ターゲット 守護のアンタレス
ついに死闘が始まる。速人と瞬と桜に因縁がある悪魔アイム、最近の超常騒動の元凶。カササギ達三人は、アイムを倒して島の平和を取り戻せるのか?
というシリアス展開?なラストです!
前足を素早く引き抜いたアイムは四つん這いになり、空中に浮かんでいるのに地面をけるように素早く移動する。ずんぐりと太っているくせに俊敏な奴だ。
アイムの狙いは積年の恨みがあり、弱っているカササギ。彼の背後に回って、鋭い爪を振り下ろそうとしたが、その手は飛来してきた矢を弾くのに使った。
「なんにゃ?」
「あなたの相手は私達です。覚悟なさい」
瞬は再び白木の弓を構え、弦を引く。すると、輝く矢が番える。
「あじゃかる! この島の守り神、勝利を運ぶ烏よ。我が力に宿り、悪しきものに神威を示せ!」
矢が放たれたが、アイムの姿はすでにそこになかった。
「おまえ、邪魔にゃ」
声に反応して瞬が背後を振り返る前に、アイムの長い爪が瞬の体を貫いた。
だが、その瞬はボワンッと煙になって消えた。アイムが呆気に取られていると、周囲に多くの札が舞っていた。
「縛っ!」
瞬の声に反応して札が光り、電撃で繋がり合ってアイムの動きを止める。
「騙されたッスね!」
アイムは視線だけ動かし、別の場所にいた瞬とタマを睨む。
「タヌキの妖怪……こしゃくなマネを」
「動きさえ封じてしまえばこちらのものです」
動こうとアイムがもがくが、札の電撃で少しでも動けば火花が散る。
「覚悟なさい!」
瞬は光る矢を番え、気負いなく放った。
その時、アイムは目を見開き、人間の可聴領域ギリギリの怪音を発した。
その視線を真正面から見てしまった瞬は、体をふらつかせた。
「大丈夫スか、瞬!」
タマの言葉で気を取り戻し、よろけて倒れそうになるのを踏み出して堪えた。
「っん、大丈夫よ」
悪魔アイムの気迫に負けないよう、気を張り詰めて瞬が睨み返すと――いつの間にか呪縛の外に出ていたアイムの口に……カササギがいた。
牙が体に食い込み、垂れ下がっている腕から血が止め処なく滴り落ち、床に血の池を作る。カササギの体は力を失い、たまに少し跳ねるように反射するだけ。そして、彼の顔から真っ赤になった仮面が静かにずり落ち、乾いた音を立てて床に落ちた。現れた顔は速人。彼の目にはもう、光がなかった。
「――――!」
「瞬!」
タマの声に引っ張られ、瞬が見ていた景色が一変する。
先程のような光景はまるでなく、カササギも疲れから膝をついているが無事だ。
瞬の心臓が激しく脈打ち、呼吸が荒くなり、流れた涙を鼻をすすりながら拭った。
「幻術の類がタヌキだけの特技だと思ったにゃ?」
「随分と趣味の悪いものを見せるッスね。でも、もうそんなのは効かないス」
「――せない」
肩を震わせた瞬は顔を上げてアイムを睨み、
「絶対に許せない!」
叫んで強く奥歯を噛みしめて弓を構えた。
先程見せられた幻術のせいで集中力が解け、拘束していた札は効力を失って床に落ちているが、アイムは避ける素振りを見せない。
「そんな震えて大丈夫なのかにゃ?」
照準が激しく揺れる瞬を見て、アイムは嘲笑っている。それでも、瞬は意地で矢を放とうとしたが、
「やめるんや」
カササギに腕を掴まれて止められた。彼女は余裕のない目で睨み上げ、
「どうして止めるのですか! まさかあれも愛でたいからとかではないでしょうね!」
「全くないとは言わへんがちゃうわ! 見てへんかったんか? さっき放った矢であいつがどうなったか」
「え?」
言われて瞬は矢を探したが、彼女の霊能力で作られた矢なので実体は残っていない。
「どうなったんですか?」
「アイムの腕を掠めて怪我を負わせたんや。でも、すぐに治ってはったわ」
「え?」
瞬の訳が分からないという声にカササギが答えようとしたが、
「ふふふふ、宝石に閉じこもったウチが、どうやってここまで回復できたと思うにゃ? それは、身近にとてもいいエサがあったからなのにゃ」
アイムが部屋の隅に目をやったので、瞬はその時初めて気付いた。というより思い出した。この部屋に桜がいたことに。
