126話 ガディル
「『輸護爪 ガディル』…?」
思わず漏れた。そんな感じのガロウの声に振り向けば、ガロウの綺麗な銀の両手の上に、優しい黒色にところどころ金が入った爪が装着されていた。
「習君。あれ…」
「シャイツァーだろうな」
「…何で今?」
「願いが定まったんでしょう」
シャイツァーは願いの具現。故にこそ、このタイミングで出てきたのだろう。
その「願いの具現」にも例外はあるが。というか、その例外? の筆頭格が俺の目の前にいるアイリなわけだが。
「じゃー、なんでー、今までシャイツァーなかったのー?」
「さぁ?勘だが、「願いがありすぎた」ことじゃないか?」
ひょっとしたら、「シャイツァーに「魂の容量」だとか、「前世の徳」だとか、はたまた「才能」だとか絡んでいて、単にキャパオーバーだった」なんて可能性はあるが…。たぶんこれだ。
「私もそう思います。だって、戦い始めてから少し様子のおかしかったガロウ君が吹っ切れたように見えますから」
「…憑き物が落ちた?」
「だね」
「…じゃあ、お母さんの言葉は合ってたね」
「んー、それってー、「縛られている」のことー?」
アイリは頷く。ああ、確かに適格だ。「縛られていたこと」これがガロウのさっきまでの劣等感や、屈辱感の主原因だったはずだから。
レイコだけ若干わかっていないようだが……、ガロウの名誉のために黙っておこう。好きな子にぐらい見栄を張らしてあげるのもいいだろう。
「そーいえばー、『水の触媒魔法』はどーなってるのー?」
唐突だな。シャイツァーの能力把握中のガロウ以外、驚いた顔してるぞ…。
「どーなのー?」
重ねてくる!?
「確か、そろそろ使えるようになるはず」
「水、土、風が、3日前だったはずなので」
「あの…、でしたらそれまで待機していてもよかったのではありませんか?」
レイコの言う事は尤もだ。だが…。
「「聖地でこんなのいるとは思わなかった(です)」」
もう少し警戒してもよかったかもしれない。ただでさえフラグ乱立していたのだから。それも、今更言っても詮方なきことだが。
「で、戦闘が始まったら始まったで、復活待ちなんて無理」
「いつまでも待てるとは限りませんからね」
「妙な説得力が…」
だろうね。だって、さっきも言った…、いや、言ってなかったか? まぁいい。削り殺ししようとしたことは何回もある。集中力切れたら死ぬけど。
「…ねぇ。触媒魔法のことガロウに伝えてたらどうなってたと思う?」
えらく抽象的な質問だな…。
「ええと…、シャイツァーのことですか?」
アイリは頷いた。それなら…、
「言ってようと言ってなかろうと結末は変わらない」
「ですね。あの子は自分の道を自分で決めたのです。その一点が変わらない限り、シャイツァーは現れるのではないでしょうか?」
「そうなのですか?」
「ただの推測だが。変化があるとしても精々、中身が違うぐらい。それすらないような気もするが」
「…何故?」
「何故って…、途中で変わるような半端な願いでは、シャイツァーは出現しない気がするのですよ」
「…根拠は?」
「「ない(です)」」
呆れたような顔で見てくるアイリ。その気持ちはわかる。アイリの境遇からして納得できないことはわかるけど。許して。当たってるかどうかもわからないただの推測なのだから。
あれ? そういえば、アイリの願いって?
『呪■■■鎌 カ■■■・■■イズ』
確かアイリのシャイツァーの名前はこうだったはず。漢字が全てわかっていれば推測しやすかったのだが、「鎌」なんてそのままだ。「呪」はよくわからない。何でアイリが「呪」? アイリの境遇を指しているのか? 『エルモンツィ』に似ているなど「呪」でしかない。
…となると呪いを断つ? 切り裂く? とかそういう方向性だろうか? ああ。だからか。だからアイリの鎌で斬ればまともなダメージが与えられたのか!
…まぁ、あくまでも勘なのだが。証拠があるとはいえ、わかっていることではない。置いておくか。
今はガロウだ。そろそろガロウはシャイツァーのことを把握できただろうか?
