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『神機』:護りし者  作者: 赤魂緋鯉
幕間 3
34/113

『英雄の影』レイラの記憶

北部守備隊日誌


 執筆者 レイラ・シュルツ(中佐)



 3ノ月12日


 西部領から帰ってきた偵察隊によると、どうやら明日には、『帝国』軍が我々の受け持ち地域に進軍してくる様だ。


 我々の『神機』・『ランサー1』に搭乗する『聖女』である妹君セレナ・ルイス様に、ルイス大佐は無理に乗る必要はない、と言い説得していたが、彼女はそれをやんわりと拒否し、強い意志を持った瞳で、「大佐を護れる事が嬉しい」とおっしゃっていた。


 なおも大佐は説得しようとしたが、我々レプリカ部隊も準備せねばならない時間となり、大佐は恐らく、後ろ髪を引かれる思いで私と共に格納庫へと向かった。



 今宵の月は、不吉と言われる赤い三日月だった。戦闘中、何も起こらないでくれると良いのだが……。



 3ノ月14日


 我々北部守備隊は、指令官コンラッド中将、参謀長グリーンウェル少将他、首脳陣を失いつつも、代理指揮のルイス大佐の卓越した指揮により危機を脱し、最終防衛ラインまでの撤退に成功した。


 しかし、『レプリカ』部隊は半滅、そして、『ランサー1』のパイロットであるスミス大佐および、『聖女』セレナ・ルイス様の殉死という、甚大な犠牲を払うことになった。


 『聖女』様の殉死後、我々には不思議な事が起こった。『聖女』様がご自身を身代わりにされたかのように、部隊の損耗率が激減したのだ。


 特に大佐の機体は弾すら当たらず、完全に無傷のままだった。


 これから、我々は大佐の指揮の下、ベイル少将の兵と共に『帝国』への反攻作戦を開始する。


 私が部屋に伺った際、ルイス大佐は放置された操り人形の様に虚空を見つめていらした。


 様子が少々おかしいのは気がかりだが、彼ならば問題にならないだろう。



 3ノ月16日


 反転攻勢に出た我々は、第3防衛ラインの奪還に成功した。


 ルイス大佐とベイル少将の指揮の妙は勿論、兵士個々の日頃の鍛錬の成果が、戦況を優位にしているのだろう。


 撃破された敵『神機』・『ブロード・ソード』と、我が軍の『神機』・『ランサー1』は、我が軍は勿論、『帝国』も回収車両が用意できなかったのか、その地点で放置されていた。


 スミス大佐とセレナ様の遺体を回収したが、どちらも遺体の損傷がひどく、形が残っていたのは、ロザリオを握ったセレナ様の片手のみだった。


 ルイス大佐のテントへ、私は妹君の遺品をお持ちした。


 妹君のロザリオを手にした大佐は、それに何度も謝罪の言葉をかけながら、静かに涙されていた。

 

 私は、指揮への影響を心配していたが、作戦会議に出席されたルイス大佐は、普段通りの様子に戻られていた。

 


 4ノ月31日


 なかなか書いている時間が取れず、前回から少し間が空いてしまった。


 ルイス大佐以下、あの戦いでの生存者38名は、1人も欠ける事無く停戦を迎えた。


 1週間前、中央軍令部からの通達で、ルイス大佐は『英雄』として、我々はその仲間として中央に異動した。


 講演会や勲章の授与式など、人前での大佐は、いかにも『英雄』らしく振る舞われていた。しかし、その裏で大佐は、唯一の肉親を失った痛みに苦しんでいらした。


 腹心の部下であるとの自負はあるが、苦しんでいらっしゃる大佐を、私はただ隣で見ているだけしか出来ない。


 私への称号である『英雄の影』は、何も出来ない私への皮肉の様に思えてならない。

 

 明日の午前、セレナ様の国葬が英雄墓地で行なわれる。


 葬儀後、久しぶりに38人全員が会する予定であるので、少しは大佐の気が晴れる事を願う。


                    *


「あれ? ここで終わりでありますか? 小将」


 私の書いた日誌を写していたジャクソン少尉は、隣で一緒に読んでいた私にそう訊いてくる。


 彼女は戦史編纂(へんさん)用の資料を収集するために、中央から派遣された記録係だ。


 私たちがいるのは、東方面軍司令部の一角にある私の書斎だ。最近、前の場所から移したばかりなので、(ほこり)っぽさは全くない。


 外交上重要なここへ、私が異動になった理由は、先の戦闘での功績と、ちょうどポストが空いたから、という事になっている。


 だが実のところは、西北領が「流刑地」から、『帝国』との戦いの要衝に変わり、私をこれ以上出世させないための実質的な左遷、辺りが関の山だろう。


 まあ、敬愛なるレオンの居場所に近いので、私には願ったり叶ったり――。



 ……この話は置いておくとして。



 少尉はレオンの項目の担当だそうで、彼のことなら1番近い私に聞くのが早い、と、はるばるやってきたそうだ。

 

「……そこから先は、……どうにも、書く気にならなかったもので」

「し、失礼しました……っ」

 

 歯切れの悪い口調でそう答えた私の表情を見て、少尉はサッと立ち上がって頭を下げた。


「頭を下げなくても大丈夫ですよ。少尉」


 もう過去のことですから、と言って顔を上げるように言った私は、デスクの右端にある、アナログ式の写真立てを見やる。


 小さなそれに入っているのは、先日、レオンと再会した際の撮られたものだ。

 穏やかに笑う様になった彼と、緊張して硬い表情をする私の姿が、そこに写っている。


「公開していない物はそれで最後ですが、お役に立ちましたか?」

「はい。大変参考になりました」


 写し終えた彼女はそう言うと、失礼致します、と頭を下げて部屋から出て行った。


 実のところは、記録自体はしているのだが、彼の名誉のために少し嘘を吐いた。




 薄暗い自分の部屋で、私はレオンを膝枕してベッドに座っていた。


 彼はあの日以来、目の前で妹を失ったときの夢を見ては、軽くパニックになり、夜中に私を呼ぶ、という毎日を繰り返していた。


『レイラ……』


 腕の中のレオンは、震える声で私の名前を呼び、静かに涙を流す。


『レイラ……。僕の目の前に居る君は、幻じゃないよね……?』


 レオンの方が、背も体格も上なはずなのに、私は彼をやけに小さく感じていた。


『はい。私はここにおります』


 私はそう答えると、彼の手をとって包むように握る。


『ああ……、本当だ……。温かい……』


 そうすると、やや(うつ)ろな目をする彼は、安心した様に弱々しく笑った。




 私が目にしたレオンは、大切な人を失って絶望する1人の人間であり、皆が求める『英雄』像ではなかった。


 彼はその事を、別に書かれても構わない、と言いそうではある。


 だがあの姿は、私だけが知っていればそれで十分だ。

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