137話 2 VS 85
そっと視線をあげ、後衛を見る。
「げっ。狙いは俺らだ!散開!散開!」
…察された。顔つきか? 雰囲気か? …どちらにせよ、彼らはやはり馬鹿では…。
「『風射眼』いつ消える!?」
「言えるわけねぇでしょうが!あの二人に情報与えてどうすんですか!?」
イビュラ爺が悔しそうに地団太を踏む。…うん。馬鹿ではないはずだ。少し直情的なだけ。
「ええい!過ぎたことはいい!今度こそ通すな!」
「ちょ、えぇ…。散開!距離を取りつつ魔法、矢を放て!」
「言われずとも!」
後衛の誰かが叫んだ。彼の言った通り、ベイグさんの指示前から飛んできてはいる。だが、風射眼が放たれる前の嵐のようなものに比べれば荒々しさが足りない。
やはり魔力の消費がきつかったのか。…ついでに矢の消費も。となると、こちらとしてはだいぶいいはず。あっちは重傷を負わせることはおろか、合流阻止すら出来なかったのだから。
風射眼で分断された両側から飛んできた魔法や矢の雨中へと、身を踊りこませる。出来たら避けたいが、近づくためには入るほかない。
今のところは指示が出てなかった事、こちら側とあちら側で距離があること。さらに風射眼が邪魔なのか、あちらからの攻撃が届きにくい。そんな諸々の理由で弾幕が薄い。目をつむってでも避けられる! なんてことは言わないがまだ避けやすい。
「弾幕薄いぞ!何やってんだ!」
「もう少し上を狙え上を!風射眼に当てても意味ねぇぞ!」
「真上から落とすのもありだ!」
何故か密度が上がった。…何故上がる。後衛の人らもプロのはずなんだからそれくらいの判断は出来るはずなのにな!
…まさか、「弾幕薄いよ、何やってんの!?」のせい?
「習君!」
「ああ!」
目の前に魔法と矢で出来た壁。タイミングを測ったのか、ところどこと毒矢が挿入されているから、無理やり突撃も出来やしない!
「「『『火』』」」
だからここで魔法を使う! 壁の一部を焼く。矢も魔法も、ついでに毒も。全てを無に帰す。無理やり空白地帯を作り出し、二人の身体をねじ込む。少しでも圧力を減らして…。
「「『『壁』』」」
ドーム状に壁を形成。
回り込まれて、攻撃された! なんて頭隠して尻隠さずな状況は笑えない。…持続時間が短くなるが仕方ない。それでも3分は持つ!
「盾!?」
「構わん!潰せ!」
このイビュラ爺の脳筋が! ちょっとは躊躇してくれてもいいんだぞ!? ええい! とりあえず書く! 下敷きは床。
『爆』…、って、ん? 床が揺れてない? ちょっと書きにくいぞ。まぁいい。さらに『爆』、後『壁』に、それと…。
「そろそろ壁、持ちませんよ」
「え!?もう!?」
「はい。魔法は兎も角、気配が…」
だったら、さっさとと仕上げる! 紙の反発を強引に押し込んでペンを動かす。
「突撃してきそう?」
「おそらく。だいぶ脆くなっていますから。ほら」
土がパラパラとこちらへ落ちてきている。…急がないと。まだ「回」だけだ。
「やはり、一斉に近接攻撃を叩き込み、ドームを押しつぶして圧殺するつもりでしょう。私ならそうします」
「俺だってそうする」
魔力と矢の消費を抑えて、温存。その代わりに追いかけっこしかしてこなかった近接で殴る。殴れるときに殴らないと次いつ殴れるかわからないから。
俺らの推測を裏付けるように、壁に激突する魔法の音が徐々にまばらになり、代わりに壁の向こうでザッザッと忙しなく動く音が聞こえてくる。
…よし! 『回復』書けた!
