怪盗カササギ参上
ついに、エピローグです。怪盗ものを書けて、けっこう楽しかったです。
怪盗もので一番頭を悩ませるのは、ターゲットを盗む動機ですね。欲のためなら簡単なんですけど……世のため人のためだとすると、犯罪の盗みと相反するからまあ困る。
それでは、エピローグです。お楽しみを。
朝食の後に新聞を見た瞬は、目の前にいる速人に顔をやる。数時間走った疲れが抜けきっておらず、半分寝ているような状態だ。
「兄さん。私、中央の部屋に向かう途中に犬猫とすれ違ったんですけど、動物アレルギーは大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ。怪盗カササギの仮面にはガス対策に空気ボンベが仕込んであるんだ。数分ならそのボンベで呼吸出来る。アレルギーも多少は誤魔化せられるよ」
美術館の時は変装を解いてから猫の間に割り込んだため、ボンベを作動させるのが少し遅れたせいでくしゃみが出てしまった。
でも、今回のことで動物アレルギーの疑惑は払拭されただろうから、速人の疑惑も晴れたはずだ。
「ところで速人。どうしてあのイヤリングを残して来たッス?」
タマの疑問は最もだ。瞬だって納得していない。あの場で問いただしたかったが、桜が目を覚ますと面倒なので、仕方なく速人の判断に従った。
速人は自分の右手を見下ろす。
「……怪盗カササギが物品を盗むのは、その物品に何かが憑いているからだ。それを瞬にどうにかしてもらうために盗るんだ。でも、あのイヤリングにはもう、何も憑いていなかった。それを盗んだら、怪盗カササギはただの愉快犯になる。だから盗めなかった。俺だって、獅子姫と争いたくないけど…………絶対に越えたらダメな一線なんだよ」
タマは首を傾げていたが、瞬は納得できた。
「これからも大変ですね」
「そうだね。獅子姫は手強いからね」
「大丈夫ッス。速人も瞬も、タマがしっかりと手伝うッス!」
タマの心強い言葉に、速人と瞬は笑った。
学校では桜の話で持ちきりだった。怪盗カササギの盗みを初めて阻んだ者として、脚光を浴びている。
それは本当に引っ切り無しで、昼休みの時には写真部の部室に逃げ込んできたほどだ。
「大変そうだね」
のんびりとした調子の速人に気遣われたが、呼吸を肩で整えている桜は返事が出来なかった。瞬が見かねて水筒のお茶を差し出すと、桜はすぐさま仰ぎ飲んで、ようやく一息ついた。
「捕まえたわけでもないのに、すごい盛り上がりよね。同じことばかり聞かれて、いい加減にしてほしいわよ」
「カササギのファンの部長も、話を直接聞きたいって獅子姫さんを探しに行きましたよ」
「呼び戻さないでね、絶対」
しっかりと釘をさして、桜は定位置になりつつある椅子に腰かける。
「新聞見たけど、すごいと思うよ」
「怪盗カササギの正体を見抜くのも不可能じゃありませんよ、きっと」
「もう今日はいいわよ、カササギの話は」
さすがに食傷気味のようだ。桜が椅子の背もたれに体を預けて、ため息をついている。
それからチラッと速人を見て、
「速人」
「うん?」
「……元気?」
「また何か謝りたいことでもあるの?」
転校初日――家に謝りに来た桜が、まず速人の体調を聞いたことをリフレインさせるかのような彼の冗談だったが、ズバリ的中していた。
桜は言葉に詰まった。まさか怪盗カササギだって疑っていました。ごめんなさいとは本人に言えない。これは自分の中に閉まっておこうと、話題を変える。
「…………速人に瞬」
「なに?」
「……あのね、私のことは桜って呼んでくれない? 獅子姫って、ちょっと距離を感じるのよね」
言われて、そういえばと気づいた。最初にレオだと気づかず獅子姫と呼んでいたから、気づいた後もレオと呼べないので、そのままだった。
「うん、分かったよ。桜」
いきなり呼ばれて、桜はちょっと照れたように頬を染める。
「あ、ありがとう、速人」
「お礼を言うのって変じゃない? 桜」
「そ、そうだよね、速人。あははは」
その時、激しい音を立てて机を叩いたのは、闇色のオーラを背負った瞬だった。
「私も桜って呼びますね」
ニッコリと微笑まれ、なぜだか桜は気圧された。
速人と桜は瞬の態度に疑問符をいくつか上げたが、何だかとっても怖い雰囲気なので話を変える。
「あ! そうだ。それと写真部にも入ろうと思うの。そのためにこの前アルバムを買ったんだし」
「あ~この前の雑貨屋で買ったアレね」
