129話 続アイス
恥ずかしい。だけど、このままではだめだ。アイリのあの嬉しそうな目…。あんな目をされて俺達のせいでこれ以上にお預けをくらうのはかわいそうすぎる!
気合入れて続行しよう。続行。
「…復活した?」
「「うん」」
「なん…、だと!?まだ10分しか立ってねぇぞ!?偽物!?」
「…レイコ」
「はい。ガロウ、焼きましょうか?」
「やーめーてー」
ガロウはサッと『護爪』の後ろに隠れた。じゃれあいだろうし、放っておこう。
卵黄2個入れるつもりだから…、牛乳 1200ml, 生クリーム400 ml、それに砂糖180 gか。
量ってボウルに入れて……、チラッと視界に四季の指が入ったけど、意識しない。意識しない。意識しない…。って、余計に気になる! 適当な話題を振ろう。
「ねぇ。異世界なのに生クリームってあるんだね」
「え?ええ。そうみたいですね」
やった。のってくれた。アイリが「…またやってる」っていう目をしてるけど、無事にのってくれた!
「…ねぇ。そっちでも生クリームは珍しかったの?」
アイリまでのってくれた。これで勝てる! 何に勝つのかは知らない。
「珍しかったですね。ねぇ。習君?」
「えあ!?う、うん」
話題を変えても若干気まずいのは変わらなかった! うぅ…。動揺しすぎだ、俺…。
「何でー?」
「えー、あー。確か、生クリームは、牛乳の脂肪分の濃縮したものだったはずなのです、ですので用意が手間なのですよね…」
「そうなのか?」
「そうなのです」
「その割に、俺、メレンゲとか聞いたことないぜ?もちろん、レイコも。だよな?」
「はい。見たことありませんし、おそらく口にしたこともないかと」
…? 何が言いたいのだろう?
「父ちゃんも母ちゃんもポンコツ化してねぇ?いつもならパッと推測してくれるはず…」
「ポンコツ化って貴方…。原因が何を言っているのです?」
あれ? レイコ、ガロウが「ポンコツ化」なんて俺らに言ったくせに咎めなかった…?
…羞恥心にひっぱられて鈍くなってるのかな? 頑張って切り替えないと。…出来るかな?
「何が聞きたいのかズバッと言えばー?」
「だな。言いたいのは、「手間がかかるし、見た目がいいなら、普通はレイコに持ってくるはずなのに、持ってきたことがないのは何で?」ってこと」
あぁ。なるほど。やっと合点がいった。
レイコ、神獣だもんね。籠の鳥とはいえ、扱いは最高位で、王族レベルの扱いをされるはず。なら、どうしてメレンゲなんて変わったものを持ってきたことがないのか。
そう言う事か。
「単に作れる人がいなかったんだろ」
「ですが、生クリームがある以上、お伝えされた方がいますよね?生クリームは甘いものに使われますよね?であれば、その人はどうなのですか?」
「何故、メレンゲなんて簡単なお菓子を作らなかったの?」という事か。それなら簡単。本に答えがあった。
「生粋の料理馬鹿。それも一切お菓子に興味を持たなかった人だったからじゃない?」
「あの、皆、その目をやめていただけませんか?「何言ってんだこの人?」みたいな目を。私も同意見なのですから」
しかし、四季の懇願もむなしく、一様に皆、首をさらに右に傾げた。首がとれそうで怖い。というか、4人も同じ姿勢だと謎の威圧感もあるから、余計に怖い!
「えーと、皆、生クリームはお菓子にだけ使うわけじゃないよ?ねぇ?」
「はい。面倒なので使う気にはなりませんが…」
「ダメじゃーん」
「いやでも、あれだよ?本曰く、」
「生クリームは、シチューやグラタンなどの料理に作るために作った。そう言う事らしいですよ?」
「え、じゃあ、折角、お菓子とかに応用できる…、というか、どう考えてもお菓子分野の食材を、お菓子に使わなかったってこと?」
「まぁ、そうなるね」
全員揃って呆れた顔になった。
ものすごく場違いだけどかわいい。ガロウにはカッコいいと言ってあげるべき気がするけど、無理だ。だって、一番口をあんぐり開けてるもの。
というか、皆がこの顔になっているときに、俺達が呆れられていないのって、ひょっとして初めてなのでは…?
