131話 連邦
「ところで本日はどうするのだ?」
昨日アイスを食べてなんだかんだ諸々済ませて寝て、起きてから昨日のように朝食を食べさせてもらったら、リンヴィ様が尋ねてきた。
部屋にはリンヴィ様とリンパスさん、そしてお仕事をしているであろう獣人の皆さん以外、誰もいない。
「今日ですか…、図書館はまだですよね?」
「ああ。相変わらず立ち入り禁止だ」
「書物が多くて、右往左往、てんやわんやのお騒ぎなんですよねー」
しみじみと実感の籠った声で言うリンパスさん。それはいい。それはいいのだけど…。
「「リンパスさん…」」
「皆まで言わないでください。今の私の姿勢やら姿を指摘したいのですよね?」
「「はい」」
リンパスさんは一切こっちを見ることなく、鯱の姿でぐでっとしたまま。
「テレビでたまにあった打ち上げられたイルカってこんな感じだったよね…」
「驚くほどそのまんまですね…。海洋最強の威厳が…」
「オルカアタックして帰れなくなったのかも。そう考えると威厳が……」
楽しそうにゴロゴロと転がるリンパスさん。
「ないな」
「ないですね」
「自分で言っておいてひっくり返すのですかー」
「ひっくり返さない人なんていないと思いますが?ねぇ?」
子供たちに話を振ると、力強く首肯してくれた。
「ナンテコッタイ!ですが、かまいませんねー。私にとって、こうやってゴロゴロしている方が楽なのですよ。ハッハッハ。転がるなら人よりも鯱の方が楽ですし。それに浮けますし」
謎原理でふわふわと横に回転しながら浮かび上がるリンパスさん。
「どっからどう見ても出荷じゃないですか…」
「そんなー」
「ノリのいいことで…」
「獣人族定番のネタですよ。勇者様にしかやりませんけど」
「逆に安心しました」
「何故に?」
ガロウが首を傾げて聞いてくる。そりゃあ…、
「”普通の”人間にやっちゃダメでしょ」
「正確に言えば、理解できない人間ですか。変わった貴族もイベアにいましたしねぇ…」
「つまり、どういうことなのでしょう?」
「獣人ということを逆手に取ったギャグ?だからだよ」
「このネタをするということは、ある意味で家畜扱いを許容するという事に他ならないので…」
「人じゃないなら奴隷でもいいよね!という考えが通用すると考える馬鹿が出る可能性があるってこと」
「大正解です!さすがですね!」
いつの間にクイズと化していたんだ?
「「リンヴィ様…」」
「これでも優秀なのだ」
「やった!褒められました!」
「この人えらく幸せな耳してますね…」
「我限定」
その三文字が重すぎるんですよね……。褒められて嬉しいのか扉の前でふよふよ転がりまわっている。うちの子らでもここまでしない。というか、うちの子らはおとなしい子が多いけど、一番はしゃぐ子でカレンだけどある程度空気読んでくれる。
「おっとぉ、すまん。手が滑った」
扉が開いた瞬間、そんな超棒読みのクヴォックさんの声とともに、「ゴッ!」という異世界でちょくちょく耳にする機会のある、およそ人と人がぶつかって鳴る音ではない音が響いた。
「ウグェフッガッシュッ!」
リンパスさんが変な悲鳴を上げ飛んで行って、壁に激突。ガシャーン! と爆音を立てた。
「おぉ…、最後の音だけまとも」
「レアですねぇ…」
「ツッコミどころズレてるぞ!?」
「「そう(ですか)?」」
「ダメだこりゃ」
がっくり肩を落とすガロウを、アイリとレイコが左右から肩を叩いて慰める。
「…お父さんも、お母さんも天然だから…」
「そーだよー」
「ですのでガロウ。諦めましょう」
「諦めるのは同意する。だけど、同類に言われても説得力が皆無」
ガロウの言葉に全員、仲良く揃って小首を傾げた。さも私理解できてませんというよ……というか本気で理解できていないけど。
「ほらな!」
「完全に私をスルーしていらっしゃる皆さまは間違いなく全員ズレてます」
貴方には言われたくない。この暴走列車が! …にしても、俺って天然なのだろうか?
