110話 続進歩
空気が甘い。そうアイリに言われるって事は、相当なレベルなんだろうなぁ……。あっ。リンヴィ様は? リンヴィ様はどんな顔をしているんだろう?
どんな顔をされているか少し怖い。だけど、視線を向けてみる。
…うん。全く動じていないね。「私は貝」とでも言いそうな態度である。…逆に余計に恥ずかしいんですけど。いや、やらかしてしまったことは仕方ない。よし。気分を入れ替えて…。
「おはようアイリ」
「おはようございます。アイリちゃん」
雰囲気なんて気にせずにこちらを見て…! という思いが通じたのかどうかは定かではないが、一点の躊躇もなくこちらを向くアイリ。
そして、俺らを視界に収めると目を丸くした。 ?
「…お父さんとお母さん?」
少し裏返った声で問うアイリ。俺も四季も、よく意図がわからないけど頷く。すると、
「よかった!心配したんだよ!わたし、二人が死んじゃったら、どうしようかと不安で不安で!」
溜まっていたものを一気に吐き出すように言葉を発しながらこちらに飛び込んできた。彼女の言葉は途中から感情が乗ってしまって、「不安で!」の辺りから聴き取れなくなってしまっている。
だけど、この子の泣きじゃくる顔、不安と安堵と怒りと喜びの混ざった声、いつもの間が存在しない話し方。滅多に目に見えて感情を表に出さないアイリが、感情を爆発させていること……。どれをとっても、俺らを良く心配してくれいたことがヒシヒシと伝わってくる。
そりゃこうなるよなぁ…。二人でああいう雰囲気になる前、そういうこと考えていたんだから。こうなることは容易に予想が出来る。
この子たちなら確実に「わたし達のことより、二人のことを」というニュアンスのことを言う。むしろ推奨してくるだろう。だけど、心配されているであろうという事を一瞬でも頭の片隅に追いやって、アイリが「…お父さんとお母さん?」と聞いてきたときに、すぐさま意図を察して答えられなかったことに罪悪感が…。
というか、俺らの事を心配してくれているはずのアイリに。起きてまず「雰囲気が甘。」って言わすとか相当だったんだな…。これを考えるとますます罪悪感がザックザックと容赦なく俺らの心を抉ってくる。
だけど済んだこと。申し訳ないと思うなら態度で示す。「心配かけてごめんね」とアイリに手を伸ばして頭を撫で…、ようとしたら手に重さが加わる。……この重さはカレンとレイコ、それにガロウか?
そう思った瞬間、俺と四季は4人に、一言で要約してしまえば、「心配した」このたった一言になってしまう。だけれども、そんな要約では言い表すことの出来ない、いろんな感情に溢れた言葉をかけられながらもみくちゃにされた。
_____
「「『『回復』』」」
光が俺と四季を包み込む。
…よし。傷は癒えた。まさか皆にもみくちゃにされて怪我するとは思わなかった。肘が鳩尾に入ったり、股間蹴り上げられたり、押さえつけられて血行不順起こしていたり……。
皆、顔に対しての配慮は忘れてなかったけど、俺らが無事に起きたことが嬉しくて、首以下のことを忘れていたようだ。
「…ごめん」
「ごめんねー」
「申し訳ありません」
「ごめん」
「ああ。いいよ。俺らが心配かけたのが悪いのだし…。ねぇ?」
「そうです。…習君が言うべきことは言ってくれたので私からこれ以上は言うことないですね…」
「皆が心配してくれるだろうことを忘れて甘い雰囲気を作った罪悪感もある」という事は言うべきかもしれないけど。言えるわけがない。ただの羞恥プレイになる。
しかも、言ったら言ったで、「気にしない。むしろどんどんやって」と言われそう。チラッと言いそうな筆頭人物、ようはアイリを見る。
何故か目が合う。不思議そうにコテッと首を傾げてこちらを見てくる。かわいいなぁ…。でもこの子絶対言うよ。この純粋な顔で間違いなく言うよ。
それはそれとして…、皆の反応を見る限りやっぱり俺らへの依存が…。はぁ。カレンは確実に大丈夫。レイコとガロウも互いがいればおそらく、たぶん大丈夫。レイコは少々危ういけど…。だけどさっきも考えていたけど、群を抜いてアイリが…。
直接言ってもなぁ…。「…それの何がダメなの?」と言われることはたやすく想像できる。そして、俺らはそれに対する効果的な反論が出来ない。俺らが個人的にダメだと思っているだけなのだから。
「…どうしたの?」
何かを感じ取ったんだろうか? アイリに聞かれてしまった。答えようもないし、とりあえず誤魔化そう。
「いや、何でもない」
「ええ。何でもないですよ」
声が重なった。むしろ怪しくない? アイリは俺らの解答を聞いてさらに目を細める。うん。やっぱり怪しいよね…。
「…ほんとに?」
「ああ」
「そうです」
ジーッと見つめられる。何を思ったか、レイコとカレンも真似をして見つめてくる。そんな目をしても言わないよ。
でも、ずっと見つめられるのに耐えられない。じりじりと目を背けると四季と目があった。そういえばさっきのあれから直接四季の顔は見ていないんだよな…。
う 。さっきのことが頭に蘇ってきた…。何で今なんだ…。ちょっと顔が熱くなってきた。皆に罪悪感抱いているくせに。
だけど思い出してしまったら仕方ない。何とか挽回しないと…!
