第三話
翌朝。
「おはようございます。エレアノール様」
目を覚ましたエレアノールの視界に、にこやかなアメリアの表情が映る。
恭しく礼をする彼女は、すでに身支度を整えていた。その服装は黒いティーシャツにモスグリーンのカーゴパンツと、軍から配布されたもので固められている。
「うう……。どうして、そんなに元気なんですの……。アメリアさん……」
一方、ベッドの中で呻くエレアノールは、衣服を何も身につけていなかった。
「日々の鍛錬の成果、でしょうかね」
腰の痛みを覚えているエレアノールへそう言うと、アメリアは彼女の背中を支えて抱き起こした。
ちなみに、エレアノールの腰痛の原因は、夜分遅くまでアメリアへの治療を行なったことによるものだ。
兵舎の厨房に赴いたアメリアは、エレアノールのために作られた朝食を受け取り、2人の部屋に戻ってきた。
ルザは作物が育ちにくい土地柄で、常に食糧不足に悩まされている。そのせいで、『聖女』の食事すら非常に質素なものになっていた。
ベッドから少し離れた所にある、小さめの丸テーブルにつくエレアノールの目の前に、アメリアは持ってきた食器を置いた。
それは、トレーと食器が一体化した形状のもので、四角形のへこみに食べ物が盛られている。
「それでは頂きましょう」
エレアノールはそう言って食事前の祈りを捧げると、貴族らしい非常に優雅な所作で食べ始めた。
品数は多いが、栄養バランスを最優先にしているため、どれもそこまで味が良いわけではない。だが彼女は、メニューの内容に文句1つ言わなかった。
「アメリアさんは、いつもそれですわね」
自分の向かいで、レーションのクッキーバーを食べるアメリアに、毎食それで飽きませんの? とエレアノールは訊ねる。
「正直なところ、味には飽きています。ですが、手早く食べられるメリットの方が大きいので、そこはやむを得ません」
そう言ったアメリアは、特に表情を変えること無く、日課のように淡々と食べていく。
彼女が食べるクッキーバーは、栄養バランス1点特化の代物で、パッサパサな上に全く美味しくない。
「アメリアさん……。私、そういうのは良くないと思うんですの」
食べる事も喜びの1つですわよ、と言うエレアノールは、主菜のソテーに入っているニンジンをアメリアに食べさせようとする。
エレアノールの皿の上には、やたらとニンジンが残っていた。
「エレアノール様。何度も申し上げますが、好き嫌いはいけませんよ?」
ちゃんと食べて下さい、とたしなめるアメリアは、ニンジンの有用性についてクドクドと語り始めた。
それが終わると彼女は、限りなく丁寧な口調で、エレアノールへニンジンを食べるように促す。
「うう……、分かりましたわ……。アメリアさんの意地悪……」
エレアノールは眉を思い切り下げると、ものすごく嫌そうな顔でニンジンを口に運ぶ。
彼女はそれを数回噛んで、水で一気に流し込もうとすると、
「ああっ、いけませんエレアノール様。そうなされては喉につまってしまいます」
それを見て慌てふためくアメリアは、そう言ってエレアノールを制止する。
「うわーん、ですのー……」
エレアノールは涙目になりつつも、しっかり噛んでから水を飲んだ。
「私とて心苦しいのです、エレアノール様。しかし私は、あなたにはずっと健康でいて頂きたいのですよ」
「それは、分かっていますけれど……」
アメリアの言葉は、自分の事を思ってのことだ、と分かっているので、あまり強くは言えないエレアノールは、残ったニンジンを時間を掛けて食べていく。
*
食事を終え、バスルームに移動したエレアノールは、その身体を蒸しタオルでアメリアに拭いて貰った。それから化粧室に行き、『聖女』の修道服に着替えた。
「アメリアさん。今日の予定はなんですの?」
シンプルなドレッサーの前に座るエレアノールは、後ろで自身のやたら長い髪を編み込んでいるアメリアにそう訊く。
「はい。まず、午前は基地内を巡回しての慰安ですね」
そう答えたアメリアは続けて、みっちり詰め込まれた午後の予定をよどみなくエレアノールに伝える。
その間も彼女の手は全く休まず、言い終えた頃にはほぼ完成していた。
「夜まで、ゆっくり出来そうにありませんわね……」
「そうですね……。――エレアノール様、頭、失礼します」
「はい」
アンニュイな表情をするエレアノールの頭に、アメリアは修道服と同じ色のペールを被せると、エレアノールは椅子から立ち上がった。
「アメリアさん。いつも助かりますわ」
エレアノールは微笑みを浮かべると、仕上げに自分の襟や裾を正している、アメリアの顔を見上げてそう言った。
「礼には及びません。エレアノール様」
引き締まった表情でそう返した彼女は、次に自分が軍服に着替え始めた。
その無駄が無いテキパキをした所作を、エレアノールは椅子の上から楽しげに眺めていた。
「ふふ……」
「いかがなさいました? エレアノール様」
「いえ、特に。見ているだけですわ」
「……はあ」
少し気恥ずかしそうにしながら、アメリアはエレアノールが見つめる中、ものの数分で着替え終えた。
ややあって。
エレアノールはアメリアと数人の護衛を伴って、基地の兵士達への見舞いに出発した。
彼女達はまず、フル回転で『神機』を修理している工廠へと向かう。
その途中、昨日絡んできた『聖女』の少女とすれ違ったが、
「……」
彼女は2人を見ても何も言わず、そそくさと通り過ぎていった。