「揃って自覚なし。そして、お前が言うな状態だな」
「そーですねェッ!」
うんうんと頷いていたクヴォックさんの頭目がけ、人に戻ったリンパスさんの足が振りぬかれる。
「チィッ!外しました!」
「いきなりあぶないなぁ!何しやがる!」
「いきなりって、さっき私をいきなりふっとばしたのは誰ですか!?」
「俺だが、謝ったぞ?」
棒読みでしたがね。しかも謝るのは殴る前。
「そうですか、それならごめんなさいね!」
リンパスさんが鯱に変身して謝りながら突撃する。この「ごめんなさい」は「勘違いしてごめんなさい」じゃなくて「謝れば殴っていいよね!」とかいうぶっ飛んだ理論に基づいてるんだろう。
突撃は本当にただの突撃。魔法じゃないぶん理性はありそう。
だが、なぜか浮いているから、空気以外の抵抗を受けることなく、動きが極めてスムーズであること。そして、あんまり言うべきではないかもしれないけれど、質量が増えているから威力も増大した一撃であること。といった点を考えるとやっぱり理性が吹き飛んでいるのかもしれない。
まぁ、痛めつけてやろうという考えでやっているだろうから、こう考えると「理性がある」と言うべきなのかもしれないけど。
「謝って許されることと許されねぇことがあるぞ!リンパス!お前がそう来るなら俺にも考えがある!」
羽を広げ、床を蹴って飛び上がるクヴォックさん。
「オレの魔力よ、オレの羽の形を変じ、我ら一族の武を見せよ!『羽の雨』」
手裏剣の様に先端が鋭くとがった羽がクヴォックさんの羽から30本ほどが一斉に飛んでゆく。
「ハッ!言ってくれますね!先に手を出したのはそちらでしょう!」
動揺することなく、その30本の羽全てを回避し、啖呵を切るリンパスさん。
「魔法まで使いだしていますが、止めなくても…」
「習君。ダメです。リンヴィ様の目が死んでいます」
リンヴィ様の方を見ようと顔を回した途端、四季からそう声が飛んできた。えぇ……。一応確認…。
「あぁ。こりゃダメだ」
心ここにあらず。目の焦点が合っているようで合っていないとかいう状況。
「あ、でも仮にも群長なのだし、どっかで収まる…でしょ。たぶん」
「…たぶんって言っちゃっている時点で信用度はお察し」
「若干フラグじみてしまいましたね」
「そんなこと言うとフラグになるんだよねぇ」
喧嘩も過熱してきているからなぁ…。
「だいたいお前はいつもいつもリンヴィ様の横にいやがって!仕事しろ!『羽の雨』」
再度羽を飛ばすクヴォックさん。
「ハッ!私は辰群副群長です!群長の補佐が仕事なのですよっ!」
リンパスさんはそれらを悠々と空中を泳いで悠々と回避し、お返しとばかりに尾を叩きつける。
この流れはちょいとマズイような…。
「オレの群ではそんなことねぇぞ?」
「?そりゃそうでしょう。貴方が群長なのですから」
「クソッタレ!なんて不平等!オレらだってリンヴィ様のそばにいたいのに!」
最初にリンパスさんを吹き飛ばした理由の大部分はそれだろう。きっと割合は1:19。もちろん、1の方が「邪魔」という思い。
「恨むなら自分を恨みなさい!辰群に生まr「「「そこまでだ」」」…はい」
俺と四季、それにリンヴィ様の声が重なる。
「どうしてフラグ回収をしてしまうのですか、リンパスさん。貴方は立場を自覚されているはずなのに」
「どうして私達でも気づけることをやってしまうのです?自ら国是を踏みにじってどうするのですか」
「……」
リンヴィ様がジト目でジトっと見つめる。
「うぅ…。熱くなり過ぎました」
ジト目が一番堪えたらしくしょんぼりと肩を落とした。
「フッ」
鼻で笑うクヴォックさん。言わなくとも、「ざまぁ!ねぇねぇ、今どんな気持ち!?」なんてヒシヒシと伝わってくる顔だ。
「クヴォック。煽るのも限度がある」
「申し訳ありません」
聞き分けがいいのはいい。けど、リンヴィ様が止めてりゃもうちょっと早く終わったはずなんだけど。
今みたいに、どう考えても動かなきゃ不味い時には動く。大問題にはならないだろうけれど…、それはそれで問題な気がする。
「ねぇー。国是って何―?」
「簡単に言えば「国の方針」。フーライナなら『人類の食糧庫』だし、アークライン神聖国なら『アークライン教の聖都』といった具合…かな?」
アークライン神聖国は微妙に違う気がするけど。
「この国でしたら、『連邦制 (モドキ)の維持』ですね。そのために、他種族、他群への発言には気を張っているはずです」
「要するに、差別は許さないってことだね。特に族に対する」
だからこそさっきリンパスさんが言いかけた──推測だけど──「辰群に生まれなかったことを後悔しろ」なんて言葉は絶対に許されない。
「何故に?」
「何故にって、どういう意味?」
どのあたりから説明するべきなの?
