11話 続蜂
「なあ、四季」
「何ですか?」
「今日の天気は?」
「蜂の死体、時々針の雨。所により晴れですね」
「…何ふざけているの」
アイリに怒られた。だが、こんなミニコントをかませるのも、針の数がかなり減ってきたから。かなり散発的になった。逆にスピードは少しばかり上がっている。
「キラービーの数も減ってませんか?」
「…そうだね。減ってる気がするよ?」
「針のリソースに回した分、蜂が減ったか?」
「…そんなことあいつにしかわかんな。」
「そりゃそうだ」
アイリの言うとおりだが…、スピードが上がったのは、初速が上がったからではない。
|障害物«キラービー»との接触回数が減ったからだ。キラービーの数が減ったというのは、視覚的な印象と、この事実を考えて言ったのだろう。そろそろ攻撃の機会かもしれない。
「ただ…」
「そうですよね…」
「…どうしたの?」
「ん?あいつ倒せば終わるのかなって」
「…確かに。穴?のほうが大事っぽいよね」
どうも、こいつらの動きを見る限り、穴に近づいて欲しくないらしい。俺たちが避けるときも、できるだけ穴側ではなく外側にむけて回避するように誘導されているし、後ろから回り込んでくる蜂も少なかった。
撃墜されまくっている。というのも理由の一つだが、そもそもの絶対数が前から来る奴に比べて圧倒的に少ない。
「よし、穴を潰せるようにする。アイリ突撃できるか?」
「…どのあたりまで?」
「穴のそば。最悪間近に行ってもらう必要がある」
俺の言葉を聞いてアイリは考え始める。そんなアイリにセンが存在をアピールするかのように飛んできた針を叩き落した。
「…センがいる…。…スピードは大丈夫。針と蜂の量……。これぐらいなら大丈夫…」
独り言が漏れるくらい真剣にしばし逡巡したのち、
「…大丈夫。いける」
と力強い返答が帰ってきた。よし。
「四季、紙と時間頂戴」
「お任せください。でも、できるだけ早くしてくださいね」
にっこり笑って紙を渡された。
「アイリとセンも悪いが一緒に時間稼ぎ頼む!」
「…任せて」
「ブルルッ!」
四季がアイリを援護し、センが俺の前に立って、万が一に備える。万全の布陣。
アイリに使ってもらうからには、こっちの世界の言葉で書かねばならない。書きなれていないから少しだけ面倒だ。シャイツァーの補助か、日本語を書くときと全く同じような感じで書けるのだけど。
魔法による爆音と、針と鎌もしくはファイルが激突する「キン!」という硬質な音、それらをバックミュージックとして字を書く!
すばらしい作業妨害用BGMだよ全く。こんな環境で字を書いている人などいないだろう。だが、集中すれば問題ない。
極限の集中下、世界は無音になる。そこで相対するのは、俺とこの紙だけ。
たっぷり魔力を込めてくれたおかげでかなり書きにくいが…。その反発をねじ伏せる!一画一画を間違えないように、丁寧にかつ迅速に。相反する条件を一番よい条件で折衷。それを維持してペンを動かして……、よし、書けた!
「書けた!頼むアイリ!」
「…わかった。セン!」
アイリは叫ぶと、センに向かって飛びあがった。そしてそのままセンに飛び乗って、紙を俺からひったくる。
「行くよ!」
アイリが勇ましく声をかければ。
「ヒヒーン!」
センはそれにこたえるかの如く一鳴きして、駆け出す。
「援護しますよ!『ブリザード』!」
「ああ、言わなくとも!『ウォーターレーザー』!」
1人と1頭の進路を阻もうとするキラービーそれらを全て叩き落す!
