93話 砂漠を抜けて
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四季の顔可愛かったなぁ…、なんて思いながらご飯を食べたからか、いつもよりも甘かったような…。ま、いいか。食事が一段落すると馬車に乗りこみ出発。
道はわかるようになった。前のように偽物の道はないし、幽霊もいない。というか、なんでご丁寧に看板まであるんだ…。えーっと、内容は…?
[←戌族領『イークッティヌ』近郊/人族領域イベア王都スポルト近郊→]
ただの道案内じゃねぇか…。獣人族の使う言語ではあるが、普通の人間でも理解できる案内である。まぁ、そもそも読めないようにされているが。
「やはりこの道は管理下にあるようですね」
「だね。失われたのは人間側だけで、獣人側は今でもしっかり管理下に置いているみたいだ」
「でもー、惑わせて来るよー?」
「…情勢が悪い」
「カレンお姉さま。私やガロウを見ればよくわかると思いますよ」
レイコはそんなにひどかった記憶がない。というか初対面父母呼びという行為のデジャウの印象が強すぎる。ガロウは確かにそうだね。格好の例だ。
「あ、ああ。そうだ」
ガロウが出会った当初のことを思い出したのか様子が変だったけど肯定。首を傾げるのはレイコだけ。
「それに、獣人も完全に一枚岩ではなさそうですしね」
「…ハールラインみたいなのもいるから?」
「正解です。アイリちゃん」
アイリは嬉しそうにほほを緩ませる。
「後、それに加えてハールラインみたいなやつは…、もちろん、聞いた印象から判断しただけだけど、ここを人間に知られていなければ奇襲路になると考えるかも」
「ですね。そのためにはこの道の情報が人間の間では失われていることを知っている必要がありますが……」
「それを言われるとな…」
「でも、そーいう人もいるかもねー」
「ですね。私も同感です」
「…でも、ハールラインみたいなやつは相手のことを知ろうとしない典型」
アイリがざっくりと言い切る。そうだろうけど…。
「でも、安易に前情報を信じすぎるのは…」
小言を言おうとしたら、アイリが俺の方に静止を促すように手を伸ばしてきた。そして、
「…わかってる。…わたしだよ?」
「だから愚問」。言葉は途中で省略されたけれど、こう続いただろう言い方で、俺と四季ににこりとほほ笑み、尻尾と耳が嬉しそうに揺れた。
だよね。わかっていても言いたくなってしまう。これが親心というものなのだろうか…?
「魔物出ないな」
ガロウが言う。
「確かに出ませんね。コハクサンゴはここに住んでいると思ったんですけど…」
「…正規の道だからじゃない?」
「幽霊に叩き出されたんじゃないー?」
叩きだされたって…。言い方はあれだけどそんな気がする。
「じゃあ、正規ではない道……、例えば、迷わせるためだけの道とかにいるのか?」
「かもな。臭いはするぜ」
「見てきましょうか?」
レイコが立ち上がろうとするが俺達が止める前にガロウが止めた。ナイスだガロウ。
「わたしが行こうか?」
戦闘力がないから止めた。そう判断したアイリが尋ねてくれる。
「いや、いいよ。今は進もう」
「もしそこにいたとしても、私達が困るわけではありませんし」
ここに帰還魔法があるかもしれないのなら探すけど…、ないだろ。
というかただの道の行き止まりにあったり、国に雑に管理されていたりしたら、皆、五月蠅そうだ。帰れるのは喜ぶけど…、主に浪漫が云々という方面で。俺の知り合いでは特に芯や、タクが声大きいかな?