「差別がいけないことだというのは理解しております。そのせいで私達も悲惨な目に会いかけたわけですし…」
「だけど、何で国是と関わるんだ?」
良い聴き方だ。どの辺から説明すればいいのかがわかりやすい。
「説明の前に、まず、国を超大きな家族だと考えてみて欲しい。で、その家族が派閥に分かれて悪口の言い争いでもしていたらどう思う?」
「俺は嫌だな」
「私も嫌です」
「…嫌」
「いやー」
「ここでは派閥が群や族に相当するぞ」
「で、そんな家族は…、分裂しそうでしょう?」
四季の問いに全員揃って首を横に振った。何で? 皆、首を縦に振ってくれると思ってたのに…。
「簡単な理由だぞ」
「「どういうことでしょうか?」」
悔しいけれどよくわからない。
「そもそも想像が出来ぬということだ」
あ。なるほど…、普段はろくに意識してなかったけど、この子らそもそも家族なんて知らないんだ。
「知らないことは想像できない…か」
「…一応出来はするよ」
「出来るといっても、おそらく家族という概念の一面だけでしょう」
「つまり、二人が思い浮かべて欲しかった情景と齟齬がある理由は…」
「仲が良いからであろう。よきことだ。(…限度があるが)」
最後の小声部分に盛大にツッコミたい。でも、聞こえていなかったのか、しみじみと実感の籠ったリンヴィ様の声にリンパスさん、クヴォックさんのみならず、そばに控えていた人たちまで首肯した。
「…嬉しいね」
アイリの一言を皮切りに、同意を求めるように子供たちの目がこちらに集中する。君らもあの最後の部分聞いてないのか。もしくは聞いていて敢えて無視しているのか…。
まぁいいか。例え、リンヴィ様のセリフの小声部分に俺らの同意の重点が置かれているとしても、嬉しいことに変わりはない。だって、俺や四季が勝手に「仲がいい」と思い込んでいるだけじゃないか? という不安を払拭してくれたんだから。
四季と二人で4人を挟み込み、顔を押し付ける。ガロウが少しだけ鬱陶しそうに顔をしかめたが、すぐに抵抗をやめてくれた。
うー。やばい。嬉しい。
「少し怖いぞ。父ちゃん。母ちゃん」
「「マジで(すか)?」」
「ああ。でも、ちょっとだけな!二人の勢いだけちょっとだけ怖い。でも、それ以外は怖くはないぞ」
拒絶されないのが嬉しい。ガロウの頬、もちもちだ。
「あ、ちょ…。ちょい恥ずかしいから出来たらやめてくれたら…、嬉しい」
「「じゃあ、もう少し…」」
「本当に仲がよろしいですね…。それに比べ…。はぁ」
「今、危機を呼び込みかけた主原因が何か言ってる」
「確かにそうですが、名前で呼びましょ?」
「あー。さっきのせつめー途中だよー?」
ああ。そうだね。じゃあ、戻ろう。
「ええと、族、群が多いからそれだけ喧嘩のきっかけがある。最悪殺し合いになりかねない火種が」
「放置されました…」
リンパスさんが何か言っているが誰も気にしない。
「殺し合いになれば崩壊しそうだよね?」
よかった。流石に頷いてくれた。
「だから気を張る必要がある」
「そうだぞ。定期的にこの阿保が爆発させかけるが」
「クヴォックも人のこと言えないんですよね…」
部屋にいた給仕さん達がうんうんと頷く。リンヴィ様狂二人は普段一体何をやらかしているんだろうか…。
「ところで、この国って群とか、族多いのか?父ちゃん?」
「それは俺らの世界基準?」
俺に聞いているってことは多分そうなんだろうけど。
「両方」
違った。両方ねぇ…。
「了解。でも、こっちのことはアイリに聞いて」
「こちらのことは詳しくないので…。獣人領域にある群は12個でしたね」
「だね。あっちだと、他民族国家で有名なところは…、ユーゴスラヴィアで5民族。後は…、オーストリア=ハンガリー二重帝国か。これの民族数は…。あれ?」
「知らないです」
四季に「知ってる?」って聞こうとしたけど、先手を打たれた。そっか知らないか…。
「正確な数はわからないけど、流石火薬庫の一部を領有していた国といえる民族はいるか」
「いるはずですねぇ…」
「結論はどうなの?12は少ない?」
「いや、多いよ。普通に多い」
「ええ。だって、ある程度まとまった人数の民族が12個も住んでいる国なんてないはずですから」
