130話 続々アイス
「…ちべたい」
部屋に戻るなり、アイリがこちらを見て悲しそうな目でそう言った。
「突然すぎてよくわかんないんから聞くけど…、」
「アイリちゃん、何をやっているのですか?」
自分がやっていることが間抜けすぎて恥ずかしいのか、プルプルと震えながらもアイリは口を開いた。
「…冷たすぎて貼りついた。…お父さんたちじゃないのに…、不覚」
何故にサラッとディスられたし。解せぬ。
「冗談が言えるなら大丈夫だね」
「…ごめんなさい。外して」
割と必死な顔で頭を下げるアイリ。
「必死ですね…」
「だね。凍傷が心配だしさっさと外すよ。というわけで、何かいいサイズの器ちょうだい」
「雑ー!」
「雑でも伝わるので大丈夫なのですよ。カレンちゃん」
「伝わる伝わらない以前に、お母様は器を用意されておられたような…」
「そりゃ何がしたいかだいたいわかってますからね」
会話しながら器を渡してくる四季。
「ん。ありがとう」
一応大きさ確認。俺らが作ったやつよりも大きい…ね。よし。これなら、十分。アイスを全部受け止めることができるはず。
「ちょっとそれ持ち上げて」
「…ん」
アイリがボールを持ち上げて、中央に持ってきてくれた。改めて近くで見ると、ボールの外側はところどころ白くなって凍結しているような、そんな気がする。何でこの状態のこれを触ってしまったんだろうか?
…まさか、食欲? 食欲のせいか?
「…はやく」
「ああ、ごめん」
恨みがましい目で見てくるから思考を打ち切る。開封は簡単。ただ、『消えろ』と念じるだけ、以上。
ボールが消えて、固まった白いアイスがゴロンと目の前に転がり出た。よし、ちゃんと固まっているね。
「アイリちゃん、手は大丈夫ですか?」
「…ん。大丈夫」
「ちょっと見せて」
何故か一瞬逡巡するそぶりを見せたから、一瞬不安に駆られたが……平気そう。というかいつもよりぷにぷにしていて柔らかい気がする。
「…早く食べよ」
「いいけど…、たぶん外側カッチカチだよ?しばらく放置したほうがいいと思うよ?」
「それはそうと、アイリちゃん」
「…何?」
「どうして『死神の鎌』を使わなかったのです?あれ使えば「…あ」忘れてましたねアイリちゃん…」
アイリにしては珍しい。原因は食欲だろうけど…。よく考えれば、ある意味子供らしくて、微笑ましい。
「…お母さんたちじゃあるまいし…」
また何故かディスられたけど。
「「あげないよ?」」
「ごめんなさい。早く食べよ」
ふざけ合いの一環ではあるけれど、この変わり身の速さには軽く引く。“…”という間すらないとかどれだけ楽しみにしてくれているのか…。
「スプーンは全員分持ってきてるぜ」
「センのための器も私が用意しておきました」
「ありがとう。二人とも」
言いながらレイコとガロウの頭を撫でれば、優しいフカフカとした触感が返ってくる。相変わらず良い毛並みをしている。
「…食べていい?」
「その前に分けよう。ね?」
余りにも期待に満ちた目にゴーサインを出さなかった俺を褒めたい。出さなかったがために、全身から「早くしろオーラ」とでも言うべきものが放出され始めたが。
「どれだけ食べたいんですか、アイリちゃん…」
「…いっぱい」
思わず呆れそうになる、ものすごく雑な解答。だけど、その分、込められている気持ちの深さは全身から、目から伝わってくる。
「何かよくわからんが姉ちゃんがすげぇ」
「ねー」
全面的に同意したい。ただ、役に立ちそうな場面が全然想定できない上に、そもそもアイリがこの技能を発揮するのはきっと|こういう場面《俺らがお菓子を作った時》だけというのがヒシヒシと感じられるとかいう、至極謎な力だけど、なんかすごい。あ。そういえば…。
「アイリ」
「…何?」
「何であの状況になってたの?」
「…え?…えっと…」
アイリは露骨に視線を泳がせ始めた。さっきまで「食べたい」とか言いまくってたのも合わせると、バレバレなんだけど…。
「おねーちゃんが運んでくれたからだよー」
「しかも”素手で”です。お父様。お母様」
「見た目からして凍っていましたが…?」
「そーだね」
「…お父さんとお母さんがわたしを虐める」
見事なまでの棒読み&無表情。嘘を言っているというのがまるわかり。
「姉ちゃん。演技する気皆無だな」
「…そだね」
「どうせやるなら、中途半端じゃなくてやり切れよ!」
「…そんなことより、食べよ」
「開き直られましたね…」
今更だけどね。開き直ったからか、早く早くとせかすようにアイスを鎌でちょんちょんと触りだした。さすがに素手でもう一回触る気はないようだ。
「…さっきみたいなのは嫌」
視線から何を考えているのか察したらしく、アイリはプイと顔を背けた。
そりゃそうだよね。氷は意外と冷たい。夏場に氷を水に放り込むだけじゃよく理解できないけど、火傷の応急手当なんかで保冷剤やら氷やらを握りしめてれば凍えそうになるから…。
? アイリがアイスを器ごと持ち上げた? 何がしたいんだろう?
