。まぁ、いいか…」
「じゃあ、待つ間に話をしよう」
「ですね」
「まず、あいつらにも紋あったよな?」
「…うん。あったよ」
「私も確認しました。確か右足でした」
「そっか。じゃあ、やっぱり前のと関連しているのか」
「それでいいと思いますよ」
「…わたしも」
「ところでなんでみんな核が見えなかったんだろうか?」
「さぁ?」
「…知らないよ」
「もしかして、アイリが『身体強化』以外使えないことに関係あったりするのか?」
俺の言葉に少し食い気味にアイリは、
「…ないよ。ていうよりも、わたしもやろうと思えば身体強化以外も使える。二人ほど効率が良くないし、威力も弱いけど…。…そもそも、アレムもソーネも他の使ってるけど見えてなかったよね」
と反論する。
この質問はダメだったか…。どこかの地雷を踏んだようだ。反省していると、下からアレムさんたちが上がってきて、
「やっとついた…。皆、休憩だ」
汗をぬぐいながら言う。
「遅かったですね」
「無茶言わないでくださいよ…。あんなことやろうと思いませんよ。普通」
言外にお前らは普通じゃねぇといいたいのか。
「…間違いない」
そこまで力強く言わなくてもよくない?
「ところであのスライダーなくなりましたね」
「そうですね。アベスの体液か、さっきの熱量に負けたんでしょう」
「…じゃあなんで上の氷は残ってるんです?」
「奥義的なものです」
「そうですか…。よかった」
少し自信を取り戻したらしい。
「お、鐘の音だ」
「5の鐘ですね…。遅いですが昼食にしましょう。どうせ休憩せねばなりませんし」
「そうだな。よし、皆!昼食の時間だ」
穴の中で昼食タイム。
さすがにここで料理を始める気はないので、魔法のカバンから適当にとって食べる。アイリの飴は…まだ大丈夫そうだな。帰ったら補充しないとダメっぽいが。
ち騎士団の皆さんにも紋が見えたかどうか聞いてみたが、アレムさん、フランソーネさんは辛うじて「ああ、なんか微妙に色違うよね。」レベル。それ以外は全く見えなかったそう。
_____
「で、ここまで上がってきたわけですけども、これからどうするのですか?」
「先に言っておきますけども、馬を置いていくのはなしですからね」
「わかってますよ。四季」
「「『『ウインドカッター』』」」
これで穴の上部の端っこと、湖の水を止めていた氷の一部がこちらに落ちる。当然、水がこちらに流れてくる。のは予想通りなのだけど。
切れ目から一瞬しか見えなかったけど、氷がだいぶ融けている。急がないとまずそうだ。
「「『『冷気』』!」」
落ちてきた水を凍らせる。そうすると後から流れてくる水まで凍る。それを再び『ウインドカッター』で流れるようにしてやる。『ウォーターレーザー』からの『冷気』は使わない。
こっちのほうがまだ幾分か魔力消費が楽。だって、『ウォーターレーザー』は紙の作り直しから始めないといけない。クールタイム中に書くと本当に尋常じゃないほど魔力を消耗する。
これを繰り返せば…。
「はい、氷の橋の出来上がり!超いびつで即席ですが!」
「皆さん、行きましょう!急がないと氷が完全に融けてしまいそうですので」
うまい具合にあふれた水が柵のように凍っている。そのため、横に滑落する心配はない。
でも、今ので『冷気』と『ウインドカッター』はなくなった。まだ『冷気』はある。『ウォーターレーザー』はないけどな!配分失敗した!
威力は減るわ、使用魔力は上がるわ、で結構面倒くさい。魔力込めない分もきっちり弱体化するから元の威力を出そうとすれば、使用魔力は少なく見積もっても4倍はいる。休憩で回復したからなんとかなると信じたい。
もっと普段から紙に魔力込めて書いておけばよかったか。そうすれば使用回数ももっとあっただろうに…。
センにまたがって…、
「皆、出発!」
アレムさんの号令でほかの騎士と共に駆け出す。
「うわ、氷が融けて水がちょっとあふれてきていますよ!?」
「我のn」
「やめて、アレム!氷が余計に融けるわ!」
スパーン!と音が響いた。ナイスビンタ!
「じゃあ、どうすればいい!?」
「バリアじゃダメなんですかね…」
リベールさんが呆れた声で言う。
「あ!それだ!」
すぐさま、『大盾』が展開された。とはいえ、氷が融けだして一気に流れてきてしまえば、アベスの群れの比じゃないほどの圧力がかかってくることになる。
急がないといけないことに変わりはない。ていうか、氷がピキピキ音を立てている気がする。これ、融けるよりも決壊のほうが早いかもなぁ…。
「「『『冷気』』!」」
補強はできたが、水が凍って邪魔だ!そして、思ったより消耗が多い!?なんでだ!?