「突入時ですか?」
「当然」
「了解です」
小声で会話。外に聞かれたくない。…往々にして、人は攻撃を仕掛けるとき、自分が攻撃されるかもしれないという考えが頭から抜け落ちる。
「押しつぶせ!」
気配がどうこうとか関係なく、合図の声が響いてきた。実に合わせやすい。周りの雰囲気的にも釣りでないのは明らか。
「「『『火』』」」
既に何回か使った紙。だが、残った魔力全てを込めさえすれば、普段と遜色ない破壊力を見せてくれる! …はず。
魔力を注ぎ込まれ紙が消える。その代わりに普段よりちょっと小さめの火球が出現、壁の一部を融かして穴をあけ、その向こう側にいた人を吹き飛ばす。
出来た隙間から駆け出し、代わりに紙を2枚置く。壁に飛びかかる人たちの脇を通り抜け、壁を消す。壁を破壊しようとしている彼らは止まることが出来ない。勢い余って全員がほぼ中央に寄る。
「「『『爆』』」」
先程書いたばかりで置いておいた紙、2枚。それを同時に起爆。紙は周囲を巻き込み爆ぜ、元からなかったかのように消える。
…当然のように俺らも巻きこんで。
「「ッ―!?」」
予想していたとはいえ、痛い! 『身体強化』がなければ絶対にやりたくない。
吹き飛ばされ、床をゴロゴロと転がる。ある程度速度が落ちたところで、無理やり腕を地面に叩きつけ、そこを起点に跳ね起きる。四季と手は繋がれたまま。よし。
「「『『回復』』」」
試合の最初のほうに書いた紙が役目を終え、俺らの怪我とともに消えた。距離を詰める。
「四季、痛みは?」
「『シュガー』の時と比べると、どうということはないです」
そりゃそうだ。あっちは壁一枚を隔てていたとはいえ、あの時あった全魔力を叩き込んだ『火球』なのだから。しかもよくわからない修飾語付きの。
「体はいいのですが、心のほうが…」
「…だね」
同意するしかない。全員に泣きそうな顔をされるからな…。勿論、沸きあがった不安を怒りとともに叩きつけてくることはある。
だけど、それが落ち着くとひたすら凝視してくる。この世の終わりのような顔で。思いつく限りの「絶望」だとか「悲壮」だとかの単語を煮詰めて濃縮したような顔で。
罪悪感がヤバい。特にアイリが。
「…ですが、やってしまったのでは仕方ありませんよね」
「ああ」
今のタイミングだと、どこか現実逃避のような、自己正当化のような響きは漂ってしまうが、やらねばならぬ。
「何人やられた!?」
「構わないのですか!?中将!」
「何故わしではなくベイグ!?」
「あんたがちょっと抜けてるからだよ!この脳筋!」
「てめぇ!「あ。大将うるさい」…おう」
「情報を!」
「8人喰われました!ヤバいのが2名、ちょっとヤバいのが3名ほど!」
その報告を受けて、視線の先のさっきまで漫才をやっていたベイグさんがそっと顔を伏せた。
…まだ回復はいる。だが、それを俺らに伝えたくない。そんな感じか。ついでに重傷者の救護も不可。つまり10人片付いた。
残り75人。
「さっさと後衛を守りやがれ!まだ後衛は仕事出来んだろ!」
イビュラ爺が叫び、それへの応答で空気が震える。
「すごい熱気だ」
「それだけで私達を止められるわけではありませんが」
四季は言いながら、涼しい顔で眼前に迫ってきていた岩弾をファイルで受け流し、足払いで鎌を持っていた人を転倒させた。
「辛辣」
心臓の辺りにペンを投げつける。これでまた一人。
「習君が言えたことでもないかと」
…そうだね。
「さっさと距離とれ、距離!」
「まともにやりあうのは無理だ!いかにお前らとは言え、勝ち目ねぇぞ!特に後衛!驕らず近接戦闘を避けやがれ!!」
「後衛組は逃げる際、出来るだけ牽制しろよ!」
「爆発で吹き飛んで来やがったから、距離詰められてんだが!」
「右に同じ!」
「「なら闘え!」」
「時間を稼げ!」
「「了解!」」
付近にいた後衛組のうち、2人が突出してくる。
「何故あの二人何でしょうかね?」
「矢筒」
「あぁ。なるほど。もう後一本しかないですね」
二人とも弓兵。当然ながら、弓は矢を打ち切ってしまえば、ただの棒だ。
…カレンは別。そもそもあの子は魔力切れにならない限り打ち切ることはない。…打ち切ったところでシャイツァーだから硬い。それを生かして殴れるから。
閑話休題。あの二人は「時間を稼げ!」その言葉通り、あえて辛辣に述べるなら「捨て駒」である。