こちらに背を向け、部屋の隅で縮こまっている桜は、頭を抱えて言葉を繰り返している。
「違う。あれは事故……あれは事故。私は何も見ていない。あれは事故だった」
不明瞭な言葉だが、ただごとじゃないのは普段とかけ離れた彼女の姿から分かる。
「まさかあなた! 獅子姫さんにも変な幻覚を見せているのですか!?」
「そんなことしていないにゃ。この娘は幼い時の恐怖をなかったことにするため、頑なに超常の存在を否定するのにゃ。バッチリ目撃されたのに寂しいことにゃ。だから、そういったものに対する拒否反応は強大で恐怖心は最上級。悪魔にとってはこれ以上ないほどのご馳走だったにゃ! わざわざ幻覚を見せなくても、ちょっとの暗闇でも怖がるから力が次から次へと湧いてくるのにゃ! おかげで怪我の治りも早ければ、体も随分と大きくなったにゃ!」
「そんな理由が……」
「トラウマっちゅうやつやろ。難儀な話やで」
つまり、桜がいる限りアイムにダメージを与えたところで、すぐに回復してしまうということだ。
「さてと、それじゃ一気に決めさせてもらうにゃ!」
アイムが大きく口を開けて息を吐き出すと、カササギと瞬とタマは烈風に身を切られて吹き飛ばされた。
そして、アイムの太く大きな足は倒れている瞬の背中を踏みつけた。衝撃に瞬は呻き、体をのけ反らせた。
「どうしてかは知らないけど、その男からは霊能力をまるで感じられなくなっているにゃ。けど、おまえからはちょっと危ないぐらいの力を感じるにゃ。だから、先に始末してあげるにゃ」
足に体重を乗せられ、瞬は呻き声を上げさせられる。
「なめられたもんやな、俺を後回しにするやなんて」
「はぁ? 今のおまえに何が出来るっていうにゃ」
明らかに小馬鹿にしたような言葉をアイムは立ち上がったカササギに言ったが、彼はニヤリと口の端を吊り上げ、
「そら、怪盗のやることは一つに決まっているやろ!」
床を強く踏み込んで走り出した。その先には、桜がいる。
「おまえと獅子姫の関係を切ってやるんよ! イヤリングを盗んでなぁ!」
「なっ!」
慌てたアイムの足が瞬からどけられた。そして、カササギの背中に向けて遠くから爪を振るった。その三本の爪の軌道が刃となって、カササギへ迫る。
カササギは後ろを振り返ることなく、スライディングをしてやり過ごし、ほとんどスピードを緩めることなく体勢を戻して走り直す。
「動物の類が憑いている物品を盗む時の俺は、かなりのもんやで!」
そのテンションを表すように、カササギの赤いマフラーは強くなびいていた。
攻撃を避けられたのを見てからアイムは追いかけたが、もう間に合わない。
精確で繊細な動きをするカササギの手が、桜の左耳についているイヤリングを外そうとしたが、留め金を外しても取れる気配すらなかった。
「なんでや!?」
「カササギさん! 後ろ!」
咳混じりの掠れた声で注意され、カササギは桜を抱きかかえて前方高くに跳んで、壁を蹴って反転する。背中に目でもついているのか、背後まで近づいていたアイムの攻撃をそうやって見もせずかわした。
アイムの背後に着地したカササギは、腕の中にいる桜を見下ろす。強く目を閉じ、身を固くして、完全に外界を遮断していた。
「瞬かタマ、解説!」
「おそらく、アイムがイヤリングを通して獅子姫さんの恐怖心を栄養にしているから、縛りがきつくなっているのだと思います。ですから、外すためには少しでも獅子姫さんの恐怖心を取りのぞかないと」
「好きな骨にかみついて離れへん犬やないんやから、少し食い意地張り過ぎとちゃうん?」
「飢えるよりマシにゃ!」
カササギは桜を右の小脇に抱き直し、アイムの爪撃を避けた。
「何なんや、もう! 強がって、常識ぶって、その実怖がりでお化けが苦手なんて、騎士やのうてお姫さんの方がお似合いなんとちゃうん!」
カササギは桜を連れてアイムから距離を取る。恐怖心を和らげるため、物理的に離れようというのだ。だが、当然ながらアイムはカササギを追いかける。
「待つにゃ! その娘を返すにゃ!」
「待て言われて待つアホおるか!」
