91話 続々砂漠横断
警戒しながら待つこと少し、ようやく地響きが止まった。
「まだもう少し警戒」
「言われなくとも」
「…初歩」
「んー」
頼もしい限り。
さらに待つ。暑さのために額から汗が流れだして頬を流れ、顔から雫となって落ちて行った。…何もしていないと暑い。時々水を飲まないとまずそうだ。
「水が欲しくなったら俺か四季に言って」
一同頷いた。そして何もないままにさらに時間が経過。
………。ん?
「どうした、アイリ。服を引っ張って?」
「…お腹すいた」
申し訳なさそうな、それでいて辛そうな顔。あれ? いつから食べてない? まさか……
「揺れてから?ということは」
「太陽がいつの間にか南中しています。かなりの間あのままだったようです」
「最初はまだ低かったから…、ということは3時間?」
「おそらく。いい加減警戒を解いてもいいでしょう。集中力も限界でしょうし」
二人そろってチラリと子供たちに視線をやれば…、
「そうでもないっぽいですね」
「気のせいだ。たぶん」
…やべぇ、言っててそんなことない気がしてきた。レイコは完全に切れかかっているけど、ガロウは普通に持ってる。レイコがいるからだと思う。カレンは元気。ハイエルフともなると時間の感覚が違うのだろうか?
一番集中しているのはアイリだな。お腹が鳴って会話するときだけは少し緊張を解いていたけど、それを除けば最初から今までずっと変わらない。流石元近衛。
…カレンもアイリも俺らがそばにいるからな気もするけどそれには目をつむろう。
「ま、ご飯にしよう」
「警戒態勢を解いてください」
「はーい」と年相応のかわいらしい声をあがる。うん。そっちの方がいいよ絶対にね。
「…あ、でもここ魔物領域だから、最低限の警戒はしてね」
「わかってる。でも、ありがと」
「飴でもなめて時間を潰していてください。…私達が調理するわけではないのですぐに準備できますが」
「…ん。ありがとう。待ってる」
アイリは飴を取り出してパクリと食べた。さて、さっさと準備しますか。いつものようにレトルト的な奴を開けて…、主食のパンを取り出して…っと、はい。終わり。
「出来たよ」
「作ってないのでできたというのでしょうか…?」
「…二人がここまでやってくれたんだからできたでいい」
皆、アイリに同意するように声をあげてくれる。…ガロウまで上げてくれるのは意外だな。
「俺だって、やってくれれば感謝は言うぞ」
「そっか。ごめん」
視線に気づかれたのかジト目で返されてしまった…。悪いことしたか。
「じゃ、冷めないうちに食べましょう。いただきます」
「「「いただきます」」」
メニューはレトルト的なカレーっぽいもの。パンと食べれば美味しい。ご飯があればもっと美味しいだろうというのは言っちゃだめ。
「それにしても、何もなかったですね」
「だね。大山鳴動して鼠一匹どころか何も出なかったね」
「一体何だったんでしょうかね?」
「わからない。川も特に異常はなかったし…」
「ちょっと見てみようかー?」
カレンが笑顔で言った。そして、俺達が「何を?」とか、「どうやって?」とか聞く前に、そそくさと弓を用意していつかのように自分を上空へ打ち上げた。
「帰ってきたらお仕置きですね…」
「だね。埃が…」
「「「え゛」」」
「どうしたの皆?」
「変な声あげて…」
俺達が不思議そうに聞くと、アイリ、レイコ、ガロウの三人は複雑な顔になり、アイリがおずおずと口を開いた。
「…あれをしたことを怒らないの?」
「たぶん止めても無駄だと思うの」
「私も同意見です」
それだけ言うとアイリは納得したように頷き、
「…おかわり」
と一言。まだいっぱいあるからよくお食べ。…食べ過ぎられても困るけどね。
「何で今ので納得されたのでしょう?」
「あの子の行動原理、レイコとほぼ同じだよ?」
「ああ。なるほどです」
「えぇ…、レイコもそれで納得するのか…」
ガロウが引きつった顔になっているけど…、何故わからない。
「ガロウ君がレイコちゃんのために頑張ろうとするのとおんなじですよ」
「…あぁ。なるほど」
その説明で納得するのか…。うーん、やっぱりこの脅迫的とも言える皆の想いはどう処理すればいいのだろう…。よくないと思うんだけど…難しい。敵対心とかはへし折ればいいんだけど、好意的な気持ちはなぁ…。
「何もなかったよー!」
「そっか。カレン。無事に帰って来るのを信じているから、もうあれに対しては何も言わないけど…」
「今、食事中です。埃が立つでしょう?」
「あぅ…。ごめんなさーい」
よし。いい子だ。出来たら危険なことはやめて欲しいけど、さっきも言った通り止めないだろう。というか本人はあれを遊びと認識してそう。もしそうなら完全に俺達のせいだ。ディナン様とクリアナさんに些細ないたずらを実行する際に、遊びとして説明しちゃっているからねぇ…。
「食べ終わったから見回り行ってくる」
「わかった。遠くまで行く必要はないぞ」
「ああ。あ、忘れるところだった。ご馳走様でした」
ガロウは馬車を降りて外へ。俺達はまだアイリが美味しそうに食べているので待機。本当に美味しそうに食べるものだから見ているだけで幸せになれる。食べ方もきれいだし。
「ぎにゃ!?」
「ガロウ!?」
「習君。外に行きましょう!」
「ああ。皆は待ってろ」
子供二人はレイコの護衛だ。
「いない!?」
「嘘でしょう!?あの子、そんなに遠くまで行けるはずがないのですけれど!?馬車の後ろは!?」
「いない!魔物の気配はなかったぞ!?」
レイコに頼んで臭いをたどってもらうか? …なら、最初から来てもらえばよかったな!
