106話 続ニッズュン
「さて、色々終わったし行きましょう。」
「だね。」
さぁ、行くか。『シュガー』の待つ大広間へ。
「とりあえずゆっくりと入ってみよう。」
「はい。一気に入って何かあれば目も当てられませんから。」
かっこつけてみたが、入るのはやはり慎重に。勢いよく突撃するのは流石に楽天的すぎる。
どっちが先に入るかでひと悶着あったが…。
最終的に俺が勝った。ゴリ押しで。…あれを勝ちと言えるかどうかは微妙だ。ひょっとすると、双方致命傷かもしれない。
方法は単純。単に四季をベタ褒めしてなんやかんやで言いくるめた。もとい、恥ずかしさで悶え殺した。それだけ。
………人間、冷静さを欠くとろくなことにならない。
俺と四季以外誰もいないからセーフのはず。部屋の境を隔てた『シュガー』は多分聞いてない。…本人に直接伝えているからアウトな気もするけど過ぎたこと。
「四季、行くよー。」
「あ。はい。お願いします!」
四季の顔が赤い。俺の顔も赤いんだろうなぁ…。でも、『回復』の紙を持ってそばで待機してくれている。これは何かあった時、すぐにフォロー、すなわち、回復。及び手を引いて離脱補助。それらができるように。
「安全地帯に一人でいたくないです。」という四季の主張の結果だ。当然、俺は安全地帯にいて欲しいわけだけど、無理に反対はしない。逆だったら同じことするもの。
ちなみに、『回復』は一枚、俺が頭を打ち付けまくったので消費したので、新たに書き直した。その魔力回復もさっきの休憩が兼ねている。
さてと、やりますか。
指先…、第一関節…、第二関節…、指の根元…と非常にゆっくりとドアのあったところを超えさせて行く。そして、腕まで完全に扉を潜り抜けた。慎重が行き過ぎていると言われそうだが、気にしない。死に急ぐ必要はない。
「大丈夫そうかな?」
「…わかりませんね…。ですが、「できるだけ入る面積を最小に…。」などと謎のこだわりを見せるぐらいならば、そのまま、「えいっ!」と、行ってしまうほうがいいと思います。そんなことすると体がこってしまいそうですし。何より…。」
「バランス崩して結局、体全体入ってしまいそうだな。」
俺がそう言うと四季は、「はい。」と頷いた。
というわけで、普通にゆっくりと入っていく。そのまま体の前半分が通り抜け…、完全に通り抜けたが…、『シュガー』に反応はない。通り抜けるぐらいでは反応しないか。
「大丈夫そうだ。」
「ですね。では、壁沿いを進んでいきましょう。」
『シュガー』のそばを通るのは心臓に悪いからね。
『シュガー』から逃げるように壁沿いに。そして、『シュガー』の方を見ると、彼の体の全容がやっとわかった。
デカさは改めて言うまでもないが…。やはりデカい。
長さ100 mはあるんじゃないだろうか?ものすごく長い。なお、地球での歴史上かつ、世界最大の生き物と言われているのは『シロナガスクジラ』でだいたい30 m。長さはそれの3倍だ。横とか考えると生命としては破格のデカさだ。
色は予想通り。やはり完全な白と黒の2色。それが顔から尾まで延々と体を2分するように続いている。…ただ、相変わらず死んだように浮いているだけなのでこいつの存在意義がよくわからない。
だが、ずっと『シュガー』を気にしていても仕方ない。
一応意識には入れておきながら、周りをしっかり見ることにしよう。…『シュガー』の真下には何もないことを祈ろう。あんなよくわからない奴の下になんて行きたくないからな…。調べるにしても最後だ最後。
「相変わらず壁にはよくわからない模様がありますね…。」
「模様というよりは…『顔』じゃない?」
「『顔』…ですか?ああ。確かに顔に見えますね。この辺りとか。」
と四季は壁のある一画を指さした。そこにあるのは、(“ω”) というようなものや、 eoe のようなもの。
…ようなものだから、知ってる文字で置き換えたら顔に見えないな…。
「でも…、何で顔なんでしょう?」
「…さあ?」
四季の質問に対する答えを俺は持ち合わせていない。
「『ラーヴェ』神にでも聞いてみる?」
と少し茶化して聞いてみた。
「聞けたら、帰還方法も直接聞けるのですけどね。」
四季も茶化しているのがわかっているのか苦笑い。
確かに、四季の言う通りだねもしも直接『ラーヴェ』神と会話できるなら帰還方法を聞くなぁ…。その方が確実だ。あ、でも…。