「…?…あ。なるほど。…そういうこと」
え、ちょっと待って。察された!? この短い間で!?
「えー、何ー?教えてー」
「私のも教えてくださいませ。お姉さま!」
「俺もー」
何でガロウまで加わってるの!? 待って待って。恥ずかしいからやめて。というか、何で子供に子供たちに両親がいちゃついていたとか暴露されなきゃいけないの!? あ、でも止めると余計に変に思われないか? …あれ?これ、もしかしなくても詰んでない?
だけど、アイリはこちらを見てほほ笑むと、皆に向かって
「…内緒」
と一言。ん? 助かった?
「…皆も察せるよ。ほら、あの甘い雰囲気見て」
助かってなかった。きっとヒントのつもりなんだろう。アイリからすると。だって若干天然入ってるもの。だけどそれ、ヒントじゃなくて、核心ついちゃってるから!
まぁ、心の中でいくら突っ込んだところで無意味。口に出したところでさらに墓穴を掘るのみ。結局詰んでいたのだ。
それを聞いた皆が一斉に俺らの赤く染まった顔を見て察したように頷いた。なるほど、これが皆の事を脇に置いておいて甘い雰囲気を築いた罰か。なかなか心に来るね。
皆の視線が一気にジト目から、生暖かい目に変わった。猛烈に恥ずかしい。ごろごろ転げまわりたい。余計に変な目をされるのはわかりきってるけどね!
ただ、言い訳させて。俺らも疲れていたし、皆も疲れているだろうからみんなを置いておいただけで、完璧にみんなに心配をかけたことを頭から除外していたわけじゃないから!
とりあえずこの雰囲気から離脱するには…。あ。そうだ。
「今何時?ご飯は?」
直後、その場にいた全員から「露骨に話題逸らしたね…」という目で見られる。唐突過ぎた?
「今は3の鐘 (10時)だ。朝は皆食べている」
リンヴィ様の助け舟。助かった。
「私達が気を失っている間に日をまたいだりは…?」
「一晩だけですよ。アイリ姉様、カレン姉様がお父様、お母様を引き上げてから一夜明けたところです」
「まー、無茶したんだろーし、妥当じゃなーい?」
『シュガー』との戦闘自体は長くても2時間。昨日、ご飯を食べたのは早くても12時 。ということは…、気絶時間は長くても20時間ぐらいか、長いんだか短いんだかわからない。
「ねぇー。ねぇー。何があったのー?」
「カレン姉ちゃんの言う通りだ。父ちゃん達が傷だらけで吹き飛ばされるなんてそうそうないだろ?」
「…ん。聞かせて」
「ああ。わかってる。何があったか話そう。その前に…、ご飯にしない?お腹が…」
「私からもお願いします」
子供たちに頭を下げると、笑顔で了承してくれた。その上で、昼食の準備をしようとしたら、「病み上がりなのだから待っていて」と全員から釘を刺された。
優しく言ってくれていたんだけどね…。そう言う皆の笑顔の裏に、「いいから黙ってみてて!余計な心配かけさせないで!」という脅迫というか、懇願があったから黙ってみていることにしよう。本当に心配かけてる。
……もうちょっと余裕を持たせておくべきだったか? シュガーはおそらく倒しきれてないしなぁ…。でも、そうすると調教が…。難しい。
「習君。待っている間に、話すことを整理しておきましょう」
コロッと体を転がせてこちらを向く四季。いいけど…、俺が四季のように横を向いて寝転がると顔と顔が異常に近くなるんだけど、いいんだろうか?