援護に魔法が飛んでくるから正確に言えば、「捨て駒」ではないのかもしれないが…。どっちにしろ自爆覚悟なのだから捨て駒でいいか。
…援護の魔法も、距離を取ろうとしているからか密度が薄いからさほど脅威たりえない。
むしろ非常にやりやすい。後ろには魔法が怖くて近接はいない。そして、さっき1 VS 5を抜けたのだ。四季と一緒で2 VS 2。もはや負ける気がしない。
一人は短刀を持って、もう一人は手袋をはめて、こちらへ走り寄ってくる。彼我の距離が縮まり、その場の4人が同時に構える。
俺らが剣を振るい、数泊遅れて彼らが急加速、俺らを斬りつけ、切創を負わせたかったのだろうが、残念。一歩遅かった。こちらの剣の方が射程は長い。
彼らが攻撃に移る前に、こちらの攻撃が彼らに到達。短刀を持った人の腕を力任せに一閃。そして、四季は手袋をして矢を持つ人の腕を切り落とした。
それぞれの得物を握ったままの右腕が舞う。
流れるように俺らは位置を変え、四季が俺にやられた人を取り押さえ、俺が四季にやられた人の腕を掴む。
怪我をしないように四季が腕をもいだ人を、そっと地面に露出した左腕から地面に叩きつけ、四季は取り押さえた人を盾にする。
男性を弾除けに俺は字を書き、四季が叩きつけられた男性の様子を見る。
「『風』」
「習君。あたりです」
「やっぱり?」
答えながらも筆を進める。『壁』に…。
「矢に触れない。それで大正解のようです。真っ白になって死にました」
明らかに普通の死に方ではないよな…。『火』に…と。
ぱしゃっ。
「!?」
四季が猛烈な勢いで男性を投げ捨てた。男性の体は足先から白くなっていきそのまま消える。
だが、まだだ。まだ書ける! …よし! 『かべ』平仮名だが…、ないよりはマシだ!目の前の濁流に対応するなら。
悔しそうな笑みを浮かべる男性が倒れこみ…、
「「『『かべ』』」」
男性が倒れこむのを見ている余裕などなかった。事実、作った瞬間に、着弾した。
耐えられ…ないな。知ってた。平仮名だったからそこまで期待してないさ! 割と魔力を持ってかれたが! 出現した壁はいつもよりも目に見えて薄い。どう見ても貧弱極まりない。壁の後ろで一呼吸整え、すぐさま抜け出し、さらに前へ!
それにしても…、やってくれる。獣人は家族思い。その看板に偽りなどなかった。
彼らは勝つために、足止めを敢行した。そして盾にされた彼は、素足で即死毒を跳ね上げた。たとえ、四季や俺にかからなくても…、盾がいなくなれば射線は通るように。
ちょっと疑いすぎていた。純粋に「二人を外に出すにしても、安全が心配」そういう人もレディックさんを筆頭にいるということ、それを忘れていた。色々あったとはいえ……な。
それを思い出せたことが嬉しい。…ま、だからといって感傷に浸る気など更々ないが。勝って二人を連れていく。そこだけは譲らない。
「「『『風』』」」
突風を目の前の魔法の一群に左から叩きつける。飛んできていた濁流のような魔法と矢の混成群は、風に煽られ強制的に向きが変わる。
「俺がこの盾で受ける!」
「お前にゃ無理だ。俺がこの大剣で!」
「何を…!」
「てめぇら!何、小芝居してやがる!」
「ここは俺に任せて先に…」
「よく見やがれ!狙われてんのはおまえらじゃねぇ!」
「「え?」」
「「「俺らか!?」」」
正解。始めから狙いは風射眼のこちら側にいる人ではない。向こう側だ。いつでも突撃できるように走って追いすがってきているから狙いやすかった。
特に安全だと思い込んでいる後衛は。風射眼という竜巻に呑まれ、濁流の一部が消える。だが、残った一部だけでも、その場にいた5人を呑みこむには十分。ひとしきり魔法が降り注いだ後、おまけとばかりに緑の風が床を撫で、全てを消し去った。
こちらには、『風』では吹き飛ばせない、少しばかり重い魔法がいくばくか残っているが、まるでどうでもいい。これくらい、武器を振るうまでもなく切り抜けられる。
よし、追いついた! 逃げられてしまってはいるが、10人はいる。それに…。
「中将!」
「やっぱ俺かよ!」
ベイグさんがいる。シャイツァー持ちは面倒この上ない。さっさと潰すに限る。
牽制にペンとファイルが飛ぶ。
「やらせない!」
なんて言いながら、可愛らしいプードルのような顔を鎧から出している女性が飛び出してくる。やはり後衛には護衛を置くか! ならば、貴女ごと突破するまで!