アイムの金色の瞳が光ると、カササギの進行方向に床から這い出たガイコツが現れる。腕の中の桜がビクッと反応したので、恐怖心を与えないようにするため進行方向を変える。
すると今度は、床から多くの腐りかけた人間の手が突き出た。また桜がビクッと反応した。
「ウザい幻覚やな!」
「カササギ!」
遠くからのタマの声で幻は消えたが、幻覚に気を取られている間にアイムが迫っていた。カササギはポケットから岩塩を取り出し、蹴り込んでアイムの顔に当てた。それで怯んだ隙に、カササギは再び逃げた。
「まったく、怖いの苦手で震えるなんて、ホンマ、可愛い乙女なんやから」
その時、カササギの腕の中で桜が動いた。床に足をつけて、彼の腕の中からスッポリ抜け出す。
「私は騎士よ! 誰が怖くて震えているって!? 私は騎士! みんなを――大切な人を守るのが私の使命よ!」
何がキッカケだかは定かでないが、桜にいつもの調子が戻り、鞘から剣を抜き放つ。
だが、止まってしまうのはまずかった。そのせいで、桜はアイムに追いつかれた。
「あかん! 後ろ! 危ないわ!」
と、カササギが慌てて桜の背後を指さすので、彼女はそちらに胡乱な眼差しをやる。アイムは桜を傷つけるつもりはないのか、背後に立っておどかすように威嚇音を上げる。
「何もいないじゃない」
「へ?」
この部屋にいる全員の目が点になった。だが、桜はカササギに向き直って剣を構える。
「また何か非現実的なことを言って人の注意を引くつもり? やり方が毎度定番過ぎて、芸がないわよね」
「芸なら山ほどあるっちゅうねん! やのうて! 後ろや後ろ! いるやろ、そこに! でっかい黒猫が! 見えてへんわけないやろ!」
「はっ」
小馬鹿にした声を上げて、桜は肩を竦めて鼻で笑った。
「なんやムカつくわ」
「まったく……これだからいわく付きなんてものに固執する、現実と妄想の区別がつかない人間は…………いいこと? 体長が二メートルを超える猫なんているわけがないでしょ!」
「って、そこにいるやん!」
「幻覚でしょ」
「はぁ!?」
「集団原理の一つに集団催眠というものがあるわ。一人の言動によって、集団は体験してもいないことをさも体験したように思い込んでしまうというものもその一つ。つまり、あなたは巨大な猫がいると声を荒げることで、周りにもそんなものがいると思い込ませようとしているのよね!」
「ちゃうわ!」
自信タップリに言い放ち、カササギに指を突き付けている所失礼して、アイムが桜の肩をトントンと軽く叩く。振り返った彼女と確実に視線を合わせて、恐怖を与えようと牙をむき出しにして毛を逆立たせる威嚇をした。
「ウチはイヤリングを住処にしていた悪魔アイムにゃ! 大蛇になれば一国を一晩で呑み込み、猫になれば幻覚を操り呪いを与え、爪はどんなものでも引き裂――」
「どーでもいい」
と切って捨てて、すげなく背中を向ける。
カササギは再び桜と向かい合って、何か違和感を覚えた。先程の縮こまっている姿と違うのは明らかだが、その前の格闘をしていた時とも今は、何か違うような気がするのだ。何と言うか……目が、吹っ切れているような……。
アイムは諦めずに桜の前に回り込み、
「ウチは幻覚じゃないにゃ! 由緒正しい悪魔にゃ! 魔界に帰ればそれはそれは高位な地位もあって――」
「あなたの存在は現実的にありえない。だから幻覚なのよ。まず、生物学的に猫がそれほど巨大に成長することはありえないし、猫の声帯で人の言葉がしゃべれるわけがないわよね。あと、あなた浮いているけど重力に逆らっているの? それなのに自転する地球上のこの場に居続けられるっていうことは、引力には従っているのよね? どういうこと? どうやってやり分けているのよ。それとイヤリングが住処? ちゃんちゃらおかしいわね! 構造学的にあなたが小さなイヤリングに納まるわけがないじゃない。それにあなたの体重は軽く見ても二百キロは超えるわよね? 質量保存の法則は知っている? 物体はたとえ形を変えようとも重さは変わらないものよ。あなたの体重がイヤリングに加算されていれば、私の耳たぶは確実に引きちぎられているし、もっと言えば持つことすらできないわよね? あらゆる法則があなたの存在を否定しているのは明白!」