まぁいいか。別に同じ体勢じゃないといけないわけじゃ…、同じじゃないとダメですか。複数人からそういう念を受け取った気がする。
となればやるか。さっきまでならためらわなかったんだろうけどな…。心を決めてくるっと体を捻れば、「はわっ!?」なんて声を四季があげ、顔を赤くする。
やっぱりよくなかったね…。今のある意味間抜けな姿を見たから恥ずかしさが、彼女への愛おしさで少しマシになった。
「四季。決めるよ?」
「は。はい。ぱっと。サッと決めちゃいましょう!」
めっちゃ緊張してるな…。何かのはずみでオーバーヒート起こしそう。ちょっと残虐だけど、爆発しそうだから置いておいてお話ししよう。
_____
話は割とすぐに終わった。「全部話す」ことにしたから。リンヴィ様の意見も欲しいから彼も交えて。あ、でも、VSシュガーの最後ぐらいは補足しよう。
とりあえず図を用意。突進する大口を開けたシュガーと、俺ら、それと門が一直線になっている図だ。
絵ではないから人に見せても問題ないものになった。絵は無理。解説に写実的な絵なんて必要ないから…。
シュガーの口に、開いた口と同じ幅を持つ鉄壁と、それより内側に口よりわずかに小さい不壊の壁を描く。……これでよし。後は、四季と話し合って内容をできるだけわかりやすく纏めた。だいたいこんな感じでいいかな。
「
利用したのは『水蒸気爆発』という現象。水が気化すると体積はおよそ1000倍になる。この気体と液体の圧倒的体積差を利用する。
俺らが使った魔法は『超高温火球』。これはシュガーの口と『鉄壁』の間にある水を全て瞬時に気化する。気化することで、水蒸気は猛烈な勢いであたりに広がろうとする。だけど、口の中で収まる量じゃない。
で、ここがポイント。シュガーの体表は硬い。それも無駄に。それは内側からの衝撃に対しても同じのはず。だから、もしもシュガーの体組織を蹂躙したとしても外にはそれ以上広がれない。
となると、膨らんだ水の主要な逃げ道は口、鼻、および肛門に限定される。……シュガーに鼻と肛門があるかどうかなんて見てなかったけど。
まぁ、口以外の穴があろうがなかろうと関係ない。膨らんだ水は広がるためにシュガー体内から体外に出る出口に殺到する。その出口は距離的に口が最も比重が高い。ただし、口に蓋をするように覆う『鉄壁』がなければ。
『鉄壁』があるせいで、あいつは一瞬だけでも、モロに体積増大の衝撃を受ける。他に穴があろうと、どのみち体内に傷を負うことは避けられない。
しかも、『鉄壁』が外からの水の流入を防ぐ。これで、『超高温火球』がシュガーの口を直接焼く機会を作れたと思う。
でも、『鉄壁』は一瞬しか耐えられない。爆圧の影響に耐え切れずに崩壊する。その奥にある『不壊の壁』は、完全に密閉していない。だから上下に衝撃は逃げ、滑らかに移動する。
これで、爆心地の近くに増大した気体の逃げ道が出来る。逃げ道が出来れば、気体はそこに殺到する。その勢いはすさまじく、俺達を壁もろとも外に押し出す。一列になるように調節したのはこの流れに乗って脱出できるようにするため。
『水中服』を切ったから呼吸できなくて死にかけたり、予想以上に爆発が凄くて『不壊の壁』が崩壊して傷だらけになったりしたけど。全力を叩きつけるための処置だから仕方ない。
」
……これで、一応説明できているはず。ひょっとすると地球の物理と違うかもしれないけど…。もし違うなら、そこはシャイツァーが頑張ってくれたんだろう。
改めて文章にすると皆に目をむかれそうな内容になってるな…。けど、やったことはこれだし…。「もっと安全に」と言われるだろうけど、甘んじてその批判は受けよう。
「…出来たよ」
「出来たってー!」
昼ご飯ができたみたい。朝を抜いているから本当に昼ご飯と言えるかどうか微妙だけど…。受け取りに行こう。
「いこっか。四季」
「はい!」
「…持ってくから座ってて」
「あ。うん。ありがとう」
「ありがとうございます」
取りに行くことさえ許されないのね…。過保護だな…。
昼ご飯のメニューはパスタ。体に配慮して、消化に言い謎食材を使って作ってくれたらしい。味付けは素材の出汁と塩。「…胃に優しくした」とアイリが言っていた。
シンプルな味で美味しく、体に有効成分が染みわたるような料理だった。食べ終われば待望のお話だ。とりあえず、シュガーから。全部一気に伝えちゃえ。絶対に何か言われるだろうから、「最後にまとめて聞く」と先手を打っておいて…。よし。
「話すよ。まずはシュガーから」