「…わかった。じゃあ、進もう」
「センー。よろしくー!」
「ブルルルッ!」
センはスピードを少し上げた。そのまま馬車に揺られながらこの地下に広がる蟻の巣を横に押し倒したような洞窟を突き進む。しばらく進んで…、
「お腹すいたー」
カレンがお腹の音と一緒に言う。
遠慮しないね…。そちらの方がいいけど。変によそよそしいよりは絶対に。この辺は個人の感性の問題だけど。
「フフ。結構進みましたものね。習君」
「だね。セン。止まって。休憩しよう。行くよ。四季」
二人で御者台から飛び降りてセンの前へ。二人で頭を撫でる一方で、センに手をはまれる。センは口を5回ほど動かして俺達から魔力を受け取るとそれをやめ、大人しく撫でられる。
「今回はどうするの?」
「火を使うタイプの保存食を食べようか?」
「そろそろ味気なくなってきましたものね…」
「…地下なのに?」
二人で頷く。アイリは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐにしきりに頷き小言を言いながら復帰した。「…お父さんとお母さんだから」と言っていたような気がする。
納得する理由がいつも通りすぎて、逆に安心する。
まぁ、空気なんて魔法でどうにかなる。それにずっとやるわけでもない。せいぜい長くて一分。もちろん、一分でも部屋の大きさや状況によっては、十分に火災や一酸化中毒の危険があるだろう。
けど、ここは洞窟が縦横無尽に走っていて空気が滞留しているわけではない。そんなことはないはず。時間もいつも食べている保存食と同じぐらいしか、かからない。
使うのはこの前書いた紙。綿あめを作った後に、「これでついにコンロ的なものも魔法で出来るようになりましたね!」と二人で嬉々として言っていたくせに、なかなか作らなかった紙。
コンロのような魔道具もあるけど、あっちは緊急用に置いてある。……そう言って使わずに埃をかぶるのはよくあることなんだけど。
ま、それは置いておこう。そうなったらなったで仕方ない。そもそも緊急用なんだからそのほうがいい。定期的に点検しないと肝心な時に使えないから要注意。
脱線しまくったけど湯煎。……レトルトではあるが気分が変わるからいい。出来たら皆で食べてご馳走様。
「なぁ、変なにおいしねぇ?」
アイリも食べたし片づけしようと思ったら、ガロウが盛んに鼻を動かしたかと思うと、顔をあげてそう言った。
「そう?俺は感じなかったけど」
「私もです。」
「あれ?じゃあ、魔法使ってくれない?気のせいならそれでいいんだが…」
了解。やってみよう。『身体強化』そして、鼻に神経を集中させて嗅覚を研ぎ澄ませ…。あった。確かに変なにおいだ。
「あったぞ」
「この臭いはなんでしょう?」
「さぁ?何かが燃えている臭いっぽいけど…。」
あっちで何かが燃えるようなにおいなんて嗅ぐ機会なんてそうそうない。これが火薬や、硫黄なんかの臭いだったりすればすぐにわかるんだけど。
「さっき、ここで火を使ったのは関係ないー?」
「ないはずだよ」
「風で既に飛んでいるはずですから」
「そっかー」
少し残念そうにカレンが言うと、
「…わかった。これ戦いの臭いだ。肉が焼け焦げて、建物が燃え落ちるその臭い」
アイリが険しい顔で言った。
「確かか?」
「…うん。だいぶ前に盗賊が村焼いていたからね。その時のとよく似ている」
この子はこんな冗談を言う子ではないから…、何かあったな。
「皆。馬車に乗れ!セン。皆乗れば最高速で出発!」
「乗ったら馬車にしがみついてくださいね!」
全員顔を少しこわばらせ、せかせかと動き馬車へ。全員乗り込み、カレンの声が後方から響くと、
「ヒヒーン!」
センが気合の入った一鳴きを返す。同時に馬車は勢いよく加速。乗っている俺達は後方に一気に引かれる。
道は相変わらず曲がりくねっているが、臭いのするところへ進めばいいだけ。だからセンだけでもなんとかなる。よって、俺達に出来ることはただひたすらにこの劣悪な状況を耐え忍ぶことだけ。
なんて思っていたら、
「ブルルッ!」
「明かり見えたよ!」と伝えてくれるように鳴いた。意外と出口近かった!
