133話 喜び
ガロウ視点
どうしてこうなってんだ?
えーと、確か俺らは昨日、特訓して、昼ご飯食べて特訓して、夕飯食べて…、まだ父ちゃん達が帰って来てなかったけどリンパス様に「寝なさい」と言われたから寝て…。起きたら父ちゃん達がいて、塔に移動してご飯食べながら昨日の話しよう。ってなった。うん。そのはず。そのはずだぞ…。
「予想通りとはいえ不愉快だ」
「全くです」
父ちゃんと母ちゃんが「不機嫌」という単語を修飾する言葉──「超」だとか、「すごく」とか──を100個くらい並べてもなお足りない。そんな地獄のような不機嫌な顔をしながら。俺らの同群の人を片足で踏みつけ…、さらに、部屋の入口付近にいる同群約100名を睨みつけている。
マジでどうしてこうなった? わかっててわざと頭が理解を拒否してるのかもしれねぇけど。
「で、何でこうなったんだ?」
「さぁ?私にはわかりかねます。とりあえず、振り返ってみます?昨日から。何かわかるかもしれませんよ」
絶対に何もわかんねぇよ。昨日、戌群獣人には給仕さん以外に会ってねぇぞ。しかもこの人ら今来たばっかだそ。
「そうしよっか」
わざとらしい。だけど、誰も何も言わない。言えない。怖いから。
あ。でも、ひょっとしたらこの芝居を通じて、昨日何があったかを伝えようとしてくれているのかもしれねぇ!
…うん、雰囲気的にないな! と言いたいが…、この二人ならあり得るかもしれねぇ。
「昨日は『ニッズュン』に行って…、遺跡にはやっぱり入れないという事がわかったんだっけ?」
「ですね。後、ガロウ君のシャイツァーの魔法3種には距離制限がなさそうだ。ということもです」
「ちゃんと覚えてるよ。四季」
「そうですか、ならいいのです。まぁ、途中で消えかけていましたが」
「魔力注げば治ったけどね」
「一応、ニッズュンに近いほど魔力が必要になってましたね。」
ついさっきなさそうって否定した昨日のことの伝達が始まってた。自分でも何言ってんのかわかんねぇけど。マジでやるのな。魔法3種出さされたのはそのためだったんだな。納得。
俺だけが使うには意味のない制限だけど、今日みたいに別れて動くときに困るし、制限無くならねぇかな? 父ちゃん達のシャイツァーみたいに。
「センと四季とで森を爆走するのは楽しかったんだが…、」
「まさか、子供たちが寝ているとは思いませんでしたね」
「誤算だった…。センでも半日かかるとは思わなかった」
「その分、長くセンと、習君といれましたけどね」
「それはそうだね」
惚気か。その顔ですることじゃねぇだろ。てか、なんで恥ずかしがって……あぁ、怒ってるからか羞恥心がどこかに吹き飛んでんだな。
「…指摘しても無駄だと思う」
「何故に?」
「…割と本気で怒ってるから」
割と。なるほど。これで割となんだな。建物全体の空気を凍てつかせる怒気で割と。
…絶対怒らせたくない! 本気で怒らせたら殺気だけで死ねる。間違いねぇ! かっこ悪いけど、その自信だけはある!
というか、空間自体が死んでるもん。『ガディル』も多分意味ないぜ! 魔法なら遮ってくれるはずなのに!
「で、朝になって、昨日の話をしながらご飯食べようかーって、椅子に座ったら」
「コレが割り込んできたんでしたねぇ…」
「コレ、何したんだっけ?」
ひっ。寒気が一段と増した気がする。怖い。だけど、これだけは言わせて。白々しい。白々しいぜ。父ちゃん、母ちゃん! 首をじわじわ絞めていかないでやれよ! いっそ、すぱっといっちゃってやって!