「ガロウ。もういけますか?」
「……」
顔を見た印象の通り、まだのようだ。レイコがガロウの無視を窘めようとするが、アイリが止めた。それでいい。邪魔をするべきではない。…壁のおかげで安全だしな。ある程度は。
紙を書いているが…、推測してみるか。ガロウのシャイツァー。推理の練習になるはずだ。きっと。
ガロウのものは、おそらく俺らと一緒にいる事が大なり小なり前提であることは間違いないはず。
……ん? ある意味で俺も四季も家族という枠組みに「縛られている」のか? ガロウのこと言えない…わけではないな。
「ガロウとレイコ」と「俺/四季と子供達」の関係は似ている。確かに似ている。それは否定しない。自分から望んで──多少流れにのったことはあれど──この環境を作り上げたところなど最たるものだ。
だが、決定的に違うところがある。それは、家族になった時に構築される関係だ。俺と四季、ガロウとレイコは同じように、「夫婦」という関係を望んでいた。もちろん、程度に差はあるが。
俺らは家族関係を構築する際に、アイリと言う子供ができ、さらに恋人関係を一気にスキップとかいうわけのわからないことはあったが、夫婦関係を構築できた。しかも、3人ともほぼ初対面で、0からそれは作られた。
だが、二人はそうじゃない。二人はもとからある俺らの家族という枠に入った、そして兄妹になった。
関係を0からくみ上げるのと、今の関係を組みなおすのはまるで違う。何せ、今まで2人でやってきたことも6人でやるようになり、そのうち4人はほぼ知らないのだから。
俺らは0から作った関係をちょいと歪め家族関係を広げただけ。元の家族の枠組みはほぼ完全に俺らの意志で作り、歪めるのも俺らの意思だ。だからこそ「縛られている」わけではない……はず。
チラリとガロウとレイコを見る。シャイツァーを分析しているはずなのに、ガロウは常にレイコの前にいる。射線は遮っていないが。盾として前にいる。
少し意識改革が足りない気がするが…、ガロウにとってはある意味悪いことかもしれないが、レイコも力を得て、完全に守られる対象ではなくなったのだから。
…なんて思っているけど、絶対に見栄と無事でいて欲しいという気持ちだろう。あれは。
構図的に四季を守る俺だから。その気持ちはわかる。…なんか恥ずかしい。俺も傍から見ればああいう風に見えるのだろうか?
脇に置こう。赤面して、動きが鈍って泥直撃は笑えない。
にしても…、驚きしかない。レイコとガロウが俺達についてくるか否かに関わらず、レイコが剣を持った時点でガロウの意識改革は必要だった。
しておかなければ、レイコが誤爆したり、二人でやれば生き残れるのにむざむざ死ぬ。なんて場面もあり得たから。
だが、ガロウのあの…、今も見せているような「レイコのため」思考はガロウ自身のアイデンティティと言っても過言ではない。だからこそどうすればいいのか困っていたのに……。
終わってしまったね。意識改革。しかもこんな早く。
そもそも、二回目かもだけど、こんなところに『ファヴ』みたいなやつがいること自体が想定外。
「…どうしたの?」
「何でもないよ」
「絶対に何かありますよね?お父様、お母様」
「そーだよー」
アイリは何も言わない。…が、胡散臭そうな目をしている。黙秘する。
「…黙秘はいいけど。…さっきから二人がやってる、「別のことに意識を取られながら、泥の回避と、お父さんは筆記、お母さんは防御を同時並行に成し遂げつつも、さっきまでの集中していた時と違って、それらを低度に低次元にまとめ上げた無駄の多い、でも、回避という点では無駄じゃない動き」をやめて」
長い。アイリ、長いよ! …何気にこの子がここまで長い言葉を言ったの初めてなような…。
「…集中して」
「「ごめん(なさい)」」
怒られた。普段のテンションになっていたからだろう。集中力がガタ落ちだった。指摘されてよかった。
……よかった? 確かに、今回、偶然とはいえガロウの意識改革が出来たし、シャイツァーも手に入れた。となると、これは「よかった」そう言っていい………わけがない。まだ終わってない。レイコに大怪我をさせた張本人、ファヴの息の根を止めていない。これでいいわけがない。
「父ちゃん!母ちゃん!俺…!」
嬉しそうな声。やっと終わったか?
ガロウの方を振り向く。そうすればガロウが笑顔でこちらに手を振っている。人のことを言えないがまだ戦闘中…って、言わんこっちゃない!
ポケットに手を突っ込んで紙を……ベチャッ!