「ハニィィィィ!」
クイーンが鳴く。俺たちが勝負を決めにかかったことを察したのか、アイリにだけ、照準を合わせて攻撃を始める。
それをセンは自らの判断で最も良い進路を選び出し、針を抜けながら突き進む。
アイリもどちらかに確実に当たるだろう針だけを払いのける。まさに人馬一体。
だが、これらの動きは完全にキラービーを度外視したもの。二人とも俺らを完全に信頼し、そっちへ蜂がいかないと信じてくれている。
だから、俺らはそれに応えられるように動く。
ここに、俺たち全員で構築された、一手は完成した。
「ハニ!ハニ!ハニィィ!」
クイーンが慌てた声をあげる。翻訳すれば、「何をしている!さっさと手伝え!」と言ったところか。
だが、それに従うキラービーは戦闘開始に比べて目に見えて減っている。
当然だろう。これまで、クイーンはキラービーに多大な犠牲を払いながらも勝ってきたのだろう。
だが、今回はどうだ。俺たち相手にキラービーの物量作戦は効かず、さらに、クイーンの針攻撃、連打、マシンガン……あらゆる手を乗り越えられた。
彼らが一連の行動で得たものは、俺らの服に対する微々たる傷。それと、紙の使用回数、魔力と精神力の減衰という目に見えないもの。後は…。おびただしいまでのキラービーの死体。
物量作戦で大量に死に、ボスの攻撃でまた大量に死ぬ。死体で山ができるほど死んだのは、あたりに飛び散った死体から明らかだ。そしてそれらは彼らにも見える。
だが、俺たちは何も失っていない…ように見えるだろう。そんなとき、彼らの胸にどんな気持ちが生まれるのか?
それはおそらく寂寥感や虚しさだろう。今までは死んでも勝てた。だが今回は死んでも勝てそうにない。そして、ボスが冷静さを欠いている。
そんな状況では、彼らが士気を失ってしまうのも当然だろう。
はたから見れば、一匹として逃げ出してはおらず、少なくなったとはいえ、それでもちょこちょことキラービーは命を投げ出しに行っている。
だが、これは決して忠誠などではない。彼らはすでに諦めきった顔をしている。では、何が彼らを駆り立てる?
それは紋だろう。強制されてその場に縛られ、突撃させられる。となると、また士気は下がる。そして、彼らは築き上げられた仲間の屍を見る。
ここまでくればもう駄目だ。彼らはもう逃れられない、負のスパイラルに入り込んでしまった。
穴から出てくるキラービーはアイリとセンが近づけば近づくほど減り、とうとう一匹も出てこなくなった。
ことここに至り。クイーンはやっとキラービーを頼ることを諦め、独力で戦うことを決意したらしい。今までとは違う、
「ビイイ!」
と力強い声をあげた。だが、もう遅すぎる。その決断は大勢が決してからするものではない
「でやああああ!」
「ヒヒ――ン!」
アイリとセンが殺意の籠った威勢のいい声をあげて、クイーンに肉薄。
クイーンは迎撃を諦めて、回避。避けられて悔しい?悔しい?という顔をして、二人を煽る。
決まった。王手だ!
