後日談
速人と瞬、タマは夜道を歩いていた。
あの後先生に報告し、桜の伝手で警察を呼び、事件のあらましを説明した。ほとんどは桜がやってくれたが、他の四人も中々帰してもらえなかった。タマがオニギリを持ってきてくれて、本当に助かった。
桜以外の部長、速人、瞬、タマが帰れるようになったのは、九時を過ぎた時だった。
「瞬はどうしたッスか?」
「うん、よく分かんない」
並び歩く速人とタマの後ろを瞬が歩いているが、「ポヤ~」と夢見心地な表情で頬を染め、足元は浮いているんじゃないかと思うほどフラフラだ。そして、時おり思い出したように自分の二の腕辺りを触っては、抑えきれない笑みが口元を波立たせていた。
まあ、カササギにお姫様抱っこされた時のことを思い出しているのだろう。
「でも速人、速かったッスね。あんな短い時間で学校から家まで往復したんッスか?」
「うん。全力で走ったからちょっと疲れたよ」
学校から家まで、全力で走れたとしても片道十分以上かかる。それを往復で五分ちょっとで着替えて戻ってきた。そんな驚異的な手間をかけたのは、下手に桜の前で速人が身軽な所を見せるわけにはいかないからだ。
「タマには念のため残ってもらっていたけど、危ないことは起きなかった?」
「ん~、瞬が桜の前で除霊したくなさそうだったスから、一階でお札を使ってあいつを攻撃した時、桜に幻を見せたッス。桜には瞬があいつに体当たりしたように見えていたはずッス」
「偉い。よくやったよ」
褒められて速人に頭を撫でられて、タマは目を閉じて嬉しそうにする。まあ、タヌ耳が立っている頭を撫でられて、速人もご満悦そうだが……どっちのご褒美なんだか。
「そんなことしてたの?」
どうやらトリップ状態から戻って話を聞いていたようだ。瞬はタマの隣に追いついて、
「獅子姫さんに驚かれたのはそれね。怒られて当然よ。でも――」
それでも、あの変質者と同じ変な力を使ったと桜に疑われるより、百倍マシだ。
さすがは怪盗カササギの事情を知って派遣されてきたタマ。色々と助けられる。
小さい声で「ありがとう」と伝えると、タマは嬉しそうに瞬に抱きついた。暑苦しそうに嫌な顔をする瞬だが、邪険にはせず好きにさせる。
「ところで瞬」
「はい?」
「たぶんだけど、獅子姫さんはレオだ」
ある事件で大きな怪我を負った速人。その場所は左胸辺りだ。事件や怪我のことを知っている人はいるだろう。なにせ島で子どもが負った大怪我なのだ。話題にはなる。だが、正確な場所を知っている人は少ない。医者を抜かせば家族ぐらいだ。それと、現場にいたレオ。
その場所を、桜は聞いてきた。
「…………やっぱりですか」
「うん」
タマは瞬から離れ、気まずく沈黙する二人を見て、
「どうしたッスか? レオって誰ッス?」
「えっと~、俺達の親友だ」
「親友スか!? それはいいッスね!」
朗らかなタマの笑顔に、二人は一瞬止まった。
「う、う~ん、そうなんだけど……」
言いよどむ速人に、タマは小首を傾げる。
「どうしたスか?」
「いや、久しぶりに会ったその親友が」
「どっか変わっていたスか?」
変わっていたと言えば、大きく変わっていた。ただ、タマに聞かれて考えてみれば、他は大して変わっていないことに気づいた。相変わらず正義感が強く、弱い者を助け、悪に正義の鉄槌を下していた。
何より、時間が経ってもあの事件のことを気にし、転校初日にも関わらず家まで出向いて謝ろうとしてくれた。
悩んで重くなっていた頭が、パッと軽くなった気分だ。
大きく深呼吸をしてから、
「そうだよね。親友っていいものだよね」
「昔とはお互い事情が変わっていたとしても、親友なのは変わりません」
二人の反応にタマの頭上に疑問符が浮かぶが、いい感じに力が抜けた速人は説明せずにタマの頭をなでた。
その様子をムスッとふくれっ面で見ていた瞬だが、ふと気づいた。
(そう言えば、あの人の妄執で邪気が集まったってカササギさんは言っていたけど、それならどうして今日だったのかしら? あの人は昨日もゴソゴソしてたっていうし…………ん~? たまたまかしら?)