? …止まった? 泥が止められた? 何に? あれは……爪か? 飛沫すら防いでいるように見えるが、何だあれ。ガロウが何かしでかしたのはわかるが。それしかわからない。
「ガロウ、それで何をした!?」
「それじゃなくて、『輸護爪 ガディル』だぜ!」
「そうですか!で、それは何ですか!?」
「それじゃなくて、『輸護爪 ガディル』!」
ダメだ。テンションが高くて、ガロウが自慢したい男の子みたいになってる…。折れるか。
「で、そのガディルはどういうものだ!?」
「名前のまんま!守って運ぶ!」
…………。
「ガロウ、簡潔なのはよいことですが、いささか度が過ぎています」
「あ、そうだな。ええと…、さっきみたいに守れる!で、ちょっと二人とも跳ねてくれ!」
「跳ねる?その場で飛べばいいか?」
「ああ!」
「では、避ける最中に嫌でも飛ぶことになるので、それでお願いします!」
ちょっと止まって跳ねるなんてしていたらただの的。紙も出来るだけ使いたくないから出来ない。
「…ガロウ」
「ガロウー」
「ガロウ…」
三者三様の呆れるような声を浴びせられて、ガロウは目に見えて慌てると、呪文を唱えだした。
「我が魔力を糧に、我が家族にひと時の安息を…『護爪』」
詠唱終了と同時、俺らとファヴの間に金色の壁が出現した。出現したその壁はキラキラと幻想的な輝きを放ちながら泥を一切通さない。…すごいな。
「この質感は…爪でしょうか?」
「おそらく。シャイツァー見てみて。あ、ガロウのほうね」
「わかってますよ。左右は?」
台詞とは裏腹に四季が自分自身のシャイツァーを見かけてた事は黙っていよう。
「右の親指」
「ああ。確かに。各指についている、一番太く、綺麗な金色の輪の模様。それがなくなっていますね」
「ああ、だから爪で合ってると思う。それに、形も自由に変えられると思う。これなんて絶壁だし」
「ですよね。爪は反っているのが一般的…。どうしました?ガロウ?」
目をむければガロウが口をあんぐり開けている。
「え、いや…、言ってないのにわかるんだなと思っただけだ。その推測はあってるぜ。もう一つ、いや二つか?と、この守るための魔法『護爪』。これらを合わせて10本を同時展開できる」
「二つって?」
「両方。見せる。とりあえず片方からだ。まず跳ねて。今なら跳ねられるだろ?というわけで跳ねて!」
どういうわけだよ。言わないけどさ。失態を誤魔化そうとしているのだろうし。…まぁ、折角、幻想的なのに自分からぶち壊していくのはある意味でガロウらしいと思うが。
「いくよ。せーの」
声掛けで四季と一緒に跳ねる。ぴょんと。……足首をくじいた。地味に痛い。『回復』
よし、大丈夫。くじいた原因はガロウだな。
足元にはさっきの『護爪』のように金に輝く爪? 板? まぁ、どっちでもいいか。があるから。
「ガロウ君。先に何がどうなるかぐらいは言って下さいね」
「斜面に着地するつもりなのに、いきなり足元が水平になっていると足くじく…」
「あぅ。ごめん…。その前に…、我が魔力を糧に、我が家族にひと時の安息を…『護爪』」
ガロウの右の薬指の金が一瞬消えて、復活した。壁の再展開か。
「で、足元のは何?」
「そのままじっとしててくれ!我が魔力を糧に、我が家族を望む場所へ…、『輸爪』」
足場が…、いや、金色のが浮いた?
「で、移動すること考えて」
じゃあ、少しだけ前…、おお、動いた。速度は走るぐらい? もう少し早くなるかもしれないけど。
「俺と、乗っている人、当然俺が許可だした人だぜ。が思ったように動いてくれる。…俺の魔力が持つ限りはどこまでもいけるみたいだぜ!ただ、あまり速度は出ないから。普段の移動ならセンの方が早い」
「でも、今回は丁度いいよな」
「ですよね。これがあれば移動できますし、何より…、攻撃を受ける面積は最低限。橋のように崩落する無様も起こしませんしね」
「ちょっと待って。待って!まだこれだけじゃないんだ!」
相変わらず嬉しそうだ。年相応にはしゃいでいるのを見るのは初めてな気がするな…。
「構えて…、我が魔力を糧に、我が家族にひと時の安息を…『護爪』射出!」
ガロウの右爪の薬指の金色が消え、代わりに金の壁が飛んで行き、壁にぶつかって消えた。…壁は無傷。攻撃力はなさそうだ。
