カササギ大ピンチ
怪盗ものと除霊ものを組み合わせて何が苦心するかと言うと、どっちのパートに幅を取るか!ですね。第一話はキャラ紹介を兼ねていたので、日常パートを大きく取りましたけど。ただ速人よりカササギを書いている方が楽しいので、怪盗パートの方が多くなるかな。
瞬は野次馬の中でゲッソリしていた。知り合いに見つからないように大人しくしていようと思ったが、考えなくても巫女姿のタヌ耳尻尾娘なんて嫌でも目立つ。知り合いに出会う度に、「新しく住み込みで働く人」とカササギに言われた通りの説明をしていたら、それが周知の事実となってしまったことに後で気づいた。
これで働く前に追い出すことが出来なくなった。タマの滞在を望む速人の高笑いが聞こえてきそうだ。
「なるほど。速人は正体を隠しているッスね」
瞬はタマがふらふらとどっかへ行かないよう手をしっかり握っていた。
「だから、そういう風に不用意に名前を言わない」
まあ、カササギのパフォーマンスで周りが盛り上がっているので、会話が聞かれることはないだろう。
「中はどうなっているッスか?」
「心配いらないわ。カササギが失敗するわけないもの」
タマにというより、自分に言い聞かせるように瞬は言葉にした。やはり不安なのは桜の存在。事前情報が少ないため不安が尽きない。だが、あえて頭を振ってその不安を払拭する。
「一足先に私達は帰りましょう。除霊の用意もしないといけないし」
まだ留まっている人が多い中、瞬はタマを引っ張って行こうとした。その時、郷土資料館からいきなり不穏な邪気を感じた。
普通の人には感じられないもので、周りの人は誰も気づいていない。しかし、瞬の目には郷土資料館を覆う不吉な紫色のオーラが見えた。
(そんな! 急にどうして!?)
瞬の不安は一気に膨れ上がった。胸元で手を固く握り、どうすればいいのか迷う。そのためしばらく気づかなかった。タマから手を放し、彼女が隣にいないことに。
壁に叩きつけられた富良野警部はそのまま気を失った。彼を吹っ飛ばしたうねる触手は八本あり、それは『封じの本尊』から這い出ていた。
「漁場で暴れとった化け物は大タコやったんか……あかん。やる気無くすわ~」
それまでなびいていた赤いマフラーが、カササギのテンションに呼応するかのように垂れた。
怪盗カササギのやる気や集中力を構成する九割の要因は、『物品に憑いている動物霊の類に会うため』だ。もっと言えば、その動物霊と仲良くコミュニケーションを取りたいのだ。そのため、物品に憑いているのが動物霊の類でないと分かってしまうと、やる気が激減してしまう。
しかし、そんなカササギのやる気に関係無く、タコの足が彼に襲い掛かる。
「男と触手の絡みなんて誰得やねん。ちゅうか、何でいきなり封印が弱まってんねん!」
やる気を失いつつも、カササギは大きく後ろに避ける。
「面倒なことになりよって、俺は祓う力が無いんやぞ」
カササギは姿勢を低くして触手をかわす。触手の太さは一抱えほどもあり、あれで掴まれたり吹っ飛ばされたりしたら富良野警部の二の舞になる。
縦横に振り回される触手を避け――桜の斬撃が学帽を掠める。殺気を感じて床を転げまわったカササギは、何とか脳天から真っ二つになる事態を避けられた。
「あ、アホかおまえ! 時と場所を考えろや! 非常事態やっちゅうねん! 見たら分かるやろ!」
すぐさま立ち上がったカササギはドッキドキの心臓を左手で押さえ、右手でタコを指さしながら唾を飛ばす勢いで叫んだ。
だが、桜はタコを気にもせずカササギだけに狙いを定める。
「あんな子供だましの演出で私の気を逸らせると思うの? 大仰の演出で人目を引き、その間に事をなし、逃げる。あなたの手口は分かっているわよ」
「あれが映像か何かとでも思っとるんか!? モノホンやぞ! 富良野警部が吹っ飛んだの見たやろ!」
「それじゃあなたは、あれが仏像に封じられていた化け物だとでも言うつもり? バカバカしい。そんな非科学的なことが起こるわけないわ」
「面倒な時に面倒なやっちゃな! 後ろでウネウネうねっとるんやぞ! おまえに近づいて来てるんやぞ!」
「そんなこと言って、私が後ろを向いたら逃げるつもりでしょ」
「怪盗がターゲットを盗らんで帰るわけないやろ! いいから後ろ向け! 見れば分かる! 活き活きと動いとるから!」