「人に、注意してっ!突っ切れ!」
「バリアもッ!お願いです!」
何回やっても慣れない。舌噛みそうになる!
「ブルルッ!」
わかりにくかっただろうが、センは応えてくれた。俺達を守護するように半球状のバリアを展開。そして…、
「ヒヒーン!」
洞窟の外。空高くまで響くような嘶きを、外にいるかもしれない人に警告するようにあげた。
一拍の後、洞窟から飛び出だす。センはしばらく穴から離れるために速度を落とさず進み、安全を確認すると徐々に速度を落として優しく停止。
「ブルッ!」
「止まったよ!」というよう鳴く。
「ありがと。お疲れ」
「周囲の確認です!」
皆で周囲を見渡す。
見える範囲に人はいない。そして魔物も……いない。
馬車の背後には俺達が先ほど地下を通り抜けた『メピセネ砂漠』が延々と広がり、馬車の前にはポツリポツリと草が生える草原がある。それは遠くなればなるほど草の背丈は高くなり、最終的には地平線に見える森へと遷移する。ここは砂漠から森への移行地帯のようだ。
「付近には何もない」
「私も見当たりません」
「…わたしも」
「ボクもー!飛ぼうかー?」
「「いい」」
事あるごとに飛ぼうとしなくていいから!
「倒れている人もなし……です」
「で、変な物もなし。となると…、ん。アイリ。どうしたの。そんなに首を傾げて?」
「…何で誰もいないのかな?って。あのイベアの獣人達を追跡する奴らがいるかも…、と思ったり、逃亡してくる獣人もいるかもって思ったりしたんだけど…。お父さんとお母さんもだよね?」
なんだその謎の信頼は。確かに、そう考えたからバリアを張ってもらったわけだけど。
「ああ、それは…」
「戦える者は決して義のない戦いからは逃げませんよ。お姉さま」
「…その割に来た人もいるけど?」
「苦渋の決断だったんだろ。戦えない者を守るのも獣人の本能的なものだ」
「…なるほど。じゃあ、追跡者がいないのは…、単純に人が足りないから?」
「そーだと思うよー」
相変わらず会話に割り込まれるガロウ。めげずに普通に参加しているあたりすごい。
他に理由としては…、こんなことがあると思う。
まず、俺の勝手なハールライン像では、奴が「逃げた獣人はどう転んでも戦争のタネに使えるから放置している」ように感じられる。
そして、今起きている戦いでのハールラインの目的はクーデター。だが、えてしてクーデター政権は不安定。不支持が大多数なのだから。例外は元の政治権力がクズすぎるときだけのはず。
おそらく今回の場合なら不安定聖剣だろう、成功してもそのままだと速攻で政権転覆する。だから、クーデター成功後、人間に絶滅戦争を仕掛けて獣人内部のごたごたから目をそらさせる……なんてシナリオを立てていると思う。
「絶滅戦争。その最初の火種になるから放置」これが追加の理由。
イベアに逃げた獣人が文字通りひどい目に合っていれば戦争になるのは当然。自国民が理由もなく虐げられていれば国民は激高する。よほど特殊な事情でもない限り。目をそちらに向けられるし、戦争もできる。万々歳だ。
逆にイベアに逃げた獣人が酷い目に合っていなければ、その人たちを殺せばいい。そして嘘でもなんでもでっち上げて煽れば戦争できる。人間側の目撃者は全員戦争で死ぬから問題ない。死人に口なし。…魔法で何とかなるかもしれんがそれが出来ないようにしてしまえばいい。獣人側の目撃者は、仲間以外は既に人間に対して疑問を持ってしまっているから無問題。
……という感じのもありそうだ。
でもこんなのこの子らには言えない。自分でも引くぐらい思考が黒い。というか真っ黒だ。
四季はおんなじ思考回路しているっぽいので普通に言える。
あ、でもアイリがいた。アイリは…、どうだろうか。気づかない方が幸せな気がするが、色々あったから他の子たちより経験豊富だから気づきそうだな…。
「ま、兎も角、『イークッティヌ』に行くしかないな」
「ですね。そこが臭いの発生源でしょう。では、セン。もう一回最高速でお願いします」
「ブルル!」
声をあげるとセンは再び走り出す。みるみるうちに加速すると、あっというまに先ほどと同様の揺れが馬車を襲い、それに耐えていれば勝手に森が近づいてくる。やっぱり早い。
で、それはいいが、センが一歩踏みしめれば、地面に蹄の跡を残し、背丈が高くなってきた雑草をへし折る。足をあげれば根ごと草を弾き飛ばし、土をめくりあげる。……これ、このままいくと森も悲惨なことになるぞ…。森の中に住んでいるって聞いているけど、これ獣人的にセーフなの?