「今みたいに、飛ばせるぜ!」
「攻撃力はありますか?」
「…ない」
「そう言う事もある。飛ばせるのは有用だろう。ところで、壁を飛ばさずに展開できる範囲は?」
「10 mの球」
「盾を出す場所は任意ですか?」
「うん。しかも俺の意思で動かせるぜ」
「自動迎撃とかはある?」
「ない。だけど…」
言葉を切ると、呪文を唱えだした。今日の行動に一貫性がないな…。微笑ましいけどさ。
「我が魔力で紡がれし爪よ、我の家族を守り運ぶ盾となれ…『輸護爪』」
声が響くと、俺らの足元にあった爪を守るようにもう一個、爪が出現した。
…それはいい。だけど、ガロウが見えない。邪魔だ。横にずれろ。
壁が横にずれた。…思った通り移動した? となると…、上に行ったりは…、する。
分裂。大きく、小さく…。おお! 全部できる。俺の魔力が吸われたみたいだが。
「父ちゃん、母ちゃん…」
悲しそうな声に振り向けば、声相応の顔をしているガロウ。…なんかごめん。
「ところでー、これの効果時間は―?」
「うぇっ!?魔力量によるぜ。『輸爪』より速度落ちるが…。乗ってる人の魔力でいろいろできるし、魔力量がある人が乗れば、『輸爪』より長持ちするようだぜ」
『輸護爪』は今回にうってつけじゃないか? 守れる範囲はおそらく前面だけだろうが。それでも十分すぎる。
「『輸護爪』の同時展開数は?」
「5個。金色と同じ数」
『護爪』、『輸爪』と同じ法則…かな? 了解。
「で、今『輸護爪』は何個出せる?」
「出すだけなら1つ。それ以上は魔力の関係で無理。」
燃費悪!? でも、他人の魔法を使えるわけだから、妥当か。
「では、『護爪』は?」
「そっちはまだいける」
「わかった。じゃあ、『輸護爪』には最大何人乗れる?」
「乗ろうと思えば何人でも、だけど普通は一人だぜ?一人一個が前提のようだ」
…ふむ。となると…、アイリとカレンは斜面からでも十分に狙える。それはさっきまでのを見てても明らかだ。だったら…、
「アイリとカレンは斜面で援護。『護爪』はいるか?」
「ボクはどっちでもー。でも、あったほうがいーかなー?」
「…わたしはあったほうがいい。…緊急避難用」
「了解。ガロウ。よろしく。で、四季はレイコをおぶって『輸護爪』に。俺はガロウを背負って『輸護爪』に乗る。それ以外はさっきと同じ。橋が落ちる心配もなし。これでトドメを刺そう」
「なぁ、なんで父ちゃんと俺が一緒に乗るんだ?」
「俺は魔力タンク。で、ガロウを背負うのは集中して欲しいから。詠唱省略は出来るだろ?」
「一応は。かなりの集中力がいるぜ?ああ、だからか」
「そういうこと。集中力がいるならおぶられてて。二人なら、四季もレイコも守りやすい」
「わかった」
「レイコちゃんも当てるのに集中していてくださいね。トドメ以外はお任せください」
「わかりました」
じゃあ、やるか。
自信満々に言っているが、俺も四季も『輸護爪』の操作は初めてなのだが…、誰もそれをツッコんでこない。なら、その期待に応えないと。
「ところで、コアは?」
「んー?胴体の中心ー。よっぽど切られたくないみたいー。一番切られにくい場所―。だったら、泥の中に逃げてればいーのにねー」
「何か制限があるんじゃない?」
「…なら、邪魔し続ければいいんじゃない?」
「一理ある。だけど、あいつの体の一部の判定がわからない。足より少し上までな、気がするが…、燃やした方が早い」
「せっかく準備も整えましたしね」
「…ん」
話している間に、ガロウが『輸護爪』、『護爪』を展開する。『輸護爪』の移動速度は歩きぐらいか? 少し遅い。だが、支障はない
「ガロウ、俺が手を降ろしきった時に『護爪』を消して。それが合図だ」
一拍置いて手を降ろしきる。ぴったりのタイミングで金の爪が消え、泥が飛んでくる。だが、全て通らない。金の爪が全てを弾くからだ。
「なあ父ちゃん?遅いけど大丈夫?」
「気にしない。集中しておいて」
心配そうに見て来ているけど大丈夫。確かに見栄えはしない。だが、こちらが遅くともファヴは移動しない。穴が狭いからか、常にそこにいる。だから、着実に近づける。
懲りずに来たとでも思っているのか変わらず泥を飛ばしてくるが、泥は通らない。だから問題ない。近づくにつれ、溶ける泥も、普通の泥も量が増えるが、まだまだ耐えられる。