剣先を軽く振りながら講釈を並べる桜に、アイムはたじろぐ。徐々に後退していき、壁際にまで追い詰められる。
手強いアイムによってボロボロにさせられた三人は、その攻勢に目を丸くして呆気に取られている。
「そして、これがあなたは幻覚だという確固たる証拠!」
桜はアイムに向かって手を伸ばした。が、その手は空ぶってアイムの体を素通りした。
「実像がない!」
アイムは言い切られて、雷が落ちたようなショックを受けた。
その光景を、瞬はまだ横になりながら呆然と眺めていた。
「どうして今、触れなかったスか?」
回復が早いタマに抱き起こされて、瞬は「おそらく」と前置きして、
「神様でも悪魔でも、この世ではその存在が認められて初めて存在出来るのよ。忘れ去られた存在はいないも同然なの。だから、獅子姫さんのアイムを否定し、いないと信じきっている心が、アイムを触れなくしているのよ」
「ということはもしかして……」
「あああああああああああああああああああ~!」
何一つ言い返すことが出来なかったアイムの絶望の悲鳴が上がる。そして、ここで異変が起きた。今までアイムの体から噴出していた邪気が逆流し、奴の体に戻り始めた。
苦悶の表情を浮かべるアイムは、桜を薙ぎ払おうと腕を振り回した。が! その腕は彼女の体を素通りした。
「攻撃も受けないッスか」
そこまで信じないことを信じきれる桜に、タマは大きな汗を流した。
「常識的見解による存在の完全否定。恐ろしいわ」
瞬はもし、自分があのように理路整然と攻めたてられたらと思うと、胴から震えた。
「科学と常識と法則に満ちているこの世界では、あなたのような存在は許されないのよね! よって、あなたは幻覚! 異論すら許さない! だって、幻覚だもの!」
「う、ウチはいるもん! ウチは悪魔アイムにゃ! 幻覚じゃ――」
「追い詰め過ぎたようやな。騎士さんもう、プッツンいってトランスしとるわ」
カササギがいつの間にか桜の後ろにいた。
「き、貴様ァ~!」
「騎士さんには助けられたわ。おそらく、俺ら三人だけやったら、おまえに勝てへんかったかもな」
そして、すんなりと彼女の耳からイヤリングを外すと、瞬達の方へ放り投げた。
「後は頼んだでぇ!」
イヤリングがなくなると同時に張り詰めていた糸が切れたのか、気絶した桜をカササギは支えた。
「しまったにゃぁ~!」
存在を強く否定されたアイムの動きは鈍かった。
「『神依り』って言われる理由を見せてあげるわ!」
背中の痛みを無視して立ち上がった瞬は袖をはね、眼前で両の掌を合わせて組み、両手の人差し指と中指だけ立てる。
「招恩! 我が身に参らせ、勝利を運ぶ烏!」
瞬の頭上に光が降り注ぎ、
「神烏カササギ!」
光に包まれた後、瞬の姿は一変した。
光る衣をまとい、背中には輝く翼が広がっている。そして、数センチほどだが宙に浮いている。彼女が左手に光球を作り握ると、弓へと変化する。それに右手をそえて引けば、光る矢が番えられた。
「タマ」
「分かってるッス!」
アイムの前進する足が止まった。周囲を限りないほどの矢で埋め尽くされ、行き場がない。
「こんな幻術に――」
「そうですね。でも、ちゃんと本物も混じっていますよ」
淡々と言った瞬はさらに強く弦を引き絞る。
「破邪滅砕!」
一斉に放たれた光の矢は、次々にアイムに突き刺さった。
アイムは悲鳴を上げることも出来ず、体の輪郭をあやふやにして、イヤリングへと逃げ込もうとした。だが、それに先んじて、瞬はイヤリングを拾い上げて札を張った。最早行く場所を失い、アイムの姿は揺れて消えた。
「終わったんやな」
桜を向こうの方へ寝かせて、カササギは疲労タップリの笑顔で近づいてきた。
瞬の体から神が抜け、彼女はちゃんと神に頭を垂れてから、
「はい、終わりました。原因が無くなりましたし、島に滞っている邪気もしばらくすれば霧散するはずです」