「…また変な事考えてない?」
大正解。…なぜばれた。ため息吐かれた!? 結局呆れられてしまった。ジト目で見られるのもつらいし、作るか。
「混ぜるよ」
疲れるし魔法で。あ。バニラエッセンス入れるの忘れてた。この香りだと、二振りぐらいでいいかな。
「どう思う四季?」
「え?ああ。それでいいと思いますよ。香りが割とあるので」
「何故通じるし」
「バニラエッセンスの香りを嗅いでいたら何が言いたいかぐらいはわかります」
「聞いといてなんだけど、普通じゃないと思うぜ!」
「そうですか?まぁ、通じればいいじゃないですか。習君もきっと同じことしても理解してくれますよ」
「仲いーね!」
何故か知らないけどね。だからこそ、「何故会えなかった」という気持ちが積もるわけだけど。
「話は変わりますが、混ぜるのに魔法を使われるのですね?」
「そりゃね。面倒くさいし単調で、何より疲れる」
「とまあ、3重苦ですからね。一切気分転換にならないのです」
「だからさっくり省略する。というか、さっきも分離で使ってたよ?」
「魔法の使い方ェ…」
「便利だからね…」
「ですねぇ…」
たびたび言われるけど、今更だよね。使えるものは場合に応じて使って行かないと。
よし、混ぜ終わった。器作るか。魔法で熱伝導率の高い小さい球 (とはいえ1Lは入る)の入れ物と、熱伝導率の小さい大きな球の入れ物。合わせて二つ。
「小さいって、デカいぞ?」
「もう片方に比べりゃ小さいよ。ところで四季、小さいほうは問題なく大きいほうに入る?」
「…入る」
四季よりもアイリの方が早かったのか、アイリの声が返ってきた。そんなに食べたいのだろうか?
「小さいほうを入れたとしても、まだその5倍ぐらいはスペースがあるので凍らせるのも問題なさそうですよ」
「了解。氷少なすぎると凍らないからね…」
「後、食塩もですが」
「だね」
さて、ちゃんと蓋が出来るかどうか確認しておこう。濡れてもいいように外に出て、容器に水を入れて蓋をして、振り回してみる。
よし、水漏れはない。水を『乾燥』で吹き飛ばして、小さい入れ物に混ぜたものを入れて密閉。それが大きい入れ物の中央に来るように氷を隙間なく入れて…、
「さて、食塩入れるか」
「…食塩?…いつも食べてる塩のこと?」
「そうだね。それで合ってる」
化学式なら NaClのお馴染みの物質。料理に入れ過ぎると、塩辛くて死ねるアレ。たまに砂糖と間違える人もいるあれだ。
「何で塩を使うんだ、父ちゃん?」
「詳しくはわからないけど、たぶん凝固点降下の関係」
「なにそれー」
「凝固点降下は簡単に言えば、純粋な液体に何か不純物が入っていると、純粋な液体よりも凍りにくくなるという現象…だったはずですよ」
「原理は確か…、水の中のイオンとか分子だとかの…、粒子が凍ろうとするのを邪魔している…とかだったはず」
俺が話せば話すほど皆首を右に傾けているからどんどん自信なくなってきたけどあってるはず。たぶん! ちっさいからわかんないか…、って、ん? あ゛。
「そう言えば、皆、分子とか知らないか」
「自分が知っていることは相手も既に知っていると思ってしまう事ってたまにありますよね…」
…やらかした。よく考えれば、中学にもなってない子には難しい。曲がりなりにも高校課程。
「なら見せておこう」
「それが一番手っ取り早いですかね」
魔法で純水100ml,と、10gの食塩を入れた水。10gの砂糖を入れた水を用意。そこからじわじわと温度を下げていく、そうすれば…、ちゃんと、水、砂糖水、食塩水の順で凍りついた。
「「「おおー」」」
ただ凍らせただけで、そこまで驚いてくれるのね。ああでも、小学校の楽しい実験のとき、こんな反応していた気がする。
「あの、お父様。お母様」
「どしたの?」
「ええと、先ほどのお話から判断するに…、砂糖よりも食塩の方が、より大きな粒子数を持っているのですか?」
「そのはずですよ。ですよね?」
「うん。そのはず」
砂糖の方が食塩よりも分子量が大きかった…はず。覚えてないから断言できないけど、100は超えてたはず。だから、そもそもの粒子数が少ない。さらに、食塩は水中で電離して、イオンを生じる。これで粒子数は倍。余計に凍る温度──凝固点──が下がるとかだったはず。
たぶん間違いない。この情報は伝えない方が良さげか。新概念だろうし、頭がパンクする。
「ところで、他に食塩を使う理由は?父ちゃん、母ちゃん!」
え゛、他? 他…、今、パンクしそうとか考えてたとこなんだけど…、まぁいいか。他。他…、……他?