あまりにカササギが必死になるものだから、桜は渋々とチラッと後ろに視線をやった。そんな時に限って、触手は動きを止めていた。
「もういいわよね」
桜が視線を戻すと、触手はまた動き出して彼女の背中間近まで伸びてきていた。
「いやいや、来とる! 来とるから!」
仕方なしに再び桜が後ろを向くと、触手は先程と同じ位置に戻ってピタッと止まる。で、彼女が顔を前に戻すとまた伸ばす。
「ええ加減にせんか~!」
カササギは岩塩の塊を触手に投げつけた。それが当たった触手に、プク~っとタンコブが出来たがそれだけだった。怒った触手はカササギと桜に襲い掛かる。
二人は同じように飛び去り、
「なんやかんや言いつつ、しっかり避けとるやん」
「映像に合わせてあなたがワイヤーを飛ばして、私を縛るつもりでしょ」
「そんなんするか!」
実際に襲われたというのに、桜はまったく信じない。そのせいでカササギは触手だけでなく、桜の相手もしなければいけない。
「非科学的なもんを信じんでもええ! せやけどせめて! 今だけでええからちょいタンマや!」
「往生際が悪いわね!」
その時、桜の背後から触手が覆いかぶさろうとしていた。
カササギは舌打ちし、学ランを斬りつけられ、ボタンを飛ばされながらも桜との間合いを詰め、彼女の手を引っ張って背後へ放り投げる。彼女と場所を入れ替わると、触手に打ちのめされて吹っ飛んだ。
ガラスケースをぶち破り、壁に叩きつけられたカササギは、呻きながら胸を押さえて立ち上がろうとするが、
「年貢の納め時よ」
桜がカササギに馬乗りになり、納剣して両手を自由にすると、彼の手を取って背中へと捻り上げ、学帽ごと頭を床に押し付ける。
「恩仇か」
苦しげに呻くカササギの言葉を桜は「フン」と無視し、
「とりあえずその顔を見させてもらいましょうか」
桜の手がカササギの仮面に伸ばされる。何とか逃れようと少し身じろぎしたら、極められている関節が悲鳴を上げる。
「下手に動くと折れるわよ」
「そら困るわ~。堪忍してくれんか?」
「するわけ――!?」
答えかけたお願いは下ではなく、背後から聞こえた。驚いて振り返ると、そこに学帽を少し上げている怪盗カササギがいた。白い仮面に赤いマフラー、学ランの衣装と体格。何から何まで怪盗カササギだった。
「さて問題や」
「モノホンは、どっちや?」
声まで同じだった。
桜は後ろと下を何度か見比べ、
「ど、どっちが本物だろうとも、何人いようとも、一人を捕まえれば芋づる式に仲間を捕まえられる。私は、惑わされないわよ!」
しかし、やはり動揺はしていた。桜は伸びてきた触手に気づくのが遅れ、体に巻きつかれて引き寄せられた。
桜の拘束が解かれて、下敷きになっていたカササギは極められていた右肩関節を押さえながら立ち上がる。
「助かったわ」
そう後から来たカササギに礼を言うと、彼は学帽を指で弾いて、
「気にすんなや、大したことあらへん」
口元に笑みを見せた。
二人のカササギは並んで、八本のタコの足と対峙する。
「いい加減この映像を消しなさいよ! 映像だって分かっても何か気持ち悪いわよ! 拘束も解きなさいよね!」
タコの足に掴まれているのにまだそんなことを言う桜に、カササギはいっそ感心した。
「タコ相手やと乗り気せえへんし、助けを求めるんのもお姫さんやのうて頭の固い騎士さんやけど、自分が見とることやし、いいとこ見せておこか!」
腕を痛めているカササギは、後から現れたカササギを見て、垂れていた赤いマフラーが再びなびき出した。
「いっちょやるで、カササギ!」
明らかに言葉に力が戻っていた。
「まあ、なんとかなるやろ」
細かいことは決めずに、二人は同時に駆け出した。
「こっちやこっち!」
一人のカササギが大仰な動きでタコの足を引きつけている間に、右腕に力が入っていないカササギが、桜が捕まっているタコの足に乗ってきた。
「助けたろか?」
「自分で捕まえておいて恩着せがましいわよね」
「さよか。まあ、精気を吸われながらもそんだけ言う元気があるんなら大丈夫やろ」
カササギを睨む桜の額に汗がにじみ、頬を伝って胸元におちる。口ではどう言おうともかなり辛いのは見て取れた。カササギは桜の頭を優しく撫で、
「すぐ済むから、もうちょいの我慢やでってな?」
「なっ!」