「四季!」
「はい!」
何も言わずとも御者台に乗り、レイコを御者台まで連れてくてくれた。
「レイコ!ガロウを探してくれ!」
「臭いですね!畏まりました!」
レイコは先ほど渡した『身体強化』の紙、自分の『身体強化』を組み合わせ強化された嗅覚でガロウの臭いを探る。
「このまま直進してください!」
「ブルルッ!」
事態を重く見たセンは俺達が指示する前に動き出す。
「なぁ、そのまま行くと川なんだけど?」
「臭いはこの先から続いているので、大丈夫だと思います」
「どのみちレイコちゃんが頼りなので行くしかないでしょう…」
「だな…。最悪、紙で橋を架けよう」
「その準備は万端です。あら?」
四季が間の抜けた声をあげた。まぁ、周囲を見ればそう言いたくなるよね。
「…馬車が沈んでる?」
「地面にめり込んでるねー!」
「?普通に道があるだけですけれど…?」
レイコだけ何かが見えているみたい、俺らにはただただ砂漠にセンがめり込んでいってるようにしか見えない! というか、センもセンでよく突き進めるな…!
「砂が目の前にッ!」
「溺れる!?」
「溺れませんよ。大丈夫です」
その根拠を示して…!目の前に砂漠が迫ってきて、思わず目と口を閉じる。
……あれ? 顔の前に何もない? というか…よく考えれば砂の感触すらなかったな…。
「ね?大丈夫でしたよね?」
「レイコにはこの光景が見えていたのか?」
「え゛。逆に皆様には見えてなかったのですか?」
全員揃って頷いた。
「あぅぅ…。ごめんなさい。見えているものだと思い込んでいました」
「なるほど。俺らも少し冷静さを欠いていた。ごめん」
「気になさらないでください。私の説明不足です…。あ、ガロウはここをちょっと行ったところにいるみたいです」
「了解。ちょっと暗いから、明かりの魔道具お願い」
「準備はできてます。点けますね」
パッと周囲が明るくなる、そして、その先に…ガロウが倒れている。やっぱり何かあったか!
『『回復』』
近寄りながら二人で紙を握って魔法発動。外から見る限りは無傷だから、頭だけが心配だ。
「どう?」
「気を失っているだけのようです」
「そうか…、なら頭も回復させたし、大丈夫か?」
「おそらくは」
命に別状はなさそう…だな。よかった。
「ガロウー。起きなさい。お父様とお母様に心配をかけるんじゃありませんよー」
レイコがつんつんとガロウをつつく。
「無理に起こさずに、そっとしておいてあげて」
「そうですよ」
「いえ、ダメです。お父様とお母様の手を煩わせるなど言語道断です!」
えぇ…。
「ガロウー。起きないと嫌いになりますよー!」
「「!?」」
その言葉でガロウが「ガバッ!」と一瞬で起きた。怖い。|色々言いたいこと《レイコのこと好きすぎとか》はあるけれど、黙っておこう。
全部自分に返って来る。絶対に。断言できる。アイリは微笑ましいものを見るようにこちらを見るだけだろうけれど、3人は無意識にその傷口を抉ってきそうだ。
「何があったのです?」
「穴があったから、何だろうと思って見回っていたら足滑らせて落ちた」
「何しているのですか…。心配するじゃないですか…」
「心配してくれるのか?」
「当然でしょう?」
「そっか…」
ガロウの顔が喜びにあふれる。だのに、そんな顔にした張本人はよくわかってなさそうだ。
「人の事言えない気がするけど、鈍感すぎない?「どこの鈍感系主人公だ」って、言いたくなるんだけど」
「幼馴染的な意識が強すぎるのかもしれませんよ?」
「…どっちにせよ、鈍感すぎるのは変わらないよ?」
ズバッと言い切るな…アイリ。
「二人ともごめん。治療ありがとう。俺は大丈夫。行こうぜ」
「わかった。四季もそれでいい?」
「はい。ここで止まる理由はないですから」
「じゃあ、行こうか、あっちへ!」
ガロウは壁を指さした。……ああ、そういえばさっきの砂漠にめり込んだ問題解消してなかったね。
「ガロウ。ごめん」
「ん?なんだ?」
「二人は普通に見えているみたいだけど、俺らには壁にしか見えない」
「マジで?」
四季、アイリ、カレンは揃って頷く。
「レイコは?」
「私は見えてますよ。というか、そうでなければ貴方を見つけ出すのにもう少し時間がかかっているでしょう」
「少しなのか?」
「はい。もし、お父様とお母様は、私が「臭いが砂漠の砂の中に入り込んでいる」と言えば、無理やりにでも下に行こうとするでしょうし」