女性の目の前で四季が左へ、俺が右にそれる。武器を持たない彼女を四季が上から下に、俺か下から上へ切り裂…、
けない。硬い! ならば、放置するに限る。ベイグさんを取る!
「「『『風』』」」
この距離ならば、少々曲芸的な軌道を描かせたところで外しようがない! 落ちろ。
「やらせないって言ってんでしょうがぁ!」
全部体で受け止めた!? チッ…。
「痛…くない!うん。全然効かない!本当に全然効いてないから!」
うわぁ。血だらけでよくそんなことが言える。
「やっと、消えたぁ!」
風射眼が消えたか!
回避…はし損ねた! まったく、さっきまで叫んで突撃してきたくせに…!
吹き飛ばされ、視界がグルグルと回る。魔法が飛んでくる前に…、なんとか体制を整える!
床に近づく。床に手をつき、少し前に跳ねるような要領で勢いを殺す。一回では完全に殺しきれないのはわかってる。だからそのままバック転をしながら下がる。飛んでくる魔法がまだ回避しやすくてよかった。
下がりながらも二人して徐々に一人の男性を狙って近づいていく。
「おらぁ!」
標的である柴犬っぽい人が剣を大上段から振るってくる。何故に大上段。今の状態では当たらないぞ? 腕にぐっと力をいれて跳び跳ねて回避。
逆に、彼の首を俺が右後方から、四季が少し下、左前方から蹴り抜く。鈍い音が響く。これでまた一人。
「怪我は?」
「どちらかというと衝撃を逃がすために飛んだために吹き飛んだだけなのでないに等しいです」
「それならいい。俺もだ」
「さて、習君。あの人のシャイツァーは攻撃を散らせる。そう言うものだと解釈してよいのですかね?」
「いいんじゃない?無効化は出来ないのは間違いないだろうから」
「細かい裂傷が身体全体に広がっていましたものね…。全身血だらけ。よくあれで効かないって言えますよね…」
一体何が彼女を駆り立てるのか…。しかも割と深いのもあったというのに。
「とはいえ、散らすのも、限度があるようと思いますよ。私たちが切りつけた部分の傷が一番鋭く、深かったです」
「なら、対処法としては…、散らせないほどの重い一撃を致命的な場所に加えればいいか」
「もしくは火祭りや窒息といった搦め手ですね。いずれにしても面倒ですが」
「だな。でも、とりあえず…」
「「『『レーザー』』」」
一条の光線が、傷だらけの彼女を回復していた女性の頭を貫いた。
「回復を食えたが…」
「後衛喰いの代替としては美味しくないですね…」
「ま、流石に弓使いは限界だろう。矢の数的な意味で」
「先ほどの捨て駒のように切れる人が出ますか」
「となると魔法使いも…」
「だといいのですが、放っておけば回復してしまいますからね…」
だからこそ、今、魔法使いを喰っておきたかった…!
「ベイグ!あれやれ!あれ!」
「はぁ!?だからあんたがやられたら士気が…!」
「お前がいるじゃねぇか!中将たるもの、お前がやらいでどうする!?」
「あれ」でゴリ押すそのセンス。嫌い。情報寄越せ。
「わーったよ!やりゃあいいんだろやりゃ!」
何をやられるか不明。なら何かされる前に潰せばいい。ベイグさんと俺らの間には人がいる。だが、今度は二人一緒に抜けきってやる!