「ガロウ!レイコ!木を、へし折って!しまっても、問題ないか!?」
やっぱり聞きにくいな!?
「ああ!」
「はい!大丈夫です!群長は、話の分かる人でずっ!」
「レイコ!?」
あーあ。舌噛んじゃったか…。
「ざいあぐ、私もいまず」
あ、それでも喋るのね…。
「最悪!私もいるって!後、群長は!話が分かるって!俺はそうは思わないけど!」
ガロウ。復唱してくれなくても理解してるよ。でも、ありがとね。
俺的には、群長はほぼ話の通じる人だとは思うのだが…。ガロウはああいっているけど。ま、それは、今、いい。
「セン!そのまま突っ込め!」
二人から許可? もらったし突っ込んでもらうおう。イークッティヌにいるであろうハールラインたちが、倒れる木々に気づいてこちらを警戒、もしくは攻撃してくれれば御の字だ。
イークッティヌにいる味方 (ハールライン対立勢力)の助けになれる。
両勢力から攻撃されることはおそらくない。燃えている時点でどちらかは内部にまで押し込まれているのは確定…と言ってもいいだろう。十中八九、押し込まれてるのはクーデター対抗勢力だろうが。
「ヒヒーン!」
再びセンが嘶き、バリアが地面に接するように変形する。何故に? などと思っている間に馬車は森の中へ踊り入った
「バリバリバリ!」と木の枝がバリアに当たりへし折れ、「メシッ!」という鈍い音を立てて大樹の幹に大きな傷を付け、その衝撃に大樹は耐え切れられずに大きな音を立てて地面へ倒れ伏す。へし折れた木の枝と、ちぎれた木の葉を舞い上げ、土と木の根を掘り起こしながら馬車は突き進む。
だが、あの洞窟に比べて振動はマシ。あ、あぁ! センがバリアを変形させたのは整地するためか!
確かに、森の足場は劣悪。木々があるとか以前の問題で地形が悪すぎる。凸凹すぎてまともに馬車が走れない。センもそう思ってこうしてくれているんだ。地面を抉りながら進むなんて疲れる仕事なのは間違いないし。
ただ…、揺れる馬車から後方を見て思う。
俺の想定を余裕で超えるほどには、周囲の被害が酷い。というか、すごすぎてむしろ開き直れる。「交流が復活すればここを道にしてもらえばいいよね!」という感じで。
うん、ないわ。今から若干ブルーな気持ちになるが、大損害を出しつづけ森を走り続ける事およそ10分。
センが「川があるよ!」と伝えるように、「ブルルッ!」と鳴いた。
「四季!」
「はい!」
四季が紙を持って片手を差し出してくる。素早く、そっと手を重ね合わせ…、
「「『『橋』』!」」
俺達が叫び、紙が消えるとセンの眼前に立派な橋が出現。センは俺達を信用していたのか一切速度を落とすそぶりすら見せずに、一切のためらいなく駆け抜ける。
橋を抜けると「バリバリバリ!」という木の枝がへし折れる音を最後に、そういった音は止む。そして眼前に、予想通りではあるが燃え盛る街が広がっていた。