「父ちゃん、まだいくの?」
「ああ。魔力はまだある。それに…、飽和攻撃をされ「父ちゃん!その飽和攻撃!」うわぁ」
フラグ回収か? 上下左右、前後ろ一面が泥まみれだが、それだけだ。
「何で呑気なんだよ!?」
「アイリとカレンがいる。それに俺も魔法を使える。ガロウのシャイツァーもある」
俺の言葉に少し落ち着きを取り戻すガロウ。
「それに、飽和攻撃は耐え切れずに飽和させるから飽和攻撃だ。耐え切れるなら飽和攻撃ではない」
前面すべてを盾でカバー、これ以上は…広がらないか。後ろに『壁』を作る。ベチャッ! という不快な音が鳴る。さて、今のうちに上昇。
『ファイヤーボール』っと。これで無力化完了。もう少し速度があれば泥に突っ込んで抜ける方が早く、安全なのだが…、仕方あるまい。
「あー!コアが逃げよーとしてるー!」
む。泥の中にでも一時避難する気か? …滞空できるし、魔力もまだあるから意味がないのだが…。逃げられるとうざいな。
「『ウインドカッター』」
俺と四季の声が響き、風の刃が泥の足を切断する。どうせすぐに再生されるが…、一瞬だけコアが動きを止めた。
「アイリ!」
「…わかってる!」
「レイコちゃんは詠唱!」
「はい!」
レイコの声とほぼ同時に、アイリが足を全て薙ぎ払う。ファヴは一時的にだが、足を全て喪失し…、バランスを崩して崩れ落ちる。
「鎌を守れ!」
先と同じミスはしない。鎌を弾き飛ばそうとする泥を、俺、四季、そしてガロウの魔法が全て叩き落す。アイリはその隙に、逃げようとするコアの逃げ道を斬り刻むことによってなくしていく。
「ガロウ。辛そうだが大丈夫か?」
『護爪』を詠唱省略して飛ばしているからな…。慣れていないことをすると魔力消費が増える。
「大丈夫。魔力がキツイだけ」
「…気絶してもこの足場は持つ?」
「あ゛」
ガロウ…。
「今は耐えろ。というか、耐えて」
「わかってる!レイコが頑張ってるのに、俺だけ力尽きるわけにはいかねぇ!」
口をギリッと噛み締めるガロウ。出血しているが…、治さない。この血は、ガロウの覚悟だ。
「…お母さん!」
斬り刻みほぼ逃げ場を失ったコアを、アイリは四季の方に弾き飛ばす。さらにカレンが矢で位置を調整。位置はぴったり。だが、あの位置は…、マズイ! 四季もレイコも気づいていないが…、ファヴの崩れ落ちてくる羽が、あの位置では当たってしまう!
「ガロウ!」
「『護爪』!」
声だけで察してくれた。ガロウの飛ばした爪で、泥で出来た羽は、遮られ、爪の表面を滑るように落ちてゆく。ふぅ。助かった。ありがとう。そして、四季とレイコの真横をコアが…、
「今です!」
「『ガルミ―ア=アディシュ』!」
通り抜けようとしたとき、レイコの魔法が炸裂。レイコの炎は本、シャリミネの強固な壁を完全に無視して、中のコアのみを焼き尽くす。
1分ほどして、ピキッと音がすると、間髪いれず、甲高い音が響き、まわりの泥が崩れ落ちていく。
よし、倒しきれた。
「さて、ガロウ。まだいける?」
「しんどいが…。耐えなきゃなんねぇだろ…!足場が無くなるから…!」
「ああ。そしてそれもあるが、ファヴを形成していた泥が崩れ落ちてきている」
それから完全に身を守るために、四季と合流して『壁』も『橋』も使いたい。
…だが、辛そうだ。急ぐから頑張ってくれ。時々クラッとするのか、俺の背にガロウの頭が激突している。もうちょっと、もうちょっと…。よし、合流成功! 手をつなぐ。
「「『『橋』』」」
「「『『壁』』」」
これで壁の紙はなくなった。だが、橋が一本、穴を横断し、その上を守るように屋根が出来た。だが、急ぐ。天井崩落はシャレにならない。
よし、渡れた。少し登って綺麗なところへ…、って、橋が落ちた。
「よく落ちますね…。」
「重さに耐えきれなかったか?」
まぁいい。兎に角、ガロウを優しく寝かして…、
「あ、いつの間にかガロウ寝てる」
「ガロウ君も?」
「ということは、レイコも?いつから?」
「おそらく、魔法を撃った瞬間からではないでしょうか?」
「寝かしておいてあげようか」
俺はそっと二人の頭を撫でて立ち上がる。無言で3人が追従する。心なしか、寝ているはずの二人の顔が誇らしいモノになっている気がした。