「…えい」
器を下に下げ…、勢いよく上へ持ち上げた。アイスは反動で打ち上げられ、宙を舞う。
「…とう」
すかさず鎌が振り下ろされ、アイスが縦に切り裂さかれる。その衝撃で、完全に固まっていなかった中央部分が飛び散りそうになったが…、アイリが全て受け止めた。
彼女は器の真下にいたため、状況を完全には把握できていなかったようだが、器の上のアイスを確認すると満足げな笑みを浮かべた。
「…食べよ」
「いやいや待て待て。今の何!?何なの姉ちゃん!?」
「…お父さんたちを急かしたのに、効果なかった。だからやった」
「アイスが食べたいから、今の無駄に洗練された無駄のない無駄な動きを披露したと?」
「…ん。待ちきれなかった。…後悔はしていない」
だろうね。ガロウは理解できないのか頭を掻きむしっているけど。
「なあ。姉ちゃん」
「…何?」
「まだ俺の話は終わっていないぜ?」
「…そう」
温度差が酷い。
「だからさ、終わったと判断してワクワク顔でスプーンを握るのはやめようぜ?」
どこに問題が? と言わんばかりに首を横に傾げるアイリ。ガロウは「違う。そうじゃない」と崩れ落ちた。温度差がさらにひどくなった…。
「それにしても、ガロウ君頑張りますね…」
「だねぇ…。あの状態のアイリを良く止められるよね」
「ですよね。私だけじゃないですよね」
「そりゃねぇ…、あんなキラキラした目をむけられてしまうとね」
「止められませんよねぇ。というか、止める意義すら見失いそうです」
「ブルルッ!」
ひょこっと縁側に、「まだなの?」と言うようにセンが鳴きながら顔を突っ込んできた。
アイリはそんなセンと崩れ落ちるガロウをじっと見つめると、手をポンと打ち、その音にガロウが頭をあげる。
アイリはレイコが持ってきていた器を手に取る。
「違うだろ姉ちゃん!」
「…違わない。合ってる」
「確かにセンも一緒に食べるって言ってたけど、言ってたけど…!」
再度ガロウは膝をついた。
「…なぁ四季。これって、昔の癖が再燃しているとかないよね?」
「孤児院を追い出されたときのあれですよね?食べないと暴走しちゃうという…」
「そう。それ」
「…おそらく大丈夫ですよ。あのアークライン神聖国で相対したときと違って、真っ当な楽しそうな顔をしていますもの」
「それもそうか…。それに、解決したとか言っていたもんな」
「そうですよ。ですから大丈夫です」
アイリの今の笑顔は、あの時のように引きつっていたり、狂気にまみれていたりしていない、純粋なもの。
……うん、大丈夫そう。どうしてもちっちゃなことで不安に駆られてしまう。
「ちょい待って。アイリ」
「…何?」
「妙にアイスの量が少なくないですか?それセンの分ですよね?」
四季の指摘にアイリはツッと視線を逸らした。故意か!