「うわぁ…」
何でそんな声を出すんだ…。間違いなくやるけどさ…。
「共通点は、二人が獣人ってことだよね」
「ですね。あの音は、ここから遠ざけるためでしょうか?」
「かもね。普通はあれを聞けば離れるし…。割と穏当に追い帰そうとしているよね」
「…さらっと自分たちが普通じゃないみたいな言い方したよね」
アイリのツッコミはスルーだ。
「あっちに見えている道からは微かに風が入り込んできているよね」
「はい。『身体強化』しないとわからないレベルですが」
「…万が一入って来た人がいても自然に外に出る仕組み?」
「かもね。この道は獣人達が管理しているっぽい。人間を追い帰すのは不思議じゃない」
「すいません。皆さまどの道のことをおっしゃっているのです?」
「え?あっちだけど。見えない?」
「はい」
「俺も。壁だ」
うわぁ…。
「種族によって道が違うのか」
ため息を吐きながら、ふと上を見上げたらでかい何かがいた。
「おそらくはそうでしょう。獣人は獣人の方へ。人間は人間の方へ自然に帰れるのでしょうか?」
「いや、そうでもないっぽいぞ」
「あー。そういえばいましたね。コハクサンゴとか」
「それだけじゃないんだよね」
「え?」
上見てみ。と指を指してみた。たぶん位置的に俺からしか見えなかったのだろう。四季はさっと上を向くと少し顔を引きつらせると、自然に戦闘態勢に移行した。
「ガロウはレイコの護衛!」
「後はみんなで叩きつぶします!」
とか言っている間にアイリとカレンの鋭く重い一撃。一瞬でよくわからない何かは沈んだ。
「…他愛ない。」
「弱いねー!」
「……威圧して追い帰すものでしょうか?」
「…かもね。」
俺と四季はそう言うので精一杯。そもそもあれで強さの判断など出来ない。一撃でつぶされちゃうとね…。
「皆さまには何か見えているようですね」
「だな」
ほのぼのした様子のガロウとレイコ。追い帰す用途で確定かな?
「あ、また来たよー!」
「…もう斬った」
「はやーい!」
速攻で片付ける二人がいるので検証不能だが。
「とりあえず、進もうか」
「ですね。二人とも見えているなら…問題ないですよね」
「だね」
多少フラグっぽいけど…。というのは言わないでおいた。言わない方がいい気がしたから。
ほんの少しうねる道を、アイリとカレンが出てくる何かを片っ端から秒殺しながら進む。
「あ、俺にも何か見えたぞ」
「「「「え?」」」」
「え?」
「私にも何か見えます!リスでしょうか?可愛いですね…」
「リス?人間みたいなのじゃなくてか?」
「はい。そうですよ。あ。行かないでください!」
「ちょっと待って。レイコ。そこ壁」
「え?道ありますけど?」
フラグ回収したようだ。早い。ガロウに見える=アイリとカレンには見えていない。そう考えて大丈夫。それくらい二人の集中力と反応速度は尋常ではない。レイコは言うまでもない。そして先ほどの会話。
「ついに二人にも見える道が変わってきたか…」
「みたいですね。原因は何でしょう?」
「俺らじゃない?獣人領域に人間を入れたくないんじゃないかな?」
「混乱させて単独行動を始めさせて、最終的に獣人だけを…、という感じでしょうか?」
「だろうね。さっきから視界に一瞬だけ映る幽霊?みたいなやつも精神的ダメージを与えてくる奴だし、びっくりさせて逃げさせるのが目的なんだろう」
「相変わらず一瞬で始末されていますけどね…」
もはやそれは気にしたら負けだと思う。いわゆるSAN値削るような見た目をしている気がするのだけど…、即死? するので確認不能。
「では、どうされますか。お父様。お母様」
「獣人になれればごまかせるかな?」
「は?何言ってんの?」
「やってみましょう。たぶんできますよね」
「…できると思うよ」
「と思うよー」
「私もそう思います!」
「え、え!?俺がおかしいのか?え?訳が分からない!」
よし、これで解決する気がしてきた。獣人になるっていっても、ガロウもレイコも人間に耳と尻尾を生やした感じだから出来るはず。
獣人の中には2足歩行の狼とかもいるみたいだけど…、細かいことは置いておこう。少なくともあの集団の中にはいなかった。
「でも、観察必須ですよね…」
「だよね…」
二人でガロウとレイコを見る。幽霊っぽいのは相変わらず見敵必殺なので注意を払う必要はない。
「嫌な予感がするんだが…」
「私もです」
たぶん気のせいだ。