「聞けても、『ラーヴェ』神、帰還方法知ってるかな?」
「また根本的な…。『ラーヴェ』神が帰還方法を知っているかどうかはわかりませんが…。帰還された人はいるので誰かは知っているでしょう。」
「願い叶える以外で?」
勇者召喚での正攻法での帰還方法は召喚者の願いを叶える事。
今回は『魔王討伐』なわけだけど。
…思い返してみれば、俺らは寝坊で暗殺されそうになったから完全に離脱。独自路線で帰還方法捜索。
西光寺班はそもそも戦えないからまとまって逃げた。それで帰還方法を人間領域で探している。
唯一戦える望月班も、「魔王?知らない相手の事いきなり殴るの?」で、人間領域を見回っている。
あっちから見れば、今回大外れだな…。
ま、それはさておき、願いを叶えて帰還した勇者の記述なら見た。でも、願いを叶えずに帰還した勇者の記述。それを直接見たことがない。
…まぁ、国の恥だから抹殺したんだろう。そんな記録。勇者に逃げられましたぁ!なんて笑えない。
あってもせいぜい「ある日突然勇者が消えた。」それぐらいだ。
一人で逡巡しているうちに、四季も記憶を掘り起こし終えたみたいだ。こちらを見て、
「直接的な記述はなかったような…。ですが、そもそも、『魔王倒さなくても変える方法はあるんじゃない?探そうぜ!』みたいなノリで皆さん行動を始めていますからねぇ…。」
「そういやそうだったね。無駄に『ラーヴェ』神が甘いから勝手にあるもんだと思い込んでた…。」
『ラーヴェ』神が甘いというのも、そもそも俺らの勝手な判断だしなぁ…。でも、その判断の根拠、半分ぐらいは、俺らから見て悪人である、『カネリア』や、『ハールライン』が『シャイツァー』を持っていたせい。もう半分は割と都合よく『シャイツァー』が強化されるせい。という割ともっともだと感じる事なんだよな…。
その一方で、超が何個もつくぐらい不要な『鎌』を押し付けられた、黒髪赤目のアイリもいるわけだけど…。あ、そういえば『エルモンツィ』の扱いは獣人領域ではどうなってるんだ?調べてみるか…。
「ま、『ラーヴェ』神が知らなくても、『シュファラト』神に聞いてみればいいですね。ひょっとしたら知っておられるかもしれません。」
「だね。ま、でも、この直接聴取法の問題は、「会話する方法がない」ことなんだけど。」
「それにつきますねぇ…。」
どうしようもない。だが…。
「ここに帰還方法があれば万事解決!しますね!」
俺の思ったことを四季が代弁してくれた。…のはいいが、言い方から空元気感が溢れている。にもかかわらず、かわいらしいと思えるのは俺が四季のことを好きすぎるのか、四季が魅力的すぎるのか…。
「習君。あの…、何かいって下さらないと、私、ものすごく恥ずかしいのですけど…。」
頬を染めて言う四季。きっと後者だな。そう思わずにはいられないほど紅に染まる顔が愛らしい。
「空元気感が凄かったね。」
「ワンテンポ遅いですね。」
知ってる。さっき「何か言って。」と言われたばかりだからね。流石にそれを即忘却するほど鳥頭ではない。
洞窟で何故か道を戻るだけなのに迷子になった『クリアナ』さんとかいるが…。
あの人はただの…、いや、ド方向音痴なだけだ。
「コホン。」
咳払いとともに四季のジト目。
まぁ、何だ。ごめん…。思考を全く関係ないクリアナさんのことに飛ばしていた俺がどう考えても悪い。
「とりあえず奥に行こう。」
「ですね。」
何かを追及されることもなく俺の提案に乗ってくれた。ありがたいことだ。
「あ。習君。天井や、床もやはり謎の模様がありますよ。」
「え?あ。ほんとだ。『シュガー』がでかすぎて今まで気づかなかった…。」
「私もですね…。何かに注意を取られてしまうと、どうしても散漫になってしまいますね…。」
「でも、今回のは仕方ないような…。だって、完全に同化してるもの。」
壁は白地に黒。だったり、黒地に白だったりで模様が描かれている。だから少し距離があっても問題なく見える。
だけど、床と天井は白地に白。黒地に黒だ。模様の部分が少しだけ盛り上がっていたり、少しだけ掘られていたりして、よく目を凝らせば何かがあるのがわかる。そんな感じでどう考えても読ませる気がないし、俺達がさっきまで見ていた壁とはまた趣が違う。これは何だろう?