桜が頬を赤くして文句を言う前に、カササギは伸びてきた触手をジャンプして避けた。そしてその足に着地すると、根元に向かって駆け出す。
「まだおまえの出番やないんや! 自分がやられる舞台が整うまで、大人しぃ待っとれ!」
懐から小瓶を取り出し、中の聖水を左手にぶちまけた。それからカササギは天井まで飛び上がり、体を反転させてそこに足をつける。そして触手の根元に狙いをつける。
思いっきり天井を蹴り、猛烈な勢いで触手の根元に拳を叩きつけた。すると、タコの足は力を失って床に落ちた。
すぐさまカササギは懐から札を二枚取り出し、『封じの本尊』に張りつける。
札の字が光ると、タコの足は全て消えた。その瞬間にカササギは『封じの本尊』を手に取る。
「テレビで見たタコの活きじめも、案外出来るもんやな~」
自分でもどこか信じられない調子で、『封じの本尊』を懐にしまう。
「『封じの本尊』、確かにもろたでぇ!」
「ほなな~」
長居は無用とばかりに、二人のカササギは姿を消した。
桜は変に力が入らない体を、鞘に納めた剣を杖にして立ち上がって、無線を使って外と連絡を取る。
「今、カササギが外に出たわ。二人いるけど一人は無視して構わない。警察犬を使って、塗料を踏んだ方だけ追いなさい」
それだけ伝えると、桜は腰から床に崩れた。もう立っている気力もなかった。荒れた周囲を見回すと、自分だけでなく富良野警部とワイヤーが絡まっている警官達もぐったりとしていた。以上のことから、
「体に力が入らなくなる無味無臭の薬品か。やられたわ」
頑なにタコの化け物に何かをされたとは思わなかった。
地下の空間の中心に『封じの本尊』が置かれている。巫女姿の瞬が胸元で手を合わせ、声を発すると周囲の円が光り出し、五芒星の中心にある『封じの本尊』に張られた札がはがれた。
すると、仏像から巨大なタコが這い出した。
だが瞬は何一つ揺るがず、ゆっくりと流れるような動作で弓を構え、矢を番える。
「あじゃかる! この島の守り神、勝利を運ぶ烏よ。我が力に宿り、悪しきものに神威を示せ!」
瞬は弦を引き絞り、迫ってくるタコの足の間から本体を見据える。呼吸を整えて弦を放すと、一筋の光となった矢が放たれ、タコの頭を貫いた。
タコは声にならない断末魔を上げ、光の中に消えていった。
頬が上気した瞬は弓を下ろし、ペコリと頭を下げた。
円の光が静まり、瞬は心配な顔で後ろを振り返った。そこにはずぶ濡れのタマと仮面を外した速人が、ぐったりとして背中合わせに座っていた。
「大丈夫ですか、兄さん!?」
声に反応した速人は、伸びをしながら目を開け、
「あ~疲れた。終わったの?」
「はい、終わりました」
ピクッと反応したタマも、気だるげにまぶたを開ける。
「ホントに瞬はスゴイッスね。あの化け物は存在するだけで周りの生物から精気を吸収する手強いタイプッスよ。それなのに一撃ってとんでもない力ッス」
「これぐらい、大したことないわよ」
瞬はタマにすげなく答えて、速人の顔を覗き込む。元気が無いようだが、顔色は悪くない。息も規則正しいし、どうやら疲れているだけのようだ。ひとまず瞬はホッとした。
「兄さん、立てますか? 肩を貸しましょうか?」
「そんな重病人みたく扱わなくっても大丈夫だって、ちょっと疲れただけだから」
「でも、お風呂には早く入ってください。風邪をひいてしまいますよ。どうして二人ともそんなずぶ濡れなんですか?」
「え? タマと一緒に入るの?」
「違います。別々に決まっています。そんな当たり前のことも説明しなくちゃいけないなんて、よっぽど疲れているんですね」
速人のたわ言を疲れのせいにして、決して願望として取り上げなかった。
「実はスね。逃げている時にカササギの靴に変な臭いがしているのに気づいたッス。それで臭いを誤魔化すために川に飛び込んで、上がる前に靴をビニール袋に入れて帰って来たッス」
そのビニール袋は速人の傍らにある。あとで焼却処分する予定。
「今日はタマのおかげで随分と助かったよ。本当にありがとう。でも、なんでタマも一緒に川へ飛び込んだの?」
タマに臭いがついていないことは、鼻の良い速人も分かっていた。
「勢いッス!」
あっけらかんとした答えに速人は笑い、瞬は呆れた。
速人はタマを先にお風呂へ入るよう勧めたが、瞬が彼女に話があるからと引きとめた。