「強いて言うなら、氷が融けるときに融解熱で周りの温度を下げるはず」
「ですが、それは食塩でなくとも起きますよね…。食塩の水への溶解から、溶解熱で熱が奪われるという線も…?」
「それも、食塩でなくても起きるけど…」
「そこなんですよね…。私、そこまで詳しくないので、自信をもって断言できないんですけど」
「俺も」
…………。
「なんかごめん」
「私達がごめんなさいしないといけないですね、ごめんなさい」
「会えたら西光寺姉弟に聞こう。あの二人なら知ってるだろ」
あの二人の理科…、特に化学への入れ込みようはヤバいから答えてくれるはず。「この分野は物理の領域だ」とか言われる可能性もあるけど。
「…とりあえず塩、いれるよ?」
「あ、うん。どうぞ」
一切ためらいなくドバドバと塩を入れる。遊んでたことと、融点降下のせいで、融けてきてるから、氷を足し、塩も足す。こぼれないように蓋をして…。よし、気分転換の用意は完了した。
「さて、これ蹴って遊ぼう」
「何で!?」
「中で混ぜるためですよ。混ぜると凍りやすくなるのです」
「心配しなくても、「外側が冷たすぎて、皮膚に貼りついた!」だとか、「硬すぎて足を折った!」なんてトラブルの対策はしてある」
「…フラグ?」
恐ろしいことを言うんじゃない。でも、今回は大丈夫。そうなるようにした。皆、動ける服装だし、遊ぶのに問題はない。
「皆、遊びますよ。外に出ておいで」
「ちなみに、アイスが出来ると外の球体は消えるようになってる」
「…じゃあ、球がなくなったら食べられる?」
「そうだね」
「…ん」
足で地面をコツコツと蹴るアイリ。これは、ボールを要求されているのか? とりあえず、パスしてみよう。
「…えい」
アイリが可愛らしい声をあげながら、でも、何を思ってそうしたかはわからないが、鎌でボールを一切のためらいなく殴りつけた。
容赦ない一撃に、ボールは「ゴッ!」という衝撃音を響かせ、それはもう綺麗な放物線を描きながら家の裏へ飛んでゆく。
唖然としているうちにバキッ! という破砕音がなって、挙句の果てに、「え!?何!?」と言いたげな、「ブルッ!?ブルルゥ!?」というセンの鳴き声。
全力で殴ったとはいえ、馬小屋の壁ぶち抜いた? 嘘でしょ、怪我しないようにボールの外壁柔らかいスポンジみたいにふわふわさせてるのに?
見に行ってみるか……、ああ、見事にぶち抜いてるね。
「「『『修理』』」」
『回復』と同じ要領で、壁が淡い茶色の光に包まれると、もともとあった茶色の壁が復活した。ここが特別脆かったわけでは…、なさそうだね。
「…ごめん」
む、何も言わずに確認作業してたら不安になるか。アイリは嫌わないで、捨てないで。という気持ちがヒシヒシと伝わってくる今にも泣きそうな顔。
「ああ、気にしないで。それに、センもこの通り」
「ブルルッ。ブルルン!」
「「気にしないで。というより混ぜて」と言っていますし」
ほんとに? と顔をあげるアイリの目に入るように、激しく首を上下に振るセン。
「ね、首肯してるから間違いないでしょ?」
「…ん。ごめんね。セン。…一緒に遊ぼ」
アイリは罪悪感を振り払ったような眩しい笑顔を見せると、センとともにボールを拾って駆けだした。
「それにしても…、何故アイリちゃんが遊びでここまで全力を出したのでしょうか?」
「さぁ…?ひょっとして、「この入れ物を壊してしまえば食べられる!」とか思ったとか?」
「はは、まさかそんなこと…、ありえそうですね」
「急に真顔になるの止めて」
「失礼しました。ですが、ありそうですよね。天然ですから」
四季も人のこと言えないけどね。天然に関しては。
「ねー。二人とも何してるのー?あそぼ―!」
「ああ。ごめん。今行く」
「行きましょうか」
手を取って小走りで庭へ行こう。今は全力で気分転換。
_____
「へいへーい!」
ガロウがヘディングをしようとしてボールの真下へ。頭を振りかぶって…、
