第二話
*
「……。ジェシカ、今何時……?」
一段低い操縦席の左側に展開されている、エアベッドの上で寝かされていたエリーナは、むくりと半身を起こして、砲撃手席にいるジェシカへ訊く。
「夜の8時だよ。気持ち良さそうにしてたね」
「え、そんなに?」
「疲れてたんじゃないかな」
「……そうかも」
「お腹空いたろう? サンドイッチ買っといたけど」
「もらうわ。ジェシカ食べて無いでしょ?」
「うん」
それが入った紙容器から、それぞれ1つずつ手に取って、もひもひと食べていく。
「うーん、なんか足りないわね」
「まあ半人前だしね」
「まーねー。じゃ、この前買ったアレ食べない?」
「いいね」
エリーナが言っているのは、少し前に『自由』の内海の沿岸国で箱買いし、床下の収納スペースに収めてある『帝国』製のクッキーバーの事だ。
今まで『帝国』製品はかなりレアだったのだが、『帝国』と『大連合』『公国』同盟間の緊張が緩まった事と、『島国』の造船技術が流入した事で海運が活発化したため、その日暮らしの傭兵にも手が届く値段になっていた。
ちなみに、複数の海運業者が大量に発注したおかげで、かなり安売りされていたので、エリーナは気を良くして24個入りを5箱も買っていた。
「さてと、やっと『大連合』の焼き粉棒を食べないで済むわね……!」
「良い感じの値段だし、美味しかったら切り替えようか」
「そうしたいわね」
ジェシカは砲撃手席の足元にあるハッチを開け、床下収納に潜るように入って、箱を開けてクッキーバーを取り出す。
並んでベッドに座る2人は、1本ずつ手にした巻紙に包まれたそれを、『大連合』製のレーションに文句を付けながらペリペリと開封した。
『大連合』製の物と違って、その瞬間から香ばしい匂いが漂ってきた。
「どうだい?」
期待を胸にウキウキでそれを囓ったエリーナだったが、
「……。全然美味しくない……」
「ありゃ」
咀嚼する度にそれは流出していって、ついには虚無の顔になっていた。
目が死んでいる相棒へ苦笑いを向けつつ、ジェシカは続いてそれを口にする。
薄い茶色のそれは匂いが良いだけで、後はもうひたすらケミカルな味がして、彼女の感想としては、『大連合』製よりも正直酷く感じるレベルだった。
「なるほど。『大連合』製と大差ないね。どこもバランスを優先したらこうなるのかな?」
正直に言ってしまうと、いけいけドンドンで買ったエリーナが、余計ダメージを受けてしまうのでそう言ってごまかした。
「あんなにいっぱい買うんじゃ無かったわ……」
「まあまあ。トライアンドエラーってやつじゃないか」
どんよりしているエリーナに、ジェシカはいつもの様に、少しとぼけた底抜けにポジティブな事を言って励ます。
「エラーばっかりしてる気がするけど……」
「まあ仕方ないさ。ボク達は人間だからね」
無駄にキリッとした表情でそう言ったジェシカは、後部モニター下に埋め込まれた、給湯保温機能付き浄水機のコックからカップの中に湯を注ぐ。
「あ、それ交換したのね」
「いや?」
流石ジェシカ。いつの間に、とエリーナは彼女を称賛しようとしたが、ジェシカは炙って消毒したドライバーで、溶けの悪いインスタントコーヒーを混ぜつつ否定した。
それは保温機能が故障していて、延々と煮沸してお湯が蒸発してしまうので、オフにするしかなくぬるい湯しか出せなくなっていた。
「そんなぬるいコーヒー飲んでないで、あっちで買ってきたら?」
先日の仕事で金は十分にあるので、節約する必要が無いため、エリーナはサイドモニターに映るステーションの建物を指差しながら言う。
「いやいい。ボクはこれが良いんだ。初仕事のときを思い出せるからね」
「あー、臥薪嘗胆的な?」
「あはは。そんな立派な感じの事じゃないかな」
「……まあ、あなたあんまり気にしないものね」
「ボクはエリーナの後押しをするだけだからね」
君のそのあくなき向上心、ボクは大好きだよ、と愛情をこれでもかと込めて、ジェシカは薄く微笑む。
「ありがと……」
至近距離のそれを浴びて、エリーナは顔を赤らめて少し視線を逸らして言う。
ちなみに、その初仕事というのは完全な負け戦で、しかも、エリーナが操縦ミスをして川に履帯を落として行動不能になって出来た穴のせいで、結果的に敗北が確定、という最悪の結果に終わっていた。
その上、敵味方の流れ弾に当たったせいで、乗機は廃車確定のダメージを受け、這々《ほうほう》の体で戦域を離脱するはめになった。
しかし、ジェシカが獅子奮迅の活躍をしたため、味方側の損害は最低限に留まっていた。
このせいで、エリーナは当時『男爵』に尻拭いをさせる、という揶揄を込めて『男爵令嬢』と呼ばれていた。
それに対して、ジェシカが抗議の意味を込めて、自分にとってはお姫様だ、と事あるごとに口にした結果、『姫』という二つ名が定着した。
「こっちに来てから、あなたに頼りっぱなしね……。支え合わなきゃいけないのに……」
立てた両膝を抱き寄せるエリーナは、自分の不甲斐なさを詫びてため息を吐く。
「んー、今日は新月だし、少しセンチメンタルなのかな?」
「関係ないと思うけど」
ジェシカはカップを持つ手を左にして、エリーナの肩をそっと抱き寄せた。
「そういうことにしておこうじゃないか。それに、エリーナは十分過ぎるほどボクを支えてくれてるんだしね」
「えっ、そんなことしたっけ」
「したさ。ほら君は、ボクを自由にしてくれたじゃないか」
肩に回していた手を腰に回して、ジェシカは相棒の頬に口づけをする。