憑き物が晴れた様な快活な笑顔で言った。
「大変だったッス」
「でも、何とかなったわね」
退魔を担当していた瞬とタマのやり取りを見て、カササギは微笑ましく思う。でも、変なことを言えばまた瞬が意固地になりそうなので黙っていた。
「あとはこのイヤリングを持って帰れば、獅子姫さんもカササギさんを追うなんて危ないことから離れますね」
「そうやな」
カササギは瞬から手渡されたイヤリングを掌に乗せ、考え込むように見つめる。
「……カササギさん?」
カササギは天井を見上げ、軽く笑って嘆息した。
玄関を警備していた富良野警部は、心配げに腕時計を見下ろす。
桜が頑なにカササギとの一騎打ちを望んだので、今回は周囲の警戒しか出来ない。狙われた物品の所有者が警備を拒んだので仕方がないが、やはり不安である。
時刻は予告の時間からもう三十分ほど過ぎている。始めの方は屋敷の方で大きな物音がしたが、もう先程から静かだ。なのに、桜からの連絡は無し。
踏み込むべきかどうか迷っていると、玄関のドアが内側から開けられた。
出てきたのは、疲れて背中を丸めている怪盗カササギ。いつもはなびいている赤いマフラーも、元気を失って垂れている。
カササギは何事も無いように警官の間の道を進んで、富良野警部を見ると「あ、どうも」とばかりに片手を上げて挨拶をした。それにつられて、富良野警部も軽く会釈をして…………。
「捕まえろ~!」
号令と同時に、カササギは逃げ出した。警備をしていた警官は走って、自転車で、パトカーで彼を追いかけた。
そっちはひとまず彼らに任せ、富良野警部は数名の警官を伴って、桜の安否を確認しに行く。
怪盗カササギ用に増築された長い真っ直ぐな廊下を進んでいき、奥の部屋に入る。酷く荒れた部屋の中央に桜は倒れていた。
手当ての心得がある婦警が桜に声をかけると、すぐ彼女は目を覚まして体を起こした。
「大丈夫か? 何があったんだ?」
富良野警部に聞かれ、桜は思い出すように虚空を見上げて……、
「え~っと……現れたカササギを捕まえようと追い詰めて…………」
警官達は顔を見合わせる。どうやらまた、カササギにしてやられたようだ。桜の記憶があやふやなのは、眠らされたせいだろう。
桜の心意気は買うが、こうなっては最早彼女には……。
と、桜は何かに気づいた。握っていた右手を顔の前に持ってきて、ゆっくりと開く。
そこに、赤い石が入ったイヤリング『守護のアンタレス』があった。
「それは!」
「カササギのターゲット!」
「それがここにあるっていうことは……」
桜はイヤリングをジッと見て、
「思い出した。一度はカササギに盗られたけど、たわ言で意識をそらそうとしたあいつに惑わされず盗り返したのよね。それからは……」
「おそらく近づいた時に薬をかがされて、眠らされたんだろう。だが、意識を失ってもあなたはイヤリングを手放さなかった。仕方なくカササギはイヤリングを諦め、あなたが目を覚ます前に逃げた」
富良野警部の言葉に、桜もコクンと頷く。それで、この場にいる他の警官に、静かに興奮が広がる。
「それじゃ、もしかして――」
とてもではないが、警官の一人は興奮からそれを言えなかった。代わりに、富良野警部が嬉しそうに
「怪盗カササギの、初めての失敗だ!」
勝利宣言した。
カササギが表から出て行ったので、その間に瞬とタマは裏から難なく脱出できた。
その日は深夜まで島にサイレンが響いていたが、怪盗カササギを捕まえることは出来なかった。しかし、翌日の新聞にはデカデカに『怪盗カササギの敗北!』と載った。
この後日談として、邪気によって体調を崩した人は二・三日で何事もなかったかのように元気になり、邪気に犯されて暴れていた人は警察でこってりと絞られた。
そして速人の父と祖父は、ほぼ徹夜で島中を駆け回ったので、疲労と筋肉痛で寝込んだ。
はからずも、速人、瞬、桜の幼馴染三人が協力して悪魔アイムを倒した形になりました。
そして、この後はエピローグです。カササギが犬猫でくしゃみをしなかった理由と、イヤリングを盗まなかった理由を説明します。