腑に落ちない気がしたが、考えても答えが出なかったので瞬は偶然として片付けた。
今回の騒動の後日談。
結局、怪盗カササギが部室に盗みに入っているという噂と書置きは、犯人の男が自分の犯行を誤魔化すためにやったものだった。彼が本当に欲しかったのは好きな人の私物で、そのことを悟られないため、カモフラージュに他の人のも盗んだのだ。
彼は内密に警察のご厄介になり、停学を言い渡されたが、もう学園に身の置き所がないと思ったのか、停学開けも登校しないまま学校をやめた。
事件の解決に桜と怪盗カササギが関わったことは部長の口から新聞部に伝わり、犯人を伏せたまま記事が出来上がり(ただ、生徒会と教師の許可が下りなかったので密かな裏新聞として)、二人が上下でもみ合っている写真(撮影・部長)が一面を飾った。
翌日登校した速人と瞬は人気のない場所を選んで、写真部の部室に桜を呼び出した。
「獅子姫さん、ちゃんと確認しておきたいことがあるんだ」
「な、なにかな?」
緊張気味の二人は、同じく緊張気味の桜と対峙する。そして、いざ。
瞬に言わせるわけにはいかないと、速人が聞く。
「獅子姫さんは……レオだよね?」
「それはもう言わないで!」
桜は顔を両手で覆って床にペタンッと崩れる。手で覆い切れない耳は真っ赤だ。
やっぱり桜はレオだったようだが、その反応は一体何なのかと、速人と瞬は戸惑う。
「っていうか速人と瞬! 気づいてなかったの!?」
手を放すと真っ赤な顔で、責める視線(涙で潤んでいる)を二人に向ける。
「いや、そっかな~っとは思ったんだけど…………ほら、俺達って「獅子姫」っていう本名を知らずに、昔はただ「レオ」って呼ん――」
「だから、その名前はもう言わないで~!」
桜の上体が倒れ、床に突っ伏して頭を抱える。相変わらず、カササギを追いかけている時とのギャップがひどい。
「ど、どうしたんですか、レ――じゃなくって獅子姫さん? あ、もしかして名前も変えちゃったんですか?」
考えてみれば、「レオ」なんて男の名前だ。今はちゃんと「桜」という名前がある。知らなかったとはいえ、古傷を刺激してしまったのかもしれない。配慮が足りなかった。
「? ん? いや……変えたっていうか…………うう~、女の子なのにカッコつけて友達に「レオ」なんて呼ばせていたなんて、今となっては黒歴史だよ~……男子に張り合っておてんばしていた時の自分を滅却したい」
「え」
「へ?」
「そっか。二人が私を……ゴニョゴニョと呼ばなかったのも、あんまり話しかけて来なかったのも、私のことを見放していたわけじゃなかったんだ」
心底安堵したように桜の表情が和らいだ。だが逆に、速人と瞬は緊迫した状況を味わっていた。
「あ、あの……つかぬ事を聞くけど」
「なに? もうレオ(超小声)っていうのはやめてね」
「う、うん。それは分かったけど……あの……いつから女性で?」
「生まれてこのかた女性でなかった試しがないわよ!」
久しぶりに親友に会ったら、速人と瞬は超怒られた。
その日一日不機嫌で、口もきいてくれなかった桜が放課後に大切な話があると、屋上に二人を呼び出した。
風が穏やかで誰もいない屋上で、桜は意を決したように二人へ頭を深く下げた。
「ごめんなさい! あの日、自分勝手な理由から二人を山に連れて行って、倒壊の恐れがある建物まで引っ張り回して、事故に巻き込んだのに謝りもせずいなくなって……謝ってすむ問題じゃないのは分かっているの。でも、ホントにごめんなさい!」
そんな風に謝り、ずっと頭を上げる気配がない桜。
