第三話
機体を待機モードにした青年は、小口径拳銃と手錠を手に乗機から降りてきた。
『レプリカ』の乗り込み口は機体下部にあり、その扉は小型航空機のタラップのようになっている。
「君たち、ちょっと降りてきてくれ」
『王国』所属の2人にそう呼びかけた彼の表情は、ヘルメットのバイザーのせいで見ることができない。
さっさとコクピットから出てきた、2番機のパイロットの男は両手を挙げつつ、
「ダンナ、せめて命だけは助けてください」
自分の機体の前に座り込み、土下座して情けない声で命乞いをする。
「もちろんさ。2人とも、ちゃんと国に返してあげるよ」
そう言った青年は銃口を彼から逸らし、頭を上げるように促す。
「ありがとうございます!」
青年に感謝の言葉を述べてから、面を上げた2番機のパイロットは、
「だってよネイサン。ほら、お前もさっさと出てこいよ」
なかなか降りてこようとしない、意固地な同僚に呼びかけた。
「なに名前言ってんだジョン!」
「お前も言ってんじゃねーか!」
それを聞いた1番機のパイロット(ネイサン)は、渋々といった様子で降りてきて、ジョンと呼んだ自分より年上の男の隣に座った。
「それじゃあ君たち、手を後ろに回してくれ」
「あっ、はい」
「ちっ」
青年は拳銃を手にしたまま、2人の後ろに回って屈み、彼らの手首を後ろ手に拘束した。
「さてと」
立ち上がってそう言うと、青年は拳銃を太腿のホルスターに収め、まだ動けないでいる少女の元に向かった。
「……っ」
彼が傍に立つと、彼女は怯える小動物のような目をして見上げ、小刻みに震えつつ祈るように手を組んだ。
「……その格好なのもなんだし、とりあえずこれを着てくれ」
青年は自分の上着のジャケットを脱いで、目を逸らしつつ少女に手渡した。
「は……、はい……」
蚊の鳴くような声で返事をした彼女は、それを受け取って羽織り、ファスナーを首の所まで上げた。
「……やっぱり、顔が見えないと怖いよね」
それでも怯えた様子のままなのを見て、青年はヘルメットを脱ぎ、その顔と少し癖のある短い金髪をさらす。
「どうだい、これで怖くないかな?」
「あ、はい……」
青年は朗らかで、温厚な感じを受ける風貌だった。そのおかげもあってか、少女の緊張は若干和らいだが、依然として不安の色が残り続けていた。
「あー。ごめん、うっかりしてた。まだ僕、名乗ってなかったね」
そう言って後頭部を2、3回掻いた青年は、レオン・ルイス、という自らの名前と、傭兵をしていることを告げた。
「……あーっ!?」
レオンの名を、何度かぼそぼそと口に出していたジョンが、突然、レオンの方をみて大声を上げた。
「なんだよ、うるせえな」
すぐ横にいたネイサンは、耳元で大声を出されて顔をしかめた。
「おいネイサン! あのマークに見覚えないか?」
興奮した様子のジョンは、レオン機に向かって顎をしゃくる。
レオンの機体マークは、白い円に赤い斜線が描かれているものだった。
「さあ、知らねえな」
全く心当たりがなさそうなネイサンに、ジョンはあきれて物が言えない、とばかりに深いため息を吐く。
「……『赤の戦神』レオン?」
レオンの手を借りて、立ち上がった少女は彼の顔を見上げ、目を見開いてそう言った。その声は、少し低く清澄なものだった。
「お、よく知ってるね、お嬢さん」
少女の口から思いがけず自らの2つ名を聞き、レオンは感心した様子で彼女にそういった。
「そりゃ強いわけだ……」
驚嘆している様子でそうつぶやいたジョンは、レオンに崇敬のまなざしを向ける。
「そんな有名なのか、あいつ」
ただ1人良く分かってないネイサンは、困惑した様子でジョンに訊ねる。
「はあ? ネイサン、あのレオンさんを知らないのか!?」
「おう」
信じられない、といった様子でネイサンを見て、ジョンは間抜けを見るような目をする。
「お前な、『赤の戦神』レオン・ルイスって言えば、万年戦力不足の『大連合』軍に参加して、あの『帝国』軍の『レプリカ』部隊を追い返した伝説の傭兵だぞ!」
彼は興奮気味な様子で、ネイサンに熱く語った。
「いや、知らねえっつてんだろ」
それ吹かしじゃねえのか? と彼は非常に懐疑的な口ぶりで言う。
『帝国』は大陸西部の大半を支配し、生産力も高い軍事大国である。大軍勢の機動戦車部隊を持ち、『神機』の保有数も世界暦232年時点で最多の7機を誇る。
一方、『大連合』は大陸中部に位置する6つの国からなる連邦であり、構成国が1機ずつ『神機』を保有する。こちらも軍事大国ではあるが、あまり好戦的な国ではない。
「じゃあ、『『大連合』北部守備隊』の『英雄』って言えばわかるだろ?」
「馬鹿にすんな、そのくらい分かるっての」
ムッとしたネイサンが、アレだろ、『3ノ月戦役』で奇跡を起こした、と言ったところで、
「えぇーっ!?」
彼はやっと思い当たって、驚きのあまり後ろにひっくり返った。
「……あんた、そんなすげえ人だったのか」
レオンに起こしてもらったネイサンは、目を丸くして彼にそう言う。
「いやいや、運がよかっただけさ」
レオンは誇らしげな様子を全く見せず、困ったようにまた後頭部を掻いた。