二人だけの会話をされ、
「随分と急ですね、桜。そんなに写真が好きなんですか?」
「速人から写真部の話を聞いて、普通の人が一人ぐらいいた方がいいかなって思ったのよ」
「……………………はい。歓迎いたします」
それを言われちゃ普通に写真を撮ることが苦手な瞬は弱い。
「それに、二人と一緒に活動してみたいし」
照れる桜は頬を指でかきながらそんなことを言う。
その言葉に瞬はキュンっときた。自分の特殊性から他人と距離を置いていた瞬は、同性の友達と思い出に残るようなイベントをこなしてこなかった。
闇色のオーラはパッと晴れて、温かい笑みで桜を迎える。
「そうですね。色々と思い出を撮っていきましょう」
瞬の弾む声を聞き、速人は微笑ましそうだった。
学校が終わって帰ってきた二人を、歩道に乗った玉砂利をホウキではいている巫女姿のタマが出迎えた。
「おかえりッス~」
「ただいま」
「サボっていなかった?」
「心外スよ」
タマは頬を膨らませたが、すぐに「あ」と思い出して、
「ところで変な子がいるス。なんか、速人を探しているっぽいスよ」
と、タマは奥の方を指さす。
「俺を?」
「迷子なら叶お姉さんに言って――」
「やっと戻って来たわね!」
少し怒った口調でやって来たのは、小学生高学年ぐらいの少女。黒髪に黒い服に黒のスカート。全身黒ずくめで、一直線に速人へ詰め寄る。
「もう一度私を可愛がりなさい!」
瞬とタマは少女を速人から引きはがして、距離を取る。二人の表情は、信じがたいといった様子だ。
「に、兄さん……嘘でしょ」
「速人……相手は選んだ方がいいと思うスよ」
「誤解だ。俺はその子を知らない」
「ウチを組み敷いて、全身撫でまわしたあげく、お腹に顔を埋めようとしたくせに!」
羞恥と恥辱に顔を赤くし、少女は叫んだ。反射的に、瞬は少女を守るように体の後ろに隠した。
「そんな、兄さん――」
ショックを受けつつも、瞬は「そんな劣情があるなら私が近くにいたのに!」という叫びだけはどうにか押し殺した。
不穏な空気に、速人の頬に汗が流れる。どうやって誤解を解こうかと考えている間に、瞬の背後にいる少女が、
「確かに最初は嫌で嫌で逃げ出した。けど、存在を否定されて力を失いかけた今なら分かる。あの時渾身の一撃を放てたのは、激しく求められたからだって……だから、今また力を取り戻すためには、ウチを受け入れてくれる人――あんたの愛が必要!」
その言葉から色々と思い当たることが三人にはあり、今度は三人が少女から距離を取る。
速人は「もしかして」と少女の名前を確かめる。
「アイムか?」
「なによ、当たり前でしょ」
と、気づくのが遅いと不満そうに腕を組む。
「それが最後の第三形態か!?」
「とにかく早くしなさいよ。嫌だけど……少しぐらい我慢してやるわよ。好きにしなさい」
頬を赤くしつつ、プイッと顔を背ける。
「図々しいにも程がある悪魔ですね」
瞬が札を扇状に開き、怒りマークを頭に張りつける。
「手加減したつもりもありませんでしたが、悪魔だとすぐに分からないぐらい脆弱な力しか残らなくていっそ憐れです。今度こそ引導を渡してあげます」
「こいつ凶暴だぞ! 何とかしろ、おまえ!」
と、怖がったアイムは速人の後ろに隠れて訴える。
「何とかしろって言われても……」
「ウチのこと好きなんだろ!?」
「猫のおまえはな」
「それかこういうのスよね」
と、タマはタヌキの耳と尻尾を指さす。速人は飛びつきそうになる欲求をグッと我慢する。もし飛びついてしまえば、その瞬間タマはタヌキの姿になってしまう。それはそれで可愛らしくてグッドなのだが、アレルギーが出るので逃げなければいけない。
「何だそれぐらい。ウチだって……」
アイムは腰に手を当てるが、しばらくしても何の変化も無い。
「力が戻れば出来る!」
……………………。
三人は作戦タイムで円陣を組んで、アイムが入って来られないようにする。
「どうする? さすがにあの姿の子を滅するのは気が引けるような……」
「猫耳少女を見たいからって……しっかりしてください」
「いや、そういう気持ちがゼロじゃないのは確かだけど。俺はただ、一般的な心情として……」
「兄さんは甘いです。それが悪魔の手口なんです。情けは無用です」
「ちなみに、ゼロじゃないならどれぐらいッスか?」
「ほんの六割四分ほど」
「過半数越えている本心じゃないですか!」
ハリセンがないのが残念なほど力強いツッコミだった。