流水だからか!?
「皆、邪魔な氷は切り飛ばせ!それくらい、魔法維持しながらでもできるだろう!?」
「無茶言わないでくださいよ…。やってみますけど、シャイツァー持ちのあんたらほど私たちは余裕ないですよ!?」
「…わたしも頑張る」
フランソーネさんと俺と四季以外は道を作り始める。
フランソーネさんは魔法の維持で手一杯。俺らは確実にほかの人を巻き込むし、そんな余裕はない。センは、自慢の脚力と俊敏さで邪魔なものを回避するか、真っ向から押しつぶす。
…あれ?俺らが一番役に立ってない?
「…間違いなく一番活躍してるから、何もしないで。ほら、氷がもっと融けてきてる。凍らせて」
また心を読まれた!?それはいいけど、そろそろしんどい。
「…はぁ…。顔に出てる。って前も言ったよね?セン。急いで。でも、しんどそうな二人は落とさないでね」
「ブルルッ!」
「皆もセンに続いて頑張れ!「バキバキメキッ!」って、ついに決壊したぞ!」
「そのまま盾を維持して!たぶんこの速度なら突っ切れるわ!馬を落ち着かせてね!」
フランソーネさんが言い終わるやいなや、ゴウゴウと派手に音を立てて水が迫ってくる。
頑張って凍らせてみるが、それもすぐに突き破られ、水に「ドバッ!」と巻き込まれる。
しかし、盾によってさえぎられた水は俺たちを巻き込まず、盾に沿って穴へと流れ込んでゆく。その中には魚もいてさながら水中トンネルのよう。
「綺麗…。」
騎士の誰かが声を出した。
確かに思わず見とれてしまうほど美しい。だが、見とれている時間などない。一分ほどでそこを抜け、もとの橋?のところへ戻った。
ちょこちょこ融けて穴が開いている。この程度なら問題なく通れるだろうが…。補強する!
「四季」
「はい」
びっくりするほど小さな声しか出ない。それは四季も同じ。
「「『『冷気』』」」
紙から出た冷気は橋の上の水分を凍らせる。幾分かましな状態になる。これで大丈夫でしょ…。
「…セン!急いで!」
「ブルルルッ!」
ダン!という音がなり、飛翔感が俺らを襲う。ズン、という衝撃とともに、センからずり落ちて、そのまま意識を失った。
______
んん…。目を覚ますと横で寝ていたっぽい四季と目があった。えっと…。確か…、ああ、魔力使い過ぎて耐えられなくてセンから落ちたのか。空は明るい。ということは、気を失っていた俺たちをここに寝かせて、野営した…ということかな?
「…おはよう」
「あ、おはよう」
「おはよう」
「…大丈夫みたいだね」
「ああ、心配をかけたようだが、俺は大丈夫」
「私もです」
「…じゃ、馬車に乗って。もう帰るってさ」
毎度のとこだが行動が早い。この分だとたぶん…野営も、
「じゃあ!帰りましょうか!」
「ですね!」
と夫妻が言って、
「馬鹿ですか!?」
とリベールさんが二人をしばいて、倒れている俺たちに目線をやって、
「じゃあ野営しよう!」
「異論は!?」
「ないです!」
とかいう流れなんだろうなぁ…。ご飯は馬車の中でか…。
もうちょっとゆっくりしたいなぁ…。まぁ、あの二人に聞こえるわけがないのだけれども。
そんなこんなでトヴォラスローグルに帰還開始。帰りはアベスどころか、他の動物も見なかった。これについてはアレムさんが、
「バッタのせいで逃げたのでしょう。どのみち、ここは魔物の領域じゃないのですぐに野生動物が帰ってきますよ。」
と言っていた。本当にただの穏やかな街道だった。
道中、アイリに野営の流れを聞いてみたところ「さっきの想像はだいたいあってる」らしい。言葉もないわ。
「町が見えてきましたね」
「あ、本当ですね!私は討伐成功の報告に行ってきます!」
というなり、アレムさんは馬で駆け出して行き、フランソーネさんも
「一回首都に戻る準備をしなくては!」
と駆け出していった。相変わらずやべぇな。色々放置していきやがる。戦闘なら有能なのに。
それを見た残念イケメンのリベールさんは盛大にため息を吐いた後で、
「お三方はこの前の宿に行っていてください。『私が』出発前に話を通しておいたので、前の部屋がそのまま使えると思います。夜ごろには、『私が』約束通り報酬をお届けします。では、やることが無駄にできてしまいましたので、これで失礼します。皆!帰るぞ!」
他の騎士団全員を連れて帰っていく。
「じゃあ、俺らも言われたところに帰ろうか」
「そうですね…。ところでいつ日本に帰れるんですかね?」
「さぁな…。まぁ、とりあえず今は情報集めだな。どこかいいところがないか後で聞いてみるか」
昼ご飯を食べてから部屋に戻った。昼ご飯はとても美味しかった。
昼から夜まで時間を持て余していたので、センにご飯をやったのち、紙を増やしておくことにした。ああ、そうそうなぜか腹の立つことに今更、橋や梯子を作れるようになった。
もう少し早ければ…。
この系統の魔法はどうも、使うと紙が一回で消えるみたい。そのかわり、クールタイムはない。触れていないとだめという条件は健在のようだ。この条件なくならないかな?