だけど、そんな俺の言葉にならない思いは届かない(届いても無視されると思うけど)。
「ご飯ぶちまけてくれましたね。勿体ないです。ギルティです」
高らかに宣言する母ちゃん。なんか安心した。うん。そこなんだな。まずそこなんだな。
このカチカチに凍り付いた雰囲気の中でよくそんなツッコミどころの多いこと言えるよな。
まぁ、
「そこが二人らしいのかもしれない…」
「…ん。だね」
あ。声が漏れた。というか、「そこ」だけで何を考えてたかわかるのな。
「…思考が単純」
ひでぇ。
「というか、アイリ姉ちゃん、平常運転なんだな」
「…ご飯好きって言った?」
「アイリお姉さまを見ていればわかります」
というかこの前のアイスの時、隠す気サラサラなかったじゃねぇか…。
「…そう」
恥ずかしくなったのか、服についているフードを深くかぶって目を隠した。なんか久しぶりに隠しているのを見たな。…獣人領域の方が、人間領域よりもフードを外している頻度が高いなんて大した皮肉だよ、全く。
ごそごそと動くアイリ姉ちゃんの向こうに、チラッと可愛らしいお皿があるのを発見した。淵が波状に模られた薄いピンクの落ち着いたもの。
あの皿に入ってたお菓子はメレンゲだったか。よかったな、名も知らぬ人。入っていたのがメレンゲで。回収して食べられるお菓子で。
今、俺の目の前でちょっとだけ縮こまっている姉ちゃんもひょっとしたら参戦してる可能性もあったぜ。
アイスだったら、回収できないから間違いないと思う。
べっこう飴なら…まぁ、父ちゃん達が作ったものに限るけど、父ちゃん達が動く前に死んでたぜ? たぶん。
「で、次に何してくれたんだっけ?「この蛮族共め!」だとか、「貴様らどうやってレーコ様をたぶらかした!?」とかほざいてくれたんだった?」
「ですね。この時点でアウトですね。私は兎も角、習君、アイリちゃん、カレンちゃん、ガロウ君、レイコちゃんまで蛮族呼ばわり「ちっ、ぐうぇっ…」するなんて…」
「全くだ。俺も別に俺が罵倒されても構わないけど、家族を罵倒されるのは「だからt。ぐうぇっ」許容できないなぁ…」
「淡々と」二人の動作はその言葉がぴったりだった。足元にいる獣人の反論は全て二人の足を踏み下ろすという行為。たったそれだけの機械的な簡単な動作だけで封殺されてしまっている。
「あの方、今の状況でよく口答えすることがお出来になりますよね…」
「根性だけはあるんじゃなーい?」
「…今の場面で必要かどうかは疑問」
むしろいらねぇんじゃねぇかな。そんな根性。
「…まぁ、それは冗談。…二人は意図的にアレが言ってる、わたし達を指しているはずの複数形、…まぁ、「共」だけど、それにレイコを含めているからね」
「それとー、反論がー、どうかんけーするのー?」
「私が神獣だからですか…?」
「レイコを辱めたように言われるのは許せないぜ!ということ?」
「…二人とも。正解」
「せめて「人間ども」なら…、「…それも無駄」え?」
何で? 俺らは獣人で、父ちゃん達は人間のはず…。
「…二人に種族の違いは関係ない。…人間でも、エルフでも、獣人でも、魔人でも、全部同じ「人」だよ。…「人間共」であっても同じだよ。…むしろ酷いかも」
「人間と纏められるのが許容できないから…?」
「…そうなる」
うわぁ。父ちゃん達は勇者だから例外だとわかってんだけど…、ひょっとしたら獣人の方が人間への拒否感強いんじゃねぇの?