皿の上には2 cmほどのアイスが。「どれだけ食べたがってくれているんだろう?」と思わないでもないが、どう見ても少ない。というか、この量だとセンはもとより、俺らの中では小食な方のカレンでさえ少ない。
「アイリ…、ちゃんと切ろう?」
「また作ってあげますから…」
少々呆れを含んだ声で言えば、アイリは不承不承…、というわけではなく、むしろ「さっきまでのケチさはどうなった」と言いたくなるぐらい自分から進んでアイスで鎌を切断し、センに渡してくれた。
どうやら、「また作る」という言葉を信用してくれたみたい。
アイリからアイスを貰ったセンは、ジッとアイスを見ていたが、俺らの視線を感じたのか首をあげ、尾を振りながら「一緒に食べよう」とでも言うように見つめてくる。
ならば、さっさとよそって食べよう。
「アイリ」
「…任せて」
鎌が振るわれ、アイスが斬られ、次々に皿へ載ってゆく。
「姉ちゃん。俺のも頂戴」
「…復活した?」
「諦めた。父ちゃんと母ちゃんも何も言わねぇしな」
「…ただ食べたいだけだってわかってくれてるからね。…二人とも」
「うわっ。さっきまで答えてくれなかったくせに、今更答えてくれた!意地悪!」
「…意地悪じゃない。やりたいようにやっただけ。…ん」
見た目相応の悪戯をするこのような笑みを浮かべてガロウにアイスを差し出す。
「ちいせぇ」
「…ん」
「姉ちゃん。センのよりもちいせぇぞ!?」
「…ん」
「会話する気ねぇ!?何故!?」
「…お約束?」
「答えてくれたのはいいが、何の約束だ!?」
アイリはコテリと可愛らしく傾げる。
「わかってねぇのかよ!」
「アイリだし…」
「この場合のお約束とは、いじられキャラが弄られるということですかね?」
「いじられキャラって俺?」
「じゃないの?」
「うげぇ…」
強く生きろ。ガロウ。
「ねぇー」
「「何?」」
カレンが俺らの服を引いた。
「お二人もそのお約束の対象者だと思うのですが…」
「ねー」
あー。聞こえない。聞こえない。確かにその通りな気しかしないけど、聞こえない!
「最も…、命に係わる場面ではその約束は守られないようですが…」
「レイコー。それー、慰めになってないよー?」
さっきのアイリのように可愛らしく首を傾げるレイコ。
本気でレイコは暗に「戦闘中にもいちゃついている」って、言ったという事には気づいてないらしい。うちの女性陣は全員、軽く天然入ってるな!
「なら、自分でとるぜ!」
スプーンを持って、大きく振りかぶるガロウ。
「何となく未来が見えますね…」
「だねぇ…」
「止めないのー?」
「いってェ!」
「予想通りですねぇ…」
「欲張って大きく取ろうとするから…」
ガロウがスプーンを突き立てたアイス。その一番外側は未だにカチコチに固まっている。そんなところに思いっきりスプーンを突き立てようとしたもんだから痛いはず。というか、衝撃でスプーンがひしゃげている。
「とりあえずアイスよそうよ」
ガロウの分をアイリが斬ってくれたおかげで露出した、中心に近い柔らかいところから適当に見繕ってとる。
「はいどうぞ」
「んあ。ありがと。ところで、何故止めてくれなかったし」
「「何となく(です)」」
「ひでぇ」
命に関わるような怪我をする危険がないのなら止めない。本人がやりたがっているのだし。命に関わるものでも、本人が危険性を十分に理解していて、それでもと言うならば止める気はない。まぁ、出来ればやめて欲しいけど、縛りすぎると遊べなくなる。ブランコ然り、ジャングルジム然り…。
「というより、ガロウ君。ガロウ君はシャイツァーを使わないのですか?」
「ふぇ?俺のシャイツァーは護り、移動するためのモノだぜ?」
「『輸護爪』だもんね。知ってる。でも、シャイツァーって硬いよ?」
「それは知ってる。それがどうかしたのか?」
あれ? わかってない…?
「硬いなら使おうよ。ちょうど爪なんだから、形的には俺らの中でも救う際の利便性はトップでしょ」
「えぇ…。シャイツァーだぜ?神授の道具だぜ?なあ、母ちゃん?」
「え?」
突如話題を振られた四季は目をぱちくりさせながらそう言った。
「え?」
すぐに返答が返って来ると思っていたのかガロウも硬直する。そんなガロウを見て、四季がポンと手を叩いた。
「ガロウ君。使えるものは使いましょう?」
「そう言えば、母ちゃんも父ちゃんも同類なのを忘れてたぜ…」
「今更ですしね」
「何回か言った気がするけど、猪の突進に合わせてペンを刺したり、硬いものにペンをぶつけて削ったりしてるし」
硬いというだけで利便性はかなりある。
「姉ちゃん、罰当たりだと思わないのか?」