「うーん、どことなく廊下にあったものと似ているような…?」
「あ、言われてみればそうかも。」
雰囲気だけだけどね。あっちは普通に見えたし。そのせいで頭だいぶ打ったけど。
模様もまた、楕円、双曲線等々…。うん。壁と似ている気がする。
「あ、でも、これ微妙に模様の高さ、深さが違うような…。」
「そんな気がしますが…、見ただけではわかりませんね…。」
「床、触っても大丈夫でしょうか?」
おずおずと切り出してくる四季。どことなくおびえる小動物のようでかわいらしい。
…まぁ、今は置いておいて…。
「たぶん大丈夫。万が一に備えて、『シュガー』の方を向いておく必要はあるだろうけど。」
「それは承知しています。」
水中でくるりとターン。『シュガー』の方を向く。そしておっかなびっくり床に触る。ちょんちょんと触っても反応が何もないことを確認すると手のひらを押し付けた。
「…確かに深さや高さは違いますね。」
「そうなの?」
「はい。触ってみ…。って、言う前に触ってましたね。」
若干あきれた顔。
「気になるからね。」
というと、「では、仕方ありませんね。」とでもいうように肩をすくめた。
床を撫でてみると…、四季の言うようにやはり凹凸があって、高さや深さが手から返って来る感覚から微妙に違うことがわかる。それにしても…、この床。いや、天井もか。硬そうだな…。
「『シャイツアー』で床、削れるかな?」
「…さぁ?ですが、流石にそれは…。」
「まずいか。」
四季はコクリと頷いた。まぁ、そうだよねぇ…。だって、文化財だもんな…。勇者しか入れないっぽくても、破壊はダメだよね…。常識的に考えて。
「ま、いいか。奥に行こう。」
「あんまり行きたくないんですけど…。」
わかる。でも、行ってみないことにはどうしようもない。
行きたくない理由は簡単。奥の方の雰囲気が重いからだ。壁の色は白や黒でこの遺跡、『ニッズュン』全体と全く同じで変わらない。
だが、何というか…、こう、色に乗っている感情?というものが奥に行けば行くほど重くなっているのだ。
文章でいうなら、書いているうちに楽しくなってきてその気持ちが字に乗る。とか、悲しいときに書いた文章は文字からそれがにじみ出てくる…。というようなものだろうか。
…最初はこの雰囲気が『シュガー』のせいだと思ってたんだが…。既に『シュガー』は400 mほど後方にいる。ここまでくると流石に間違えようがない。原因はあの壁だ。
ただ、改めて思う。
やっぱ『シュガー』でけぇ。距離感が崩壊する…。後、最奥までおよそ200 m。たぶんこの部屋は一辺800 mの正方形だ。高さはたぶん50 m。『シュガー』も安心して…、とはいかないが泳ぎ回れるサイズではある。
…そう考えると部屋もデカいな。外から見たときよりもどう考えてもデカい。
なんて考えているうちに、最奥に到着。うわ…、これはまた…。重い。
「何で近づいたら「触っちゃダメ。」という感じが追加されるんですかね…。」
「だね…。」
俺も四季もモチベーションがダダ下がり。触っちゃダメな感じがヒシヒシと伝わってくる。何というか、超えちゃいけない最後の一線というか…。引き返す最期の機会だとかそう言う雰囲気。
「とりあえず、ここは後回しにして、この部屋一周してみましょう。」
「そうだね。それがいい。」
見えている地雷は踏みたくないからな…。
まぁ、…どうせ後で処理することになるんだろうけど…。『シュガー』の下とどっちがマシだろう?