「ああ、しかもこいつ、思想的にハールラインと似てるんだよな…」
「言うなれば。人間排他主義ですね」
「まぁ、戦争は嫌だから、ハールラインには従わずに残ったようだが。戦争に勝ってきたら加わる気だったのかね?」
「かもですね。「うまみのない」戦争は嫌。なのでしょうから。…絶滅戦争になって、敗色濃い場合はどうするつもりだったんでしょうね」
「興味ない」
「ま、そうですよね。そんなことより、絶滅戦争の回避の方が大事ですから」
二人は上に載せている足を浮かせて…、足元の人の眼前に勢いよく「ズドン」と叩きつけた。衝撃に耐え切れずに床が破砕され、ささくれだった木の破片が床に寝転がったままの彼の目の眼前に飛び出した。
二人ともサラッと恐怖煽るなぁ…。普段の二人からは想像できねぇ。怖え。
ん? 何で手を差し出すの? …立ち上がらせた? そしてそのままやつの耳元に口をよせる。
…何がしたいんだ? 『身体強化』を耳にしておくか。
「「次はない」」
しなけりゃよかった。一瞬でそう後悔した。声に込められた、濃密な怒気と殺気とそして、狂気のせい。
だが、それは俺に向けられたものではない。なのに、声を聞いた瞬間、背筋がピンと張って、手が軽く震えて、汗がブワッと体中から湧き出してきたのを自覚できた。いや、出来てしまった。
震える口を抑えつけながら、周りを見渡せば、その場にいた全員が顔を大なり小なり青くしている。俺と同じで聞いてしまったな、これ。
唯一大丈夫なのは、完全に二人の同類であるアイリ姉ちゃんだけ。カレン姉ちゃんも似たようなものだけど、少し影響は受けているような気がするぜ…。
「ところで、どうします?」
「は?」
この状況でレディックさんに振るんだ。確かに、リンヴィ様をはじめとする群長たちは全員固まっていて、仕切り直しにはちょうどいいだろうけど、今なんだな。
「私達は、「3日お待ちください」という言葉を聞いています。それを言った貴方がここにいらっしゃる。ということは、用意が終わったのですよね?」
「え?あ。はい。ですが…、えーっと」
レディック様の声が震えている。マジかよ。俺に直接の面識は父ちゃん達に会うまでなかったが…、知ってる中で一番偉いイビュラ爺ちゃんよりも偉い人なんだぞ…!?
「…場面によって、丁寧語は相手を委縮させる。…今みたいに。…お母さんは癖だけど、…その分怖いよね。冷たい感じがするから」
ああ。なるほど。納得した。通りでレイコに詰られたときちょっと怖いわけだ。
「それはー、ガロウのせーしつじゃないのー?」
「…尻に敷かれる?」
父ちゃんに教わった慣用句? だな。だけど、なんかニュアンスが違う気がする。具体的には漢字。本来の意味ならそうなのかもしんねぇけど、それは断固拒否する。なんかこき使われて死にそう。レイコはそんなことしねぇし。
「…惚気はいい。…そろそろ動きそう」
反論しても意味ないよなぁ。
「アレについては申し訳ありませんでした」
レディック様が土下座した。周囲も意外らしく、顔に動揺が走っているが声をあげる者は誰も……、
「アレでアレのことー、統一するのねー」
「…カレン」
「はーい」
いたわ。カレン姉ちゃん…。
「アレのことなら許しますよ」
「私達にとっての致命的なことは言わない、いい子でしたので」
「それに、二度と同じことはしないでしょうし」
「ご飯の恨みは恐ろしいのです」
「それ」
言い終わると、椅子の肘置きにいつの間にか置いてあったお茶を静かに飲み、カップの中の紅茶をカップごと回して優雅にかき混ぜ…、さらにもう一回上品に飲んだ。そしてカップを優雅に元の位置に戻した。
何やってんの。二人とも…。だけどそれは声にしない。だって、あの形容できない目をむけられたくないからな!
それはおそらく全員の共通認識な気がする。だって、普通、誰かから抗議の声が上がってしかるべきなのに抗議の声が上がらないから。
あげられないのかもしんねぇ。だって、二人が怖いもの。直接ではないにしても、あの殺気を間接的に浴びてしまったから。でも、空気は確実に悪くなった。どうやってこれを収拾付けんだ? わかっててやってんの?
「…ガロウ。レイコ。大丈夫」
何が? 今のに、一切そんな要素ないぜ?
だけど、アイリ姉ちゃんの方を振り返れば、姉ちゃんは輝くような、だから二人が好きだというような目をしている。
「…二人は想定してた。…今ので見極めが終わった。…プラン8かな?」
と囁くように、俺らにだけ聞こえるように言った。
今ので見極め? 何言ってんだ? 姉ちゃん。それに想定? ほんとに? このカオスを。
レイコとともに疑いの目で姉ちゃんを見ても、姉ちゃんから返って来る目は変わらない。
…確かに、姉ちゃんは二人が好きだ。それは間違いない。となると、そこにヒントがある? 姉ちゃんが中でも好きなのは…、仲の良い二人。
そして、一番好きなのは、直接口から聞いたことはねぇが…、見ていりゃわかる。二人が家族のために動く姿。
まさか…、いや、もしかしなくても。この状況になってる原因は…!
