第四話
ややあって。
「落ち着いたかい?」
「はい……。取り乱してしまって申し訳ありません……」
顔は依然として赤いままであるものの、ひとます落ち着きは取り戻した。
「じゃあ改めて、どういう用事だったのか教えてくれるかい?」
「あっ、はい……」
大した事はない、と言っておきながら、レイラはもじもじともの凄く言いにくそうにしていた。
彼女はそれから、3回ほど何か言おうとしては止める、を繰り返した後、
「あの、その……。『帝国』のブリュンヒルト皇女は、レオンから見てどの様な印象の方なのか、と……」
勇気を振り絞る様な様子でそう訊いた。
「へっ?」
思っているより大した事ではなく、レオンは思わず半笑い気味にそう言った。
「まあ、見た目も性格も高貴だけど、案外親しみやすいって感じかな」
「な、なるほど……」
「特に親しくなった訳でもないし、ちょっと話を聞いたぐらいさ」
「そ、そうでしたか……」
自分の考えていた様なことは無い、と安堵し、天を仰いだレイラは、
……いや、そもそもレオンがそんな『軽い』人な訳ないではないですか!
思い返すと完全に杞憂だったと気がついて、レイラは頭を抱えてうなだれた。
「……ええっと、レイラ?」
「今の質問は無かったことにしてください……」
「ああ。分かった」
顔を上げたレイラが、赤い顔をさらに真っ赤にして、震えながらそう頼んでくるので、レオンは二つ返事でそれを承諾した。
「で、では失礼しま――」
「ちょっと待ってくれレイラ」
レイラがそのまま通信を切ろうとしたので、レオンは慌ててそれを止める。
「はいっ! ……どうされましたか?」
一瞬舞い上がりかかったレイラだったが、レオンの表情を見て、彼から強い迷いがにじんでいる事を察して冷静になった。
ブリュンヒルト、並びに仇敵『帝国』を救うことについて、1人の人間としての自分が拒絶していることをレイラに説明する。
「しかしそれは、やるべき事だ、とは考えているのでしょう?」
「ああ」
「ならば、その通りにするべきだと、私は思います」
「それは『英雄』だから、かい?」
「いいえ。人間としてのあなたも、苦しむ人を見捨てはしないですから。――私に手を差し伸べてくださった様に」
とわずかに表情をほころばせて言うレイラに、レオンはあの戦いの後、彼女が自暴自棄になっていた自分を、受け止めてくれたときと同じものを感じた。
「ありがとうレイラ。やっぱり僕は、君がいないとダメみたいだね」
少し自嘲的な笑みを浮かべて、そういうレオンの表情からは、すっかり迷いが無くなっていた。
「……」
「レイラ? どこか具合でも?」
「いえっ……」
しかしその言葉は、レイラにとっては殺し文句となっていて、顔を覆った彼女は赤面しながら悶えそうになるのを必死で堪えていた。
「まだしばらく会えないだろうけど、またどこかでお茶でもしよう」
「えっ、あっ! はいっ」
しれっと誘われて、聞き逃しかけたレイラは、焦ってかなり強めのトーンで返事をした。
「……じゃあね」
「……はい」
お互い、少しだけ名残惜しそうにそう言って、今度こそ通信を切った。
……全部知ってるくせに、朴念仁のフリなんて、本当に酷い男だな。僕は……。
自身への好意をもってコロコロと変わる、1番失いたくない彼女の表情を思い浮かべながら、俯いたまま両腕を腹部にぎゅっと押しつけた。
*
その翌朝。
明朝、反乱勢力および『帝国』からの情報に、再び国々に衝撃が走った。
エーデルシュタイン一世および、ブリュンヒルト以外の親族の死亡が確認されたことと、その反乱勢力の首謀者達による、『共和国』建国宣言が発表された。
そのせいで、一気にブリュンヒルトの重要度が跳ね上がったため、エレアノールとアメリアもセットで、病院からキャクストン邸に移動した。
「はあ……。本当に情けない男ですわね……。まあ大方、ゲールの長男坊にでも唆されたのでしょうね」
建国宣言と共に発表された、行政府の組閣を見ながら、ソファーに座っているエレアノールは頭が痛そうに額を押えてぼやく。
エレアノールは、傍らのアメリアと、向かいに座るレオンと共に、キャクストン公の執務室にいた。
情けない男もとい、ハミルトン本家の当主セバスチャン・J・ハミルトンは、リストでは行政長官にすえられていた。
だがその肩書きは所詮、ゲールの長男坊もとい、クリス・Q・ゲール『共和国』大統領の使い走り程度でしかなかった。
「こんなシケた地位のために、謀反に乗ってしまうなんて本当に情けない……」
呆れかえった様子で深々とため息を吐き、ローテーブルに情報端末を放った。
『帝国』では高貴な血族の証とされる『聖女』が、ハミルトン一族本家では誕生せず、前の2代の当主は責任をとって早々と隠居してしまった。
そのため、まだ20代後半という若さでセバスチャンは家督を継いだ。
父親譲りの優れた人心掌握能力を開花させるエレアノールと違い、彼は能力にはそこまで恵まれず、散々他の貴族達から笑いものにされていた。
そのため本家を差し置いて、皇帝の諮問機関入りを成し遂げた分家、特にエレアノールに対しては極めて強い嫉妬を抱いていた。
一方のエレアノールは、彼を貶すどころか、実父に本家の支援を進言する事まで考えていたのだが、セバスチャンは彼女を裏切る形になってしまっていた。
「公爵様。ひとまず、改めて立場を表明したいですし、会場の用意をお願いしますの」
「引き受けましょう」
部屋の奥にある執務机で仕事中のキャクストン公は、エレアノールの申し出を受け、即座に執事長へ設営の指示を出した。
「感謝いたしますわ」
エレアノールは、もう当主だと言っても遜色ない程、凜とした態度で感謝の意を示した。