そのため先に速人が家へ戻り、この場には瞬とタマだけが残された。
疲れているタマに目線をあわせるため瞬も地面に膝をついて、
「封印が弱まって、大タコが暴れていたの?」
仏像に張りつけてあった瞬お手製の札から、大よその事態を予想して聞いた。
「そうス。でも、タマがかけつけた時にはカササギが捕まりかけていたッス」
「え!?」
それは想定しておらず、瞬が慌ててタマに詰め寄って何があったのか事細かに問いただした。そして全てを聞いてから、
「兄さんを助けていただき、ありがとうございました」
素直にタマへ頭を下げた。
「別にいいスよ。それが『護』であるタマの役目ッスから。これからも二人のお手伝いをするッス!」
朗らかに笑って答える。
しばらく、瞬は言葉が出てこなかった。なんとなく、タヌキの耳と尻尾の巫女姿に台無しにされた気分を味わっている。でも、その姿にもきっとその内慣れてしまうのだろう。
「まあ、多少は役に立つみたいね…………………………………………よろしく」
照れているのか面白くないのか、最後にボソッと小声で付け足して、瞬はプイッとタマから視線を外した。
「よろしくッス! 瞬!」
快活な返事をして、嬉しさのあまり瞬に抱きついた。
「慣れ合うつもりはないわよ! それと兄さんに同じことやったら食事のおかず一品減らすわよ! 兄さんへの過剰なスキンシップは禁止だからね!」
でも、濡れた服で抱きつかれた文句は一つも言わなかった。
追跡班から失敗の報告を受けた時には、桜や富良野警部は動けるぐらいになっていた。
「勘付かれるとは残念だったな。まあ、カササギは勘の良い奴だからな」
「問題ありません」
桜は床をライトで照らしながら、あるものを探していた。そして、クッキリとした足跡を見つけた。
「それは……」
「カササギの正確な足跡です」
遺留品を探している警官から一人呼び、その足跡のデータをとらせる。
「今回の本当の目的はこれです。これでカササギの靴が分かりますよね」
「だが、臭いに気づいたのなら靴は処分しているはずだ。データをとったところで」
「靴のサイズが分かるだけでも収穫があります。それに怪盗カササギにとって足は武器であり命。靴をないがしろにしているとは思えません。慣れ親しんだメーカーの靴かもしれませんし、もしかしたらオーダーメイドかもしれません。だとすれば靴を処分していたとしても、同じ靴の買い置きがあったり買いなおしたりする可能性はあります。もしかしたら靴からカササギのことが分かるかもしれません。靴跡からメーカーを調べ、島で売られているのかなど、調べられるだけ調べてみてください」
「わかった、やってみよう」
桜の考察を聞きながら、富良野警部は内心舌を巻いた。彼女は負けをただの負けにしない。最後に勝つための準備を入念に積み重ねている。若いわりに腰の据わったことをすると、感心した。
「まだ私と怪盗カササギの戦いは始まったばかりです。あいつは必ず私が捕まえてみせます」
その心強い言葉に、富良野警部は協力を惜しまないことを決めた。
と、桜は何かを蹴飛ばしたのに気づいた。何かと思って探してみると、それはボタンだった。白い手袋をはめた手で拾い上げ、しげしげと見つめる。そしてそれが、自分が斬り飛ばしたカササギのボタンだと気づいた。
すぐに桜は鑑識に回して調べてもらったが、指紋などは出なかった。カササギの学生服についてもすでに本土のとある学校のものと分かっている上に、そこから得られる情報は何もなかった。なので、鑑識から戻ってきたボタンは桜がもらった。
二日間に及んだ初対決の記念品だ。
後日、郷土資料館に『封じの本尊』が戻ってきた。特に壊れた所もなかったので、また同じ場所に展示をした。怪盗カササギに狙われた一品というポップをつけたので、訪れる人が少し増えた。
カササギ。
日本では「勝ち烏」と言われる縁起のいい鳥である。しかしヨーロッパでは「泥棒鳥」や「告げ口鳥」と呼ばれ、人々に好まれていない。
この物語は人知れず悪霊を除霊して島の平和を守る巫女と、可愛い動物霊に会うために盗みに精を出す怪盗カササギと、それを捕まえようとする女子高生騎士の物語である。
桜は強情で融通がきかないですね。そんな桜がどういった人なのかは、第二話で分かります。と言う訳で、第二話の主役は桜です。