脈拍が上がって、少し息が荒くなるのを抑えつけて、俺もレイコもかたずを飲んで成り行きを見守る。
「レディックさん。結論は出そう…、いえ、出ましたか?」
「すまぬ…。お二人の望む結論は出ていない…」
「でしょうね」
レディックさんの申し訳なさで震える声への父ちゃんの反応は呆れかえるほどにスッキリしている。
「そんな「え?」というような顔をしないでください。俺達だって、難題を押し付けている自覚はありますよ」
「習君の言う通りです。私達が思い当たる理由といたしましては、大方「見ないことには判断などつけられぬ。たとえ貴方が群長であろうと」と推測していますがどうですか?」
母ちゃんの問いに、レディック様は目を見開いて俯くことで答えた。それは自分の力不足を悔いているように見える。
「レディックさん。ご自分を責めるのはおやめください」
「ですが…」
「やはり、俺達が片を付けるべきだったのです。手っ取り早く片付けましょう」
部屋にピリッとした緊張が走った。
「暴れるのだけは止めてくれ。全力で殺しにかかるぞ」
「リンヴィ様…、俺らを何だと思ってるのです?」
だが、その緊張は父ちゃんとリンヴィ様のやり取りで霧散した。ああ、よかったよかった。
「勇者様方を何と思っているかであるか…?なら迷うべくもない。この言葉を贈ろう。「獣人の特徴を悠々と超えてゆく者」とな」
「「言い得て妙ですね」」
ッー! さっきの緊張とは別種のもの。それに心臓をわしづかみにされたような気がする。間違いなく、さっきの想像は当たっているはず。今の父ちゃんと母ちゃんの言葉にその思いは強まった。
だけど…、だけど、まだわからない。…まだ、二人から決定的な言葉を聞いてない!
「私達も流石に、家族が憎からず思っている人もろとも消し飛ばしたりしませんよ」
「でなければ、俺も四季も絶滅戦争を気にかけたり致しませんよ。滅びるなら勝手に滅びればいいのです。ま、それは置いておきましょう。今は必要ないですから」
「ですね。というわけでレディックさん。私達、いえ、違いますね。レイコちゃんとガロウ君の親から提案があります」
その声は、不思議な重厚感を持ってあたりに響いた。掴まれている心臓がギュッと圧縮されたような衝撃が体を襲った。あぁ、間違いない…。
二人は俺の心なんて知ったことではない。というように次々に言葉を重ねていく。
「戦いましょう。この私、森野習と」
「この私。清水四季と」
「「あなた方全員とで」」
「私達は二人でお相手いたします」
「そして、俺達はシャイツァーで魔法を使うことはいたしません」
「「これであなた方に勝てれば認めてくださいますよね?」」
二人はそこで言葉を一旦切った。次の言葉が場に響くように。そして、気のせいかもしれない、いや、むしろ俺の考えすぎなんだろう。だけど不思議と俺とレイコに響くように「「俺 (私)達が二人の親としてともにあることを」」と紡いだように感じられた。
あぁ。この人たちは…、習父ちゃんと四季母ちゃんは…、本当に俺達を連れて行ってくれるんだ。そう思うと無性に胸がポカポカして、目から雫が零れ落ちてきた。
「…信じてなかったの?」
「俺はたぶんそう。やっぱり色々あっても心のどっかで、二人を信じれてなかった」
「…二人のこういうところは信頼していい」
間違いない。
「…で、レイコは何でガロウの後ろにいる?」
「嬉しくて泣いてるから」
「嬉しくて泣くのー?」
「はい。そう言う事もありますよ」
ここにいる4人だけに聞こえる声量で泣きじゃくるレイコ。少し恥ずかしい。別のことを考えよう…。ああ。そういえば、見極めって…。
「…ん。たぶん思ってることは合ってる。…二人はお茶への対応を見ていた。…無礼だと出るか、…ああでるか、…もしくは苦言を呈するか、…その度合いでここへの持ってくる方法を変えた」
言わなくても姉ちゃんに当てられた。…考えることを取られた。
だったらもう、今の子の嬉しい気持ちに浸っていよう。二人が言葉だけじゃなくて、行動で俺達の──正確にはレイコの──望み「外に出たい」を叶えてくれようとしてくれているという喜びに。