一縷の望みをかけてガロウはアイリに聞いてみるみたいだ。質問内容的にガロウの望む答えが返って来る可能性は0だ。
「…愚問」
「ホッ…」
「…思わない」
「え゛?」
何故溜めた。
「…気分?」
「そうか。なら仕方ないな」
今日のアイリのテンションはなかなかに崩壊してる。何考えているかは察されているけど。
「……あ」
「…察した?」
ぶんぶんと首を上下に振るガロウ。ついでにレイコも振っている。
「鎌なんて押し付けやがって、何か必要な力が出てきたら脅し取ってやる(意訳)」とか言っているアイリにとって、そんな気持ちなぞあるはずがない。
「カレン姉ちゃんは?」
「思わないー」
「ガロウ、カレンお姉さまは時々、弓の弦で敵の首を折る訓練や、弓で相手を撲殺する訓練等を行っておられますよ?」
「あれ?俺がおかしい?」
「「それは知らない(ですね)」」
「冷てぇな!」
「いや、ガロウ。よく考えてみて?」
「んあ?何を?」
これは考えても出ない顔だな。フリ方が下手糞なのもあるだろうが。
「では、説明しましょうか。私達はシャイツァーを「召喚された詫び」だとどこかで思っていますからね」
「根拠は、勇者は全員持っていたらしいという事ね」
「なるほど。でもさ、父ちゃん達ってシャイツァーが硬い限り、似たようなことするよな?」
ガロウがジトっとした確信に満ちた目をむけてくる。
「正解。たぶん…、というか間違いなくやってる。だってほら、使えるものは使わないと」
「いろんな意味で流石だな!」
「ですが、いざというときに使えないと困りますよ?」
「あ。うん。だね」
「それで守りたいもの守れなかったら嫌だし」
チラッと四季を見て、それから視線を家族に移して、最後にガロウが一番大切にしているレイコを見る。
「…あれ?論破された?」
「…されて何か変わるの?」
「何も変わりませんね。おそらく。強いて言うならばガロウの心構えが変わるのではないでしょうか?」
「だねー」
「むむむ…。あ。じゃあ、アイリ姉ちゃんとカレン姉ちゃんは?」
「…わたし?わたしはそもそもこれにそう言う気持ちは一切ない」
「ボクはー、前ー、ガロウ達にー、蕾から見てたからーって、言わなかったー?」
「ああ!言ってたな」
「「つまりは俺達のせいだな」」
「おかげじゃないのー?」
その辺りの区別は知らない。
「ブルルッ!」
「早く食べよ!」とセンが鳴く。いい加減食べよう。融ける。というか、融けて液体になってる部分がぽつぽつできて来てる。
「いい加減食べよう」
「「「いただきます」」」
さっきまでのぐだぐだを感じ取っていたのか誰も反対せずにスプーンを手に取り手を合わせてそう言った。
さて、まず一口。
「ちゃんとできてますね」
「だね。ちゃんと固まってるし…、味も大丈夫」
まぁ、固まっていない部分がないのはガロウを見ていれば明らかな気がしないでもないけれど…。さて、もう一口。
甘すぎない、滑らかな優しいコクと甘味が舌の上で踊る。それに加わるように、フワッと牛乳のまろやかな香りとバニラのいい匂いが鼻腔をくすぐってくる。それらら過ぎ去れば、強く優しいけれども、ハリのある卵のコクが口の中を楽しませてくれる。
「これ、前作った時よりも美味しいね、四季」
「ですね…、素材の効果でしょうか?」
「かもしれない」
「どうでもいいけどさ、父ちゃん、母ちゃん。美味しいって言うの遅くねぇ?」
「そりゃあ…、ちゃんとできているか否か。それが一番大切だし…」
「食べられないものを出すのは嫌なのですよ」
「なるほど」
それだけ言うとガロウは口にアイスを運んだ。無言で噛み締め、そのたびごとに、幸せそうな蕩けた表情を見せる。
「美味しいな」
「ガロウも今更だね」
「いや、だってさ…、美味しいと思ってたけど、言ってなかったし。姉ちゃん達も何も言ってないけど、顔見りゃどう思ってるかぐらいわかるだろ?だから。しかも、俺だけ喋ってるもん。口に合わないと思われたくない」
慌ててそう付け加えた。その姿はどことなく必死で、ちょっと滑稽。
「わ、笑うなよ!」
「ごめんごめん。でも、わかってるよそれくらい」
「ガロウ君の顔もちゃん見てましたよ。ガロウ君のさっきの顔を見れば明らかです」
「でもなぁ…」
ガロウがチラリと娘3人に視線を向け、俺らもつられ、そちらを向く。視線が集中していることに気づいたのか、「何?」とでもいうように揃って顔をあげた。
「何もないよ」
再度下を向いて食べ始める3人。ガロウの言いたいことはわかる。だって、この3人の食べ方がめっちゃ幸せそうなんだもの。これと比べると不安になる気持ちはわからなくもない。