「あ、滅せずにどうにかする方法はあるッスよ」
「へ~、どうするの?」
「悪魔を魔界に還せばいいッス。そういった方法があるはずッスよ」
「そうなんだ」
「悪魔は自力でこっちの世界に来ることが難しいはずッス。大抵は召喚した人がいて、その人が責任を持って還すはずなんスけど」
チラリと三人はアイムに視線を向け、話を聞いていた彼女は適当な様子で、
「なんか、本当に悪魔が召喚出来ると思ってなかったらしくって、大蛇の私を見た瞬間どっかに逃げていったわよ。数百年前の話よ」
「そんな適当な奴に召喚されないでよ! 悪魔が!」
「呼ばれたから来ただけなのになんて言い草よ!」
詰め寄ってきた瞬に、アイムは強気に言い返した。
「還してくれるんなら還してくれるでもいいわよ。ほら、さっさとして」
「そういうのは当方、受け付けておりませんので、やっぱり滅します」
札を広げたのを見て、アイムはすかさず距離を取った。
「う~ん、もしかしたらじいちゃんか父さんが知っているか、知っている人を知っているかもしれないから、聞いてみようか」
と言う訳で、アイムを連れて家の床の間にやって来た。布団を並べて寝込んでいる父と祖父に少女がアイムだと紹介したらと飛び起きたが、疲労と筋肉痛ですぐにへたり込んでパタリと倒れた。そのため、二人には横になった状態で話に参加してもらう。
残念ながら、カササギ神社に悪魔を召喚出来る人へ直接連絡できる伝手はなかった。
「……まあ、還る意思があるんじゃったら、少し様子を見てもよいじゃろう」
「そうですか? 腹の中では何を考えているか分かったものじゃありませんよ」
「『神依り』の使命は島の平和と島に住む人々を守ることだからね。その結果退魔・除霊はするけど、それが絶対ではないよ。下手な恨みや怨念を買わないよう、穏便にすませることだってある」
「この悪魔だと、戻った後でお礼参りに来る可能性があると思いますけど」
「分かったわよ。もし還らせてくれるなら、もう二度と自分からこの島にちょっかいは出さないわよ」
折れるように言ったアイムに、瞬は不信な目を向ける。
「…………それだけでは足りませんね。還る前、つまりは現在に対する保障が何一つ決められていません」
瞬は札を取り出し、扇のように広げる。
「この島にいるのならば、邪気を取り込めないようになってもらいます。それが最低限、あなたを見過ごす条件です」
アイムは渋い顔をしたが、肩から力を抜くようにため息をついて、
「分かったわよ。好きにしなさい」
全面的に条件を受け入れた。
アイムは邪気祓いのお守りを常に持たされ、邪気が滞りにくい場所である神社に滞在することになった。
「…………何だか、抱える秘密が日に日に増えているような気がします」
瞬は周りを見回してため息をつく。
霊能者、怪盗、妖怪、悪魔がそれぞれの秘密だ。
サイレンが響き、夜空にサーチライトの光が伸びる。
野次馬からは歓声が上がる。
騒ぎの中心人物は――学帽に学ラン、赤いマフラーをなびかせ、顔の半分以上を白い仮面で隠す怪盗カササギだ。
それを追うのは、長い黄色の髪に見え隠れする耳に赤い石が入ったイヤリングをつけ、両刃の剣を装備した女子高生騎士、獅子姫 桜。
「怪盗カササギ! 今日は血液を採取させてもらうわよ!」
「生き血を要求するなんて、騎士のお嬢さんは吸血鬼やったんか?」
「吸血鬼なんて存在するわけがないでしょ! くだらないこと言っていないでその場になおりなさい! ちょっと斬るだけだから!」
「そんなんなったら、斬る手間省いて捕まえやぁ~!」
怪盗カササギはターゲットの『泣く少年少女』の絵を運びながらツッコんだ。
カササギ。
日本では「勝ち烏」と言われる縁起のいい鳥である。しかしヨーロッパでは「泥棒鳥」や「告げ口鳥」と呼ばれ、人々に好まれていない。
この物語は人知れず悪霊を除霊して島の平和を守る巫女と、可愛い動物霊に会うために盗みに精を出す怪盗カササギと、それを捕まえようとする女子高生騎士の物語である。
悪魔アイムには三つの形態があると言っていたので、書かないわけにはいかないわけで……生きてるバージョンか、倒した後に本性を現すバージョンか悩みました。
長くしないために、こういう風になりました。
一応、今回でお話は最後です。少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。