_____
伝えた反応は割と予想通り。シュガーの名前の由来の雑さとか、俺らが戦闘中に吐いた悪態に呆れられたとか、割と徹底的にやったのに多分生きてると言えば、硬さに驚嘆したりとか、「もう少し体を大切に」とか。
分かってはいるんだけどね…。こればっかりは性分。だけど、変えようと動いてみようと思う。皆の辛そうな顔は見たくない。すこし潤んだ目で、悲しそうな声で言われちゃうと、もう「ごめんね」。以外、何も言えない。それもこっちを心配して言ってくれているからなおさらだ。
さらにリンヴィ様にも「無茶しすぎ」という旨のことを言われた。肉体が俺らよりも丈夫なはずの彼から見てもなかなか奇天烈で危険なことをしていたようだ。
それが終われば遺跡。アイリとカレンから話を聞いたところ、やはり、建物以外何もなかったらしい。「…強いて言うなら遺跡そのものが変」このアイリの言葉がこの遺跡をよく表している。
その後二人で、遺跡の廊下や、シュガーのいた部屋の話をした。その時に、遺跡にあった模様を描いてと言われたけど流石に覚えてないから無理だった。絵と違って図はちゃんと書けるのに…。
さて、話が終わるとみんなの目がリンヴィ様に集中する。さて、彼は何を言ってくれるのか。
「もう少し情報が欲しい。もう一度覗いてきてくれぬか?」
「「え゛」」
聞き間違い? だけど、リンヴィ様は無情にも言葉を紡ぐ。根拠も添えて。
「もう少し何か情報が欲しい。もう一度覗いてきてくれぬか?」
うぅ…、入ろうとした瞬間にシュガーにブレス撃たれそうなんですけど…。
でも、頼んでいるのはこちらだ。だったら、これくらいの誠意は見せないといけないよな…。魔力は回復している。それに、覗くだけならあんな戦いをしなくていいはずだし。言っててフラグ立ててる気がしてきた。黙って行こう。
「わかりました。行きます」
「では、二人とも我に乗れ」
リンヴィ様がひとっとびして、神殿上空。
「そういえば…。リンヴィ様は神殿に入られないのですか?」
「入ろうとしなかったとでも?」
「「いえ。全く」」
普通は入ろうとするだろうから。
「理由はただ一つ。獣人はあれに近づけぬ」
え? 何で?
「理由は知らぬ。神殿を見て来てくれ」
返事が素っ気ない。考えても答えが出ていないからか? 答えが出ないとイライラするし…。
ま、行こう。紙に既に書いてある。使って、飛び込んで泳ぐ。
「覗くだけだから、入り口から見るだけじゃダメかな?」
「ダメですよ…。シュガーの部屋は見ないといけません」
「だよね。言ってみただけだよ」
「あれ?閉まってますよ?」
「え?あ。ほんとだ。けど、大丈夫でしょ。前は開いたし」
だが、俺のその言葉はたやすく裏切られた。扉に触れてみても、押しても、引いても、二人そろって「開けゴマ!」と言ってみても開かないのだ。
「「入れなかった(です)…」」
浮上してそう報告した。
「ふむぅ…。謎が深まってしまったな。神を祭る堂、何らかの魔法装置、もしくは、死者を悼む堂、それとも生贄?もしくは、およそ人智の及ぶところではない…か」
リンヴィ様はぼそりと呟き、岸に戻る。
「おかえりー。どーだったー?」
「そもそも「ガサッ」ん?」
草をかきわけるような音。敵か? 6人全員が一斉に武器を取り出し、音源を凝視する。
「待ってください。我らはリンヴィ様に御用が…」
「おい、アーロンゲ。まずは名乗れ。リンヴィ様とともにおられる方たちだぞ!?」
手を上げて危害を加えんし事をアピールしていたオランウータンのような人が、ヤギっぽい人にたしなめられる。
リンヴィ様慕われているな…。一緒にいるだけの人間にも名乗らせる気にさせるだなんて…。
「お主らの方が慕われているがな」
!? リンヴィ様がぼそりと呟く。ですが、依存なんですよ、それ。あ、でも忠誠と考えれば…。ダメじゃん。王家でもないのに。
「初めまして、私はイッギュと申します。こちらがアーロンゲです。以後宜しく」
と礼儀正しく頭を下げる。慌てて、アーロンゲと紹介された人も頭を下げた。
「あの、リンヴィ様。あの…、ここで何かありました?」
「どうしてそのようなことを?」
「爆音が響きわたりましたの」
「どの程度だ?」
「ええと…、南半分の群すべて…、すなわち、『巳』、『午』、『未』、『申』、『酉』、『戌』と、首都『バミトゥトゥ』まで聞こえたと思われます」
「次の目的地は決まったな…」
リンヴィ様が呟くように言う。ですね。次の目的地はバミトゥトゥで確定だ。行く予定だったからいいけど。だけどなぁ…。
「ところで、リンヴィ様。あの夫婦は何故空を見上げているのでしょう?」
「心当たりがありすぎるからだな」
かなりやらかしていたようだ。だけど、空は俺らの気持ちとは裏腹に腹立たしいまでに青い。