最終話
*
「どう見てもあれ、何人か正規兵じゃなかったわよね」
「うん。ウチの私兵だったね。顔を何回か見たことある」
運転席のエリーナと助手席のジェシカは、前を向いたままやや声を抑えてそう言い合う。
国境へ向かう途中で、マリリンが用意した大型トラックで、彼女が話を通した商人の一団に紛れ込み、『王国』と『自由』の境界をあっさり超えてしまった。
2人とも地味な作業服の中年女性に変装していて、国境検問所職員に紛れていた私兵は一切疑う様子もなかった。
彼女達の行き先は、『公国』の飛び地にある傭兵組合の事務所で、こちらもマリリンが話を通している。
やがて、国境が地平線の向こう辺りに消えた辺りで変装を解いた2人は、どちらからともなく、クックックッ、と笑い出す。
次第に声が大きくなって、実に痛快そうな様子の高笑いを文字通り高らかに上げる。
「あー、おかしい。あんたの親父さん、ひっどい顔してたわねぇ」
「父様があんな風な顔するのなんて初めて見たよ」
激昂していたブレットは、娘の告発と宣言を聞いて焦りに満ちた顔となり、冷や汗をだくだくと流していた。
その様子を思い出して、さらにカラカラと笑い合った後、2人はサムズアップしたお互いの拳を、コツン、とニヤケ顔で突き合せた。
ややあって。
「それにしても、良くボクが結婚させられるって思いついたね?」
今日に至るまでの事をエリーナに聞かせてもらったジェシカは、一発で連絡を遮断された理由を当てられた訳を訊く。
「大層な理由なんかないわよ。直感でそう思ったの」
「なるほど。離れてても通じ合ってるんだね、ボクらは」
「当たり前でしょう? 何年一緒にいると思ってるのよ」
エリーナは格好付ける事など一切せずそう言って、少しがたついてきた道を慎重に進んでいく。
その言葉通りの表情で言われる、というその特別感のなさが、ジェシカにとってはこれ以上にないほどに幸福で、
「――。あはっ! 愚問だったね! あははっ! あはははっ!」
彼女は目を輝かせて、どこまでも明るい笑い声をあげた。
「……エリーナはさ、いつだってボクを新しい世界につれだしてくれるんだね。ありがとう」
「良いのよ別に。半分は私のワガママみたいなものだし、ね」
言葉にならないほどの、愛おしげな視線を向けてくるジェシカに、エリーナは少し照れくさそうにそう言って、わざとらしく笑いながら自嘲した。
マリリンが持たせてくれた金のインゴットで、中古の『レプリカ』を買った2人は、傭兵組合で傭兵登録を済ませ、さあ自由気ままな傭兵生活だ、となった矢先、
「な、なんでこうなるのよ……」
「あはは……。まあ、最初から上手くはいかないものさ」
翌日の初仕事で散々な目にあって敗走するハメになった。
「まあ、2人とも無事なんだし良かったじゃないか。ひとまず食事にしよう」
「そうね。そういえばお腹減ったわね」
今となっては代名詞の、ポジティブなジェシカの言葉に従い、エリーナは近くの無人ステーションに乗り入れた。
そこで足元の収納スペースから、インスタントのマカロニスープを2カップ取り出した。
「お母様に、お湯注ぐだけのこれ貰ってるのよね」
「おお、懐かしい。今こんなのになってるんだね」
「そういえばあなたと見るの、昔こっそり食べて以来ね」
「だね。じゃあ早速食べようじゃないか」
思い出話と共に、砲撃手席下に設置された濾過給湯器から伸びる、金属製の蛇腹チューブの先についた、トリガーノズルからカップに湯を注いだが、
「……これ、ほぼ水じゃない?」
「うん。ぬるいね」
その中からは、一切湯気が立ち上らなかった。
履帯を川に落とした衝撃で、保温機能に使うケーブルが断線してしまっていた。
「本当に幸先悪いわね……」
「後でまとめてガーンとやられるよりはマシさ」
「まあそうなんだけど……」
アンニュイな表情のエリーナを励ましながら、ジェシカはぬるい水でコーヒーを淹れてそれを啜った。
*
「それがボクには、一生分エリーナを支えるだけの理由なんだ」
「そんなに? 私が勝手しただけじゃないの」
「ふふっ。君のそういう誇らないところ、愛してるよエリーナ」
靴を脱いで素足になって、自身と向かい合って座っているエリーナの足を手にとったジェシカは、流れるようにそのつま先に口づけしようとする。
「――。ちょ、そういうのやめなさい……っ。私達に上も下もないでしょうっ」
とろん、と甘く蕩けた表情で流されかけたが、我に返ったエリーナは足を引っ込めて止めさせた。
「えー、ボクは構わないけどなあ」
「私が構うのよ。全くもう……」
ニシシ、と笑うジェシカに、にわかにやって来ていた睡魔が消し飛ばされたエリーナは、
「これ以上至れり尽くせりじゃ、本当にダメになっちゃうじゃない」
耳の先まで真っ赤にしながら、上目遣いに彼女へ言う。
「……ねえエリーナ。襲っても良い?」
ご飯を目前にして、「まて」を指示された犬の様に、目を輝かせてジリジリと近づきながら、ジェシカはそう訊ねる。
「あなた、そういうの隠さなくなったわね……」
「嫌いになったかい?」
「そんな訳ないでしょ。――おいで」
しょうが無いわね、といった様子を醸し出しつつも、実際には求める様にそう言った。
「あっ、一応言っとくけどセーブはしてね!」
「任せてくれよ」
操縦席のコンソールでモニターを暗くしてから、ジェシカは待ち構えているエリーナの元へ向かいながら答えた。
その翌朝。
近くの町から出張してきた、工房のスタッフにギアのパーツを交換して貰い、足回りは正常通りに動く様にはなった。
「エアベッドパーツは1週間後になりますが、ご予定の方は問題ありませんか?」
しかし、あまりにも興が乗りすぎて、今度はエアベッドを片方ダメにしてしまった。
「ああ。突発的な仕事がない限りはね」
ジェシカは何事も無かったかのように、スタッフとやりとりしているが、
「何をどうやったらあんな頑丈な物が壊れるのよ?」
「訊かないで……」
「というかジェシカ、あの子なんであんなにピンピンしてるの?」
「分からない……」
少し離れたところのベンチに座るエリーナは、腰を痛そうにさすりながら、呆れた様子の視線をシャーロットに浴びせられていた。