桜が言うあの日とは、七年前の夏休みの日。レオと出会った最後の日で、桜が留学する二日前だ。
留学直前になって、桜は二人と別れたくなかった。いじめられている瞬のことが心配だったし、なにより二人といるのが楽しかった。
それで二人を登山に誘い、話に聞いていた古い社を寝床に留学の日をやり過ごそうとした。でも、社に着いて速人と瞬に事情を話すと、考え直すように説得された。二人は味方になってくれるはずと、根拠なく思っていた桜はショックを受け、社に飛び込んで……社が倒壊した。
その時に、速人は瞬とレオをかばって左の胸に大きな傷を負った。
速人が起きてからキチンと謝ろうと思っていたが、時間がそれを許さなかった。すぐに桜はヨーロッパへ留学した。
その後、速人が無事だったという連絡は受けた。何度手紙で謝ろうと思ったが、向こうには名前を伝えていなかったし、誠意が伝わらないんじゃないかと思って書けなかった。
帰ったら真っ先に謝ろうと思っていたのに、中々勇気が出ず(二人が桜に無反応だったのも躊躇った一因だが)、今までかかった。
「……うん。俺達もごめんね。あの時、付き合わなくって」
謝り返されて、桜はビックリして顔を上げた。
「いや、速人達が謝る必要はないわよ! 私が短絡的で、一人で親に訴える勇気もないから二人を巻きこんで――」
「でも、付き合えばよかったって思いました。すみません。それまでたくさん、獅子姫さんに助けられていたのに……。そしたら事故なんて起きず、一緒に山で野宿して、大人に迷惑をかけて、こっぴどく怒られて……そしたら、遠くに行っても連絡をもらえたかもしれないって、兄さんと二人して思いました」
その時、桜は自分がバカだと気づいた。誠意なんて気にせず、連絡をとればよかった。二人は味方にならなかった自分達をレオが嫌いになったから音沙汰無いと思っていたんだ。
ふいに、ボロボロと桜の目から涙が溢れた。その涙を手でぬぐいながら、
「ご、ごめんね。ずっと心配していたの、瞬を。速人になにか、後遺症が残ったんじゃないかって、怖かった。ごめん。そんなことばっか……あんなことしたから、二人が私のことを、思ってくれてるなんて……思わなかった。嫌われて、当然だと思った」
桜を落ち着かせる意味もこめ、速人はゆっくりとした口調で話しだす。
「……あ、ちょっと不思議なんだけど…………三人とも謝ったら、誰が許すの……?」
速人の疑問に、場がキョトンとした。
桜のごめんなさい。
速人のごめん。
瞬のすみません。
はてさて、誰が誰を許す?
プッと瞬が噴き出したのを皮切りに、速人も笑った。かなり遅れて、泣いている桜が無理やり笑った。
「ところで、獅子姫さんのことはやっぱりレオって呼ばない方が――」
「呼ばないで! それ、黒歴史だから!」
食い気味に、断固拒否した。それでまた笑いが起きた。
カササギ。
日本では「勝ち烏」と言われる縁起のいい鳥である。しかしヨーロッパでは「泥棒鳥」や「告げ口鳥」と呼ばれ、人々に好まれていない。
この物語は人知れず悪霊を除霊して島の平和を守る巫女と、可愛い動物霊に会うために盗みに精を出す怪盗カササギと、それを捕まえようとする女子高生騎士の物語である。
これで双方向の理解が高まり、速人も瞬も桜との関係性を理解できたことでしょう。追いかけてくる人が親友……王道パターンですよね!
まあ、ただ親友が警察に協力しているからといって、手加減はしません。やめられない事情もありますしね。
次回のストーリーでは、また王道展開になります。