『英雄の影』レイラの記憶
北部守備隊日誌
執筆者 レイラ・シュルツ(中佐)
3ノ月12日
西部領から帰ってきた偵察隊によると、どうやら明日には、『帝国』軍が我々の受け持ち地域に進軍してくる様だ。
我々の『神機』・『ランサー1』に搭乗する『聖女』である妹君セレナ・ルイス様に、ルイス大佐は無理に乗る必要はない、と言い説得していたが、彼女はそれをやんわりと拒否し、強い意志を持った瞳で、「大佐を護れる事が嬉しい」とおっしゃっていた。
なおも大佐は説得しようとしたが、我々レプリカ部隊も準備せねばならない時間となり、大佐は恐らく、後ろ髪を引かれる思いで私と共に格納庫へと向かった。
今宵の月は、不吉と言われる赤い三日月だった。戦闘中、何も起こらないでくれると良いのだが……。
3ノ月14日
我々北部守備隊は、指令官コンラッド中将、参謀長グリーンウェル少将他、首脳陣を失いつつも、代理指揮のルイス大佐の卓越した指揮により危機を脱し、最終防衛ラインまでの撤退に成功した。
しかし、『レプリカ』部隊は半滅、そして、『ランサー1』のパイロットであるスミス大佐および、『聖女』セレナ・ルイス様の殉死という、甚大な犠牲を払うことになった。
『聖女』様の殉死後、我々には不思議な事が起こった。『聖女』様がご自身を身代わりにされたかのように、部隊の損耗率が激減したのだ。
特に大佐の機体は弾すら当たらず、完全に無傷のままだった。
これから、我々は大佐の指揮の下、ベイル少将の兵と共に『帝国』への反攻作戦を開始する。
私が部屋に伺った際、ルイス大佐は放置された操り人形の様に虚空を見つめていらした。
様子が少々おかしいのは気がかりだが、彼ならば問題にならないだろう。
3ノ月16日
反転攻勢に出た我々は、第3防衛ラインの奪還に成功した。
ルイス大佐とベイル少将の指揮の妙は勿論、兵士個々の日頃の鍛錬の成果が、戦況を優位にしているのだろう。
撃破された敵『神機』・『ブロード・ソード』と、我が軍の『神機』・『ランサー1』は、我が軍は勿論、『帝国』も回収車両が用意できなかったのか、その地点で放置されていた。
スミス大佐とセレナ様の遺体を回収したが、どちらも遺体の損傷がひどく、形が残っていたのは、ロザリオを握ったセレナ様の片手のみだった。
ルイス大佐のテントへ、私は妹君の遺品をお持ちした。
妹君のロザリオを手にした大佐は、それに何度も謝罪の言葉をかけながら、静かに涙されていた。
私は、指揮への影響を心配していたが、作戦会議に出席されたルイス大佐は、普段通りの様子に戻られていた。
4ノ月31日
なかなか書いている時間が取れず、前回から少し間が空いてしまった。
ルイス大佐以下、あの戦いでの生存者38名は、1人も欠ける事無く停戦を迎えた。
1週間前、中央軍令部からの通達で、ルイス大佐は『英雄』として、我々はその仲間として中央に異動した。
講演会や勲章の授与式など、人前での大佐は、いかにも『英雄』らしく振る舞われていた。しかし、その裏で大佐は、唯一の肉親を失った痛みに苦しんでいらした。
腹心の部下であるとの自負はあるが、苦しんでいらっしゃる大佐を、私はただ隣で見ているだけしか出来ない。
私への称号である『英雄の影』は、何も出来ない私への皮肉の様に思えてならない。
明日の午前、セレナ様の国葬が英雄墓地で行なわれる。
葬儀後、久しぶりに38人全員が会する予定であるので、少しは大佐の気が晴れる事を願う。
*
「あれ? ここで終わりでありますか? 小将」
私の書いた日誌を写していたジャクソン少尉は、隣で一緒に読んでいた私にそう訊いてくる。
彼女は戦史編纂用の資料を収集するために、中央から派遣された記録係だ。
私たちがいるのは、東方面軍司令部の一角にある私の書斎だ。最近、前の場所から移したばかりなので、埃っぽさは全くない。
外交上重要なここへ、私が異動になった理由は、先の戦闘での功績と、ちょうどポストが空いたから、という事になっている。
だが実のところは、西北領が「流刑地」から、『帝国』との戦いの要衝に変わり、私をこれ以上出世させないための実質的な左遷、辺りが関の山だろう。
まあ、敬愛なるレオンの居場所に近いので、私には願ったり叶ったり――。
……この話は置いておくとして。
少尉はレオンの項目の担当だそうで、彼のことなら1番近い私に聞くのが早い、と、はるばるやってきたそうだ。
「……そこから先は、……どうにも、書く気にならなかったもので」
「し、失礼しました……っ」
歯切れの悪い口調でそう答えた私の表情を見て、少尉はサッと立ち上がって頭を下げた。
「頭を下げなくても大丈夫ですよ。少尉」
もう過去のことですから、と言って顔を上げるように言った私は、デスクの右端にある、アナログ式の写真立てを見やる。
小さなそれに入っているのは、先日、レオンと再会した際の撮られたものだ。
穏やかに笑う様になった彼と、緊張して硬い表情をする私の姿が、そこに写っている。
「公開していない物はそれで最後ですが、お役に立ちましたか?」
「はい。大変参考になりました」
写し終えた彼女はそう言うと、失礼致します、と頭を下げて部屋から出て行った。
実のところは、記録自体はしているのだが、彼の名誉のために少し嘘を吐いた。
薄暗い自分の部屋で、私はレオンを膝枕してベッドに座っていた。
彼はあの日以来、目の前で妹を失ったときの夢を見ては、軽くパニックになり、夜中に私を呼ぶ、という毎日を繰り返していた。
『レイラ……』
腕の中のレオンは、震える声で私の名前を呼び、静かに涙を流す。
『レイラ……。僕の目の前に居る君は、幻じゃないよね……?』
レオンの方が、背も体格も上なはずなのに、私は彼をやけに小さく感じていた。
『はい。私はここにおります』
私はそう答えると、彼の手をとって包むように握る。
『ああ……、本当だ……。温かい……』
そうすると、やや虚ろな目をする彼は、安心した様に弱々しく笑った。
私が目にしたレオンは、大切な人を失って絶望する1人の人間であり、皆が求める『英雄』像ではなかった。
彼はその事を、別に書かれても構わない、と言いそうではある。
だがあの姿は、私だけが知っていればそれで十分だ。