狙いは人が多くて、かつ、イビュラ爺からも、あの女の人からも遠い方角!
「正面90°に対して…、」
「右に30°!」
「「『『レーザー』』」」
紙の全魔力を叩き込み、一直線に薙ぎ払う。紙が無くなったが仕方ない。…とは言えないか。壁に近づくうえ、微妙にベイグさんから遠い!
「今ので前衛3人、後衛1人が即死。前2人、後1が重傷。軽いのと中くらいが数名…ですので、割り切りましょう」
「だね」
通り抜ける!
「くぅ…!私がいながら!」
「ロムリー!」
ああ、あの傷だらけで「効かぬ!」とか言った人、ロムリーって言うんだな。
「お前がいても無理だ!」
「何で…」
「誰が俺の護衛をするんだよ」
「え?回ふ…あっ」
慌てて口を押えるロムリーさん。
「もうヒーラーはいない。そう言う事みたいですね!」
「ああ」
やっとか。という感じが拭えないが…。まぁ上々か。
ならば、重傷者は放置。それで死ぬ。…まぁ、どのみちもはや動けないからヒーラーがいても…。という状態ではあるが。魔力的に彼らより、中・軽度を…そんな状況だ。
それでも、ふらふらっと近づいてしまえば一矢報いられる可能性もあるが。近づかなければいい。
「今ので前5、後2」
「前後あわせて7.残りは63ですか」
「後衛は?」
「今まで10のはずです」
後衛の減り方が悪い。…資源 (魔力・矢) が尽きてきている今、狙うべきかどうか判断しかねるが。
…いや、今、雑事は置いておくべきか。ベイグさんに集中する。重傷の人の横を、起死回生の一撃が飛んでこないかどうか、気を付け走りぬけ、前に立ちふさがる人を二人同時のタックルで弾き飛ばす。
彼の方が大きかったが、二人分。魔法でドーピングしているからほとんど抵抗がなかった。暖簾に腕押し。糠に釘。そんな手応えだった。
弾き飛ばしたついでにペンを投げておく。これでまた一人。
だが…、何かがおかしい。何でだ? イビュラ爺は相変わらず元気に追いかけてきている。それに、他の前衛も後衛もちゃんといる…。だが、何かおかしい。
「人が少なくないですか?」
「人?」
殴打を剣で受け止め、そのままわずかにジンジンと痛む手を押し込み、強引に半身を斬り裂く。
「確かに少ないような…」
違和感の原因はそれか。でも、それだけではないな…。見落としているような…。後ろには剣、鎌、刀に斧…多種多様な武器を持った人(ほぼ素手の人もいるが)、それに、右に弓、弓、剣、弓、殴…。そして、左前方にベイグさん。そのさらに左横に後衛陣。魔法、魔法、ロムリーさん。魔法…。
「そういうことか!」
「みたいですね!」
進路を直角に変え、目の前にいる人を突き飛ばして転倒させ、押し通る。…四季が急所を踏み抜いていたのは見なかったことにする。
「チッ!止めろ!」
イビュラ爺の舌打ちが何よりも俺らの推測を裏付けてくれる。この人たち、風射眼で、魔法使いを俺らから隔離する気だ!
隔離さえしてしまえば、魔法使いである彼らは、魔力回復に援護。それらをはほぼ完全にフリーハンドで出来る。
「俺が止めてみせる!」
「「邪魔だ(です)!」」
弓を捨てて短刀でかかって来てくれたのはいい。だけど、ただひたすらに邪魔なだけ。
「決意表明するのはいいが、足止めはしっかりやれ!秒殺はお呼びじゃねぇ!」
「なら、やってやんよ!」
「おう!」
「俺が!」
「私が!」
「止めてやらぁ!」
後ろから斬りかかってきて、そのままの勢いで躍り出てくる5人。だから何で声をかけてくるんだよ! …別に声がなくても避けられたが! ちょっとだけ髪が切られた…。
さっきまでならば、魔力をケチるために一人を狙って通り抜けた。だが、今は策を潰したい。だから…、
「「『『風』』」」
5つの刃で、切り裂く。首と胴が泣き別れ。即死させれば死体に煩わされることもない! さらに前へ!