「イ゛ッ!?寒ッ!?グェッ」
ボールが消えてガロウに思いっきり冷水がかかり、さらに中の小さい球が直撃した。
「…出来た?」
アイリが目を輝かせて問うてくる。あれ?こ の子本当にアイリか? 普段なら食べ物なんかよりガロウの心配するはずなんだが…。まぁいい。
「四季!」
それだけで何がしたいのかを察してくれる。手を繋いで、
「「『『乾燥』』」」
「「『『温風』』」」
水を吹き飛ばし、ガロウの冷えた体を温めるために、連続で魔法を行使する。
頭にボールが直撃していたから、念のため『回復』も。頭の怪我はシャレにならないことが往々にしてある。
「…で、出来たの?」
「姉ちゃん。ちょっとは俺のこと心配してくれてもいいんだぜ?」
「…ん?お父さんたちが遊びでわたし達に重傷負わせることなんてない」
さっきの態度は謎の信頼が原因か! 食欲魔人と化したわけじゃないならよかったけど…、いつも通り過ぎて怖い。
「…ガロウは兎も角、お父さんとお母さんまで何で固まるの?」
「信頼が重い」
「私達とて間違えることはあるので、そこは気を付けてくださいよ?」
「…ん。わかってる。でも、大丈夫」
何が大丈夫なのだろうか。
…はぁ。こっちが出来るだけ間違わないようにするしかないか。謎の信頼に押しつぶされないようにしながら、それに応える。難題だ。
「…だから、わたしは二人を信頼してるんだけど」
「ん?なんか言った?」
「…何も」
嬉しそうな顔で首を横に振るアイリ。四季も聞いてなかったっぽい。
悪戯をする子供のように目が輝いてるから、聞いても無駄だろう。教えてくれる気がなさそうだ。
「念のため、タオル持ってきて」
「持ってきてますよ」
いつの間に。
「ありがとう。なら、皆は先に中に入っていて」
「何だったら先に食べていてくれてもいいですよ。センも縁側の方に行っててください。一緒に食べましょ」
ぞろぞろと移動しだす子供たちを尻目にタオルでわしゃわしゃとガロウの頭を拭く。
「なぁ、もう乾いてるぜ?」
「一応ね」
「さよか。でも、服とか見てみ。乾いてるぜ?」
服を掴んでみる。あれ? 乾いてる? 位置を変えてはたいてみる。
「あ、ほんとだね」
「ですねぇ」
俺らの返答を聞いて、呆れたような嬉しそうな、そんなどっちともつかないため息を吐いた。
「で、何であんな仕様にしたんだ?」
「出来たのがわかるほうがいいでしょ」
「それだけ?」
「それだけですね…。」
「中のボールが当たったのは?」
「事故」
「「ごめんなさい」」
わしゃわしゃされるタオルの隙間から「馬鹿じゃないのか、この二人」という目をむけてきながら、口をあんぐり開けるガロウ。…うん、ごめんね。
「もう少し考えるべきだったね…」
「そうしたほうがいいと思うぜ。『護爪』展開しようにも、んな時間なかったからな」
だろうね。見てたらわかる。危険もないからって安直にやってたらダメだな。何が危険になるかわからないし。
ああ、これが子育ての大変さなのか。何が危険なのかわからないっていうのは間違いなくストレスだろうし…・なんだかんだで俺らの子はある程度しっかりしてるから、まだ楽なんだろうなぁ……。
勿論、一緒に入れるのは嬉しいし楽しいから、辛いとは思わないが。
「ところで、いつまでわしゃわしゃするんだ?」
「「さぁ?」」
「えぇ…。もう魔法で解決したじゃん」
「それもそうだ」
「では、髪型を整えてあげますかね」
「いーよ。それより食おうぜ?」
「ダメです。と言いたいですが…、待たせすぎになっちゃいますよねぇ…」
「ちょっとみっともないところを直せば?」
「では、それで」
反論される前に、ガロウを抑え込む。その隙に四季が修正。
「それくらいなら待ったのに…」
「押し問答の時間省略したと考えよう」
「そうしてくださいな」
「わかったよ。じゃ、食べよう。絶対姉ちゃん待ってるぜ」
「だねぇ…」
簡単にその光景が想像できる。