さらに込めた魔力量に強度やら建物の長さやらが依存する。あと、出現時間も。まぁ、この辺は使うときに魔力を込めれば調整効くからいいか。
「…ねぇ、何してるの?」
「ん?何って…」
「魔法の準備ですよ、アイリちゃん」
「…この字は?」
「これか?『明かり』だな。日本語で書いてある。前みたいな失敗はしないよ」
「…こっちは?」
「こっち?こっちは『橋』だな。橋」
「…言葉覚えればわたしも使えるかな…?」
「さぁ?試してみる?暇だし」
「そうですね。いろいろ教えてあげます。そのあとやってみましょう」
結論から言うと、なぜか無駄に自慢げなルジアノフ夫妻と、今にも噴火しそうなというよりも、噴火した後のリベールさんの3人が来るまでの間にはアイリが日本語で書いたものを使うことはできなかった。何かが足りないのだと思う。
でも、単語はだいぶ覚えた。優秀だ。とりあえず、日本語の勉強もかねて単語帳と、日本語で書いた魔法を出す紙をいろいろ渡しておいた。
「おーい、お二人とも?」
おっと、声をかけられてしまった。失礼しました。
二人のほうを見ると、ルジアノフ夫妻は自慢げに、
「どうぞ、報酬の砂糖三か月分と」
「金貨10枚です」
ポンと渡してきた。
馬車のお金の2/3が返ってきた…。
「あれ?でもなんで大金貨じゃないんだ?大金貨1枚でもいいはず…」
「北のスズメつぶしと、砂糖諦めればそれくらいはいきますよ?」
怖い笑顔でそう言った。
ああ、もう駄目。高価な貨幣の価値がわからん。教えてタク!別にタクじゃなくてもいいけど!
とりあえず、謝ろう。
「えっと、なんかごめんなさい。いまいちお金の価値がわからないんです…」
「あ、そうなのですか…。大変ですねぇ…」
「ものすごく他人事ですね。確かに他人事ですけど」
「ええと…、それも含めて勉強したいので、勉強にいいところはありませんか?」
「勉強…?何です?美味しいんですか?」
「さぁ?よくリベールがよく言っているから美味しくないんじゃないですか?」
ダメだこいつら…。早くなんとかしてやれ。リベールさんは眉がぴくぴくしている。
「はぁ…。これだから天才は…。ね?わかるでしょ?」
となぜかアイリのほうを向いて言うリベールさん。それを受けたアイリは
「…同意」
とこれまたなぜかこちらを見てそういった。解せぬ。
「で、勉強にいいところでしたよね。確か、人間領域でならアークライン神聖国が一番いいはずです。歴史がありますから。伊達にこの大陸の名前を冠していませんよ。図書館の蔵書数もそれに伴って多かったはずです」
「「なるほど」」
「じゃあ習君、次はそこに行きますか?」
「ああ、そうしよう」
俺たちが次の目的地を定めると、
「でも、あそこ今面倒な宗教問題ありませんでした?」
フランソーネさんが不安になる一言を漏らす。
「あの国で宗教問題?アークライン教の総本山ですよ?もう解決していますよ。きっと」
アレムさん。軽く見すぎじゃないですかね…。
「まぁ、そうですね…。」
「大丈夫ですか?」
一番頼りになるのはリベールさんだ。リベールさんは…。
「詳しくは知りませんが大丈夫でしょう」
との回答。じゃあ、変更なしでいいかな。
「あ、それなら、私たちと一緒に来ませんか?」
「私たちは首都のキパエリフまで報告に行くのですけど、そこの途中にアークライン神聖国への分岐の道があるのです」
「なるほど、じゃあ、断る理由も特にないですし、そうしましょうか」
三人と一緒に夜ご飯を食べた。相変わらず美味しかった。
リベールさんが怒っていたのは、また俺らを放置&ちょっと仕事したのちに家でイチャイチャしていたかららしい。あと、家族、恋人持ちの騎士がさっさと家に帰ってしまって人手が足りなかったのもあるらしい。大変だね。
と思ってたら何故かリベールさんとアイリに「何こいつ他人事みたいな顔しているの!?」という目でじっと見られた。実際他人事なのだけど…。
部屋に戻ってべっこう飴を大量生産したのちに寝た。ちゃんと、反省を生かして準備しといたから、慌てる必要もなかった。