だが、ベイグさんも、その周辺の人たちも察しているから移動が速い! 円形の闘技場の半分は切ったが…! それ以上がなかなか…!
だが、距離は着実に詰まっている。これなら…? 目が光った…?
右斜め上から、矢が数本無音で飛んでくる。思わず足を止め、後方に跳ねる。流れるように視線がそちらへ移動。…はぁ!? 誰もいない!?
『風射眼!』
目の前を再度、竜巻が横切る。間に合わなかったか! 魔法使いは全員あちら…!
「どこからでも魔法が撃てるのか…!」
「シャイツァーですから、あり得そうですね!詠唱がなかったのも…」
おそらくそうだろうな。
「風射眼の詠唱とは別カウント…だろうな。たぶん」
「口が二つあるというならば、両方詠唱必須でもいけますけど」
明らかにそうでないことをわかっていて言う四季。首を振れば、「ですよねー」と言うように笑った。
「それだと攻撃できるのは何となく違和感が…」
チラッと視線をやると、ベイグさんがニヤッと笑った。ちょっとムカつく。
「ですが、予想はつきます。たいした脅威ではないでしょう。彼も辛そうですから」
「だね。今にも倒れこんでしまいそう」
これは逆にチャンスのはず。完全にタネが割れたわけではないが、ほぼバレているマジック程虚しいものはない。
それに、あちらにいるのは、魔力切れを起こしたベイグさんと、魔力が切れかかっている魔法使い総勢20人。それにロムリーさんという鎧武者。総計22人のみ。数だけ多い張りぼてだ。
「習君。お任せしても?」
「構わない。逆に、四季。出来る?」
「当然です。やってみせますし、やれなきゃだめでしょう?」
頼もしい笑顔を浮かべてくれる。ならば。怖い人が来る前にやってしまおう。
「ちょ…。待って。待って」
「何やらかす気だ!?」
…顔をベイグさんに見せただけでこの反応。…さっきの意趣返しといった様相を呈している顔が怖いのか?
まぁいい。四季が『身体強化』をかけ、飛び上がる。俺が少し遅れて飛び上がり、四季が肩の上に乗る。四季がそこからさらに跳躍する。
重いとは言わない。…ちょっと痛いが。四季は風射眼を乗り越えてあちらへ。
「またかよ!」
「こいつら、魔力でごり押しばかりしやがって…!」
「俺らは使えるものを使っているだけです。このように」
攻撃をいなす。そして、お尻を蹴り飛ばして、風射眼に叩き込む。使えるものは使う。
「イビュラ爺はあちらには行かせません」
「だろうな!それよりお前…、一人でいいのか?先は合流に固執していたが!」
「ええ。もちろん。四季が全滅させてくれれば後は楽になります」
いちいち後衛の攻撃に煩わされなくてすむ。
「嫁を、一人で行かせてよかったのかぁ!?」
等と言いながら殴りつけてくるイビュラ爺。煽って冷静さを欠かせようとしている…んだろうな。
ということは、焦ってるな? ならば…、
「嫁を死地に行かせ「イビュラさん」あぁ!?」
横から物理的に飛んできた剣を避け、言葉に割り込む。「ならば煽ろう」そう思ったが、そんなのとは関係なしにそれ以上は言わせない。絶対に。
「煽るのも大概に」
剣を振るう。何故か拳で止められた。…シャイツァーか。今は置いておくか。
「何故?」
そのまま嬉しそうに問うてくるイビュラ爺。
「何故?決まっているでしょう。俺は、嫁である四季を信じていますし、俺も夫として、嫁の期待には応えるからです。それに、今回は俺達の見立てが誤りだとは思っていないので」
…ちょくちょく見失っていたことはあるけど。
「余裕綽々としやがって…!」
顔がさらに嬉しそうになる。さて、四季が全滅させるまで…。やって見せよう。