移民とか引っ越しも含むよ! とかにすれば、たぶんどの国も12民族以上はいるけど。流石にその考え方は間抜けすぎるし…。主要民族と考えると12個もある国なんてないはず。
「…こっちもそんな国はない。少数民族含めて4つや5つが精々。細かく分ければ増やせるだろうけど…、やっても意味がない」
「となるとやっぱり多いのか?」
「でしょうね」
「しかも群は族に分けられるぞ」
「総数は一体いくらになるのでしょうかね」
「よく分裂いたしませんね…」
四季の声を聞いてレイコがそう漏らす。
「幸いなことに言語がある程度統一されていますので…」
「それに、広範な群自治が認められているからな。そして…、」
「「カリスマ的トップがいる(ますから!)」」
二人が交互に言った後で、リンパスさんとクヴォックさんがキリッと言い放った。
「というわけで少しはマシだと思うよ。」
「まぁ、ドイツ、マジャール人中心だった|墺洪帝国《オーストリア=ハンガリー二重帝国》は大戦争をきっかけに、ユーゴもカリスマ的指導者の死をきっかけに、各民族の不満が爆発して分解しましたけどね。」
「それ今言う!?言っちゃうの母ちゃん!?」
「今言うしかないんだよね…」
例え「崩壊」という言葉に国のトップが顔色を悪くしようとも。
「実際問題として、リンヴィ様が亡くなった後、崩壊する可能性はかなり高そうですもの」
「崩壊がいつかはわからないが、ガロウとレイコの生きている間に「故郷が滅びましたー!」とかちょっと…ねぇ」
故郷がなくなって悲しむ顔は見たくないからなぁ…。この親心? はわかっていただけますよね?お二人さん?
「それに、連邦制の維持はこれから先、必要だし…」
「何故だ?」
「おそらく、人族との交流が復活しますから」
「「「は?」」」
あれ、言ってなかったっけ…。
「戌群の拉致された人たちを『イベア』王国のディナン様が連れて来てくれるそうです」
「「これをきっかけに交流を深めたい」的なニュアンスのことをおっしゃっていましたので間違いないはずです」
かなり前な気がするけど、まだ一か月経ってない。記憶に間違いはないはずだ。
「なぁ、シュウ。シキ」
「「はい。なんでしょう?」」
「このような重要な案件はもっと先に言ってくれ…」
ごめんなさい。
「ところでそのディナン様という方のお立場は?」
「王族ですね」
「実権はないらしいですが、国民からも、政治担当からも、立法担当からも、軍担当からも好かれている人ですよ。ちなみにこのお三方は血縁ですね」
「2親等です」
「頭が痛い…」
トップ三人が頭を抱えた。
「色々あったので…」
「言い訳にすらなりませんが」
面目ない。
「ところで、そのことは当事者に報告はされていますか?」
「四季、どうだっけ?」
「ええと、少々お待ちください…」
「…そう言ってる時点でお察しなんだけど」
五月蠅いよ、アイリ。思い出すから黙ってて! 格闘することおよそ5分。
「「記憶にない(です)」」
「…やっぱり」
アイリの言う通りだったな…。
「つまりお二方からは伝えていないと?」
「そうなります。子供たちはどう?」
「俺らは伝えてないはず。なあ、レイコ?」
「ええ。そうです。私達もお伝えしたという記憶はございません」
「ボクもー」
「わたしも」
「となると…、あっちは誰も知らない?」
油を点し忘れたロボットのように言葉を紡ぐリンパスさん。
「申し訳ないですが、そうなります」
「我が伝えに行こう。処理を間違えられぬ案件だ。期限は?」
「俺らの一週間後には出発だとか言っていたはずです」
「わかった」
「「行ってらっしゃいませ」」
クヴォックさんとリンパスさんが道を開けると、バサッと翼を広げて飛んでいった。…報告は大切。非常に申し訳ない。
「皆さま、本日は何をされるのです?」
「俺と四季は再度ニッズュンへ行ってきます」
「では、オレが随伴しよう」
「貴方は図書館整理していなさい。逃げてはなりません」
「何故だ。貴様は堂々と逃げているではないか!」
「副群長。以下略」
一気に雑になった!?
「…二人に怒られたくないんじゃない?」
「何で?」
「怖いからー」
そんなに怖いかな…?