全員が全員口周りをアイスで白く染めているのに、どうしてこんなにもきれいに見えるんだろうね。普通なら汚く感じると思うんだけどな…。
「あんまり食べてないねー。もっと食べろー」
「…ん」
「どうぞ」
「父ちゃんらも喰え」
「「あ…、ありがとう(ございます)…」」
感傷に浸っていたらアイスがどんどんどんとお皿上に積み上げられた。
「少し小さめのお皿でよかったですね」
「違いない。いくら美味しくても、さすがにこれ以上は過剰だもん」
お皿から溢れるぐらいに盛るかね、普通。食べきれる気がしない。
「…そういえばメレンゲは?」
「ん?メレンゲ…?あぁ。あったな。卵白」
「…忘れてたね?」
「いろいろあったし」
こんなこと言っても、言い訳でしかないけど。
「では、今から作りましょ」
「…忘れないうちに」
根に持つのは止めて…。
「と、とりあえず、紙を渡すので火加減はお任せします」
「了解」
俺が適当に字を書く間に、四季がメレンゲの生地を成形しながらファイルの上に置いていく。
「母ちゃん。それってファイルだよな?」
「そうですよ?これなら焼いた後、貼り付くことはないですし、耐熱性もあるのでばっちりです!」
「なんか使い方おかしくね?」
「シャイツァーのスラっとした形を生かした使い方です。今、これは『ファイル』ではなく、『まな板』です!」
「お…おう」
妙な迫力とともに言い切った四季に、ガロウがついに諦めた。
「とりあえず焼くよー。『オーブン』!」
紙からふよふよと赤いものが漂い、ファイルもろともメレンゲを包み込む。しばらく待機すると、チーン! という音とともに赤いものが消えさった。
「なんかいろいろおかしい気がする」
「オーブンだからね。そういうもの」
「お皿にあげちゃいますねー」
バラバラっとファイルからメレンゲが勢いよく剥がされ、あっという間に山ができる。
「少し熱取るか」
「はい。お願いします」
「『風』」
焼いたメレンゲの間を風が通り抜ける。温度的にはこれでいいはずだ。
「さぁ、お食べ」
全員に一つずつ手渡ししていき、全員でかじりつく。
「こっちも大丈夫っぽいね」
「ですね」
大丈夫っぽいから味わうため、食べかけを口に放り込む。
外側はサクッと、中はフワッと滑らか。材料は砂糖と卵白だけ。そのはずなのに絶妙な甘さの中に、さっぱりとした味わいがあって美味しい。
「それはそうと、何故メレンゲは魔法で作ったのに、アイスはそうしなかったんだ?」
「え?気分転換だからだよ?」
「マジで?」
「ええ。マジですよ。メレンゲは気分転換できるような工程がないので省略です」
「アイスは?」
「球技。アレが出来るのわかってたからね」
「とはいっても、ガロウ君が冷水被っちゃいましたし、アイリちゃんの指が器に引っ付いてしまっちゃうといった反省点ができてしまいましたし…」
「それでも、一応気分転換にはなったはず」
四季の言う通り反省点は踏まえておかないといけないけど。
「確かになりはしたけど…。本当に理由それだけ?」
「それだけだね」
「ですね」
「何回聞かれようとも割とそれだけだね」
「マジで?」
「ええ。単に凍らせるだけならば、『冷風』やら、『吹雪』やらを使うなり、『アイスメーカー』と習君に書いてもらえば終わりますしね」
「ほげぇ」
ガロウが崩れ落ちた。俺らがちょくちょくこういう理由で魔法を使う、もしくは使わないとかあったはずなのにね…。
「ガロウ。ずっとそのままだと、私達が食べきってしまいますよ?」
「…むぅ。言わなくてもよかったのに」
「ねー。言わなきゃボクたちだけで食べきれたのにー」
「ひでぇ」
げんなりとした顔で言うガロウ。だが、二人の反応は…。
「美味しいからねー」
「…ん。今まで食べたもので一番」
一切悪びれる様子がない。にしても…、お世辞かもしれないけれども、嬉しいことを言ってくれる子たちだ。
嬉しさに任せてアイリの頭を少し乱雑に撫でると、不満そうに目で「…嘘じゃないよ」と伝えてくると、そのまま俺達に体をゆだねてくる。
「レシピは記憶にあるものを改変しただけだから…、アイリが一番って言ってくれるくらい美味しいのは、手作りだからかな?」
「美味しくなるように作ったからかもしれませんよ」
「つまりー、愛の力ー?」
自分でもよくわかっていないのか首を傾げるカレン。
「そうかもね」
「ですね」
「偽物か!?」
ほぼ照れずに自然な気持ちで同意したら何故かガロウに滅茶苦茶な事言われた。ガロウの中での俺らのイメージを少しばかし問いただしたい。
…あ。想像できた。うん。食べてお風呂に入って寝よう。この少し赤く上せてしまった頬を誤魔化すにはそれがいい。