「アイリ!派手にやれ!」
「…わかった!『アーラ・クワシュルス』!」
穴の淵をなぞるかのようにセンは動く線の上でアイリが唱えると、紙が消える。その代わりに2つ白い球体が現れ、一つは穴の中へ消え、もう一つはその場にとどまる。
それに気づいたクイーンもキラービーも全てが穴に注目している。
悠々アイリとセンが安全距離に逃れた時、穴に変化が起きる。
「ズガガガッ!」という音を立て、穴の壁に亀裂が縦横無尽に走る。走る亀裂は稲妻のようで、それはやがて見える範囲すべてを覆いつくす。
そして、穴の上でとどまっていた白い球体がはじけ飛ぶと、一拍の後に、穴ははるか遠くまで届きそうな「ドゴ―――ン!」という音を立てながら崩壊した。後に残るは残骸の山。誰もここにもとは穴があったなんて信じないだろう。
「ハニイイイイイ!」
クイーンは怒り心頭らしく、鬼の形相。だが、もうお前は詰んでるんだ。
穴を叩きつぶしたセンとアイリが、勢いそのままに後ろから無言で接近。
アイリがセンの上からジャンプし、鎌をクイーンの頭に突き刺し、勢いを殺すことなく一回転し、地面にたたきつける。
たたきつけられたクイーンの腹をセンが踏み抜き、アイリが鎌を抜くついでに首を刈る。
スパッ!と音が立ったと錯覚しそうなほどの鮮やかな動きで首と穴の開いた胴体が泣き別れる。
「離れて!行きますよ…」
「「『『ファイヤーボール』』!」」
とどめのファイヤーボール。クイーンは魔石を残して消滅した。
クイーンの消滅と同時、『キラービー』たちも統制を失って滅茶苦茶に飛び回り始める。
「くそったれ!紋は言葉にするなら「クイーンに従え」か!このまま飛んで行かれるとまずいよな?」
「ですね。では、お願いします」
全部言わなくても紙をくれた。ナイスだ。
「ありがとう」
感謝の言葉と交換で紙をもらってささっと書いてしまう。ここまで希薄な奴らに強力なのは不要だろ。
「「『『対蜂用殺虫剤』』」」
二人で紙を触媒にしてやると、紙からもくもくと白い煙が立ち上る。
その煙はまるで生きているかのようで、触手のような白い腕を伸ばし、キラービ―の命の灯を消し、わざわざ一体一体丁寧に積み上げる。
彼らが全滅して、本当に死体で山を築き上げるのにそんなに時間はかからなかった。
______
あー、疲れた。
「紙が危なかったですね…」
「そうだな…」
適当にぶっ放していたけど、どれも後数回で消滅するほど損耗している。
「破棄しといて。後で作り直そう」
「了解です」
「てい!お疲れさまでした」というかわいらしい四季の声で、紙が消える。
ペナルティも受けるけど、少しだけ緩和される。誤差レベルだけど。それでも、ないよりましだし、すぐなくなってしまう紙を使うよりはましだ。
「…ねぇ、最初からあれ使っていたら楽だったんじゃない?」
首をかしげるアイリ。あれ?あ、殺虫剤な。
「無理だな。そもそもいけそうだったからやってみたらうまくいっただけだし」
「ですよね。蜂たちが戦意喪失していたからいけたんだ思いますよ?最初の戦う気満々の時とか絶対無理じゃないですかね?」
「…そっか。じゃあ、これもシャイツァーの不思議?」
「かもな。リーダーに失望した時点で終わりを望んでいたのかもしれないな」
「ですね。あの魔物はリーダーと部下、それと巣穴。それで一個の存在に見えましたから…」
「…じゃあ、二人はシャイツァーが蜂の願いをかなえたっていうの?」
アイリは不満そうな顔で問うてくる。
「かもしれないってだけさ」
「そうですよ。かもしれないです。想像するだけならタダですよ?楽しいですし」
「案外、シャイツァーを与えた女神さまはお優しいのかもしれない」
「…そっか」
アイリはますます不満そう。その瞳の中に色々な感情が渦巻いているように見え、そのままどこかに消えてしまいそう。
あっ、そっか…。
アイリは、自分のシャイツァーが願いを聞き届けてくれないくせに、蜂の願いを聞いてくれたかもしれない。そんな話を聞いて嫉妬やさみしさ、無力感。その他いろいろな感情を感じてるのか。
俺たちは立ち上がって、無言で両サイドからアイリを抱っこする。この子は抱きかかえてやっと俺たちの顔のところに頭が来るほど小さい。
「…何?何なのさ?」