だけど、わざわざそんなこと二人とも口にしない。言えば思考が後ろ向きになるから。
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「案の定でしたね…。」
「だね…。」
さっきとは反対側の壁を通ってみたが、案の定何もなかった。正確に言えば、反対側にあったのと同じようなものはあった。でも、特筆するものはなかった。
「あ、でも、一つだけ得たものが。」
「何かありましたか?」
「うん。『シュガー』やっぱりデカいなってことがわかった。」
「人はそれを「何の成果も得られなかった。」と言います。」
「だねぇ…。」
しょうもないことを承知でボケをかましてみたけど、そんなに意味はなかったな…。雰囲気が変わらない。帰れるなら帰りたいから、調べないという選択肢はないんだが…。『シュガー』の下は後でいい。
「この時々ある顔文字が私達の神経を逆なでしてきますね…。」
「それ。本当にそれ。何で顔文字を書いてるんだよ…。」
ひょっとしたら顔文字じゃないのかもしれないけど…、どう見ても顔文字。
「これとか酷いですよ。悲しげな雰囲気を壁から漂わせているくせに何ですかこれ!?」
四季の指さす先には、 \(^o^)/ が。懐かしいな…。ネットでよく見た。オワタだ。決してカナダの首都ではない。
でも、この顔文字なら、この壁の雰囲気とそこまで矛盾しないはず…。「何かやらかしてどうしようもねぇ!笑うか。」的な意味だったはず…。
「なんで、万歳なんですか!頭のネジ数本逝ってるんじゃないですか!?」
あぁ。なるほど。四季はこの顔文字を万歳だと思ったわけか。俺はオワタだと思ったけど、認識の違いだな…。
昔、道を歩いていたら、「この店で商品を買えばどんな人もこうなります!」という文句とともにこの文字が書いてあって、「ファッ!?ダメなやつじゃないか!」となったことがあったけど…、四季が今体験してるのもそれだろう。
「そもそも、何でこんな雰囲気何ですか…。」
「さぁ?でも、この一番奥の壁を触ってみればわかるんじゃない?」
「ですかね…。何もわからなくても、どのみち触ってみないといけませんものね…。」
四季はそこで言葉を切って壁を見る。何が起きるかはわからない。だが、触れば何かが起きる。そのことだけは明らかだ。
「触りましょっか。」
「ああ。」
「腹が立つのでこの顔を抉る勢いで触りましょう。」
哀れ \(^o^)/ あ、でも、そっくりに見えるだけで、これとは限らない…よな?
「いきますよ。習君。準備はいいですか?」
「ああ。いつでもいいよ。合わせる。」
四季が怖いぐらいにやる気だからな…。そんなにこの場に万歳している奴がいるのが嫌か。…嫌だな。俺はオワタで取ったから何ともないけど、この雰囲気の中で真逆な奴がいたら腹立つよなぁ…。実体験してみないとわからないだろう。これは。
「あ、でも。文化財破壊だよ?」
「…あ。では、優しくやりましょう。」
恥ずかしそうに頬を染め、頬を掻く四季。いつもの調子に戻ったみたい。
そして、頬を掻くのをやめると、俺に目配せする。ああ。やろう。
一緒に壁に手を触れる。
「キュイイイー!」
この鯨のような鳴き声は…!
慌てて後ろを振り返ると、『シュガー』の巨体が目の前にあった。
「『シュガー』速いな!?間違いなく触った瞬間に起きたはずなのに…!」
何で600 mはあるはずなのに一瞬で走破出来るんだよ!
「それだけではありません!真に驚嘆すべきは、水流を発生させなかったことです!」
「ああ。だな!」
これだけの巨体だ。動けばどうしても水流が発生するはず。しかもそれなりの規模の。だが、こいつにはそれがなかった。つまり…。こいつは強い。
「キュイキュイキュイ。キュイー!」
何故かはわからないが、鳴き続ける『シュガー』。
ならば、今のうちに決める!
「行くよ!」
「はい!」
水、岩、風の触媒魔法は消化とリンヴィ様で使用不可。だから今回はこれだ。
『『アイスランス』』
今まで使ってなかったが…、幻想では水と氷魔法は別だ!青魔法?知らない!
しかもここは水中。周りの水ととも凍ってろ!