「あ。そうだ。クヴォックさん。センと行くので送ってもらう必「グヲワッフゥ!?」…送ってもらう必要はないです」
なんだ今の奇声…。四季の声で目を輝かせていたクヴォックさんが挙げた声ってのはわかってるけど、どうしたんだ? リンパスさんはまた、「ざまぁ!」って顔してるし…。
「ところで、俺らは?」
「特にしたいことがなければ特訓をしていてください」
「したいことはないけど…、特訓?」
「ええ。特訓です。レイコちゃんもですよ」
「私もですか?」
「ああ。だって、二人とも能力手に入れて日が浅い。だからちゃんと把握して、ある程度使えるようになる必要はあるでしょ。アイリとカレンも手伝ってあげて」
「…ん。わかった」
「わかったー」
「私もお手伝いいたしましょうか?」
リンパスさんか…、どうしようかな。期待に溢れた目をしている。これからのことを考えるとお手伝いされない方が……。まぁ、なんとかなるか。
「お願いいたします。無理をしそうであれば止めてください」
「後、質問には答えてあげてください」
「ええ。私の出来る最大限のお力添えをいたします」
「何故、リンパスばかり…」
「副以下」
「首根っこ掴んで引きずり回してやりたい」
「早く図書館に戻って作業をするのです」
「わーったよ。あのイラス爺とかも頑張ってるもんな。はぁ」
肩を落としてクヴォックさんが出て行った。
「何故にイラス爺?」
「不器用ですから」
「手伝わない方がいいのでは…?」
「力が必要な時に役立ちます」
物扱い…。
「ところで、図書館の整理って重労働なのか?父ちゃん。」
「違うはず。あそこは特別」
「ええ。禁書だらけですからね、扱いは十分に注意する必要がありますね」
「後、首長のことを学ぶ図書館も大変だと思う。想像だけど」
それだけで察したらしい。皆、リンパスさんを一瞥すると深く首を縦に振った。
「ものすごく失礼な扱いを受けた気がします」
「反論できないことなので気にされないほうが良いかと思います」
「とりあえず、戻ろう。俺らはセンと会わなきゃいけないし、二人も特訓するにしても、タオルとかいるだろうし」
というわけで宿。四季がタオルとかの処理をしてくれている間に、センに鞍や鐙といったものを取りつけて、乗る。
ふわふわしていて気持ちのいい鬣だ。益々白く美しくなっているような…。ああ。久しぶり? に長距離を走れるのが嬉しいからか。
「用意終わったので、乗せてくださいな」
「了解」
四季の手を取って俺の後ろに乗ってもらってと…。
「じゃあ、行ってくるから…、リンパスさん後をお願いいたします」
「了解です。深刻な怪我はないようにいたしますので」
「皆頑張ってね。あ。ガロウ君。申し訳ないですが、『護爪』、『輸爪』と『輸護爪』出してくださいな」
「?いいけど…」
「ん。ありがとう」
サイズ的に邪魔だな…、小さくなーれっと。よし。
「じゃあ、行ってくる。」
「落ちないでねー?」
「…特にお母さん」
駆け出したしりから後ろからそんな茶化すような声。
「わかってますよ。しっかり掴まっていますので」
四季は苦笑いしながら答えると、体を俺に押し付けて、腕を回してきた。
…何回やられても、この状況に完全に慣れることは無理そうだ。どうしても、背中の柔らかさに意識が取られる…。
「セン」
スピードあげて。そんな気持ちは伝わったらしい。速度が上がる。
バミトゥトゥを出ればニッズュンまでは森。上から見た限りは。だが、センには森であろうと関係ない。バリアを張って走ればいい。
大地がセンの脚力で抉れたり、木の枝がバリアでへし折られたりはするけれど気にしてはいられない。今日中に帰りたい。
「やはりセンに乗って走るのは気持ちいいですね」
「だねぇ…。しかも、風の量はセンが調節してくれるし」
心地よい風が俺達の頬を撫で、置き去りにされていく。
「「それに四季もいるし」」
…風の優しさに乗せられてつい、恥ずかしい本音を漏らしてしまった。しかも二人仲良く。
俺も四季も羞恥で何も言えない。だから、静かな森の中、自分の心臓がドクドクと脈打っていること。背中から伝わってくる四季の鼓動は早鐘を打つように速いということ。がわかる。
馬上でよかった。この赤くなった顔を見られずにすむから…。
「ヒヒーン!」
突如黙りこくる俺たちを心配することなく、センはただ「楽しい!」というかのように天高く鳴き、四季は俺の腰に回す手の力を強めた。