困惑したような声をあげるアイリ。
俺たちはそれでも無言でギュッと抱きしめる。言葉よりも、このほうがずっと強くアイリに響くだろう。
「…ちょっ…くる…苦しい」
「「あ」」
抱っこしたまま、体を離す。
「…圧死する。もう少し考えて」
「「ごめん(ね)」」
顔はぷんすか怒っているが、顔はさっきよりも明るくなった。
「…許す。…で、いきなりなんなの?」
「アイリがどっかにいきそうだったから」
「私達はあなたのことが好きなんです。ということを伝えたかったの」
アイリは目を丸くして、
「なにそれ」
とプッと噴出して、笑い始めた。恩着せがましく言うことではないけれど、アイリのためにやったのに、ひどいなぁ…。
「…そうだ。飴ちょうだい。もうとけてなくなっちゃった」
ひとしきり笑った後、ほんの少しいつもより明るい顔で言う。もう大丈夫そう。
飴を手渡しすると、3粒ほどまとめて口の中に放り込む。ちょ…。まぁ、いいけどさ…。
「…ところでさ。穴の中に何があったんだろうね?」
「さあ?何があったんだろうな」
「うーん、何でしょう?」
「…本当にあいつらの巣だったの?」
「違うと思うよ」
「…なんで?」
首をかしげるアイリ。
「まず、あの巣一直線だよな」
「そうですね。あの魔法が全部つぶしましたけど、穴のあるところ以外全部影響出てませんから」
「…どういうこと?」
「もし、分岐道や大きな部屋があったら、巣が崩壊するときに地盤沈下を起こすはずなんだ」
「…それがつぶれてない可能性は…。ないよね。うん。ない」
突然遠い目になった!?
「『アーラ・クワシュルス』は『巣の完全破壊』だもんね…。ハハッ。…二人が仕損じるわけがないもんね。フフフ…」
なんか壊れた!?
「しっかり!アイリちゃん!」
アイリをゆする四季。3回目ともなればなれたもの、わりとあっさりと正気に戻る。
「…で、なんだっけ?」
正気に戻って何事もなかったかのように進めるその神経。嫌いじゃない。
「巣の形の話」
「…そうだったね。じゃあなんで一直線なの?」
「根拠としては弱いかもしれませんけど…。うちの世界の巣を作る蜂がいて、確かさっき習君が言ったような巣をつくってるはずなんですよね」
「上が崩壊しても、下まで影響が出ないようにだろうな」
「…つまり、何らかの理由で一直線にせざるをえなかった。といいたいの?」
「そういうこと」
「だから、キラービーの生産工場と言い換えてもいいのかもしれないな」
「…ふーん」
とことこと歩いて穴のあった地面の上に立つアイリ。しばらく下を向いて首をかしげたと思うと、手招きされた。
「どうした?」
「何かありました?」
「…あったから呼んだの」
ですよね。
「…『身体強化』してみて」
『身体強化』してみると、倒す前は確かに上がっていたはずの汚い霧が綺麗に霧散していた。
「自然に消えは…、しないよなぁ…」
「そもそもあれ自体が不自然でしたよ…」
「…ということは…?」
「中にそういうものがあった。と考えるのが自然だろう」
「人為的なにおいが…」
顔を見あわせて、ため息をつく。
「まぁ、考えても仕方ない、寝よう。眠い」
疲労困憊だ。ため息をついたらどっと疲れが来た。
「そうですね…。片づけは明日にしましょう」
「…そうだね…。ここまで激しい戦闘があったら魔獣も来ないと思う」
「ブッルルッ」
顔をぐいぐい押し付け、何かを期待するような目で見つめてくる。
「四季。センが魔力欲しいみたいだ。来て」
「あ、はい」
2人で同時に左右別々の手を差し出すと、センは口先で手をくわえる。ちょっとはむはむされる。
意外とセンの口の中気持ちいいんだよな。30秒ぐらいはむはむされると放してくれた。
「いつもより多くないか?」
「そんな気がします。まあ、数えるぐらいしか魔力あげてませんけどね」
それもそうか。比較対象が少なすぎるな。なにはともあれ眠い!
「セン、見ててくれるか?」
「ブルルッ」
「見ててくれるみたいですね…」
「…ありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「…おやすみ」
こうして俺たちは、センに見張りを任せて、いつものように寝た。横になった瞬間に意識が落ちた。